「あなたはどうしてそう、涼宮さんを逆撫でするのが得意なんですか!?」
「んなこと知るか、あいつが勝手に逆切れして出てったんだろうが…!明らかに向こうに非が在る事まで俺の責任にするな、俺だって我慢の限界ってもんがあるんだよ!!」
「我慢の限界はこっちの方ですよ…!僕等の役割を知っていてよくそういう台詞が吐けるものですね!」
「何だよ、神人狩りのバイトが増えるから不機嫌だったのか。それこそハルヒに面と向かって言えよ。八つ当たられたって良い迷惑だ!」


平行線の罵り合いに俺は思った、――常々思っていた相性の悪さってやつを。
人格なんて生育環境の諸々如何によって幾らにでも変化する物であり、俺は性善説や性悪説を唱える程に人間の性が生まれた時既に偏向しているなんて見方は持っちゃいない、決めてかかって生涯を達観しても不利益の方が優るだろうからな。しかしそれでも矢張りあるもんなのだ、相性っていうやつは。図らずともS極とS極の同じ属性を付加されちまった磁石みたいなものだ。
例を捜せば中学時代、眼が合っただけで「こいつとは絶対気が合わん」と遺伝子レベルで刻み込まれているかのごとく敵意が発生、何かにつけて張り合い意識を持たれるなんつーことがある訳である。正直疲れるね。

そういうわけで、初対面から「ああ、こいつとは合わんだろうな」と俺が思った相手は高校生活に突入してからも登場してくれやがった。SOS団でも唯一話せる男子団員と使命に絡み、仲を友好的に保つ必要性に関してはよくよく分かっていたのだが、最初の印象だけで分かったのだ、こいつは俺とは生きてる世界そのものが違うのだと。俺の出自と経歴と理不尽極まりない、一人の女に振り回されての激闘の日々を考えれば当たり前の話なのだが、それでも暢気そうな面を見ていれば無性に腹は立つもんである。前と違うのは相手が俺の方を唯の同年生以上には好感情も悪感情も見立ててないらしい、って処か。俺の事なんかどうでもいいと思っているのだろう態度を平然と貫く割に、気回しはするわ、目敏いわで他の女性要員からの信頼感は鰻上りだ。羨ましいことだねと冷やかし込めてぼやく相手も居やしない。忌々しい。 

だが、そんなうざったらしい相手と顔を付き合わせる毎日も、それはそれで充実して来ていたのだ。次の瞬間何が巻き起こるか分からないスリリングな活動は掛け値なしに楽しいもんだったし、情報爆発の危険性さえ避ければ可能な限りで好きなように振舞っていられる。俺はあろうことか同極に位置してるだろう奴に友情めいた感情を芽生えさせ始め、揉め事が起きれば自分が緩衝材の役割に徹して沈める方策まで取った。人身御供は御免だが、活動を円滑に進めるに自分がクッション役になるくらいは、お手の物だったからな。それで団長職で太陽のような笑顔を輝かせている彼女の気が晴れるなら、俺にはそれ以上のことはなかったのだから。

――ああ、なのに。

「涼宮さんの気持ちを蔑ろにする様な事を、言っているのは貴方の方でしょう。彼女がどれだけ傷みに耐えているか…」
「……な、なんだよ」
「『閉鎖空間』で、この頃の神人がどんな風にしているかを見れば、考えが改まるでしょうね。――膝を抱えて、神の人は蹲っているんです。涙を流すようにね」

初めて見たときには愕然とした。こんな事象は例を見なかったからだ。それだけ彼女が、精神的に追い詰められていたことを俺は知り、そうして目端が利く癖に他者の自分宛の気持ちに鈍感で、おまけに自身が内包する彼女への気持ちにも鈍感なこの男が許せなくなった。
否、違うか。俺は彼女から「鍵」たる資格を勝ち得、あらゆるものから愛されて生きているこいつに心臓が焼け付くぐらいの醜い嫉妬をしていたのだ。磁石の反発になぞらえて相性最悪だなんて枠を持ち出してみても、結局のところは相手にされていないんだから俺の一人相撲に過ぎなかった。謎の転校生として在る為に備え付けた演技、笑顔の仮面は形になって定着しても、心底深くにあった妬ましさだけはずっと燻っていたのだ。俺はこの男になりたかった、なれなかったからこその八つ当たりだ。

想定外に自嘲気味になる俺の前で、男はぐっと喉を絞るように黙り込み、さっき彼女が飛び出していった廊下へ何も言わずに走り出て行った。ドアが勢いよく閉まる。――素直になれないまま意地を張り続けていた奴が、漸く彼女を追い掛けていったのだった。 


長い道のりだったが、感慨が沸くより以前に疲れが上回る。どうせなら俺が自嘲気分に浸る前にして欲しかった。お互い擦れ違って鬱々としていた部室の空気も、明日には元に戻るだろうか。険悪なムードを振りまいちまった俺の方は有耶無耶に喧嘩を終わらせるのもいいが、一言詫びを入れた方がいいんだろうな。二人を付き合わせる為に講じた策だったとはいえ。

「――やれやれ」
「……お疲れ様」
「ひっく、古泉くん、あの…」
部屋の隅でひっそりと待機していた長門有希が俺に告げた。朝比奈みくる合わせた両名に今回のことは焚きつける作戦だと伝えていた筈なんだが、メイド服少女の半泣き顔を見るに本気喧嘩と勘違いしたらしい。男二人の大声張り上げての喧嘩なんて見苦しいものは誰だって出来るなら見たくなかっただろう。悪いことをしたかな。 

「すみませんね。二人が煮詰まり過ぎていましたから、これくらいやらないとどうにも出来ないと思ったんですよ」
「あなたのことは、わたしからも彼に説明する」
「助かります」
ふっと笑みが零れた。どうやら自分の笑顔も、此処まで来るとデフォルト化しちまっているらしい。自然に浮かび上がってしまうんだから仕様がない。生徒会長に順応したオールバック眼鏡を笑えないな。
二人が笑ってくれりゃあいいなんて、こんな自己犠牲精神の高い人間じゃなかった筈なんだが、今じゃ憎まれ役も悪くないと思える。奴が妬ましくて堪らないのは現在進行形でそうだし、一生涯消えることのない感情かもしれないがそれでも。反発する磁石と磁石だって緩衝材があれば何とか一所に留まっていられるだろう、俺がそれであればいいのだ。
副団長の肩書きを預かってる身としては、それくらいの責を負わないことには、ね。どうにもならないだろう?

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最終更新:2007年09月21日 02:59