「キョン、今日は何の日か知ってる?」
 いつもと変わらぬ部室、いつもと変わらぬ団員といつもの定位置に着いた俺が第一に聞いたのは、ハルヒのこんな質問だった。
「今日? 今日は……えーと。」
 円の面積を求める公式を思い出すように俺は軽く考え込んで、その答えはすぐにでてきた。
「2月29日だろ? 閏年にしかないっていう。」
「そうよ。で、何の日?」
 何の日って……何かの特別な日なのか?
「ま、キョンが知るはずもないわね。」
 じゃあ訊くな。
「有希、解かる?」
「…………」
 長門はまるでウィーンという機械音が聴こえてきそうなほど機械的な動きで首だけをハルヒの方へ向け、その後になぜか俺を一瞥してから小さく言った。
「大森栄二郎氏が乳児としてこの地球上に誕生した日と同じ日付。」
「さすが有希、解かってるわね!」
 俺が長門の発言の意味を確認しようとしていると、
「大森氏の誕生日ですか。」
 古泉が簡単な言い方に直してくれた。
「大森栄二郎って、誰だったか?」
「ほら、大森電器店の店長さん!」
「ああ。」
 俺は部室の隅に置いてあるちっぽけな電気ストーブに目をやる。また映画のスポンサーを頼みたいと申し出てきた変わり者さんか。
「4年に一度しかない閏年、そして閏年にしかない2月29日、その特別な日に生まれた大森栄二郎さん……これって偶然じゃないわよね!」
 偶然だろう。
「きっとこれはあたしに対する何かのメッセージに違いないわ。うん、絶対そう。」
 誰がお前にそんなメッセージをよこすのかと、思い込みが激しい団長さんに改めて呆れつつ俺はどうやら話についていけなそうな朝比奈さんを視界の中心に迎え入れた。
「あのう、うるうどしってなんですかあ?」
「みくるちゃん、閏年を知らないの? 珍しいわね。」
 未来には閏年なるものが無いのだろうか? 朝比奈さんに説明して差し上げようかと思ったが、俺よりずっと説明が好きな男を俺は知っていたから、ここはひとつ無言に徹することにする。
「閏年……別名『じゅんねん』とは、その名の通り『閏』がある『年』のことを指します。閏というのは日数や月数、秒数が普段の日よりも多いことですね。逆に、閏年ではない普通の年を平年と呼びます。今有力と考えられている太陽暦の考えに則りますと、今年が閏年、つまり今日が閏日の2月29日なんです。」
 ハルヒですら難しい顔をしていた古泉の長い説明を聞き終えた朝比奈さんは目が点の状態で、何か答えなければいけないということを悟ったのか、
「つまり、今日はすごい日なんですねっ!」
 と、なんとも可愛らしい表情で可愛らしい結論を導きだした。それに乗っかるようにハルヒは続ける。
「そう、すごい日なの! そんな日が誕生日なんて、やっぱり何かあるわよね!」
「で、何がしたいんだ?」
「大森さんの誕生日を盛大に祝ってあげるのよっ!」
 ……あまりいつもの変わらないんだな。
「いつも通りなんで望んでないわ。いつまでもおんなじことやってたらマンネリ化しちゃうし。あたしは盛大に、って言ったのよ。」
 一応訊くが、その盛大に祝う人間は俺らも含まれているのか?
「当たり前なこと訊かないでよ。さっ、みんな行くわよ! 大森電器店に!」
 
 
 目的地までの出来事や会話は割愛させていただくとして、俺らは相も変わらずハイなテンションを維持している団長さんを先頭として、ギラギラと照明器具郡で照らされた大森電器店内に入った。
「おじさん、お久しぶり!」
「いらっしゃい、おおキミたちか。」
 俺の記憶にあった面相と一致する顔で出迎えてくれたオッサンは、疑いようもなく大森栄二郎さんである。いきなり5人もの高校生が押し掛けてきて何事かという表情ではあるが。
「どうしたんだい、5人揃って買い物でも?」
「あたしたちが来た理由、解かんないの?」
 栄二郎さんはしばし考えたのち、
「ストーブの修理かい?」
 見当違いな答えを出した。
「そうそう、最近電気ストーブの調子が悪いのよね……って、そんな雑用ならキョン一人でやらせるわよ。あたしたちSOS団は、誕生日を祝いに来たの!」
 聞き捨てならないセリフがあったが、まあいい。
 しかし当の本人栄二郎さんは、まだ何のことだが解からないような顔でハルヒを見ている。
「誕生日……? 一体、誰のだい?」
「誰のって、おじさんのに決まってるじゃない!」
「え……うん?」
 栄二郎さんは日めくりカレンダーが示している数字を目を凝らして見たあとに、なぜか鼻と目頭を赤く染め上げた。
「……あ、ありがとう、キミたち……」
「もう、涙目になるなんて大袈裟よっ!」
「家族以外の人に自分の誕生日を祝ってもらえるなんて久しぶりでね……」
 今にも頬を伝いそうなオッサンの涙が、その話が本当だということを物語っている。しかし、ここまで嬉しがってもらえるとこっちも来た甲斐があったように思えてくるぜ。
「おじさん、あたしたちが一生忘れられないような誕生日の思い出を作ってあげるから感謝してねっ! あと、ちょっと質問なんだけど……」
「なんだい?」
「おじさんが生まれた日になんか無かった? 隕石が降ってきたとか、UFOに人が浚われたとか!」
「は、はあ……?」
「きっとあるわよね。だって4年に1度しかない日だもの!」
「……もしかしてキミたちは僕が閏日が誕生日だからって理由だけでここに来たのかい?」
「うん、まあそんなとこね。」
「そ、そうなのか……」
 おいハルヒ、栄二郎さんをがっかりさせてどうするんだ。
「さーあ誕生日パーティを始めましょう!」
 
 
 大した準備もしないで――用意したのはお菓子とクラッカーのみ――早速パーティを始めた俺らだったが、陳腐すぎて笑えるくらいくだらないパーティだった。そのため30分程度で終わってしまい、学校に帰還した俺ら5人は帰路につく……はずだった。
 長門、朝比奈さん、古泉がすったかと帰って行くなか、俺はハルヒに呼び止められる。
「キョン、ちょっと大森電器屋さんとこ行くわよ。」
「……またどうしてだ?」
「電器ストーブの調子が悪いじゃない? だからあそこに持って行って見てもらうのよ。」
 段取りが悪い奴だな。さっき持っていけば良かったじゃねえか。
「さっき調子が悪いことに気付いたの! あたしがついて行ってあげることに感謝しなさいよね、ほら行くわよ!」
 片手に電器ストーブを持ち、片手をハルヒに掴まれたまま俺は大森電器屋に連行された。
 
 
「おっじさーん! また来たわよーっ!」
「どうかしたのかい?」
「電器ストーブを見てもらいたいんだけど……」
 俺は闇取引で1億円の入ったキャッシュケースを差し出す男のような動作で、電器ストーブを栄二郎さんに献上する。
「これかい? ううんと……」
 栄二郎さんはストーブのあちこちを触ったり見たりして俺とハルヒが手持ち無沙汰になった頃に、
「1日預けてくれたらすぐ直してあげるよ。おっと、お代は要らないからね。今日祝ってくれたお礼さ。」
「本当!? さすが太っ腹ね、おじさん!」
「じゃあ、よろしくお願いします。」
 俺は礼儀のなってない団長の代わりにひとつ辞儀をして、やっと帰れると思って店内を出た矢先、また俺の心が暗転するような災難が降り注いだ。
「あれ、雨ね。」
 店に入る前は雨雲なんて全く見えなかったが……
「まずい、走らなきゃずぶ濡れになるぞ。」
「あ、待って!」
 俺は走りかけていた足を制止させる。
「あたしがその、折り畳み傘持ってるから、入れてあげるわよ。」
「そうか? でも悪いんじゃ――」
「――入りなさい、団長命令なんだからっ!」
「……あ、ああ。」
 
 
 こういう用意だけは周到なハルヒからの配慮を受けて、なんとか俺はずぶ濡れを回避できた。
「そういえば、前にも傘に入れてもらったことがあったっけな。」
「……そ、そうだっけ……」
 ハルヒの声のボリュームがやけに小さい。どうした、寒いのか?
「べ、べつに寒いわけじゃあ……」
「そうか、ならいいんだが。」
「あ、でも手が冷たいわっ。手とか、その……繋いでくれたら、あったかいと思うんだけど。」
「そんなことならお安い御用だ。」
 俺はハルヒの右手を掴んで、そっと表情を伺い見てみた、がハルヒはうつむいたまま顔をあげようとしない。
 ただ、ハルヒの手はこれのどこが冷たいのかと思えるほど熱く火照っていた。
 
 
 
 後日の話になる。
 古泉との将棋を愉しんでいると、世間話をするように――まあ世間話をするわけだが――古泉が話題を持ちかけてきた。
「先日の、あの閏日のことですが。あなたがた2人――あなたと涼宮さんが最後に大森電器店を出た丁度その頃、突如としてここら一体に低気圧が出現し雨雲ができたそうです。それも、一瞬にして。」
「それがどうした。」
「まず普通では有り得ないことから、涼宮さんが望んでできた雨雲だと機関は考えました。そして昨日、涼宮さんは折りたたみ傘を用意していた……これが何を意味しているか、解かりますか?」
「…………」
 俺は『歩兵』を1マス進ませ、答える。
「さあな。俺が知るかよ。」
 俺の『歩兵』を掠め取った古泉は、俺を慈しむかのような笑顔でふふっと――笑った。
 
 
 雨乞いネガイ end
 
 
 
 
……これは、平松広和さんの誕生日に掲載させていただいたSSです。

他の誕生日作品はこちらでどうぞ。

 
 


|