「双子……いいわね」
 あぁ。なぜこいつはこんなに嫌な予感をさせる一言をいきなり発することが出来るのだろうか。
「立花兄弟でもマナカナでも某スロットの姉妹もみんな息がピッタリじゃない。しかも双子には不思議な体験がつきものなのよ!」
 確かにそれはそうだがなぜ高校生のお前が某スロットのことを知っている。
「やったもん。スロットってつまらないわね。1000円で簡単にお金稼げるじゃない。あんなので負ける奴って意味がわかんないわ」
 天はこいつに何物も与えすぎだ。たまには負けさせてやってくれ、神様よ。
「話を戻すけどこの中に実は双子でしたっていう子はいない? そうね……古泉くん!」
「残念ながら一人っ子なもので」
 残念じゃない。お前みたいなのが大量にいられても困る。気色悪い。
「じゃあ有希!」
 当り前のように長門は首を横に少しだけ振った。そりゃそうだ。
「むー……みくるちゃんは!?」
「そそそんな人いないですぅっ!」
 はい。全滅だ。まったく……そんな都合よく双子なんかいるわけないだろ。
 つまらないだろうがそれが現実だ。そろそろ下校時間だ。帰るぞ。ハルヒ。
「……あんたはもうちょっとあたしの気持ちわかってくれると思ってたのに。あたし一人で帰るから」
 ハルヒは鞄を掴むとすぐさま外に飛び出した。……俺は何か悪いことしたか?
 そんなににらむなよ。古泉よ。朝比奈さんまで。俺は普通のことを言っただけだ。
「まったくあなたという人は……」
「少しは涼宮さんの気持ちも考えてくださいよう……」
 この二人の言う事はよくわからん。今回は確実に俺に非はない。とりあえず今日は帰るか。
 それからは普通だ。家に帰りメシを食い風呂に入る。普通だ。普通だった。
 なにか違いを感じたのは寝て起きた後だったのさ。
 
 
 ところで諸君。双子といえばどこの世界でも正反対の性格だと相場が決まってると思わないか?
 そんなことはないか。……その通りだ。しかし俺みたいに非日常な世界にいる場合はそうなるらしい。
 そう、『無いのなら自分で作ればいいのよ!』と言わんばかりに奴は作ってしまったのだ。
 涼宮ハルヒ、自分自身の双子をな。
 
 
 そう。その朝までは俺は何の違和感も感じることなく生活していた。
 妹に起こされ朝メシを食いあの地獄のような坂道を上る。そんな日常を今日もこなしていたはずだった。
 それがどうしたことだ。まずはほんの些細なことに気付いた。ハルヒがいない。
 いつも俺より先に来て不機嫌そうに外を眺めている涼宮ハルヒがいないじゃないか。
 休み……はまず無いはずだ。遅刻と部室でサボりは可能性大だな。しばらくすれば来るだろう。
 なんて思っているとほらな。やっぱり来やがった。あの不機嫌そうな面……?
「あらキョン。早いわね。おはよう」
 ちなみに俺が早い理由は昨日筆箱を忘れたせいで課題が出来なかったから学校でやるために早く来たというごく普通のつまらない理由だ。
 いや。そんな本当につまらないことなんかどうでもいい。今大変なのはハルヒが俺に微笑みかけていることだ。
 いつもの悪巧みを考えた時の笑顔とは違う無邪気な笑顔だ。まさか機嫌がいい? いや。それだけでは笑顔は振りまかないだろう。
 きっと俺がまばたきする間にいつもの不機嫌そうな顔をしたハルヒになっているはずだ。
 
 
 ほらな。やっぱり戻ってる。おはようハルヒ。
「おはよう。キョン」
「…………」
 もう一回目を瞑っていいか? 有り得ないものが見えた。いや。有り得なくはなかった。
 昨日の会話の流れから少しだけ覚悟はしていた。しかし本当に起こるとはな。
 
 ハルヒが二人いる。
 
 やってくれたな。しかしどっちがどう違うのかわからん。顔は瓜二つ。体型も一緒。表情は違うが……名前はどうだ?
「おい。ハルヒ」
「なになに! キョン。どしたの?」
「なによ。あたし徹夜明けで眠いのよ」
 はぁ。そうですか。二人とも涼宮ハルヒのようだ。せめて呼び方くらい変えるくらいの慈悲は与えてくれよ。いたずら好きな神様よ。
 俺が黙って考えていると二人のハルヒ……機嫌良さそうなハルヒAと機嫌悪そうなハルヒBは席についた。
 右にハルヒA。後ろにハルヒB。そんなに俺を苦しめたいのか。
「キョン。どうせ課題やってないんでしょ。見せてあげるから写しときなさい」
 そう言ってノートを俺の机に放り投げてきたのはハルヒAだ。珍しいな。雨が降りそうなことをしてきやがる。
「なによ。そんな言い方するなら別にいいわよ」
 待て待て。冗談だ。本当に助かる。ありがとな。ハルヒ。
「しょうがないわね。まったくあんたはあたしがいなきゃダメなんだから」
 どうやらハルヒAのほうは非常に優しいらしい。たまに優しさを見せるハルヒがいつも優しい感じだ。そして……。
「…………」
 不機嫌そうな顔で黙って俺の背中をシャーペンでつつき続けるこいつは間違なくいつものハルヒだ。
 むしろいつもより強く突かれてる気がするぞ。いてえって!
「なによ。バカみたい。あたしの妹なんかにデレデレしちゃって」
 ほう。ハルヒBのほうが姉か。というよりそんなことはどうでもいい。
 それより二人とも名前は『涼宮ハルヒ』なのか?
「当たり前じゃない。とうとうボケた? あんた入学して初めにそれをあたしに聞いたじゃない。あたしはちゃんと答えたわよ。字は違うけど読み方は一緒だって」
 うむ。俺は入学して初めに聞いたのは髪型のことだがな。どうやら何かが変わっているらしい。
 とりあえず休み時間に入ったら宇宙人か未来人か超能力者のところに行かなくてはな。まったく面倒くさい。それにしても……だ。
「なによ。バカキョン」
 ハルヒBのポニーテールは反則だな。そういえばこいつはまだ髪が長いな。
 また毎日髪型を変えているのか。こりゃポニーテールの時が楽しみだな。いや。そんなに長くハルヒを双子にしとくわけじゃないが。
 さて。そろそろ1限が始まる頃か。古泉でも呼び出してサボりながら話を聞くとするか。
 
 
「やはりこうなってしまいましたね」
 やはりという言葉が示す通りに予想通りってわけだ。
「はい。昨日の会話の流れから僕たちの誰かが双子になることは予想していました。まさか涼宮さん自身がなるとは少し意外でしたが」
 ほう。それならお前は誰が双子になると予想していたんだ?
「それはもちろんあなたですよ」
 なぜだ。
「あなたが2人いれば涼宮さんにとっては逆ハーレムでしょう?」
 古泉。ふざけるな。殴るぞ。
「冗談ですよ」
 まったくこいつの冗談は冗談に聞こえん。俺は早くハルヒを元に戻したくてしょうがないというのに。
「なぜですか?」
「あんなのが2人もいたら鬱陶しいだろ。ただでさえ疲れるというのに」
「その点は心配ありません。元々の涼宮さんが2人に分かれただけですので。あなたに降りかかる災難の量は変わりませんよ」
 それはそれで嫌だがな。とりあえず今回は何をすれば元に戻るんだ?
「わかりません」
 ハルヒのことはほとんどわかるお前でもか。
「そうです。むしろわからないということがわかってしまいますね。今機関では総力を挙げて調査をしていますのでしばらく2人の涼宮さんを相手に頑張ってください」
 古泉は見事な作り笑いを浮かべた。いや。実は傍観者として楽しくてたまらないという笑みだな。この野郎。
 しょうがないな。とりあえず数日は我慢して過ごすか。それにしても双子か。
 双子には不思議な体験が付き物っていう言葉が非常に気になるな。
 考えてもしょうがないか。とりあえず教室だ。休み時間になったし頃合もいいだろう。
 
 
 昼休み。午前中の授業をサボりと睡眠に使ったにも関わらず俺の胃袋は音をたてて鳴っていた。
 さてと。今日もさっさとメシを食おうじゃないか。……どうした。ハルヒ。
「3人でご飯食べるわよ」
「あぁ。国木田と谷口と食べてくる」
「違うわよ!」
 ハルヒAは乱暴に机を俺のほうに寄せてきた。そういうことか。俺がハルヒ2人と昼メシ……うん。無理。
「なんでよ!」
 俺にはあいつらと先約がある。というのは建て前でそんな状態でメシを食ったらいろいろと考えすぎで精神が持たなくなる。
「でも……」
 そんな表情はやめてくれ。ハルヒA。お前の顔でその表情は似合わん。良心が痛むだろ。
 微妙に重い空気が流れる。畜生。だから精神的に持たなくなると言っただろう。
 そんな重苦しい空気を破ったのはハルヒBだった。
「別にいいじゃない。キョン。この子あんたとご飯食べたいからってわざわざ早起きして弁当作ったのよ? あたし達はいつも学食なのに。なんならあたしは学食行くから2人で食べなさいよ」
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ! あたしはそんなつもりじゃ……」
 むぅ。同じ顔が2人で喋っているのは新鮮だ。……じゃないな。しょうがない。一緒に食うか。
「ほんと!?」
「もちろん姉ハルヒも一緒に食うよな?」
「なによその呼び方。別にいいけどあたしは学食に行くから。2人で食べなさい」
 ハルヒBはそれだけの言葉を発すると足早に教室を去った。なるほど。やはり元々のハルヒに近いのはハルヒBのようだな。
 そしてハルヒ的理論の『双子は性格まで正反対』ということでハルヒAが出来た感じか。……だからって元に戻す方法がわかるわけではないけどな。
「キョン……あたしと2人になっちゃったけどいい?」
 断る理由は無いだろう? さあ食おうぜ。さっきから空腹で死にそうだったんだ。
 谷口と国木田よ。お前らには悪いがどうやら俺はハルヒには勝てん。そんなこんなでハルヒとメシを食うハメになったから。
「うん。わかったよ。僕は谷口と2人で食べるから」
「キョン。見損なったぞ。俺的ランクでも最上位の涼宮妹と2人でメシなんて……」
 ほう。お前はハルヒにはふられたんじゃなかったのか?
「そりゃ姉のほうだ! 髪はロングの方が好きだからと思ってアタックしたら……。性格まで調べてからするんだった! 畜生!」
 こいつに彼女が出来るなんて相当気が遠くなるような話だろうな。
 だが谷口のおかげでハルヒAの人物像も少し見えたぞ。さっき阪中を筆頭に数人の女子と仲良く話していた。
 そして谷口ランクでもかなり上の方になるくらいに男子にも人気だ。成績優秀にスポーツも万能。
 ……まるで朝倉みたいだな。なんてな。ハルヒはハルヒだ。
 しかしこれだけハルヒAが人気があるとハルヒBは孤立してるんじゃないのか? 高校最初の時期のように。
 うーむ。わからん。これはあとで谷口に聞いておくか。今は目の前で弁当をパクついてる奴としばらくの時間楽しんでおこう。
 とはいえ戻す方法が見つからないとはどうしたもんかね。この生活に慣れる前に長門のところにも行ってみるか。
 
 
 そして俺は5限目に長門を呼び出した。なぜ昼休みに呼び出さなかったのか?
 ただサボりたかっただけに決まっているだろう。
「というわけでハルヒを元に戻す方法はないのか?」
「ない」
 ……またまたご冗談を。長門。真面目に答えてくれ。
「正確に言うと無いわけではないが教えることができない」
 それを聞いてまずは一安心だ。きちんと元に戻る方法があるということがわかったからな。
 さて。次はなぜ教えられないのかを教えてもらおうか。頼む。
「わたしが方法を教えるとこれからのあなたの動きに不自然さが出る。それは元に戻る確率を著しく落とす可能性がある。だから」
 そうか。やはり元に戻すには俺がなんらかのアクションを起こさないといけないわけか。
 それだけわかっただけでも助かった。長門。礼をいうぞ。
「いい」
 しかし何を動けと言うんだろうね。心当たりなんか一つもないぞ。
 しかも今回はハルヒは二人だ。どっちに仕掛ければいいのかさえわからん。まずは教室に戻ることにするか。
 休み時間のタイミングに合わせて教室に戻るといきなり胸ぐらを掴まれた。こんなことする奴は一人だけだ。どうした。姉ハルヒ。
「黙って消えてんじゃないわよ! いきなりいなくなったらしん……迷惑じゃない!」
 いや。とりあえず落ち着け。ハルヒBはこんなキャラだったか?
 ハルヒBは俺がいなくてもマイペースに寝てそうな気がしたんだけどな。
 とりあえずここは謝っておこう。すまん。
「べ、別にあたしはどうでもいいのよ。妹が心配そうにオロオロしてたから……」
「ほんとに心配したんだからね。バカ!」
 うお。ハルヒAが怒っている。いつものハルヒもこれくらいに俺を心配してくれればいいものを。
 しかし俺がいないのってそんなに珍しいか? ハルヒ2人がそんなに騒ぐ意味がわからん。悪い気分ではないけどな。
 
 
 さてと。そろそろ放課後なわけだがSOS団の存在はどうなっているのだろうか。
 無い可能性もあるが有る可能性もある。つまり誰かに聞くまではわからないわけだが……ちょうどいいとこに朝比奈さんが。
「あ、キョンくん」
 朝比奈さん。ハルヒが2人になってますけどSOS団って一応あることになってるんですか?
 朝比奈さんは一度視線を逸らした後に天使のような微笑みを浮かべて口を開いた。
「はい。当たり前じゃないですかぁ。みんなが集まる場所を涼宮さんが無くすわけないでしょう?」
 確かに一理ある。ハルヒは誰が見てもわかるくらいにSOS団に居心地の良さを感じている。自分が双子になろうがその気持ちは変わらないはずだ。
 ありがとうございます。また後で。と朝比奈さんに一礼をして荷物を取るために教室へと戻った。
 SOS団を欠席するとあとで何を言われるかわからんからな。ここら辺はきっちりとしておこう。
 そしていつもの廊下を歩き部室棟に向かう。いつしか俺はこの道を歩く時が一番楽しみに近付いてる時だと感じるようになったんだよな。
 学校に来るのもぶっちゃけあの部室に行くためみたいになってるな。もちろんあいつらのいる部室だ。
 ドアの前に立ちノックをする。朝比奈さんの声を待ち中に入る。
 大変な状況になっているというのにやけに落ち着いている自分に驚く。ハルヒが双子になった以外に変わりはないからなのか。
 ん? ハルヒはいるが……おかしいぞ?
「キョン。遅いわよ」
 やはりおかしい。姉ハルヒことハルヒBがいない。
 団長席に陣取るのはハルヒAだけでどこを見回してもいつものSOS団の姿しかないぞ。姉ハルヒはどうしたんだ?
「やっぱりあんたおかしいわよ。お姉ちゃんは『あんたのバカな考えには付き合ってらんないわよ』って入ってくれなかったって説明したじゃない」
 そうだったか? ところでお前は姉ハルヒを『お姉ちゃん』って呼ぶんだな。なかなか可愛い感じがするぞ。
「う、えぇ? なな、何言ってんのよバカ!」
「おやおや。おアツいですね。僕達は邪魔なら席を外しますが?」
 こら。古泉。ふざけるなよ。お前は本気で殴られなきゃわからんのか。
「冗談ですよ」
 こいつはこればっかりだな。ハルヒはいつの間にかマウスをカチカチやってやがるし。つーかそのクリックは異常な速さだな。何をカチカチやってんだよ。
 しかし何より気になるのはハルヒBがいないことだな。ハルヒはSOS団を楽しく思っているはずだ。
 なのに自分の片割れだけSOS団から外すなんてことをするのはおかしい。
 もしかしてハルヒが双子になったのはハルヒBの態度に何か関係があるのか? 『楽しそう』や『不思議がありそう』以外の理由として。
 そういえばハルヒBは俺とハルヒAからわざと離れるような態度を取ることが多い気がする。
 ハルヒAは何故か俺に近付いてくることが多いが。
 くそう。あいつの頭の中はよくわからん。とりあえずハルヒBと話がしてみたいが……。
「ちょっとキョン! あんた聞いてんの?」
 いや。聞いてなかった。悪い。
「……あんた体調悪いんじゃない? 今日はずっと挙動不信だし顔色も悪い気がするわ。もう帰りなさい」
 大丈夫だ。心配かけてすまな……「団長命令よ」
 やれやれ。結局この言葉で押し切られるのな。わかったよ。帰ればいいんだろ? また明日な。
 
 
 体調は悪くない。だから帰ってもただヒマを持て余すだけなんだよな。
 俺は学校の門を出て、行きは地獄な坂道を楽に下っていた。
 まだ日は落ちかけの状態で様々な物がオレンジ色に染まっている。いつもなら部室にいる時間だから珍しい景色だな。
 ……おっと。さらに珍しい景色を発見したぞ。なぁ、姉ハルヒよ。
「きょ、キョン!? 何してんのよ! あんたあの変な活動はどうしたのよ!」
 誰かさんの妹に追い出されたよ。体調が悪そうだから帰れとな。それよりお前は何をしてるんだ?
「や、やめっ……見るな!」
 ハルヒBが必死で隠している先には段ボールに入った子猫の姿がある。なんというよくマンガなどであるシチュエーションだ。
「別に一人が寂しいから構ってたわけじゃないわよ!」
 いや。何も言ってないけどな。
「う……。ほ、ほら。この猫かわいそうでしょ? 誰にも相手されないで。寂しそうにしてたからあたしがしょうがなく構ってあげてたのよ」
 そうか。優しいんだな。姉ハルヒは。
「まるであたしみたいじゃない? あんたしか構ってくれない……」
「ハルヒ?」
「なんてね。妹に見つかったら殴られるわよ。早く帰りなさいよ」
 俺が立ち上がるより早くハルヒBは立ち上がり、猫を連れて坂を下っていった。
 なんとなくわかった気がする。ハルヒAは元のハルヒの『光』の部分だろう。
 俺に近付いてくる部分についてはよくわからんがSOS団で楽しそうにしたり不思議を探してる部分がハルヒAだ。
 そしてハルヒBは『影』だ。あいつが一人で抱えてる悩みの部分だろう。自分の思い通りにいかないジレンマやら孤独な部分やら。そんな気がするだけだが。
 ……これがわかった気がするからといって何をすればいいんだよ。さっぱりだ。
 そろそろ答えを出してくれてもいいんじゃないか? 長門か古泉よ。
 とりあえずまだハルヒの言う双子の不思議な部分とやらは見て無いが見らずに元に戻れるに越したことはない。
 双子の不思議な部分と言っても片方のハルヒがこけたらもう片方も同じ所が痛むとかそういう類の物だろうけどな。
 しかしハルヒBが感じている(と勝手に俺が思っている)寂しさとやらはハルヒAは感じているのだろうか?
 いや。不可能だろう。気持ちまで共有するというならそれは双子ではなくて分身だからな。
 坂を一歩ずつくだりながら物思いに耽っていると携帯が震えだした。……なぜ古泉から?
 その知らせは俺の心を動揺させるのに十分だった。たった一言か二言だが。
「涼宮さんが急に倒れました。戻ってきてください」
 
 
 一度下っていた坂を引き返してもう一度登る。こんなに辛いことは無いだろう。
 しかしそれでも登らなきゃならん。いつも元気なあのハルヒが倒れたなんて聞かされたらな。
 いつもの2倍の速度で坂をかけ上がるとまっすぐに部室へとむかった。土足? 知るかそんなもん。
 部室に駆け込むと椅子の上に寝ているハルヒAと心配そうに囲んでいるみんなの姿が見えた。ハルヒは大丈夫なのか?
「ええ。貧血のような物でしょうか。ただ倒れた時に机や椅子で体を打ったので外傷が多少ありますが心配ありません」
 確かに見た感じでは足に痣がある。そう酷くはないことが不幸中の幸いだろうか。
 だがしかしハルヒが倒れるとはな。本気で焦ったぞ。いくら二人に別れているとはいえ年中無駄に元気なこいつが倒れ……。
「キョン? あたし倒れちゃった」
 ハルヒ。目を覚ましたのか?
「ごめん。ちょっとダイエット中だったのよ。無理しすぎたみたい」
 このスタイルでダイエットを試みるハルヒA。ならばこの世界でどれだけの人間がダイエットを必要とするだろうか。
 本当に無事でよかった。が、しかしこの胸騒ぎは何だろうか。
 帰りの下りで考えてしまった双子の不思議が引っ掛かっているのか?
 ハルヒAが倒れたからハルヒBも倒れる? まさかな。倒れた時のケガがハルヒBを襲う? そんなバカな。
 しかし今はハルヒがおかしなことをした世界だ。それがあってもおかしくない。
「キョン。あたしが少し体力を戻すまで一緒にいてくれる?」
 ハルヒ。みんながいる前でそんなセリフを吐くな。そしてちょっと心配事がある。悪いが急がせてくれ。
 ドアに駆け出そうとすると古泉に腕をつかまれた。おい。邪魔するな。
「涼宮さんを放ってどこに行くんです?」
 相変わらずハルヒのことになると目の色が変わりやがる。しかしな。今回俺が行く所も悪いが涼宮さんの所なんだぞ。
「それは……」
 すまん。急ぎだ。妹ハルヒを頼むぞ。
 本日何回目のこの道だろうか。ひたすら走って駆け抜ける。駆け降りる。
 坂を下ってどっちに行けばいい? ハルヒはいつもどっちに帰りやがる?
 駅だ。間違ない。あっちの方向に向かえば間違なくハルヒBがいるはずだ。
 頼むから普通に家に帰っていてくれよ。ハルヒAと同じタイミングで倒れたりしてたら困る。道路の真ん中だったとしたら最悪だ。
 くそ。悪いイメージばかり浮かんで来る。これもさっきから響いている救急車の音のせいだ。
 なぜこういう時はタイミングよく救急車の音が鳴るんだ。不安になっちまうだろ。
 救急車が止まっている横を抜けてさらに駅に向かう。ハルヒといつも待ち合わせる駅前の広場にもいない。
 どうやら心配は無かったようだな。杞憂に終わってよかった。
 ……なんて言えたらどんなによかっただろうか。広場の階段に腰掛けているハルヒBはところどころ擦りむいてやがる。
 たまたまコケた? まさか。こいつほどの運動神経を持つ女がコケるはずがない。
 声を掛けよう。見た目は擦り傷だけかもしれないが骨を折ったりしてるかもしれん。
「……キョン?」
 よう。大丈夫なのか?
 普通は心配されたら喜ぶよな。こいつは酷いやつだ。俺が心配したら怒りだしやがった。
「あんたなんでこんなとこにいるのよ! まさかつけて来たっていうの? 趣味悪いわよ!」
 お前こそどうした。足が擦り傷だらけなのも趣味悪いぞ。
 なにか痛い所を突いてしまったのかハルヒBは黙りこくってしまった。いや、痛い所と言うよりただ考えている感じだ。
「どーせあの子がまた怪我したんでしょ?」
 しばらくの沈黙の後にハルヒBは口を開いた。
「前からあったのよね。あの子が怪我するたびにあたしも同じ怪我をしてることがさ。ほら。あの子ドジだから」
 ハルヒほどの人間がドジならば俺や他の一般人はなんなのか。と思ったが話の腰を折りそうだな。
「今回ははしゃぎすぎて疲れて倒れたんじゃない? あの子夜もどっかウロウロしてたし」
 そうなのか。
「なのになんであんたはここにいるのよ! 妹が倒れたって言ってんの! 早く戻りなさいよ!」
 うお。怒られたぞ。どうして俺が怒られねばならん。向こうには古泉も長門も朝比奈さんもいるというのに。
「違うわよ! あの子はあんたにいてほしいの!」
 俺はここにいたいんだけどな。
「そんなの知らないわよ。もういいわ。あたしは帰るから一人でそこにいればいいわ!」
 ハルヒが辛そうに立ち上がるまでに10秒だ。よく見ると骨が折れてるかと思うくらいに足が腫れ上がってきている。
「じゃ、じゃあね。バカキョン」
 怪我をした足を引きずるように帰って行こうとするハルヒBの姿は今までに見たことのないハルヒの姿だった。
 そういえばあいつって怪我しないな。なんて思う余裕まであるくらいだ。
 ……さすがにこのまま帰らせるのはな。
「ちょっ……バカ! やめろっ! 放しなさい!」
 おーおー。背中が痛い。暴れ回るな。今日くらい送って行くから黙ってろ。
「嫌よ! 恥ずかしい……じゃない」
 羞恥心という言葉がお前の辞書にあったのがびっくりだっぜ。
 そんなこんなで背中の上と格闘しながら無事に家まで送り届けたわけだが神様はなぜこんなにタイミングが読めないのだろうか。
 宇宙人、未来人、超能力者に連れられたハルヒAと遭遇するなんてな。
「キョン。なんでお姉ちゃんをおんぶしてんの? あたしはほっといたくせに……」
 うーむ。マズい。これはどうも見たことがある顔だ。ハルヒと閉鎖空間に閉じ込められる直前。
 俺と朝比奈さんがくっついてるのを見られた時に一瞬だけ見せた表情だ。
「倒れたあたしは無視でお姉ちゃんとデートなんかしてるわけね。ふーん」
 どうやらこいつは姉も同時に怪我したり倒れたりすることは知らないらしい。
 しかしそれを言っても嘘だと思われる気がする。かなりの確率でだ。
 こいつはマズいな。ハルヒが2人。片方を立てれば片方が立たない展開だ。
 大人しく覚悟を決めて切腹でもするか? 無理だけどな。
「……もういいわよ。みんなまた明日ね」
 さっきまでの怒りがなんなのか。ハルヒAはあっさりと家に入っていった。助かったな。
「あたしも帰るから。ありがと」
 後を追うように姉ハルヒも帰った。そして……。
「気をつけてくださいね」
 と、古泉だ。何を気をつけるんだ。
「涼宮さんはとても不機嫌でしたから。妹さんの方ですね。もしかしたら今夜あたりにまたどこぞに連れて行かれるかもしれませんよ」
 閉鎖空間か。しかしそこに行くのはお前の仕事だろうが。
「僕が行く仕事ならすでに行ってますよ。今回はまだ発生していないんです。もしかしたら大規模な閉鎖空間の前兆ではないかと考えまして」
 嫌な可能性だな。出来れば俺は行きたくないんだが。
「そうですか。しかし元に戻る方法もわからなければ涼宮さんの機嫌を戻す方法もわからない。手の打ちようが無いんですよ」
 ああ。俺は本当に不幸だな。あの空間に行って帰ってこれる自信はもうないぞ。それならば……。
「どこへ行かれるのですか?」
 古泉のうざったい声が聞こえる。方向を見ればわかるだろう。ハルヒの家だ。
「呆れましたよ。火に油を注ぐようなものですね。わかりました。止めませんよ。願わくばそれで火種まで燃え尽きることを祈ってます」
 そうしてくれ。もしも俺が燃え尽きたら骨は拾ってくれ。
「わかりました。ご武運を」
 さて。覚悟を決めた所で先に言い訳をしておく。ここは違う世界だ。なにをしても元に戻れば無かったことになる。
 わかったな? なにをしても無かったことになる。と脳内で繰り返した後にインターホンを押した。
「もう! こんな時に誰よ!」
 微妙な声の感じからわかる。これはハルヒAだ。それでは火の中に体ごと突っ込むとするか。
 そのドアが開いた瞬間。俺はハルヒAを抱きよせて家に侵入した。
 
 
「ちょっと!? キョン、あんた頭でも打ったの? いったい何をしてんのよ!」
 勢いが強すぎたようだな。ハルヒAを玄関に押し倒した形になったが俺は焦らないぞ。承知の上だ。
「話を聞かない女に話を聞いてもらおうとしているだけだが?」
 顔が真っ赤なハルヒAは口をパクパクさせている。なにか言いたいのか?
「は、はなし、話聞くから! さっさと離れなさい!」
 そのまま聞け。お前は姉ハルヒの足を見たか?
「お姉ちゃんの?」
 実はな、俺が帰っていると姉ハルヒがコケて大怪我をしたからおぶって送ってきたわけだ。簡単だろう。
 ハルヒAは血相を変えて俺を突き飛ばすとハルヒBの部屋であろう場所に走って行った。
 やはり近しい人物のことをすごく思いやる辺りはハルヒらしいと言えるだろう。ちなみに俺のことは別らしいはずだが。
 しかしこんなに慌てるハルヒなんてのも初めて見るな。きっと長門が倒れた時や俺が倒れていた時も平静を保っているように見せながら心の中は慌てていたんだろうと思う。
 そんなことを勝手に一人で想像しながら後を追い部屋に入ると……おいおい。
 今度は泣くハルヒか。足を押さえて涙を浮かべているのはハルヒBだった。やっぱり痛いんだな。当たり前だ。
 普通なら病院直行コースだぞ。
「キョン。やっぱり痛い……」
 落ち着け俺の理性よ。不謹慎だ。このハルヒの表情にドキドキするなんて。
 いや。ある意味しょうがないさ。初めて見る表情だからな。
 そんなことより折れてると思わしきこの足をどうするかだ。……あれ?
 そういえばハルヒAはなぜ平気なんだ? ハルヒAが怪我をしたらハルヒBもそれと似たような痛みを受けた。
 その逆も然り。ではなかったのか? ハルヒBは自分も痛みを受けることに気付いていたがハルヒAは気付いていないだろう。
 そこに関係があるのだろうか? いやいや。そんな無茶なことがあるか。
 頭を切り替えろ。とりあえずハルヒBを病院に連れて行ってからだ。こんなに腫れてたらうず……。
 しまった。俺は甘かったらしい。それも非常に。この事態を想像してなかった。
 それはしょうがないことでもある。なぜならハルヒの怪我なんて見たことないからだ。
 さて諸君。自分の近しい人物が大怪我をしたらどう思う? ……そうだ。早く治って欲しいと思うだろう。
 想いで怪我は治らないがこいつだけは違う。ハルヒBの足の腫れは見事に引いていた。たぶん痛みもだろう。
「キョン。あたしの足……?」
 ハルヒBも気付いたようだ。しかし黙って処置をしておこう。
「処置するから大人しくしとけよ」
「う、うん」
 まったく厄介だな。性格も二分割されてるから妙な能力もその効果も二分割だと思っていたぜ。
 まさかハルヒAだけに能力が備わっているとはな。
 なぜこんな結論にたどり着いたかだと? わかってしまうからだ。……冗談だぞ。
 ハルヒBは基本的に常識人だからな。今すぐ怪我が治って欲しいなんて思わないだろう。
 しかしハルヒAは姉の怪我に気付かなかった罪悪感みたいな物を感じているのか心から治って欲しいと思っていることだろう。
 そんな無理矢理な理由だ。しかし間違ってない自信はある。
 足は治ったことだし病院は行かなくてもよくなった。だがこれをどう説明すべきか。
 ハルヒAにもハルヒBにも非常に説明しにくい。足が治ったから病院には行かなくていいなんて言われても困るだけだろうな。
 しょうがない。このまましばらく黙って流れに身を任せるか。
 ハルヒBを心配するハルヒA。大丈夫だと言い続けるハルヒB。それを眺める俺。なんか妙な感じだな。
 この状況を受け入れられている俺がおかしいのは間違いないが。
 おかしいなりに気付いたことはあるんだけどな。良いところも悪いところも一つになっているハルヒに会いたいってことだ。
 目の前の二人が合体でもしてくれればちょうど俺の会いたいハルヒになるだろう。
 そう。悔しいが会いたいわけだ。あの勝手で俺を引きずり回し続けるあの団長様にな。
 いや。決して好きとかそういうのではないぞ。断じて違う。ただちょっと生活リズムが崩れすぎるからな。
 しかし戻る方法すらわからないからどうしようもない。こんな物お手上げだ。宇宙人か超能力者から模範解答を聞くまでは我慢するか。
 もっとも知ってても教えてもらえるかはしらんが。
「キョン。こっちに来なさいよ」
 お前ら二人の近くに行くと危険な気がするんだが。
「それってどういう意味よ! あんたが来ないなら引っ張ってでもこっちに来させるんだから!」
 結局いつものパターンだ。俺に拒否権はないらしい。ズルズルと床を這いながら二人のハルヒの元へと連れて行かれた。
「さあ。ここに来なさい」
 ふざけるなよ。姉ハルヒ。そんなところに行ったらいろいろとマズい。
「黙って入りなさいよ」
 ハルヒAに押されてベッドに倒れ込むように寝転がるとハルヒBの体がすぐそばに来た。これはマズいだろ。
 脱出しようとした俺を止めたのはハルヒAだ。ベッドの真ん中で挟まれる形になったわけだ。
 ここから俺はどうなるんだ? ツープラトンの腕ひしぎでも食らった挙げ句ぼろ雑巾のように捨てられてしまうかもしれん。
 絶体絶命。右を見ても左を見てもハルヒだ。頭の悪い言い方だけどな。
「さあ。ちょっと早いけど寝ましょ」
 ……は?
「そうね。じゃあおやすみ。キョン。お姉ちゃん」
 おい。ちょっと待て妹ハルヒ。おやすみじゃない。そして姉ハルヒ。お前までなにを言い出すんだ。
 なんて反論をした時にはすでに遅い。俺の左側に陣取ったハルヒAはすでに寝息をたてていた。
 じゃあハルヒBだ。と、右を向くと……。
「ちゅっ」
「…………」
「キョン。さっきコーヒー飲んだ?」
 ああ。そういえば飲んだな。それでベッドに寝転んでも眠くならなかったのか。……違う。そうじゃないだろ。姉ハルヒ。今なにをした?
「ねぇ。あたしはあんたが好きなの。もちろんこの子も。知ってた?」
 妹の方はなんとなくな。だがお前が好きだとはわからなかったぞ。びっくりだ。
「その割に動揺も興奮もしてないわね」
 そう。本来ハルヒにこんなことを言われたらなにかしら焦りが出る。それがこの落ち着いた対応だ。
 自分でも本当に怖いくらいに冷静でいられる。これは何故だろうか? ……いや。わかる。きっとアレだ。
「告白に対する返事は?」
「すまん」
 そう。最初から断ると決まっていたからドキドキもしないんだろう。
 ハルヒBは笑顔を浮かべて一言だけコメントを言い放った。
「やっぱり」
 どうやら俺はハルヒの見た目に惹かれたわけではないらしい。安心した。
 どこか一つでも欠けたらダメだ。やっぱりハルヒは全部合わせてのハルヒじゃないと。
 だからさっさと元に戻ってくれ。それをこの二人に言うわけにはいかないけどな。
 ハルヒBをフったのは双子じゃないハルヒ、つまり元の世界のハルヒ以外は俺は大事に出来ない自信があるからだ。
 そこらへんの諸君。うるさい。俺だって今気付いてしまったからしょうがないだろう。
 そうだよ。涼宮ハルヒに恋する青春真っただ中の男がいるらしい。俺と寸分違わぬ立ち位置にいる奴がな。
 なんだかんだで楽しいSOS団に魅かれ、あいつの強引さに引かれ、そしてハルヒの笑顔に惹かれた。そういうことだろう。
 おっと。いかん。この思考は終わりだ。今はこの近い二人、ハルヒの身変わりとも言えるこいつらから脱出しなければ。
「ダメよ」
 いや。ダメよと言われてもな。
「今日は帰らせないわよ。あんたはここであたし達と寝るの」
 その言葉とともにハルヒBの手足が絡みついてきた。先程も言ったがいろいろとマズい。本当にいろいろと。
 ええい。しょうがない。このまま身動きを取らないのが安全だ。余計なことをされないうちに寝てしまおう。
「あら。潔いじゃない。おやすみ。キョン」
 ハルヒBが目を瞑るのを見て俺も目を瞑った。ハルヒAはこの絡みあった状態を見て怒りそうだが……知らん。
 あとはなるようになるさ。たぶんな。
 ようやく襲ってきた睡魔に身を委ねて暗闇へと飛び込んだ。
 目を覚ますと自分の部屋の天井が見える。やはり夢だったのか。などという淡い期待は脆くも崩れ、俺に絡み付くハルヒの暖かさだけが現実を教えてくれた。
 暖かさが伝わる部分はいろいろとあるのだが健全な男子高校生である以上、そろそろ危ないかもしれないから起こしておこう。
「こら。姉ハルヒ。朝だぞ。さっさと離れてくれ。そして妹ハル……」
 ここまで言った所でようやく気付いた。ハルヒAの姿が見当たらない。もう起きたのか?
「ん……」
 絡んだ手足が解かれることはないままハルヒBの目が開いていく。ようやくお目覚めか。お姫様。
「…………。ちょっと」
 どうした?
「なんであんたがあたしのベッドであたしの抱き枕になってんのよ」
 ハルヒBの雰囲気が微妙に違うな。昨日のことは全て無かったことになってるとかだったら非常にマズいぞ。
 いや。非常にマズいんだがハルヒBの顔はみるみるうちに赤くなっている。人間の顔とはこうも一瞬で色が変わるものなのか。
 それはそうと多少の違和感が完全な変化だと気付いたのはこのセリフを吐いてからだ。そう。俺を取り巻く状況は再び変化していたのだ。
「姉ハルヒよ。妹ハルヒはいつもお前より早起きなのか?」
「は? ……ははん。あんた幸せね。楽しそうな夢を見た挙げ句に夢遊病状態であたしの部屋に忍びこむなんて素晴らしいわ。あたしでもそんな不思議な体験したことないわよ」
 夢遊病? 楽しそうな夢? なんのことだ。と聞き返す前に俺の耳に入ってきたのはハルヒが大きく息を吸い込む音だった。
「あたしに姉妹はいないわよ!」
 こんな近距離で大声を出されたら誰でも目が覚める。そして気付くのさ。
 話のつじつまが合う可能性は一つだけ。ハルヒが一人に戻った。それしかない。
 二人のハルヒが合体したのか世界が変わったのかは知らん。ただ元々あった状態になったってことだ。
 いや。もっと言い方があるな。俺の惹かれたハルヒが戻ってきたんだ。
 そう思うと双子がいなくなり多少寂しいという感情もあるがなによりうれしいという感情のほうが強い。
 思わずハルヒを抱き締めてしまうくらいにな。
「ちょっ……こら! キョン!」
 長門が世界を作り変えて以来か。ハルヒがいなくなったのは。そして帰ってきたのもな。
 二回もいなくなって帰ってきたのを体験すると存在の大きさに気付いてしまうな。
 いや。存在の特別さと言い換えてもいいくらいだ。
「何してんのよ! 放しなさいっ!」
 何を言われても殴られてもしばらくは放さないだろうな。自分でも不思議なくらいそういう気持ちに包まれている。
 やがてハルヒは抵抗も声も少なくなり小さく呟いた。
「もう。なんなのよ……」
 口ではそう呟いても体は動きを止め、抱き締められることを受け入れているようにも思える。勘違いかもしれんが。
「この先のあんたの行動。期待するわよ?」
 黙り込んでいる俺にハルヒはそう言うと目を瞑った。期待されたらやっぱりちゃんとしておかないとな。ついでにきちんと伝えておくか。
「好きだ」ってな。
 ハルヒの唇は柔らかくて気持ちよかった。理由はわからないが最近これと似た感触を体感したような気がするのはなぜだろうか。
 きっとプリンかなにかなんだろう。そう。きっとな。
 これで晴れてハルヒが双子になるという騒動は終わった。俺には平穏無事な日常が戻ってきた訳だが……。
「キョン! 日曜日に水族館に不思議を探しに行くわよ!」
 代わりに様々な所に連れ回されることになっちまった。それは彼氏のつとめだから問題はないけどな。
「堂々とデートしようって言えばいいだろう? ハルヒよ」
 もう少しこの意地っ張りなハルヒが双子のように素直になって欲しかったりする。
「ち、違うわよ! ちゃんと不思議を探しに行くんだからね!?」 あくまでも意地を張るこいつの扱いにもだいぶ慣れたから別に構いはしないけどな。
 それじゃあみんなも呼ばないとな。水族館は広すぎて二人じゃ探索ができん。
「あ、あんたはまたそんなっ……バカキョン! いじわる!」
 で、次のセリフは?
「……あたしをデートに連れて行きなさい」
 よろしい。と、まあこんな感じになるわけだ。
 しかし後から古泉から聞いた話によるとあの双子ハルヒはこのハルヒを綺麗に2つに分けた物だったらしい。
 あのハルヒAの態度や、最後の日のハルヒBの素直さはこのハルヒのどこから出て来たのか。非常に気になる。
 けどもういいか。俺の前だけでいつもと違うハルヒを見せてくれる。それだけで満足だ。
「ふふん。キョン。あたしがただデートだけで水族館に行きたいなんて思わないでよね」
 はいはい。いきなりそんなことを言い出して一体なにがあるんだ?
「これよ!」
 なんだ? 双子のイルカショー……。
「ついに見つけたのよ。不思議のありそうなイベントを! デートも出来て一石二鳥じゃない!」
 おいおい。俺は双子はもういい。十分不思議を味わったぞ。いや、そもそもそれ遠すぎないか?
「あたしとデートが出来る! 双子のイルカの調査も出来る! 遠征しても問題ない理由じゃない? それにほら、あたしは別に一泊しても……」
 なにを赤くなってんだ。わかった。こいつは言い出したら止まらないからな。
 行ってやろうじゃないか。双子のイルカを見るデートにでもなんでも。
 願わくば双子絡みでもう何も起こらないで欲しいが。……とは言ってもだ。
「そうと決まれば準備するわよ! キョン!」
 ハルヒの満面の笑みが見れるならどんな迷惑な出来事も甘んじて受け入れるけどな。
 
 
おわり

 

 


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