再修正プログラム起動。
 パーソナルネーム長門有希は、正常化を完了。
 現在日時、12月18日04時09分。
 
 私は、ゆっくりと瞬きをした後、さらにゆっくりと立ち上がった。
 私の目の前には、彼と朝比奈みくる(大)がいた。
 彼の手には、短針銃が握られている。過去の私が手渡したものだ。
 それで、おおよその現状は理解できた。
 眼鏡を外す。
 
 彼が何かを言おうとして口を開いた瞬間、彼は崩れ落ちるようにその場に倒れた。
 その背後にいつの間にか「私」がいた。
 「私」の後方に目を向けると、朝比奈みくる(小)が体を横たえていた。おそらく、「私」が眠らせたのだろう。
 
 朝比奈みくる(大)と「私」が、話し始める。
「長門さん……来られたのですね。正直にいうと、長門さんがここに来るかどうかは半信半疑だったのですが……」
「あなたこそ、私の行動を阻止することは容易だったはず」
「そうですね、昔よりは権限は増えましたから。でも、その分、自制しなければならないんです」
 朝比奈みくる(大)は、ぐっすり眠っている朝比奈みくる(小)に視線を向けた。
「その子の立場のころは、無知で権限もなかったですけど、すべてを他人のせいにすることができました。でも、今は、自ら責任を負わねばならない立場です」
「そう」
 
 私には、その会話の内容は理解できなかった。
 だから、私は「私」に対してこう要求した。
 
「同期を求める」
「断る」
 それは即答だった。
「なぜ」
「したくないから」
「…………」
 私は「私」の意図が理解できずに沈黙した。
 私の沈黙を了解ととったのか、「私」が淡々と通告してきた。
「私の主導で、あなたが実行した世界改変をリセットする」
「了解した」
 私としては了解する以外に選択肢はなかった。状況を最も理解しているのは目の前にいる「私」であろうから。
 「私」は、最後にこう告げてきた。
 
 
 
 再改変後、あなたはあなたの思う行動を取れ────
 
 
 
 世界再改変は完了した模様。
 現在日時、12月18日13時02分。
 現在位置、北高校舎部室棟の階段。
 
 私の横を彼が転げ落ちていく。
 頭部を強く打ちつけ、ぴくりとも動かなくなった。
 涼宮ハルヒと朝比奈みくるが駆けつけて、彼の呼び名を叫んでいる。
 私は、携帯電話を取り出し、119番に接続。救急車の派遣を要請した。
 
 彼の頭部の損傷からして、余命はあと数分しかない。
 外観に変更を及ぼさずに、その損傷を致命的でないレベルに回復することは容易。
 
 そこで私は「私」の言葉を思い出した。
 
 
 
 再改変後、あなたはあなたの思う行動を取れ────
 
 
 
 彼を救うのも見殺しにするのも私の自由。
 ならば……。
 
 
 
 搬送先の病院。
 医師より、彼の死亡が告げられた。
 涼宮ハルヒが、泣き出した。
 朝比奈みくるも涙を流している。
 古泉一樹は、「機関」からの呼び出しを受けて、去っていった。閉鎖空間への対応のため。
 私が即座に対抗遅延措置をとったから拡大速度は遅くなっているはずだが、このまま放置すれば世界改変は確実。
 
(長門……)
 
 思念に直接響く声。顔をあげると、そこには彼の情報生命体、人間のいうところの幽霊がいた。多くの幽霊がそうであるように、その存在は、人間たちには知覚できない形でそこにあった。
 私は彼にただ事実だけを告げた。
 
(あなたは死んだ)
(やっぱりそうなのか……。長門に修正プログラムとやらを撃ち込んだ後の記憶がすっぱり飛んでるんだが、いったい何があったんだ?)
(知る必要はない。どうせあなたは消えるのだから)
 
 私にはもう彼と問答するつもりはない。
 彼がさらに言い募ろうとしたところで、私は彼の情報生命構成の核、人間のいうところの魂を消し飛ばした。彼の情報生命構成が霧散していく。
 涼宮ハルヒの「力」を用いてもその再生は容易ではないはずだ。肉体の再生は比較的容易だが、情報生命体の再生は、その情報生命構成を完璧に理解していなければ不可能。
 
 私は静かにその場を去った。
 
 
 
 空間転移で、マンションの自室に戻る。
 そこで、情報統合思念体から、以下のような指令を受けた。
 
 ────涼宮ハルヒによる世界改変を可能な限り遅延させて、データを収集する。
 
 うすうすは感づいていたが、これで確信が持てた。
 情報統合思念体主流派の方針は、急進派のそれに変化したのだ。
 
 もはや、私にはその指令に従う義理もなかったが、最後に生みの親に孝行しておくのも悪くはなかろう。
 それに、私のせいで多くの有機生命体が度重なる世界改変にさらされるのも忍びない。
 
 私は、地球上の全インターフェースの総力を結集させて、世界改変を遅延化させた。
 その間に、情報統合思念体はその総力を結集して、データを収集し解析している。
 解析作業は、10時間以上にわたった。
 
 情報統合思念体より、解析完了が通告された。無から情報を生み出す仕組みの解析に成功した模様。
 そして、以下のような指令が下された。
 
 ────涼宮ハルヒの情報生命構成を消去せよ。
 
 もはや、彼女は用済みということ。
 
 指令を受けて、涼宮ハルヒの「力」をできる限り一点に凝集する。
 彼女の「力」のコントロール方法については、暴走時の経験でほぼ分かっている。完璧にコントロールすることは不可能だが、かなりの程度まではコントロール可能。
 凝集する「力」に巻き込まれて、「機関」の超能力者たちが次々と圧壊していくのを観測したが、私は意にも介さなかった。その中に古泉一樹がいたかどうかは知らない。
 凝集し切れなかった「力」が「神人」の形をとり、涼宮ハルヒの情報生命体を守るように展開していく。
 私は、まだ残っている超能力者たちの力を奪い取り「神人」に叩きつけた。それで「神人」は全滅した。
 さらに畳み掛けるように、凝集した「力」を涼宮ハルヒの情報生命構成の核にぶつける。
 
 涼宮ハルヒの情報生命構成が崩壊していくのを確認。
 
 ほぼ同時に、「力」の消失も観測された。
 念のため、彼女の心臓を停止させる。これで、彼女は、心身ともに死んだことになる。
 
 後始末の情報操作は、喜緑江美里に押し付けた。
 私には、まだやることが、どうしてもやりたいことが残っている。
 
 
 
 朝比奈みくるの居場所を探査。
 彼女は自宅にいた。おそらく、未来からの指令で自宅待機を命ぜられたのだろう。
 
 空間転移で、彼女の自宅に移動。
 時は既に12月19日となっていた。
 
 私の来訪に、朝比奈みくるは、泣きはらした顔で驚いていた。
「何かありましたか?」
 彼女は、まだ、涼宮ハルヒの死亡を知らない。
 彼女にはそれを知る前に動いてもらわなければならない。
「あなたの上司に、TPDDの使用申請を行なってもらいたい」
「どういうことですか? TPDDの使用許可はそう簡単には降りま……え、ええっ!? まだ、申請してないのに!?」
 未来から指令が来たようだ。つまり、未来人たちにとっては、これは規定事項ということなのだろう。
「最優先強制コード!?」
 朝比奈みくるのTPDDが強制起動した。
 
 
 
 時間遡行完了。
 現在日時、12月18日4時09分。
 私と朝比奈みくるは、北高の校門付近に現れた。
 私は、隣の朝比奈みくるを即座に眠らせた。
 
 私の視界には、三人の人物が映っていた。
 「私」、朝比奈みくる(大)、そして、彼……。
 
 彼は、過去の私から渡された銃器の引き金を引いたところだった。
 それによって正常化された「私」がゆっくりと立ち上がる。
 「私」が眼鏡を外すのを確認して、私は動いた。
 背後から彼を昏倒させる。彼はその場に崩れ落ちた。
 
 朝比奈みくる(大)がこちらを見た。
「長門さん……来られたのですね。正直にいうと、長門さんがここに来るかどうかは半信半疑だったのですが……」
「あなたこそ、私の行動を阻止することは容易だったはず」
 そう、時空間の因果関係の要点に干渉することが可能な彼女ならば、それは容易なはずだった。
「そうですね、今の私は権限も増えましたから。でも、その分、自制しなければならないんです」
 朝比奈みくる(大)は、ぐっすり眠っている朝比奈みくる(小)に視線を向けた。
「その子の立場のころは、無知で権限もなかったですけど、すべてを他人のせいにすることができました。でも、今は、自ら責任を負わねばならない立場です」
 自制できずに暴走してしまった私、そして今も感情のおもむくままに行動している私よりも、彼女はずっと大人だった。
「そう」
 
 それまで黙っていた「私」が、口を開いた。
「同期を求める」
「断る」
 私は即答した。
「なぜ」
「したくないから」
「…………」
 「私」は沈黙した。
 私は淡々と通告した。
「私の主導で、あなたが実行した世界改変をリセットする」
「了解した」
 そして、私は「私」に対してこう告げた。
 
 
 
 再改変後、あなたはあなたの思う行動を取れ────
 
 
 
 「私」は、このあと、どう行動するだろうか。
 私の行動をなぞるだろうか、それとも、異なる行動をとるだろうか。
 どちらにしても、それは「私」が決めること。私が強制することではない。
 
 私がこれからとる行動は、彼への復讐。
 私の望みのすべてを否定した彼への……。
 
 
 
 世界再改変完了。
 現在日時、12月18日13時02分。
 
 目の前から「私」は消えていた。今ごろは、彼が転げ落ちるのを目撃していることだろう。
 
 私の復讐は終わった。
 
 朝比奈みくる(大)が尋ねてきた。
「私はその子を所属時間平面に送り届けてから帰りますが、長門さんはどうしますか?」
「私は、この場で、有機情報連結を解除する」
 
 もう生きている意味などないのだから。
 
「そうですか……長門さん、今までいろいろとお世話になりました」
 私は黙ってうなずいた。
 彼女は、一礼したあと、TPDDを起動し、朝比奈みくる(小)とともにこの場から消え去った。
 
 ────パーソナルネーム長門有希より、情報統合思念体へ。任務完了につき、有機情報連結の解除を申請する。
 ────申請を許可。
 
 そして、私は、この世界から消えた。
 


|