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残暑も過ぎ去り、秋を感じさせる涼しい風が吹きぬける文芸部室にて、本日の活動は我らが団長涼宮ハルヒの欠席でお送りしている。
欠席の理由は特に聞くことをしなかったが、珍しいこともあるもんだね。そして、これは団長による団長のための活動であるにも関わらず、ハルヒ不在の今日もこうして団員たちが文芸部室に集合してしまうのは何故なのだろう。
今日も、辺りを見渡せばいつもと変わらぬ光景が広がっている。
長門は読書に耽っており、朝比奈さんはお茶と格闘、古泉は今俺とオセロで対戦中だ。至って平凡、いやぁ、あいつが居ないと静かでいいね。少々静か過ぎると違和感を感じたりもしてしまうのだが。

俺は、何も考えていなかった。というのは、今日も何も無い一日であることを確信していたという意味だ。何か特別なことが起こるのだとしても俺には検討もつかないし、そういうのを妄想して楽しむのは俺じゃなくハルヒの仕事だからな。
しかし、突然、何の前触れも無く事件は起こったのだ。
それは、俺と古泉の対決が云うまでも無く俺の勝利で終わろうとしていた頃に始まった。


―――・・・しくしくしくしく・・・しくしく・・・

全身にザザーッと鳥肌が走る。背筋がゾクっと震え、冷や汗までかく始末だ。「それ」を聞いたのは俺だけではなく、目の前の古泉もやや体調の優れなさそうな表情をしており、朝比奈さんは運んでいたお茶をお盆ごとひっくり返し、青ざめている。
そう、確かに聞こえたのだ。今、何か聞こえたかもしれないなどという疑問は浮かんでこない。確信を持って言える。聞こえたのだ。
「今のは・・・なんだ・・・?」
俺は未だ先程の気持ち悪い感触に襲われながら、搾り出すようにして言葉を発する。
「わかりません・・・でも・・・」 

―――・・・しくしく・・・うぅっ・・・しくしく・・・

古泉は途中で言葉を詰まらせ、体を一瞬強張らせる。まただ。また聞こえた。
どこから聞こえているのかわからない、頭の中に直接響いているような、気味の悪い女の泣き声・・・。
「あ・・・あ・・・お、おお、おばけ・・・?」
お盆を抱えながらガチガチ震えていた朝比奈さんが、声まで震わせながらそう呟いた。
俺だって、ここに居る古泉だってそれを連想したに違いない。だが・・・そんなものまでこの世に存在しちまうってか。なんてこった。俺は認めたくないぞ。
そうだ、忘れていた。長門だ。長門ならわかるはずだ。そしてきっといつものように辞書を適当に開いてそこにあった語句を並べたような言葉を淡々と言い放ってくれるに違いない―――・・・
そう思ったのだが、俺が目の当たりにしたのは、誰がどう見ても驚いた表情を浮かべ、口を金魚のようにパクパクさせている万能宇宙製アンドロイドの姿だった。
「な、長門・・・?」
「長門さん・・・」
俺と古泉は声を揃えて長門を心配する。朝比奈さんはそれどころじゃない・・・が、俺にしてみればよっぽど長門の方がやばい状態だ。なんだなんだ、どうなってんだ?
「・・・ありえない・・・」
長門が口をパクパクさせたまま呟く。
「どうしたんだよ長門・・・なんなんだ、これは?」
「ありえない・・・おかしい・・・情報が・・・足りない・・・今、情報統合思念体へデータを・・・」
その時だった。 

 


「・・・あぁああああぁぁあああぁあぁああああぁあああぁぁあああぁあぁあぁああああぁ!!!!」
三人――というのは、俺と古泉と朝比奈さんのことだ―――は悲鳴をあげ、長門はぶつぶつ呟いたまま、俺たち四人は一斉に文芸部室を飛び出した。
今度は見たのだ。そう、確かに見たのだ。ハルヒの定位置である団長椅子に座っていた、「それ」を。俺たち日本人の持つイメージそのものの、幽霊を。
長く、湿ったように見える黒髪に真っ白な肌、唇は恐ろしいほどに赤く、その端からは一筋の血を垂らしていた。そして目は・・・。いや、俺にはもう無理だ。思い出させないでくれ。
まぁ俺が言わずとも理解していただけることだろう。あとはそのイメージにボロボロの北高セーラー服をプラスしてやってくれれば完璧だ。
俺はいつもハルヒが部室に君臨する際にしていることの逆バージョンといわんばかりに乱暴に扉をしめた。乱れた呼吸と震える体を落ち着かせる。
とりあえず、冷静になってみよう。
「・・・ななな、なんなんだ・・・今のは・・・」
「わかりません・・・な、長門さん・・・大丈夫ですか・・・朝比奈さんも・・・」
息も絶え絶えに古泉が言う。長門は棒立ちしながらさっきの調子でなにやらぶつぶつ呟いていて、朝比奈さんは、・・・立ったまま気絶している。気絶しても尚君臨するのか朝比奈みくるよ。
「と・・・とにかく・・・落ち着きますか・・・」
「あ、ああ・・・」
どうやら割りと正常なのは俺と古泉だけらしい。一番頼りにしている長門がとにかくヤヴァい。冷静になったところでどうすればいいのか全く検討もつかないのだが。とにかく、ここから逃げ出したい一心だ。
長門が突然ぴたりと停止し、俺の方にじっと視線を向けてきた。どうやらこいつも冷静になったらしい。さっき見たものが恐ろしすぎたせいか、長門の瞳になんだか温かみを感じている俺が居た。
「私のデータにはない情報生命素子を確認したため、エラーが発生していた。でも、もう平気」
長門の淡々とした声に、俺は激しく安堵する。
「そうか・・・で、なんなんだ?あれは。何かわかったか?」
「わからない。先程即席で情報を分析し情報統合思念体にデータを送ったものの、未だ解析できていない。・・・想定外」
長門は無表情ではあったもののどこか強張っているような様子で、そんなこいつは、どこか人間らしかった。こんな時にこんなことを考えている場合ではないのだが。
「止む負えないので、ここからは今あるだけの情報で措置する。」
長門は黒曜石のような瞳を瞬きさせ、
「先程観測された未確認情報生命素子は、あなた達人間の言葉を借りるならば、幽霊に該当するものと思われる」
俺たちと同じ結論を出した。
「情報があまりにも少なすぎるため、もう一度観測を試みる。あなたたちはここに居て欲しい。私なら、心配要らない」
「お、おい長門!」
長門は俺が止める間も無くすすーっと文芸部室へと入っていった。だ、大丈夫なのか・・・?
「・・・困りましたね」
「・・・あぁ。しかし、ハルヒが居ない今日でよかったというべきか・・・」
「・・・いや、涼宮さんが居ない今日だからこそ、なのかもしれません」
どういうことだ?と尋ねる俺の声は、ドアが開く音にかき消される。
「長門!」
「・・・これ以上の情報は得られないと判断したため、未確認情報生命素子と直接接触した。」
「で、どうだったんだ?」
長門は一旦古泉の方に目をやったあと、かなり早口で説明してくれた。
「未確認情報生命素子は、直接得た情報によると約15年前にこちらの文芸部室を使用していた人間の思念が具現化された物と推測され、結果私は幽霊に限りなく近いものだと判断した。
情報生命素子自体は我々が文芸部室を使用する以前から存在していたものの、それが具現化に至るまでの思念は不足していた。
しかし、つい最近、彼女は新たなる思念を獲得し、やがて具現化した。そのトリガーとなったのは」
長門はビュッと風を切りながら高々と手を振り上げ、
「古泉一樹」
を指差した。
「それがつい最近の出来事でありながら今日まで私達に姿を見せることなく存在していた理由は、涼宮ハルヒの力によるものである。
彼女は幽霊と呼ばれるものの存在を信じていながらも、彼女の中のイメージによる恐怖心から、実際には見たくないと考えていた。
そのため涼宮ハルヒが文芸部室に居る、あるいは向かおうとしている場合彼女は実像となることができなかった。
しかし実際には常に情報生命素子は文芸部室に存在していた。私がこれを早急に発見することができなかった理由は、あらゆる能力が持ち合わされ情報が複雑化している文芸部室に居る間、
私は情報解析モードを機能停止させていたため」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺はこのままだといつまでも高速うんちく語りを続けそうな長門に突っ込みを入れる。
「なんとなくわかった。わかったが、大事な部分が抜けているんじゃないか?なんで古泉がトリガーになったんだ?」
「えぇ。僕も気になりますね」
古泉が額の汗を拭いながら0.5歩ほど前に出る。長門は少しの間目線を下に向け沈黙し、考えをまとめたのかもう一度顔をあげ口を開く。
「それは、未確認情報生命素子が最近獲得した新たなる思念というものが、古泉一樹に向けられたものであるから。
その思念というものを言語化するのは極めて困難。なので限りなく近い言葉を借りるとするならば、恋愛感情であると思われる」

古泉は一瞬呻き声をあげた。
「・・・えぇと、つまり・・・以前文芸部室を利用していた人の幽霊が、僕に恋愛感情を抱いた・・・ということなのですね」
「そう」
らしくない顔をしながら、古泉は大きくため息をつく。いや、無理もない。幽霊に好かれるなんざいくら俺でもあまりいい気分はしない。
「・・・では、どうすればいいのでしょうか・・・」
「彼女はあなたとの接触を希望している。なので、一時的にこのインターフェイスを彼女に貸すことにする」
それって、長門に幽霊がとり憑かれるってことなんじゃないのか?
「・・・・・・」
ようやく長門が無言モードに入ったようだ。
「おい、でも大丈夫なのかよ?長門」
「何とも言えない。でも、彼女のためにはこうするしかない」
彼女のために・・・ね。
意外な言葉に、俺は思わず長門に微笑みを向けた。長門は首を4ミクロンほど傾け、頭にはてなを浮かべている。今日のこいつは、なんだかいつもより人間らしいな。
「よし、長門、やってやれ。」
「・・・・・・そう」
聞きなれた短い返事が返って来た直後、長門が早口で詠唱する。それが終わると、長門の体が一瞬ぐらりと揺れるが、なんとか体制を持ち直す。
そして、目を大きく瞬きさせた後、古泉に視線をやる。
「インプット、完了。これより開始する。・・・彼女の希望は二つ。まず一つ目、私を抱きしめて」
なんと!!
俺はすかさず古泉の方に顔を向ける。こ、古泉が長門を抱きしめるだと?け、けしからんね・・・俺は見たくないぞそんな光景!!
「ぼ、僕があなたを抱きしめればいいのですか?」
「そう。早く」
思わず頭を抱えたね。何だこの状況は。いくら幽霊のためとはいえ、俺は許さん、許さんぞー!!
「では・・・失礼します。」
アッー!
古泉がゆっくりと長門を抱きしめる。二人にはかなりの身長差があるため、長門の顔は古泉の胸の中に埋まる形となる。
俺は思わず目のやり場に困り、とりあえず下を向いておく。・・・おい、いつまでそうしているつもりなんだ?
「・・・そのまま聞いて」
「・・・はい」
やや控えめに感じられる二人の声が、俺の原因不明の怒りを刺激する。糞、何だこのいい雰囲気は。俺も気絶中の朝比奈さんに抱きついてしまおうかね。もうやけくそだ。
「二つ目の希望・・・私に、キスをして」
何ィイイイ!?
「ちょ、ちょっと待て長門!お前本気なのか!?」
「本気。これは、彼女のため」
長門が古泉の腕の中で、180度首を回転させ俺と目を合わせる。その表情はいつもと何ら変わらない無表情だ。
「し、しかし・・・長門さん・・・」
「私は構わない。・・・早く」
「わ・・・わかりました・・・」
古泉は長門を開放し、そのままそっと長門の肩に手を置いた。長門は無表情を貫きながら、ゆっくり長い睫を伏せていく。
いや、待て。俺がわからないぞ幽霊。いいか、思いなおせ!これは古泉だぞ、見てくれはいいけど古泉なんだぞ?こいつはな、そっちの気有り気な男なんだぞ?
その分俺はマシだぞ、外見はこいつに劣るがノーマルなんだぜ?なぁ、今ならまだ間に合う。だから俺にしろ幽霊!
「・・・失礼します」
などと考えていると、古泉が失礼しようと長門に顔を近づけた。ちょ、待て、待つんだ・・・アッッーーー!!
ついに、長門と古泉の唇が重なる。実際そのシーンを目の当たりにしてみると、怒りというよりは恥ずかしさがこみ上げてきた。知り合い二人のキスシーンは結構強烈だ。
しばらくすると、長門の周りが白く光った。やがてその光は長門の頭上で一つの塊となり、そのまま浮上していった。もしかすると、成仏したのだろうか。
それを見送った俺は二人に視線を戻すと、これまた面白いものを目の当たりにした。
長門が大きく目を見開き、顔を真っ赤にさせているのだ。そうだ、今これは古泉と幽霊のキスではなく、長門とのキスシーンなのだ。
「お、おい古泉!いつまでそうしてんだよ」
俺が止めに入ると、古泉は薄目を開けてゆっくり長門から唇を離す。
「・・・な、長門さん?大丈夫ですか・・・?」
「・・・だ・・・だ・・・」
顔を真っ赤にさせた長門は、一瞬放心状態に入った後、目を白黒させた。
「へ、平気・・・こ、これは・・・みかくにんじょうほう、せいめいそしを・・・インプットしたための・・・慣れない作業であり・・・エラーである・・・」
文章になっていない。
俺は思わず噴出してしまった。
ああ、確かに「それ」はエラーかもな、長門。
「・・・そうか、それは大変だな、長門。もう今日は帰って休んだほうがいいぞ。古泉、送ってやれ」
「は、はぁ」
俺がそう言うと、長門は心なしかいつもよりも鋭い目つきで俺の方を向き、
「あ、あななたは何を言って・・・平気、全然平気、全然大丈夫」
と、震えた声でそう言った。これはだいぶ重症なようだな。
「はいはい。てことで古泉、しっかり頼んだぞ。」
「ええ・・・わかりました。えっと・・・少々お待ちください、荷物を・・・」
いかにも「?」な顔をしたまま古泉は文芸部室に入っていった。直後、長門が大股でずいっと俺に近づいてくる。
「よ、余計なことはしなくていい。平気と言っている!」
いつもより強い口調強い視線に、俺は半歩後ずさりをする。
「ま、まぁまぁそう言うなって。今日はとりあえず帰って休んどけよ、な?」
俺が長門を諭していると、文芸部室のドアが開く。即座に長門は俺と距離をとり、古泉から自分の鞄を強引に奪い取る。古泉は苦笑い。
「か・・・帰ることにする・・・」
そう言うと、長門はぎこちなく歩き出した。すかさず古泉が俺に頭をさげ、気絶中の朝比奈さんに目をやった後、長門の少し後ろをついていった。
二人を見えなくなるまで見送った俺は、思わず声を漏らす。
「・・・やれやれ。」
幽霊さん、くれぐれも長門を恨んで出てきたりしないでくださいね。
俺は深くため息をついたあと、立ったまま気絶をした朝比奈さんをどうするべきかと考えた。

終わり

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