真新しく不釣り合いに大きいランドセルを抱えて登校する小学一年生、初めての制服にぎこちない仕草をみせる中学一年生、そして義務教育を終え、自分の道を歩き始めた高校一年生……エトセトラエトセトラ。
 様々なフレッシュなスチューデントを見据え、俺もこんな殊勝な時期があったのかなとつい感慨にふけっていた。
 恐ろしく暑い夏が終わったかと思いきや、嘘みたいに寒気団がこの地域にやって来た今年の冬。しかもかなり住み心地よかったらしく、四月になる直前まで名残惜しそうに滞在していたが、それもようやく別れを告げる事が出来た。
 草木の芽は明るい大地を見つめ、虫達の数も多くなって来た昨今、俺は公園のベンチに座って春の暖かさを満身に受け止め、そしてこう呟いた。

「ねみぃ…………」

 ……しょうがないだろ? 春眠暁を覚えず――英語で言えばIn spring one sleeps a sleep that knows no dawn――などと、世界中グローバルオーバーゼアーに伝えられているように、冬の寒さから開放されたこの季節は特に眠いんだよ。
 中にはこの時期特に症状が酷くなる、某アレルギー諸症状緩和のための抗ヒスタミン剤のせいで眠気を催す人もいるが、生憎俺はそのような症状で耳鼻咽喉科のお世話になった事は一度たりともない。


 まあそれはともかく、つまり俺は眠りに誘われる程暇を持て余しているのだ。


 いつもならこの休日、涼宮……じゃなかった、ハルヒが不思議探索と称する市内ぶらつき漫遊記があるのだが、本日はハルヒの緒事情により中止となってしまった。
 なんと言うラッキーな一日だ。今日という時間を有意義に過ごすべきだな。さて、何をしようかな……
 家で惰眠を貪るのも一つの手だが、そうしたところで我が妹に阻止されるのは帰納法的に見ても明らかであるし、それにどうせ家にいても暇であるのは当然の理だ。
 ならばいっそのことこちらから外に出て、散歩でもする方が吉と思い立ち、こうして公園まで来てみたのだ。俺が何故ここに似るのか、これで分かってくれれば幸いである。
 ……が、思いもよらぬ誤算があった。この陽気である。こんなに気持ちいい天気の下では、散策するのも億劫になってきた。
 これだけ暖かければ青空睡眠という粋な事をしても、誰一人として俺の行動を咎める奴なんぞいないだろうか?
 いや、あるはずがない。

 俺も高校三年生、そろそろ受験勉強に本腰をいれなければいけないお年頃に差し掛かっていた。そうしないとハルヒの目標にしていた、朝比奈……さんと同じ大学に入学をするという、あの目標も叶わなくなってしまうだろう。
 しかし考え方を変えると、平日は嫌でも勉強するはめになるんだし、今後強制的にさせられることになる。例え自分が嫌でも、受験生とはそのような立場である事は中学生のときに経験済みだ。
 対して、春のこののどかな日と感じられるのは最早数日しか残っていない。
 この至福の時もやがて終わりを迎え、またあの暑い夏がやって来て、そして肌寒い秋を迎え、しまいには極寒の冬だ。その時期は季節など感じてられないくらいヒイコラ言っている頃だろう。

 だから。
 俺はこう思うんだ。今日くらい春の喜びを感じていてもいいんじゃないかとね。



 大学のことならなんとかなるさ。ハルヒの偶然を必然に変えてしまう能力が有る限り。ハルヒがそれを望んでいる限り。
 加えて佐々木さ……佐々木も何と俺たちと同じ大学を志望しているとの事だ。あいつは俺たちの団活に大いなる興味を抱いていると以前から発言していた。
 大学で新サークルを立ち上げ、世界不思議発見を満喫したいとは彼女の要望なんだ。
 つまり。
 ハルヒに加え、佐々木の力も計上すれば、俺が希望の大学に合格する確率は1を超えて、遥か無限大の数値を取ってしまうだろう。俺が勉強もせず、呑気に事を構えている最大の要因がこれだ。
 勉強しなくても大学にいける事程楽な事ははない。ライバル達が睡眠時間を削って勉強して塾に通い、分厚い問題集をチマチマ解き、成績が悪いと叱咤される必要性がないのだからな。
 だが、ハルヒや俺の……ママ? ううん、違うな……御母堂? それは佐々木さんか……あっ、かあちゃん! ……コホン、そのかあちゃんにはそれが分かるはずもなく、俺に毎日毎日勉強せよ勉強せよと繰り返すのであった。

 ……やれやれ。勘弁して欲しいね。



「ブー――終――了――」
「ええーっ! 何がいけなかったんですか!?」
「今時――自分の――母親を――『かあちゃん』などと――言う――――男子高校生は――いない――皆無――」
「で、でも……」
「やっぱり――あなたには――向いていない――モノマネ――」

 そうですか……
 あたし――橘京子はがっくりと肩を落としました。
 一番自信があったんだけどな、彼のモノマネが。
 
 あたしは公園のベンチに座り込み、そしてこう呟きました。



「それにしても、暇ですね……」



 そう。あたしは暇を持て余していたのです。
 春も麗らかなこの候。お出かけしたり遊んだりするのに最適な季節になりました。
 これは何かイベントを起こすべきです、あたしは肌でそう感じ、自ら動き出したのです。皆さんに声を掛けて、何か楽しい事でもしましょうと、皆さんにお電話を掛けました。
 ですが……なぜか皆さん、あたしの誘いに乗ってれませんでした。
 佐々木さんは『塾で全国模試が開催されるから』と言って、涼宮さんは『重要な買い出しに行かなきゃいけないから、無理よ無理』と言って、あたしの事など歯牙にもかけてくださいませんでした。
 ……あ、そうそう。前回のいざこざですが、佐々木さんと涼宮さん、そして森さんのお三方が怒り狂っていたあの一件。あたしはちゃんと対処しましたよ。
 正しく龍の逆鱗に触れたあの三人。でもあたしには切り札がありました。
 あたしは『あのチョコレートはポリフェノールたっぷりで甘さ控えめ。健康にいいですよ、お肌もつるつる。いつまでも若くいられます』と甘言を吐いたのです。
 そしたら見事に騙されてくれました。
 加えて佐々木さんと涼宮さんには『キョンくんも、いつまでも綺麗な人を伴侶に迎えたいと思いますよ』と申し上げたところ、二人ともニヘヘヘと笑ってあたしを褒め称えてくれました。
 森さんには『今のその美貌、未来永劫保って欲しいと思いまして』と申し上げると、やっぱりグフフフと笑いを浮かべたのです。
 ふっ、ちょろいちょろい。……っと、これは禁則事項ですよ。他の人に言っちゃいけないのです。

 話を元に戻しましょう。誰も誘いに乗らなかったのは、忙しい方もいらっしゃるしまあしょうがないとして……しかしそれ以上に酷かったのは例の彼……キョンくんでした。
 彼に至っては電話にすら出てくれなかったんです。人がせっかくフラグを立てようと思ってるのに……相変わらず連れない人ですね。なんであんな人が好きなんでしょうね、皆さん。
 そうそう、その他の人にも声を掛けてみましたが、何かしら用事があるようで、結局首を縦に振ったのは結局ここにいる九曜さんだけでした。
 とは言え、九曜さんと二人きりのこの状況。あたしのボキャブラリーを持ってしても会話が長く続かないだろうと危惧しました。
 そこであたしは気を利かせてモノマネをやることにしたのです。

 最初は長門さんのモノマネをしましたが、『黙ってる――だけ――』と突っ込まれ、続いて佐々木さんのモノマネをしようとしたら『言葉――噛みすぎ――』と叱責を受けてしまいました。
 あまつさえ、前の合宿で習得したお化けカボチャ……ううん、朝比奈さんのモノマネをしようとしたら『体型が――似てない――』とダメだしを食らったのです。
 九曜さんがここまでツッコミ属性があるとは思ってもみませんでした。あたしは軽くへこみましたよ。
 そして最後の切り札――キョンくんのモノマネをして、最初の九曜さんの言葉へと繋がるのです。
「九曜さんって、結構厳しいんですね……」
「あなたが――ヘタレ――過ぎる――だけ」
「ひ、人が気にしている事をズバッと……やっぱり厳しいのです。九曜さん。まるでキョンくんみたい」
「そう――」
 あたしがそういうと、九曜さんはまっすぐ天蓋の方を見据えて、そして
「わたしが――真似をする――彼の――モノマネ――」
 く、九曜さん? 本気で行ってるんですか!?
「本――気――」
 こりゃまたびっくり玉手箱ですよ。まさか九曜さんからアクションを起こすなんて……
「今日――は――彼の真似をする――なりきって――みせる――――だから――わたしを彼と――見なして欲しい――」
 な、なるほど……それはそれで面白そうなのです。何をするにしても受動的だった九曜さんが自発的に行動をしている。これを観察するだけで、あたしの退屈はかなり解消されそうです。
 でも今日一日中、彼のモノマネをやるつもりなのでしょうか?
「そう――」
 はあ……またなんでそんなことを?
「暇――だから――」
 なぁるほど。あたしと同じって事ですね。
 何だかんだ言って九曜さんも人の子なんですね。宇宙人といえども、春の陽気にあてられたみたいです。全く持って……
「やれやれ――」
 ああっ! 九曜さんっ、それあたしのセリフだったのに酷い!!
「彼の――モノマネ――やってみた――」
「…………」



 ……とまあ、こんな感じであたしの退屈な退屈な一日を面白おかしく過ごすための試みが始まったのです。

|