とあるビルの一室。
 「機関」総帥は、速報版の報告書を読んでいた。
 内容は、ここ数日の間に行なわれた朝比奈みくるの組織による時間工作活動に関するものだった。
 12月24日から26日にかけて行なわれたその工作はかなり派手なもので、「機関」の内外が豪快にかき回された。
 朝比奈みくるは、自ら工作活動をこなしつつ、囮役も果たし、さらに部下たちの指揮統制もとるという超人的な活躍ぶりを今回も示してくれた。
 「機関」の対応は後手に回っている。主導権を相手に握られている以上、それはやむをえないのだが、全く気に入らない。
 後で関係部署の責任者を呼びつけて、今後の対応策について検討しなければならないだろう。
 呼びつけられる方は災難だ。この総帥に睨まれれば、誰もが震え上がる。
 例外は、この部屋のテーブルに碁盤を広げ詰め碁に興じている彼女の夫ぐらいであった。
 
「で、今回の工作活動の意図・目的については分析中というわけね」
 呼びかけられた彼はソファーから立ち上がって、彼女の方を向いた。
「そのとおりでございます。総帥閣下」
 夫の他人行儀な言い草に、彼女はいささか不機嫌になった。
「二人だけのときは、名前で呼んでって言ってるでしょ」
「ここは職場ですよ。総帥閣下には、その昔、公私の区別はきちんとつけるように厳しく指導された覚えがあるのですがね」
 彼は、無害な微笑を浮かべながら、茶化すようにそう言った。
「そんな昔のことまだ根に持ってたの?」
「総帥閣下のありがたき御指導を根に持つなどとんでもありません。閣下の薫陶が行き届いていると言っていただきたいですね」
 彼は茶化すような態度を崩そうとしない。
「あなたって、ときどき意地悪よね」
 彼女は、椅子を回転させて、彼に背を向けた。
 
 
 窓ごしに外を見れば、小雪が舞っている。
 静寂が部屋を支配した。
 
 
 その静寂を破って、彼がおもむろにこう切り出した。
「ホワイトクリスマスというには遅すぎますが、これからディナーなどいかがですか、総帥閣下」
 彼は、対SOS団の総括責任者であり、当然朝比奈みくるへの対応も担当していた。そして、彼女は「機関」の総帥である。
 ここ数日はクリスマスどころではなかったのだ。
「名前で呼んでくれなきゃ、いや」
 彼女は背を向けたままだ。
 
 
 再び、静寂。
 雪がやむ様子はない。
 
 
 そして、彼はついに観念した。
「園生さん。お付き合いいただければ大変光栄なのですが」
 彼女がようやく椅子を回転させた。
「一樹がそこまでいうのなら、付き合ってあげるわ」
 森園生が立ち上がり、古泉一樹の前に歩み出た。
 古泉一樹が恭しく、彼女の手をとってエスコートする。
 
 傍から見れば、独立した息子が二人もいる歳とは思えないほどのいちゃつきぶりだった。
 「機関」の構成員がこの光景を目撃したら、あまりのバカップルぶりに呆れ果てたことだろう。
 しかし、二人にはそんなことはどうでもよいことだった。
 完全に二人だけの世界に行ってしまっていたからだ。
 
 
 二人だけの一足遅いクリスマスの夜は、こうして始まった。
 
終わり


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