現在は水曜日―――ってことは、ハルヒのイメージじゃあ青の日だな―――の何時頃だったかな?
外は…あぁ関係ないか。異世界みたいなもんなんだし…あ、朝比奈さん泣きやんだっぽい。
目腫れてんなー。さっきから延々と泣きっぱなしだったもんな。
つーか古泉はどこ行ってんだよ。長門も――――


部室のドアが勢いよく開くと同時に、長門が倒れこんできた。


「長門!」
「長門さん…」


傷が酷い…。以前、朝倉とやりあった時のそれとは比べ物にならないほどだ。


「ケガ…大丈夫か?」
「問題…な…」
「長門?おいっ」


マジかよっ…ええーと取りあえず脈を…脈ってどうやって測んだっけ…。
いやそれよりも人工呼吸の方が先か!?どうするどうする―――つーか人工呼きゅ…いや有りだ!!
全然有りなんだが…って今はそれどころじゃねぇだろ俺!えーと…待てよ?ここは心臓マッサか!?


長門への処置を決めあぐね、軽いパニック状態に陥っていた俺は、バンッ!という部室のドアが開かれた音に対し、
「うぉわっ!」などという素っ頓狂な声を上げるという、なんともみっともない反応をしてしまった。
勢いよく部室に入って来たのは、古泉だった。しかし、これまた長門同様ボロボロな姿をしている。


「場所を変えます!急いで―――」
「ま、待て!長門が…」


古泉は、手慣れた様子で素早く長門の容態を調べた(ようだった。他に何かしたのかも知れんが)。
そして長門を抱えあげると、顎を朝比奈さんの方へやり、俺にお得意の笑顔を向けた。
…別にお前に言われなくても、喜んで手を貸しますよ。


「さ、朝比奈さん。行きましょう。立って」
「キョン君…キョン君…」


俺の名前を呼びながら、朝比奈さんがすがりついてくる。あぁ死んでもいい…って
この状況じゃあマジで「死」が実現しかねないんだった…。
あぁ半分なら死んでもいい半分なら死んでもいい―――。
つか半分死ぬってどんなだよカッコワライカッコトジーとか何考えてんだ俺はこの状況で……。


前を行く古泉を無心に追う。あちこちから、雄叫びのようなものや、何かが崩れる音が聞こえてくる。
あぁ地球最後の日ってこんな感じなのかなー、などと
セカイ系なことを考えている内に、前を行く古泉の足が止まった。


「一旦は、ここに身を隠して。恐らく、今現在はここが最も安全な場所です」


古泉は、抱えていた長門を床に降ろすと、ボロボロになった制服の上着を掛けてあげた。


「あ…」
「彼女なら大丈夫。しばらくしたら、意識が戻るはずです」


俺が聞くより一瞬早く、古泉は俺の質問に答えていた。


「では、僕は仲間の元へ戻ります。そうだ…これを持っていて下さい」


古泉が渡してきたのは、誰の物か分からない腕時計だった。四時十五分を指している。


「一時間後に、また戻ります。気をつけて」


そう言うと古泉は、これまで何度か目にしたことのある赤い球状のものに変化して、
窓からどこかへと飛び立っていった。

俺は、古泉の言う「最も安全な」部屋を見回した。―――見慣れた光景だった。


「あの窓際の席にハルヒがいて…その前の席が俺で…」
「キョン…君?」


急に、これまで抑えられていた不安や恐怖が溢れ出した。
吐き気、涙。心臓が苦しい…。呼吸しようにも、何かが喉の奥につっかえているようで上手くいかない。


「大丈夫ですか!?苦しいんですか!?」


朝比奈さん…不安そうだけど、八の字眉毛な顔も可愛いっす―――って俺はまた何を…。


―――あぁ…そうか…。


これが、俺だったな…。


俺は、徐々に平静を取り戻した。心には、もやもやが相変わらずあるけれど、それは抑え込むことにする。


「大丈夫。なんでもないですよ」


きっと無理な笑顔だったのだろうが、朝比奈さんを安心させるには十分な代物だったようだ。
さーてと…古泉はああ言ってたが、長門は本当に大丈夫なのだろうか?
制服もボロボロになっちゃって…。ちょっと、おへそが見えそうですよっ!長門さん!


「キョン君、何してるの?」
「やっ、長門大丈夫かなーって思って」
「…キョン君…」
「は…はい…?」
「もう、私たち駄目じゃないかな…」
「え……駄目…って?」
「だって、長門さんがあんなにされて、古泉君だってボロボロだったじゃないですか…」
「そりゃあ…多勢に無勢もいいところですからね…」
「もしも…もしも古泉君たちが―――」
「朝比奈さん!」


思わず、声を大きくしてしまった。


「とにかく…あー…俺達はハルヒに会わなきゃいけないわけで…。何としてでも」
「…ごめんね。いつも…私いつもこんなで―――」
「…」


とりあえず、抱きしめておこう、と思った…ってあれーーー!!?俺、抱きしめちゃってる!?
いつもは頭の中で考えるだけだったのに、なんだなんだ俺!どうしたどうした俺!
パニックと吊橋効果で対女性用リミッターがオーバーヒートしちまったかー!


…などという考えで頭の中がいっぱいだった俺は、自分の腕を朝比奈さん
―――いや、この際女神像Aとする―――から引き剥がすまで、その感触を堪能することを完全に忘れてしまっていた。


「あーっと…その、元気出して…はは」


何無駄に緊張を感じてんだ俺はー!!


「はい…。ありがとう。キョン君」


いえいえこちらこそーーー!!


その後、悶々とした時間を過ごすこと数十分。古泉が言っていた時間が来た。
…が、一向に古泉が現れる気配がない。


「古泉…。時間だぞ…」


何故か、口から独り言が飛び出していた。そりゃあよく考えたら、この学校に来てから谷口とかと同じぐらいの
付き合いがある同性の中でも、特にあいつは変り種(ってレベルじゃねーけど)だし…な。
それにこの状況じゃ、否が応でもあいつに頼るしかないわけで……。
考えたくないが、俺(と朝比奈さん)の命は、今はあいつに懸かっているわけだ。


「時間なんですか?」
「ええ…」
「古泉君は―――」


突然、轟音と共に廊下側の壁が粉々になり、廊下の向かい側から外へと吹き飛んで行った。

っつーか廊下なくなってんじゃねーか!教室の向こうは断崖絶壁って状態だ!どーする俺!
どーする朝比奈みくる!って気絶してる!そりゃそーだ!!
長門!―――はまだ充電中か…。


絶壁となっているはずの教室外下方から、ふっ、と北高の制服を着た二人組が現れた。
すげぇクライミングだ!っていうかこいつら、朝倉な雰囲気をガンガン出してんだけど!


「この人間」
「間違いない」
「観察対象との関係が、他のどの有機生命体とも異なっている」
「観察対象に変化を生じさせる為の、最適な手段を施行する」


やばい。終わったか、俺。やれんのか!いや、無理無理。
つか…あいつらの片手、なんか物騒な形になってね?かなり切れそうだ…あっちのは相当へこみそうだぞ。
あ、でも意外と目閉じて開けたらいつもの部屋だったりー、なんて…。


二人組が、脚にグッと力を入れるのを感じた。


ふぅ…。悪くない悪くない。そうだ、絶対あの世のが―――


そして、勢いよく地を蹴る音と、風を切る音が聞こえた。


あの世の方が―――


「いい訳ねーだろっっ!!!」


俺は必死に、両腕両足で体を守る構えをした。


―――まぁ、ちょっとは期待してた。あ、すいません。本当は完全に頼ってました。
デジャヴが起こってますように…って。俺は、そんな気持ちで頭がいっぱいだった。
で、今んとこ痛みは感じ無い…ってことは……。ゆっくりと目を開ける。


長門だ。止めてくれている。二人組が、片手からそれぞれ出している何か(とりあえず凶器ではある)を。


「長門!」
「…大丈夫」


それが、俺にかけてくれたものなのか、長門のコンディションを指すものなのかは、
その声に抑揚がない故に計りかねるが…しかしグッジョブ長門!


「なぜ止める?」
「これまでの間、観察対象に目立った変化はない。新規の情報も少なく、さらに我々にとって有益なものに
至っては皆無といえる。このまま観察対象の膠着状態が続くのを、我々がただ黙って見ている意義は無い」
「緩やかではあるが、確実に変化はある。それを見守るのが我々の役目。故意の介入によって起こる―――」


二人組の空いた手から新たに武器が現れ、長門にさらなる攻撃が加えられる。
何かまずくないか?…いや!絶対まずい…!


「いつまで我々は、涼宮ハルヒという存在を驚異と感じ続けなければいけないのだ」
「緩やかな変化など、いつ何時起こるかもしれない大規模な―――?」


「あれは…」


二人組の体が、光りの粒と化し、消えていってる…。
間違いない。朝倉ん時にもやった、なんとかかんとかの解除ってやつだ。
いつから仕掛けてたのやら…。しかし、グッジョ(ry


「…我々を消すのに…それだけ傷を負っていては…後続の者からその人間を守るのは―――」


長門が体勢を崩し、床に跪いた。


「―――不可能」


二人組は、宙へと消え去った。完全に。


「長門!」


傍に駆け寄り、傷の程度を見る。部室に入って来た時のダメージが、完全には無くなってはいないようだ…。

そんな状態で、あれだけの攻撃を喰らって―――死ぬ…のか?―――

いや、長門が死ぬなんて考えられない。つーかこいつに死とかあんのか?
体の破損だけなら―――朝倉の時だってあんなに刺されてたのに大丈夫だったじゃないか…!


「逃げて」
「え?」


長門の脚がしなり、腹部に強烈な衝撃が走る。いっ―――あれ?俺浮いてね?と、次は背面に衝撃を受けた。
何かに…受け止められた?目を開けると、赤い光が視界を覆っていた。

 

「ゲホッ…こっ…古泉!?」
「大丈夫ですか?しっかり捕まって」
「ま、待て!朝比奈さんは!?それに長門が―――!」
「朝比奈さんはここです」

見ると、古泉の右脇に朝比奈さんが抱えられている。…ん?
っていうことは、今こいつは俺を左腕一本で抱えてんのか!?


「行きますよ」
「待っ、おい長―――」


古泉がぶち抜いたのであろう、窓の枠取りを完全に無視して出来た穴から、俺達は外に飛び出していた。
その時、さっきの二人組が現れたように、教室外の下方から一人、二人、三人…と人影が現れるのを見た。
体を無理矢理立ち上がらせた長門が、一瞬、こっちを振り向いた気がした。
教室を飛び出てほんの十数秒後…教室が吹っ飛んだ。そこにだけ、ミサイルが打ち込まれたみたいに。


しばらくして、古泉は降下を始めた。そして、校庭の隅の、もの静かな所に着地した。
朝比奈さんと俺を放した古泉は、またいつもの笑顔を俺に向けて来た。
いつも思うが、別に俺に笑顔を向けたって何も出ないぞ、古泉。


「…すいません」
「な、何だ?」
「僕がお手伝いできるのはここまでです」


急に古泉がもたれかかってきた。しかも本気っぽい重さだ!!

俺は古泉に押されるように倒れ、尻餅をついてしまった。


「うぉっおいっ!古泉!何すんだ」
「すいません……」
「おい…」
「…」
「古泉?」


マジか。死んでんのか?人って死ぬとどうなるんだ?こんなの、死んでるように見えないぞ。


「古泉!おいっ!さっさと起きろよ!重、重たいんだ…っつーの…」


そのまましばらくの間、俺は呆然としていた。朝比奈さんが目を覚ました後、長門のことと
古泉のことを話した。分かってると思うが、当然、朝比奈さんは泣いた。
ただ今回は、俺も話しながら涙を流してた。


俺は、その後ただ学校を見つめていた。時々、赤い光がぶつかり合っているのが見えた。
ふと、古泉から渡された時計を見ると七時を指していた。
その時、学校の方から何かが向かってくるのが、横目に見えた。


瞬間、強風が吹いた。思わず瞑ってしまった目をゆっくりと開けると、俺と朝比奈さんの周りを
沢山の人間たちが囲んでいた。いや、この中には誰一人として純粋な人間などいないのだろうが。

「彼がそうなんだね」
「目的の有機生命体であることに間違いない」
「この人間は…?」
「関係無い人間だろう。放っておけばいいさ」


どうやら、朝比奈さんは助かりそうだな。ま、楽にやってくれるんなら望むところ―――。
長門、古泉…また別の世界で会えるかもなー。ま、それはハルヒに賭けるとして…。
俺は―――


「…!」


心の中で、がむしゃらに雄叫びを上げながら、俺は目の前の男に突進して押し倒した。
そして、そのまま無我夢中で拳を叩きつけた。
そうしながらも、俺の目は、その男の傍に立っていた別の男の手が、異様な形に変化していくのを見つめていた。
それが頭に振りかざされるまで、俺は、その手の動きを目で追い続けた。



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