※この作品を読む前に「脇役サミット」、可能ならば「国木田日記」もお読みいただけると更に楽しめるかもしれません。保証はしません。
 
【1】作戦立案
 
僕の名は黒木田。じゃなかった、国木田だ。フルネームはおそらく永久に禁則事項だろう。
どこがどう黒いのかさっぱりわからないのだが一部で僕を黒木田と呼ぶ方々がいるようで、僕としては不本意である。ともあれ、現状で僕の立ち位置がSOS団に次ぐ二軍である事を考えれば、僕の名を多少なりとも世に知らしめるためにそのくらいの愛称は笑って見逃す事にしよう。黒木田、大いに結構じゃないか。ブラックコーヒーと共に朝をスタートする僕にふさわしいクールな異名だ。
 
ところで皆さんは僕の友人のキョンという男をご存知だろうか。ご存知ないはずがない。脇役の僕を知っていて主役のキョンの存在を知らないという輩がいるとすれば、それは僕に対する何らかの皮肉に基づく発言か若しくは僕に対する常軌を逸した興味から発せられた発言か。このあたり、『脇役サミット』でも似たような書き出しだったと記憶しているが、ようするにこの作者の常套句なんで、やはりスルーしてやってほしい。
しかし皮肉だのなんだのと言っていると谷口があたりが「WAWAWA脇役の僻みかぁ?」
なんて聞いてくるかもしれないな。フフフ、君も脇役だろう。しかもアホでKYで勉強は全然できなくてモテなくて運動も決して得意ではなくてその癖無類の女好きという、酷いスペックを持たされた脇役だよ。モビルスーツでいうとボール、ポケモンでいうとコイキングだ。
よく考えれば谷口の頭が『嫌悪感』『常軌を逸する』という単語を理解できるかは疑問だな。
 
話が逸れてしまった。逸れてしまった責任はとりあえず谷口に転嫁しておくとして、本筋に戻らせていただこう。そんなわけで僕の事をご存知の方は、当然キョンの事も知っているし、更に言えば涼宮さんの事も知っているはずだ。奇抜な髪型で覆われた頭蓋の中にさらに異常性を濃縮した中身を持ち、運動神経と学業成績において一般的な女子高生のレベルを軽く上回る美少女奇人涼宮ハルヒその人だ。そして、それだけ彼女の事をご存知であるならば、当然彼女とキョンとの関係も淀みなくすらすらと答えられるはずなのだ。
 
そうなんだ、正解は『団長と団員1』なんだ。『恋人』と答えた奴はニワカファンかよほどの甘SS中毒か。
いずれにせよ猛省を促したいと思う。まったく、この二人の進展の無さには僕も谷口も朝倉さんも阪中さんも岡部も、即ち老若男女に到るまで大きな溜息を付かざるを得ない。大体『団』ってなんだ。
サーカスでもやるつもりなのか。それとも悪の秘密結社か。まあ呼称が団であろうと部であろうと、ましてや株式会社であろうと、僕たちの溜息は現状ほど大きくなることはない。要するに、キョンと一緒にいたいという少女漫画的理由から、独自の団を結成してキョンをその団員にするという有り得ない解決策を発案した涼宮さんと、その乙女心に気づかない我らがフラグクラッシャーキョンの見事な擦れ違いっぷりに呆れて二の句を継げない状態にあるわけなんだ。ご理解いただけたかな?
 
周囲の人間全てが気づいていて当の本人達だけが自分の気持ちに素直になれない、そんな展開はラブコメでは王道といえよう。そうでなければ少女漫画は悉く短編になりかねないし、また恋愛ものドラマの尺も半分でよくなったりするかもしれないね。とはいえ、周囲で見ている人間からすれば大変歯がゆいものだ。前戯が長すぎるAVを見ている気分だ、というと僕のキャラクタリスティックにそぐわないね。しかし言い得て妙であると思うから、この比喩は谷口に聞いたことにして、このままスルーしたいと思う。ともかくも僕らはドキュメント番組の肝心なところで入る90秒CM以上のじれったさにはもう耐えられない、とまあそう思ったわけなんだ。
 
僕ら、と表現したのには理由がある。今回キョンと涼宮さんをくっつけるというプロジェクトを遂行するのが僕だけではないからだ。そもそも発案者からして違う。『脇役サミット』にご出席頂いた方にはお分かりだろう。異常性癖者、異常能力者、電波といった野獣が跳梁跋扈する北高というジャングルの片隅で僕こと国木田が見つけた一輪の花、阪中さんだ。うん、そりゃさすがに今のは自分で言っててもキモイと思うよ。僕はどうしてしまったんだろうね。四六時中谷口の近くにいることでついに感染がスタートしたのか。これは危ない。
ともかく、この阪中さんは原作において名前が登場している中ではもっともモブキャラに近いキャラクターといっていい。犬を飼っている点と語尾の「なのね」以外、特にこれといった特徴もない。それでもまあ本作の主人公が僕である以上、阪中さんの登場はSS作者の義務といっていいだろう。語尾が指定されていると台詞回しもしやすいんだ。うん。
 
【2】概要
 
では今回のプロジェクトに参加する他のメンバーをご紹介しよう。
北高トップクラスのアホでナンパの達人(回数だけは)、全身から男性ホルモンを分泌する男、白石みのr…間違えた、谷口だ。率直に言って、平均的に無能な男だが今回のプロジェクトの遂行には必要になるだろう。この物語は北高男子生徒の脇役が少ないからな。コンピ研の部長と生徒会長は除外だ。いちいち役職で呼ぶのが面倒だ。SS作者の負担を考えてみて欲しい。コンピ研の部長、と打つためには最少でもキーを17回叩く必要がある。谷口は8回だ。
そもそもコンピ研の部長や生徒会長と僕とは面識がない。あまりご都合主義に頼りすぎるのも困りものだからね。このあたり、作者のちょっとした小粋な計らいだ。称賛は受け付ける。
 
そして前回のサミットではその暴君ぶりを余すところ無く発揮してこの作者のSSへの出演に味を占めた朝倉涼子さんである。作者が朝倉フェチだとかそんなことはあまり関係ない。
ちなみに前回は語られていないのだが、カナダに引越したはずなのにどういうことなのか。
さあね。そもそも本当にカナダへ行っていたのかすら怪しい。一応、両親と本人で相談して北高卒業までは日本で過ごさせてもらうことになった、という説明だ。どこまで信じていいやら。
常日頃から思っている事だが、この手の万能選手は絶対にどこかに裏がある。僕とて彼女に全幅の信頼を置いてはいない。率直に言えば、彼女が特殊工作員であるという疑念は僕の中で未だ晴れていないわけである。その点谷口はアホゆえに安心できる。人は自分より弱い存在を知ると安心するものだよ。と、結局ご都合主義で朝倉を復活させてしまう作者に幸せあれ。
しかしこの眉毛委員長のスペックは計画の遂行に不可欠であるし、何よりも単行本2冊にしか出ていない彼女はある意味でキョン妹より不憫な存在だ。クラスでの席も隣なのだし、よしみで仲間に加えることにしよう。何?表紙になる時点で十分目立つ存在?まあそういわずに。
この哀れな眉毛委員長は、笑顔というマスクを纏った仮面殺人鬼としてのイメージをなんとか払拭したいと必死なのだ。毎回悪役を押し付けられる噛ませ犬、いわばシリアスな谷口さ。どうだい?可哀相に思えてきた?
おっと、今の仮面殺人鬼のくだりはあくまで天の声で、国木田としての僕は一切関知していない出来事だ。そこのところは一応言い訳しておかないと齟齬が発生するね。
具体的にどんな策を考えているか、というと、オーソドックスなものである。二人はああ見えて押しに弱いのではないか。例えば周囲から冷やかされたりからかわれたりすると、互いに意地を張って余計に関係を停滞させてしまうだけなのだが、あの手のタイプは割と状況に流されやすいのではないか、というのが僕の推論だ。ここ一週間、塾帰りに毎日漫画喫茶に篭って少女漫画を研究したから間違いない。キョンはともかくとして涼宮さんは単に意地を張っているだけだからね、ホントはキョンとイチャイチャベタベタしたいに違いない。そういう状況を作り出す必要がある。
しかし、それが彼らの反発を買うような押し付けがましいものでは決して受け容れられないだろう。
要するに涼宮さんに大義名分を、キョンにはやむにやまれぬ理由を作ってやればいい。
 
まずはこうだ。阪中さんが、自分の片想いに協力して欲しい、と涼宮さんに相談するのだ。
以前の涼宮さんなら無視していただろうが、既に分裂が発売された現状ではとりあえず話を聞いてくれるだろう。そして阪中さんはこう提案するのである。「二人で遊びに行きたいんだけどとてもそんなこと恥ずかしくて言えないから、涼宮さんとキョンくんにも一緒に行って欲しいのね」
この時点で涼宮さんはもう策に嵌ると断言していい。いうなればこれはダブルデートであり、阪中さんともう一人の男子をくっつける目的が存在する以上涼宮さんとキョンとのペアが成立することは不可避。これが涼宮さんに与えられた大義名分だ。問題はキョンの方である。
キョンを連れて行く理由として納得できるものは何か。「その男の子、キョン君と仲良しだし…」
これが一番確実である。相手役の男を演じるのは、もうおわかりだろう。この僕である。
相手役の男が谷口だと推測した諸君、よく考えてみて欲しい。谷口の女好きは既にクラス中に知れ渡っている。相手が谷口だとして、快く協力する気になるだろうか。万が一キョンたちが逆に阪中さんを説得しようとしたらどうするというのだ。勘違いしないで欲しいのは、別に僕が阪中さんとのダブルデートを楽しみたいなどという不純な理由からこの策を練ったわけではないということだ。確かに阪中さんは魅力的な女性だが、今回はあくまで友人のためだ。絶対にそうなんだ。残りのメンバーの果たす役割はその都度説明していきたいと思う。
 
【3】作戦準備
 
そういうわけで早速阪中さんには行動を開始してもらった。その話をしている時に僕が近くにいたら不自然だ。阪中さんがキョンと涼宮さんを呼び出して、それで相談を持ちかけるという手筈になっている。阪中さんが一人で行くのもいいが、クラスメイト役としてここは委員長に行ってもらおう。世話焼きなイメージがあるし、阪中さんのようなタイプはこういう相談をする時に友達についてきてもらうだろう。これは阪中さん自身の案である。フフ、彼女もなかなか乗り気じゃないか。これで演技にも身が入るというものだね。フフ… 失礼。谷口も真っ青のアホ面を晒してしまったようだ。再度繰り返すがこれは僕の邪念や欲求に基づいた作戦ではなく、今回の僕らの任務はあくまでキョンと涼宮さんという擦れ違いカップルのバックアップのはず。独断専行は許されない。ともかく僕たちのプロファイリングが正しければ、全て計画通りに進むはずだ。
 
「涼宮さん、ちょっといいかな?」
「…どうしたの?阪中さん」
「実はちょっと相談があるのね。ここじゃ話しづらいから非常階段の上のところまで来て欲しいのね」
涼宮さんは少し訝しげな表情を見せ、前の席にいる我らが愛すべき友人の襟首を引っ掴んだ。
「わかったわ。キョン、あんたも来なさい」
「おいおい、阪中はお前に用があるんだろ。しかもここじゃ話しにくい内容なら俺も行かないほうがいいんじゃないのか」
「ううん、キョンくんにも来てもらえると嬉しいのね」
こんな会話が僕の横から聞こえてきて、涼宮さんは凶悪犯罪者を連行するFBIよろしく、キョンを非常階段上まで連行していった。どっちかっていうと涼宮さんの方が凶悪犯罪を起こしそうだ、とはとてもじゃないが口に出していうことではないね。まあ、無知はそれだけで罪だから、キョンの鈍感さを鑑みれば十分に犯罪者といってもいいだろう。阪中さんと朝倉さんは教室から出るときに一瞬僕と目配せをした。ここは二人に任せよう。
阪中さんの相談イベントは(こんな表現をするとギャルゲーのようで不本意なのだが)大体以下のような感じで進んだらしい。
 
ハ「で、阪中さん、話ってなによ」
阪「うん…あのね、実は涼宮さんに相談したいことがあるのね」
ハ「除霊?キャトルミューティレーション?それとも阪中さんの家の庭の草が突然規則的な形になぎ倒されたりとか…」
キ「2番目と3番目はねぇよ。欧米か。あ、1番目もないと思うが。とりあえず黙って聞いてやれ」
阪「実はね、今度国木田君を、デートに誘ってみたいと思うんだけど、そこに涼宮さんとキョン君もついてきて欲しいのね」
ハ「阪中さんが国木田を?ふーん。で、なんであたし達がついていくのよ」
眉「つまり、阪中さんが涼宮さんと遊ぶっていう事にして、涼宮さんがキョン君を誘ったって事にして欲しいってわけ。それで男一人で不安なキョン君が国木田君を誘う、っていう筋書き。そうすれば国木田君が誘われる事に何の不自然さもないでしょ?」
キ「朝倉も一枚噛んでるのかよ…百歩譲って阪中がハルヒを誘うまでは納得できるとして、なんでそこでいきなり俺が出てくるんだ?SOS団の活動じゃあるまいし」
(ここでキョン以外の全員がマリアナ海溝より深い溜息をついた、と朝倉さんは証言している)
ハ「馬鹿キョン!あんたSOS団の団員でしょ!団長のあたしに直々にきた依頼なんだから、当然あんたも協力すべきだわ!そうよ、これはSOS団の任務なのよ!」
阪「あ、えっと、涼宮さん」
ハ「何?何でも協力させてもらうわ!特別にタダよ!タダで引き受けようじゃない!」
阪「えっとね、他のSOS団の人は巻き込まないで欲しいのね。あんまり他の人にこういう相談に乗ってもらうのって恥ずかしいし…」
ハ「わかったわ、これは団に来た依頼だけどあたしとキョンだけで対処する問題ってことね。キョン、みくるちゃんとか有希とか古泉くんには内緒よ」
キ「へいへい。わかってるって」
 
休み時間が終わろうか、というところで、僕は四人が教室に戻ってきたのを横目で確認した。
朝倉さんがキョンの背中を優しく押して、「それじゃあよろしくね、キョン君」とウインクした。こらこら、あんまり愛想良くすると君の横にいる黄色いカチューシャのお化けに睨み殺されるよ。ほら、一瞬放出された殺意のオーラを感じ取れなかったのか?死因:視殺、というのは前例がないだろうからいろいろと面倒なことになるな。コナンが小五郎を麻酔で殺害するくらい気まずいことになるぞ。
僕の心配をよそに、キョンはちょっとぎこちない様子でやってきた。この友人は嘘がつけないタイプだな。隠してもわかる。愚鈍なほど純粋なこの哀れな友人は、自分が遂行しようとしている任務を立案したのが目の前にいる中学以来の友人である事には気づいていないだろう。
別に僕は罪悪感になんか囚われていないよ。これも全てキョンのためだ。僕が多少彼を騙して彼に余計な演技をさせたところで、彼に対し背徳を働いたとは微塵も感じない。むしろ感謝されてしかるべきだ。
 
キ「おぅ、国木田。お前今度の土曜日暇か?」
国「うん、塾もないし、暇だよ。どうしたんだい?」
キ「えぇと、その、なんだ。久しぶりに遊ぼうかなと思ってな。中学以来だろ」
国「いいね。…あれ?でも土曜日って確かキョンたちはSOS団で遊んでるんじゃないの?」
キ「今週の土曜は団長様じきじきのご命令で休みなんだ。というか、ハルヒも一緒なんだが」
国「あれ、そりゃキョンに悪いね。僕がいないほうがいいんじゃない?」
キ「なんだよ、そりゃ」
国「だって他の団員がいないってことは紛れも無くデートじゃないか」
キ「馬鹿、だから俺とハルヒはそんなんじゃねぇっての。とにかく、国木田にも来て欲しいんだよ」
国「ふーん、まあ面白そうだしね。是非行かせてもらうよ。また時間とかは連絡頼むね」
よし。とりあえず第一段階は終了した。ここまでは特にイレギュラー因子も見当たらない。うん。平穏そのもの。
 
【4】作戦開始
 
土曜日、朝。僕はいつもより1時間早く目を覚まし、どす黒いモーニングブラックで胃の混沌を落ち着け、準備にとりかかる。おっと、今日の主役はあくまで涼宮さんとキョンのバックアップだ。
それは何度もいってるじゃないか。だから別に髪型に気合を入れたりとか念入りに服を選んだりなどしているわけじゃないさ。コーヒーとトースト1枚の簡素な食事がより脳髄を清冽にする。
朝10時半、全ての準備を整えて僕は家を出た。
駅までは15分もかからない。だが我が愛すべき友人キョンが遅刻をしないように誘ってやるのが数年来の友人の務めといえよう。僕の杞憂とは裏腹に、僕がキョンの家のチャイムを鳴らすとすっかり用意のできたキョンがドアを開けた。
「キョンと休日に遊ぶなんて久しぶりだなぁ」
「そうだな。なんならお前もSOS団に入るか?」
「よしとくよ。涼宮さんが承認するとは思えないしね」
しかしSOS団に入れば確実に僕の出番は増えるな。名誉顧問や外部協力者でなく正式な団員ならばほぼ確実にフルネームのプロテクトは解除されるだろうし。迷うところだ。ちょっと後で谷川流に相談してみることにしよう。うん。そうしよう。
そんな当たり障りのない会話をしながら駅へ向かう。
 
駅前には既に涼宮さんと阪中さんがいた。約束の10分前だというのにね。時計の短針はまだすんでのところで11の一歩手前に留まっている。
「遅いわよ!キョン!罰金よ!」
ああ、これが噂の罰金か。とりあえず僕は違反切符を切られなかったようだ。
阪中さんが涼宮さんを宥めて、なんとかキョンは不起訴処分になった。キョン、阪中さんに大いに感謝するといい。うん。崇め奉るがいい。しかしSOS団は毎週この調子なのかな。だとすれば友人としてキョンの経済状態が本当に心配だ。禁則なアルバイトでもやってるのかね。
とりあえず、僕達は喫茶店に入ることにした。ここはいつもキョンと涼宮さんが来る喫茶店らしい。
まず阪中さんと涼宮さんがボックス席の奥に座った。ついで僕が自然に阪中さんの隣に座る。
これでキョンが涼宮さんの隣に座るわけだ。ここまでは作戦通りだ。
で、僕はまたブラックを胃に流し込んでいるわけなんだが、正直予想外だ。というかガッカリだ。
解説しよう。今僕の前ではキョンが涼宮さんのパフェを一口貰って、逆に涼宮さんはキョンのチョコレートケーキを貰っているわけだ。おい、そこは少女漫画やギャルゲでは『間接キス』というワードに反応して二人して顔を赤らめるところだろうが。いや、二人じゃなくてもいい、どっちかでいいから顔を赤らめてくれ。頼む。お願いだ。
「国木田くん、顔が赤いのね」
「…え?あ、ああ、ちょっとコーヒーが熱くてね」
くそっ、僕が動揺してどうする。落ち着け国木田。クールな漆黒キューピッドたるこの僕がこの程度で赤面しちゃいけない。大体コーヒーが運ばれてきてから結構時間経ってるだろうが。
おや、阪中さんからメールだ。隣にいるのにわざわざメールということは口に出したくないことか。
「二人は間接キス耐性◎を持っているようなのね。冷やかしは逆効果だと思うし、とりあえずここは作戦を先に進めるのね」
わかりました。しかし作戦を立案したのは僕だ。阪中さんじゃなかったら独断専行は罰金ものだよ。
もしくは情報結合の解除も辞さないぞ。おや、僕もいよいよ電波に当てられてきたようだな。僕はカップに少し残った黒い混沌を体内におさめ、喫茶店を出る準備をした。
 
店を出ると涼宮さんはとびっきりの笑顔で伸びをして、喫茶店で食べたものに関する感想を述べた。
「ふーっ、パフェもケーキも美味しかったわね!次はどこに行こっか?阪中さん」
人の気も知らずにこのカチューシャ怪人が。まあいい。この程度の不確定要素、ノイズは立案時に既に計算のうちに入っているさ。しかしキョンはともかくとして涼宮さんがこちらの思惑通りに動かないとなるとこの計画は危ういものになるぞ。注意が必要だ。次は遊園地に行こうかとも考えたが、このSS作者は最後に遊園地に行ったのが6年前の富士急ハ●ランドなので、途中で間違いなくネタ切れしてしまう。と、そんないつも通りの言い訳を述べた上で、予定を変更して映画館に向かうことにする。
支援SSの作者には悪いことをしたな、と作者が謝っておりました。ええ、それはもう。
 
【5】映画館ミッション
 
映画館でどんなジャンルの映画を見るか。ここで『純愛モノ』を選択してはいけないんだよ。たぶん。
涼宮さんの心の琴線に触れたとしてもどうせあの意地っ張りは表面に出さないし、キョンは確実に何も感じない。不感症か。EDか。違うな。ペレに全力で謝罪したまえ。ともかく、ここはむしろホラーで攻めたほうがいいだろう。どうやら色んなSSで涼宮さんはホラーが苦手設定になっているしな。
怖い場面で涼宮さんが恐怖のあまりキョンに抱きつく。キョンだって標準的な(成績はともかくとして)高校生男子だ。心は鈍感でも肉体は抗えない。これだよ、これ。そんなわけで向かって右からキョン、涼宮さん、阪中さん、僕が並ぶフォーメーションで僕らは座席に腰を落ち着けた。あ、入り口から向かって、って意味だよ。涼宮さんを端っこにするのはなんとなく危険な気がしたためである。万が一関係ない人に抱きついたりされたら後が厄介だしね。
 
映画が始まった。僕は率直に言って映画のことなどどうでもよかったので、絶えず2つ右の席の動向に意識を集中していた。うん、どうやらそこそこ恐怖を感じているようだ。やっぱりな。ツンデレ美少女はホラーに弱い。これはもうお約束だ。スポーツ漫画で日本選抜が選ばれるときは何故か主人公たちと戦った選手ばかりが選ばれるのと同じくらいお約束のパターンなのだ。それにしても、さっきからやたら
「うっ」とか「ヒッ」とかいうのはやめていただけないか。そこまで恐怖を感じるシーンはまだ映っていないような気もするんだが。後ろのおじさんがちょっと咳払いしてるよ。ああっ、目が合ってしまった。うわ、気まずい。
 
いよいよ映画のシーンは山場に入ろうか、というところでついにターゲットが動いた。隣に座ったあの人に抱きついたのだ…!ついに抱きついてしまったか…やれやれ。
……阪中さんに。なんでだよ。キョンに抱きつけよ。正直今の電波団長は普段の谷口並みにKYだね。
せっかく途中までお約束どおりにいっていたのになんでそこで読者と作者を裏切るような真似をするか。
いや、まぁここで意表を突いて阪中さんに抱きつくというシチュエーションも実は既に手垢のついた常套手段だよね。別に肩透かしを食らわせようと思ったわけではないんだ。
しかしこのままでは涼宮さんと阪中さんの百合フラグが立っただけでこの映画館イベントが終わってしまうじゃないか。これは不味い。僕は阪中さんにそっと耳打ちをした。
 
「阪中さん、このままじゃ涼宮さんがキョンに抱きつけない。緊急手段だ」
さて、この後僕が緊急手段として阪中さんに命じた内容を読めば少なからず読者諸氏は僕に対し軽蔑、憤慨、その他マイナスの感情を抱かれるかもしれないが、予めいっておくとこれはあくまでも涼宮さんとキョンとをくっつけるための緊急手段、非常手段であり、そこに一切の僕の邪念、雑念、欲望は含まれていないことをことわっておく。ことわっておいた上で、僕の台詞の続きをお聞きいただこう。
「阪中さん、僕に抱きつくんだ。そうすれば涼宮さんはキョンに抱きつかざるをえなくなるっ…!」
ちなみに今気づいたんだが、「っ…!」だと福本っぽいのに「ッ…!」だと荒木飛呂彦的になるね。
読者諸兄の軽蔑は華麗にスルーして、阪中さんは涼宮さんからすっと身をよじらせるように僕のほうへ身体を寄せてきた。ゴクリ。早く抱きつくんだ。どうした。何をしている。これでは作戦が台無しになる。
阪中さん。阪中。おい、阪中。
僕の胸中で焦りが臨界点寸前まで煮詰められたところで阪中さんが僕にそっと耳打ちする。
 
「別に涼宮さんから抱きつかれない距離にいればいいんだから国木田くんに抱きつく必要はないのね」
 
あ、はい。調子こいてすいませんでした。確かにそれはそうだ。それはそうだが、今PCのモニターの前で何人の国×阪派の涙が流されたと思っているのか。そもそもそんな派閥、このSS作者以外にいるのか。
邪念は横においておくとして、肝心のターゲットは恐怖を共有すべき拠り代を一時的に失ったために、逆サイドの超絶鈍感不感症人間キョンにその拠り所を求めることにしたようだ。ようやく甘SSらしくなってきたじゃないか。いや、別にこれは甘SSではないんですがね。また画面に突然殺人鬼の顔がアップで出てきた瞬間、涼宮さんは声にならない叫びと共にキョンに抱きつき、即座に離れて逡巡した後に再び壮絶な勢いでキョンに抱きついた。(この間0.7秒)キョンはちょっと驚いた様子だったが、ちょっと笑って再び画面に目を投じた。たぶんモノローグで「ハルヒ(こいつ)にも怖いものがあるんだな」とか喋ってるんじゃないかな、と思う。キョンのモノローグは周りの人に聞こえる特殊なモノローグだからな。ある意味不便な能力だよね。AV借りる時とか絶対嫌だろ。
ようやく映画が終わった。お、ちょっとはまんざらでもないような空気が流れ始めてきたじゃないか。
さっきまでの涼宮さんの醜態をからかうキョンと顔を真っ赤にして怒る涼宮さん。うーん、こういう展開がこの作者のSSには欠けていたんだよ。糖分がね。でもまあ本来の趣旨とズレるのであんまり細かい描写はしないことにしよう。僕はコーヒーもSSも苦いくらいが好きなんだ。
「この後はどうするんだ?」
涼宮さんのパンチを肩で受けながらキョンが訊ねてきた。
この後は、いよいよ二人っきりにさせてあげようかな、という予定なんです。うん。僕らは映画館を出て、商店街までやってきた。それでは阪中さん、涼宮さんにあの台詞を言ってあげてください。こっそりと。
「え、えーっとね、私国木田くんと二人にさせて欲しいのね。だから、その…」
そうそう、そのセリフだ。もちろんこのセリフは僕には聞こえていない設定なんだがね。だがこんな台詞を阪中さんに言ってもらえるとは、例え演技でも悪い気はしないな。いや、なぜ演技だと言い切れるのか。
たまたま本音と作戦上の台詞が一致したのかもしれない。道理で演技に熱が入っているわけだ。ふん。
阪中さんの耳打ちを受けるや否や、涼宮さんはキョンの腕をばしっと引っ掴んだ。
「キョン、ちょっとSOS団の活動に必要な物資を買出しにいくわ。ついてきなさい。あ、阪中さんは国木田と二人で適当に回っていてくれる?そうね、1時間くらいしたらまた合流しましょ」
「え、お…おい、ハルヒ?」
見る人が見れば誘拐に見えなくもない勢いでキョンは引っ立てられていった。
 
しばらくカモフラージュのためにぶらぶら歩いたところで僕は携帯電話を取り出す。先んじて涼宮さんとキョンの尾行任務に当たっている谷口と朝倉さんへの通信だ。
「谷口、ターゲットはどこへ行ったかな?」
「えーっと、な。地名がわからん。なあ朝倉、この場所なんて説明すりゃいい?」
ホントに使えないな。こいつ。聞く相手を間違えたようだ。一生の不覚だ。
「あ、そうなのか、わかった。…国木田、今から朝倉が現在地と周辺地図を送信するからそれに従って合流してくれ」
「了解。ターゲットには悟られていないよね?」
「まあな。キョンはともかく涼宮は完全に周りを見てないぜ」
「そうか、すぐに合流するよ」
 
【6】ゲームセンターミッション
 
僕達は近くのデパートのトイレで簡単に着替えと変装を済ませ、二人のいるところへ向かった。
「遅かったな。10レス以上も待たせやがって」
「ごめんごめん。レスってなんだよ?結構遠かったんだ。で、キョンたちは?」
「あそこよ」
朝倉さんが指差した方向には先ほど僕らと別れたばかりの二人が仲良く並んでいる。
「で、どんな話をしている様子だい?」
「お前と阪中のことがメインだな。時々涼宮がキョンにちょっと思わせぶりなことを呟くけど、まあキョンのことだから当然それに気づくはずもねえ。現状はそんなもんだ」
谷口たちは、喫茶店で僕がキョンの服のポケットに忍ばせておいた簡易盗聴器を通じて彼らの話を傍受している。ちなみに簡易盗聴器は僕が日本橋で部品を買って組み立てたものだ。
「おっ、ターゲットが動くぞ」
「よし、追おう」
 
谷口も朝倉さんも変装しているが、朝倉さんの変装は完璧だ。あの青い髪は鬘で隠し、服もいつもと全く違うものを着てもらっている。谷口が眉毛を剃るように言ったところ半殺しになったので、仮にバレるとすれば眉毛からだが…一応眉毛も簡単に毛染めだけはしてもらった。今の朝倉さんは単なる茶髪女子高生にしか見えない。よってターゲットにもっとも近付き得る駒は朝倉さんということになる。頼りにしてるよ。
僕と阪中さんはさっき別れたばかりだということもあり、念には念を入れて少し距離を開けて尾行する。
二人が移動を止めたのを確認し、見つからない位置へこっそりと移動、再び気配をうかがう。
「どうやら、今度はゲーセンに入るみたいなのね」
おやおや。ゲーセンとはね。おそらくこの後の流れとしてはコンビニキャッチャーかUFOキャッチャーでキョンが何か取ってあげて、それを涼宮さんにプレゼントするっていう王道パターンをなぞるつもりだろう。ふん。
間違っても、キョンが格闘ゲームで乱入者をフルボッコにしているのを涼宮さんが傍らで見守る、という状況にはならないはずだ。うん、これもいわゆるお約束だ。
 
キョン、いくらなんでもキャッチャー下手すぎだろう。昔よく一緒にゲーセン通いをしたものだが、ここまで酷いとちょっとびっくりだ。尤も、人により得手不得手はあるとは思うのだが、それにしてもキョンのは酷いな。
だって、とりあえず取りたい人形のところでアームを止められてないし。釣りをしていて自分の服に針を引っ掛けちゃうタイプだな。釣りというのは別に2chでの釣りじゃないから、特に過剰な反応はしないでおいてほしいね。パソコンを前に必死に釣りレスを書き込んでいるキョンなんて想像したくないな。それは古泉くんや長門さんの方がむしろふさわしい。おっと、この場にいない人の悪口は止すことにしよう。
僕は基本的に人の陰で愚痴愚痴言うことは好きじゃないんだ。わかってくれるかな。
 
しかしこのままだとキョンの財布はどんどん軽さを帯び、涼宮さんのキョンに対する評価も下がる一方だ。
既にキョンは500円使っているしな。何らかの策を講じなければ。…やむを得ない。谷口、出番だ。
この作者のSSではいつもその変態性と無能ぶりばかりがクローズアップされ、前回のサミットでも頓珍漢な意見を言って女性全員に軽蔑されるだけ、というあからさまに酷い扱いを受けていた君に名誉挽回のチャンスだ。汚名返上のチャンスだ。ただのアホとして運命を受け入れ生きるか、大事なところではきっちり役に立つ頼りになる奴としてみんなに認識されるか、二つに一つ。ちなみに君に選択権はない。君も男なら聞き分けたまえ。何をためらうのです。
 
そういうわけで僕達は店員に頼んで谷口をバイト役に仕立て上げ、涼宮さんとキョンにアプローチを仕掛けさせることにした。店員に頼んだら当然のごとく渋ったが(というより即刻拒否されたが)、朝倉委員長がご自慢のナイフの刃を撫でながら物憂げな顔をしていた所為か即刻意見を翻した。だから朝倉さん、君のその懇願は懇願じゃなくて恫喝なんだってば。何度言ったらわかるのか。しかし余計な手間が省けたのも事実だね。彼女を味方に引き込んで本当によかった。と、そんなことを書くと朝倉さんの存在意義はそのナイフだけなのかという誤解を招き兼ねないが、まあもちろん谷口なんかよりはずっと有能で様々な工作に対処できる素晴らしい人材だがね。
「もうキョン、いいってば」
「いや、あと200円だけ頼む。もう少しでいけそうなんだ」
まだキョンはやっているのか。凄いな。「もう少しでいけそうなんだ」…なんだか初夜で緊張している新郎の台詞のようだが全くそういったものではないので、くれぐれもそこのところよろしく。それにしても普段は倦怠感を前面に押し出しているのに、変なところでやたら諦めの悪い主人公様だね。キョンの散財を食い止めるためにも谷口、しっかりやってくれ。
 
「うぃーっす。BABABAバイト中~♪」
相変わらずの変な歌を歌いながら谷口はキョン達のほうへ近付いてきた。こいつの作詞作曲センスは異常だ。もちろん褒めているわけじゃないよ。
「おう、谷口。お前、何やってんだ?」
「何って、見ての通りバイト中だ。キョンと涼宮は、今日はデートかなんかか?」
「馬鹿、そんなんじゃないわよ」
「そうだぞ、俺とハルヒはただ単純に…」
「ほーう、そうかい。ところで、今この店ではカップル優待企画をやっていて、カップルがクレーンゲームをやる時にはぬいぐるみをめちゃくちゃ取りやすい場所へ置いてあげるとか、一回分無料とか、そういうサービスをやっているんだけど、二人は恋人じゃないし、紹介するだけ無駄だったようだな」
もちろんそんな優待企画はない。大体カップルを優待するなんて信じられないね。イチャついているだけで幸せな連中に更なる幸せをプレゼントしてどうする。むしろカップルは料金2割増とかの方がよっぽど理に適っていると思うがね。おっと、これは決して僻みではないよ。冷静なる状況分析の結果だ。
「ちょっと、谷口、サービスしなさいよ」
「そうはいっても二人はカップルじゃないんだろ?こっちも商売なんでね。該当者以外の人にまでサービスするほどこっちも善人じゃないわけだ」
「…」
「どうぞごゆっくりー」
「…ま、待ちなさい!」
で、結局どうなったかっていうと、キョンは更にとりやすくなったクレーンゲームで一回分のクレジットをサービスして貰い、再びその諦めの悪さを発揮しているわけである。これだけじゃ分からないよね。
会話の続きを再現してみよう。
 
「…ま、待ちなさい!」
「まだ何か御用ですか?」
「…ったわよ」
「は?」
「わかったわよ、今日だけあたしとコイツは恋人ってことにしとくわ。それでいいでしょ?」
「お、おい、ハルヒ?」
「…」
ちょっと離れた所から見ていたが、この時の谷口のニヤニヤ顔といったら通常時の古泉一樹の数倍は嫌らしさを増した笑顔だったね。分かりにくい例を出すと、遊戯王カードの強欲な壷みたいな顔だ。
…分かりにくいな。方や涼宮さんは顔を真っ赤にして谷口を睨みつけている。谷口がポケモンなら防御力は既に4段階は下げられているはずだ。
「今日だけ、ねぇ…」
「うるさい!そのニヤけた顔やめないと殴り飛ばすわよ。それよりこれでサービスしてもらえるんでしょ」
「はいはい、じゃあ特別にね」
 
そう言って谷口は別の店員を呼んで、配置換え+クレジットの追加をしてもらった。あ、ちなみに余剰クレジットはきっちり僕らの方で払っておいたので安心してください。朝倉委員長にお願いしてもらおうかとも考えたが、それをやったらリアルに恐喝だ。ここは穏便に行こう。穏便にね。
実際は存在しないカップル優待企画によってプレイヤーにとって大変有利なクレーンゲームをプレイできるようになったキョンは、ようやくその戦果をあげることになった。涼宮さんもキョンも喜んでいるな。
勝利までに重ねた敗北は数多かったが、キョンはよく頑張った。うん。涼宮さんもキョンの努力と諦めの悪さを買って、暫くは罰金を免除してやるといい。
 
【7】イレギュラー因子
 
二人はゲーセンから出た。そろそろ僕らと別れて40分くらいになるな。僕と阪中さんはキョンと涼宮さんにそれぞれメールを送る。
「キョン、申し訳ないんだけど、阪中さんとちょっと用事ができたから合流が遅れそうなんだ。涼宮さんと先に帰っててもらってもいいし。ごめんよ」
「涼宮さんのおかげで国木田くんとちょっといい感じなので、今日はこのまま合流しないで二人でいてもいいかな?涼宮さんもキョン君と頑張ってね」
これは当初から計画していた通りだ。わざわざ合流するのも面倒だし、それに僕達二人がそれなりにいい雰囲気になったとなれば当然涼宮さんとキョンも意識せざるを得ないだろう。いや、キョンはどうかわからないな。あの超絶鈍感男は。ああいうタイプは将来女性関係のトラブルで絶対に苦労する。
ま、それはともかく涼宮さんはああ見えて純情な一面もあるからね。あんなトゲトゲしい性格をしていてもやはり女の子だものね。心中はキョンとベタベタしたくてしかたないはずだ。すぐさま返信が来た。
「おう、阪中をちゃんと送ってやれよ。ハルヒの面倒はまあ俺がみておくわ」
「やったわね、阪中さん。あたし達は適当にぶらぶらして帰るから、国木田と仲良くね」
よし、これで残り時間を気にする必要がなくなった。さて、二人はどこへ行くのやら。時刻はいまだ午後の四時前。うら若き男女の逢引が終了するにはちと早すぎる。
 
数分後、二人は商店街のはずれの一軒のケーキショップに入っていった。おいおい、まだ食うのかよ。
年頃の女の子があんまりスイーツを摂取するのは好ましいとはいえないな。キョンは止めるどころか
「今度は俺もパフェ頼もうかな」
とか言っちゃってるし。まあ涼宮さんが仮にジャバ・ザ・ハットくらいブクブクに太ってもキョンが責任をとって嫁に貰ってやれば万事丸くおさまるけれどね。僕なら絶対にごめんだな。僕は大きな溜息をついた。
 
と、その瞬間僕は後ろから何者かに口を抑えつけられた。
 
なんだなんだ、何が起こったんだ。
「お静かに」
耳元で囁かれた瞬間に僕は咄嗟に臀部を、もとい両脚の間の保護を試みた。この生体反応が自然に出るということは相手はおそらくあいつだろう。間違いない。僕は身をよじらせるように口を自由にして、一切の動揺や驚愕、憤慨を隠しながらホモセクシュアリストの疑い強いこの笑顔魔人に話しかけた。いやいや、憂鬱や消失や退屈や暴走や分裂などしていないって。そういう問題じゃない。溜息はほんの少しついたけどね。
「やあ、なんだい?古泉くん。いきなり後ろから押さえつけるなんて物騒だね」
笑顔を崩さず答える僕。すると奴もとびっきりの笑顔でこう言った。
「おやおや、休日に私たちの団長を連れ出して尾行するほうがよほど物騒、いえ悪趣味ですよ」
「ふーん」
「…特に動揺のそぶりも見せていないですね」
「だって、君が今こうして僕を押さえつけているということは、君達も大方涼宮さんを尾行していたんじゃないのかな?自分達の事を棚に上げて悪趣味呼ばわりされてもね」
 
君達、と言った理由はもちろん相手が複数人だったからであり、そうなると古泉一樹は誰かと共に尾行していた、ということになる。古泉一樹が誰かと徒党を組むとしたらその対象は自ずと絞られてくる。
機関とSOS団だ。で、今回はどちらが出てきたのか、と言えばSOS団が出てきたわけだ。
何故機関の連中じゃないかって?まあ彼らは前回の脇役サミットでたっぷり台詞をもらえたわけだし、今回もわざわざ登場させて出番を増やす必要は特にないだろう。特に多丸兄弟なんかどんな役で出せばいいのかさっぱり見当も付かないしね。と、前置きが長くなったがともかく古泉一樹は朝比奈さんと長門さんという二人の女性を連れていた。羨ましすぎるぞ。こういう美味しいところをさらっと持っていくあたりも、こいつのことが気に食わない理由の一端だね。
ちなみに谷口と朝倉さんと阪中さんは突然のことに動揺しているのか、呆気に取られているのか、さっぱり僕を助けてくれない。いざという時に頼りにならない人たちだ。
「これは一本取られました」
そう言って古泉一樹は僕を完全に自由にした。
「実は僕達のほうでもあなたg…」
「ちょっと待つのね」
古泉一樹が説明を始めるや否や、阪中さんがそれを遮った。どうやら動揺による硬直は解けたらしい。
「要するに何らかの手段で今回の私達の作戦を知った古泉くんたちは私達とは別口で涼宮さんとキョン君の尾行を実行した。途中で私達を拘束し、その目的ないし経緯を白状させようとした。そうなのね?」
「おやおや、概要はお見通しというわけですか」
よしよし、よくやった、阪中さん。あいつに説明を始めさせると長ったらしくなるし、あいつばかり目立ってしょうがないからな。極力僕らの方で推理しよう。
「ただ理由に関しては少々齟齬が発生しているようですね。というのh…」
「そこからはあたしが説明するわ」
ナイス朝倉委員長!今日の目標は古泉一樹に二行以上の台詞を喋らせないことだ。
「あたし達がキョンくんたちを尾行している目的や経緯は既に分かっているはず。要するにあたし達を拘束しようとした目的は、あたし達の妨害か協力。協力なら作戦立案直後乃至古泉くんたちがあたし達の作戦を感知した段階であたし達に協力を申し出ればいい。だからあなた達の目的は自ずとあたし達の妨害に限られてくる。どう?」
「そこまでお見通しですか。これは参りましたね。そうです、今回はあなた達の妨害をするたm…」
さあ、今度は順番的に谷口が遮る番だ。危ない危ない、うっかり古泉一樹の台詞が二行目に到達する所だったね。
「その妨害の理由は、古泉、お前がホントは涼宮ハルヒのことが好きだからだろ!違うか!」
 
【8】硬直、そして進展
 
言うまでもないことだが、谷口の台詞の後にはただ沈黙だけが残った。阪中さんや朝倉委員長をはじめ古泉一樹、今回登場したというのにまだ一度も台詞を与えられていない長門さんと朝比奈さんも完全に表情で同じ一つの台詞を表現していたね。僕が代表して心の声に出してみよう。
「こいつ馬鹿じゃねえの?」
空気を読む能力に著しく劣ったかわいそうな友人は沈黙の意味を勘違いしてさらに発言を続ける。
「ふふん、図星だからなんにもいえないってわけだ。どうだ、国木田。古泉一樹はキョンに対する嫉妬の感情から俺達の作戦を邪魔しようとしたに違いないぜ!!」
 
いい加減、全員が谷口の情報結合解除をしたくてしょうがなくなってきたところで、長門さんが谷口に当身を食らわした。怖ぇぇ… ホントに情報結合の解除が行なわれてもおかしくないレベルだったね。
「涼宮ハルヒと『彼』の恋愛が成就するのは私達の願望でもある。要するに手段に問題があった」
ようやく初めての台詞を喋って長門さんは心なしか嬉しそうな顔をしている。まあ台詞は一行未満だったし大目に見るとしようか。
「実はあたし達も、同じような作戦を立案していたんです。それも明日に」
なんと。明日同じような作戦を立案とは…これはびっくりだ。エクスデスを倒したと思ったらネオエクスデスが出てきた時くらいびっくりだ。ん、作者は子供心にかなりびっくりしていたんだよ。あまり子供の驚愕の閾値についてあれこれと批評するのはやめてほしいね。
「僕達の作戦は完全に完璧と呼べる内容のものでした。しかし前日にあなた方が中途半端な作s…」
「中途半端な作戦を実行されると翌日の君達の作戦に多大な支障をきたす、ということかい」
「そうです。もう少し喋らせていただいても良さそうなものですが…」
ええい、五月蠅い。大体、この僕達の作戦が中途半端とは聞き捨てならないな。
「じゃあ大体どこの辺りが中途半端だったのか僕が説明して差し上げましょう」
「いや、大丈夫。古泉くんは今日は解説役は休んでいいから。じゃあ朝倉委員長、頼む」
古泉一樹の満面の笑みに若干の翳りが差したことは気にも留めず、僕は朝倉さんを促した。
 
「そうねー、まず喫茶店。あの程度のことは普段のSOS団の活動でも容易に起こり得る内容だから、特に意識して隣に座らせたり間接キスについて効果を要求するのは無・駄・な・の。それから映画館。キョンくんに抱きつかせるのはまあうまくいったけど、あそこは映画が終わった後にもっと食いついていいところ。あの後でお互いにからかいあって、国木田くんあたりが『あはは、まるでダブルデートをしているみたいだね』とか『キョンもちょっと震えて涼宮さんに掴まれた手で涼宮さんに逆に寄りかかっていたし』とかなんとか言っちゃえば、もう少し二人は意識しあったかも。あ、これは阪中さんが言う方が効果的かもね。それからゲーセンの件。古泉くんたちの作戦では『機関』の力を使って、全く面識のない店員役を用意することも可能だったはず。あそこで谷口くんを出すのは、うまく行けばかなりの効果を発揮するけど、かなり危険だよね。それから根本的なところは、あたし以外の三人の尾行が下手すぎること。こんなところかな」
 
なんと、鍵括弧のついた台詞としては本作最長の台詞を喋ってしまったよ、この委員長は。そういわれると何点か反省すべき点はあるね。しかし、そこまで欠点をあげつらえるなら立案の段階で指摘しておけよ、といいたい。それもこれも、作者が安易な考えでSOS団の台詞を一行以内に抑えようと目論むことに起因した悲劇なのである。ここは朝倉委員長らが古泉一樹の思考をサイコメトリーによって読んだとでもして、話を進めてしまおう。もしくは読者諸兄が納得のいく解釈を適当に当て嵌めて頂くのも大変結構だ。
「そこまで理解していらっしゃるとは。それなら話は早いですね」
「要するに今後更なる失敗を重ねる前に計画を中断させ、私達の計画を延期する」
「だからこんな手荒な真似をしちゃったんです。すみませーん…」
朝比奈さんに謝られると怒りなどは用意に吹っ飛んでしまうものだ。くっ、やむを得まい。とりあえず今日のところはこの作戦を中断して、また後日作戦を一から練り直すか…
「おーい、お前らなにやってんだ?」
 
【9】罠
 
しまった。この声はキョン…!!古泉一樹に拘束されているうちにターゲットを見失い、あまつさえ逆に発見されてしまうとは不覚!
「国木田に阪中に谷口、朝倉、古泉に長門、朝比奈さんまでいるのか」
「う、うん。阪中さんと二人で商店街を周っていたら谷口と朝倉さんが歩いているのに会ってね」
「谷口、あんたゲーセンでバイトしてたじゃない」
「バババ…バイトが終わって店を出たら、たまたま朝倉と会ったんだよ」
「お前達三人は?まさか俺達をつけていたんじゃないだろうな」
「まさか、今日は活動もなく暇なもので、あなたと涼宮さん以外のお二人とウインドウショッピングを楽しんでいただけのことですよ」
これだけの人数が偶然的に遭遇するのははっきり言って宝くじの一等を当てるくらい低確率だと思うのだが…それでもキョンと涼宮さんは気づいていない様子だ。なんて能天気な二人だろう。ちなみに今、古泉一樹の台詞がついに二行目に突入してしまった。涙を禁じえない。
その時、僕の頭の中でひとつの考えが閃光の如くよぎった。
 
「あれ、古泉くん。さっき『僕達は涼宮さんと彼を尾行しているところですよ』っていってなかったかな?あ、これ言っちゃ不味かった?」
瞬間、古泉一樹の顔がさらなる翳りを湛えた。
「いえ、国木田くん、ですk…」
「おかしい。私と朝比奈みくるはショッピングと言われてきた」
「そうですよね、長門さん。国木田くん、心外だな。僕達が尾行なんてことをするはz…」
「これは古泉一樹の陰謀。私と朝比奈みくるは巻き込まれただけ」
「そんな、長門さん…」
古泉一樹はもう完全にパニクっている。よくやった、長門さん。大手柄だ。
「古泉くん、どういうことかしら?」
ほらほら、カチューシャお化けも血管を浮き上がらせて怒っているよ。
 
「そ、そういえば国木田くんと阪中さんも二人を尾行していたじゃないですか」
お、悪あがきかな?しかし古泉一樹の返答パターンは既に予想できている。
「僕達が尾行していたとして、あなた達が僕達と出会うのはおかしくないですかね?」
「僕達は今日涼宮さんとキョンと四人で遊んでいたんだよ。もし尾行して居場所を突き止めたいなら別れる必要はないんじゃないかな?」
「く…そうだ、谷口くんはゲーセンでバイトしていたようですが、二度も遭遇するのは出来過ぎていませんか?」
「あれ、どうして古泉くんは谷口がゲーセンでバイトしていたことを知っているのかな?まだ僕達はそんなことは一言も言っていないはずだけど…」
完全に勝負あったな。
 
突如、古泉一樹の携帯が着信を知らせてきた。
「え、は、はい。わかりました。すぐに向かいます」
プツッ、プー、プー、プー
「大変申し訳ないのですが急にバイトが入ってしまいました。この話はまたいずれ」
そういうと古泉一樹は脱兎の如く走って逃げていった。フフフ、どうということはないね。思えばこれは最初にして最大の勝利だな。あのよくくっちゃべる笑顔のマスク野郎も、今回ばかりはその仮面が剥がれつつあったものね。いやあ、爽快な気分だ。結果としてキョンと涼宮さんをくっつける作戦は失敗に終わったが、古泉一樹を罠にかけることができただけで今日は満足だ。
 
「二人を邪魔したんじゃないかと心配だよ」
「国木田、お前も古泉と同じようなことを言いやがって。そんなんじゃねーっての」
「じゃ、僕達はそろそろ帰らせてもらうね」
「おう、さっきも言ったが阪中をきちんと送っていけよ」
僕達はキョンたちに別れを告げ、再び作戦参加要員の4人が残った。
 
【10】作戦終了
 
「とりあえず、今日は作戦の成就には至らなかったけど大きな一つの勝利を得た。そういうわけで今日はこれ以上の戦果を期待せずに、解散することにしようか」
「そうね。昼ごはんもろくに食べていないからおなかがぺこぺこなのね」
「それでは解散!」
こうして4人の勇士たちは各々の帰路へと付いていった。これは甘SSではないから阪中さんの告白イベントや朝倉委員長の誘惑などは起きなかった。期待した諸君には心よりお詫びしたい。
 
あらためて反省してみると、確かに今回の作戦には不十分な点は多かったかもしれない。しかしこの失敗はいずれまた遂行されるであろう作戦の糧になるだろう。今日は他にも色々な成果があったからな。僕に身を摺り寄せる阪中さん、喫茶店で僕の目と鼻の先の距離に座っていた阪中さん。うーん、決して邪な意味ではなく、大変今日は楽しめた。それにまだ読者諸兄にはお伝えしていない今日の戦果があるのだ。
どんな戦果かって?これを言うと読者諸兄が再び僕に対して幾ばくかの軽蔑を覚えやしないかと心配だが、ずっと内緒にしたままでいるのは皆さんに失礼だ。すなわち…
 
その瞬間、僕の耳元でイヤホンがけたたましい音を発した。
「国木田くん、あたしのポケットに盗聴器を忘れていっちゃ駄目なのね」
一瞬のノイズ音の後に、イヤホンからは永久に音が聞こえなくなった。
 
くそっ、なんたることだ。いや、決して意図的に盗聴器を忍ばせたわけじゃない。僕にだってそれくらいの分別はついているのさ。単純にうっかり忘れただけだ。本当にそうなんだ。
たまには不注意から失敗もする。国木田という男はそんなお茶目な男なのだ。

 


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