ここは文芸部室、時は放課後、俺はパイプ椅子に尻を乗せて今日も古泉の娯楽に付き合ってやっている。
 ちなみに朝比奈さんと長門の姿もあって、ハルヒはまだ居ない。「先に行ってて!」と言い残してどこかへ消えてしまったのだ。
「はいキョンくん。今日はけっこう上手にできたんです。」
「ありがとうございます。」
 しかし、あなたの煎れるお茶ならたとえ失敗作だとしてもそこいらの高級茶より美味なはずですよ。俺が保証します。
「ふふっ、言いすぎですよぅ。」
 朝比奈さんは、極上の笑顔で俺に微笑む。いつ見ても素晴らしい――
「――次はあなたの番ですよ?」
 なんだ古泉このやろう。俺のいい気分をぶち壊しにしやがって。
「しかしほら、あなたの『飛車』が僕の『桂馬』によって取られてしまいますが。」
 古泉はいかにもキザっぽく駒を弾いて見せた。将棋より先に、朝比奈さんのお茶を頂くのが先だ。
「……あれ、なんだか味がいつもと違いますね。」
 俺が言うと、朝比奈さんの笑顔はさらに明るくなり、
「あ、解かりました? お茶の葉を変えてみたんです。」
「とても美味しいですよ。」
「そう言ってくれると嬉しいですっ。」
「あの、だから続きを……」
 そろそろ俺が古泉の相手の続きをしてやろうとしていると、
「みんなーっ、出掛ける準備して!!」
 扉が開く音と共に、また突拍子もないことを言い出す団長がやってきた。
「出掛けるって……何処にだ?」
「ライブハウスよ!」
 ライブハウス? まさか、またお前らのライブがあるのか?
「そのとーり。あ、みくるちゃんと有希も今日は入ってもらうから、その気でいてね。」
「ふぇえっ!?」
「待てハルヒ、朝比奈さんと長門もだと?」
 長門なら万事大丈夫だと思うが……朝比奈さんの音楽スキルははっきり言ってそんなに期待できないぞ?
「実はね、ボーカルの榎本さんとドラムの財前さんが発熱で休みなのよ。ライブハウスはもう貸しきっちゃったし、困ってたんだけど……二人が入ればオールオッケー、全部解決お茶の子さいさいよ!」
 また勝手なことを言いやがる。
「ほら、外で中西さんと岡島さんが待ってるから、早く早く!」
 
 
 暖房のおかげでぽかぽかと快適だった校舎から抜け出し、俺らは駅のほうへと急いだ。その過程で今日は中西さんの誕生日だということを聞き、ということは次のライブもあるんだろうなと俺はなんとも言えぬ溜息をついた。
 電車に乗り込んで視線を泳がせていると、眉毛が八の字に垂れ下がった朝比奈さんの顔が視界に入ってきた。
「朝比奈さん、具合でも悪いんですか?」
「いえ、その……わたしがライブなんて、とても……」
「大丈夫ですよ。幸いなことにボーカル枠が空いたんですから、ギターやドラムよりはずっとマシでしょう。」
「それはそうなんですけどぅ……」
「長門、お前はドラムもできるのか?」
「……問題ない。」
「いいなあ、長門さんはなんでもできて……」
「ほらみくるちゃん! そんな弱音ばっか吐いてたらダメじゃない。失敗した時のことを考えるんじゃなくて、成功した時のことを考えるのよ!」
「で、でもぅ。」
「みくるちゃんは楽譜通りに歌えばいいの! 簡単でしょ?」
 それを簡単と認識できる人は、少人数のほうに分類されると思うぜ。
 
 
 入るのは2度目のライブハウスに開場1時間前に到着して、朝比奈さん・長門含めるSENOZは準備や何やらがあると言って奥へ進んでいき、必然的に俺は残り時間を古泉と一緒に過ごさなければいけないことになってしまった。
 俺が手持ち無沙汰にしていると、いつもの無害人畜スマイルが寄ってくる。
「ふふふ、このあいだ涼宮さんからチョコをもらったそうですね?」
「ん、まあな。わざわざ『義理じゃないからね』とか言ってな。だがそれはお前らも一緒だろ?」
「……というと?」
「友チョコってやつか。義理チョコと友チョコってやつは違うんだろ?」
「……真性の鈍感ってやつですか。これは重症ですね……で、では、なぜ涼宮さんがあなたと二人っきりの場所で渡したか、解からないのですか?」
「そりゃ、あん時は怒ってたからだろ? そんなこと訊いてどうするんだよ。」
「いえ、なんでもないです。」
 多少引きつった笑顔を浮かべた古泉は、腕時計に視線を落としてから、
「さて、そろそろリハーサルの時間ですね。行きましょう。」
 
 
 俺と古泉が席に座るのを見計らって、ハルヒはマイクを使って喋りだした。
「みくるちゃん、有希、準備はいい!?」
「ふぁ、はい!」
「できている。」
 中西さんと岡島さんにもアイコンタクトを送るハルヒ。
「じゃあきいてください! 『風読みリボン』!」
          ※曲があったら臨場感が出てより楽しんでいただけるのではと考えたので、つべですが、一応貼っておきます。
                                                       風読みリボン
 
 
期待がフワフワ 飛行船以上に浮かんで
未来へ進みましょうよ どっちかな?
 
あばれちゃダメッ 焦りすぎッ 私のこと信じて!
青空を旅して 笑いあえたら楽しいよ
 
あなたを見たとき なんとなく懐かしいって感じたの…なぜ?
まわれ"大好き"が欲しい
前髪跳ねたら Ribbon Bon
踊りたくなるまで Ribbon Bon
だいじょーぶ だいじょーぶ なんでもやってみなくちゃ!
 
 
思い出キラキラ 砂丘に落ちたら
オアシス伝説生まれるかもね ウソですよ?
 
とまっちゃダメッ 急ぎなさいッ 私のユメ愛して!
大きくておかしな 野望持ってもいいんだよ
 
誰もわからない これからどうなるのかは風に聞いても
吹き飛ばすような挨拶
不思議が待ってる Treasure Land
一緒に行くでしょう? Funky Land
追いかけて 追いかけて 素敵な出会いがあるよ
 
 
 妙に、ハルヒの声しか聞こえていない気もするがそこらへんは気にせず、俺と古泉はただその歌声に魅されていた。
「やっぱり大した奴だよ、あいつは。」
「全く同意見です。中西さん、岡崎さん、涼宮さんや朝比奈さんも……そして長門さんも……」
 おい、鼻の下が伸びてやがるぞ。
 間奏が終わろうとしていたところで、俺は再び歌をきくことに専念する。
 
 
とまっちゃダメッ とまらずに 私のユメ愛して!
青空は永遠 憧れたちがつまってる
 
誰もわからない これからどうなるのかは風に聞いても
吹き飛んで何が見える?
前髪跳ねたら Ribbon Bon
踊りたくなるまで Ribbon Bon
だいじょーぶ だいじょーぶ なんでもやってみなくちゃ!
 
 
 パチパチパチパチ!
 
 またも古泉が拍手しだしたので、俺も負けじと拍手。
「それじゃ、3曲一気に歌っちゃいましょ!」
「ふぇええ、3曲もですかあ~」
「『パラレルDays』!」
 
 
 そうして今回のリハーサルも終わり、会場に客足が集まってきた頃。本番直前に、ハルヒがむっすりとした顔でどすどすと寄って来た。
「キョン、あんた……あのチョコ、友チョコだと思ってるらしいわねっ!!」
 なんだ、いきなり。それを話したのは古泉か?
「ほんとあんたは……鈍感すぎて…………好きになっちゃったあたしが可哀想じゃない……」
 後半部分は声のボリュームが下がってよく聞き取れなかったが、鈍感だとか聞こえた気がする。なんなんだ一体。
「と、とにかく! あれは義理チョコでも友チョコでもないから、勘違いしないでよね!」
「……はあ?」
 ハルヒはステージへ歩く足を止めて、こちらに横顔を見せて――顔全体に赤みがかかったように見えたのはきっと錯覚だろう――言い放った。
「ほ、ほほ、本命よっ! ほ・ん・め・い!!」
 
 ……やれやれ。それからの本番の歌声がより綺麗に感じたのは、きっと俺の一時的な私的感情がノイズを起こしているに違いない。
 
 
SENOZ LIVE part "N" end
 
 
 
 
……これは、永田亮子さんの誕生日に掲載させていただいたSSです。

他の誕生日作品はこちらでどうぞ。

 
 

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最終更新:2008年02月22日 17:29