昼過ぎ、もうそろそろ日が沈もうかというところ。勢い良くドアを開けて、ハルヒが部室に入ってきた。
「あれ、キョンだけ?」
「そうらしい」
幾度となく繰り返された応酬。普段ならそのまま鞄を振り回しながら指定席へと流れ込んでいくのだが、今日は違った。
「……それ、どうしたの?」
俺が抱え込んでいる茶色のアコースティックギターに視線を奪われるハルヒ。
俺は錆びた弦を指で叩きながら返事をした。
「部室に置いてあったぞ。お前が持ってきたんじゃないのか?」
「覚えがないわね……っていうか、あんた楽器弾けないんじゃなかったっけ」
「あぁ、弾けない」
俺は右手を振って弦をかき鳴らす。嫌な不協和音が部室に響いた。
俺は肩をすくめてハルヒを見る。

鞄を机に置くと、ハルヒが俺の方へ、いやギターの方へ寄ってきた。
「何よコレ。チューニングがばらばらじゃない」
そう言って俺からギターをひったくると、すぐ側の椅子に座ってなにやら先っぽを弄り始めた。
上のほうから一本一本弦をはじき、音を揃えていく。手馴れたもんだ。
「はい、まぁこんなもんでいいわ。弾いてみなさいよ、さっきよりはマシになってるはずだから」
奪われたギターはすぐに返ってきた。恐る恐る弦に手を伸ばし、弦に触れる。
適当に右手を振ってみるが、鳴るのはやはり不協和音。

「はぁ」
ハルヒは溜息をついて椅子を立ち、俺の後ろにまわる。
「おい、何するつもりだ」
「いいから」
そして俺の左手――先程から弦の上でふらふらしている――を取って、茶色くて細長い板の上に押し付けた。
「ネックって言うのよ。ここをちゃんと押さえないと綺麗な音は出ないわ」
ぶっきらぼうな声は俺の左肩のすぐ上にある。吐息が僅かに耳を掠めた。
「カンタンなのからはじめましょう。まず、人差し指はここ。それで、中指はここ。薬指がここね」
俺はハルヒにされるがままに左手を動かす。握られた指がじわりと温まる。
「それから、右手。さっきまでやってた風に」
俺は右手を振って弦をかき鳴らす。今度は不協和音じゃない。どこかで聞いたことがある綺麗な和音だ。

「Cコードっていうのよ」
「なるほど」
俺はそのまま弦をかき鳴らし続ける。暫く続けていると、初めのうちは綺麗な音が出ていたが
そのうち音がどんどん弱くなっていく。
「どうなってんだ」
隣で見ていたハルヒが俺の左手を覗き込む。
「あ、だめじゃない。ちゃんと指を立てておかないと。隣の弦に指が当たって綺麗に音が出ないわ」
「……なるほど」
ハルヒの言うとおりに指を立ててやってみる。指先が少し痛いが、先刻と同じような、綺麗な和音が響く。

「ちょっと貸してちょうだい」
一通り楽しんだ俺からギターを奪うと、ハルヒは椅子にどっかと座ってギターを爪弾きはじめる。
これまたどこかで聞いたことのあるような、哀愁を湛えたメロディー。
「何の曲だ?」
「……天国への階段。レッドツェッペリンって言っても、分かんないかしら」
俺はそのままハルヒの演奏をぼんやりと聞き続けていた。
ハルヒは下を向いてネックとやらをじっと見つめたまま、それに没頭している。
「上手いもんだな」
自然に声が出た。
「まぁ、あんたよりはね」

ぶっきらぼうなままの声のハルヒ。だが、俺は知っている。ドアを勢い良く開けて入ってきたとき、
いや、俺が抱えているギターを見たときだろうか。仏頂面のお前の目が、ほんの一瞬だけ輝いていたことを。
なぁ、ハルヒ。髪が垂れてて表情は見えないが、きっと今、お前は笑っているんだろう?


終わり

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