@@@キョンとムスメの4日間 ―キョン(大)の陰謀― (4日目)@@@



どれくらい寝ていただろうか?俺は部屋をノックする音に目を覚ました。辺りは既に真っ暗である。
ドアをあけると、そこに立つのはスーツをキッチリ着こなした老紳士、新川さんが立っていた。
「夜分に申し訳御座いません。こちらに涼宮のお嬢様はおられませんかな?」
聞きたくない名前に、少々俺は苛立ちを覚えた。だがここは不満を爆発させる場所ではない。俺は何食わぬ顔で新川さんに返答した。
「ハルヒ?こっちには来てないと思いますが?もしかして失踪でもしたのでしょうか?」
「……あるいは、その可能性もございます」
何だって?
「お夕食が済み、花火と肝試しが終わりましてからは皆様自室に戻っていったのですが、その後わたしが涼宮のお嬢様の落し物を届けようとお部屋に参上仕った時のことです。ノックをしても一向に返事が御座いません。今朝と同じようにシャワーを浴びられている可能性もありましたので、森を呼び入らせたのですが、部屋から戻ってきた森から『涼宮さんがいらっしゃいません』との返答を受けました。しばらく他の部屋や外を調べたのですが、涼宮のお嬢様はどこにもいらっしゃいませんでした。この部屋が調べてない最後の部屋でして、申し訳ないですが、調べさせてもらっても構わないでしょうか?」
またハルヒか。あいつは本当に人に迷惑をかけるのが好きなやつだ。いいですよ。それでは調べてください。俺はそういって部屋の電気をつけた。

『…………!!』

俺と新川さんの声にならない声が響いた。
俺のベッドの横にあるゆりかご。そこにいた筈の、ハルミの姿も消えていたからだ――

「これはまずいですね……下手をしたら、誘拐なんて事もあるのでは……」
時は日が変わって暫く経った深夜である。古泉は何時になく慎重な顔で呟いた。ペンションの食堂。ここには、ハルヒとハルミを除いた全員が集まっている。
「携帯電話は、涼宮さんの部屋に置いてありました。これでは本人に連絡をつけようがありません」
「でも、こんな所に誘拐犯なんて……」
「可能性としては低いとは思いますが、空き巣を狙って進入してきた、何てことも考えられなくはありません」
「赤ん坊は誘拐しても逃げようとはしないし、身代金を得ることも容易だからな」
「それでは涼宮さんはどうして……?」
「あくまで推測だが、赤ちゃんを誘拐しようとする際、犯人を追いかけていって逆につかまった可能性もありうる」
長門以外の皆が、様々な考察をし始めた。最初はただの散歩と言うことだったのだが、土砂崩れで一緒に落ちて言ったとか、元気が無かったからフラフラと出歩いて湖に落ちたとか、そしてさっきのように誘拐説まで飛び出してきた。
俺はそんなみんなのディベートをよそに、長門を連れ出して違う部屋で問い掛けた。
「長門、お前なら知ってるんじゃないのか?ハルヒとハルミは誘拐されたのか?それともがけ崩れに巻き込まれたのか?
「…………違う」
「じゃあ、湖に身投げでもしたのか?」
「…………それも違う。二人は生きている」
「そうか、それはよかった。なら教えてくれ。二人はどこに行ったんだ?」
「…………教える必要は無い」
「長門!?」
「教える必要が無いのには二つ理由がある。一つは、あなたが涼宮ハルヒを必要としないのであれば、探す必要が無いから。もう一つは、あなたが涼宮ハルヒを必要とするのであれば、どこに行っているか分かるはずだから」
「どこに行ってるか、わかるはずだと!?」
「そう。涼宮ハルヒは、自分の願いをかなえようとしている」
「!!」
「……情報統合思念体は、ここ数日の情報噴流を非常に喜んでいる。それは、あなたが赤ちゃんを媒介にして、涼宮ハルヒに影響を与えたから。けれど、先程プツリと情報噴流が止まってしまった。このままでは、情報が逆流する危険性もある」
「……情報逆流が起きると、どうなるんだ?」
「逆流する情報は、様々な物質から吸い出され、物質は物質であることを維持できなくなる。つまり、世界の崩壊」
「またそれか……いい加減にしてほしいぜ。で、俺はどうすればいいんだ?」
「あなたは答えを既に知っている。どうすべきか、どう行動すべきかを。それを実行するか否かは、あなた次第。あなたは人間なのだから」
長門の言葉にまた俺は不覚を感じ取っていた。俺はハルヒに怒りを向けていたが、シャワーを浴びておなかに食べ物を詰めて寝たら、少しは怒りが収まっていた。半分諦め、半分後悔って感じかな。俺の意志ってモンは、結構脆弱なものだな。
対してハルヒはどうだろうか?まだ怒っているかも知れない。俺の子供を身篭っている可能性があるんだし、怒ってばっかりでは胎教に良くないぞとおしえてやろうと思っていたところだ。
人にいわれてようやく動く、俺のふがいなさってのはどうしようもないものがある。さっきハルヒに断腸の思いで告白したんだ。やればできるさ。必死になって説得すればハルヒにだって俺の気持ちが伝わるはずだ。先程は伝え方が足りなかったのだろう。そこんところを気をつけないとな。
長門との話の後、俺はハルヒの部屋を調べてみた。予想通りだ。あいつはあそこだ。

確信がもてた俺は、着替えが終わっていよいよ出発しようとするところで古泉に呼び止められた。
「夕食の時も花火の時も、涼宮さんの様子がおかしかったので、これはなにかあったなと思ったのですが、よろしければ話していただけませんか?」
「色々あってな、俺とハルヒはケンカしたんだよ。内容については言いたくないからこれくらいで勘弁してくれ。ほとぼりが冷めてから話す」
「これはこれは、またしても犬も食わぬってやつでしたか。それは茶々を入れすぎました。申し分けありません」
「まあ確かに、家族計画についての主張の違いがケンカの原因だから否定は出来ないな。子供はまだ早いって言うのに、ハルヒは欲しい欲しいとせがんでいて、ちょっと困っているんだ」
俺のちょっとした爆弾発言に古泉が鼻白む。
「そ、そうですか、それはお盛んなことで……」
返答に困っているのが丸分かりの古泉。これは面白い。今後ハルヒと喧嘩することになったら古泉をからかうことにしよう。ハルヒのご機嫌取りがこいつの仕事だから、サプライズを起こすとこいつの顔に装着している微笑の仮面が崩れ落ちてしまう。その仮面の下の素顔を見るのは楽しそうだ。
「古泉。一つ聞くが閉鎖空間は発生しているのか?」
「いえ、特には……」
やっぱりなと思いつつ、俺は古泉に伝言を伝えることにした。
「古泉。今からハルヒがいると思われる場所に向かって連れ戻しに行くんだが、俺一人で行かせてくれ。俺一人で説得したい」
「……ええ、わかりました。元よりそのつもりでしたから。それでは頼みます」
古泉が裏の無い笑顔を俺に向けてくれるなんて、今後あるとは思えない。早いうちに借りは返したほうがよさそうだ。



俺は身支度を整え、新川さんに頼んであるところまで運んでもらうようにした。
何が目的かはわからないが、ハルヒは自分の願いを叶えようとしているらしい、と長門は言った。あいつは嘘つかないからな。そして、ハルヒが願いを叶えることができると思っている場所はそこしかない。
つまり、2日目に登った、あの山の山頂である。

俺一人で登ることになったものの、ハルミを抱えて登るよりは楽である。それに2日前に一度登った道のため、どこがチェックポイントかも分かっている。ペースは前回よりも確実に速いだろう。本来なら。だが、足取りはそれほど軽快ではなかった。それはライトをつけずに登っているからである。
暗闇のライトは自分の周りを照らしてくれると同時に、自身の位置を特定させるの働きを持つ。ライトが見えたらハルヒは逃げてしまう可能性もある。そのためペースはそれほど速くは無い。念のためにと新川さんにナイトスコープも借りたが、見える位置が制限されてあまり役に立たない。頼れるのは月の明かりのみであった。
俺は山頂を見上げる。もしハルヒが山頂に上っているのであれば、ライトが見えてもおかしくないはずだった。しかし、山頂にそのような光を見ることは出来なかった。ハルヒも、俺たちの追従があることを考えてライトを消している可能性もある。勿論この山にはいませんでしたってオチもあるが、俺は長門が嘘をつかないと信じているし、また俺自身もハルヒがここにいると信じている。

東の空が藍色になりかけた。今日も雲ひとつ無い、絶好の天気だ。
俺は山頂近く、絶壁付近までようやく辿り着いた。そして俺の予想は外れてなかったことを確認することが出来た。
山頂にポツンと座っている人影が見えたのだ。まだ暗くて顔は分からないが、こんな所にいるのはハルヒ以外考えられない。
俺が絶壁の来る少し手前で気づいたらしく、突然立ち上がってなにやらバタバタしていたが、またしゃがみこんだ。逃げるのは諦めたらしい。そりゃそうだ。赤ちゃんを抱えてダウンヒルを決行するのは勇気がいることだし、それまでに俺が追いついてしまうのだろうからな。
絶壁まで来ると、ロープは外されていた。なるほど。ロープを外して俺を登らせない気でいるらしい。
「ハルヒ、ロープを足らせてくれないか?」
一応ハルヒにお願いしてみる。だが全くの無反応である。
正直この反応は予想していた。念のためにともってきたものが役に立ちそうだ。俺はザックの中から予備のロープとハーケン、ピッケルを取り出してロッククライミングを開始した。ロープは両端にわっかを作り、片方は俺に縛りつけ、片方は山の上にある、鋭利な岩に投げつけた。一発で岩に収まったのは勿論偶然である。
ただこれでも十分な強度を確保してない。そこでピッケルで岩を崩しながら、ハーケンを打ち込んで登っていくことにする。許可なく岩を崩すことは許されてはいないため、前回は行わないことにしたそうだが、今回は特別許可を貰っている。誰に許可を貰ったかは聞かないでくれ。俺も知らん。多分機関がもみ消してくれるのだろう。

俺は一つ一つハーケンを登っていく。徐々にだか山頂が近くなる。ハルヒは俺の行動に何も手出しをせず、ただじっと見ていた。空が明けかけているとはいえ、姿が判別できるほど明るくはなってない。もうあと一段くらいで山頂に登れそうだ。何とか間に合いそうだ。
そう思った瞬間。

ガラガラガラ…………

ロープを引っ掛けてた岩が、俺の体重に耐え切れなくなってか、崩れかけてきた。岩の先端は崩れ、ロープが引っかかっている部分もおぼつかなくなっている。
俺は急いで足場を確保し、速度をあげて登った。そして上半身は何と崖の上に登ることが出来た。

ここで安心したのがいけなかったのかもしれない。岩は完全に崩れ、意外と強固に縛られたロープもろとも崩れ落ちていった。
そして、その反動で俺も崖の下に引き寄せられた。このままでは俺はまっさかさまに落ちていく。
それだけは勘弁願いたいと思った俺は何かにつかまろうと必死だった。そして運良くしがみつくことが出来た。



――ポニーテールが揺れ動くハルヒの手は、今まで登山をしていた俺にとってこれ以上なく暖かかった。



「全く、なにやってんのよ」
ハルヒはアヒル口かつ無愛想な声で、俺を非難していた。そして目を合わせてくれない。見えるのはポニーテールがぴょこぴょこ動いている部分だけであった。
俺はハルヒに助けられ、何とか登りきることが出来た。登りきって一息つくとハルヒが始めて喋ってくれたってわけだ。開口一番の台詞が非難ってのも少し悲しいものがあるが。
「ああ、お前を探しに来たんだよ。いきなり失踪するからみんな心配してんだぞ?土砂崩れに巻き込まれたとか、誘拐されたとか、かなり物騒な想像までしてたんだ」
ハルヒはハルミを抱えたまま何も喋らない。二枚貝のように硬く口を閉ざしたままだ。
「お前こそ、こんなところで何をしてたんだ?」
「……4日目は自由行動でしょ。自分の好きな所に行ってもいいってことになっていたでしょ?」
「それはそうかもしれないが、誰かに声をかけないと、皆に迷惑をかけることになるぞ?せめて俺にだけでも声をかけてくれよ?」
「……………………」
ハルヒはそれっきり黙ってしまった。俺も少し黙り、ハルヒに言わなければいけないことを頭の中で整理していた。
…………。よし。
何とか整理がついてから俺は喋り始めた。
「……ハルヒ。俺が悪かった。俺だって気が立っててあんなことしてしまったからな。寝て少しは落ち着いた。俺にだって責任はある。もし子供が出来たら責任は取るさ。一緒に育てよう」
「……………………」
ハルヒは沈黙を続けている。どのくらい黙っていたかは定かではない。

「…………ごめん」
唐突に、ハルヒは謝罪の言葉を告げていた。
「ああ、俺こそ悪かった。だから気にすんな」
「あたし、キョンの気持ちをちゃんと考えてなかった。あんたにそんな気があったなんて、夢にも思わなかったから」
ハルヒ……?
「キョンはいっつもみくるちゃんや有希ばっかり見てるから、あたしには興味ないって思ってたの。あたしがキョンの恋愛対象になるなんて、夢のまた夢だと思ってた」
ハルヒは更に続ける。俺は黙ってハルヒの会話を聞いている。
「でも、あんたがあたしに好きな人がいるって伝えた時、あんたは動揺した。あたしはあんたが嫉妬してると思って、すっごくうれしかったの。あの一日は天地がひっくり返ってもいい位狂喜乱舞したわ、あたしの心の中では。あたしが酒を飲もうって言い出したのも、それが原因なの。これだけ気分がいいのに、酒を飲まないってのはもったいないと思って。もっとも、酔いつぶれたのもそれが原因なんだけどね。大分お酒を飲んで、夢なんだか現実なんだかよくわかんなくなってたけど、あたしが一番気分がよかったときだと思うの。『赤ちゃんが欲しい』って思ったのは」
ハルヒはすうすう寝ているハルミを優しく撫でながら、あの時の――2日目の、異常にハイテンションだった理由を話してくれた。
『赤ちゃんが欲しい』という言葉。これが何を示すのか、その時の俺は良く分からなかった。ただの酔っ払いの戯言だと思っていた。
しかし今、ハルヒの気持ちがようやく分かりかけてきた。
「ずっと前から赤ちゃんが欲しいと思う気持ちはあった。でも、この合宿でハルミちゃんの世話をして、ようやくハルミちゃんがなついた2日前からどんどんその気持ちが強くなって、そしてあの時最高潮になったの。赤ちゃんが欲しい、育てたい、一緒に暮らしたいって気持ちが。でも、それはただ単に赤ちゃんが欲しいって言う我儘じゃない。父親が誰でもいいって訳じゃない。あたしだって自分の好きでもない人の子を宿したいとは思わないわ。赤ちゃんってのは二人の愛の結晶なのよ。くさい言い方だけど、今にになってうすうす分かってきたわ。愛する人の子を宿したいという気持ちはあたしにだってある。だから――」
ハルヒは、改めて俺のほうを振り向いた。

「キョン。あたしもキョンのことが好き。大好き。その台詞を蔑ろにして赤ちゃんが欲しいって言ったあたしが馬鹿だった。素直じゃないあたしが馬鹿だったわ。ごめんなさい」


ハルヒの、今にでも泣き出しそうな、今にでも壊れそうな笑顔が、地平線から出てきた朝日に照らし出された。


気がつくと俺はハルヒを抱きしめていた。もしかしたら俺は泣いていたかもしれない。それだけハルヒがいとおしくなったから。
ハルヒは最初ビックリしていたようだったが、俺の抱擁を次第に受け入れてくれた。

「ハルヒ。ごめん。お前の気持ちを気付かずにいた俺が悪かった――」
「キョン。ごめん。あんたの気持ちを無視したあたしも悪かった――」

その態勢でどのくらいいただろうか。目が合った二人はやがて笑い出していた。
そしてハルヒが語りだした。奇しくもそれはハルミがなついた時と同じシチュエーションだった。
「この髪型、実はあたしにとっての秘密兵器なの。対キョン最終秘密兵器なの。この髪型にすると、キョンがあたしの願いを叶えてくれるの。その確率現在も100%進行中よ」
「なんだ、それ」
「ねえ、キョン。覚えてる?あんたがあたしを初めて名前で呼んだ日の事」
「名前で……?いや、さっぱり」
「ふん、だと思ったわ」
ハルヒは厳しい形相のまま、何故か明るい口調で俺に語ってくれた。
「あんたがあたしを呼ぶ時、それまでは『涼宮』だったわ。でもあの時以来、『ハルヒ』に変わっていた。最初はビックリしたわ。何て馴れ馴れしい奴なの、なんて思ったわ」
そうかい、それは悪い事をしたな。
「……でも、それは表向きの嘘。内心はとっても嬉しかった」
「え?」
「名前で呼ばれるってことは、それだけ距離が近いってこと、それだけ親しいってこと。今まで一番離れていたキョンとの距離が一気に近づいた。みくるちゃんより、有希より、あたしの方が一気に近づいた。あの日から」
「あの日……?」
「あの日の前日……去年SOS団を設立して暫く経った後かしら。あの日、あたしの不機嫌が頂点に達したの。あんたは覚えているかわかんないけど、あんたはみくるちゃんとイチャイチャしてたのよ。それを見たあたしは、不機嫌イライラが臨界点を突破したわ。今だから言えるけど、その時にはもうあんたに惹かれてたんだと思う。だからあんたとみくるちゃんの様子を見て、イライラしてたし、あたしを女扱いしないことに爆発したんだと思う。そんなイライラ気分でその日は終わったんだけど、その夜あたしは夢を見たの。これ以上ないってくらいリアルな夢だった。あんたとあたししかいない、妙な雰囲気の学校で変な事件が起きたの。詳細は省くけど、あんたがあたしをグラウンドまで連れて行って、あんたが『俺、実ははポニーテール萌えなんだ』、『お前のポニーテールは反則的なまでに似合ってたぞ』って言って、あたしに……迫ってきたのよ。ふふっ、変な夢でしょ?」
ハルヒが言っている『あの日』とは、ハルヒが世界を創りかえることを決めた決めた、あの日……俺と二人きりの世界に取り残された、あの日のことであろう。あの日の閉鎖空間の発生原因は、ハルヒの嫉妬から来たものだったのか。閉鎖空間で古泉を介して聞いた、朝比奈さんの「わたしのせいです」というセリフ、そして大小二人の朝比奈さんが俺に告げた、「わたしと仲良くしちゃ駄目」というセリフ。共にこのことを指していたのだろうか。
「夢はそこで終わったけど、あまりにもリアルな夢だったから、本当にキョンはポニーテール萌えなのかなって、試そうと思ったの。自分でもくだらないとは思ったけど、もしかして、もしかしたら、この髪型にすることでキョンはあたしを見てくれるかもしれない。そう思って実行してみたのよ。ポニーテールにするには少し短いと思ったけど次の日の朝、、頑張ってしてみたわ。何だか緊張していたあたしは思ったより早く学校に着いちゃって、自分の椅子に座ってあんたがくるのを今か今かと待ちわびてた。校庭であんたを見て、内心の動揺を抑えてあんたが教室に入ってくるのを待ってたわ。で、あんたがやっと教室に入ってきて、あたしの髪型を言って何ていったか覚えている?『似合ってるぞ』って言ったのよ!?あたしはすごく動揺したわ。あんたがそんなこと言うなんて今までになかったから。それまで一度たりともよ!だからその日の午前中はずっと動揺しっぱなしで勉強なんて身に入らなかったわ。あんたがずっとあたしの方を見てる、気にかけているような気がして。本当はそうじゃないかも知れないのに物凄くうろたえちゃって、自分でもどうしていいかわからなくなっちゃった。だから昼には外したの。正直、効果がありすぎだと思ったわ。この髪型にするだけでキョンの興味をこれだけ引けるとは思ってなかったもの。だからこの髪型はキョンに対する最終手段。よほどのことが無い限りこの髪型は封印しようと思ったの」
ハルヒは一気にここまで捲くし立て、そして一息入れた。
俺もあの時の事は良く覚えている。閉鎖空間で、二人っきりになって、人生始めての口付けをした翌日。ハルヒがポニーテールにした真相は俺も疑問に思っていたが、心理状態のめまぐるしい変化がハルヒの髪型に反映されたのだろう。
「その封印を解いたのが二回目。文化祭で、朝比奈ミクルの冒険をビデオ撮影してた時のことよ。みくるちゃんはあたしのオモチャなのよみたいな発言をして、あんたが怒った時があったじゃない。あたしは表向きは怒っていたけど、本当はとっても後悔していた。このままじゃキョンが映画の撮影を手伝ってくれない。あたしも悪かった部分があるし、謝ろうとは思ってたのよ。でも普通に謝ろうとするほど素直になれなかったあたしは、ポニーテールにしたらあんたの方から謝ってくれるかもと思って、部室でポニーテールの練習をしてたの。その瞬間、いきなりあんたが部室に来て、『この映画、絶対に成功させよう』って言ってくれて……撮影の存続を、むしろあんたの方から言ってくるなんて、自分でも驚いてる。本当に怖いくらいの効果があるの、この髪型には」
あの時のハルヒへの発言は俺の不可抗力もあったわけだが、ハルヒがそう信じているのであればそれを否定するいわれは無い。いや、もしかしたらハルヒに望まれて谷口があんなことを言うはめになり、俺を焚きつけたのかもしれないな。
「三回目は前に話した通り、一昨日にこの山へ登った時。ジョンに言われた部分もあったけど、あたしの願いが通じた。あんたが気にかけてくれているって分かったから。そして四回目は、今よ」
「今?」
「キョンと仲直りしたかった。あたしの誤解を解いて欲しかった。あたしの本当の気持ちに気付いて欲しかった。でもあたしは素直じゃないって自分でもわかっている。だからこんな所まで来て、キョンを試すようなことをしたの。でもキョンはあたしの想いに答えてくれた。この山まで来て、あたしを許してくれた。ポニーテールにすると、キョンに対するあたしの想いは全て適うの。昨日は気付いてくれなかったけど、今日は気付いてくれた。あたしのキョンに対する気持ちを。それも、この髪型のお陰だと思う。キョン。ありがとう」

ハルヒの謝罪の言葉で、俺はハルヒを抱きしめている手の力が一層こもる。
「俺も、お前に謝らなければいけないことがある」
「何?」
「俺がお前と関係を持とうと思ったのは、お前が好きだからと言う理由だけじゃないんだ。もう一つ理由があるんだ」
「……やっぱりスケベな事考えていたんだ。エロキョン」
「ち、違う!断じてそれは無い……こともない……いや、そんなことじゃない。実は俺もジョンに会ったんだ。ハルヒが酔いつぶれて寝ていた時に」
「え?でも前は会ってないって……?」
「スマン、嘘をついていた。だがその時ジョンに言われた事がどうしても納得がいかなくてな。だから出会った事を忘れようとしてたんだ」
「何なの?その納得がいかないことって?」
「――俺とお前は相容れられる存在ではない、諦めろと言われたんだ」
「え…………」
「理由は教えてくれなかったが、お前の身に不幸が訪れる可能性があったからな。だから心配だったんた」
「………………」
「俺は今の想いを簡単に諦めるわけにはいかない。そう決めた。そして未来に関しても」
「……………………」
「未来は待ってれば来るものじゃないんだ。自分たちで作り変えていくもんなんだ。だから俺はハルヒに自分の想いを伝えた。本当に相容れられる存在じゃないのか確かめてやる。そう思ってハルヒを抱いたんだ」
「…………ねえ、キョン。あたし思うんだけど」
今まで黙って俺の話を聞いていたハルヒがここでようやく喋りだした。

「それって、ジョンが一芝居打ったんじゃないのかしら?」

何!?
「あんたを焚きつけて、自分の思い通りに行動させた。そんな気がする。あたし」
「……………………」
「それにあたし、病気でもなんでもないし、キョンのこと嫌いでもないわ」
「でも、突然の事故なんかって可能性も……」
「大丈夫よ。そんなヘマはしないわ。それに、あんたが守ってくれるでしょ?」
「ああ、そうだな」
どうやら、ハルヒの案が正しそうだ。よく考えたら、俺(大)は頼み事の前に俺のハルヒに対する想いについて聞いてきた。
つまりそれは、進展しない、進展させようとしないハルヒとの仲を取り持とうとしたのかもしれない。
敢えてハルヒとの仲を引き裂くようなことを言い、俺がムキになって行動することを見越して。
全く俺の性格をよくわかってらっしゃる。未来人の行動を無視するつもりが、未来人の規定事項を遵守する結果になるとはな。

やれやれ、こりゃ未来人を出し抜くのは永久に無理かもしれない。



「あたし、見つけた。ジョンの言ってた、大切なもの。ジョンは分かってたのね。あたしが望んでいる場所がどこなのか」
俺が安堵の溜息をついていると、ハルヒは話を再開しだした。
「ああ、結局それはどこだったんだ?」
「それは、あたしの心の中」
「へ?なんだそりゃ?」
「あたしが望んでいたのは、心の中の素直な部分。あたしが心を素直にして伝えること。どこかの限定された場所じゃない、心の置き所の問題だったのよ。あたしは自分の気持ちに目を向けなければいけないって本当は思っていた。でも素直になれないあたしは嘘や意地で覆い隠し、奥底へと沈めていたの。でもそれじゃ駄目。自分の気持ちに正直になり、本心を奥底から取り出して、純真な心が見えるまで、心を洗い出さなければいけなかったの」
なるほど。俺(大)も、ややこしいことを言う。結局ハルヒも未来人の掌で踊らされている。ハルヒを手玉に取るとはなかなか大したもんだ。
「……あたしも、キョンにお礼をしなきゃね」
「なんだ、お礼って??」
「キョンが、ずっとあたしについてきてくれているお礼。そしてここ数日あたしを気にかけてくれているお礼。そして、さっきのお礼」
いや、お礼をされるようなことは何もしてないけどな。俺が自分の思ったとおりに行動しているだけなんだ。
「ダメ。ジョンだって、あたしにお礼をして元の世界に帰っていったんだもの。あたしだって、あんたにお礼をしなきゃいけないの――キョン。あなたに会えてよかった」
「俺もだ。ハルヒ」

――俺たちの(何回目か忘れたが)キスは、御来光すら照れてしまうほど情熱的なものだったと自負している。
すまん、それは一般的に言うノロケかもしれないな。



こうして俺たちは下山し、ペンションに戻って皆を安心させた。降りるためのロープが無いことで、絶壁を降りることに四苦八苦した俺たちだが、時間をかけて何とか降りることが出来た。
ハルヒは俺の諫言に従い、皆に謝罪の言葉を述べた。無論怒り出すやつは一人もおらず、皆が許してくれた。
昼までは湖で釣りをしたり、木々にいる昆虫を捕まえたりすることで時間を潰し、そして予定時間となってペンションを離れることとなった。
こうして、波乱万丈に満ちた四日間はようやく幕を……閉じてなかった。

実はもう少し続いたのだった。俺だけには。



3日ぶりに我が町に帰ってきた。あの暑いとはいえ森林からの涼しい風が吹く別荘とは異なり、ここでは今も熱風が吹き荒れる。天気予報では、今年最高を記録した昨日よりは低い予想ではあったが、高冷地にいた俺にはこれでも灼熱地獄に落とされた錯覚に陥る。標高が低いほどお天道様から離れるわけだし、その分暑くならないような気がするんだが実際は真逆なのはどうしてだろう。分かる人がいたら教えて欲しい。
ハルヒの解散宣言により、ここでお開きとなった。ハルヒが『明日から早速不思議探索兼残り少ない夏休みのイベントを開催するから明日もこの場所に集合!』という新たな使命まで頂戴することになった俺は、『やれやれ』とぼやくことになった。
……そんな事言いつつも少しうれしいんだがな。
皆が散会した後、残ったハルヒが俺に近づき、照れながら『また、明日ね』と言い、顔を赤らめて走り去っていく姿は朝比奈さん級に可愛かった。思わず抱きしめたくなるくらいである。やはりハルヒがあんな性格だったらそれこそ星の数くらいの男が群がる可能性があるな。朝比奈さんに加えて、ハルヒに群がる男共を退治する必要もある。忙しい忙しい。それに俺には――

そうだ、ハルヒの子供の心配をしなければいけないんだよな。

不安と期待が入り混じったと言うよりは、それに大さじ3倍くらいの暗澹な気分をかき混ぜた気分で俺は自宅に辿り着いた。まだ赤ちゃんが出来た確証は無いが、ハルヒの話からすると、可能性はかなり高そうだ。はあ、親に何時報告したらいいんだそんなこと。
ふう、親が帰ってくるのは明日だ。それまで家で考えよう。
ガチャ。
俺は玄関のドアをあける。そして――

「お帰りなさい。キョン君」
出迎えてくれたのは、歩くダイナマイトボディ、朝比奈さん(大)だった。ここで『ごはんにする?お風呂にする?それとも――』なんてやってくれたら疲れも吹っ飛ぶんだけどな。そんな妄想はさてお……
「ごはんにする?お風呂にする?それとも――」
って、本当に言ってるよ朝比奈さん!ま、まだ経験不足なんで、ちょ、ちょっと恥ずかしいんですが、できれば……
「――それとも、今回の真相を聞く?」
視界反転、ダークアウト。……そうだよな。朝比奈さん(大)が、そんなこと言うわけないよな。許されているのは朝比奈さん(小)にチュウだけだ。しかも寝ているとき限定で。
「ええ、是非真相を聞かせてください」
俺は妄想を吹き払い、朝比奈さん(大)の話を聞くことにした。

「お茶です。久しぶりに淹れたんで、うまいかどうかわかりませんが……」
朝比奈さんは水出し玉露を用意し、俺に差し出してくれた。さてさて、朝比奈さん(大)の腕はどんなものか……っと待てよ。俺のうちのものを勝手に使うって言うのはあまりよろしくないんじゃないのか?それにうちに玉露なんてあったっけ?
「ちゃんと買ってきましたよ、この時代のお茶ですけど」
そうですか。それはご足労有難う御座います。それでは頂きます。……ん、やっぱり朝比奈さんのお茶は最高だ、腕も落ちているどころか、むしろ上がっているんじゃないですか?
「ふふふ、ありがとう。……では、そろそろ本題に入りますね。キョン君。お疲れ様でした。それにわたしの至らないところがあったせいでキョン君には迷惑をかけたと思います。ごめんなさい」
正座している朝比奈さんは、倹しくも片手を立てて俺に深々と頭をさげた。いつもなら『いやいや朝比奈さんの頼みならこれくらいワケないっすよ。ハハハ』と言えるのだが、今回ばかりは頭に来ることも多かった。
とりあえず、順番に話してもらおうじゃないか。俺は横でくうくう寝ているハルミを見ながら、朝比奈さんに問い掛けた。
「まずは、っていうか、多分本質になると思いますが、ハル……この赤ちゃんを合宿に参加させたわけを教えてください」
「それはですね、人に慣れさせるためです。その子の母親は子煩悩で、自分の赤ちゃんにすごく世話を焼きたがるんです。でもそれが災いして、極度の人見知りになってしまったのです。それを憂慮した父親……キョン君が、人に慣れさせることを計画したのです。それが一つ」
「一つ?」
「もう一つは、分かっていると思いますが、わたしたちが望む未来へと進ませるための措置です」
「なるほど、確かに今回の騒動の根本は、この子だったからな」
俺たちが東奔西走し、叱咤激励喜怒哀楽をしている間、この子は殆ど寝てすごしていた。この子自身は何もしていないのだが、これだけ人をこき使えると言うのは、やっぱりこの子の将来は大物だ。官僚か会社社長が向いているかもしれない。
「では次の質問です。この子は最初ハルヒになつかなかったのですが、急になつく様になりましたね?俺――未来の俺が、ハルヒに何か助言したみたいですが、それが何か関係あるのでしょうか?」
「それは、わたしにもわかりません。キョン君……未来のキョン君に聞いてみてください」
「あれ?そういえば今日は一緒じゃないんですか?」
「ええ、彼はちょっと用事がありますので、後から来ると思います」
「後からって……未来人なんだから、幾らでもこちらに来る時間合わせられるでしょ?それに俺はTPDD……でしたっけ?その操作が出来るんですか?」
「なかなか鋭い質問ですね。でも残念。禁則です」
都合の悪い質問は全て禁則にしてしまう未来人は卑怯です。
「まあいいです。では次。ハルヒに俺……未来の俺を合わせたのは、ハルヒを導くことと、そして、ジョンへの想いを断ち切るためですか?」
「ええ、そのとおりです。涼宮さんは普通の人の命令なんて聞きません。それにわたし達のような特殊な人間は、おいそれと意見することもできません。涼宮さんが、わたしたちが望まない事象を発見してしまう可能性があるからです。涼宮さんに意見を出来るのは、あなたを除いたらジョン・スミスしかいません。わたしたちの都合のいい様に涼宮さんを扱うにはジョン・スミスを誰かに演じてもらうのが一番なんです。そこで白羽の矢が立ったのが彼です。年齢的にも彼がジョン・スミスの役を演じるのに丁度良かったですし、なにより本人ですしね」
俺は朝比奈さんの説明をうんうん頷きながら聞いていたが、『わたしたちの都合のいい用に涼宮さんを扱う』と言う言葉に若干背筋が冷たくなるのを感じた。未来の俺は、このままジョン・スミスを演じ続けて、未来人の思うがままの世界へと進むための道具として使われるんじゃないだろうか?そのことに関して俺(大)は疑問は無いのだろうか?
「ジョン・スミスへの想いを断ち切った理由ですが、涼宮さんの想いはジョンとキョン君、二人に向けられていました。日が増すごとにつれキョン君への想いの方が強くはなっていったのですが、それでも夏になると思い出すようで、ジョン・スミスへの想いも捨てきれずに過ごしてきたのです。そしてその想いは、古泉君が言うところの『閉鎖空間』を頻発させてしまうのです」
「朝比奈さん、何故あなたが閉鎖空間のことを知っているんですか?あれは『機関』に所属する人間しか知らないはずなのに……」
「わたし達未来人と、彼が所属する『機関』は、同盟を結んでいますからね、表向きは。でも裏では様々な情報合戦を繰り広げています。その中で得た情報にそのようなデータがありましたので」
あ、朝比奈さん……あなたは本気で怖い人間になってしまうんですね。今のうちに未来人を辞めるように言っておくのが吉かもしれない。でも、そうすると俺は朝倉に刺されるし……いや、それ以前に閉鎖空間から戻って来られない可能性もあるのか?どうすればいいんだ?俺。
「理由はそれだけではありませんが、涼宮さんのジョンに対する想いを払拭するために、わたし達が措置を講じたのです。キョン君への想いが一段と強くなっている、あの時に。ジョンがこの世界にいなくなっても、キョン君がいますので、彼女は悲観することはないと考えの措置です。……結果、あなた方は結ばれましたね」
「……いや、まあ。でも、そのお陰で俺たちはケンカする羽目になっちまった。そうだ、そのケンカの元となったのが俺のあの台詞だ!『お前とハルヒは相容れられる存在ではないんだ。諦めろ』っていうのはどういう意味なんですか?俺はあの台詞のせいでハルヒに……本当なんですか!?朝比奈さん!!」

「……へ!?なんですか?それ!?」

……朝比奈さん?朝比奈さん?もしもーし。
朝比奈さん(大)はきょとんとした顔をしている。ハルヒに意味不明なことを告げられ返答に困っている朝比奈さん(小)と同じ顔だ。
「え?朝比奈さんは知らないんですか?」
「知りませんよ!そんな事!?あ!キョン君ったら、また……!!」
なにやら焦っている朝比奈さん(大)。その顔を見て俺は少し心が晴れた。どうやら未来の俺も、未来人に何かしらの反抗はしているらしい。さすが俺だ。何も変わってない。

朝比奈さんは両手に耳をやり、なにやら傍信しているスタイルを数秒取り続け、そして、
「キョン君、ごめんなさい。キョン君、いえ、未来のあなたを探しに行きます。キョン君は少しおいたが過ぎるようです。たっぷり反省させないといけないわ!そうじゃなくても人の心弄んで。わたしなんか……」
と言い放った。形相からして結構怒っている。怒った顔もまたかわいらしい朝比奈さん(大)である。
「それじゃあキョン君。あなたはいい大人になってね」
朝比奈さんは魅力たっぷり魔力たっぷりのウィンクを一つし、玄関のドアから出て行った。
……なんだか前回以上にバタバタ帰っていったな。ん?あれ?もしかして……

朝比奈さん、赤ちゃん持ち帰るの忘れていますよ……

「全く、相変わらずそそっかしいな、あの人は」
「うを!?」
後ろからの声に驚いて思わず振り返る。そこには俺(大)が立っていた。なんといつの間に!
「朝比奈さんがそそっかしくて、この子を置いていくのは目に見えていたからな、俺がこうやって引き取りに来たのさ。それに今なら精神操作も受けてないし、必要なことも喋られる」
な、なるほど……だが待て、朝比奈さんはお前を探して戻っていったんだ。お前がこっちにこなかったら朝比奈さんは赤ちゃんを忘れず持って帰っていったんじゃないのか?
「いつもの言葉になるんだが、既定事項だ。俺のときも確かに忘れていったんだよ。あの人は。それに俺も規定事項をするためにお前のところに来たんだからな」
「なんだ?お前の規定事項ってのは?」
「そうだな、まずはお前にタネあかしをしようと思ってな。まず、合宿2日目の夜に俺が言ったセリフ。『お前とハルヒは相容れられる存在ではないんだ。諦めろ』っていうやつだがな、お察しの通り、アレは嘘だ」
「ふうう……やれやれ。ハルヒに言われたから何となくそうだと思っていたけど、お前の口から聞けてよかったぜ。でもなんでそんな事いったんだ?」
「ハルヒに言われなかったか?お前を奮い立たせるためにしたことなんだ。お前の中に、ハルヒに対する感情はあったはずだ。でも普通に命令しただけじゃお前は素直に行動しないからな。だからあんな発言でハルヒの身に何か起きると匂わせておいて、お前のやる気を高揚させてやったんだ」
「いや、それでももう少しいい方法があったんじゃ……」
「あの時は俺も未来人の精神操作を受けていてな、殆どが禁則事項で喋られないことばっかりだったんだ。だから俺は根も葉もないことを言うことにしたんだ。そんなことを言っても未来人にメリットもデメリットも無いわけだし、禁則に引っかからないって寸法だ。気づいたかどうか分からんが、抱きついたまま寝ているハルヒを外す方法を教えてくれって言われたとき、ためしに嘘を言ってみて、禁則とならないか試したんだ。で、俺は嘘が言えることができて、そのままお前を嘘で焚きつける事にしたんだ」
「なるほど……でも待てよ。ハルヒの未来を過去の人間に話すこと自体、未来人にとっては重要項目じゃないのか?それ自身が禁則になっているんじゃないのか?」
「ああ、そうかもしれないが、実際に俺は言うことが出来た。その理由を俺なりに3つほど考えてみた。未来人は、俺がまさか過去の俺にそんなことを言うとは思っていなかったのかもしれない。俺がハルヒに選ばれているってことは未来人も知っているし、その俺がハルヒの未来を過去の俺に教えるということは、未来を大幅に改変してしまう可能性だってあるからな。自分の未来も怪しくなるようなことを言うはずが無いと鷹をくくっていたのかもしれない。二つ目の可能性として、ハルヒの未来について話すことは禁則で無い可能性がある。未来人の他に、『機関』や長門の親玉たちとの鬩ぎ合いもあるからな。長門の親玉たちは時間に関しても操作可能だからあまりメリットは無いかもしれないが、『機関』の連中をやきもきさせるには十分だ。そして三つ目。これはあんまり考えたくないが、俺の発言が未来人に手の中にあった場合。この場合は禁則から外され、この件に関して好きに言えるからな」
な、なんだかすごい事になってるな。未来は。しかし、思ったより俺が対処しているのを見て少し頼もしくもなった。そんな感じで頑張って欲しい。
「まあともかく、お前はハルヒに想いをようやく告げることが出来た。そしてそれがお前の今後の成長に大いに役立つんだ」
まさかとは思うが、俺はハルヒとあんな関係になったせいで、未来人に付け回されてしまうのだろうか?俺(大)のように。だとしたらちょっと考え物かもしれない。今からじゃもう遅いが。

「ま、そう言うことだ。お疲れだったな。この子は返してもらうぜ」
俺(大)は、ハルミを抱えた。そうだ。忘れてた。
「なあ、この子がハルヒになつかなかった理由は何だ?そして何故いきなりなつく様になったんだ?」
「それはな、この子はポニーテール萌えなんだ」
「はぁ?」と素っ頓狂な声を出す俺。
「この子の母親はこの子が生まれて以来ずっとポニーテールだったからな、そっちの方が見慣れているんだろう。最近じゃポニーテールじゃないと母親すらなつかなかったんだ。むしろ大声を上げて泣き出す」
「なんだ、それ?」
「ま、でも今回の合宿で人見知りが大分直ったはずだ。感謝してるぜ。もう他に質問は無いか?あまり悠長にしていられることもできないんでな」
「じゃあ最後に一つ。この子の名前は何なんだ?教えてもらって無かったよな?」
俺の質問に、俺(大)はくくくっと喉を鳴らしていた。
「お前はこの子の名前を知っているだろう?」
いや、だから俺は教わってないって。
「質問を変えよう。この子は合宿中、なんて名前で呼んでたんだ?」
「え?……それはハルミ……って、まさか!」
「そうだ。その通りだ。その子、そして俺の子の名前はハルミだ。名付け親はさしずめお前だ」
なんてこった。俺がその場で適当に考えた名前を自分の子につけるなんて、そんな適当なことでいいのか、それでも本当に親なのかと問い詰めたい。
「俺には思い出深い名前だったからな。あの時の赤ん坊は。それにこうして思い出の一ページになるなんて、うらやましいやつだ。俺の子を差し出したかったよ」
「ちょっと待て!その子はお前の子じゃなかったのか?」
「ああ、この子は俺の子ではない」
「じゃあ、その子は一体……!」
「この子はハルミだ」
「は?ハルミはお前の子だろ?」
「ああ、俺の子だ」
「つまり、お前の子はこの子なんだろ?」
「いや違う。この子は俺の子ではない」
「待て待て待て。ループして来たぞ。どういう意味かわからん。わかるように説明してくれ」
「そうだな、ハルミは俺の、そしてお前の子だ。だが、『この子』は、俺と、そしてお前の子ではない。わかるか?」
「いや、さっぱり」
「もう少し分かりやすく説明するか。お前はこの子の親か?お前が育てなければいけない、お前と奥さんが愛し合って生まれた子か?」
「いや違う。俺には子供がいないし……」
「そう。俺も一緒だ。この子は俺の奥さんが生んだ子ではない」
「……なんとなく分かった気がする。つまり、長門が言う異時間同位体って訳か」
「ご名答。この子は俺の時間で8年前のハルミだ。過去の俺、お前から言うと未来の俺に頼んで借りてきたんだ」
「なんで直接その時の俺に言わなかったんだ?」
「あの頃の俺は忙しかったんだよ。就職試験やら何やらでな。お前の奥さんも一緒だ。子育てと就職試験を一緒にやるなんて、今思ってもかなりパワフルだったぜ。で、その頃の俺も奥さんも面接があってハルミの面倒を見られないから、俺が預かったんだ。格安ベビーシッターの園長の振りをしてな。あの時の俺はだいぶテンパってて、俺や高校の時の合宿のことなんて忘れてやがったけどな。俺自身そうだったから、偉そうなことは言えないがな」
なんというか、俺って破天荒な人生を歩んでいるのな。子育てと就職試験に終われてみたり、偽幼稚園を開いて誘拐まがいのことをやったり……
何より、就職試験の前に1歳前後の子供が居るってことは、俺は学生結婚をした事になるのか?
「まあ、俺の第二子でもよかったんだけどな、これが男の子でな。既定事項から外れてしまうからこれでは無理だったんだ。今から第三子を作っても間に合わないし。そこであの頃にタイムスリップしたって訳さ。そうそう忘れてた。俺が朝比奈さんを撒いてこの時代に来た理由は、お前に禁則事項を話すだけではなく、お前に見せたいものが会ったんだ。おーい、ハルミー!こっちにこい!!」
「はーい」
2階からの足音が階段を降り、そしてこの部屋に近づいてくる。そして――

「ハルミ。挨拶しなさい。パパだ。今より10歳以上若いパパだ」
「うわー!これパパなの!?うそでしょ!?若いじゃん!」
「人に向かって『これ』なんていうんじゃありません。ほら、ちゃんと挨拶なさい!」
「はーい。……えーと、パパ、でいいのかな。こんにちわ。ハルミです!9歳です!」
9歳のハルミ――つまり、俺(大)の本当の娘が俺に挨拶をしていた。しかし、これは――
「どうだ。ビックリしただろ!?」
「ああ、少し、いや、かなりな」
俺はあまりのことに驚愕しまくりだった。
「ねえ、本当にパパなの?パパって、もっとおヒゲがもじゃもじゃで、もっと頭がボサボサで、いっつもママにしかられてばっかりのだらしない人だと思ってたんだけどな」
「何を言ってるんだハルミ!パパはいっつもかっこいいでしょ!」
「うー……」
「これでも近所の奥様方には30には見えないと大好評なんだ」
いや、俺には年相応に見えるが。
「それに夫婦仲も好調だ。となりの谷口の奥様だって、『おしどり夫婦でうらやましいわ』っていわれたくらいなんだからな!」
「あ!谷口のおばちゃんなら知ってる!この前、パパとママを見て『ああ言うのをバカップルっていうのね』って、ちっちゃい声で言ってたもん!」
ハルミの返答に俺は大爆笑し、俺(大)は顔を真っ赤にさせていた。
「……まあ、そんなわけでこれが俺の本当の娘だ。そのハルミの8年後の姿だ」
俺(大)は無理やり話を変えた。後ろで9歳のハルミが『ねーねー、おしどり夫婦とバカップルって同じ意味なのー?それに谷口のおばちゃんがいい加減ペアルックは止めて欲しいわっていってたんだけど、どういう意味?ねえパパ、教えて―!』と言っているが無視することに決めたらしい。
「この姿を、ハルミの成長した姿をお前に見せたかったんだ。これが俺の既定事項。そしてお前への規定事項なんだ」
「ああ、わかったよ。お前たちの仲のいい姿を見て。俺のやるべきことはわかったよ」
「そうか、ならいい。それともう一つ。ハルミからお前に伝えることがある。ほら、ハルミ」
9歳のハルミは俺の前に出てきて、ぺこん、と頭を下げた。
「えーと、若いパパ、ありがとう。若いパパのお陰で、あたしが生まれることができたんだって、パパから聞いたの」
俺はいきなりの発言に何もコメントできなかった。
「予定より早く生まれても、遅く生まれても、ハルミは生まれなかったんだって。あたしが今、ここにいるためには、えーと、きていじこう?どおりに生まれるようにしてくれた若いパパのおかげなんだって。だから、ありがとう」
ハルミはハルヒが部室で見せる笑顔に近い、そうだな、まだ子供だから30ワットくらいか……の笑みで俺に微笑んでくれた。
そうか、俺はこの子を規定事項どおり産ませる義務があるんだな。時代がずれても、母親が変わってもこの子は生まれない。俺はその規定事項を前にすすめたのだろう。この合宿で。とはいえ俺はこの子が生まれる第一段階をクリアしただけだ。
この子に合うためには今後更に規定事項をクリアしていかなければならないのだろう。

「ま、そう言うこった。お邪魔したな。ハルミ、帰るぞ」
「えー。もう帰るのー?」
「我慢しなさい。あとでパパがアイスを買ってあげるから」
「わーい。パパ大好きー!」
ハルミはパパ(俺(大))の頬にキスをしていた。本当に仲むつまじい家族でうらやましい。ただ、先程ハルミ(正確には隣の谷口の奥様)が言っていた、バカップルという言葉が気になるが。
「じゃあな。もう会うことは無かったと思う。お前がどんな未来を望むかはお前次第だ。でも、俺は信じている。お前の望む未来が、俺の望んだ未来と一緒だったと。俺だって未来人に縛られて生きていくつもりは無いさ。ただ俺やお前が望む未来にしていけばいいんだ。今までも、そしてこれからも。だからお前もそうやって生きていくがいいさ。応援しているぜ」
「パパの若い頃の人ーバイバイー!!」
ああ、バイバイな、ハルミ。また会おうぜ。何年後になるか分からないけど、必ず会えるように頑張るぜ。

――二人、いや赤ちゃんのハルミを抱えているから三人か。その三人は先の朝比奈さん(大)と同じく、玄関のドアから出て行き、そして直ぐに見えなくなった。

それから数分後、朝比奈さん(大)が俺(大)探しに再び表れた時の形相は滑稽だったがな。



それから夏休みが過ぎ、九月も終わりを迎えた頃の話である。
暑さ寒さも彼岸までとは言うものの、太陽はまだ未練がましく俺たちを蒸し焼きにしようと努力しているみたいだ。
俺は今日も出したくも無い汗を半期に一度の倒産閉店セール宜しく大盤振る舞いしつつ、平日の強制トレーニングコースを登り続けていた。
「キョ~ン!!オッハョ~!!」
通学用バッグのフルスイングを背中に受け、俺はたたらを踏んだ。
「痛ってえなこの野郎!!何しやがる!!」
「あんたがボーっとしてるのが悪いんでしょ!SOS団なら気を感じてよけなさいよ!!」
無茶を言うな無茶を。俺はニュータイプでもオーラバトラーでもサイコドライバーでも死神でも、ましてや女神の聖闘士でもない。
「ほら!早く行くわよ早く!あんたがいるってことは遅刻寸前じゃない!急がないと!」
失礼な。俺だってたまには早く自宅を出たくなる時だってあるさ。
「何偉そうなこと言ってんのよ。ほら行くわよ!」
「こ、こらちょっと待て!押すな!」
そんなわけで、俺はハルヒに押されて、学校までの坂をひたすら登っていくのである。
――せめて、俺のクラスの奴の前ではしないで頂きたい。お前は休み時間クラスにいないからいいだろうが、俺は夏休み明けから行われている、毎休み時間毎の谷口検事による、『涼宮とキョンが夏休みの間で、どこまで進んだのか?もしかして最後まで……』という取調べに辟易しているのだからな。だが最近面倒になってきて、いっそ本当のことをいってやろうかなんて思っている。だがそれをしたら一日、いや、2時間後くらいには校長や用務員のおじさんまでその話が伝わりそうだし、そうしたら俺は登校拒否するしか他に方法は無い。ハルヒは平然としてそうだが。

そうそう、結局、あの時のあの行為によって子供は出来なかったらしい。この時期になっても検査薬に反応しなかったし、何より次のモノが来たらしい。それはとりもなおさず、できていないということになる。
健常な成人であれば、あの時の行為で子供ができる確率はかなり高いのであるが、それでも出来なかった理由としてあげられるのは、俺たちが健常な人間じゃなかったからということではなく、ハルヒがそう願ったということが一番の要因だろう。
ハルヒには直接聞いてはいないが、俺はあの時に子を授かるのを望まなかったし、ハルヒも俺の考えを尊重してくれたのだと思う。
でもまあお陰で助かった。親父に殴られずに済んだし、ハルヒの両親に土下座する必要もなくなったからな。
それに俺はまだ十分に伝えていないから。あいつに俺の気持ちを。
もしかしたらあいつも同じ気持ちだったのかもしれない。

俺を押すのに飽きたハルヒは一息もいれず地獄の上り坂を駆け上がっていった。
そんな坂の上で手を振るハルヒを見上げつつ、俺(大)への願いも叶えてあげなければと考え、現在その方法を模索中であった。
俺はハルミにまた会えるよう、様々な方法を考え中である。
とはいえ、結局のところ方法は一つしかない。ハルミにまた会える様にするには、あの方法しかないのだろうとは自分でも思っている。
それは、俺が将来の奥さんへ告白すること。そして結婚して、家庭を持つこと。
できるかどうかと言えば、難しいかもしれない。
だが、俺は成長したハルミの姿を見て確信した。俺がハルミに会うための規定事項を。実行しなければいけないんだ。
――結局、奥さんは誰だって?残念だが、それは俺も聞いてない。でも、俺はわかった。ハルミを見て。



――ハルミが誰かさんの小さい時に瓜二つだったからな――

また会おうぜ、ハルミ。そん時はよろしくな。



  ――THE END――


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