高校生活の時間の流れは早いもので、俺はもう高校2年生に階級アップしている。
季節は秋。学校祭を1ヵ月後に控えたSOS団部室は、今日もドタバタしぱっなしだ。
朝比奈さんは3年生だというのにまだ部室に来てくれていている。有難い話だが、受験の方は大丈夫なのだろうか?
そんな俺の疑問をよそに、ハルヒは朝比奈さんに怒鳴って稽古の練習を続けている。
 
「ほら、もっと感情込めて!!」
「ふぇえ~」
「んっ…!キョン、あんたもボーっとしてないで演技の練習でもしてなさい!あんたは大役を任されてんだからね!」
「へいへい、総監督兼魔女様。」
 
ハルヒはいつものようにガミガミうるさいが、まぁあの長門の姿に免じてとりあえず許してやろうと思う。
 
「うん、似合ってる!可愛いわよ、有希!」
 
そう、俺がボーっとしていた理由は、綺麗な白いドレスを着ている長門に視界の全てを奪われていたからだった。
 
 
 
――そもそもに事の発端はあの日にあった。
 
「もちろん、去年学校祭で行った映画撮影は覚えてるわよね?その時の主役女優と男優を答えなさい、キョン!」
「朝比奈さんと古泉だろ。」
「そう!有希も大事な役だったけど、ちょっと刺激が足りないのよ!だから、今回は脇役だった者に大チャンスを与えようと思ってるわ!」
 
今回は、って…やはりまた何かするつもりなんだろうな、コイツは。
 
「で、何をする気なんだよ。」
「演劇よ!学校祭で演劇をするの!」
 
反論はしなかったさ。無意味な抗議ってことはもう分かりきってるからな。ハルヒはホワイトボードに何かをいきなり書き始め、演劇の題名を高らかに宣言した。
 
「その名も…『白有希姫』!!!」
「…やれやれ。」
 
白有希姫。童話『白雪姫』の事だろう。
 
「今時白雪姫の話なんか平々凡々に演じてどうする。何の楽しみもなさそうだ。」
「普通にやるわけないじゃない!アレンジよ、ア・レ・ン・ジ!!」
 
ああ、心配だ。
 
「大まかな配役を書いてくから、よーく見てなさい!」
 
ハルヒはホワイトボードに大きく『白有希姫役→有希』と書き上げた。
 
「頑張ってね、有希!」
 
長門は2ミリほど首を傾けている。分かってないんじゃないのか?
 
「続いて、王子役!!」
 
…まさかとは思っていたが、そのまさかだったね。
ハルヒが『王子役→キ』まで書いたところで俺はなんとしてでもハルヒを制止する。
 
「無理だ!!」
「無理じゃないわよ!」
「いーや無理だ!!」
 
『王子役→キョン』、ホワイトボードには確かにそう書かれていた。
 
「俺にそんな器用なことができると思ってるのか?」
「人生に絶対はないの!あんたでもやればできるわよ。」
 
できないから言ってるのだよ涼宮くん。
 
「じゃあ次は魔女役。これはあたしがやったげるわ、総監督も兼ねてね。」
 
お似合いだ、いい配役センスをしてる。
 
「キョン黙れ!あたしの演技を見て度肝抜かしてやるんだから!」
 
違う意味で度肝を抜かせないように頼むぞ、いきなり脱ぐとか。
 
「次、七人の小人役なんだけど…」
 
この女、無視しやがった。
 
「今回は申し訳ないけど、みくるちゃんと古泉くん、この役を頼むわ。」
「ええ、お安い御用です。」
「分かりました。」
 
朝比奈さんは脇役を命じられてほっとしている様子。古泉はいつも通りだ、言うまでも無いだろう。
 
「あと5人必要なのよね。鶴屋さんと谷口と国木田を入れてあと2人…」
「あいつらも入れる気なのか?鶴屋さんはOKしてくれるだろうが…谷口や国木田はどうだろう。」
「あたしがなんとかするわよ。キョン、明日の放課後、谷口と国木田を連れてくる事、いいわね?」
 
とりあえず承諾しておこう。
 
「あとみくるちゃん、鶴屋さんをお願いね。」
「分かりましたぁっ。」
「台本は今日の夜、責任持ってあたしが書いてくるから!じゃあ今日は解散!」
 
今日のところはまとまったみたいだな。これから学校祭までの時間、ずっとこの演劇とやらの稽古を続けなければならないのだろうか…?
 
 
次の日、朝のホームルーム前にわざわざ谷口の席まで行って例の件を切り出す。
 
「なあ谷口、ちょっと頼まれてくれないか。」
「…いや、やめておこう!」
「まだ何も言ってないだろ、頼むよ。」
「お前の頼みなんて涼宮絡みに決まってる!俺は断じて拒絶する!」
 
まったくコイツは…いい先入観をもってやがる。
 
「どうしたの、二人とも向かい合って話し込んじゃって。」
 
話に割って入ってきたのは国木田だ。
 
「なあ国木田、ちょっと頼まれてくれないか!」
「やめておけ国木田、どうせ涼宮絡みだぜ。」
 
ほんとに頼むよ谷口、この任務を失敗なんかしたらきっと俺は死刑に処される。これは俺の命がかかってるんだぞ。
 
「あたし絡み…じゃあ何か悪いことでもあるの?」
 
総監督様のお出ましだ。谷口はライオンに睨まれたシマウマのような目でハルヒを見ている。
 
「谷口に国木田、あんたら放課後に文芸部室に来て。異論は認めないから。」
 
この言葉だけで二人に承諾をせざる終えない状況を作ったハルヒはもはや怪物だ。ウルトラマンにやられる怪獣役でもやるといい。
言うべき事だけ言ってハルヒは自分の席に戻る。
 
「ったくどうしてくれんだよキョン。俺の有意義な生活が半分削られたも同じだぞ。」
「まぁそう言うな。もしかしたら、お前のAマイナーランクの綺麗な姿が見られる可能性がある。」
「Aマイナーだと?…長門有希か!」
 
こいつはランクを付けた奴の本名全てを覚えてでもいるのか?喜べ、俺より無駄な才能を持ってるぞ、谷口。
 
「それで、結局何するつもりなの?」と国木田。
「演劇の稽古らしい。」と俺。
 
谷口がハルヒのようなアヒル口で吐き捨てる。
 
「演劇だぁ?またお前らは唐変木な事を…」
 
俺だって賛成はしなかったさ。
 
「でも楽しそうだね、演劇なんて。」
「お前は本当の涼宮の怖さを知らないからそんな事が言えるんだ!どうなっても知らないからな!」
 
それについは俺も同意だ。
 
「僕、少しだけ放課後が楽しみになってきたよ。じゃあ、もうホームルーム始まるから戻るよ。」
 
珍しい奴も居たもんだ、と国木田に感心し(ていいものか)つつ俺も席に戻る。
 
 
そして放課後。いつもの面々に加えて新しい顔が部室に揃う。
 
「いっやぁー劇やるんだってキョンくん!みくるから聞いたよー。」
 
やはり来たこの天然の先輩。受験を控えてのこの心の広さには感服するね。
だが、部室の何処に目をやっても団長様の姿が見当たらない。
 
ハルヒ以外のメンバーが揃ってから10分くらい経ったあたりで、部室のドアが開く。
 
「いやあ皆さん!今日はよく集まってくれたわ!」
「結構遅かったな」
「台本を印刷してたの。忍び込むのに一苦労だったわ。」
 
毎度ながらコイツの行動には大胆さが溢れている。
 
「でもまだメンバーが揃ってないのよ。」
「まだ他にもメンバーが居るのか?」
「そ!そいつらを引き連れてくるから、皆待ってて。」
 
また待たせるつもりか。谷口がパイプ椅子に座って我慢している姿が見えないのか?別に怖くないけど。
 
「あんたも行くのよ。それとみくるちゃんと…有希も!」
 
…嫌な予感がする。
 
 
移動時間約3秒。向かって着いた先はコンピ研の部室だ。
俺が片手にいつしかの使い捨てカメラが持たされている事をみると、もう展開を察するには十分だ。
ハルヒがドアを開けようとするのを制止しない手はない。
 
「待て、もしかしてまたあの手を使う気じゃないだろうな?」
 
分かってはいたが一応訊いておく。
 
「入れば分かるわよ。」
 
俺の制止をもろともせず、ハルヒは部室のドアを開く。
 
「たっのもおー!!今回はちょっと頼みごとがあってお邪魔しましましたー!!」
 
耳に強く残る声だ。ビクビクッとコンピ研メンバー5人がこちらを見る。
その中にはかつての部長も居た。世代交代をしたはずだが、実のところ今はたまに部活に顔を出して後輩達の指導をしているらしい。
なんと部活想いな部長だろうね。
 
「またきみか!!」と当然の如く部長。
「学校祭で行う我がSOS団の活動に協力して欲しいの、いいでしょ?」と団長様。
 
まぁここでOKを出す奴が居たら、そいつはよっぽどのアホか隠れハルヒファンだ。もちろん部長は例外である。
 
「何をする気なんだ。」
「演劇。あんたたちには七人の小人役その3~その7をやってもらうわ。」
「断る!」
 
だろうね。
 
「そんな事言ってていいのかしらーっ…!」
 
ハルヒは部長の真ん前に朝比奈さんをセットする。密かに長門は部長の後ろにセットし、それと同時に俺はカメラを構えた。
朝比奈さんが怯えきってる事が彼女を見なくても手に取るように分かる。
 
「てやっ!」
 
ハルヒは部長の手首を持って、朝比奈さんの胸へと一直線に叩きつけようとするが、部長も抵抗する。
 
「そう何度も同じ手を喰らうかっ!」
 
部長はもう片方の手でハルヒが掴んでいる手を抑える。…なんなんだこの状況は。
 
「甘ーい!!」
 
とハルヒが叫び、ハルヒの余った左手が部長の顔面を掴み、後ろに倒す。
 
「うわあっ!?」
 
普通の女子高生の場合なら、このまま部長の後頭部に胸が押し付けられたはずだろうが、長門の場合は違った。
ダンッ!という音と共に俺はシャッターを切る。まるで堅い腹筋に部長の後頭部が直撃したかのような音だった。…確かに当たったのは胸部のはずだったのだが?
それにしても痛そうだ。
 
「も、元部長ー!!」
 
コンピ研の奴らの悲しみの訴えが重く突き刺さる。ほんとすいません、コンピ研。
 
 
そのままの成り行きで見事コンピ研メンバーを獲得。貴重な勉強時間を削らせてまで部長を来させる事になった。もう一回、ほんとすいません。
長門の不機嫌そうな顔には少し驚いたが、そこらへんは胸の奥に秘めておくことにするよ。
 
 
文芸部室で台本が配られ、ようやく稽古らしいものができるといったところまで進んだ。
さあて、これからどうなることやら…全く見当がつかない。
 
 
台本の1ページ目。『白有希姫』と大きく書かれたページをめくると、それぞれの配役が書かれていた。
まとめついでに紹介しておくか。
 
総監督 あたし
 
白有希姫役→有希
 
王子様役→キョン
 
魔女役→あたし
 
魔女の手下その1→鶴屋さん
 
魔女の手下その2→国木田
 
七人の小人その1→みくるちゃん
 
七人の小人その2→古泉くん
 
七人の小人その3~その7→コンピ研
 
魔法の鏡役→谷口
 
 
…魔女の手下なんか白雪姫に出てきたっけか?俺の心配は募るばかりだ。
 
 
 
――あの日から3日程経った。今に至るわけである。
 
ハルヒがどこからともなく新調した真っ白のまさに雪のようなドレス。それを着ている長門は朝比奈さんさえ凌駕する程の破壊力を持っていた。
 
「似合う?」
 
長門が上目遣いで訊いてくる。この状況があと10秒も続けば俺は失神していたかもしれないな。
 
「ああ、すげぇ似合ってるぞ。」
「そう」
 
トテトテと戻っていく長門。ドレスを着慣れていない歩き方はまた愛らしい。
 
「またボーっとして!ちゃんと台詞覚えたの!?」
「ああ、意外と真面目にやってたんだぞ、一応な。」
「言ってみなさい!」
「えーと…『おお、これはなんとも美しい…目を覚ましてくれたまえ、美女よ。』」
「…はっきり言うわ、気持ち悪い」
「お前がやらせてんだろうが!」
「もっと王子様っぽく言いなさいよ。それじゃあただの変態よ!」
「そう言うお前はどうなんだよ。」
「あたしはちゃんと監督と魔女役を両立させてるわよ。」
「じゃあ台詞言ってみろよ。」
「あたしにそんな暇ないの。有希の稽古で手一杯なんだから!あんたもちゃんとやりなさいよ!」
 
そう言ってハルヒは長門の元へ戻っていく。谷口は隅の方で台本とにらめっこ中で、鶴屋さんと国木田は仲良く話しながら台詞覚えをしている。朝比奈さんと古泉も同様だ。
コンピ研5人はブツブツと不機嫌そうに台詞合わせをしている。
もう気付いているかもしれないが、ここは文芸部室ではない。俺の説得とハルヒの権力(なのか?)で、体育館のステージを貸切状態しているのだ。もちろん演劇部と交代でね。
 
 
休憩時間。俺はふと思いついた素朴な疑問を投げかける。
 
「ハルヒ、衣装は長門のしかないのか?」
「今のところはね。でも後々あんたの衣装も揃えてあげる。」
「一体どこから持ってくるんだ。」
「ネット通販よ。」
 
ああ、バニーガールもそうだったっけか。
 
「魔女の服は去年の使い古しでいいし…七人の小人の衣装も揃えないといけないわね。」
「魔法の鏡はどうするんだ?」
「体育館にスクリーンを出してドアップで谷口の顔を映せばオッケーよ。」
「………ぶっ」
 
想像したら吹いた。というかまずい、笑いが止まらん。
 
「そんなにおかしいかしら?」
「っくく…楽しみになってきたぞ、その時が。」
「それは良かったわ。主役男優がその気でないと始まらないからね!」
 
するとハルヒは立ち上がって
 
「休憩終わり!今日は最後に第一章を合わせるわよ!」
 
珍しくハルヒの企画で俺がやる気になってきた。まぁ谷口のおかげか。
まぁ俺は第一章に出てこないから安心…してる暇もなかった。
 
「ほら、あんたはスポットライトの練習をしなさい!」
 
また言わせてもらおう。…やれやれ。
 
 
無事第一章の流れは一通り完成した。スポットライト役である俺への罵倒は何十回あったか分からんがな。
 
 
25日後に学校祭を控える朝のホームルーム前。まだハルヒが登校していない時、1年5組に珍しい訪問者が来た。
 
「訊きたいことがある」
 
と、一言俺に伝える平坦な声。そう、長門である。
 
「なんだ?」
「どうすれば感情というものを台詞に込める事ができるのか、教えて」
 
なるほど、長門も真剣なようだ。しかし中々難しい質問だな…お前の場合は見て覚えた方がいいかもしれない。
 
「見て覚える?」
 
長門は首を傾げてまた問いかけてくる。
 
「ああ、言葉じゃ伝えきれないもんがある。次の土曜、演技の勉強に行くか?」
「いく」
「じゃあ決まりだな。映画で演技の参考になるか…?ま、見るもんはこっちで決めとくよ。」
「…また放課後に。」
 
恋愛物でいいのか?それともファンタジー物?そう悩んでいると谷口が野次馬のように寄ってニヤニヤしながら言った。
 
「キョン、何デートに誘ってんだよ~!」
 
デート?一体何の事だ?
 
「今の約束に決まってんだろ!」
 
今の約束って…映画の件か?別にそんなつもりは無かったんだが。
 
「あいつを映画に誘う勇気がキョンにあるとはなー。驚きだぜ。」
 
確かにデートと言えるかもな…ん、俺は結構大胆な事をしていたのか…!?
 
「今更何言ってんだよ。これを涼宮が聞いたらなんて言うかね~!」
「別に関係ないだろ。」
「ん、そうだったのか?俺はてっきり…」
「何密着して話してんの?気持ち悪いわよ、あんた達。」
 
確かに一理ある。暑苦しいから離れろ、谷口。
 
「ま、せいぜい頑張れよ、キョン!」
 
あいつは最初から最後までニヤニヤしっぱなしだったな。
 
 
それから3日間、俺達の辛い練習の日々が続き、約束の土曜日がやってきた。
ハルヒもさすがに疲れたらしく、今日と明日の練習は休みだという。こりゃあ有意義な休日が過ごせそうだ、と期待を膨らませる俺。
 
 
集合時間より10分早い12時50分にいつもの駅前に到着した俺だが、長門は一足早く到着していたようだ。
 
「よっ、長門。」
 
制服で来るんじゃないかと心配したが、そんな心配は全く要らなかった。白い肌によく似合う真っ白のワンピース。
少し背が伸びたのか、と思って足に目をやると白いハイヒールを履いている。大人っぽい長門は最高に可愛かった。
 
「行こ」
「ああ。じゃあちょっと着いてきてくれ。」
 
近くの映画館へ長門を誘導するが、予想通り街中は混んでいた。
これでははぐれてしまうのも時間の問題だ。
 
「長門、はぐれないように…手繋いでもいいか?」
「繋ぐ」
 
長門は俺に右手を差し出してそう言った。本格的にデートみたいになってきたぞ…?
 
手を繋いだ時間が長いようで短く感じた映画館までの道のり。いかん、平常心だ。頬を赤く染めたりなんかしたら格好が付かないしな。
 
「…ここ?」
 
今日初めての疑問文。そう、ここが映画館だ。
俺は最後まで恋愛物かファンタジー物か決める事ができなかったが、恋愛物の方が空いてそうな雰囲気を醸し出していた事を見抜いて決断した。
 
 
席は後ろの方になってしまったが、長門にとって見やすい見にくいの問題は皆無だろう。
上映時間までの待ち時間、俺の左隣でポップコーンをパクパクと食べていく長門に唖然していたのだが、右隣の方から聞きなれた声が聞こえてきた。
 
「あーあ、後ろの方になっちゃったわねー…」
 
…間違いない。奴の声だ。
 
そして更なる不安が俺を押しつぶす…その次に聞こえた声によってな。
 
「めがっさ楽しみっさ!」
「わたし…こんなの初めてですぅ。」
 
容易に声と顔が一致する。これは最悪といっていいほどの悪状況…死んだな、俺。
だが幸いな事に、奴はこちらに気付いていないようだ。だが俺の心臓の音は周りに聞こえそうな程鼓動の音を発している。
長門は俺の汗の量を見て不思議に思ったのか、首を微かに傾げながら聞いてきた。
 
「…どうしたの?」
「あら?今有希の声が…って、有希じゃない!」
 
ハルヒは体を前にのりだして長門に話しかける。
 
「有希っ子ー、珍しいね、映画館にくるなんて~!」
「長門さん…こんにちは。」
 
…俺は死を覚悟した。朝倉涼子の突き刺してくるナイフも、今なら喜んで刺されに行くさ。
 
「ちょっとあんた…そこの子と席変わってくれる…って…」
「あっ!」
「…あれ?」
「………」
 
 
――そしてその次の日…って、え?省略するなって?…分かったよ、ったくもう。
 
すぐさま俺達の映画鑑賞は終わった。始まってもいないのだがな。
ハルヒは服の裾を引っ張って放り投げるように俺を外へと追いやった。
 
「で、あんたは何をやってたわけ…?」
 
涼宮さん…声、トーン低いです…
 
「何やってたのって聞いてるのよ!!」
「…い、いやあの…そのだな。映画で演技の勉強でもと思って」
「それで有希を誘ったってわけ!?」
「違う、長門の方から提案を…」
「有希があんたなんかと来るわけないでしょ!!」
 
いつもポンポンと出てくる言い訳さえ見つからない。俺の脳内探索隊は何をしているんだ!!
「隊長が汗だくで指示がありません!」と隊員の一人が主張する。ああすまん、それ俺の事だ。
 
「うっひゃー…ハルにゃんめがっさ怒ってるねー…」
「キョンくん…可哀想です…」
 
「頑張って指示を出してください!!」と隊員達の励みの声が聞こえる。いや、妄想だけどさ。
 
「俺が無理矢理誘ったわけじゃないし、俺はそんなことしない。信じてくれ。」
「今のあんたを信じられるわけ…!!」
 
ハルヒの声がいきなり途絶える。下げていた頭を上げると、長門がハルヒの服を引っ張っていた。
 
「ゆ、有希…?」
「彼は嘘は吐いていない。今日の事はわたしが提案した。」
「キョンに言えとか言われてない?本当?」
 
どこまで信用しないつもりなんだ、この総監督様は。
 
「わたしの意志で彼に勉強させてもらいたい、と申し出た。」
「そ、そうだったの…?え、ええっと…」
 
長門の総攻撃によって形成は逆転した。見ろ、あのハルヒのあたふた顔を。
誰が長門と来るわけないって?ええ?
 
「けれど、映画館に行くと提案したのは彼」
 
…長門の裏切りによって形成はまた逆転した。見よ、俺の恐怖感に満ちた顔を。
 
「誰がそんな事はしないんだって…?ええー?」
 
ハハハ、ナガトサン。クウキ、ヨモウヨナガトサン。
 
 
その日、俺はハルヒにこってりシメられた。回し蹴りに関節技、とび蹴りなど、技のバリエーションの多さを披露してくれたね。
日曜日にずっとベッドの上で過ごす事になった事は、言うまでもない。
 
 
明くる月曜日。なんとか動けるまでに傷が癒えた事で学校に行くことに。…まだ所々が傷むんだが。
教室に入ると真っ先に不機嫌そうなハルヒの姿が目に入る。見ただけで傷が痛んだのは気のせいか?それを確かめる術は俺には無い。
きっと知る事ができるのは、自称神の、魔女様だけなんだろう。
 
「よう…ハルヒ。土曜はほんとすまん。」
 
次の発言次第で今日の俺の気分は変わっていただろう。…あれ、俺の一日はハルヒに左右されて程になってしまったのか?
ハルヒは四分の三拍子程の間を置いて
 
「いいわよ、勉強しようとしてたのは本当らしいし。あたしの方こそ、やりすぎちゃったみたいね。」
 
なんとか最悪の事態――とは何か、実は俺も想像がつかない――は免れたようだ。
結局長門のために何もできなかった土曜を悔やみながら、放課後に俺は部室…ではなく、体育館ステージへ向かう。
 
「キョンくん、こんちには。」
 
朝比奈さんが缶のお茶を差し出してくれる。この方は体育館でもお茶を出してくれるのか。
 
「『まあ、美味しそうなリンゴ…早速いただくわ。』」
「ダメー!まだまだ感情こもってないわよ、有希!」
 
ハルヒと長門の稽古姿が視界に入った…んだが、いつもと何かが違う。ああ、ハルヒが去年長門が着た魔女の服を着ているのか…似合ってるぞ、くらい言ってやればいいだろうか。
 
「じゃあもう一回!『ヒィーッヒッヒ、お嬢さん、リンゴでもいかがかねぇ?』」
 
いかにも悪そうな魔女だな…ある意味あそこまで演じきるとは凄い。
 
「『まあ…!美味しそうなリンゴ…早速いただくわ。』」
 
だが長門の声の音程は全て同じ平坦なまま。まずはあれから直さないといけないらしいな。
 
「ダーメ!もっかいよ!あたしの演技をよく見て真似なさい!『ヒィーッヒッヒ、お嬢さん、リンゴいかがっ…あら?リンゴでもいかがかねぇ?』」
「『まあ、美味しそうなリンゴいただく…あら。早速いただくわ。』」
「…有希、えっと…ごめんね。」
 
この稽古をビデオで撮ればそのまま生徒会に提出して出し物として成り立つんじゃないか?結構面白いぞ、こいつら。
悠長にこんな事を考えていたが、ハルヒにすぐ感付かれた。
 
「あっ、キョン来てたの?台詞練習してきたでしょうね?」
「まあな。」
「じゃ、やってみなさい!」
「『おお、これはなんとも美しい…!!目を覚ましてくれたまえ、美女よ!』」
 
俺は自作の動作まで付けてハルヒに披露してやった。どうだ、俺の演技の程は。
 
「…上達したんじゃない?」
「だろ?」
「じゃあせっかくだし…第五章の練習始めましょうか。あんたと有希しか出てこないし。」
「第五章?」
 
俺は台本をパラパラを開き、第五章のページで指を止めた。
 
「お、おいこれ…」
「もちろん、練習してきたでしょうね?」
 
一応台本全部目に通したはずだったんだが…こんなシーン、あったのかよ!まぁ白雪姫では定番なんだろうが…
 
「ほら、棺桶も用意したんだから、有希ここに寝て!」
 
いつかの閉鎖空間から脱出した手段が主体のこの第五章。…マジでやるのか?
 
「まさか本当にするなんて思ってるんじゃないでしょうね?するフリよ、フリ!あんたが有希とキスなんて、100万年早いんだから!」
 
…ですよねー。
 
「だが残念な話があるぞ、ハルヒ。」
「何?」
「俺はこのシーンの台詞、全く覚えてない。」
「…まあいいわ、台本見ながらやって。」
 
ハルヒの喝は飛ぶかと思ったが…これは予想外の反応である。
 
「アクション!!」とハルヒの活気良い声と同時に俺と長門の演技が始まった。
第五章『Kiss』。どんなシーンかは説明は要らないよな?俺は棺桶で眠っている長門の横に立つ。
 
「『おお、これはなんとも美しい…!!目を覚ましてくれたまえ、美女よ!』」
「カァーット!!!!」
「なんだよ。」
「あんた、それ四章の台詞でしょ!?ばっかじゃないの?」
「そんなわけ…って…すまん。」
「もう一回!アクション!!」
「『か、可哀想な美女…魔女の毒によって死んでしまったというのかー』」
「『………』」
「『俺のく、くく口付けで…目を覚ましてくれ、美女よー』」
「『………』」
 
俺が長門の唇に顔を近づけた瞬間、ハルヒによってこの行為は妨げられた。
 
「カァーットォ!!!!!」
「なんだよ!」
「棒読み過ぎよ、あんた!初めてでもそんな下手な奴も珍しいわ!」
「難しいんだよ、これ!」
 
それに羞恥心が邪魔をする。
 
「有希を見てみなさいよ!見事な寝っぷりでしょ?」
 
別に寝るフリなんて誰でも…って、本当に上手いな。こんなに死んでるように眠るフリができるのか…?
 
「………」
「有希、もう演技はやめていいわよ。」
「………」
「有希?」
「ZZzzzz」
 
言ったのは何回目だ?まぁそんな事は気にせず言わせてもらおう。…やれやれ。

 

 
学校祭まであと20日、演劇は6割方進行した。俺は王子役の台詞、そして何故かアクロバットな運動を命じられ、そしてスポットライトの練習までやらされることになっている。
これならまだ『その他雑用』の方が良かったぜ…畜生。
コンピ研の奴らが素直に演技の練習を続けているのが少し気がかりだが…まぁ俺は自分の事で精一杯だ。
 
いまいち進度が遅い為、ハルヒは文芸部室にメンバーを集め、ミーティングを開始した。
 
「うーん…皆はよく頑張ってくれてるんだけど…ちょっと練習時間が短いのかしら?」
 
いや、十分にハードなスケジュールだと俺は自負してたんだが?
 
「そもそも、お前のシナリオが無理矢理すぎるからいけないんじゃないか?」
「まぁ大変ではあるけど…これが成功すれば、きっと素晴らしいものになる事間違いなしよ!」
 
この自信はどこから沸いてくるのか。もし沸き場所を知っている方が居れば連絡を取り合おうじゃないか。
 
「やっぱりあたしは、練習時間を増やした方がいいと思うんだけど、異論のある人はいる?」
 
谷口が久しぶりに発言する。
 
「ただでさえ長い時間練習してんだぜ?もっと短くしてもらいたいくらいだ。」
「却下!他は?」
 
谷口の事を可哀想だと思ったのは久しぶりだ。こいつには意見する権利さえないらしい。
 
「じゃあこの案は可決!じゃあ早速練習開始するわよ!」
 
勝手に案を出して勝手に可決した総監督様は、体育館へ軽い足取りで向かっていった。対して俺は重い足取りでステージに向かい、疲れはピークに達しようとしていた。
そしてその日の練習中、事件は起きた――
 
 
「第六章シーン8!アクション!!」
「『お前が魔女様を邪魔する王子っさね!』」
「『魔女様の命により、お前を倒すよ!』」
 
俺に奇妙な剣の切っ先を向けて喋っているのは魔女の手下その1、その2の鶴屋さんと国木田だ。
まったく、どんな展開だろうね、こりゃ。
 
「『白有希姫は渡さないぞ!とりゃあっ!』」
 
俺はゆっくりと側転をしてそのまま床をゴロゴロと転がり、手下その2(国木田)を切り裂く演技をする。
 
「『ぐあー!!』」
 
その場に倒れこむ手下その2を見て、
 
「『ひいー!どうか命だけお助けっさー!!』」と手下その1(鶴屋さん)。
 
ゆっくりと近づく俺。
 
「『もう悪さをしないと誓えば命だけは…』」
「『引っかかったねー!!』」
 
手下その1(鶴屋さん)は剣で俺に切りかかるが、俺はずっと練習を重ねてきたバック転を決めて軽やかに避ける。
 
「『終わりだ!』」
 
最後にでんぐり返しの後、大きくジャンプして手下1(鶴屋さん)を切り裂く演技をする…はずだった。
だが俺は、ぐぎっ!という音を立て、ジャンプの着地に失敗して足を挫いてしまった。
足首に激痛が走る。
 
「痛ってぇ…!!」
「キョン、大丈夫!?」
 
真っ先に駆け寄って来たのはハルヒ。その後に色々なトーンの声が聞こえる。
 
「キョン」くん!!!!」
「す、すっごい腫れてるわよ…!?」
「キョ、キョンくん…!早く病院に…」
 
 
あまりその後の事は詳しく説明できないが、古泉が俺を背負ってタクシーで病院まで運んでくれたらしい。
骨折までの重傷ではなかったが、2週間は安静にしていないと治らないとのことだ。…これはまずい。
もちろん、俺はその後1週間半の間、劇の練習には参加できず、見学しかしていない。登校するのがやっとという感じだから無理もないだろ。
俺が休む日にちが嵩むにつれ、それと比例してハルヒの不機嫌さも増していく。
 
「もう!!キョンがいないと練習にならないわよ!今日は終わり!!」
 
プンスカと帰っていく総監督様の後姿には、焦りと不安が満ち溢れているように見えた。
 
「…まずいですね。」
 
と、久しぶりに古泉が話しかけてきた。
 
「あなたが怪我をしてからこの1週間半、閉鎖空間の出現回数がどんどん増えてきています。」
「俺のせいだと言いたいのか?」
「いいえ、そんなつもりはありません。ただ、少々キツい事を申し上げると…そういうことになりますね。」
 
結局そうなのかよ。
 
「あなたがどれだけ早くに足の怪我を治すか…に、この世界の運命がかかっていますよ。」
 
自分の怪我がこんなに重要視されるのも初めてだな。怪我の治癒の速度が世界の運命を握るだなんて、そんな世界の真理など聞いたことない。
 
「とりあえず、機関の医者に治療薬を出させているので、大丈夫だとは思いますが…」
「あの医者、お前の仲間だったのかよ…」
「ははは、すいません。それじゃあ、頑張ってください。」
 
そう言って古泉は去っていった。何を頑張ればいいのか、俺はお前に小一時間問い詰めてやりたいね。
まぁ7割方治りつつある俺の足は、アクロバット運動こそできないものの、普通の演技ならできてたりするんだが、完治するまで我慢した方が良さそうだ。
 
 
だから、こんな怪我の事件よりもっとでかいビックウェーブがくるなんてこの時の俺はまだ知らなかったさ。予測できた方が凄いんだがな。
その日の夜、いつものように眠りについた俺だったが、突然目が覚める。堅い地面から起き上がると、俺は明らかに自分の部屋ではない何処かで寝ていた。
何かのデジャヴか…これはまるっきり、ハルヒと閉鎖空間に閉じ込められた状況と全く一緒である。
が、隣にはハルヒが居ない。これだけで数段難易度がアップしているよな…なんせ、前の脱出方法がハルヒとのキ…まぁいい、とりあえずハルヒを探す必要があるな。
この状況下におかれてこんなに冷静でいられる自分が面白いぜ。
誰も居ない校舎を一人で立ち歩くのは気が引けたが、俺は真っ先に部室へ向かった。
 
「誰も居ない…か。」
 
一人言を口走っていると、いきなりパソコンのディスプレイが明るくなる。
正直びっくりした。
 
YUKI.N>見えてる?
 
あの時と一緒だ、助かったぜ長門。
 
ああ、見えてる。
 
YUKI.N>通信時間も少ないから手短に話す。あなたは鍵を探さなくてはならない。
 
また鍵か。
 
YUKI.N>今回の鍵はたったひとつ。それは、涼宮ハルヒ。
 
今回は見つけるだけでいいのか?
 
YUKI.N>分からない。それからは…あなたが考えて。
 
何処にハルヒがいるか…とか、やっぱり分からないんだよな?
 
YUKI.N>Sleeping beauty
 
プツン、とディスプレイの画面が消えた。…またそれかよ、長門。

とりあえず部室に居ても拉致があかないと思った俺は、グランドの方へ出た。
あの神人やらは…居ないか、良かった。
辺りを見回すと、赤い球体が目に留まった。こちらに近づいてきている…。
 
●<今回も時間がありませんので手短にします。しかし、あなたも不運ですね。
 
…古泉か。余計なお世話だ、時間がないんじゃなかったのか?
 
●<そうでした。長門さんからのアドバイスは…もう受けましたよね?
 
見てたのか。
 
●<目的はもう分かってるはずです。健闘を祈ってますよ。では最後に…
 
ま、待てよ!
 
●<…SOS団演劇名を、思い出してください。
 
…だからそれはもう分かってるんだよ。何回も思い出させないでくれ。
 
古泉らしき球体は消えていった。俺が知りたいのはハルヒの居場所なんですが…校内を隈なく探すしかないのか。
俺が歩き出した瞬間、どこからともなく朝比奈さんの声がした。
 
『キョンくん、聞こえてますか?』
「朝比奈さん!」
『今、特別な力を使って直接キョンくんの脳に語りかけています。涼宮さんの居場所…分かりました?』
「まったく見当がつきません。」
『ふふふ、わたしはヒントしか言えないので…キョンくん、あなたが頑張ってくれないといけないんです。』
「居場所を知ってるんですか?」
『それは…禁則事項です。あっ、もう時間。』
「待ってくださ…」
『白有希姫、第五章。もう分かりましたよね。』
 
朝比奈さんの声が途絶える。…ああ、皆俺をおちょくってるってわけか?いくら俺でもさすがに分かったぞ。
俺は足を庇いながら走る。もちろん、目的地はあそこしかないさ。
 
「はあ、はあ…はあ。」
 
息を切らして着いた場所――体育館だ。
 
そのままゆっくりとステージの上へと歩み寄る。居てくれよ…総監督様!
ステージの幕を除けると、ある黒い物体を見つける。…棺桶か。まったくこった演出をしやがるな、こいつも。
俺は棺桶の蓋を開ける。
 
「よう…白雪姫さん。」
 
…本当に動かないようだ。…今度はフリじゃあ、ダメなんだよな。
 
 
「『可哀想な美女…魔女の毒によって死んでしまったというのか…』」
 
 
「『俺の口付けで…目を覚ましてくれ、美女よ…!!』」
 
 
俺はほんと何をやってるのか、自分で自分を疑った。雰囲気つくりのつもりだったんだが…やるしかない。

 

 

淡いキス。その瞬間、全てが光に包まれた――

 

 

 

閉鎖空間から戻って来た時は前と同じく、俺はベッドからずり落ちて寝ていた。目覚まし時計の時針は6を刺しつつ、音を鳴り響かせて暴れる時を待っていた。 
残された日数、俺達は猛練習の日々を重ねる。俺は遅れを取り戻すためにいつになく真剣だ。
 
「足、見違えるように良くなりましたね。」
「ああ、閉鎖空間から戻って来て以来、痛みも腫れも全く無くなっちまったぜ。」
「…これも、涼宮さんが望んだからなのでしょうね。」
 
耳元で囁くな古泉!お前の吐息など感じたくもない。
 
「じゃあ、本番に向けてお互い頑張りましょう。」
「当たり前だ、この1ヶ月間の苦労を無駄になんかしたくねえ。」
 
 
そして、やってきたのだ、この時が。
学校祭当日。体育館には大勢の客が集まっている。
「白有希姫」開始まであと5分。俺は掌に人の字を6回書いて飲み込む。今日は特別だ、いつもの倍にしておいた。
 
「生徒社会を応援する世界造りのための奉仕団体、SOS団による演劇『白有希姫』が始まります。それでは、どうぞ。」
 
放送委員のアナウンスに、観客共の盛大な拍手、そして大きなブザー音。それら全てが鳴り終り、魔女のハルヒがステージの中央へと向かう。
 
 
第一章 プロローグ
 
「昔、白雪姫というとても美しい王女と、深い谷に住む魔女が居た。魔女は、自分が世界で一番美しいと信じており、彼女の持つ魔法の鏡もそれに同意したため、満足な日々を送っていた。」
 
このナレーションの語りは国木田。そして文章はウィキペ○ィアから参照したものである。
 
「『鏡よ鏡よ鏡っ!世界でいっちばーん美しいのは誰かしら?』」
 
体育館、ステージから見て右側の大きなスクリーンに谷口の顔が映し出される。いいなあ、こいつは出番が少なくてよ。
 
「『それはもちろん涼み…魔女様に決まってるでしょー。』」
 
こいつ、ちゃんと練習してきたのか?
 
「白雪姫が16歳になったある日、魔女は魔法の鏡にもう一度問いかけた。」
「『ちょっと!かがみ!世界で一番美しいのは誰かしら?』」
「『それは白有希姫でございますー。』」
「『なんですって!?聞き捨てならないわ、今すぐ白有希姫を始末しなきゃ!』」
「そう言って魔女は白有希姫の元へ飛んでいきました。さてはて、これから一体どうなることやら。」
 
…それにしても魔女の台詞が適当だな、本当に大丈夫なのか?
 
第二章に入りかかろうとした時、朝比奈さんがオドオドしながら寄って来た。
 
「た、大変ですぅ…!!コンピ研の皆さんが居ません!!」
「なんですってぇ!?」
 
ステージから戻って来たハルヒが叫んだ。おいおい、声でかすぎだ魔女さん。
 
「置手紙がひとつ…『せいぜい頑張ったくれたまえ ハハハハ』と…」
「どうするんだ。もう二章始めないと不自然だぞ?」
 
第二章『白有希姫』。白有希姫と七人の小人が仲良く会話をするシーンだ。その七人の内であるコンピ研の奴らが居ないと話にならん。
 
「と、とりあえず…キョン、あんた出なさい!七人の小人その3を演じるのよ!」
 
んな無茶な。
 
「みくるちゃん、古泉くん。他の4人は風邪だとか言って、なんとかアドリブで繋いで頂戴!」
「ふぇ、ふぇぇぇ…!?」
「…分かりました、やってみましょう。」
「キョン!早く小人の衣装に着替えて!!」
 
第一章が終わってから3分後。観客がざわめき始めた頃、ようやく第二章が始まった。
 
 
 
第二章 白有希姫
 
「一方、白有希姫は、七人の小人と平和に仲良く暮らしていました。」
 
「『何して遊ぶ…?』」と長門。
 
「『あの、その…ええと…!』」
 
朝比奈さん、かなりアガってるな…台詞が言えてないぞ。
 
「『こちらの小人さんは、鬼ごっこがしたいと申しておりますよ。僕は隠れんぼがしたいなあ。』」
 
ナイスフォローだ、古泉。
 
「『…あれ。他のみんなは。』」
 
ここからアドリブに突入だ。無表情の長門に俺が答える。
 
「『あっと…みんな風邪を引いて寝ているんだ。』」
 
わざわざ七人の小人を風邪に設定する演劇はそう他にはないだろう。
 
「『風邪…?風邪って…何?』」
 
この演劇の白雪姫は、風邪を知らないらしいな。もう滅茶苦茶だ。
ハルヒがいかにも「何やってんのよ、有希!」と言いたげな顔でこっちを見ている。
 
「雪山であなたもなったでしょう。あの状態異常の事です。今はそれについて触れずに、劇を続けましょう、長門さん。」
 
「…わかった。」
 
小声で会話を始めた白雪姫と小人。これだけのグダグダ具合なら観客も飽きてる頃だろうと思い観客席に目をやったが、思いのほかまだ8割ほど残っている。
観客の目を釘付けにしていたのは長門だった。ああ、納得だぜ。
 
「白有希姫と七人の小人はその日も楽しく遊んでいました。が、白有希姫が森に出かけたある日…ついに白有希姫は魔女に見つかってしまったのです。」
 
無理矢理ナレーションが入る。まだ二章が終わったところだぜ?大丈夫かよ、ほんと。
 
 
 
第三章 毒リンゴ
 
「『ヒィーッヒッヒ、お嬢さん、リンゴでもいかがかねぇ?』」
 
幸いな事に、この章は長門とハルヒしか出演しない。練習風景は前に見た事があったが…完成したのか?
 
「『まあ。美味しそうなリンゴ。早速いただくわ。』」
 
前より酷くなってるのは気のせいだろうか。いや、きっと気のせいだよな。
ガブリッ、と本物のリンゴを長門がかじり付く。
 
「…おいしい。」
「ちょっと有希…倒れないとダメでしょっ!?」
 
ガブガブとかじり付く長門。…相当美味しいんだろうか、あのリンゴ。終わったら俺も少し分けてもらうことにしよう。
 
「『…あうっ』」バタリ
「『ヒィーヒッヒ!残念だったねぇ白有希姫!』」
 
ハルヒが長門を押し倒したように見えたのは目の錯覚と信じるしかない。
これで無難に第三章終了…戻って来たハルヒは言い放った。
 
「オチ変更!第四章と第五章は最後にして、それからズラしていきましょ!」
「何故オチを変えるんだ。」
「だって、王子が魔女を倒して終わりなんて、ありきたりでしょ?」
 
確かにそうだが…唐突すぎる。
 
「じゃあ次、第六章の内容やるわよ!」
 
 
 
第四章だったはずの内容を第六章に変更。えーと、六章ったら…げ、俺のアクロバットシーンじゃねぇか!!
王子衣装に着替えてとぼとぼとステージ上に歩いていく。俺の反対側から現れたのは魔女の手下その1(鶴屋さん)その2(国木田)だ。
 
「『お前が魔女様を邪魔する王子っさね!』」
「『魔女様の命により、お前を倒すよ!』」
 
俺はまだ魔女にすら会ってないんだが…とかこのアドリブ具合にダメ出しをしていたが、この際やるしかない。
 
「『白有希姫は渡さないぞ!とりゃあっ!』」
 
当然、白有希姫にすら会ってないわけだ。
俺はゆっくりと側転をしてそのまま床をゴロゴロと転がり、手下その2(国木田)を切り裂く演技をする。
 
「『ぐあー!!』」
 
その場に倒れこむ手下その2を見て、
 
「『ひいー!どうか命だけお助けっさー!!』」と手下その1(鶴屋さん)。
 
ゆっくりと近づく俺。
 
「『もう悪さをしないと誓えば命だけは…』」
「『引っかかったねー!!』」
 
手下その1(鶴屋さん)は剣で俺に切りかかるが、俺はずっと練習を重ねてきたバック転を決めて軽やかに避ける。
 
「『終わりだ!』」
 
前に足を挫いた最後のジャンプ。見事に成功したんだが、でんぐり返しの後じゃあ格好付かねぇよな、これ。
そのまま第五章に入る。そこ、もう見なくていいぞ、こんな劇。
 
 
 
第五章 俺VSハルヒ。いや、王子VS魔女だけど。
ここもアドリブでやっていいのか?もしいいのなら滅多打ちにしても別に怒られんよな?
 
「キョン、ここはあたしがやられるシーンから、あんたがやられるシーンに変更ね。」
「なんだって?」
「だから、王子役のあんたがやられるの!説明は後よ!」
「王子がやられてどうする。」
「ちゃんと後のシナリオも考えてあるから!さぁ行くわよ!!」
 
白雪姫の世界でも俺はハルヒに負けてしまうのか。いや違う、いつもの世界でも負けてはいないはずだ。
 
「『お前が魔女か!よくも白有希姫を…』」
 
言うまでもなくここで矛盾が発生してるよな。
 
「『あんたこそよくあたしの手下をやってくれたわね!』」
 
もう完璧にハルヒだ。魔女の面影はどこにもなくなっちまった。
俺は側転を3回連続で決めて魔女に接近する。ハルヒは全力疾走で俺に向かってきやがった。
こいつまさか、本気で俺を倒す気じゃねぇだろうな。
 
「『覚悟ぉっ!!』」
 
いかにも魔女らしくない攻撃が俺の腹部に直撃。魔女の肉弾戦ってどうよ。
 
「あんた、ちょっとは避けなさいよ!」
「無茶言うな!」
 
もう1発…いや、2、3発はくらったね。演技じゃなくても俺はそこに倒れざるおえなかった。
これはバッドエンド劇に変わったってことか?
 
「『そこまでです!魔女!』」
「『だ、誰!?』」
「『名乗る程の者ではありません。とうっ!』」
 
倒れる俺を通り越して魔女と対峙する何者か。敢えて名前は出したくねぇ。
 
「『ふんっ…もっふ!』」
「『ぎゃあーっ!』」
 
何をしたかは知らないが、どうやら魔女は倒れたらしい。
 
「『大丈夫ですか…王子様。』」
 
俺が顔を上げた先には、あのニヤケスマイルがいつも以上にニヤニヤして俺を見ている。
…やれやれ。
 
 
ステージに幕が垂れ下がった。まだこんな劇を見ている方は相当無理をしていることだろう。
言っておくがもう長門はあんまり見えないぞ、あとは棺桶で眠るだけだ。
 
 
 
第六章 王子と小人達の出会い
 
俺は小人その2(古泉)に背負われて他の小人達に迎えられる。
 
「『連れて来ましたよ、王子様を。』」
「『さすがね、コイズーミ!』」
 
俺が驚いたのはコイズーミとかいう即席で付けたふざけた名前ではなく、小人役の中にハルヒが居た事だった。
ほんとに自由だな、こいつは。
…よく見ると谷口や国木田、鶴屋さんも小人役として参加している。
 
「『お、王子様っ…白有希姫が大変なんですぅ!』」
「『あなたならなんとかしてくれると思い、僕がここに連れてきた、というわけです。』」
 
意外とストーリーは上手く繋がってるな。…あとはラストシーンか。
俺は立ち上がって棺桶の中で眠っている長門の前に立つ。七人の小人はステージ外に掃けて、俺と長門のツーショットだ。
観客の目は俺に向いている。ああ、心配しなくても大丈夫さ。キスなんてしねぇ。フリじゃなくほんとはしたいところだが、ここは我慢我慢。
 
 
 
第七章 Kiss 
 
「『可哀想な美女…魔女の毒によって死んでしまったというのか…』」
「『………』」 
「『俺の口付けで…目を覚ましてくれ、美女よ…!!』」
「『………』」
 
閉鎖空間での事を思い出しつつ台詞を言う。ああ、ファーストとセカンドのキスがあいつだったとは…俺も災難な人生だよな…。
少しの静寂の間――
 
「えぇぇっー!!!!!!????」
 
な、なんだなんだ!?観客がいきなり騒ぎ始め、困惑している。一体何を起きた?
 
「こっのバカキョォーン!!!!!!」
「いだぁっ!!」
 
ハルヒに思い切り殴られる。痛ぇなこのっ!
 
「あ、あんた何したか分かってんの!?」
 
何したかって…俺は何をした?
棺桶で眠っている白有希姫の頬を見ると、朱の色で染まりきっている。
 
「説明しろ、俺は何をした」
「しらばっくてれんじゃないわよっ!!」
 
ハルヒのローキックが直撃。
 
「ま、幕を下ろして!これで白有希姫は終了です!!」
 
観客の大ブーイングの中、エピローグがないまま『白有希姫』は終わった。
 
「有希、大丈夫だった!?」
「…………びっくり」
 
大丈夫だったとは?俺の知らぬ間に長門の身に何があったんだよ。
 
「説明しろ、古泉。」
「まさか覚えてないんですか?」
「何の事だ。」
「あなたは何のためらいもなく、長門さんに…これ以上はちょっと。」
「な、なんなんだよ!」
 
少し分かってきて更に俺は混乱する。おいおい、ちょっと待て。待て待て待て待て
 
「死ねぇ変態キョンっ!!」
 
それから俺はハルヒの猛攻撃を受けた。足を挫いた怪我以上の重症を負ったのは、言うまでもないよな。
 
 
 
 
「…………ユニーク」
 
 
 
『白有希姫』 Fin


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