ハルヒのようなタイプの人間が爆弾に喩えられるのはよくあることだ。
 時限式、地雷式、投擲式……様々な種類の爆弾があるが、残念ながらハルヒはそのどれにも分類することが出来ない。
 ……何故かって?
 それは毎回毎回違う形で爆発するからだ。対応する側にしてみれば厄介なことこの上ない。
 ……今回、起爆装置を発動させたのは俺だが……どうやら今度は時限式だったらしい。
 
 SOS団の放課後の活動が休止になって三日目。例のグラビア事件の日から始まった突然の休暇は俺を戦々恐々とさせた。
 何かが起こる。しかし、何かは分からない。
 俺の不安をよそに至って普通に過ごすハルヒだが、その姿を見て「心配し過ぎか」、なんて楽観視するほど俺たちの付き合いは浅くない。何もせずに終わるヤツじゃないことは痛いほど理解している。
 そんな、執行日の訪れを恐れる死刑囚のような気持ちで日常を過ごしていると、古泉がこんな話を持ち掛けてきた。
「そう気負ってばかりでは精神的に参ってしまいますよ……どうです?気晴らしに僕の家にでも遊びに来てみませんか?」
 気晴らしになるかどうかは別として、古泉の家と聞いて興味を引かれた俺は、誘われるがままに古泉のマンションを訪れていた。
 
 
「しかし……機関ってのは金が余ってるのか?やたらと高そうなマンションだが」
「涼宮さんの監視というのは機関内でも最重要任務の一つですから。それなりに優遇されていましてね」
 こいつと言い、長門と言い羨ましい限りだ。俺もハルヒに振り回される立場なんだから、こんなマンションで一人暮らしをしてみたいもんだな。
「ここの家賃の一部は閉鎖空間でのバイト代に含まれていますが……代わってみますか?」
 いや、言ってみただけだ。代わろうとして代われるものでもないしな。なにより、俺は今の巻き込まれがちな傍観者以上の立場になるつもりはない。
「そうですか、それは残念です」
 そう言いながらも、俺の言葉に満足そうな微笑を浮かべていた古泉だが、マンションの扉に鍵を挿し込んだ瞬間、シリアスな表情に早変わりした。
「……誰かが侵入した形跡がありますね」
「……は?」
「出掛ける際に蝶番に仕込んだシャーペンの芯が折れています」
 お前はどこの死亡ノート所持者だよ?と、突っ込みそうになったが……考えてみれば、こいつは敵対組織持ちの立派な非日常世界の住人だったな。
「いえ、あの漫画を見て始めた習慣です」
 ……そうか。
「中にはいないみたいですが……念のため少し様子を見てきます。ここで待っていて下さい」
 俺の生暖かい視線をスルーした古泉が部屋に入ったところで、俺の携帯が着信を知らせた。
 相手は……谷口?
「もしもし?」
『キョンか!?た、た、大変なんだ!』
「事情は分からんが、まずは落ち着け。どうしたんだ?何かあったのか?」
『涼宮が……』
「ハルヒが?」
 
 
『涼宮が……俺の秘蔵写真集、DVD、その他諸々全部持って行っちまった!!』
 
 
「は……?」
『涼宮のヤツ、俺がいない間にお袋を丸め込んで、勝手に部屋に入ったみたいなんだ!』
 それが一体どういうことなのかを頭が理解するより先に、今度は古泉の叫びが室内から聞こえた。
「た、大変です!!」
 ……こっちもか。
「どうした?グラビア写真集やDVDがごっそりなくなってたりしたのか?」
 と、今しがた聞いた状況をそっくりそのまま言ってやった。
「……なんで分かったんですか?」
 ……おいおい。
『まさか……そっちにも被害があったのか!?』
「あぁ、今古泉の部屋に来てるんだが……状況は同じらしいな」
「状況は同じとはどう言うことです!?」
 耳元と目の前でギャーギャーと喚いている友人たちとは裏腹に、俺の思考は次第に落ち着いていった。
 ……予感があったせいだろうか?俺は驚くほどあっさりと、その事実を受け入れることが出来た。
 
 
 ……ハルヒの逆襲が始まった……ってことを。
 
 
「……つまり、先日のグラビアの一件の報復に、涼宮さんは我々のコレクションを没収して回っている、と?」
「そういうことだろう」
「……そんな、なんて悪逆非道な真似を!」
 確かに……思春期の男からエロを奪うなんて鬼畜にもほどがある。
「……やけに落ち着いてますね?あなたも被害に遭う可能性……というよりも、あなたは涼宮さんの復讐リストのトップに名前がある気がしますが」
「まぁ、俺はオープンエロの谷口や一人暮らしのお前と違って、隠し場所には気を遣ってるからな」
 毎日勝手に部屋を掃除している母親にさえバレてない自信がある。
「ハルヒが乗り込んだとしても、一部以外は没収される危険は低いだろう」
「凄い自信ですね」
「青少年として当然の嗜みだ」
 ……しかし、相手はあのハルヒだ。用心に越したことはない……ここは一度家に戻るべきか。
 いよいよ動き始めたハルヒにどう対応すべきか考えていると、再び携帯が鳴った。
「……」
 ディスプレイに表示された名前は、今一番話したくて、今一番話したくない相手だ。
「……ハルヒからだ」
「……来ましたか」
 俺は大きく息を吐いてから、通話ボタンを押した。
『もしもし?キョン?』
「あぁ……やってくれたな、ハルヒ。まさかお前がそこまで鬼畜だとは思わなかったよ」
 俺は最初から本題を切り出した。何のことかなんて説明する気もないし、させる気もないだろう。
『ふん。ああいったモノを見てるからあんな破廉恥な真似が平気で出来るのよ。これを機に少しは煩悩を捨て去りなさい!』
 ビシッと指を突き出している姿が想像出来る、いつものハルヒらしい啖呵だが……。
「そんなことを言って、俺の分は回収出来たのか?」
 この短時間で俺のコレクションを全て回収するなんてことは、諸葛亮か司馬懿クラスじゃなきゃ不可能だ。
 俺がそう言うと、ハルヒは楽しそうに、ふふんと鼻で笑った。
『ベランダから外を見てみなさい』
「ベランダ?」
 言われるがままにベランダに出てみると、マンションの入り口付近に立っているハルヒが見えた。その足元には没収したブツが入っていると思われるダンボール箱がある。
 そして、ハルヒがそこから取り出したのは……。
「……そんな馬鹿な」
 ……紛れもなく俺がコレクションを入れていた紙袋で……しかも、一番厳重に隠していたブツだ……。
「お前……どうやってそれを!?」
『あんたのお母さんが全部教えてくれたわよ?隠し場所』
「…………」
 あ、全てお見通しだった訳ですね、マイマザー……。
「……いかん、死にたくなってきた」
「しっかりして下さい!今問題なのはそこではありませんよ!」
 ふらふらと床に膝を着きそうになったところを古泉に支えられる。
 ……そうだ。まだ倒れる訳にはいかない。
 奪われてしまったのならば返還を求めるまでだ。
「おい、ハルヒ。流石に今回はやり過ぎだ。お前に何の権利があって俺たちの私物を没収してるんだ?」
『あら?ちゃんと話をしたらお母さんたちは快く了承してくれたわよ?ちなみに古泉君は森さんね。有希が連絡取ってくれたわ』
 ふとハルヒの後ろを見ると、軽自動車の運転席からにこやかに手を振る森さんがいた。
 古泉の部屋まで陥落していたのはそういう理由か……。
「それにしてもだな……」
『年齢的にまずいモノもあるわね?』
「う……」
 痛いところを突きやがる……。
『あんたたちがまともな人間に更正するまで、これらは森さんに預かって貰うわ』
 まるで俺たちが罪人か何かみたいな言い草だな……。
 ……だが、一人の男として、その言い分を認める訳にはいかない。
「ハルヒ、お前は何も分かっちゃいない。俺たちぐらいの歳の男にとってエロは普通のことなんだ。中学生の女子みたいなこと言ってないで返してくれ」
 しかし、俺の言葉が癪に障ったのか、ハルヒは苛立たしそうに鼻を鳴らした。
『ふん……状況が分かってないみたいね……仕方ない、一冊だけ見せ占めに処分するわ』
「……は?」
 処分だと……?
 そう言って、ハルヒはダンボール箱の中から一冊を取り出し……って……あれは……?
「……ッ!それは止めろ!いや、止めて下さい!お願いします!」
『……その反応を見ると、やっぱりこれが当たりみたいね?』
「くッ……!」
 俺はベランダの柵に足を掛け、マンションからの跳躍を試みる。
「何してるんですか!?」
 ガシッ
 ……が、古泉にバックドロップの要領で室内に投げ飛ばされ、空に羽ばたくことは叶わなかった。
 ドカッ!
「へぶッ!!」
「危ないじゃないですか!ここは三階ですよ!?」
「構うもんか!あれは!あれはぁぁッ!」
 
 ポニーテール娘オンリーのグラビア本なんだよ!!!
 
「な!?……あなたの嗜好は存じていましたが、まさかそんなマニアックな一品を所持していたとは……」
「クソ!」
 古泉の腕を振り解き、裸足で外に飛び出して、階段を三段飛ばしで駆け降りる。
 他のDVDやグラビアはどうでもいい!あのポニーテール本だけは……!
 
 あの本を時間潰しに入った書店で見つけた時、俺は持ち合わせが少なかった……本を買えば電車賃はなくなり、帰りは当然歩きになる。
『……最後の一冊か……』
 それでも俺は本を買い、三駅分の道のりを歩いて帰った……そして、クタクタになった体で開いたその本の内容は、俺の苦労を裏切らない、素晴らしい内容だった。
『このカメラマンはポニーテールのなんたるかを分かっている……GJだ』
 ……そんな……そんな俺の運命の相手とも言える本をお前は処分しようとしてるんだぞ!
 
 
「ハルヒィィィィィッ!!」
 
 
 誰もいないマンションのエントランスを全力で駆け抜ける。
 
「ハルヒ!よせ!」
 
 マンションの入り口付近で、いつもの偉そうな仁王立ちをしているハルヒの手は、何も持っていなかった。
 
「あ……?」
 
 ……しかし、その足元には、本だったモノと思われる何か……。
 
「あ、あぁぁ……」
 
 ……僅かに残った表紙の一部には、見覚えのある顔……。
 
「……嘘だろ?」
 
 ……見上げた空には、見慣れた悪魔の笑顔……。
 
「……ハルヒィィィィィィッ!!」
 
 俺の慟哭だけが空に響いた。
 
 
 無惨にも鑑賞不能にされたグラビア本の残骸を見つめる。ただの一般人でしかない俺に、修復出来ないことは一目瞭然だった。
 くッ……ポニーテールに罪はないじゃないか……。
 がっくりと肩を落とし、地面に跪く。何も出来なかった、ただの人間である自分と、その無力さを呪う。
「……気を確かに」
「古泉……」
 後ろから掛けられた声に振り向くと、いつもの微笑の面影すら見えない、沈痛な面持ちの古泉が立っていた。
 古泉はいつものように俺に顔を寄せ、小声で、しかし、はっきりと、こう囁いた。
「あなたの犠牲、無駄にはしません」
「え……?」
 
 キキィィィィィィィッ!
 
 古泉の言葉と時を同じくして、けたたましいブレーキ音と共に一台の白いワゴンがマンション前に急停止する。
 開かれた後部座席のドアから顔を出したのは、意外な人物だった。
「キョン!古泉!こっちだ!」
 谷口!?
「え?何?」
「あのワゴンは……新川?」
 突然の乱入者にその場にいた俺たちは反応出来ずにいた。
 
 ……一人を除いて。
 
「今です!」
 
「は……?うわ!」
 古泉が俺を車へと押しやり、流れるような動作で、呆気に取られているハルヒの足元のダンボール箱を拾い上げる。
「涼宮さん!ダンボール箱が!」
「え……?あ、しまった!」
 ハルヒが我を取り戻した時には、既に古泉は走り出していた。
「待ちなさい!古泉君!」
 ハルヒも必死に古泉を捕まえようとするが、
「失礼します!」
「うお!?」
 その追撃から逃れるように、古泉は俺に体当たりしながら体ごと車内になだれ込んだ。
 すぐさま待機していた谷口がドアを閉じる。
 
 バタン!
 
「よっしゃ!ブツも二人も回収したぜ!新川のとっつぁん!」
「では、しっかり掴まって下さい!全速で行きます!」
 ギャリギャリとホイールをやかましく鳴らし、ワゴンは急発進する。
「え?え?」
 未だに事態を飲み込めない俺の思考だけを置き去りにして、俺たちを乗せたワゴンは、あっという間にマンションから遠ざかっていった。
 
 
「やられたわ……」
「まさか新川が彼らに協力するなんて……」
「森さん、あいつらの行き先に心当たりは?」
「……一ヶ所、心当たりがございます。ただし、こちらも準備してから参りましょう」
「分かったわ……キョン、古泉君、逃がさないわよ!」
 
続く


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