第二十七章 エピローグ
 
一般的な日本の常識で花見と言えば、3月中旬から4月中旬にかけてのイベントであることに何の疑問の持たなかった数年前の俺を誰が責められよう。確かに今は4月ではあるのだが、既に日本全国の誰もが待ちわびていた大型連休に突入しており、今日はその2日目だ。桜の花びらが舞い散る中、俺は「新入生歓迎!」とでかでかと書かれた横断幕の花見の席の中にいた。
既に宴が始まって3時間。宴の一部はもう大変な事になっている。
大声で談笑しながら新一年生達のコップに酒を注ぎまくる2年3年の男子学生達。女性が少ない学部だからか女子新入生の周りを、学年を問わず男子学生が取り巻いていた。逆に、その数少ない2年3年の女子学生達は品定めをするように男子新入生を遠巻きに眺めながら、そっちはそっちで盛り上がっていた。
 
俺はそんな光景を眺めながら喧噪からちょっと離れた場所に座り、ウーロン茶を飲んでいた。
 
「なに、黄昏れてんのよ、キョン?」
さっきまで向こうでカラオケマイクを離さなかった女子新入生が、こちらにやってきた。もちろんハルヒだ。
「新入生歓迎の宴なんだから、アンタもぱーっとやりなさいよ!」
酒のせいか、ほんのり頬が赤くなったハルヒが俺の鼻先に人差し指を突きつけた。
……やっぱり酔ってやがる。ふらふらと、その指先が定まらない。
 
「お前酔ってるだろ?大概にしておけよ。大体お前未成年だろうが」
「酔ってるわけ無いじゃない。それにこの場のノリでちょこっと飲んだだけよ。ビールを3リットルくらい」
……飲み過ぎだっつーの。いや、これ以上呑ませたらまずいな。
何とかしないと、俺に被害が及んでくるのは確実だ。
 
「う~ん、キョン!ノリ悪いわよ!こんな無礼講の宴の時はもっとノリが良くなきゃダメ!アンタがイマイチノリが悪いから、アタシも今日はあんまりテンション上がらないんだから」
待て、さっきまでマイクを離さずに、しかも歌いながら完璧なダンスを披露していた2人組の女性は、お前と長門以外の誰だと言うんだ?2年3年はともかく、新入生はドン引きしてたぞ?
「ノリ悪いのよね~~、今年の新入生は」
お前は上級生じゃないだろ?なんだその先輩目線は?
……と突っ込みを入れようとした俺の目に、空中に浮かんだハルヒが映った。
「なっ……」
こちらに飛び込んでくるハルヒを受け止めようとして支えきれず、俺は背にしていた桜の木に、後頭部をしたたかに打ち付けた。痛え。
 
おい!と少々怒気の孕んだ声が出かけたが、胸元から聞こえるハルヒの声で俺は言葉を飲み込んだ。
「……キョン……本物なんだよね?あたしの夢じゃないよね?……もう、あたしの前から居なくなったりはしないよね?」
……ああ。俺はずっとお前の側にいるさ。だから、安心しろ。
「……うん。安心した。好き」
ぎゅっと俺を抱きしめてくるハルヒ。俺のハルヒの体に手を回して……と、そこで我に返った。慌てて周りを見回すと、さっきの大騒ぎの宴会はどこへやら、新入生2年生3年生教授連の皆様が、固唾をのんでこちらを見ていた。俺の視線に気づくと、慌てて目を逸らす新入生、にやにや笑っている2年3年生。ヒューヒューと指笛を吹き出す奴もいる。「若いって良いですなあ」と言った感じで生暖かい目で見守る教授陣。
何だってんだ、まったく。
 
「おい、古泉、長門」
ハルヒが俺に抱きつき、胸に顔を埋めながらうにゃうにゃ何か言っているのをとりあえず無視して、宴の中に鎮座している二人に声を掛けた。かなり呑んでいるのも関わらず顔色一つ変えていない長門と、若干服装が乱れつつも、いつものスマイルを顔に貼り付けた古泉がやってくる。
 
「これはこれは。涼宮さんの乱れ模様を僕たちに観賞させて頂けるとは。眼福です」
「感情制御部にエラー発生、除去作業開始」
……何言ってるんだお前ら?それよりもコイツを何とかしてくれ。
「ふふ、判りました。僕と長門さんから幹事の方に言っておきますので、あなた方は先にお帰り下さい」
え?良いのか?でも、この宴会はこの後も続くんだろ?お前ら大丈夫なのか?
「あれから『機関』で鍛えられましたしね。この位は大丈夫ですよ」
「……その辺は旨くやる」
そ、そうか。スマン。いつもお前らには迷惑ばかり掛けてるな。この埋め合わせはきっとするから。
いつの間にか寝てしまったハルヒを背中に乗せ、俺は花見会場を後にした。
「エラー発生、除去作業開始。再びエラー発生、除去作業開始……」
ぶつぶつ何かを呟いていた長門が古泉に引きずられるように宴会会場に戻るのと同時に、その場に再び喧噪が戻った。
 
「ハルヒ、大丈夫か?」
公園の駐車場に着いた俺は、親父から借りた高級自家用車の助手席にハルヒを降ろし、声を掛けた。急性アル中とかになったらマズイしな。まあ、コイツの場合はそんな心配は無用かもしれんが。
「……ん……」
熟睡していたように見えたハルヒが、突然大きく伸びをしながら目を開けた。ふう、と一息つき、俺の顔を見上げた。
「……作戦成功ってところね」
は?何言ってるんだお前?作戦って何だよ?
「いいから。さっさと車出しなさい」
 
公園駐車場を抜け出し何となくあたりを流しながら、気になっていたさっきのハルヒの台詞の意味を聞いた。
なあ、作戦って何のことだ?
「……アタシがこの大学に入ってから、何人の男に声掛けられたか知ってる?」
は?いや、判らん。
「2週間で18人よ?全部振ってやったけど」
18人?多すぎだぞ、それ。
「アンタや古泉君や有希と一緒にいるときは近寄ってこないのよ。でも登下校の時とか、何かの拍子に一人になった時は、必ず声掛けられてたわ」
確かにハルヒは美人だ。かつて北高時代「性格さえ良ければ完璧」と言われていたハルヒが、更に数年を経て年相応の色気が追加されているのだ。初めてコイツを見る男どもが、こぞってハルヒに交際を申し込んだとしても不思議ではない……振られた連中の冥福を祈る。
「だからね、もう決着付けたかったのよ」
なるほどね。で、アレが決着ですか。
「そ。皆のいる前で、アタシとアンタが恋人になったって事を見せれば、もうアタシに声掛けてくることはなくなるでしょ?それが今回の作戦よ」
はあ、そうですか。
「古泉君と有希には迷惑掛けちゃったけど……後で謝っておくわ」
いや、多分あいつらは判ってたと思うぜ。何となくだがな。
 
「ところでキョン。これからどうするの?」
「あー、そうだな。お前の酔いが覚めるまで、適当に流していようかと思ったんだが」
「……あれ?!もしかしてキョン、酔っぱらい運転してるんじゃないでしょうね?」
「ウーロン茶だけで、酒は飲んでない。つーか、呑まないためにわざわざ親父から車を借りてきたんだがな」
「え……呑まないだけなら、何時のもスクーターでも良かったんじゃない?」
「馬鹿たれ。少しは察しろよ」
 
その言葉をちょっと考えたハルヒは、酔いの赤みとは明らかに違う赤みを頬に加え、バカ、と呟いた。
 
少しの沈黙の後、ハルヒは俺の大好きな100Wの笑顔でこちらを向いた。
「キョン、これからドライブ行かない?」
「これからか?まあ、元々そのつもりだったからな。で、どこに行きたいんだ?」
「不思議探索!アンタとは暫くやってなかったし、ここでは初めてだわ!きっと不思議も油断しているに違いないわ!」
おいおい、マジかよ……とも思ったが、心底嬉しそうな顔でこんな事を言われたら、な。
「手始めにはまず、ツチノコね!今の時期は冬眠から醒めたばかりのツチノコが、餌を探してきっと山の中に一杯居るに違いないわ!まず手始めにツチノコを探しましょ!」
……マジで?ツチノコなんて山の奥の奥に行かないと見つけられないんじゃないか?
「こっちじゃバチヘビって言うんだっけ?昔マンガで見たわ。ってことは、県南の山林ね。キョン、目的地は県南!待ってなさいバチヘビ!このあたしが……」
 
助手席で一人で盛り上がっているハルヒに、心の中で「やれやれ」といつもの台詞を呟きながら俺は、高速道路のインターチェンジにハンドルを切った。高速のチケットを取り、誘導路から本線に向けて加速する。
 
助手席のハルヒが、俺に向けて100W、いや10000Wの微笑みを投げかけてくる。
 
そうだな。俺もこの微笑みに答えなきゃな。
 
こいつは、俺に自分の未来を預けてくれた。だったら、それに答えなきゃならんだろ、男ならな。
 
これからどうなるかなんて、まだ全然判らない。でも、コイツの泣き顔だけは見たくない。
 
俺が見たいのは、コイツの10000Wの笑顔なんだ。
 
だから……
 
ハルヒ。これからもずっと、よろしくな。
 
そんな俺の気持ちに答えるように、車は本線に向けて軽々と加速していった。
 
 
遠距離恋愛        END
 
 
 


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