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まさにハイキングコースのような坂道を耐え抜いた先に聳え立つ我が北高校の屋上にて、こんないいものが見れるならあの坂道も悪くないなと思える景色を眺めながら、俺はタバコを咥え一人感傷に浸っていた。
見慣れた景色ではあるものの、今日は特別空が綺麗であった。真っ赤な夕焼け空が、山の上にある学校ならではの特典を更に素晴らしい物にしていた。
フーッと煙を吐き出すことさえも、辛い。体重を預けている古びたフェンスから、俺は少しも動けない。胸ポケットからしわくちゃになったタバコを取り出し、火を点けるのでやっとだ。
血の味がするタバコを、コンクリートに力なく押し付ける。
―――とりあえず、冷静になろう。
つい先程ここで起きた出来事、それに至るまでの経緯・・・。
俺は目を閉じて、今までのことをゆっくり思い出した。



「・・・アンタなんかっ、キョンじゃなくてヤンキョーンよ!!大っ嫌い!!」
一週間ほど前の出来事だ。いや、この件に関しては俺は悪くないはず・・・である。
タバコを吸いながら駅周辺を散歩していた俺は、突然不良に絡まれた。不良といっても、「女子」高生ヤンキーであり、絡まれたというのは喧嘩を売られたわけではなく、簡単に言えば、逆ナンというやつだ。
始めは熱くスルーしようとしたのだが、俺は丁度タバコを切らしていたので、一本分だけそこに居座ることにした。
そう、そのタバコ一本分の短い時間の中、俺はハルヒに運悪く出くわしたのだ。
俺を見るなりあんぐりと口を開け三秒ほど立ち尽くし、いきなり「この子たち誰よ!!」、とすごい勢いで咎められた俺は、嘘をついてもしょうがないので本当のことを話してやると、
「そんなの嘘に決まってるじゃない!どうせアンタがナンパでもしたんでしょ!?不潔!!さいってー!!」
と、これまたすごい勢いで唾を飛ばして怒鳴り散らし、俺の言い分などは一切聞かれることなく冒頭のセリフに至った。

事の発端の次の日、長い長い坂道を登っている途中に俺は信じられない光景を目の当たりにする。
意識しておかなければどこかへぷらーっと旅に出てしまいそうな、さぼりたがりな俺の両足を一生懸命動かしている最中、それを嘲笑うかのごとくスーッと爽やかに見慣れた男女が俺の隣を通過していく。
「こいz・・・!?」
あまりの衝撃に俺は言葉を詰まらせる。数歩先を進んでいた二人は一旦止まり、男の方は爽やかスマイルで、女の方は「不機嫌」をそのまんま人間にしたかのような顔をしながらこちらを振り返った。
なんと、意外な組み合わせの二人は、仲睦まじく手をつないで登校してきやがったのだ。
「お前ら・・・!?」
「・・・あーら、そういえばアンタにはまだ言ってなかったわねー。」
まるで汚いものでも見るような目で俺を見ながらハルヒが言う。恋人繋ぎをしたその手を俺に見せつけ、
「あたし、古泉君と付き合うことになったから」
と、誇らしげに言い放った。
・・・なんだと? 

「・・・ど、どういうことだ?古泉」
「どういうことだ、と聞かれましても、そういうことだとしか言えませんね。何か問題でもあるのですか?」
野郎の言葉に、脳の毛細血管が三本ほどぷっちんしたような気がした。こいつの言葉にはいつも腹立たしいものがあるが、今の言い方はいつも以上に忌々しかった。それに、心なしか笑顔も三割増量中のようだ。三割り増しに忌々しい。
「ハルヒ、お前古泉が好きだったのか?」
たまらず俺はハルヒに話を振る。ハルヒは一瞬感情の読み取れない複雑な表情を作ったあと、ニタニタと笑った。
「・・・アンタに関係ないでしょ?行きましょ、古泉君」
ハルヒは古泉の腕に自分の腕を絡ませ、二人は再び学校へと足を進ませた。
・・・なんだ?なんだなんだ?どういうことだ?
「ちょっと待てよハルヒ!」
抑えきれず、俺が遠ざかるハルヒの腕を掴もうとした瞬間、
「あたし、アンタみたいなヤンキー大嫌いなんだから」
と、遠くをぼんやり眺めながら冷たく言い放った。

あまりに動揺していた俺は、思わず道の真ん中で立ち尽くしてしまった。
横を通り過ぎていく北高生たちが、俺に哀れむような視線を投げかけてくる。でもそんなの関係ねぇ!
なんだ?どういうことだ?何故ハルヒと古泉が?
俺の頭の中に、次々と疑問が浮き上がっては止まらなくなった。
全くもってハルヒがわからない。昨日の態度も今日のあれも、俺には全然理解できない。どういうことなんだ。誰か説明してくれよ。
・・・いや・・・ちょっと待て、おかしいぞ、俺。なんでこんなに動揺しているんだ?
ハルヒが誰と付き合おうと勝手じゃないか。というか、俺にとっては好都合なんじゃないのか?違うのか?何なんだこのモヤモヤは。
俺がショックを受ける必要はどこにもないじゃねぇか。糞、どうしちまったんだ俺。
そうだ、気にしなきゃいいじゃねぇか。
俺は自分の頬をぺしぺしと二回ほど叩き、自分を取り戻した。そうさ、きっと突然の出来事だったからちょっと自分を見失ってただけだよな。
これからは面倒事は全て古泉が片付けてくれるってこった。それでいいじゃねぇか。やったね。せいせいするね。はは。おっぱっぴー。
・・・と、自己暗示をかけつつ、心の隅に残った原因不明のモヤモヤに気分を害されながら俺は再び足を動かした。 


結局、その日教室では一度もハルヒと言葉を交わすことは無かった。
帰りのHRが終わるや否や、ハルヒはダッシュで教室を後にした。・・・あいつの行き先は、9組だろうか・・・って!何考えてんだろうね俺は。そんなのどうでもいいじゃねぇか。ハルヒの好きにしたらいいんだ。
かなり気が進まなかったが、こういう時こそマイエンジェル朝比奈さんの麗しきメイド姿でも見て心を和ませるべきだと思い、文芸部室へと足を運ぶ。
・・・が、その選択はどうやら間違いだったらしく、俺の心はますますかき乱されることとなった。
部室のドアを開くと、そこはまさしく異空間だったのだ。

・・・古泉の膝の上に、ハルヒが座ってやがる。
しかも、顔を赤らめながら。

古泉の方は余裕の表情といったところで、いつもの爽やかスマイルを崩さないまま、俺に挨拶の言葉をかけてきた。
朝比奈さんは知らん振りと言わんばかりにお茶と格闘しており、長門はいつものように、読書に耽っていた。おい、何か突っ込めよ!
その光景を目にしただけで俺は強烈な眩暈を伴い体制を崩しそうにもなったが、ここで動揺を見せたら負けだと思い、俺もポーカーフェイスを崩さず定位置に座る。
ハルヒは古泉と交差するように座っていたため、この位置からは表情は伺えなかったものの、耳まで真っ赤だった。
俺の胸の中に、イライラと、あともう一つ・・・なんだかわからない、変なモヤモヤが渦巻いていく。なんなんだろうね、この変な感情は。 

「・・・涼宮さん、オセロでもしませんか」
古泉がハルヒの耳元でそう囁く。瞬間俺は席を立ち机をひっくり返したい衝動に駆られたが、なんとか抑える。
「おい古泉、お前の相手は俺がする。」だから、そんな至近距離で囁くんじゃねぇ。
なんでかって?お前が気色悪いからだぞ、ただそれだけだぞ!!
俺がそう言うと、古泉はまるでそれを待っていたかのような表情をしやがった。なんなんだこいつは。ふざけやがって。
この忌々しいイカした顔を思い切りぶん殴ってやりたくなるががそれは却下、オセロでズタズタにしてやろうと考えたのだが、俺はよっぽど動揺しちまっているらしく、なんと無敗記録が古泉の圧勝でストップすることになってしまった。
「珍しいこともあるものですね」
と苦笑交じりに言いやがるもんだから、俺のイライラは最高潮だ。
今すぐこの文芸部室で大暴れしてやりたい衝動に駆られる。
何でこんなに動揺して、イライラして、モヤモヤしてるのかはさっぱりわからないが、古泉といちゃこいて頬を赤く染めるハルヒを見ていたくなかった。ただそれだけだ。
「悪い、俺今日はもう帰る」
動揺をさとられないように冷静を装ってそう言い放ち、俺は文芸部室を後にする。
「・・・くそっ!!」
数メートルほど歩いたところで、悪態を吐きながら壁に拳をぶつける。何度も、壁が赤くなるまで何度も。
・・・なんなんだこれは。ハルヒも古泉も俺自身でさえも全く意味がわからない。
何もかも理解できない状況だったが、一つだけ明確なことがあった。
それは、この状況はどうやら俺にとってよくないものらしいということだ。

 

次の日の朝も、昨日と同じようなタイミングでハルヒたちが仲睦まじく俺の隣を通過していく。
しかし今日の俺は声をかけることをしなかった。イライラするだけだってわかってたからな。
極力二人を視界に入れないように、俯きながら歩く。
こんな日常が、いつまで続くのだろうか。

放課後になり、またあの悪夢が始まる。だったら行かなきゃいいだろ、何て言わないでくれよな。わかるだろ?ここで俺が顔を出さなくなったら逃げたと思われるような気がしたんだよ。
日に日に、古泉とハルヒはいちゃいちゃレベルをあげていった。今日はお互いじっと見詰め合ってやがるぜ。レベル16ってところかな。そろそろ進化するんじゃないか?はいはい、お熱いですねお二人さん。
・・・なんて、からかいの言葉をかける余裕すら俺には無かった。モヤモヤとイライラを溜め込むばかりだ。なんで俺がこんな気分になってんだろうね。
「あっ・・・そ、そうだ、古泉君」
ハルヒが徐にスカートのポケットに手を突っ込み、小さな紙袋を取り出す。
「あ、あのね、おそろいのストラップ・・・買ったの。つけない・・・?」
照れくさそうにそう言う。やめろよ。俺にはそんな表情見せたことなかったくせに。アーアーミエナイキコエナイ。
古泉はスマイルを5倍にし、瞳を輝かせて感謝の言葉を告げる。お前もそんな幸せそうな顔すんなよな。惨めになるだろうが。
ストラップを通し終わると、顔を見合わせ、フフッと笑い合う。俺は思わず舌打ちする。二人に聞こえないように、深く俯きながら。
イライラが増していき、俺は拳に力を込める。こんなところでボロを出しちまったら、今までの苦労が台無しだ。あくまでポーカーフェイスは貫くぜ。 

 

長門が本を閉じ、全員が帰り支度を始める。・・・やっと終わった。
古泉とハルヒが付き合い始めてから、放課後が長くてしょうがない。拷問のようだ。
5人肩を並べて下校する。古泉とハルヒは手を繋ぎ、何か談笑している。俺はそれが耳に入ってこないように、極力二人から遠いポジションをキープしながら歩みを進めた。
解散場所まで辿り着き、軽く挨拶を掛け合いそれぞれの帰路へと歩き出す。
やっと開放され一人になると、俺は早速タバコを取り出し、火をつける。最近減りつつあったタバコも、ハルヒたちが付き合い始めてから今までに無い勢いで消費されている。おかげで俺の小遣いは月の始めにして早速底をつきそうだ。
毎日利用する駐輪場に辿り着いたところでタバコの火を消し中に足を踏み入れると、自転車の鍵に手をかけている最中、背後に人の気配を感じた。
振り返ると、そこにはハルヒが無表情で突っ立っていた。

「・・・別に。今日はこっちに用事があったから」
俺は自転車を押しながら、ハルヒと肩を並べて家路を歩いていた。
俺たちの距離は、不自然だった。俺は特に何も意識していないので、きっとハルヒが近くを歩かないようにしているのだろう。
それは俺がタバコを吸いながら歩いているからなのか、それとも最近めっきり喋っていなかったからなのか。・・・両方かもしれないな。
ハルヒは時折携帯を取り出しなにやら必死にいじっていた。きっと古泉とメールでもしてるんだろうな。携帯に唯一ぶら下がったあいつとおそろいのストラップが、実に腹立たしかった。
面白いほどに会話が続かなかったが、あと30mほどで俺の家、といったところでハルヒが足を止め、沈黙を破った。
「・・・ねぇ」
「・・・なんだ」
俺も足を止め、少し後方を歩いていたハルヒに顔ごと向ける。
「あたしと古泉君、どう思う?」
ハルヒが斜め下に視線をやりながらそう言った。俺は思わず苦笑を漏らしそうになった。もう笑うしかないってことさ。
「どう思うって、何がだよ」
普通に答えたつもりだったのだが、少々棘のある言い方になってしまったようで、ハルヒが一瞬こちらに目をやった。
「・・・そのまんまの意味よ。どう思ってんの?」
俺は短くなったタバコを地面に落とし、踏みつける。
「・・・別に。お似合いなんじゃねぇの」
今度はわざと、冷たく言い放つ。ハルヒは複雑な表情をしながら顔ごとこちらを向く。
「ほ、本当にそう思ってるの?」
「ああ」
俺は出来るだけ短く言葉を吐き、タバコを取り出した。
「・・・ねぇ、アンタさっきから何本吸ってんのよ」
ハルヒの声色が変わる。俺はそれを無視して、火をつける。
「ちょっと。いい加減にしなさいよ。アンタ本当に禁煙する気あるわけ?」
ハルヒがこちらにずいっと近づき、俺の右腕を強引に掴んで引っ張る。片手で支えていた自転車がガシャン、と虚しい音を立てて倒れ、再び沈黙が訪れた。
俺はハルヒの顔を見ることができず、道路に伸びた自分の影に視線をやっていた。
胸がモヤモヤする。同時にイライラする。とにかく今この状況から早く開放されたくて、俺は口を開いた。
「・・・お前に関係ないだろ・・・」
何とも情けない声だったと思う。でも、あれが俺の精一杯だったんだ。怒鳴り散らすよりはマシだったろ?
ハルヒが大きくため息をつき、俺の手を開放する。自由になった途端、しっかり指に挟んでいたタバコを口へと運び、煙を吸い込む。
ゆっくり吐き出したところで倒れた自転車を拾い上げ、俺は立ち尽くすハルヒを尻目に家へと足を進めていった。
夕焼けが、何だか無性に俺を虚しくさせていた。

 

 

 

次の日も、いつもと同じだった。昨日と同じように、ハルヒと会話することなく放課後を迎える。
また拷問が始まる。それを思うと、軽く胃が痛いね。そうまでしてSOS団に顔を出す、俺はよっぽどプライドが高い人間なんだな。
渋々部室棟へと足を向かわせた俺だが、よくわからない感覚が、頭の中をよぎった。
―――ハルヒが、俺を呼んでいるような気がしたんだ。
よくわからない。別に声が聞こえたわけでもないし、ハルヒが俺を呼ぶ理由も見つからない。でも、とにかく俺はそれを感じ取り、重い足を引きずりながら「屋上」へと向かった。
なぜ屋上なのか。それもわからない。でも、確かに屋上なんだ。屋上で、ハルヒが俺を呼んでいる。根拠も無く、確信がある。
階段をに上がっていくにつれて、その「感覚」は大きく、はっきりとしていった。それは言葉では言い表せない奇妙な感覚で、猛烈に俺を不安にさせるものだった。
俺は足を早めていく。階段を駆け上り、重いドアを開いたところで、「それ」は感覚から明確なものへと変わった。
―――キョン!!
確かにハルヒが俺を呼んでいる。
「・・・キョン!!」
今度はしっかりと俺の耳に届いた。左後方辺りから、ハルヒの悲鳴に似た叫び声が聞こえる。俺は一心不乱に声の方へと走り出す。
「いやっ!!・・・やめて!!助けてえっ!!―――キョン!!」
「ハルヒ!!」
俺は声の元へと辿り着くと、そこには、服を乱し涙を浮かべたハルヒと、強引にハルヒをフェンスに押しやる古泉が居た。
セーラー服の襟元は乱れ、ハルヒの鎖骨が露になっている。その白い肌には、赤い印がいくつも刻まれていた。
それを見た俺は、目の前が暗転するような感覚を覚え、考えるよりも先に古泉に掴みかかった。
古泉の胸倉を掴み、フェンスに叩きつけてやる。激しい音をたててフェンスと衝突した古泉は、一瞬苦痛の声を漏らした。
抵抗しない古泉をしばらく睨みつける・・・が、すぐに殴ることをしなかった。前に渡り廊下で乱闘した時よりも、心なしか俺は冷静だったんだ。
冷静というよりは、目の当たりにした光景を信じられないのだろう。今俺に胸倉を掴まれ、項垂れているこいつの取った行動を。
「・・・ハルヒ。お前は先に部室に行ってろ。俺は古泉と話がある」
俺はしゃがみ込んでいるハルヒを目の端に捕らえながら、古泉から視線を離すことなくそう言った。 
ハルヒは短く深呼吸をした後、何も言わずにその場を走り去っていった。俺も軽く一息つき、改めて古泉と向き合う。
「・・・お前、自分が何したのかわかってんのか?」
斜め下に視線をやったままの古泉に、俺は低く冷たくそう告げる。古泉は口を軽く開き、何か言いたげな様子だった。俺は掴んだままの古泉のワイシャツを引き上げ、もう一度野郎をフェンスに打ち付ける。ガシャン、と激しく音がなる。
「答えろ」
今度は古泉もこちらに目を向け、フッっと鼻で笑う。
「あなたこそ、わかっていないようですが」
「あ?」
古泉の余裕な態度に、俺は一層低い声で脅しをかける。
「ですから、何もわかっていないのはあなたと言っているのです」
「質問してるのはこっちだ、古泉。・・・お前、ハルヒの彼氏なんだろ?」
認めちゃいないがな。
「ハルヒのこと、好きなんだろ?だったら何で大切にしてやらねぇんだよ」
俺は、掴んでいた古泉の襟元をこちらに引き寄せる。こんな状況でも、古泉の野郎は笑っていやがり、ハハッっと声を漏らす。
「・・・そんなこと、あなたにだけは、言われたくない」
古泉は先程より力強い声でそう言い終わると、俺の右頬に古泉の左拳が衝突した。いきなりの衝撃だったが、俺は古泉の胸倉から手を離さない。
「てめぇ・・・っ!!」
体制を取り直し、今度は俺も右ストレートを古泉の整った顔に振り下ろす。俺が第二段を振り上げた所で、もろ鳩尾に古泉の蹴りが入り、俺は数メートルぶっ飛んだ。
俺はすぐに立ち上がり、古泉にもう一度掴みかかる。しかし、振り下ろされた拳はいとも簡単に制止され、古泉の長い足が俺の顎に命中する。リアルに視界が赤く染まり、すばやく右目を拭う。
どうやら右目の瞼辺りががぱっくりいっちまったらしい。血がついたままの拳を思い切り古泉の腹に二発かまし、よろけたところで顔面に一発蹴りをいれる。さっきのお返しだ。
もう一発かまそうとしたのだが足を取られてしまい、俺はバランスを崩して無様に倒れこむ。すかさず古泉が馬乗りになって俺をフルボッコ。 必死に腕で防ごうとするが、何発もクリティカルヒットし、意識が遠のきそうになる。
とりあえず俺は必死で古泉のブレザーを掴み、パンチの嵐を浴びつつ上体を起こして頭突きを食らわす。古泉が手を止めたところで体制を反転させ、今度は俺が古泉をフルボッコ・・・と言いたい所なのだが、 二、三発食らわしたところで胃から込み上げてくる物を感じ、手が止まる。
古泉はその隙に俺の両腕を取り、軽々と俺を投げ飛ばす。ひんやりとしたコンクリートにうつぶせになった俺は、立ち上がることができずにいた。腕に力が入らない。
古泉はよろよろと立ち上がると、汚れた制服を払い、襟や裾を整える。そして俺を横から蹴飛ばし仰向けの状態にさせる。直後、腹にものすごい衝撃が走った。 古泉の踵が胃にめり込んだんじゃないかってくらいの痛みだった。口の中に鉄の味が広がる。
ぼんやりとする意識の中、古泉が冷たく俺を見下しながら言い放った。
「あなたは何もわかっていませんよ」
古泉は顔を歪める。
「あなたは涼宮さんを苦しめている」
声が出せない。
・・・どういう意味だ?
「いつまで自分に甘えるつもりですか」
弱弱しい声で、俺に告げる。
「・・・いつまで、涼宮さんから逃げるつもりなのですか」
・・・ハルヒから、逃げる・・・?
古泉が俺の視界から消える。
足音が遠くなっていくに連れて、俺の世界はゆっくりと狭まっていった。

 

 

―――そして、今に至るのだ。

ひんやりとした風に吹かれながら回想していた俺は、もうすっかり冷静を取り戻すことに成功していた。
さっきの古泉の言葉を、何度も脳内で繰り返す。
そして、この自問自答でさえも無意味であることにやがて気が付いた。
・・・答えは、一つしかねぇじゃねぇか。
「・・・これで、最後か・・・」
かすれた声で独り言を呟くと、最後の一本のタバコを取り出す。

最後になるであろうタバコを存分に味わった後、手の甲にゆっくり押し付けた。
おそらくこれも、最後の根性焼きなのだろう。
未だ立ち上がることの出来ない俺は、暗くなり始めた空を見上げながら、自分自身に別れを告げていた。
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