ハルヒが雨を降らせた2時間目の後も、奇妙な出来事は続いた。
何故かチョークが虹色になったり、校庭に突然小規模な竜巻が出現したり、何も無いとこで谷口がコケたり。
その度にクラスメイトが驚いたり笑ったりしていたが、ハルヒだけはただ静かに笑っているだけだった。
そして俺の疑念は、確信へと変わっていく。
ハルヒは完全に、自分の能力を自覚してやがる。
昼休み、俺はいつも一緒に飯を食う谷口と国木田に断りを入れた後、部室へとダッシュした。
こんな状況で頼れるのは、やっぱアイツだからな。
息をきらせながらドアを開けると、やはり居た。寡黙な宇宙人、長門有希。
しかし今日は長門だけでは無かった。古泉もいる。
その古泉はいつものニヤケ面を封印して、シリアスな顔つきで居た。
これだけでも、ただごとじゃないと理解できる。
「古泉、お前も来てたのか。」
「ええ。その様子を見るとあなたも既に気付いているでしょう。
はっきり申し上げます。緊急事態です。」
「……涼宮ハルヒが自分の能力を自覚した。」
やはりか……
「恐らくトリガーは、彼女自身の能力によるもの。」
「ハルヒの能力?」
「ええ。恐らく涼宮さんは、僕達が隠し事をしていることを前々から感付いていたのでしょう。」
マジでか………まあ前々から勘は鋭いヤツだったからな。
「そして彼女は願ってしまった。『全てを知りたい』とね。
その瞬間能力によって、彼女は自らの能力を自覚した。」
「それだけではない。恐らく彼女は情報統合思念体のことも、古泉一樹が所属している機関のことも、
朝比奈みくるが未来人であることも全て理解している。」
おいおい、本当に『全て』じゃねぇか。
俺でさえ理解するのに数日かかったというのに、あいつは一晩でそれを全部受けとめたのか。
「昨日の深夜、大規模な閉鎖空間が発生しました。
当然と言えるでしょう。突然大量の情報が彼女の脳に降りそそいだ。
涼宮さんで無くてもパニックになるはずです。
あまりも膨大な閉鎖空間で我々も苦戦を強いられました。ですが、その閉鎖空間は突然自然消滅したのです。
きっと彼女は、閉鎖空間も自由にコントロールできるようになったのでしょう。」
「能力を自覚した今、涼宮ハルヒに出来ないことは何一つ無い。」
そうだ。今のハルヒに不可能という文字は無い。なんだって出来る。
さっきの雨程度で済むなら問題無いが、もっと大きな願いを叶えようとしたら?
街中に宇宙人を光臨させるとか、動物園に不思議生物を入れるとか、メチャクチャな世界を望んだら?
ハルヒに限ってそんなことはしないと思うが、その気になれば一国を滅ぼすことすら出来てしまう。
……まったく、ほんとにとんでもねぇ能力だ。自覚したとあっては、尚更だ。
「だ、だがハルヒはあれでも常識的な部分はある。
孤島の時にも言ったが、不思議のために人が死ぬことを望むようなヤツじゃないはずだ。」
「ええ。僕もそう信じていますよ。しかし、彼女の願いが今のイタズラ程度で収まるとも考えにくい。
そのうち、僕等に関わる大きな願いをしてしまうでしょう。例えば……」
古泉が例を挙げようとしたその時だった。
部室のドアが控えめに開かれ、入ってきたのは朝比奈さん。
だがいつものエンジェルスマイルは影を潜め、暗くうつむいている。
「朝比奈さん?どうかしたんですか?」
俺が声をかけると、彼女の目に涙がたまっていく。
「ふぇぇ、キョンく~ん……」
そして朝比奈さんは、俺の胸に飛び込んで泣き始める。あ、朝比奈さん!?
「ど、どうしたんですか朝比奈さん!」
「未来が……未来が消えちゃったんですぅ!」
なんだって……未来が!?
「どういうことですか朝比奈さん。説明していただけますか?
「はい……」
彼女は涙をぬぐい、口を開いた。
「未来との通信が一切出来なくなったんです。時間移動もしようとしたけど出来ませんでした。
未来が完全に書き換わっちゃったんです。だから私が元々居た世界はもう存在しません。
お父さんもお母さんも……ふぇぇぇ……」
朝比奈さんはまた泣き出して座りこんでしまった。
これも、ハルヒの仕業か……おいハルヒ。これはシャレの限度を超えているぞ。
お前は間接的に、だが確実に、朝比奈さんの世界を滅ぼしたんだ。
「あら、みんな集まって何してるの?楽しそうね。」
その声にハッとして顔をあげると、そこにはハルヒが居た。
「お前にはこれが楽しそうに見えるのか?」
「ええ、とっても。」
俺は怒りをこめた返事をした。だがハルヒは、静かな笑みを崩すことは無い。
「あたしも、混ぜてよ。」
続く