◆0
 夢と希望に充ちあふれて始まったような気がしないでもない高校生活一か月目にして涼宮ハルヒと関わりを持ってしまってからというもの俺の人生はちょっとしたスペクタクルとでも言うべき出来事の連続ではあるが、しかし上には上が下には下がいる、と昔から言うように俺以上に意味のわからない存在に振り回されて恐ろしく充実した人生を送っているやつというのも世の中には確かに存在する。
 今回はハルヒと俺と、そんな一人の男子生徒にまつわる、不幸とも幸福ともいえないような騒動の話だ。
 ……え? 誰だ、だって? やれやれ、言わなくてもわかるだろう。
 いつだって騒動のきっかけはハルヒであり、そしてハルヒに巻き込まれた俺以外の男子といえば、あいつしかいないじゃないか。いや、谷口ではない――古泉一樹。赤玉変態型超能力者、である。


◆1
「キョンくん、ちょっとお願いされてほしいことがあるのね」
 と、同じクラスの阪中が話しかけてきたのは、長い一日の授業が終わってさて団活へと赴くかなと俺が座りすぎで重たくなった腰を上げたころだった。ちなみにハルヒはホームルームが済んだ瞬間ロケットスタートでぶっ飛んでいってしまったので、後ろの席は空っぽである。
「ん、なんだ? ハルヒへの言付けとかだったら頼むから本人を探してくれ」
 探すまでもなく部室にいると思うが、それはさておき、最近のハルヒはクラスの女子とよく話をしているようだし、出来ればこのまま普通にクラスに馴染んで普通の女子高生になってほしい……と俺は思うのだ。って、俺に何の権限があってあいつにそんなことを望むのか、という話だが。
「違うのね」
 阪中はそう否定するとなんだか恥ずかしそうにもじもじと身をよじり、上目遣いで俺を見上げた。
 なんだよ可愛いな~さすが某国木田の一押し……すまん、妄言だ。
「えっと、用があるのは涼宮さんじゃないのね……」
 ごそごそとどこからともなくファンシーな色のものを取り出し、阪中は頬をさくらんぼ色に染めながら、
「これ……」
 おいおい、マジか!
「えらくマジなのね! これ、古泉さんに渡してください!」
 お願いなのねー(のねー)! とエコーを響かせつつ阪中はどこへともなく走っていき、俺の手の中にはご丁寧に赤いハートのシールが貼られた、どっから見てもラブレター然としたものが残された。
 ……はは、お約束だな。
「――ちょっとキョン、今阪中さんに何かもらってなかったかい?」
「いやもらってたよな、それは俺が見るところずばりラブレターだろう!」
 ……うるせー。
 阪中の声の残響が消えたとたんに話しかけてきた国木田と谷口。お前ら目がギラギラしてるんだが。ああもらったとも、見ろ、この可愛い丸文字で書かれた宛名を。まだ本邦未公開の俺の名前だぞ。
「フルイズミカズキ……? あれ、お前そんな名前だっけ、忘れちまったよ。どのへんがキョン?」
 はい、馬鹿ー。
「なんだ……そうだよね、まさか阪中さんに限ってキョンってことはないよね」
 さりげなくものすごく失礼だぞ、国木田。残念ながら反論材料がないが。
「つーかまた古泉かよ。キョンもかわいそうになー、あんなのがそばにいたら余計モテなかろう」
 お前今のボケだったのかよ! ボケで終わらせずにノリツッコミにまで昇華させてくれないとさっぱりだ。
「食いつくところそこかよ! 俺のことなんかほっといて話を進めろや!」
「よし。……で、なんだ、古泉は実はそんなにモテモテだったのか」
 まああの胡散臭い整形疑惑さえ抱かせる顔だからな、わからないでもないでもない。ああ認めたくない。どうせ俺の知らんところで彼女の一人や二人や三人くらいは作っているのだろう。痴情のもつれから刺されちまえ。
 すると谷口国木田両名はいかにもうんざりしましたーと言うように首を振り、
「かぁーっ、キョン、鈍いにもほどがあるぜ。あんなに露骨にモテてる奴があるか、忌々しい」
 何? そうなのか?
「そうだよ。SOS団だって朝比奈さんとか、たまに見てもわかるくらいあからさまにアタックかけてるよ」
「そのうえ、それになびかない、と来たもんだ。あいつはホモか? Sランクだぞ?」
 待て待て待て待て、待て!
 朝比奈さんが、古泉に懸想しているだと? 有り得ない。ハルヒが恋をしたり俺が告白を受けるというくらいありえない。
 国木田は哀れむような目つきで俺を見やると、「認めたくないのはわかるけどね……」と言った。
 違う。断じてそうじゃない。認知するしないの問題ではないぞ。朝比奈さんが古泉に猛烈アタックって、いったいいつの話だ。映画撮影は随分昔に終わったし結局まだ続編は撮っていない。
「毎日お弁当作って九組にいったり、してるらしいけど」
 有り得ない。それを俺が知らないなんていくらなんだって、さすがにおかしいじゃないか。俺の知る限り、未来人の朝比奈さんと超能力者の古泉は実はあまり仲がよくなかったはずじゃないのか?
 俺は手にした阪中の手紙を見下ろした。俺の知らないところで、何か異常なことが起きている。


◆2
 古泉か朝比奈さん、あるいは第三者だが長門に話を聞く必要があったのだが――部室まで急行する途中で、俺はハルヒに引き止められた。正確には、部室のドアを目前にした廊下の真ん中で、であるが。
「何してんだ?」
「しっ、静かにしなさい」
 ドアに張りついて片耳を押し当てながら、ハルヒはとんとんとドアを指差した。どうやら同じようにしてみろ、という意味のようだ。俺としては急いで三人のうち誰かに会いたいのだが、仕方がない――
『あっ、朝比奈さん!? 何のおつもりですか!』
 聞こえてきたのは、何やら切羽詰まった古泉の声だった。朝比奈さんもいるようだが、穏やかではない。
『うふ、お茶にちょっと仕込んじゃいました。古泉くんちっとも振り向いてくれないんだもの。流行りのヤンデレってやつですよ~』
『いや、僕はヤンデレとかキョンデレとか、そういうツンデレに似てるものはもううんざり……ではなくてですねっ』
 それですよぅ、と朝比奈さんの可愛らしいはずの声。
『古泉くん、嫌じゃないんですか? あたしは嫌です、こんなに魅力的なのに、立場に縛られて独り身のままなんて』
『それはっ……あなたには、関係のないことですよ』
『そんなことありません。このまま何もしないで手に入る未来は、孤独なだけ……そんなのは嫌!』
『意味のわからないことを言わないでください! わかってるんですか、ご自分が何をしているのか』
『現場の独断で変革を強行しちゃっても、いいじゃないですかぁっ! 既成事実さえあれば、規定事項が……』
 ――待て待て待て、こらハルヒ、目を輝かせてる場合かっ!
「そこの二人、ちょっと待ったぁ!」
「「きゃっ」」
 ハルヒが張りついているのも無視して、ドアを蹴開ける。部室内では……朝比奈さんが、ウェイトレス姿だった。
「キョン! 何す……」
「ふぇえっ! ご、ごめんなさぁい」
「あっみくるちゃん! 待ちなさい、どこ行くのっ」
 朝比奈さんは本物とは思えない勢いで部室を飛び出して行き、床に転んでいたハルヒはバネのように跳ね起きて朝比奈さんを追いかけてあっという間にいなくなった。
 ……古泉、いつまでも床に寝ころんでる場合か。まさか、朝比奈さんに押し倒されたんじゃないだろうな。
「いえ、申し訳ないのですが、彼女にいただいたお茶が妙な味でして」
 それはまさかあれか、痺れ薬というやつか! 朝比奈さんはそんなものをいったいどっから持ってきたのやら。
「長門さんに、あなたから頼んでいただきたいのですが」
 ああ長門な、長門……ってうおっ! いたのか長門!
「……最初から」
 助けてやれよ、もっと早く……いや悪い、今からでも遅くないからここに転がってるのを何とかしてくれ。長門はこくりと頷くと、いつもの本から離した手のひらをこちらへかざした。きゅるる、と呪文。
「……いやあ、あなたが来て下さって助かりましたよ……」
 むくりと起き上がって古泉が情けない笑顔を浮かべた。もう少しで貞操を失うところでした、か。古泉、お前も普通に童貞だったのか……で、朝比奈さんか……いや、特に何も考えてないぞ。
「……これ、お前宛てに、阪中から預かってきたんだが」
 俺はとりあえず持ったままであった手紙を古泉に突きつけてやった。別に怨念など込めていない。
「阪中さん、というと……」
 三月に幽霊騒ぎを持ち込んできたあいつだよ。当然覚えてるよな? 向こうはラブレターまでよこしてるんだ。
「ラブレター」
 古泉は溜息をつきつつ立ち上がると、机の上に置いてあった通学鞄の中からごっそり紙の束を取り出した。
「これは全て、本日いただいたものです。大半は朝下駄箱の中に入っていたんですが」
 ばらばらと机の上一面に広げられた、手紙と思しきハガキ大のカラフルな物体たちに、阪中の手紙を加えて古泉は再び溜息をついた。谷口あたりが見たら何を贅沢に悩んでいるのかと思いそうだが、
「普段からもらうのか?」
「まさか……今日が初めてですよ。それをこんなに」
 なるほど、やはり異常事態である。
「朝比奈さんがお前にお弁当を作ってくるそうだが」
「確かに今日はいらっしゃいましたが、それも今日が初めてです」
 しかし国木田の話では、毎日猛烈なアタックということだったのだが……いったい何がこんなことに。
 助けて長門さん。俺と古泉は揃って読書中の長門に目線をやった。長門は俺にまっすぐ顔を向け、
「朝比奈みくるがここへ戻るまであと五分三十二秒。退避を推奨」
 俺がか。
「……違う。古泉一樹が」
 だと思ったよ。


◆3
「で、長門、説明してくれるか?」
 校内のどこかで待機している、と言う古泉を早急に追い払い、俺は長門に向き直った。もう少しで朝比奈さん達が戻ってくると言ったが、どうやら長門は朝比奈さんとは逆に古泉を避けたいようだ。
「……説明する」
 ありがとな。古泉には後から伝えられるかね。しかし待機って、いったい学校のどこに隠れるんだろうな。
「……古泉一樹には、現在、情報改変が施されている」

―――

「情報改変……ですか」
 はい、と彼女は微笑み頷いた。
 僕が校内でのとりあえずの待機場所に選んだのは、生徒会室だった。ここなら涼宮さんには見つからず、その他の生徒も生徒会長が閉め出しているだろう、との判断であり、それは八割は正解だったのだが、しかし僕がすっかり忘れていたのは……相変わらず、生徒会には僕の計算外の人物がいる、ということであった。
「古泉さんの存在を認識した女性が、古泉さんに好意を持つよう設定されています」
 生徒会書記にしてTFEI端末である喜緑江美里さんが、うっとりと僕の手を撫でながら言った。
 非常に、なんというか、居心地が悪い。なんでこの人こんなにぴったりくっついて座ってくるんだ! 後頭部にヤンキー上がりのきっつい視線がザクザク刺さってるんですが。痛い痛い痛い。神人のパンチよりはマシながら、何かタバコを押しつけられてるようなジリジリした痛みが……。
「つまり、今なら古泉さんはあらゆる女性を――涼宮ハルヒさんを除きますが――落とし放題というわけです。誰でもおっけーですよ、長門さんでも、あの二人が結婚したらキョンキョンになってしまうお嬢さんでも頭部で昆布を養殖しているような奇怪な生き物でも、我々の認識上は女性ですから。まああのような髪の毛の妖怪を選ぶのはよほどの黒髪フェチさんだけでしょうけれど……ところで古泉さんは、髪の綺麗な女性はお好きですか? わかめは髪の毛に良いんですよ」
 知ってますけど、わかめ……ていうか、なぜそのチョイス……すごい敵対心が感じられるんですが。
 いや待て、そこじゃない。
「……今、涼宮さんを除く、とおっしゃいましたよね?」
「うーん、江美里とお付き合いしてくれたら、もっといろいろ教えちゃいますよ?」
 痛っ! なんかあらゆる空気が痛い! 前門の虎後門の狼!
「……喜緑くん。今日はもう帰りたまえ。会長命令だ」
 と、会長が言った。
「会長、それは権力の乱用です。不信任案出しますよ」
「我が生徒会にそのような規定はない。早く帰りたまえ」
 そもそも、高校の生徒会長には、役員に命令する権限もないんだけどな……と思ったが、余計なことを言っても自分の首を締めるだけだと知っている賢い僕は黙っておいた。喜緑さんはふうと溜息をつき、
「仕方がありませんね、諦めましょう」
 とあっさり手ぶらで部屋を出ていった。仕事とか、してたんじゃないのか……。
「古泉……俺が生徒会室でボヤ騒ぎを起こしたくなる前にそのアホ女の思いつきを解決しろよ……」
 了解、しました、が……さて、どうしたら彼が僕の思い通りに動いてくれるだろうか。それと今から、部室に戻っても気まずくないだろうか……。はあ。

―――

 で、結局、部室に古泉が戻ってきたころにはハルヒによって活動は解散となっており、朝比奈さんはハルヒに付き添われて先に帰っていた。長門も古泉が来る少し前に帰ってしまい、俺は一人であいつを待つ羽目になっていた、というわけなのだが。
「大体の事情は、ある方がご親切にも教えて下さったのですが……長門さんは、今後について何か言ってませんか」
 なぜか、ご親切にも、を強調する古泉。よっぽど親切な人にあったのだろうか。事情を知ってる人って誰だ?
「長門は、こんなことが起こるに至った理由がわからなければ解決不可能だと言っていたが」
 あいにく、長門にわからないことは俺にもわかりそうもない。何せハルヒの考えを当てようなんてな。
 すると古泉は、ふっと呆れとウンザリが八割くらいのこちらが見ていてムカつく笑みを浮かべた。
「あなた方にもこれくらいはわかっていただけるかと期待していたのですが……相変わらず疎いんですね」
 馬鹿にしてんのか。そうなんだな? 帰っていいか。
「聞いてください。僕が会う女子生徒すべてにアプローチを受けているのは涼宮さんが望んだからです。しかし涼宮さんは僕のためを思ってハーレムにしてくれようとしたわけではない。これはいいですね?」
 そうだな、まあそうだろう。あのハルヒが他人中心の世界を作ろうと思うはずがない。
「では、何のために涼宮さんは世界を改変したのか――答えは簡単、要はあなたのためなのです」
 俺かよ。お前は毎回毎回俺に責任をとらせて楽しいのか! 今回ばかりはさすがに心当たりがまったくないぞ。
「単純な話です……ライバルなんかいなければいい、自分以外が、あなたではない誰かを好きになればいい、と涼宮さんは考えたのでしょうね。あなたでなければ、別に誰でもよかったんじゃないですか」
 毎回毎回、だから僕は宝くじが当たらないんですよ、と古泉が呟く。意味不明だ。
「つまり……どういうことだよ」
「心変わりしない、と涼宮さんに誓ってください」
 いつ、どこで、なぜ、どうやって。
「明日にでも、ラブレターというのはいかがですか? 幸いここに見本が大量にありますし」
「悪趣味だぞ、古泉」
「失礼……わかっていただけた、ということでよろしいですか?」
 いや、正直お前の論理の飛躍にはあまりついていけていない。そもそも俺の心の何がどう変わるのか。
「とにかく、時を見て、行動してください」
 と、いつになく真剣な声音で古泉が言った。こいつも追いつめられるとグレる、というわけらしい、が……冗談でもなんでもなく、俺がどう行動したらお前がモテなくなるんだ?


 

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最終更新:2020年07月18日 13:46