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教科書文通の後日談になります。
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「長門さん。 その件で、お話があります。 聞いて、くださいますか。」

 あの日の、あの雨の日の古泉一樹の台詞が頭から離れない。 他のことを考えていても、気がつくとあの台詞が耳に響く。 彼が隣にいない今でも、その声はわたしの鼓膜を打っている、様に感じる。 これは何? 幻聴? エラー?

「長門さん、 僕はずっとあなたが僕の教科書にお書きになった「良好な関係」について、ずっと考えていました。」

 真っ直ぐな瞳だった。 元々古泉一樹は人の目を見て話すタイプの人間ではあったが、 最近は誤解を防ぐためか、はたまた他の理由からか、あまり目をあわそうとはしていなかった。
 
 が、あの日は違った。 あの雨の日。 古泉一樹とより「良好な関係」を築きたいとあのまじないを決行した日。 まっすぐ、まっすぐにわたしの瞳を見つめていたのだ。 まっすぐ、まっすぐ真剣なまなざしで。 そのまなざしに感じるエラーは、不可思議な熱を孕んでいて、痛いほどに心地よかった。

「……でも、結局、僕にはそれが友人としてのそれなのか、また別のものなのか、未だ見当が付きません。」 

心拍数の上昇、体が熱を持ち、目がくらむような、感情。 エラー、エラー、エラー。 今までにないエラー。 〝彼〟には感じない感情。 〝彼〟に感じるのは安心、安らぎ、不安要素がない。 信頼と憧れ。 尊敬もあるかもしれない。 しかし、古泉一樹に感じるのは昂揚、心配、不安要素ばかり。  誰かが古泉一樹を傷つけるのを許せないと感じると同時に、何故かわたしの中に存在する古泉一樹への加虐心。

「未だ見当が付かないという表現は、適切ではないかもしれません。 僕は決め付けてしまうのが怖かったのです。  夢を見たかったのかもしれません。 諦めたくなくて、目をそらしていたのです。」

 あの雨の日のまっすぐな瞳と、あたしを濡らすまいと傘を傾けてしまったために濡れてしまった髪、真剣な声音。 〝彼〟には感じない、走り出す緊張感。 体全体が凍った様に動かない。 雨の音が、遠く聞こえる。 すぐ傍を滴り落ちているのに。

「期待していたのです。 あなたが言う「良好な関係」が友情以外の、僕があなたに望んでしまったものであるといいなと。」

 友情以外の、「良好な関係」。 私が望んでいたものはこれ? 古泉一樹を独占したい。私だけを見て欲しいという感情。 古泉一樹に幸せになって欲しいという感情。 それなのに、彼をほんの少し、困らせたいという感情。 これは何? 

「言おうか、言うまいか、悩みました。 色々考えて、色々悩んで、諦めようかとも思いました。 逃げ出そうともしました。 でも、やっぱり逃げるほどの勇気も諦める覚悟も僕にはありませんでした。 しかし、勇気や覚悟なしに今の状況を変えることは出来ません。 やはり、勇気と覚悟が必要です。 ですから、どうせ出す勇気と覚悟なら、伝えることに対する勇気とそれに伴うことへの覚悟をとろうと思ったのです。 あなたにとっては、ご迷惑なものかもしれません。 僕への信頼を、裏切る行為かもしれません。でも、どうしても、古泉一樹としてあなたにお伝えしたいことがあります。」

そう言って、覚悟を決めるように息を吸いなおした古泉一樹が発した、高くも低くもない耳に残る声がつむいだ台詞が、頭から離れない。

「好きです。 僕、古泉一樹は、あなた、長門有希が、好きです。 どうしても、これだけは伝えたかった。」

 好き、すき、スキ? like? と、返したわたしに古泉一樹は焦ったように言いなおした。 その時の焦った表情が何故か好ましい。

「likeではなく、loveです。 僕は、女性として、長門さんが好きなんです。」

「女性として? それはどういう意味?」

「え……? その、どう表現したらよいか……その……ええと……つまり、僕はあなたに恋愛感情を抱いている、ということです。」

「恋愛感情?」 

「その人に幸せになってもらいたい、その人の隣にいたい、その人と一緒にいると幸せだと思える感情です。 涼宮さんと〝彼〟の間にある感情と同じです。 僕は、あなたに恋をしているのです。」

 涼宮ハルヒと〝彼〟の間にある感情。  そう聞いて真っ先に浮かんだのは、楽しそうに笑う涼宮ハルヒを盗み見る際の〝彼〟の穏やかな笑みだった。 次に、チェスで古泉一樹を劣勢に追い込む〝彼〟を盗み見る涼宮ハルヒの照れたような笑顔。 〝彼〟から伸びる涼宮ハルヒへの庇護欲や涼宮ハルヒから伸びる〝彼〟への独占欲。 それが、わたしに向けられている? 古泉一樹から? わたしが、古泉一樹へ感じるそれと同じ感情が、恋だというのだろうか。 

                  ☆★☆

「長門さん? なーがーとーさん! な・が・とさん!」

 あの雨の日の記憶を彷徨っていたわたしを北高の2年6組の教室へと連れ戻したのは、山田みさきだった。 パーソナルネーム、山田みさきは、私が所属する2年6組の女生徒。 私の隣の席に座しており、大した用もないのによく話しかけてくる、変わり者。 本人曰く、おせっかいキャラ、らしい。 わたしに、「良好な関係」を築くためのまじないを教授したのも、彼女。

「……何?」

「もう授業終わったよ? 次移動教室だからさ、一緒いこ。」

「了解した。」

 山田みさきの言葉にわたしは頷く。 いつの間に2限目が終わっていたのかは不明だがわたしはずっと考え込んでいたらしい。 これはおそらく、あの雨の日の古泉一樹の台詞のせい。 心がかき乱される。 エラー。 でも、悪くない。 

 いつもの様に双子の兄がやかましいだの、数学の教師が好ましいだの
取り留めのない話題を振る山田みさきの話に頷きながら、わたしたちは教室を出た。

 次の授業が行われる生物室へ向う廊下で、話に聞くだけだった山田みさきの兄に背中を押されながら、 古泉一樹がわたしを海沿いにあるという水族園に行かないかと誘いをかけたのは、その直後。

 

<水族館へ行こうへ続く>

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