■シーン1「虹がまいおりて」

暑くもなくさむくもない季節の、うららかな陽気の午後のひととき。ひなたぼっこをするにはうってつけの日よりです。

ですが、SOS団の団長である涼宮ハルヒは、ひまそうに部室でパソコンとにらめっこしています。

「なんてたいくつなの。せっかく授業が早くおわったっていうのに、なんにも楽しいことがないなんて」

ほおづえをついて、きげん悪そうにしていると、コトリと湯のみが置かれる音がしました。SOS団のマスコットである、みんなと一つ学年が上の朝比奈みくるが、いつものようにおいしいお茶をくんできてくれたのです。


「涼宮さん、そういう時はお茶でもゆっくりのんで、おちついてください。たまにはこういうのもいいと思いますよ」

「ありがと、みくるちゃん」

そう言われてハルヒは、ほどよくあついお茶をずずいと飲みながら、部室をぐるりと見わたしました。

お茶をもってきたみくるちゃんは、いつものふんわりとしたメイド服。動いているだけでも、部室の中があたたかくおだやかになります。
部屋のすみっこでは、同じ学年で、もともと文芸部員として部室にいたユッキーこと長門有希が、ゆったりともの静かに本を読んでいます。

パソコンのモニターのむこうでは、やはり同じ学年で、SOS団の副団長をつとめるキリリとりりしいイケメンの男子、古泉一樹くん。

そしてハルヒと同じクラスで前の席に座り、SOS団の雑用係をさせられているキョンが、公民館のえんがわで、のんびりしているおじいさんたちのように囲碁をしていました。

ハルヒの目の前では、まったり、ゆっくりとした時間が、春の小川のように、たゆたゆとながれているようでした。

けれども、ハルヒにはそれがたいくつでたいくつでしかたがありません。顔をむすりとしてしまうと、自分ひとりだけおいてきぼりにされた気分になりながら、さっきから何度更新しても、全く画面が新しくならないインターネットのニュース画面を見ていました。

(もう、たいくつでたいくつで、今にも干からびてしまいそうだわ!)

その時、ぐうぜん目にとまったのは、ニュースの記事にのっていた、大きくてきれいな虹の写真でした。
それを見ていると、むかし絵本で読んだ、虹の下に、宝ものがうまっているというおとぎ話を思いだしました。

「こんなおっきな虹の橋が、どかーんと、今すぐここにあらわれたりしないかしら」

今日は雲も少ないおだやかな日より。雨なんてどこにもふっていないのに、大きな虹が出てくるはずがありません。 
いつもなら、そんなことがあるはずがないと、どこかうたがいながら思ってしまうことです。
でも今日のハルヒは、たいくつすぎて、強く、強く、本当におこったらいいなと思ってしまいました。

その時でした。

「ひゃぁ!」

みくるちゃんのかわいらしい、小鳥のような悲鳴が部室にひびきます。

「どうしたの、みくるちゃん?」

「す、涼宮さん。う、うしろ……」

「ハ、ハルヒ、まて!まつんだ!」

キョンがよびとめましたが、ハルヒはすでに後ろをふりむいたあとでした。

「な、なによこれ?!」

それを見てしまったとき、ハルヒの目は、ぎっしりつまった宝石ばこの中身のようにキラキラとかがやきました。
後ろの窓にあらわれていたのは、部室と同じくらいはばのある虹でした。それも、さわれそうなくらいハッキリしたものです。

ハルヒは急いで窓をあけて、身をのりだそうとしました。ですが、だれかがハルヒの体をはがいじめにしてしまいました。

「ちょっとエロキョン!なにしてんのよ!どこさわってんのよ!」

ハルヒは力まかせにあばれます。ですが、キョンはしっかりと組みついて、手をはなそうとしません。

「やめろハルヒ。とびおりる気か?!あぶないだろうが!」

「なに言っているのよバカキョン!ここにしっかりと虹があるのが見えないの?!」

キョンは必死に見えないと言いはっていましたが、ハルヒの目の前にははっきりと虹が見えていました。それにみくるちゃんにも見えているようです。古泉くんとユッキーはだまったままでした。

ハルヒはキョンのうでをふりほどくと、窓から身をのりだして虹に手をふれました。

「すごい、すごいわ!この虹、ほんとうにさわれるのよ!」

ハルヒはみくるちゃんの手をつかんで虹にさわらせます。びくびくとおびえたようすのみくるでしたが、ほんとうにさわれるとわかると、ぱあっとバラのつぼみがほころぶような笑顔を見せたのです。

「ほ、ほんとうにさわれちゃいましたぁ」

みくるの次は古泉くんとユッキーです。二人の手をつかむと、ハルヒは強引にふれさせます。二人とも、その虹がさわれることをみとめると、ハルヒは勝ちほこった顔でキョンを見下ろしました。キョンは顔をおさえたいつものようすで首をふっています。

「キョン、アンタもこれにさわって、この圧倒的な現実をみとめなさい!」

ハルヒは強引にキョンをひっぱりあげると、むりやり虹をさわらせます。

「わかった。もうわかった!」

とうとう、キョンもその現実をみとめてしまったようです。


さっきまでのふきげんを、とおいとおい宇宙のむこうになげすてたハルヒは、つくえの上に立ち上がって、声高らかに言いました。

「この虹の橋のむこうには、きっと見たこともない世界が広がっているのよ。そしてこのSOS団は、そんな世の中のふしぎを、ときあかすために設立された団体なのよ」

「で、どうするんだ?」


もう、どうにでもなれと言いたそうに、キョンはつぶやきます。 

「当たり前のことを言わせないで!これからさっそく出発するに決まっているじゃない!」

こうなったハルヒには、世界中、いえ、宇宙中のだれもさからえません。


みくるちゃんは、ハムスターのようにおどおどしながら。

古泉くんはいつものあいそ笑いをうかべて。

ユッキーはいつものポーカーフェイスをくずさずに。

そしてキョンは、やれやれとあきらめた顔をして、虹の橋を先頭に立ってつきすすむハルヒのあとを追っていったのです。


「どうします?これはゆゆしき事態ですよ」

すこし顔をくもらせながら、古泉くんはキョンに耳うちします。


「どうするもこうするもねえよ。こうなったら、やらせるだけやらせて、てきとうなところで言いくるめるしかないだろう」


ほかにどうすることもできないと、キョンはあきらめてしまったようでした。


「さあ行くわよ!これからわたしたちの、大ぼうけんがはじまるのよ!」

■シーン2「ハルヒの大ぼうけん」 
 

おもいえがいた大きな虹の橋が、本当に現れてしまう。その事をきっかけに、ハルヒは気がついてしまいました。ハルヒが心の底から、なんのうたがいももたずに願ったことは、本当に現実になってしまうことに。


ながれ星が雨のようにふってほしいと願えば、本当に空いっぱいに星がふりそそぎました。

魔法の使える世界に行きたいと願えば、たちまち魔法の世界に行けましたし、SF映画のように宇宙をとびまわるのも思いのまま。


小人のように小さくなったり、怪獣のように大きくなってみたり。


今まで読んできた物語の世界や、自分が思い描いた世界だけではありません。
自分では考えつきもしない、ふしぎな世界を冒険したりもしました。


ハルヒはSOS団のみんなと、時がすぎていくのもわすれて、夢のように楽しい世界を、思うぞんぶん遊びまわったのでした。


「さあ行くわよ。今度のあいては見た目はどうしようもなく弱そうだけど、ずるがしこくて見た目よりずっと強い、異次元大魔王よ!」

まっ白い全身タイツを着たような体に、幼児のらくがきのような顔をした、手ぬきにしか見えないような姿の異次元大魔王が今度の敵です。

見た目とちがって、大魔王は宇宙全部をふるえあがらせるほど強く、その強さの前に、たくさんの勇者たちがたおされてしまっていました。

でもハルヒのSOS団は宇宙最強です。


なんといっても今のハルヒは、ウルトラでスーパーにグレイトな“超”勇者さまです。

みくるちゃんはハルヒが作った映画と同じ、戦うウエイトレスに。

古泉くんもエスパー戦士イツキになり、ユッキーも宇宙人で大魔法使いになっていました。

ただ一人、キョンだけは一般市民の代表としていつもと同じでしたが、とにかくSOS団はぜったいに無敵なのです。負けるはずがありません。


SOS団は、大魔王のずるがしこくて、あくどいワナに苦しめられながらも、あらゆる困なんを、 みんなの知恵と勇気でのりこえて、とうとう大魔王の場所までたどりつきました。


大魔王の強さはウワサ以上で、今まで出会ったことがないような、ものすごい敵でした。


みんなはボロボロになって、今にも負けてしまいそうなくらい追いつめられてしまいました。

「みんなあきらめないで、みんなの力をわたしに全部ちょうだい!それがあのへちゃむくれのちんちくりんを、こてんぱんにやっつける最後の方法よ!」

「わ、わかりましたぁ……」


「私たちの最後の力を、涼宮さんにあずけます」


「……、うけとって」


なんの力ももたない一般市民代表のキョン以外の三人の力が、超勇者ハルヒにあつまります。そして、最後の力をふりしぼってハルヒにあずけた三人は、力なくその場にくずれ落ちてしまいました。


「みんなの力、みんなの想い、たしかに受けとったわ!異次元大魔王、これでもくらいなさい!」


ハルヒはみんなの力を剣の先にあつめて、異次元大魔王につき立てます。
ですが、魔王は固いバリアをはってしまい、剣がなかなかささりません。


「こんのぉ!」


その時です。

ハルヒだけではどんなに力をこめてもやぶれない、固いバリアにヒビが入りました。
だれかがハルヒの背中を後押ししてくれたのです。

「いくぞ、ハルヒ。これで終わらせるぞ」

「うん!」


全宇宙で最強の超勇者ハルヒと、一般市民の代表のキョンが力をあわせれば、たおせない相手はいません。
二人でにぎった剣はバリアをつらぬき、大魔王にせまります。

大魔王は必死にヤリをとばして反撃しますが、二人の勢いをとめることはできません。


グサリ!

「ぐえぇぇ!」

異次元大魔王は、悲鳴をあげてたおれ、ぶくぶくとあわのように消えていきました。 
この宇宙に、ついに本当の平和がよみがえったのです。



■シーン3「大ぼうけんとひきかえに」

「やったわ、キョン!やったわ、みんな!」

うっすらと笑顔をうかべたキョンの顔をみて、ハルヒがうなずいたとき、おどろおどろしい大魔王の部屋は消え去りました。 
そして気がつくと、そこはまっ赤な夕陽にてらされた、どこかものさびしい丘の上に変わっていました。


「やれやれ、やっと終わったな」

キョンはその場にすわりこんで、そばにあった大きな岩にもたれかかります。
顔をむすりとふくらませて、ハルヒはキョンにつめたく言い放ちます。


「ちょっとキョン。このくらいでへばってどうすんのよ!?まだまだこれからよ。これからが本気の本番なのよ!」


「そうか。そうだったな。そいつはすまなかった」


ふうと、大きなため息をついてへたりこむキョンにがっかりしたハルヒは、近くにいるはずの三人を探す事にしました。


ハルヒは大魔王をやっつけて手に入れた、七色にかがやく大きなくん章をもっていました。 
いつも無口なユッキーはとにかく、みくるちゃんも古泉くんも、きっといっしょによろこんでくれるはず。

足どりも軽く、ハルヒはパタパタと元気よく走り回りながら、三人をさがしました。


「みくるちゃーん!ユッキー!古泉くーん!どこー?!」


やがてハルヒは、丘の中ほどでなかよさそうに寝そべっている二人の姿を見つけました。みくるちゃんと古泉くんです。


「ちょっとちょっと!二人とも、いつのまにそんなになかよくなっていたの?!」

二人をひやかそうと、かけよってきたハルヒでしたが、ようすがおかしい事に気がつきました。


二人とも、返事どころかピクリとも動こうとしないのです。

ハルヒは寝そべっている二人のようすをよく見て、手にしていたくん章を落としてしまいました。


「みくるちゃん?古泉くん?」

あわててかけよったハルヒは、みくるちゃんの体をゆすりました。

でも、何の反応もありません。

同じように古泉くんの体もゆすってみましたが、みくるちゃんと同じように、身動き一つしないのです。

「ちょっと二人とも、冗談でしょう?!」


ハルヒはあわててみくるちゃんのうでをつかみ、脈をとりました。


でも、なにも感じられません。


今度は胸に耳をおしつけてみました。

マシュマロのようにやわらかい胸からは、服ごしからでもまだ、あたたかい温もりは感じられるのですが、心臓が動いている音がしないのです。


そしてそれは、古泉くんも同じでした。


そうです。異次元大魔王をやっつけるためにハルヒにわたした力は、本当に残っていた力の全てだったのです。


そして力を出しつくしたその直後に、みくるちゃんも古泉くんも、こと切れてしまっていたのです。


「いやぁぁ!」


ハルヒの悲鳴が、あたりにひびきました。

 

ハルヒは必死になって、二人に心臓マッサージをほどこします。
けれども二人は息をふきかえすどころか、体がどんどんつめたくなっていくばかりです。

その時です。ハルヒの前に人影がさしました。

思わずハルヒが見上げると、そこに立っていたのはユッキーでした。


「ユッキー、よかった。無事だったのね!わたしといっしょに、みくるちゃんと古泉くんに、心臓マッサージをするのよ!」


けれども、静かにユッキーは首を横にふりました。


「もう手おくれ。この二人にも、私にも、残されている時間はない」


「ユ、ユッキー?何を言っているの?」


ぼうぜんとおどろいているハルヒに、ユッキーは静かに続けます。


「でも、今ならまだ間に合う。だから、あの人のところに行ってあげて、涼宮ハルヒ」


それを言いおわると、ユッキーはハルヒに人さし指をむけて、何か信号のようなものを頭の中に送ってきました。

そしてその直後、ユッキーは光のこなつぶになって、ゆっくりとふきながされるように消えてしまったのです。


「ユッキー?ユッキー?!ユッキー!」


ハルヒはぶんぶんと手をふり回して消えていくユッキーをつかまえようとしました。
けれども、ユッキーは影さえのこさずに消えてしまったのでした。


たてつづけにおこる、わけのわからないできないできごとで、ハルヒの頭の中は、ぐつぐつとにえたぎるスープのようになってしまいました。

けれども、ユッキーが最後に伝えた言葉は、ぐさりと胸につきささっています。


その時、ハルヒははっとしました。ユッキーが伝えたかった言葉の意味がわかってしまったのです。


ハルヒは必死になって来た道をかけ上がっていきました。


「キョン!ちょっと返事しなさい!キョン!」


ぜいぜいと息をつきながら丘の上にあがると、先ほどと同じような様子で、キョンは岩にもたれかかっていました。


「バカキョン!ちゃんと返事しなさいって言っているでしょう!」


その時、ハルヒはキョンのまわりに、不自然な水たまりができている事に気がつきました。
ついさっきまで、そんなものはどこにもありませんでしたし、雨がふったあともないのに。


「キョン?!キョン!」


水たまりを無視してあわてて駆けよると、パシャパシャと足元ではねたしぶきが体にかかります。
するとハルヒの着ていたまっ白な超勇者のバトルドレスに、まっ赤なはん点もようがえがかれてしまいした。

しずんでいく、まっ赤な夕陽にてらされて、水が赤い色になったのではありません。 

それはまちがいなく、キョンの体からながれ出た血でした。

 

キズ口は右足のふとももの辺りから。
ハルヒをかばって異次元大魔王の攻撃をうけたとき、右の太ももの太い血管をヤリでつらぬかれていたのです。


「バカキョン!何やっているのよ!」


ハルヒはスカートのすそをやぶり取ると、キョンのキズ口をしばります。


けれども、ながれ出てしまった血はあまりにも多く、すでにキョンの体の温もりはほとんど失われてしまっていました。


キョンはハルヒがもどってきた事がようやくわかったようでしたが、そのひとみはぼんやりしてさまよっており、もう何物も見ていないようでした。

 

キズ口をきつくしばりあげ、必死にキョンの体をゆするハルヒ。

目から涙がぼろぼろとながれ落ち、体もガタガタとふるえています。


そんなハルヒに、キョンは苦しそうにのどを動かしながら、かろうじて一言を、しぼりだすようにつぶやきました。

「ハルヒ……、すまねぇ」

必死にキョンをおこそうとよびかけるハルヒでしたが、それはまったくむだでした。


泣きじゃくるハルヒの目の前で、キョンのまぶたはゆっくりととじられてしまい、か細くあえいでいたのどは、とうとうその動きをとめてしまいました。


一般市民の代表で、SOS団の雑用係のキョンは、その大切なつとめを終えて、ハルヒのうでの中で息を引きとったのです。

 

「いやあぁぁ―――!」

ハルヒの痛々しいさけび声が、血のようにまっ赤な夕陽にてらされた、だれもいない丘の上にすいこまれていきました。



ハルヒは、SOS団のみんなの死を受け入れることができませんでした。


これはなにかのまちがいだと、かたく信じ、みんなを元にもどそうとしました。


何といっても、ハルヒの力は無限です。かなわない願いなんてあるはずがありません。

いままで何度も、バッドエンドをむかえてしまった物語をハッピーエンドに書きかえてきたように、ハルヒはその力をおしみなく使います。


まばゆく、あたたかい光が世界中にあふれ、さびしい丘はここちよい春のにおいがたちこめる、花いっぱいの場所に変わりました。


キズだらけになって、ボロボロだったみんなも、よごれ一つないきれいな服と、どこにもケガのあとがない、健康な体にもどりました。


「さあ、みんなおきて。また、ぼうけんの続きをしましょう!」


でも、だれも返事をしてくれません。


たしかに、目の前に寝ころんでいるみくるちゃんも、ユッキーも、古泉くんも、そしてキョンも、みんな体は元どおりになっています。

でも、どんなにゆすってみても、耳元でさけんでみても、頭から水をかけてみても、だれも目をさますことはありませんでした。


「みんなひどい!そうやって活動をストライキしようなんて虫がよすぎるわよ!」


怒ったハルヒは、ずぶぬれになって寝ころがっていた、キョンのほおをいきおいよくはたきます。 

けれども、それでもキョンは目をさまそうとしません。


ハルヒはおそるおそる、キョンの胸に耳を当ててみました。

そして、キョンの胸から何の音も聞こえてこないことに気がつくと、大きな悲鳴をあげて、もう一度世界を光につつんでしまいました。

■シーン4「ひとりぼっちにしないで」


それからハルヒは、何度も何度もみんなをめざめさせようとしました。


みんなが好きそうな世界を用意したりもしましたし、見ただけでとろけてしまいそうなくらいおいしそうな料理を、うでによりをかけて用意したりもしました。



ほかにも時間をまきもどしてみたりもしましたし、とにかく思いつく全てのことをためして、ハルヒはみんなを起こそうとがんばりました。

でも、どんなことをしても、どれだけハルヒががんばってみても、みんなが目をさますことはありませんでした。



それでもハルヒはあきらめずに、みんなを起こそうとがんばりつづけたのでした。



ハルヒはほおにつめたい光を感じて、まぶたをあけました。まわりは墨でぬりつぶしたようにまっ暗です。

小高い丘の上、ひゅうひゅうとおだやかな風の音がきこえてきます。


ここがどこであるか、一瞬、ハルヒにもわかりませんでした。


SOS団のみんなといっしょに学校をとびだして、数えきれないくらいドキドキするような大冒険や、夢のように楽しい時間をすごして、最後に悪者をみんなでやっつけて……。


それが終わったあと、どのくらい時間がたったのでしょう。

気がつくとハルヒはここにいました。


まわりには草木もなく、ぽつり、ぽつりとくちてしまった建物のあとがのこっているだけの、つめたい月の光にてらされた、さびしい丘の上です。


ハルヒは歯をくいしばり、おきあがると、かたわらの少年をだきおこしました。


キョンのなきがらです。


何度も、何度も、もう数えきれないくらいハルヒは、みんなをおこそうとがんばりました。

 

でも、どれだけみんなの体を健康にしてあげても、それはたましいの入っていないぬけがらのままでした。

そして、ぬけがらは、あっという間に、なきがらになってしまいます。

どんなにがんばっても、みんなはなきがらのまま、目をさまそうとはしません。


それでもハルヒは、SOS団のみんなの、一番大好きなキョンの死を、受けとめられずにいました。


キョンはまだ生きていて、いじわるく眠っているだけだと、そう信じているのです。心から。

「こんなにさむいんだから、おきなさいよキョン。こんなところで、いつまで寝ているつもりなのよ。本当にカゼひいちゃうわよ」


返事をしないキョンに話しかけ、たちあがろうとしてよろけて、たおれてしまいました。

一瞬、気を失ってしまいましたが、何とか目をあけます。


空を見あげると、ふりそそぐような満天の星がかがやき、月がきれいにまるく見えました。

ハルヒがみんなでいっしょに見上げるために、星をいっぱいあつめて作った、だれもみたこともないくらいロマンチックな星空です。


ハルヒは寝ころんだまま、キョンにだきよりました。


「キョン見て。とっても星がきれいよ」


ハルヒが話しかけても、キョンはまぶたをとじたままです。

キョンのつめたくかたい体をだきしめながら、ハルヒはふるえていました。歯の根があわず、がちがちと鳴ります。

しかし、しばらくそうしていても、いっこうにキョンの体にぬくもりはもどってきません。


ハルヒのほおに涙が伝い落ちました。


「返事をしてよ。キョン!」


ハルヒは大声でさけびました。


こらえきれなくなったハルヒは、思わずキョンの体にのりかかって、首に両手をかけてしまいます。

けれども、手で直にふれたキョンの体からは、呼吸も、脈も感じられません。

それどころかキョンの体は、ハルヒの手の方がこってしまいそうになるくらい、つめたく、かたくなっていました。


「キョン!みくるちゃんも古泉くんもユッキーも死んじゃったのに、どうして、わたしをひとりぼっちにするのよ!目をあけて―――!」

 

ハルヒは泣さけびました。


「みくるちゃん、古泉くん、ユッキー!キョンをめざめさせて。わたしを助けて。ひとりぼっちにしないで」


声をしぼりだし、夜空にむかってさけびつづけました。しかし、もちろん返事はありません。


「みくるちゃん、古泉くん……」


ハルヒはあらためてみくるちゃんと古泉くんの最後のすがたを思いだしてつぶやきました。もう、涙もかれはてました。


「ユッキー……」


光のつぶになって消えてしまったユッキーのことを思いだすたび、ふかい穴をのぞくような気持ちにおそわれます。


そのときでした。ユッキーが消えていく前にもらった最後の信号が、はっきりと頭の中に光景になって見えてきたのです。


ハルヒが見た光景。それは、自分以外の四人が話しあっているところでした。そしてそれは、ハルヒにとって、とても信じられないものでした。



「もう、だめです。ぼくはこれ以上たえられない……」


泣きくずれ、うずくまってふるえていたのは、いつもクールな表情を変えない古泉くんでした。

みくるちゃんは、いっしょに半べそになって、背中からだき支えながら、けんめいに小泉くんをはげましています。


「これ以上の……、ニンムのケイゾクハ、困難と判断する……。このインターフェイスはともかく、ワタシの能力はもう、ゲンカイ」


ユッキーはもっと信じられないことになっていました。 
声はこわれたラジオのスピーカーのように割れてしまい、体のあちこちから、パチパチと放電の火花をちらせながら、映りの悪いアナログテレビのように、体が何まいにもわかれてブレてしまっていたのです。


「みんな、まだだ!まだこらえてくれ!」


そんな三人に、必死によびかけていたのはキョンでした。

 

「たしかに、オレたちは体は大丈夫でも、心はもう限界だ」


そうです。ハルヒは楽しかったことの、特に楽しかったことだけをおぼえていましたが、細かいことは、きれいにさっぱりわすれていしまっていました。



でも、ほかのみんなはちがっていたのです。

みんなはハルヒから、そこなしの元気を受けとって、つかれ知らずの体になっていました。
だからハルヒに、気がとおくなるような、とてつもなくながい時間をつれまわされても、なんとかついていくことができたのです。


でも、体は大丈夫でも、心はちがっていました。みんなはそのながい時間の記憶をもったまま、ハルヒの遊びについていっていたのです。


そのつらさは人間はもとより、宇宙人のインターフェイスとしてつくられていた、ユッキーの限界さえこえるものだったのです。


そのつらさにとうとうたえられなくなって、みくるちゃんは泣き出し、古泉くんも、ユッキーも、とうとうこわれてしまったのです。


ですが、それでもキョンだけはがんばっていました。


「これだけハルヒが好きかってに世界をいじくってしまったんだ。ハルヒにオレたちがつらい顔を見せて、きげんを悪くしてしまったら、本当にとりかえしがつかないことになっちまう」 
 
そのキョンの言葉を、だまって三人は聞いていました。


「だから、本当にハルヒがあきてしまうまで、オレたちはいっしょに笑顔で遊んでやらなきゃならないんだ」


それを聞くと、みくるちゃんは、もっとポロポロと涙をこぼしてしまいました。


「それに……、もしかしたらハルヒは、これからずっと永遠に、こんな力を持ったまま生きていかなきゃならないのかもしれない。何となく、そんな気がするんだ」


「たしかに、その可能性は高いと思います」


ようやく、古泉くんも顔をあげました。


「長門はどう思う?朝比奈さんも、どう思いますか?」


ユッキーは返答できないと無言のままでした。みくるちゃんはおずおずとうなずきます。


「だったらオレたちは、あいつを一人ぼっちにさせないようにできるだけいっしょに遊んでやらなきゃならない。あいつをひとりぼっちにしてしまったらどんなことになるのか、考えたくもない」


その言葉を聞いて、三人はキョンのところに集まりました。


「了解した」


「やりましょう。われわれ、SOS団の全員の力がかれはてるまで」


「みんなでいっしょに涼宮さんと遊びましょう!」


「よし、いくぞ!」


ハルヒがしらないところでおこっていた光景が目に、ハルヒが知らなかった、みんなの言葉が耳に焼きつきました。


みんな、むりにむりを重ねて、自分といっしょに遊んでくれていたのです。

そして体ではなく、心の、たましいの力を全て使いはたしてしまったせいで、みくるちゃんも、古泉くんも、ユッキーも、そしてキョンも、二度と目をさますことはないのだと、ハルヒはわかってしまったのでした。

「すまねえ、ハルヒ」


キョンが最後に口にした言葉が、胸のおくからわきあがり、ハルヒは胸をえぐりとられるような痛みにおそわれました。


どんな時でも、どんな場所でも、それが夢の中であったとしても、一度も自分を見すてなかったキョンが、そんな言葉を口にしてしまった事の重さ。

とても受けとめられるものではありません。


「いやぁ―――!」


ハルヒは髪の毛をぐしゃぐしゃにかきみだして泣きさけびながら、みんなにあやまりはじめました。


「みくるちゃん、もうお人形がわりにして遊んだりしません。古泉くん、お金をいっぱい使わせるようなおねがいごとばかりしてごめんなさい」

「ユッキー、文芸部の部室をかってに乗っ取ってしまってごめんなさい。お母さん、お父さん、ほかのみんなにも、ひどいことをいっぱいしてごめんなさい」

もう、いなくなってしまった三人に、今までめいわくをかけてきた人たちに、ハルヒは泣きながらあやまり続けました。

「ごめんね、キョン。今までむちゃくちゃなことや、めんどくさいことを全部おしつけて、いつもこまらせて……。ゆるしてなんて言いません。でも、おねがいだから目をさまして。わたしをひとりにしないで!」


どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。
何がいけなかったのでしょうか。
なんでも自分の思うとおりになればいいと、願ってしまったのがいけなかったのでしょうか。


やがて、ながす涙も、さけぶ力もなくなったハルヒは、キョンのつめたくかたい体にすがりつきました。
キョンの体に、自分の体温が全てすい取られていくようでしたが、それでキョンがおきてくれるのならそれでもかまいません。

もしだめなら、このまま自分も凍えて死んでしまってもいいんだと、ハルヒはそのまま、ふかい、ふかい、ねむりの底にしずんでいきました。 

■シーン5「そして、いつものあの場所に」

 
「……なさい、ごめんなさい。ごめんなさい」


おえつをもらしてうつぶせに机にふせていると、背中のむこうから、小さくとおく、チャイムの音がきこえてきました。思わずハルヒは顔をあげます。


「ふえ?」


ビクリとしておきあがると、ハルヒの目に、電源が落ちてまっ黒になっていた、パソコンの画面が目にとびこみます。

あと少しでしずみきってしまう夕陽にてらされて、まっ黒な画面には、ハルヒの顔がうつっていました。 

見れば顔は涙でぐしゃぐしゃ。まくらにしていたうでも、ぐしょぐしょにぬれていました。


「ゆ、夢だったの?!」


ハンカチをとりだして顔をふこうとしたとき、肩にかけられていた男ものの上着が、すとんとすべり落ちました。

だれかがそのままではカゼをひいてしまうだろうと心配して、かけてくれていたのです。

そのだれかは、すぐわかりました。キョンです。

いつものようにうつぶせではなく、パイプいすに、うとうとともたれかかりながら、キョンは気持ちよさそうにねていました。

もちろんいつものシャツに、ゆるくといたネクタイの姿で。上着がだれのものであるのか、ほかに考える必要はありませんでした。


部室を見わたしましたが、ほかにだれかがのこっている様子もありません。

みくるちゃんも、古泉くんも、ユッキーも、みんなほかに用事があって帰ってしまったのでしょう。

そしてキョンは、ハルヒを起こすのもかわいそうだし、一人にしておくのもあんまりだからと、のこって、起きるのをまってくれていたのにちがいありません。


「キョン……」


さっきまで見ていた夢のことが、ありありと目にうかんできます。いえ、もしかしたら、今もまだあの夢の中なのかもしれません。

キョンのおだやかな寝顔を見ていると、ハルヒの心に太陽が、いえ、銀河がうまれたみたいな気持ちがわきあがってきました。このまま思い切りだきしめてしまいたい気持ちで心も体もいっぱいです。


でも、そのときでした。


「……、かわいいぞ」


そのキョンの寝言をきいたとき、ハルヒはカチンと固まってしまいました。キョンの口から、今まできいたことのない女の人の名前がとびだしてきたからです。


じつは、その名前はキョンの妹ちゃんの名前で、キョンは妹ちゃんが七五三のときのことを思い出していただけだったのですが、ハルヒにはそんなことはわかりません。


ハルヒの心に、めらめらと怒りのほのおが、もえあがってきました。


せっかくまっていてくれたのなら、きもちよさそうに寝ているのを、じゃましないでまっている気づかいをしてくれるのなら、どうして自分が悪夢でうなされていたのに、おこしてくれなかったのだろうと。


こうなると、愛しさあまって憎さ百万、いえ一億倍です。

ハルヒはかけてもらっていた上着を、きれいにたたんで机の上におくと、あどけない寝顔をしているキョンの後ろに立ちました。

そして油断どころか無防備そのものの、キョンの背後から、するどいチョークスリーパーを、万力のような力で首すじにガッチリ決めたのです。


「オトメの痛み、思い知れ!」


悲鳴にならない悲鳴をあげて、キョンはくずれ落ちてしまいました。

ハルヒは、ぐしぐしとそでで目元をぬぐうと、泣きはらした顔を見られないよう足早に、部室からたちさってしまいました。


かわいそうなのはキョンです。 

自分一人で勝手にふてねしてしまったからといって、このままカゼをひいたらかわいそうだと、 せっかく上着までかけてあげて、おきるまでまってあげていたのに、この仕打ちです。


むりやり夢の世界からひきずりおろされ、げほげほとむせこんで、息もたえだえになってしまったキョン。 
苦しさのあまり、部室のゆかの上で、いも虫のように転がり続けていました。


「まったく、下っぱなんだから、おきて、まっておかないキョンが悪いのよ!」


うつむいたまま玄関まで走りぬけ、靴をはきかえながらハルヒはつぶやいていました。

そして校門をはしりさりながら、キョンの首すじに、技を決めた感かくを思い出していました。 

それはやわらかくてあたたかく、脈も息もあって、ここちよいにおいのする生きている人の体でした。


「そうよ。やっぱり、あんなのは夢に決まっているわ!」


でも、夢の中のはずの、みんなの体がつめたくてかたかった感じを、はっきりと体はおぼえていました。


「ただいま!」


いつもの言葉づかいで、家のドアを乱ぼうにあけると、ハルヒはお母さんを無視して自分の部屋にまっすぐむかい、制服もきがえずに、ベッドに顔をうずめてしまいました。


(あんなところで寝ちゃったから、あんなひどい夢をみちゃったのよ!ちゃんとしたところで、ちゃんと寝れば、ちゃんといい夢を見られるんだから!)


こうしてハルヒは、自分の家に帰っても、学校でのつかれから、そのまま寝てしまいました。やっぱりあれは悪夢だと決めつけて。



でも、あれは本当に、ただの夢だったのでしょうか?



「がはっ!ごほっ!っつ、ハルヒのやつ……、なんてなんてことしやがる」


ようやく息をととのえたキョンは、ようやく現実の世界に帰ってきました。すると、キョンの携帯電話に古泉くんから連絡が入ってきました。

「古泉、てめえ、よくもオレだけおきざりにしやがったな」


どうやら古泉くんたちは、キョンにだまったまま、三人で部室からはなれたようでした。近くのファミリーレストランからかけてきたようです。


「どうした?また閉鎖空間が発生したって言うんじゃないだろうな?それともほかになにかおきたのか?!」

「いえいえ。涼宮さんと、どう進展されたのか気になったので」


「進展もなにも、こっちは寝てただけだったのに、あやうくしめ殺されるところだったんだぞ!」


キョンはかんかんに怒っていましたが、古泉くんはゆるやかにそれをうけながします。


どうやら三人によると、この日は閉鎖空間の発生が少しあったものの、時間をまきもどしたあとも、情報操作がおきたようすもなかったようです。


もう、これ以上のこっていても仕方がないと、キョンは部室の戸じまりをして帰る事にしました。


まどのカギとパソコンの電源が落ちているのかをチェックして……。


「ん?なんだこりゃ」


キョンはハルヒのすわっていた足元に、なにかが落ちているのに気がつきました。


それは、ずいぶんと古ぼけた、大きな金ぞくの円ばんでした。よくみると、おもちゃのくん章のようにも見えますが、キョンにはそれがなんだかわかりません。


「またハルヒのやつ、へんなものもってきてたんだな」

 

ハルヒがもってきたものでしょうから、それがなんなのかキョンにはわかりません。

しかし、正体がわからない以上、すてるわけにもいきません。ですので小物入れの中に、そのくん章をかたづけてしまいました。


「まあ、こいつがなんなのか、明日にでもきいてみるか」


ですがキョンは、ハルヒにかけられたチョークスリーパーのことで頭がいっぱいになっていて、そのくん章のことは、きれいさっぱりとわすれてしまったのでした。


☆おわり☆


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