六番街スラム『ウォールマーケット』。ミッドガルのプレートにすっぽり覆われているスラム街の中でも、随一の大きさと品数を揃える、プレート都市を除けばこの界隈で最大級の市場だ。しかし、物と人が集まれば、そこは自然と――

「ちょっと、そこのお二人さん。少し休んでいかない? きれいな部屋があるんだけどどうだい?」
「おっ! そこの兄さん! 別嬪さん連れてるねぇ。ドンのところに行けばいい金になるよ!」

 ――ピンク色のネオンサイン、猥雑な色をした大きな看板。スラムの中なので建物はボロッちいが、派手な色彩をした宿屋。そう、ここは男相手の商売をする歓楽街としての側面も持っていた。

「ここ、色んな意味で怖いとこです。特に女の子には。早く涼宮さん、見つけないと……」

 この場の雰囲気に余り慣れてなさそうな朝比奈さんが不安顔で言った。その通りだ。しかも何をとち狂ったのか、あいつの格好はバニーガールという、露出度満点でいかにも助平な男に受けそうな衣装だ。飢えた狼どもに「喰って下さい」と言ってるようなもんだぞ(どんな例えだ)。とにかく俺たちはチョコボ車が走っていったとされる方へと急いだ。

 そこは『蜜蜂の館』という、まさしく若い女の人が男の人に(き、禁則事項ですぅ~ by朝比奈さん)する所だった。まさか、ハルヒはここに……!

「いらっしゃい!! もてない君でも、ここ蜂蜜の館でなら運命の彼女に出会えるはず!!……あなたも彼女探しですか?」

 俺は自分でも気が付かないうちに、玄関先で道行く男どもを呼び止めていた奴の胸倉を掴んでいた。

「な、何しやがる!?」

「……涼宮ハルヒという奴を知らないか?」

 そのまま出来るだけ低く響かせた声でこう尋ねると、その男は俺を見てにんまり笑う。

「おっ、あなた聞き耳はやいねえ。ハルヒちゃんはムチムチの新人さんだよ。でも、残念です。ハルヒちゃんはいま面接中。蜜蜂の館の慣わしでね。新人の子はドン・ヤマネのお屋敷に連れてかれるんだ。ドン・ヤマネは有名な独身貴族。そろそろ身を固めるってんで、お嫁さん探しに熱心でね――グッ、ぐお……」

 どこだ、そのお屋敷ってのは。俺は更にそいつの首を締め上げる。俺って、こんなドスの効いた声、出せるんだな。自分でも驚きだ。男は苦しそうに呻きながら答える。

「……マーケッ…ト、の……ずっと、奥に……行け…ば、わ…か、る……」

 それさえ分かればこんな所に用はない。俺は男を締め上げていた手をパッと放し、そのヤマネとか言う野郎の屋敷へ走った。無論、朝比奈さんもだ。後ろからさっきの男が俺を口汚く罵る声が聞こえたが、そんなの知ったこっちゃ無い。

 そのドン・ヤマネの屋敷は、行ってみるとすぐ分かった。ど派手なネオンに「邪魔音」などと書かれた妙な看板、そして無駄に黄金でピカピカの外装――あれを悪趣味と言わずして何を悪趣味と言うのかってなもんだろう。そんなことを考えている俺の姿を見咎め、屋敷の門番がドスの効いた声を響かせつつ近づく。

「ここは、ウォールマーケットの大物、ドン・ヤマネ様のお屋敷だ。いいか、ドンは男には興味ないんだ。さっさとどこかへ……」

 門番は俺の隣に可憐に咲く一輪の花、つまり朝比奈さんにようやく気付くと、今の今までの勢いは何処へやら、

「ああっよく見たらキレイな姉ちゃんも一緒! ね、どう?うちのドンと楽しいひと時を過ごしてみない?」

 途端に猫撫で声になる。まぁ、気持ちは分からんでもないが、話を聞く限り好色らしいボスにしてこの子分あり、と言ったところだろう。朝比奈さんは門番にニッコリと微笑むと俺の手を取って少し離れた屋台のラーメン屋の陰まで行く。朝比奈さんは顔を決意で強張らせてこう言った。

「……あたし、中に入ってきます。涼宮さんにあなたのこと話してきてあげるから」

「ダメです!!」

 俺は即答した。何故って、ここは……その……わかるだろ? ハルヒならともかく、朝比奈さんをこんな猛獣の巣に投げ込んだらどうなるか、想像に難くない。

「じゃあ、どうするの? キョン君も入る?」

 出来ることならそうしたい。だが、俺は男だ。さっきの様子だとすんなり入れそうにも無い。かと言って無理矢理入ったら騒ぎになってしまう。中の様子が分からない以上、ハルヒの安全を確認できないうちは無駄な騒動を起こせないし……しかし朝比奈さんに行かせるのは先述の理由で却下だ……いや、しかし……って、何を笑ってるんです、朝比奈さん?

 思考がグルグル回ってる俺を見ながら、朝比奈さんはイタズラっぽい笑みで平然とこう言い放った。

「キョン君、それなら女の子に変装したらどうですか?」

 ――い、今何と? 想像だにしなかった朝比奈さんの提案を受けて俺が固まっているうちに、

「ちょっと待って下さいね。きれいな友達、連れて来ますから」

「お友達も、か……そりゃいいな。その方がドンも喜ぶし、もしかしたら……ウヒヒ」

 朝比奈さんはもう門番と話をつけていた。行動速っ!?……いや、待て。この状況は何だ?朝比奈さんは何と言った?俺が女装する? ホワイ、なぜ?

「朝比奈さん! いくら何でも……」

「涼宮さんが心配なんでしょう? さ、早くしないと!」

 そう言って、往生際悪く反論を試みる俺の手を引き、もと来た道を返す朝比奈さん。何か、妙に乗り気なのは気のせい……ですよね?





                 『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』

                            第4章 SPOIL





 ――その後の悪夢は二度と思い出したくないので、出来れば省略したいのだが、そういう訳にも行かないので、掻い摘んで説明する。

 まず、ノリノリの朝比奈さんに洋服屋に連れて行かれた俺だったが、店主の息子に頼まれ、スランプに陥って酒屋で飲んだくれている店主を俺たち自らが説得して、わざわざ自分が女装するためのドレスを作らせる羽目となった。だが、話してみると店主は何かに目覚めたらしく急にやる気になり、これもまたノリノリで洋服屋に篭って服を作り始めた。

 その間に、やはり女装に必要であろうかつらを手に入れようと、店主から紹介された「その道の達人」がいる場所に足を運んだが、そこはまさに男臭さ溢れる格闘技のジム。そこで俺は見た目や話し方は女性だが実は「きれいなお兄さん」からかつらを手に入れるために、ムキムキの門下生と何故かスクワット勝負を演じることに(一応勝ったが)。……ここまで来るともうヤケになっていたようだ。俺までノリノリになって女装を極めるべく、率先してウォールマーケット中を走り回るようになっていた。セクシーコロン、そしてダイヤの髪飾りもそろえた。

 ――それから会員カードを譲り受けて『蜜蜂の館』にも入ったぜ。朝比奈さんには白い眼で見られたけど、ここには外から見えんがやはり女らしさを醸し出すには必須のアイテム『下着』が存在するはずなのだ! 勇んで入ってきた俺を待っていたのは、『団体様の巣箱』のムッキーのせいしゅ……む、ムキムキの男に密着されてふ、ふろに…………い、い、い、いやぁーーーー!!!!


 ……途中の記憶が何故か無くなっていたが、手元にはビキニのパンツ。とにかく必要なものは全部揃えたはずだ。洋服屋に帰り着くと、店主はもうドレスを作り終えていた。速く作った割には何とも素敵なシルクのドレスだった。早速着てみる俺。最早羞恥心は完全に麻痺してた。
 初めて着る女性の服に戸惑ったが、朝比奈さんに助けてもらい、ついにお披露目となった。朝比奈さんは俺の姿を見てクスクス笑いながら、

「お淑やかに歩いてね、キョンちゃん」

 ……何が、お淑やか、ですか。朝比奈さん。あなた絶対楽しんでるでしょう。何となく頭が冷めてきて、改めて自分の姿を鏡で見て俺は腰を抜かした。これ、俺だよな? 完全に女になってるよ、外見は。途端に恥ずかしくなる俺。絶対外出て歩けねえ。そんな俺の心情など露知らず、店主は細い目をこれでもかと丸くして、

「ほう、これはなかなかどうして。新しい商売になるかも知れんぞ。そうだね、やってみようか」

 などと言っていたが、いいのか? 俺、絶対人の人生踏み外させてるよな。俺の女装姿をみて盛り上がる朝比奈さんと店主とその息子。だが、たまたまそこにいた女性客が冷たく俺に言い放つ。

「あなたって、ヘン」

 ……何か、死にたくなってきた。



 ――とにかく、ここからが本題だ。朝比奈さんと女装した俺がドン・ヤマネの屋敷を再び訪れると、門番は待ち焦がれていたかのように、

「おおッ!! お友達もこれまたカワイコちゃん! ささ、中へ中へ!! 2名様、お入り~!!」

 と、あっさり中に入れてくれた。女装がバレないか内心冷や冷やしたが、案外簡単に騙せたようだ。しかしこの屋敷、外見もそうだが中身もまた悪趣味だな。無駄にでかい壷や「ぷぅ」と大きく書かれたついたて、それから建物中に書かれている変な漢字。「業座」「終魔胃」って一体何だ?

「お~い、おネェちゃんたち。今ドンに知らせてくるからさ。ここで待っててくんな。ウロウロしないでくれよ」

 俺たちを迎えたドン・ヤマネの子分らしい男はそう言って隣の部屋に入っていった。周囲には幸いにも誰もいない。今がチャンスだな。俺たちはこっそりとハルヒを探し始めた。

 ……ハルヒは意外と簡単に見つかった。鞭やろうそく、三角木馬なんかが置かれている地下の「おしおき部屋」(何に使うんだ、一体?)で、バニーガールの格好のまま不機嫌な顔をして立っていた。このまま駆け寄ろうとした俺は、自分の格好に気付いて慌てて顔をハルヒから逸らした。すると朝比奈さんがハルヒに近づきこう言った。

「あ、あのう……涼宮、さん? はじめまして。あたし、朝比奈ミクルといいます。あなたのことキョン君から聞いてます」

 するとハルヒは一瞬驚いた後、そうだな、まるで好物のものを喜んで口に入れた瞬間、味付けを激しく間違っているのに気付いたような、そんな微妙な表情になった。

「……あなたは?……あっ、公園にいた人? キョンと一緒に……」

 朝比奈さんが頷いて肯定すると、ハルヒは「そう……」と、何故か落ち込んだかのように声のトーンを落とす。朝比奈さんはその様子を見て、これまた何故か真っ赤な顔をして言った。

「あ、安心して下さい! キョ、キョン君とは、少し前に知り合ったばかりで、何でもないんですよ!!」

「あ、安心って……か、勘違いしないで! あたしとキョンは単なる幼馴染!! 何でもないの!」

 ハルヒも顔を最大級に真っ赤にして俺とのあらぬ関係を否定した。するとそれを見て落ち着きを取り戻した朝比奈さんは、クスッと微笑んだ。

「な、何が可笑しいのよ?」

「ふふっ、だって、キョン君も同じように顔真っ赤にして否定してたから。二人とも似てるなって、思って」

「…………」

 ぐうの音も出ないハルヒも珍しいな、そんな事を思っていたのがいけなかったんだろうな、やっぱり。ハルヒは俺の姿を目ざとく見つけやがった。

「――キョン、あんた、キョンよね!? やっぱり!!」

 あんまり明かしたくは無かったが、こいつに何時までもしらばっくれた所で強制的に吐かされるのがオチだからな。ちゃんと肯定してやったさ。すると、ハルヒは見事に女になりきった俺のかつらを被った頭から足のつま先まで眺め回し、



   「ぷっ!うははははははっ!! ひーッ、あーっはははははははは!!!!」



 部屋中に響く声でひとしきり大爆笑しやがった。こんちくしょう。一体、誰の為に、恥を忍んでこんな格好したと思ってやがる。

「……ハハハハハ、もう、ハハ、笑い死にしそう……それにしてもキョン、あんた女装が意外と似合ってるのね。今度何か着せてみようかしら」

 断固断る。こんな罰ゲームみたいなこと、金輪際するもんか。それに、格好だけなら他人のことは言えんぞ、ハルヒよ。一体、こんな所で何をしてるんだ?

「え、ええっと……」

 ハルヒは朝比奈さんのほうを見る。確かに、ここから先の話は彼女に聞かせないほうがいいだろうな。テロリストだし、俺たち。それを察したのか、朝比奈さんは俺たちからちょっと離れて、

「わ、わたし、耳、塞いでますね!」

 と可愛らしい小さな両手で耳を塞いでくれた。それを見てハルヒはこう話し始めた。


 ――曰く、あの後、神羅に追われ、ほうほうの体でセブンスヘブンに帰ったハルヒたちだったが、やはり伍番街スラムに落ちた俺のことが気がかりで、みんなで捜索に出ることにしたらしい。準備を整え、店を出たその時だ。

「店の周りに怪しい男がうろついていたのよ。その男を古泉君が捕まえて、あたしがキューッとしめて話を聞きだしたの」

 そこで、ここのドンの名前が出た訳か。

「ヤマネはただの小悪党だし、放っておいても良かったんだけど……伍番街スラムの教会でタークス相手にドンパチかましたソルジャーの格好をした男の話もしてて――ひょっとするとキョンのこと、知ってるんじゃないかって、思ったの」

「分かったよ。ヤマネ自身から話を聞こうとした訳だな」

「そうよ。あいつは女好きだしね。こういう格好すれば会ってくれると思って」

 そう言いながらハルヒはバニースーツを指差した。しかし、露出度高いから、見てるこっちが恥ずかしいぞ。ハルヒは俺の視線に気付き、両の腕で胸元を隠すポーズをする。

「!……何ジロジロ見てんのよ、エロキョン!!」

 そうは言うがな、そんな格好してるお前にまず問題があるぞ。じゃあ、一体何処を見ろというんだ……ん? どうした、ハルヒ?

「……キョン、無事だったのね。本当に、良かった」

 いつの間にか俺を見つめ、ハルヒが珍しくしおらしくそう言ってきた。……悪かったな、心配掛けて。俺なら大丈夫さ。あそこにいる朝比奈さんにに助けてもらったんだ。

「そうなの、あの子が……」

 ハルヒは少しの間、朝比奈さんを黙って見詰めていたが、急に俺の方を奇妙にニヤニヤした顔で向いてきた。

「……それにしてもキョン、あの子とず~いぶん、仲良さそうじゃない? いつの間にあそこまでたらしこんだ訳?」

 そんな事、お前に関係ないだろ。それに、朝比奈さんとはそんな仲じゃない。

「ふんっ、どうだか! 六番街の公園の滑り台の上で、とーってもいい感じだったじゃない!!」

 いや、だからあれはそういうんじゃないって! セブンスヘブンへ行く途中、ちょっと彼女が休憩したいって言ったからであってだな、そんな雰囲気なんか全然――。


「あのぅ……全部聞こえちゃってるんですけど」


 急に朝比奈さんがバツの悪そうにおずおずとそう言い出したので、俺たち二人は言い争うのを止めた。と言うか、なに二人してムキになってたんだろうね? ハルヒも少し恥ずかしそうに俯いてる。それより、これからどうするんだ? 一応俺とは合流できたが、それでもヤマネに会うのか?

「うん……そのつもり。せっかくここまで来たんだし、やっぱりちょっと気になるから。でも、ちょっと困ってる事があって」

 何なんだ、それは?

「ヤマネは自分のお嫁さんを探してるらしいの。毎日3人の女の子の中から一人を選んで……あの……その……とにかく! その一人に私が選ばれなければ……今夜はアウトなのよ」

 言い淀む気持ちは分かる。それ以上は言わんでいい。だが、確かにそうだな。ハルヒが選ばれない事は多分無いんじゃないかとも一瞬思ったが、こいつ以上の美人で性格もパーフェクト、という奴がいないとも限らないからな。すると、恐らくその超有力候補であろう朝比奈さんが、こう切り出した。

「あのぅ、3人の女の子が全員あなたの仲間だったら問題ないと思うのですが……」

「? それはそうだけど……」

 ハルヒは怪訝そうに返事するが、朝比奈さんは俺たちを一通り見回して言った。

「ここに、ちゃんと2人いますよ?」

 ――2人ってまさか、朝比奈さんも一緒に行く気か!?

「それはダメです、朝比奈さん! あなたを巻き込むわけには行かない!! これはあくまでSOS団の問題です。これから先、どんなに危険なことが――」

 しかし彼女は俺の言葉を遮るように「ふふっ」と少し微笑むと、

「――涼宮さんなら、危険な目に遭ってもいいんですか?」

「?!……」

「!!……いや、ハルヒは……」

 こう言われるともう何も言い返せない。それにそれが一番ベストな方策には違いない。一瞬絶句していたハルヒは、朝比奈さんを見据えて念を押すように尋ねた。

「……いいの?」

「あたし、スラム育ちですから。危険なこと、慣れてるの。あなたこそ、あたしを信じてくれますか?」

 朝比奈さんのその言葉に、ハルヒはあの弾ける様な笑顔を見せた。

「もちろんよ!……ええと、ミクルちゃん、だっけ。改めまして、あたし、涼宮ハルヒ。SOS団の団長よ! これからもよろしくね!!」

「はい!よろしくお願いしますです!」

 2人の少女が手を取り合って友情を結ぶ姿を、俺は感慨深げに眺めていた。やっぱりいいもんだな、こういうのって。――しかし、ハルヒは朝比奈さんをジロジロ眺め回している。何だ?

「……さっきから思ってたんだけど、ミクルちゃんってめちゃめちゃ可愛いわよね」

 何を今更。

「それに、あたしよりちっこいくせに、胸大きいのよね。ロリ顔で巨乳、これってすんごい萌え要素だと思わない、キョン?」

「ふぇっ!?」

 そう言うなりハルヒは朝比奈さんの豊富なバストをひと揉みする……何かうらやまし、げふんげふん、危ないことをし出したぞ。朝比奈さんはびっくりして後ずさりするもののハルヒの手からは『逃げられない!』

「実はさ、あたしバーニースーツもう一着持って来たんだけど、ミクルちゃんにとっても良く似合うと思うのよ」

 ハルヒは赤色のバニースーツをがさごそと取り出した。何処に仕舞ってたんだ、そんなもん。それを見て朝比奈さんの顔が恐怖の色に染まった。

「ま、まさかあたしもそれを着るんじゃ……」

「そうよ」

「そ、そんなの着れません……」

「大丈夫。サイズは合うはずだし」

「い、いえ……そういう意味じゃ――」

「ゴチャゴチャ言わずにさっさと着るっ!!」

 ハルヒは朝比奈さんに飛び掛り、彼女の服を勢いよく脱がし始めた。おい、待てハルヒ! 何てことしやがる。俺はハルヒの凶行を止めようとしたが――

「み、見ないでぇぇぇぇ~!」

 白い柔肌と可愛らしいブラが早くも露わにされていた朝比奈さんにそう懇願されては、俺にはもう何も出来なかった。俺はそのまま回れ右をする。

「ふぇぇぇ!」「だめぇ!」「せめて自分で脱ぎますからぁ!!」

「うりゃ!」「ほら脱いだ脱いだ!」「最初から素直にしときゃよかったのよ!!」

 後ろからは朝比奈さんの悲痛な叫び声と、ハルヒの勝ち誇ったような雄叫びの様な声が聞こえてきた。俺はもう、ただただ手を合わせるばかりだ。そして、それも一段落し、ヤマネの手下が、

「お~い!! おネェちゃんたち、時間だよ。ヤマネ様がお待ちかねだ! ウロウロするなって言ったのに。これだから近頃のおネェちゃんたちは……早くしてくれよ!」

 俺たちを呼びに来たときには、半泣き状態の可愛らしい赤バニーが誕生していたのだった……。



 ……ちなみに、あとの一人の「女の子」は誰だって? 聞くまでも無いだろ。やれやれ。



「ドンがこの部屋でお待ちかねだよ。へへへ……」

 手下に案内され、この屋敷で一番豪奢な扉を開くと、そこにはメガネを掛けたボサボサ髪の男が傍らに二人の男を従えて、金ぴかの悪趣味な椅子に悠然と座っていた。こいつか、ドン・ヤマネは。すると左側に立っていた男が俺たちに偉そうに指図する。

「よ~し娘ども! ドン・ヤマネの前に整列するのだぁ!」

 取り敢えず言われた通りに整列する俺たち。ヤマネは机の上に飛び乗り、バニー二名と女装約一名の俺たちを眺め回して物色する。――何かすぴすぴ言ってるが、何だこの音?

「ほひ~! いいの~、いいの~! いいにほいだな~! 一番嗅ぎたいのはセフィロスだけど、どのおなごもいいにほい!!」

 ドン・ヤマネが俺たちの匂いを嗅いでる音だった。気色悪いぞ、こいつ。ハルヒも朝比奈さんも明らかに引いてる。しかし、ヤマネは構うことなく物色を続ける。

「今日はどのおなごにしようかな? ほひ~ほひ~! このコにしようかな~? それともこのコかな~?」

 しばらく俺たち3人の間を行き来したヤマネは――

「ほひ~!! 決めた決~めた! 今夜の相手は……この骨太のおなごだ!」


                                 「「「え?!」」」


 あろう事か俺の前に立ち止まり、俺を指差してそう宣言していた。ハルヒは信じられない成り行きにあんぐり口を開き、朝比奈さんは目をパチパチ瞬かせている。

「ちょ、ちょ、ちょっと待て! いや、待ってください!」

 俺は狼狽した。一瞬自分が女装をしているのを忘れて元の口調に戻ってしまう位。そして、そんな口調でも自然に裏声になっちまう位にな。ヤマネはにんまりと俺を見詰めたままだ。ええい、やめろ、気色悪い。

「ほひ~! その拒む仕草がういの~、うぶいの~後はオマエたちにやる!」

 ?! 何だって!

「へい!! いただきやっす!」

 部下二人はそれぞれハルヒと朝比奈さんを連れて部屋から出て行く。まずい、助けるか。しかし、俺の肩はがっしりとヤマネの腕に抱かれる。うぅ、なんか吐きそうだ。

「さ~て、行こうかの~!」

 ……こうなったら仕方ない。ハルヒ、何とか逃げ出して、朝比奈さんのこと、頼むぞ。


 俺はヤマネの部屋の奥にある寝室に通された。ご丁寧にもダブルベッドが用意されている。まあ、この展開はそういうこと、なんだろうな。ヤマネは早速ベッドに飛び乗って俺を誘う。

「ほひ~、やっと二人きり……さあコネコちゃん……俺のムネへカモ~ン!」

 俺は胃がムカムカしてくるのを必死で覆い隠して、ベッドに上がりヤマネに近づく。

「ほひ~、何度見てもカワイイの~お……お前も、俺のこと好きか?」

「も、もちろんですわ……」

 俺の必死の裏声も大したもんだな。ヤマネはまだ気付いていないようだ。顔をにまーっと綻ばせてやがる。

「ほひ、うれしいこと言ってくれるのォ!ほんなら、ナ、ナニがしたい?」

 俺は意を決して準備してきた台詞を言う。……レコーダー、仕掛けられてないだろな?

「……あなたのス・キ・な・コ・ト」

 言ってしまった……言ってる自分でも気分悪くなるぜ。これが録音されてたら俺は命懸けてもマスターテープを見つけ出し焼却してやる。しかし、ヤマネは更に気分を良くした様だ。

「ほひほひ~!! た、たまらん!じゃあ、おねがい……チューして、チュー!!」

 ――ついに迫ってきやがった。これ以上許すと俺の貞操の危機……違う意味でな。

「それはダメ……」

「なんで? なんでなんで?」


              「――だって……あんたのその口は情報を漏らすのに使ってもらうからさ!!」


 俺はそう言い放ってベッドから飛び降り、女装を解く。やっぱり疲れるぜ、女性の服装って。みんなよくこんなの着れてるな。当然、ヤマネは突然の成り行きに慌てている。

「お、オトコ!? ほひ~、だ、騙したな!! だれか!だれか!!」

「――お生憎さま。あなたの子分は誰も来られないわよ!!」

 その自信に満ちた声と共にハルヒがどかどかと入ってきた。朝比奈さんもだ。ちゃんと助けてくれたんだな、ハルヒ。

「あたしが行ったときには、もうみんな倒してたわよ、ね、ミクルちゃん」

 朝比奈さんは恥ずかしそうに俯いている……マジかよ。女っていざとなると怖いな。

「お前たちはさっきの!? な、何がどーなってるの?」

 突然の乱入者に更に驚きを隠せないヤマネに向かって、既にバニーからいつものミニスカ姿に戻ったハルヒは仁王立ちして指を突き立てる。

「悪いけど、質問するのは私たちの方よ。手下に何探らせてたの? 言いなさい! 言わないと……」

「……切り落とすぞ」

 俺はバスターソードをヤマネのすぐ傍にドスッと突き刺す。ヤマネはあまりの恐怖に震えだした。

「や、やめてくれ! ちゃんと話す! 何でも話す!」

「さ、どうぞ」

 案外簡単に落ちたな。多少拍子抜けしたが、恥ずかしい思いして女装した甲斐があったってもんだ。

「……片腕が銃の男や、頭にカチューシャをつけた変な女――そう、あんたのねぐらを探させたんだ。そういう依頼があったんだ」

「誰から?」

 変な女呼ばわりされた(恐らくそれは間違っていない)ハルヒの尋問は更に続くが、さすがにそうすんなりとゲロしてくれないらしい。

「ほひ~! しゃべったら殺される!」

「言いなさい! 言わないと……」

 次はこれまたバニーからさっきの清楚な服装に戻った朝比奈さんが、笑顔で手に持っていたロッドをベッドにドスッと突き立てる。

「……ねじり切っちゃいますよ?」

 これは怖い。こんな美少女に微笑まれてそんなこと言われると尚更な。脅されてる当のヤマネも当然そう思ったんだろうな。慌てふためいて更なる情報を吐き出した。

「ほひ~! 神羅の多丸だ! 治安維持部門総括、多丸ユタカだ!」

「治安維持部門総括!?」

 神羅の、しかも軍を取りまとめる一番の大ボスの名前が出てきやがった。小悪党からちょっとした情報聞き出すつもりが、何だかとんでもないことになってきたぞ。

「神羅ですって!! 神羅の目的は!? 言いなさい! 言わないと……」

 最後にハルヒ自ら拳をドスッとベッドにめり込ませた。

「……磨り潰すわよ」

「ほひ……ねえちゃん……本気だな。……えらいえらい……俺もふざけてる場合じゃねえな。神羅はSOS団とかいうちっこいウラ組織を潰すつもりだ。アジト諸共な。文字通り、潰しちまうんだ。プレートを支える柱を壊してよ」

「柱を壊す!?」

 ハルヒは信じられないという面持ちでもう一度問い直す。しかし、ドン・ヤマネはさっきまでの怯えた様子と打って変わり眼鏡の奥の瞳にいやらしい笑みを浮かべた。

「どうなるか分かるだろ? プレートがヒューッ、ドガガガ!! だ。SOS団のアジトは七番街スラムだってな。この六番街スラムじゃなくて俺はホッとしてるぜ」

「――七番街スラムが無くなる!? キョン、早く戻らないと!!」

 そうだな、ハルヒ。しかし、神羅め何てこと考えてんだ。たかだかちっぽけなテロ集団を潰すためにここまでやるか、普通。そんなことしたらスラムどころかプレート都市の人たちだって大勢死んでしまうぞ。……奴ら本気で狂ってやがる。とにかくこんな事してる場合じゃない。俺たちは七番街向け駆け出した。

「ちょっと待った!」

 ヤマネが俺たちを呼び止めた。黙れ!お前に構ってる時間はこれっぽっちも無いんだ。

「すぐ終わるから聞いてくれ。俺たちみたいな悪党が、こうやってベラベラとホントのことをしゃべるのはどんなときだと思う?」


                  !――それってあれだよな。普通、「勝利を確信したとき」――

「ほひ~! あったり~!」

「キャッ!」
「ワッ!」
「ウォッ!」

 ヤマネがベッドに据えられていたスイッチを押すと俺たちが立っていた床に突然大きな穴が開き、物理の法則にしたがって落下していく。しまった! 「落とし穴」なんてベタな罠に……。

「ほひ~! ほひ~!!」

 再び堕ちて行く暗闇の遥か上から、ヤマネの勝ち誇った気味の悪い笑い声が聞こえてきたのが余計に癪に障った。





 丁度その頃――神羅カンパニー本社70階社長室。プレジデント・ケイイチ・神羅は、この部屋に治安維持部門統括・多丸ユタカと都市開発部門統括・新川を呼んでいた。もうすぐ、SOS団殲滅のための大規模作戦が始まろうとしている。

「準備の方は?」

「順調ですよ、兄さん。実行部隊はタークスに任せてあります」

 プレジデントの問いに軍服姿の多丸ユタカは自信を持って答える。ちなみに苗字は違うがこの二人は実の兄弟だ。兄のケイイチが遠縁の本家・神羅家に養子入りし、神羅を大企業にのし上がらせていく過程で、弟のユタカもそのお零れに預かる形でここまで出世してきた。

「プレジデント! 本当にやるのですか? たかだか数人の組織を潰すのに……」

 社長室に呼び出されたもう一人、新川がプレジデントに異議を申し立てた。プレジデントは眉をひそめ、荒川を睨み気味の眼で見る。

「今更ナニかね、新川君」

「……いいえ。しかし、私は都市開発責任者としてミッドガルの建造、運営の全てにかかわってきました。ですから……」

「新川君、そういうのは個人的な問題に過ぎないよ」

 何とかプレジデントに作戦の翻意を図る彼に、多丸は穏やかな笑みで冷たく言い放つ。新川は彼の言葉を無視して続ける。

「後藤市長も反対しているわけであり……」

「市長? このビルの中でボソボソと飯を食ってる彼が? 彼はそう呼ぶに値しない存在さ。それでは失礼します!」

 そう言い捨てて、多丸はプレジデントに敬礼し、社長室から出て行った。呼び止めようと追いかける新川だったが、それを制するようにプレジデントは後ろから彼の肩を叩く。

「……プレジデント」

「君は疲れているんだよ。休暇を取って旅行でも行ってなさい」

 新川は顔から失望を隠せず、一礼して社長室を去った。手塩を懸けて造り上げたミッドガル。そこを安住の地と定めて暮らしている人たち。どうしてそれらを自らの手で壊すことが出来ようか。新川は言い知れぬ無力感に苛まれていた……。

 自分以外誰もいなくなった社長室で、プレジデントはくくく、と嘲笑う。

「七番街を破壊する。アバランチの仕業として報道する。神羅カンパニーによる救助活動。フフフ……完璧だ」




 ――もちろん、そんな会話が交わされていたことなど、ヤマネの罠に嵌り地下下水道に落とされた俺たちには知るべくも無かった。俺は落下の衝撃で痛み、下水で濡れた身体を押さえながら、倒れているハルヒと朝比奈さんを起こした。

「大丈夫か」

「うん……ありがとキョン君」
「もう! サイテーね、これ」

 二人とも下水でべとついた服と身体を気にしてるが――


                             「グギャァ!!」


 ――それどころでは、無いみたいだな。俺たちの目の前には水色の皮膚をしたゴーレムの出来損ないみたいな化け物が立っていた。……まずはこいつを何とかしないとな。すると、その化け物は身体全体を大きく振動させ、それによって生じた下水の波が俺たちを襲う!


                           ザッパァーン!


「――もう! 何この臭い!! 頭からもろに被っちゃったじゃない!!」
「うぅ……酷い匂いですぅ……」

 水圧もきついが、これでは鼻が曲がりそうだな。ちなみに、モンスターも自分が起こした津波でダメージを受けてるようだ。おいおい。

「キョン、早くそいつをやっつけなさい! 団長命令よ!!」

 お前に命令されんでもやってやるさ。俺もこれ以上下水を被りたくないからね。

「『ブレイバー』!!」

 一撃必殺。俺の渾身の一撃を受けモンスターは息絶えた。だが、ここで安心してる場合じゃない。神羅は本気だ。プレートが落とされる前に早く脱出してみんなに知らせないと!……どうした、ハルヒ。何を俯いているんだ。

「でも、もう落とされていたら?……マリン……古泉君……ビッグス、ウエッジ、ジェシー……スラムの人たち、みんな、死んじゃう……」

 珍しくハルヒが不安げな表情で俺を見上げる。違う、俺が見たいのはお前のそんな顔じゃない。だから俺は声を張り上げて言った。

「何お前が弱気になってるんだ! ハルヒ、柱壊すなんてそんな簡単な事じゃないさ」

「…………そうね……そうよね! まだ時間はあるわよね。――こんな所で諦めるなんてあたしらしくない、行くわよ、キョン! 神羅の野望なんか、あたしがギッタギタにぶっ潰してやるんだから!!」

 元気を取り戻したハルヒはそう叫んで走り出す。そうさハルヒ。お前はそうしてるのが一番似合ってる。俺も朝比奈さんもその後に続いた。


 地下の下水道を抜けると、そこはかつて神羅鉄道の主力として使われていた名機『ホカ百式七0形式5884』や付随する客車、貨車が大量に打ち捨てられている光景が広がっていた。

「ここがあの『列車墓場』ね……ということはキョン! ここ抜けたら七番街スラムの駅よ!!」

「そうか……」

 何という僥倖。まあ、六番街は七番街の隣だからな。適当に歩いて辿り着いても不思議ではない。しかし、

「すみません朝比奈さん。すっかり巻き込んでしまって……」

 朝比奈さんは俺の言葉に、「ううん。いいの」とにっこり笑う。

「でも、『ここから帰れ!』なんて言わないでね?」

「そんな事、キョンが言う訳ないわよ、ミクルちゃん。それにあなたはもうあたしたちの仲間なんだから」

 っておい、ハルヒ。行きがかり上一緒になった人を勝手に仲間に加えるな。俺たちはテロリストで神羅のお尋ね者なんだぞ。ただでさえ危険な目に遭わせてるのに。しかし朝比奈さんは優しく首を振って、

「ふふっ。あたしは別に構いませんけど……あたしも似たようなものだし」

 朝比奈さんは少し自嘲的に呟いた。多分、あの教会でのことを言ってるのだろうが、このときの俺にはそれについてもう一度彼女に尋ねる心の余裕も、勇気も持ち合わせていなかった。まずは七番街スラムへ向かうことが先決だしな。けど、何処を通っていけばいいんだ? 列車が複雑に不規則に並べられてて、まるで巨大な迷路みたいだ。

「そうね……明かりのついている車両を抜けていけば出られるかも」

 ハルヒはそう言って先へ先へと進んでいく。まあ、それしか方法が無いんだろうな。俺たちは行く先々で漫画に出てくる幽霊そのまんまのモンスターや、生意気にも「スリプル」(相手を眠らせる魔法だ)を使うモンスターたちと戦いながら廃棄列車の迷路を抜けていった。しかし、俺が不覚にも眠らされたとき、

「な~に、グースカ眠ってんのよ、アホキョン!!」

 とハルヒに渾身のドロップキックを食らわされたのは痛かったぜ。お陰で敵にやられる前にあの世に行くかと思ったぞ。

「あんな単純な魔法に引っかかるのが悪いのよ!」

 当のハルヒは「起こしてあげたんだから感謝の一つぐらいしなさい!」と言わんばかりだったが、あれじゃあ「ありがとう」の言葉も出る気が失せるってもんだ。

 あと、地下下水道で見つけたマテリア「ぬすむ」を有効利用して、モンスターから「ストライクロッド」を盗んだ。非力な朝比奈さんでも十分敵にダメージを与えられる特殊な硬い金属で出来たロッドだ。朝比奈さんは眼をキラキラ輝かせて大事そうにそのロッドを抱えていたが、その姿に薄ら寒いものを感じていたのは本人には内緒だ。



 やっとの思いで、俺たちは七番街スラムに辿り着いた。伍番魔晄炉を爆破しにここを出たのがたったの一日前だったが、何故かとても懐かしく感じる。だがスラムはその一日前とは大きく様相を変えていた。

 ――幸いにもまだプレートは落ちてきてなかったが、プレート落下の噂を聞きつけた住民たちがここから逃げ出そうと、街全体が大混乱に陥っていた。駅のホームでは駅員が遥か上のプレートをぼうっと見詰めていた。早く逃げろ、ここはもうすぐプレートが落ちるぞ。

「知ってます。……でも長年親しんだこの駅ですからどうしても離れられません……一体、どうして……嘘であって欲しいです」

 ……俺だって、嘘であって欲しいぜ。いや、嘘にしてみせる。俺たちはプレートを支える支柱に全速力で向かった。

「間に合った! 柱が立ってる!」

 支柱の下には事情を知らない神羅の一般兵やらスラムの住人と思われる野次馬が群がっていた。

「待て、ハルヒ! 上から……聞こえないか?」

「……銃声?」

 朝比奈さんの声に俺たちは上を見上げると、そこから、支柱を登る階段の至る所で銃を放つ閃光が目に飛び込んできた。

「……SOS団のみんなが戦ってるんだわ! キョン!」

「ああ!」

 俺とハルヒが支柱に駆け出す矢先――頂上から人影が何かに撃たれ、力なく急速に地上に落下した――あれはウエッジ!!

「大丈夫か?……ウエッジ!!」

 ウエッジの身体の至る所からは血が大量に噴き出し、顔面も蒼白。これでは、もう……

「……キョンさん……。俺の名前……覚えてくれたっすね。古泉さんが……上で戦ってるっす。手を貸してやって……キョンさん……迷惑掛けて、すいません……っす」

「――もう、喋るな……!!」

 ウエッジは俺とハルヒに微笑み、そのまま動かなくなった。

「ウエッジ!!」

 ハルヒはウエッジを揺り動かすが、ウエッジは何も反応しない。ハルヒは悲痛な表情で首を振り、ウエッジの瞼を閉じ、そして朝比奈さんに向かって言った。

「ミクルちゃん、お願い。この近くに私たちの店『セブンスヘブン』があるの。そこにマリンっていう名前の小さな女の子がいるから……」

「……分かりました。安全な場所へ、ですね」

 朝比奈さんは七番街スラムへと駆け出す。これで取り敢えずマリンは安心だ。

「ハルヒ、登るぞ!!」

「ええ。ウエッジの仇、きっと取るから!!――みんな、ここは危険よ! みんな早く柱から離れて! 七番街から離れて!」

 群がる野次馬にそういい残し、俺たちは遥か直上の戦場へと急いだ。


 支柱を螺旋状に取り巻く階段。頂上に向け登っていく最中、踊り場に倒れていたのはビッグスだった。ビッグスも至る所を撃たれ、斬られ、既に虫の息だった。

「キョン……やっぱり……星の命なんて……どうなろうと……興味ないか?」

 ――もういい、喋るな。怪我に響くだろ。

「ありがとよ、キョン。でも……おれはいいから……古泉が……上で戦っている。手を貸してやってくれ……」

 もう動けないビッグスは連れて行けぬまま、更に上に登ると、今度はジェシーがいた。

「あ……キョン……最期に……話せてよかった……」

「最期だなんて……そんな事言うな!!」

 けれど、ジェシーは力なく首を振る。

「もう、いい……いいの……私たち……私たちの作戦で、たくさん……人、死んじゃったし……きっと……そのむくい……ね」

 そう言って、そっと頬に涙を一粒伝わせる。――それが、彼女の最期の言葉となった。ハルヒはぎゅっと拳を握り締め、俺から顔を背けた。俺に、涙を流していることを悟らせないように。

「キョン、……行きましょう。古泉君、助けないと」

 ……ああ。犠牲はもうたくさんだ――



「ふんもっっっふ!!」

 頂上に辿り着くと、古泉が右手に装着したバズーカで神羅のヘリコプター相手に孤軍奮闘していた。サイドシェル(サイドカーのような荷台)を装着した神羅の戦闘・輸送用ヘリコプター『神羅B1β式』が何機も支柱頂上を取り囲み、古泉に容赦なく機関銃の雨を降らせる。古泉は逃げながら応戦するが、バズーカの弾丸も尽きたようだ。すると古泉は右腕をアサルトガンに付け替え――

「――セカンド・レイド!!」

 なおも抵抗を続けようとする。いつも飄々と微笑を絶やさないように見えるこの男にも、こんな熱い側面があったなんてな。少し驚いたぜ。

「――同じ言葉をあなたにもお返しましょうか?」

「古泉君!!」

 ……俺の心の声が聞こえてたのかよ。とにかく無事でなりよりだぜ、古泉。

「あなたもご無事だったんですね。しかし、再会を懐かしんでいる暇はありません。神羅の連中はヘリを使って波のように押し寄せてきます。……正直、もう限界という所でしたよ」

「大丈夫よ! こうして3人揃ったんだし、何とかなるわよ!!」

 そうは言うがな、ハルヒ。古泉はともかく俺とお前は接近戦用の装備だ。ヘリ相手では少々分が悪いぞ。

「そう言うと思いまして、ありったけの武器を用意してあります。……さっきまでの戦いであらかた使い果たしてしまいましたが」

 古泉は俺たちにかろうじて残っていたバズーカ砲やマシンガンを手渡す。すると間も無く、数機のヘリが一斉に襲い掛かってきた。

「早速来たわっ! 撃てっ! 撃てっ!!」

 俺たちはハルヒの号令の下、手にした銃を撃ちまくった。そのうちの一つがヘリの一機に命中し、火を噴いて墜落する。意気を上げる俺たち。しかし、一機だけ動きのおかしな奴が――そのヘリは急上昇したあと急降下で後ろに回り込み、サイドシェルから何者かが支柱の頂上に降り立つ。

「――!? しまった、陽動ですか!!」

 古泉は何者かが降り立った支柱の裏側へ急ぐ。俺たちも慌てて後に続いた。

「あそこには、支柱の制御装置があるんです! 僕たちをヘリ隊に集中させている間に……してやられました!! あの制御装置を壊されると、支柱が――」

 そういうことは先に言え! しかし今更悔やんでもどうしようもない。そして、俺たちが制御装置に辿り着いたときには――

「遅かった、と。このスイッチを押すと……はい、お終い! 作業終了」

 あのタークスの谷口が不敵な笑みを浮かべてそこにいた。爆弾でもセットしたのか?

「解除しなくちゃ! キョン! 古泉君! お願い!」

 俺たちは爆弾を解除しようと装置に向かって走るが、谷口が行く手を塞ぐ。どけ、バカ、邪魔だろうが。

「そういう訳にはいかないぞ、と。タークスの谷口様の邪魔は誰にもさせないぞっ……と」

 そう言って襲ってきやがった。いいだろう。あの時の決着、ここで着けてやる。俺は背中のバスターソードに手を掛ける。が、

「……だが、3人まとめて掛かって来られると厄介だぞ、と」

 谷口は何事か呪文を唱えると、ハルヒがピラミッド状の薄い光の壁に囲まれた。

「ハルヒ!!」

「キョン! どうなってるの!? 全然動けない!」

 ハルヒは膝を地面につけたまま、金縛りにあったかのように動けないでいる。

「何かの魔法でしょうか?」

 知らん。こんなの初めて見る。だが、これを3人とも喰らったら終わりだぞ。どうする? どうやったら解除できる? それに、さっき奴が仕掛けたのは恐らく時限式の爆弾だ。残された時間も無い。焦る俺たちに谷口は余裕の笑みを見せてこういった。

「ふっ、壊せるものなら壊してみろ、と」

 ……待てよ、ということは攻撃を加えれば壊せるかもしれない、ということか。俺はバスターソードをハルヒを覆うピラミッドに向けて振り下ろす。すると、ピラミッドは音を立てて崩壊する。

「ふぅ……苦しかった。ありがと、キョン」

 見えない檻から開放され、晴れ晴れとした表情のハルヒ。一方で、谷口は対称的に呆然としていた。ありがとうよ、ヒントをくれて。お前がアホでよかったぜ。

「……ぐっ、しまった、と。――だが、ここで終わる谷口様じゃないぞ、と!」

 電流を流したロッドで俺に襲い来る。すかさずそれを剣で受け止める。

「ぐあっ!」

 ロッドから伝わる強力な電流に触れ、俺は危うく剣を取り落としそうになる。その隙に第二撃を繰り出す谷口――やばい、やられる、しかもこんなアホに。そう思った刹那、

「さっきはよくも閉じ込めてくれたわね! あたしの怒りの一撃、喰らいなさい! 『掌打ラッシュ』!!」

 谷口の側面に走り寄ったハルヒが右手の一撃を振り下ろす!

「ぐほっ!」

 間髪入れずに、身体をかがめて下半身に左ストレート!

「うぎゃっ!」

 そして最後に下から突き上げる左アッパー!!

 

「ひでぶっ!」

 

 谷口は堪らずその場に昏倒した。

「ふんっ、あたしの怒りはこんなもんじゃすまないわ!! さぁ、キョン、止め刺すわよ!」

 しかし、谷口は口から血をペッと吐いてスーツの裾を払うと、

「……くっ、そろそろ時間だぞ、と」

 と言い残して下に飛び降りた。自殺か? いや、下には『神羅B1β式』。そのサイドシェルに飛び移っていた。……いや、あのアホの事はもういい。問題は爆弾だ。

「キョン! 止め方が分からないの。やってみて!」

 俺は制御装置に近づいて見る。そこには爆弾なんてものはなかった。これは――

「……ただの時限爆弾じゃない」


「――その通り。それを操作するのは難しいよ。この谷口みたいな馬鹿者がそれに触れると困るからね」

「おいおい、そんな言い方は無いんじゃないか、と。国木田」

 いつの間にか頂上まで飛び上がってきたヘリのサイドシェルの上に、ハルヒに殴られた腹を押さえながら立っている谷口と、もう一人、同じタークスの制服を着た小柄な男が立っていた。

「……あのねえ、一応僕は君の上司だよ。そういう口の利き方は無いと思うんだけどな」

「……チッ、俺と同期で入社したはずなのに、何でこうなるんだ、と」

「そもそもの頭の出来が君とは違うから、じゃないのかな」

「く、くそぅ……言いたい事言いやがって……!!」

 上司らしき男にこう言われ、肩を落とす谷口。だが、俺たちはそんなアホな漫才に付き合ってられん。

「こいつの止め方、教えなさい!」

 ヘリに向かって叫ぶハルヒに国木田と呼ばれたタークスの男はくくくと冷ややかに笑う。

「無理だよ。緊急用プレート解放システムの設定と解除は、神羅役員会の決定なしには出来ないからね」

「――ならば、力づくでも」

 国木田にアサルトガンの銃口を向ける古泉、だが国木田は両手を上げて不敵に微笑んだ。

「……そんな事をされると、大切なゲストが怪我するじゃないか」

 そう言って国木田は左下のほうに目線を落とす。よくは見えなかったが、そこにいるのは――朝比奈さん!!

「ミクルちゃん!!」

 ハルヒは朝比奈さんの名を叫びながら、ヘリに向かって駆け出す。国木田はその様子を見て、囚われの朝比奈さんのほうを向いて、不思議そうな顔をして問いかける。

「あれ、君の知り合いなの?……そうか、最後に会えてよかったね。僕に感謝してほしいな」

「……朝比奈さんをどうする気だ!」

 俺の質問に国木田は分からないという風に両の掌を上げる。

「さあ。僕たちタークスに与えられた命令は『古代種』の生き残りを捕まえろ、ということだけさ。随分長い時間が掛かったけど、やっとプレジデントに報告ができるよ」

 その時だ。それまで黙っていた朝比奈さんがサイドシェルの縁に乗り出すと、ハルヒに向かって叫びだした。

「涼宮さん、大丈夫だから!あの子、大丈夫だから!」

 すると国木田は左手で朝比奈さんの腕を掴み、右の平手でその頬を殴りつけた。

「ミクルちゃん!!」

 !? この野郎……!! 怒りに震える俺だったが、朝比奈さんを殴るその一瞬、国木田の眼が哀しげに彼女から逸らされていたのを――俺は見逃さなかった。

「だから早く逃げて!」

 それでも俺たちに向かって叫ぶのをやめない朝比奈さん。その時だ――



                   ドドォォォォーーーン



 ついに支柱が爆発を起こした。くそっ、止められなかった――

「……そろそろ始まるけど、逃げ切れるかな」

 国木田がそういい残すと、ヘリは朝比奈さんを乗せたままプレートの上の方に飛び去っていく。――そして幾つもの爆発音とともに支柱が崩壊を始めた。

「……くっ! 上のプレートが落ちてきたらひとたまりも無いわ。急がなくちゃ!!」

 ここから階段を下りていては間に合わない!俺たちは頂上を右往左往しながら脱出の手立てを探す。すると、支柱を上のプレートに繋ぎ止めるワイヤーを古泉が見つけた。

「このワイヤーを使えば脱出できます!」

 なるほど、こいつをロープ代わりにして飛ぶ訳だな。

「それしか、なさそうね……行くわよ、みんな!!」

 俺たち3人はワイヤーに掴まり「その時」を待つ。そして――



     ドドドーーーンンン!!ドォォーーーン!ドォォォォーンン!!!!



 支柱は大爆発を起こして崩落していく。俺たちはその勢いを借りて地上に向け飛び降りる。吊るされたロープを使って遠くに飛ぶ、あの要領だ。爆風と衝撃が俺たちを襲うが、何とかして耐える。そして、俺たちの後方では、支えを失った七番街プレートが地面に吸い込まれるように堕ちて行き、





        地を揺さぶる大音響――そして何千、何万もの断末魔と共に、七番街スラムを、押し潰した――





 命からがら俺たちが降り立ったのは六番街スラムのあの公園だった。朝比奈さんと二人っきりで話した、あの時の公園の面影はもう無く、プレート落下の影響で瓦礫が散乱する見るも無残な状況だった。七番街へのゲートも、瓦礫で埋め尽くされ最早通ることも出来ない。

 意識を取り戻したハルヒは、急に立ち上がり、ゲートに向かって走る。そして――

「マリン! マリン!! ビッグス! ウエッジ!! ジェシー!!――嘘よ、こんなの嘘よ!! みんな、みんな……あたしたちSOS団がいたから? 関係ない人たちまで……みんな――うわぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」

 ……何度も、何度も、ハルヒは拳をゲートの瓦礫に叩きつけて泣き叫ぶ。俺と古泉はその様子をただ見ていることしか出来なかった。


                ――俺たちはこの日、一瞬にして、いろんなものを失ってしまったんだ。


                                                               ...to be continued


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