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◇◇◇◇◇
 
 この小説との出会いは、近くの図書館で在った。
 ………
 ……
 …
 
 
 あまり踏み入れなかった奥の本棚までその日は見て、一番奥にポツンとひとつだけ置いてあった本は表紙も背表紙も何も描かれていなく、それもかなり分厚い。それが、この小説だった。
 わたしが手に取るというよりは、小説のほうから吸い付いてきたように本を掴んで、そのまま図書館の受付で手続きをする。
 大事に両腕で本を抱えて帰り、その夜わたしは洗脳されたかのように、黙々とそれを読み続けた。大きな期待感を膨らませて。
 
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 これは実話をもとにした、ある男女の日常を描いた学園ストーリーである。
 二人の出会い。それは、七月七日……七夕の日に存った。
 
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 …
 ……
 ………
 いつのまにか、この本はわたしにとって、必要不可欠なものになっていた。この本がないと落ち着かない。心配でならない。
 それこそ毎日、物語の中へ引き込まれるように、ただページを繰り続けてきた。
 
 その過程で、わたしは――視た。
 
 
 
◆◆◆◆◆
 
「長門さんが居なくなった原因、それはあの”本”だと予測されています。」
「……本? あの超分厚い小説のことですか?」
「はい。確証はありませんが、それしか他に見当たらないんです。」
「何故その小説が長門を?」
「それが全くと言っていいほど解からないの。今までには無かった異例の問題なんですよ。」
 弱ったな……情報統合思念体でも解からない問題なんて俺に解決出来るはずがない。いや自分で解決出来るなんて思ってなかったが、手伝いくらいは出来るだろうと踏んでいたが滅相も無かった。
 ……とりあえずまだ訊きたいことがある。
「ハルヒの奴が長門に連絡しないのは、さっきあなたが部室に来たことと関係してるんですか?」
「ええ。少しだけ情報操作を施させてもらったんです。」
 俺がどうしてと訊く前に喜緑さんは続けて、
「長門さんは今連絡が取れない状態です。涼宮さんがそれを知ったらまず長門さんを探すでしょう? それはあまり望ましくないことなんです。」
「それはなんとなく解かります。ってことは、長門の居場所は掴めてないんですね?」
 喜緑さんはゆっくりと首肯した。
 ……待てよ? 情報統合思念体が長門とコンタクトを取れない状況ってことは、今の長門はあのデタラメな能力が備わってないってことだよな? それってかなり危険なんじゃ。
「心配する気持ちも解かります。でも、わたしたちの力もちょっとは認めてください。」
「はい?」
「ふふ、長門さんはあなたたちにとって大切な存在だものね。わたしにとっても同じです。時間はかかるかもしれないけど、なんとしても解決してみせます。」
 喜緑さんは細い体から力強い声を出して俺を勇気付けてくれた。なんと頼もしい人だろう。
「その、長門が消えてしまうとか……そういうことは、ないんですよね?」
「どうしてそう思われるんですか?」
「いえ、なんとなく悪い予感が……」
「そんなこと、わたしたちがさせません。」
 喜緑さんはにっこりと微笑んだ。
「頼りになります。俺にも何か手助け出来ることがあれば、何なりとおっしゃってください。」
「解かりました。わたしたちも、何か解かり次第伝達します。」
 俺はひとつ会釈をして生徒会室を後にした。
 
 これで俺ができることは全てやったか……。俺が長門の為にできることはこれくらいしかないだろう。まったく、悔しく情けない話だが。
 その日、俺は夕食をあまり喉に通さず、嫌な気持ちが離れない心を秘めたまま床に就いた。
 
 
 
 翌朝、やはり俺のモヤモヤは晴れなかった。
 そのモヤモヤは誰かからの連絡――本命喜緑さん、あわよくば古泉、といった感じだ――を待っても消えることもなく、なにせ何ひとつ連絡のレも字も無かったもんだから、俺の心情はますます谷底へ突き進むだけだった。
 重い足取りでハイキングコースを闊歩し、重い心持で授業を聞き流し、重い身体を引きずって団活動に取り組む。そんな日常が何日か続いた。
 ハルヒが長門のことを忘れているのにも寂しさを感じるね。朝比奈さんは何も操作は施されてないようだが、失礼だがもともと期待はしていない。彼女に頼むことはただひとつ、俺の心にその美貌という回復魔法をかけ続けてください、ということだけだね。
 古泉たち『機関』の情報網に引っかかった情報も皆無だそうで、俺の心配パラメータは限界を迎えようとしていた。
 
 
 長門喪失という大事件が起きてから六つの日にちが過ぎようとしている。つまり今日は十二月九日、日曜日だ。
 起床後俺は無意識に携帯を確認し、メールが一通届いていたことに胸を躍らせた。数秒後、大きく心のバランスが崩れることになるのも知らずに。
 
 
メール1件 喜緑さん
件名:なし
本文:この時空間平面、及び未来におけるインターフェース「長門有希」の存在は否定されました。
   これは情報統合思念体が導き出した答えです。
 
 
 俺は数十秒間――数分間かもしれない。俺の体内時計に自信がないんでな――硬直していた。まさにジェットコースターの恐怖を味わい立ての朝比奈さんのような……そう、放心状態。完全無欠の超空っぽ状態だ。
 はっと我に返り、すかさず返信メールをぎこちない指で作成する。ええと、なんと打てばいい。いかんいかん、思考が上手く廻らないぞ。
 
 
件名:なんですか?
本文:どういうことですか?そもそもあなた誰ですか?
 
 
 ……俺はとうとう最高レベルの馬鹿まで陥ってしまったらしい。しかし返信ボタンを押す前に気づいただけでも良しとしようじゃないか。
 もう一度見直してみたら俺の脳内会議員全員が声を同じくして「バカ野郎」と俺に罵倒してきそうなメール内容を即効で削除し、件名からきちんと書き直さなくてはいけない。
 
 
件名:なし
本文:それは長門がこの世界から消滅してしまった、ということですか?一体なぜなんですか?
   どうしてそれが解かるんですか?
 
 
 ずいぶん疑問詞が多いメールになっちまったが、事実訊きたいことばっかりだから赦して下さることだろう。
 疑いと絶望感が入り混じったまま返信を完了する。
 ほどなくしてメールが返って来た。
 
 
件名:なし
本文:その解釈で間違いはないです。その他のことは……伝達することは出来ません。
   穏健派での超重要事項ですので、禁則なんです。本当にごめんなさい。わたしも忙しくなるので、これ以上のやり取りは不可です。
 
 
 俺は自分の心情に少しの怒りが現れたことに気付いた。なんだそれ。身勝手にも程があるんじゃないか。
 そりゃあ俺が頼りっぱなしだったことは事実だ。しかしこれはさすがにあんまりだ。だってそうだろ?
 行方不明の猫の帰りを待っている飼い主の元に『あなたの猫は消滅しました。理由は教えられません。』なんて連絡が来たらその飼い主も溜まったもんじゃないだろうさ。
 俺も全く腑に落ちない。落ちてたまるか。
 俺は電話帳から奴の名前を引っ張り出して番号をコールする。
『もしもし、古泉――』
「――古泉、俺だ。話は知ってるか?」
 少しの間のあと、
『……ええ。さきほど上層部から連絡が来ました。』
「どこまで知ってる?」
『長門さんが消えた……ということだけです。』
 俺と同じじゃねえか。
『情報統合思念体からの連絡ですから――こう考えたくはありませんが――恐らく間違いはないと思われますね……。』
「ちょっと待て、何故思念体から『機関』へ連絡が行ったんだ?」
『僕たちの中でも、長門さんの探索は重要で優先事項でしたから。その動きは思念体にも知られていたようでして……もう探す必要はない、と教えてくれたのでしょう。』
 訊いておいてアレだが、まあそんなことはどうでも良いんだ。俺が知りたいのはお前の意思なんだよ。
「古泉、これを信じるか?」
『……信じられませんよ。何の根拠もなく、ただ消えたとしか言われてないのですから、疑わない方が無理があるというものです。しかし思念体からの連絡となると……』
「そんなことは訊いちゃいねぇ。思念体のことは一度頭の中から放り出せ。信じるのか、信じないのか。」
『…………信じない、いいえ、信じたくありません。』
 よしきた。
「お前の方で色々と調べられないか? そのお偉いさんはもっと詳しく聞いていないかとか……いや、難しいことだってのは解かってる。けど、」
『解かりました。出来る限りを尽くしましょう。』
 お前が話の解かる奴で助かった。恩に着るぞ、古泉。
「俺はもう一度喜緑さんに話を訊いてみる。このまま腑に落ちないままだったら気が晴れないからな。じゃあな、古泉。」
『頑張ってください。では。』
 
 ……とは言ったものの。喜緑さんの居場所なんて掴めるわけがねえか。学校側に訊き出すにも、後の方に事がややこしくなりそうだ。
 ああでもない、こうでもないと、俺は散々迷った挙句、最終的に俺の行動は突発的な思い付きによって決定された。
 ――周防九曜。天蓋領域のインターフェースであるあいつは、今回の件をどう把握しているのだろうか。情報統合思念体が知り得ないことまで知っている可能性も大だ。
 思念体が原因を禁則することにも引っかかる。あれは絶対何か隠しているはずだ。
 周防九曜と話すことが出来たら――非常に自信がないが、やるしかない――有力な情報をゲットできるか、あるいは真相を知ることができるかもしれない。
 あいつも長門に「気をつけて」と言っていたし、何も知らないということはまず無いと考えていいだろう。
 俺はまた電話帳から身内のあいつの名前を引っ張り出して相手の受信を待った。
 五コールに突入しかけた時、馴染み深い声色が届いた。
『もしもし? キョンかい?』
「佐々木、唐突な電話で悪い。ちょっと頼まれてくれないか?」
『キミから頼みごとなんて珍しいじゃないか。なんだい?』
「ええとだな……周防九曜って友達が居るだろ? あいつの連絡先とか知らないか?」
『周防さん? ああ知っているよ。僕の携帯がしっかりと記憶しているさ。知りたいのかい?』
「ま、まあな。」
『周防さんが了承しないまま勝手に教えることは少々気が引けるけど……彼女ならきっと許してくれるだろうね。いいかい、電話番号は……』
 
「……よし、ありがとな、佐々木。」
『礼には及ばないよ。キミのことだ、何か大事な用があるんだろう? ちょっと気になるけどね、僕は何も訊かない。』
 つくづく感謝するぜ佐々木。お前はなんていい奴なんだろうか。俺もいい友を持ったもんだぜ。
『友……か。くっくっ、親友として、当たり前のことをしたまでだよ。』
「はは。恩に着るぞ、親友。」
 佐々木は何故か少しの静寂の間を空けて、
『キミの用が、上手くいくよう願っておくよ。』
「おう、じゃあな佐々木。」
『またいつでも連絡してくれ。じゃあ。』
 
 佐々木への感謝の言葉を心のなかで反復しつつ、周防の電話番号をメモった通りに打ち込む。
 十コールほどしたか、あまり数は定かではないがそこらへんのタイミングで周防は電話に応じてくれた。
『―――――』
「いきなりの電話ですまん。俺……って言っても解からないか。」
 俺は自分の名前を告げた後に続ける。
「直接会って話したいことがある。今から会えないか?」
『―――――』
「……ああえっと、ダメなら何か言ってくれ。大丈夫なら無言でいい。」
『―――――』
「……よし、じゃあ何処でなら会える?」
『――喫茶店へ――』
「喫茶店?」
 俺の確認を求める声は周防には届かなかった。やっと一言喋ったかと思うとすぐに電話を切りやがったんだからな。
 喫茶店……喫茶店って前会った場所でいいんだよな。あれ、そもそも喫茶店で合ってるのか?
 ええい、じっとしていても仕方がない。俺の周りの音を十七年間キャッチし続けてきたこの耳を信じるしかないし、このチャンスを逃すわけにもいくまい。
 いつ雪が降ってもおかしくないようなグレー色の雲が空を覆う中、俺はコートを羽織い、寒さで引き締まった足でチャリを漕ぎ始めた。
 
 手が冷たさを越えて痛みを訴えていながらせっせとチャリを漕ぎ続けて十数分、店先に並んだ植木の本数さえ記憶しているほど何回も訪れた、馴染みの喫茶店に行き着いた。
 入って店内を見回すと、既に店の装飾品と化した――黒一色の地味な飾り物だが――周防九曜が真っ先に目に飛び込んできた。あっちから飛び込んでくるとは珍しい。いや、初めてか。
 席に近づいてみると、入口からは見えなかった死角からひょっこりともうひとつの顔が現れた。なぜお前が居る。
「ほら、周防さんとだけだと会話に不便でしょ? だからあたしも混ぜてもらったの。」
 確かにそうかもな。だが橘京子、お前訊くことは何ひとつ…………いや、ある。こいつの組織の方はどうなんだろうか。
「とりあえず腰掛けたらどう? 話があるんでしょう?」
「ああ。」
 俺はゆっくりと着席したのち、息を整えてから話した。
「お前らの組織の方も何か知っているんじゃないだろうかと思って訊く。実は――」
「――長門さんのことでしょう?」
 ……やはり知っていたのか。
「知っていると言っても、あたしが知っているのは長門さんが喪失したということだけ。他のことは全然なの。」
 じゃあお前に訊くことは消え果た。俺はそっちの、冷水の水面を見つめているインターフェースさんに訊きたいことがある。
「今日から六日前の月曜日、多分昼頃だと思うんだが、長門が突如として消えた原因をお前は知っているか? もし知っているのなら頼む、教えられる限り俺に話してくれないか。」
「―――――」
「情報統合思念体の端末さんから連絡があったんだよ。だが、長門の存在は否定されたとかそんなことしか教えてくれないんだ。きっとこれ以上は俺に教えられないんだろう。そこでお前に訊いてみたってわけだ。」
 橘京子はさすがに口を挟まず、腕を組んでふうんと簡単な相槌をしている。別にそんなリアクションは要らんぞ、逆に鬱陶しい。
「――情報統合思念体の端末――長門有希は――現在も有機体としての活動を――行っている――」
「本当か!?」
 少し声を張り上げちまった。しかし胸の底から嬉しみと喜びを取り巻いた感情が溢れ出てくるのが解かる。
「――真実。――情報統合思念体が――隠蔽する根拠は掴めない――けれど――彼女は在る――」
 すっと肩の力が抜ける。おっとダメだ、まだ安心なんて出来ない。安堵の溜息をつく時は、俺にはまだ早すぎる。
「長門の居場所は解かるか?」
「―――――」
 周防九曜は何かを念じるように目をつむった。数秒後、目をぱちくりと開けて、
「――探索範囲が広すぎて――上手く把握出来ない。――少なくとも――この地球上には居ない――何処か――隔離された空間――」
 隔離された空間……か。
「ありがとう、それだけで充分だ。出来れば、今後何か解かれば連絡をくれないか?」
「――解かった――」
「感謝するよ。ところでなんだが……」
 橘京子の頭上に疑問符が浮いた。お前には訊かねぇよ。
「どうしてこんなにも簡単に質問に応じてくれたんだ? お前らにとって長門は、どっちかつうと敵対するような存在だと思っていたんだが……」
「―――――」
 周防九曜はじっと俺を一瞥してから、
「――彼女が――望むから――」
「彼女?」
「佐々木さんのことよ。」
 橘京子の助言によって理解した。……なるほどね、そういえば俺の用が上手くいくように願っている、とか言ってくれてたりしたもんな。ここでも佐々木に感謝せねばならぬようだ。いや、させてもらわねばならない。
「今日はありがとう、二人とも。こっちからも何かあれば連絡させてもらうよ。」
「ええ、あたしたちも極力、協力させてもらうわ。」
「―――――」
 俺はさっと席を立って、ふと気付いた。
 喜緑さんは忙しいと言っていたから、今日は休みなのかね。喜緑さんとも話したかったんだが仕方ないか。
「それじゃあ。」
「ええ。」
 
 店を出た俺はすぐに立ち止まり、安堵と不安の入り混じった白い溜息を――フッと宙へ飛ばした。
 
 
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