どこまでも澄み渡る青空、心地よい風が吹き、空には雲ひとつない六月のある日。
いつもは梅雨のため、じめじめとして鬱陶しい季節であるが、この日はからっとした晴天に恵まれ、日差しのわりに暑くもなく過ごし易い一日だった。
いま、僕は教会にいる。そして、目の前では僕が中学生だったあの日から夢にまで見た幸せな光景が広がっている。
教会の窓から差し込む陽光は穏やかで、まるでふたりの幸せを祝福しているように見えた。
どこからともなくオルガンの音が聞こえてきて、その音色は僕の心の奥へと溶け込んでくるようであった。
僕の足元から続くバージンロードの向こうには白いタキシードに身を包んだキョンの姿がある。
いつのころからだっただろうか、僕がキョンに淡い恋心を抱いたのは。いつだったかははっきりと思い出せないが、確かにそれは中学生だった僕の心の中に存在していた。
 
 
 
中学生だった頃、僕は学習塾が終わると、キョンと連れ添って最寄の停留所まで歩いたものだった。
キョンは自転車で学習塾に通っていたが、学習塾の帰りはいつも自転車を押して、徒歩で僕を停留所までエスコートしてくれた。
学習塾が終わる時間には、日はもうとっくに暮れ、夜の帳が辺り一面を覆い尽くしていた。
真っ暗な夜空を宝石のような星がさりげなく飾り立て、時折吹く風が気持ちよく、月明かりに照らされたなんでもない夜道がやけに幻想的に思えたものだ。
唯物論者だった僕がそんな感傷に浸れたのは、きっとキョンが僕の横にいてくれたからだろう。
最初、キョンを学習塾で見かけたときは、別にどこにでもいる男子高校生ぐらいにしか思わず、ただ同じクラスの生徒であったという理由だけで話しかけたに過ぎなかった。
だが、学習塾で、そして学校の教室で話をするキョンは、妙に僕とウマが合った。普段、他人と話をすることがほとんどなかった僕にとって、このことは驚愕に値すべきことだった。
そしていつのころからか、キョンと他愛ない話をすることを楽しみにしている自分がいることに気づく。
僕が最初にその認識に至ったときには、躍起になって僕の中にあるキョンへの想いを否定しようとした記憶がある。
しかし、否定しようとすればするほど、その想いを認識せざるを得なくなり、やがてそれは僕の中で大きくなりすぎて、僕自身にも持て余すようになってしまった。
「恋愛は精神病の一種」 
頑ななまでにそう信じていたはずなのに、キョンはいとも簡単に僕の信念を打ち砕き、そしてその声で、しぐさで、表情で、僕の世界を侵食していった。
僕はそれに抗う術を持ってはいなかった。そして気がつけば、僕はキョンの虜になっていたのだ。
キョンの自転車の荷台に乗って学習塾へ向かう時間が、キョンと連れ立って学習塾から停留所まで歩く時間が、僕にとって最も安らげる時間だった。この時間が永遠に続けばいいと思ったことさえあった。
だが、この世界に永遠などというものは存在せず、やがて別れの時が訪れた。僕とキョンは別々の高校に進学することになってしまったのだ。
そのことを知ったとき、僕はどれほどの絶望感と孤独に苛まれたことだろうか。隣には常にキョンの姿があり、僕にはもうキョンのいない日常などは想像できなくなっていたのだ。
学習塾からふたりで連れ立って帰る最後の日、僕は自分の中にある想いを言葉にして、勇気を振り絞ってキョンに告げた。
「キョン、どうやら僕はキミのおかげで精神病を患ってしまったらしい。もう僕にはキミのいない日常などは想像できないほどに、キミは僕にとって必要な人間になってしまったようだ。
どうだろう、よければ僕をキミの伴侶としてくれないか。僕はキミといっしょならどんな人生の壁に突き当たったとしても、それを乗り越えていけるという確信がある。
そして僕は、キミの人生が幸福で豊かなものになるように、キミひとりだけを愛し、この身を捧げると誓うよ。だから……」
キョンは僕の告白を聞いて、少しだけ考える素振りをした後、おもむろに口を開いた。
「佐々木、お前にそんな風に思われて俺も嬉しいよ。しかし、俺はまだ一介の中学生に過ぎない。だからいまこの場でお前の人生に責任を持つとは言えないんだ。
だからいまは保留と言うことでどうだ。もし、俺が一人前の社会人になったとき、お前がいまと同じ想いを俺に抱いてくれていたならば、俺はお前が世界のどこにいても迎えに行くと誓うよ」
「キョン……」
この日を最後に会えなくなるのは辛く寂しいことだったが、キョンの言葉はそんな僕の悲しみに希望を与えてくれるものだった。僕はこの日から今日まで、この言葉だけを拠り所として生きてきたといっても過言ではない。
そしていま……
 
 
 
キョンがバージンロードを踏みしめ、ゆっくりと僕のほうに近づいて来る。
「キョン」
僕が声をかけると、キョンは少しびっくりしたような表情で僕の顔を見た。
「キョン、僕達が学習塾から帰る最後の日に、キミは僕に、キミが一人前になったとき僕を伴侶にしてくれる、と誓ったのを覚えているかい?」
僕がキョンに尋ねると、キョンはあの日と同じように少し考える素振りをした後、懐かしい思い出を思い出したように、
「ああ、そういえばそんなこともあったなあ~ いまとなっては懐かしく淡い思い出だ」
そう言って遠くのほうを見つめた。
「ところでキョン、ひとつ質問してもいいかい?」
「なんだ」
キョンは怪訝そうな表情で僕のほうを見る。
「キミの記憶にもあるとおり、僕とキミは確かにあの日将来を誓い合ったはずだ。なのに、どうして僕はキミと涼宮さんの結婚式に招かれて、教会の一番後ろの席に座っているのかな?」
ふと、キョンの隣に視線を移すと、純白のドレスに身を包んだ涼宮さんが、キョンを盗られまいと必死に彼の片腕にしがみついて、こちらを睨みつけていた。
だが、僕はそんな涼宮さんに構わず、キョンに問い質す。
「僕が納得いく理由を! いまこの場で! 君の口から! はっきりと! 説明してもらえないか! さもないと、僕達はこれから毎晩キミと涼宮さんの寝床を尋ねて、その理由を問い質すことになるよ!」
僕の隣では、長門さんと朝比奈さんと橘さんと九曜さんと鶴屋さんと喜緑さんと阪中さんと吉村さんが、僕の話を神妙な顔つきで聞いて、うんうんとうなずいていた。
 
~終わり~


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