@@@キョンとムスメの4日間 ―キョン(大)の陰謀― (1日目)@@@

季節は夏。そして日本はお盆真っ盛りである。我が家では毎年この頃になると家族で田舎へ行くのが恒例行事となっており、親戚の子供たちの相手をするのが俺の仕事だ。



――そして俺は今、自宅のベッドで惰眠を貪っていた。
――何?田舎に行ってるんじゃないのかって?ああ、昨日まではな。俺は昨日、一人で電車とバスを乗り継いで自宅に戻って来たんだ。
何故かって?三日ほど前、俺の携帯に『キョン、今日から三日後に合宿を開催するから準備しなさい!』という連絡が入ったんだ。
誰からかって?……おいおい、そんなにしつこく聞いてくるなよ。そんな事、言わなくても分かるだろう?誰の命令で俺が田舎でのリラクゼーションから強制送還されたかくらい。
あいつ以外俺をいい様にこき使う奴はいないだろ。普通に考えて。
ただ、何故かいい様に使われてしまうんだよな、俺は。決してM気がある訳ではないんだが、あいつは真性のS体質だからな。本人の前では、口が裂けても言えないが。

という訳で、明日から(ん?もう今日か?)三泊四日の合宿が開催されることとなった。因みに場所も内容も未定である。というか教えてくれなかった。正確には聞く前に電話が切れたんだけどな。相変わらず乾いた導火線のようにせっかちな奴である。
一抹の不安は残るものの、正直楽しみにはしている。朝比奈さんの水着姿も一年ぶりだしな。ん?でも待て。海に行くとは限らないのか――いやいや、川とか、湖とか、温泉とか泳げるところは他にも……

「……きろ……起きろ……」

…………ん……誰だ……?
「相変わらず朝は弱いな……お前は」
否応なく起こされて声の主を探す。――いた、が、これは……
「よっ、久し振りとてもいうべきか?それとも初めましてとでもいうべきか?」
……どっちでもいい。が、お前は誰だ?
「おいおい、俺の顔を忘れるなんて、ついに若年性痴呆症か?ってことは、俺はもっとやばいってことになるな」
そう言う意味じゃない。お前の顔を忘れる訳はない。忘れたくても忘れられない体になっているからな。だが何故ここにいる?
「ああ、この人に送ってもらったんだ」

「おはようございます、キョン君。――久し振りですね」
そこには、未来から来たナイスバディ、朝比奈さん(大)の姿があった。
――やれやれ。どうやらまた何か面倒ごとに首を突っ込むはめになるんですね。俺は。
「ええ。申し訳ありませんが、お願いがあって参上致しました。実は……」
「朝比奈さん、俺から言おう。頼みというのは、この子を預かって欲しいんだ」

――この子?
そう言って、彼は抱えていたものを俺に見せてくれた。

――そこには、一才前後の赤ん坊がスヤスヤ寝ていた。

――子守りということか?しかしなんで俺が?
「あまり未来のことは言えないが、まあお前の今後のためだ。そして、なぜ俺がお前にこんな頼みをするかくらいは…………わかるだろう?」
……ああ、どうせ『既定事項』とでも言いたいのだろう?だが未来の人間をやたら過去の時代に移動させて構わないのか?
「この子がこの時間平面に移動すること自体『既定事項』ですから……キョン君には迷惑をかけっ放しで申し訳ありません。ですが、これは彼が言うとおり、未来の世界、特にキョン君自身の未来に大きくかかわってくるんです」
「というわけだ。頑張ってくれ。俺」



――言い忘れていた。そこにいたのは朝比奈さん(大)の他に、なんと俺自身がいたんだ。ただし、高校生の俺ではない。やや老けている、いや、自分だからもう少しかっこいい言葉……貫禄と渋みが増していた。年にして20後半から30前半くらいだろうか?それより……
一つ疑問がある。この子は誰の子なんだ?勝手に持って来て叱られないのか?
「自分自身の子供と言うべき存在なのだから問題ないだろう?」
なんと!俺(大)の子供だったとは!――つまり、俺の子でもあるのか!?
「今日から四日間預って欲しい。四日後に引き取りに来るからな」
ちょっと待て。俺は今から合宿だ。赤ん坊なんて預れるか!お引取り願いたい。
「知ってるさ。当時は俺だって同じセリフを吐いたからな。さっき話したとおり、未来の運命がかかっている。やらざるを得ないんだ。この子については、『親戚の子を預かることになった』とでも言えばみんな納得するさ」
――クソめんどくさいことになった。折角のバカンス(正確には合宿だが)が、育児で潰れるとはな。……どうせ何を言っても無駄だ。仕方ない。引き受けることにするか。ただ……

…………一つ聞いていいか?
「何だ?」
この子は誰との子だ?

「禁則事項だ」「禁則事項です」

二人は声を揃えて言い放った。
――こうして俺は、未来人二人(うち一人は自分自身)に翻弄された四日間を送るはめになった。そして得意の溜息交じりのこのフレーズが飛び出すことになる。

――やれやれ――



俺は今、合宿用の着替えやら日用品、そして赤ん坊が入っている手提げ鞄を抱え、集合場所である北口駅前に向け大移動を行うゲルマン民族の気分で歩いていた。まだ朝だというのに暑い。暑すぎる。本当に日本かここは?
――あの後、このままでは何か悔しい気がした俺は、この子の母親――つまり、俺の嫁(この年で嫁とかいうのはちょっと恥ずかしいな)になる人物像を聞き出していた。以下その際の会話の一部だ。

――――――――――――――――――――――

『奥さんの体型はどんな感じだ?』
『身長は80cmを超える長身なのに体重は300kg以下というスレンダーな体型だ。そしてスリーサイズは全て200cm以内というグラマラスボディだ』
『それはモデル顔負けの体型だな……で、性格はどうなんだ?』
『そうだな……気は優しく荒々しい、素直で我儘、タフかつ繊細で、内助の功がポイントの恐妻だ』
『……どうやら正直に答える気はないらしいな』
『よく分かってるじゃないか』

――――――――――――――――――――――

こんな感じだ。もう少し色々聞いたが、軽くあしらわれたので会話形式は終了する。
朝比奈さん(大)に聞けばボロが出るかと思い、そちらにも問い掛けた。しかし朝比奈さん(小)とは違い、年の功によるものだろうか、そちらも結局徒労に終わった。
だが俺(大)は、自分の妻は、俺――今の時代である俺――が、既に知っている人物であるという爆弾発言をかましてくれた。
朝比奈さん(大)は『未来のことはあまり教えないでください!』と怒っていたが、俺(大)は『俺にとってその事は既定事項だった。だから俺がこの事を話すのも規定事項なんです』と言って押し切っていた。
それを聞いた俺はカマかけをしてみた。俺は既知女性陣について、未来で元気にやっているか、何をしているのか差し障りない部分で良いから教えてくれと俺(大)に懇願した。
俺(大)が自分の妻を呼ぶ時の呼称と俺がその女性を呼ぶ呼称は違うはずだと踏んだからだ。うっかり口を滑らせてしまうことを期待した。
だがどうやら甘かった。俺が名前を挙げた女性陣……ハルヒを始め、朝比奈さん、長門、鶴屋さん、喜緑さん、阪中、ミヨキチ、佐々木エトセトラエトセトラ…………を、全て名前で、しかも『○○は、今でも美しく光り輝いているよ』的なセリフをぬかしやがったのだ。思わず俺はぞぞ毛が立ってしまった(もしかしたら田舎のばあさんの地方の方言かもしれない)。
それを聞いた朝比奈さん(大)は顔を朱に染め『な、何言ってるんですか!……恥ずかしいです……』と照れていた。てか俺もかなり恥ずかしい。俺は演技だとしても、こんなキザっぽいセリフをいとも簡単に紡ぎ出す大人になってしまうのか……
向こうの方が一枚上手だ。諦めよう。――だが、俺はこの時、古泉が吐きそうなセリフを言うような大人にはならないと誓った。自分の言葉で蕁麻疹がでそうになったのは初めての経験だ。



さて、そんな脳内時間遡行をしていると、いつの間にかいつもの待ち合わせ場所が見えてきた。ようやく到着である。
「キョン!遅いわよ!!罰としてあんた一人で荷物運びしなさい!!」
甲高い声が威勢良くあたりに木霊した。もちろん団長殿の声である。水色ボーダーのキャミソールに短パンという、日焼けを全く気にしない格好で俺の前に現れた。というより、紫外線すら跳ね返してしまう、そんなエネルギーに満ち溢れたオーラが滲み出ている。今日もハルヒは絶好調のようだ。
どうやら俺以外のメンバーは既に到着しており、木の陰で休憩していたようだ。そして、その木の陰にはかなりの量の荷物がわんさか積み上げられている。
……これを一人で運べというのか。勘弁してくれよ。
「何よ。あんたが田舎から帰って来れないって言うから、あたしたちが合宿の前準備してたのよ!当日の荷物運びくらい文句をいわないでやるのが当然でしょ!むしろ感謝してほしいくらいだわ!」
せめてもう少し前に連絡とってくれればその前準備とやらも手伝えたんだがな……
「まあまあ、荷物運びといってもバスをチャーター致しましたので、積み込む程度ですよ。そろそろ到着するころですが……」
ハルヒに代わって古泉が喋りだした。半袖のシャツを第二ボタンまで外し、それにクォーターパンツとサンダルいう格好である。こいつにしてはラフな格好だ。今日の暑さは堪えるんだろう。こいつも。
「………………」
「がんばって下さい。キョン君」
いつもどおりの無口な長門と、いつもどおり俺にスマイルを与えてくれる朝比奈さんが激励の言葉をかけてくれた。この二人の衣服こそ紹介しなければな。さっき古泉の姿を紹介していた自分が恥ずかしい。
まず長門だが、ノースリーブのシャツにハーフ丈のジーンズ、そしてサンダルである。正直それほど目立つ姿でもないんだが、制服以外の姿を見るのはかなり久しぶりなのでその辺はご破算とする。長門は喋ってこそないが、俺を励ましている。そんな気がした。……妄想ではない。
そして愛しのマイエンジェル、朝比奈さんは同じくノースリーブだがこちらはワンピースである。夏休み限定なのだろうか、髪の毛をゆる巻きにしているのが最高です。某モデル(双子の姉)なんか目じゃないと思うね、俺は。

「――到着したようです」
それからほんの少し後、バスが到着した。バスはロータリーの前で停車し、乗降口が開いた。
「みんなー!そろってるかいっ!」
「お久しぶりです。皆様。今回も及ばずながら力になれればと思います」
降りてきたのは鶴屋さんと森さんだった。よく見ると、運転手は新川さんだった。
ははぁ、今回も機関からの歓迎を受けたってわけだ。メインスポンサー込みで。いやはや、楽しくなりそうだな。
――多少皮肉は混じっているかもしれないが気にしないでくれ。



皆がバスに乗り込む間、俺はハルヒの言い付けを何故か忠実に守る羽目となった。しかし、本当に誰も手伝ってくれないのな……
いや正確には朝比奈さんは手伝おうとしたのだが、「キョンがつけ上がっちゃうから駄目!少しは厳しくしなきゃ!」とハルヒが親の仇を撃つような声で叫んだため、朝比奈さんは困惑顔でバスに乗り込んでいった。どちくちょう。
しかし、「ごめんね。次は手伝うから」と朝比奈さんが声をかけてくれたのが唯一の救いだ。
ハルヒが「何やってんのよ!早く積み込みなさい!」と鉄砲水のようにがなりたてたので感慨に浸る暇はなかったんだがな。
「キョン、そういえばあんた荷物多いわね。これ何?……結構重いわね」
そういってハルヒは俺が俺から預かった手提げ鞄をひょいと持ち上げた。こら、乱暴に扱うな!
「へへぇ。そんなに大事なものかしら?ちょっと気になるわね……見てみましょ」
ハルヒはラピスラズリの様に目を光らせて鞄の中を捜索し始めた。
俺はハルヒを止めなかった。どうせすぐばれることだし、止めに入るとムキになってよけいひどく扱われるのは目に見えてわかっていたことだからな。それよりはさっさとばれてしまった方が後々のためになる。
「何が出るかな、何が出る…………!!!」
昼の好中年が得意そうな歌を鼻歌混じりでハミングしていたハルヒの声が止まった。どうやらフリーズしているようだ。ハルヒが呆けている顔はあまり見られないので貴重だ。携帯のカメラにでも取っておこう。
「……キョン。何これ?」
なんだハルヒ。知らなかったのか?乳児といってな、人間において、生まれて1年程度までのものをそう言うんだ。
「そんなことは聞いてないわ!どうしたのよこの子!まさかあんたの子ってわけじゃないでしょうね!!」
正解だハルヒ。素晴らしい直感と推察力だ。
だが今そんなことを言ったら誤解したハルヒが暴れだしそうな予感がしたので、とりあえず親戚の子供をどうしても預からなければいけなくなったということにして、ハルヒに伝えた。
「…………ふーん、まあいいわ、でもあんたが預かったんだからね。あたしたちはノータッチよ。責任もって面倒見なさい!それに赤ちゃんのお守りに気を取られて、神聖なる合宿に支障がでたら承知しないからね!」
不承不承ながらハルヒは赤ちゃん同行での参加を認めてくれた。しかし、神聖なる合宿って言葉を大声で叫ばないでくれ。怪しい集団だと思われるだろうが。



「本日はお日柄もよく、皆様におかれましてはご健勝のこととお慶び申し上げます。本日は当バスをご利用いただき、真にありがとうございます」
荷物を積み込み、いよいよ出発となった。出発後、先頭の席に座っていた森さんが立ち、手紙の文頭に書く常套句とバスガイドの挨拶を言葉を織り交ぜながら喋っていた。
今更だが、森さんはバスガイドの格好をしていた。森さんも形から入る人なのだろうか?朝比奈さんが見習おうとするのもよくわかる……気がする。
「本日は、皆様をご案内させていただきますバスガイドの森と、運転手を勤めさせていただきます新川が目的地までの快適な旅をお約束いたします。どうかよろしくお願いいたします」
ここで拍手喝采……となればいいのだが、人数が少ないためやや盛り上がりに欠ける。拍手しているのはハルヒと鶴屋さん。そして朝比奈さんである。朝比奈さんは森さんを勘違いして捕らえている気がしてならない。
まあしかし、それも分かる気がする。森さんはバスガイドになりきっているのだから。もしかして本職……なわけないか。本職はメイド……でもなかったな。そういえば本職は何だろう?まさか古泉が言っていた役者ってことはない……よな。暇なときに聞いてみよう。

「ところでハルヒ。合宿場所はどこなんだ?」
「あれ?あんたにまだ言ってなかったっけ?」
聞く前に電話を切りやがったのはどこの誰だ。
「聞いて驚きなさい!実は「涼宮さん」」
古泉が口を挟んだ。こいつがハルヒのやることにちょっかいをかけるなど珍しい。
「何、古泉君?」
「せっかくですから、彼には到着まで黙秘というにしてみては如何でしょうか?」
「あ、それいいわね。直前まで秘密にした方が楽しいわよね!」
それはお前だけだ。俺はちっとも楽しくない。
対照的にハルヒは初めて逆上がりができるようになった子供のような表情で歓喜していた。

バスは一般道から高速へと入り、俺たちの住む町はみるみる遠ざかっていった。高速を使うということは、結構遠い場所なんだろう。
高速からの景色はどうしても単調になってくるため、見飽きた俺は隣に寝かしつけた赤ちゃんを見ていた。
――さっきからハルヒと鶴屋さんが騒ぎ立ててはいるものの、一向に起きる気配がない。
なんとなくだが、大物になるんじゃないか、そんな気がした。未来の我が子とはいえ、将来が楽しみである。それがそんな妄想をしてると――
「よく寝てるわねーその子」
うわ!ハルヒ!いきなり声を出すな!びっくりしたじゃないか!
「せっかく団長自ら飲み物を持ってきてあげたのに、気づかないあんたが悪いのよ!」
そうですか。ありがとうございます。だから静かにしてくれ。
「ずーっと寝てるんだし、そうそう起きないわよ」
そうかそうか。もしお前のせいででこの子が起きることがあれば、泣き止むまでお前が面倒見るんだぞ。
「なんであたしが……でもまあいいわ。起きたらあたしが面倒見てあげるわよ。あたしが近所の赤ちゃんをあやすと見る見るうちに寝ちゃうんだから!『泣かし疲れ名人のハルヒちゃん』として有名だったんだから!」
それは誉め言葉ではないような気がするが……ひたすら泣かせて、疲れて寝させる気なのか……

「――でも、赤ちゃんって本当にかわいいですよね」
「…………小さい」
いつの間にやら皆がこっちにきて、それぞれ赤ちゃんに対して何やら感想を述べていた。
特に長門は赤ちゃんを見るのは初めてなのだろう。クールビューティーな目線を赤ちゃんにロックオンし、片時も外したりはしなかった。
「キョン君、そういえば名前は何ていうのさっ!?お姉さんに教えてくれないかいっ!」
しまった、名前を聞いてなかった!性別はもらった衣服から女の子であることはわかったが、それで安心しきっていた。何たる不覚!!
「えーっと、名前はですね……」
名前なんて何でもいいはずなのにこういうときに限って思い浮かばない。出てくるのは妹やお袋の名前だ。さすがにそれは駄目だろう。
「早く言いなさいよ、キョン。人に言えない名前じゃないんでしょ?」
鶴屋さんに代わってハルヒが尋問し始めた。言えない、というより、そもそも名前がわかんないんだよ。ああもう!テキトーに言うぞ!未来の俺!文句は一切聞かないからな!
「――あんた、名前が言えない素性の子なんてことは……」

「な、名前は『ハル……ハルミ』だ!」

一瞬、辺りは沈黙した。
――もう少しまともな名前は思いつかなかったのか?俺。

ハルヒがギャーギャーわめき散らすから、フル稼働している俺の脳内にアッカンベー状態のハルヒウィルスが侵入してしまい、偽名製造に苦心していた俺の脳は危うく『ハルヒ』と言いそうになってしまったのだ。何とかすんでのところで一文字変えることに成功したが、俺の子供がハルヒと一文字違いだと言うことに関して、何だか違和感を覚えてしまう。
「へぇぇー。あたしと一文字違いね。立派な子に育つわよ。それで、どんな漢字を書くの?」
「そ、そこまでは聞いてないな」と俺。ええい、何故そんなにしつこく聞いてくるんだ?
「あらそう。苗字は?」
「……俺と同じだ。親戚だからな」と返答する。少し余裕がでてきたようだ。
「苗字はキョンと一緒だなんて可愛そうに。でも名前は合格ね。この子は名前で呼ぶことにしましょ。ねー!ハルミちゃん!」
そう言って、ハルヒは赤ちゃん(これからハルミと呼ぶことにする)を撫でていた。瞬間。
「…………ひ、ふぎゃー!!!!」
……泣き出した。さっきの約束は守ってもらうからな。ハルヒ。
「わ……わかったわよ。ほらーハルミちゃんー。いい子ねー。だから泣き止んでねー」
ハルヒは懸命にあやしていた。だが。
「びぇぇぇぇー!!!!!うぇぇぇぇぇぇー!!!!!!!」
勿論に泣き止まなかった。というかさらに酷くなっている。
「あれー!?おかしいわね……確かこんな感じで……ほーれほれ!」
「ぎゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!!!」

――こんな感じで数十分格闘したハルヒとハルミ。根負けしたしたのはハルミの方だった。
「…………………」
――泣きつかれて寝たようだ。さすが『泣かし疲れ名人のハルヒちゃん』だな。
「うっさい」
ハルヒはそっぽを向け、俺の横にハルミを置いて、自分の席に戻っていった。



そんな出来事もありつつ、それから数時間が経過した。
高速道路を降り、更にバスは進んでいた。どうやら山に向かっているようだ。
未開封の菓子袋が膨らみ始めた。結構標高の高い場所まで来ていることがわかる。
「長らくのご乗車お疲れ様でした。間もなく目的地に到着いたします」
森さんのアナウンスが入り、それから更に数分後、バスは停車した。そしてバスから降り立った。

「ヤッホー!!着たわよー!!」
「これはこれは。風光明媚とはこのような場所のことを言うのでしょう。若しくはザナドゥとでも言うべきでしょうか」
「空気が美味しいですー」
「…………」
四者四様のコメントをそれぞれ口にしていた。俺はといえば、やっぱり荷物運びのせいでそんなことを言っていられる暇はなかった。

積み込みが終わった後、俺も皆が集まっている方へと向かった。
「おお……」
思わず感嘆の声がでてしまった。
「どうだい!?なかなかの避暑地にょろ?ひいひいひいおじいちゃんくらいの人が、幕府が解体したとき天領だったこの土地を分けてもらったそうなんだ。山と湖と川しかないけど、それがまたいいのさ!!あたしは海が良かったんだけど、去年の夏の合宿でもう海には行ったって聞いたから、冬に続いてまた山にしてみたょ!でも今回は殆ど自然のままの山だよ!おまけに湖と川のオプションつきだよっ!いやぁーお客さんついてるね!!」
鶴屋さんの解説のおかげで、俺にとって未解決であった今回の合宿開催会場が、どのような場所であるか理解できた。……良い場所である。古泉が考える、ハルヒを退屈させないための場所とはかなり違うな。

俺たちが降り立った場所。そこは周りよりも少し高い丘でだった。
後ろにはログハウス風のペンションが見える。ここが今回お世話になる宿泊場所である。
建物から少し離れると遠くを見渡すことができ、正面には湖、それを挟むように川が見える。
それ以降は一面山で囲まれているが、さらに目を遠くに向けると、頂上に未だ白いものが残る、ひときわ高い山が見えた。
夏だというのに風は涼しく、日陰に入れば十分涼を取ることができる。夏の高冷地の最大のメリットだ。

「やあ、皆さん久しぶり。またお世話になるよ」
後ろから聞こえた声に俺たちは全員振り返った。
多丸さん兄弟である。前回、前々回に引き続き、またもやお世話になることになった。
何だか毎回毎回迷惑ばかりかけて申し訳ないような気がした。勿論森さんや新川さんもだが。
「お久しぶりです!またまた遊びに来ましたんでよろしく!!」
お前が一番迷惑をかけているんだ。自重しろ。
「毎回美しいお嬢さん方が来るから驚いているけど、今回は更に可愛らしいお嬢さんがいらっしゃって驚きだよ」
裕さんは寝ているハルミを抱えてこちらにきた。すみません。親戚がどうしても預かってくれといわれたもので……
「わたしも裕も、そして新川も森もみんな子守りは得意なんだ。君たちは気兼ねなく満喫してくれたまえ。どれ、わたしにも抱っこさせてくれないか?」
圭一さんは裕さんからハルミを受け取り、抱っこした。

「…………ふぇ、ふぇぇぇぇぇぇ…………!」
どうやらハルミが起きだしたようだ。
二人が一生懸命あやすが、一向に泣き止まない。
「すまない。わたしたちでは力不足のようだ。誰かかわってくれないか」
ここでハルヒが動いた。
「みくるちゃん!出番よ!あなたがあやしなさい!!」
「えっ?……でもどうやって……」
「いいからやんなさい!」
「わ、わかりました……」

ハルヒの命令により、しぶしぶあやしにかかる朝比奈さん。
「うわ……とととっ!」
見てて非常に危なっかしい。
「あの……!どうやったら泣き止むんですか!?」
あやし方を知らないらしい。朝比奈さんには悪いが、論外だ。

続いて長門が挑戦。長門は抱きかかえたものの、しかし見つめているだけであやそうとはしないため、失格。
古泉。こいつはそれなりに一生懸命やっていたがやっぱり泣き止まない。ただこいつが子供をあやしている姿は一見の価値ありだ。俺がそれなりに楽しめたので敢闘賞を進呈しよう。
「みんな下手ね。あたしがやるから見てなさい!」
ハルヒが無自覚な一言を発し、古泉からハルミを受け取った。先の一件は黒歴史と化したらしい。その証拠に腕章で『Super Nanny』と書かれている。
「こうやるのよ!」
ハルヒはあやしにかかった。そして。

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

より一層泣き出した。ま、予想通りだがな。
「あれ…………おかしいわね……?確かこんな感じで……」
ああもう見てられん。俺はハルヒの元に行き、ハルミを奪った。
「何すんのよ!」
お前は乱暴に扱いすぎだ。もう少し優しく扱うんだ。こう縦抱っこしてだな……
「ふぇぇ…………ぇぇぇ………………ぇ…………」
ハルミは大人しくなり、次第に笑い出した。

「あんた………………」
珍しくハルヒが尊敬のまなざしで俺を見ていた。感心感心。どんどん誉めていいぞ。
「あんた………………やっぱり自分の子供でしょ」

ズコッ

俺は昭和時代の滑り方を見事に再現していた。

「だっておかしいわよ。あんた以外の人になつかないなんて。あんたが親父って事以外考えられないじゃない!……ってことは、お母さんもいるってわけね……誰かしら?白状なさい!」
なんつう結論に到達するんだお前は。今から30年以上前のプログラムアルゴリズムだってもう少しまともな解答を示すぞ?
まあ、確かに俺の子ではあるし、このくらいの赤ちゃんは自分の親が一番安心するだろう。ただやはりこのことはハルヒには言えない。
「俺の親戚の子供だから、この中で一番面識があるからなつくんだろう?そのうち見慣れて他の人にも笑顔を向けるようになるさ。ただハルヒに関しては異様に怖がっていたからな。もうなつかないかもしれないぜ?」
「!……そんなわけないでしょ!あたしが一番なつくに決まってるじゃない!キョンの変態菌がうつる前に矯正しないといけないわね!それまでせいぜい可愛がってあげなさい!」

ハルヒは負け惜しみだか何だか分からないセリフを残しつつ、ペンションへと戻っていった。
……変態菌って、俺をどんな目でみてやがる?



「あいかわらず、なつかねえな、あいつには」
「そうですね。わたしも当時は大変でしたもの。涼宮さんったら、自分になつかないからってわたしに押し付けたりして」
「そういえばそうだったな。……いつから他人になつく様になったんだっけ?」
「あれ?忘れたんですか?わたしはよく覚えていますよ。あの時はうれしかったですもの」
「……ああ、あの時か、合宿の【禁則事項】の【禁則事項】で、【禁則事項】された時…れ?喋られねえ??」
「一般人が過去に戻る際は、強力なプロテクトをかけていますから。申し訳ないですけど」
「周りに誰もいないのに?」
「誰に聞かれているかわかりませんからね。申し訳ないですが、しばらくはそのままでお願いします、ね?」
「やれやれ。今から長門に伝えなきゃいけないことがあるってのに……」



「なあハルヒ、いい加減合宿の内容を教えてくれ」
ペンションに戻って一休憩の後、俺はハルヒに今回の合宿の目的を聞いてみた。
「あれ?言わなかったっけ?あたし」
だから俺が聞く前に電話を切りやがったのはお前だと何度も言ってるんだがな。
「そんなに聞きたいのなら電話なりメールなりして聞き返せばいいじゃない。そんな努力もしないで人に文句言うなんてなんておこがましいにも程があるわ!」
……そこまでし聞きたいことではなかったからな。重要なのはそこではなくて、自分の都合のみ一方的に言い放ち、俺の意見を聞かないその態度の方が問題なんだがな。
「まあちょうど良いわ。それじゃあ今から決めちゃいましょ!」
……まて。今から決めるってことは、今まで何も決めてかなったのか?
「全く決めてない訳じゃないわ。ある程度は決めてきわ。今回時間がなかったから全部は決められなかったのよ」
そういや、いきなり開催する事のなったんだったな。どうしてまたそんな急ぎだったんだ?
「鶴屋さんがね、ダムで沈んだ廃村が別荘の近くにあるから来ないか、って誘いの電話があったのよ!」
ああ、確かに近くにダムがあったな。さっきのバスの中で見た。
「廃村よ廃村!ダム管理側の役人と住民との間で激しい攻防があったにちがいないわ!そして不正な住民投票で泣く泣く先祖の住まう土地を離れることになった元村民が自縛霊となってあたりにうろついているに違いないわ!ちょうどお盆だし、霊だってあの世から帰省ラッシュしてくるから沢山現れるわ!だからお盆のこの期間にしたのよ!」
「ひぇぇ……」
朝比奈さんがおびえていた。えー、今の部分はフィクションなので本気にしないでください。
「何よ。夢がないわね!」
お前の場合、夢じゃなくて妄想だ。
俺が冷たく言い放つと、ハルヒは口をアルバトロス状にしたまま俺に悪態をつくという器用なことをやってのけた。
いまふと思ったんだが、これだけ器用なことができるなら仮装大賞に出演したらいいセンまでいけるかもな。……いや、下手にそんな事言って出演するとか言い出したら困るな。黙っておこう。



「こんなこと言ってる場合じゃないわ。さっさとイベントを決めちゃいましょ!時間が勿体ないわ!」
我に帰ったハルヒが司会役に復帰した。
「既に決定しているイベントはここに書いて来たわ。みくるちゃん、そこのホワイトボードに書いてくれる?」
「は、はい」
ハルヒから紙を渡され、イベント内容をホワイトボードにやはり元書道部だとは思えない丸っこい字を書く朝比奈さん。書かれた内容は……

○第二回 SOS団夏合宿 イベントプラン
・登山
・廃村探索
・湖探索
・洞穴探索
・バーベキュー

……である。思ったよりもまともで安心した。以前のハルヒだったら、『UMAを探しに行くわよ!』とか、『埋蔵金を掘り当てるわよ!』とか言い出すに違いない。いやはや、ハルヒも俺たちの付き合いでまともな人間になりつつ……
「このあたりはあまり人がいないから、未発見の生き物がいると思うのよね。だから山でも湖でもどこでもいいわ!そんな生き物を探すのよ!それに宝物を隠すにはもってこいの場所よね!それらしい洞窟や目印あるかもしれないしね!ううっ!!ワクワクしてきた!ちゃっちゃと決めて早速行くわよ!」
……前言撤回。何も変わっちゃいねぇ。
「まず特別参加の鶴屋さんからね!何かあるかしら?」
「あたしはみんなが楽しそうにしているのなら何でもいいよっ!合わせるからさ!それより、有希っ子が何か意見があるんじゃないのかい!?」
長門はギギギッという擬音語がピッタリな雰囲気で首を上げ、ひっそりと呟いた。
「…………自炊」
「は……?」
「…………炊き出し……カレーを作る……」
長門が珍しく自分の意見を言ったような気がする。炊き出しとカレーか。キャンプ定番中の定番だが、キャンプで作るカレーは何故か美味しいし、思い出にもなる。これは俺も賛成だ。
「それ採用!面白そうね。早速今日から作りましょ!次!みくるちゃん!何かある?」
「……え?えーと……お花の観賞とか……山菜取りとか……」
「花ね……山か湖に行けば何かしら生えているかもね。山菜取りは、バーベキューの食材として考えましょう!」
花はともかく、この暑い時期に山菜取りは勘弁して欲しい。灰汁抜きも大変なはずだ。
「古泉君は何かある?」
「そうですね……意見ではなくて恐縮ですが、質問とご提案があります。まず、登山というのはどちらの山に登られるのでしょうか?」
「決まってるわ!どうせ登るならここらで一番高い山、つまりあれよ!」
ハルヒは窓の外、薄く雪が残っている山を指差した。また無茶な事を言う。あそこに登るにはそれ相応の道具と体力が必要だと思うのだがな。
素人の登山は危険だぞ?それに、勝手に登っていい山なのかどうなのか……
「流石は涼宮さんです。確認のためにお聞きしたのですが、僕の質問は蛇足でしたね。実はあの山に登れるよう事前に許可を申請し、素人の僕たちにでも比較的簡単に登れるよう道具など手配致しました」
「えらいわ古泉君!あなたには副部長の他に、参謀の地位も与えるわ!」
そういってハルヒは懐から腕章を取り出し、油性ペンで『参謀』と書き、古泉に手渡した。
「有り難く賜ります」
受け取るなってそんなもん。俺だったら受け取りを拒否する。
「それに、標高の高い山には高山植物も見られます。普段僕たちが見ることのできる花とはまた違ったものがごらんになれると思いますよ。朝比奈さん」
「うわぁー、素敵ですね。楽しみです」
さり気なく朝比奈さんのポイントを稼いだ古泉。ちっ、さわやかな顔しやがって。ムカつく野郎だ。
「キョン。あんたも少しは古泉君を見習って、あたしの役に立ちなさい!そうしないといつまで立っても雑用係よ!」
ハルヒが俺に矛先を向けてきた。役に立とうが立たなかろうが、ハルヒにひっかき回されるのが関の山だ。俺の役割はどうせ変わらない。ならば現状維持を貫こう。疲れないしな。
ハルヒの小言は続いているが突っ込む気にもなれず、聞き流している。
「――だから、しっかりやんなさい!しょうがないからあんたにも一応聞いてみるわ。やりたいことはないの?」
しょうがないなら別に相手をしなくてもいいと思うのだがまあいい。やりたいことか……そうだな……
「折角湖に来たんだ。泳いだりしないのか?」
「……みくるちゃんの水着姿を想像してるんでしょ。エロキョン」
……うっ!正解だ――だがそんなことはおくびにも出さず俺は言葉を続けた。
「いや、例えばな、湖の中に不思議な生き物がいるかもしれないし、湖底にはその寝倉だってあるかもしれないじゃないか。それに、埋蔵金だって何も山の中とは限らない。水中に埋めた可能性だってあるだろ?トレジャーハンターinレイクだよ」
俺は必死になって捲し立てた。
「そうさねぇ……面白いんでないかい?湖に関してはたしか曰く付きだったような気がするっさ!文献とか何も持って来てないけどね!」
「鶴屋さんがそういうなら……キョン、助かったわねあんた」
鶴屋さんのフォローもあり、ハルヒは不機嫌気味ではあるが、俺の意見を採用してくれた。
……ってしまった!何自らイベント増やしてるんだ俺は。
「そうそう、キョン。泳ぐ云々の話だけどね。ちゃんと考えてあったわよ。ついでにいっておくけど水着も新調したから。あたしもみくるちゃんも有希も、去年よりもゴージャスかつセクスィーな水着だから、楽しみにしてなさい!」
……なんだ、ちゃんと考えてたんじゃないか。よかったよかった。
去年以上の『セクスィー』さか……『セクシー』って言われるよりもなんかこうムラムラくるな。
特に朝比奈さんは(大)になるまで年々大きくなっていくだろうから毎年新調しないと……

「…………アホ…………」

ハルヒが冷たい言葉を言い放った。横を見ると鶴屋さんはケラケラ笑い出し、朝比奈さんが怯えるように赤い顔で俺を見ていた。

――――不覚――――



「よし、これでいいわ!完成よ!」
ハルヒは朝比奈さんがホワイトボードに書いた予定表を見て、満足そうに頷いた。
では皆さんおまちかね、第二回 夏の合宿の詳細を発表する!(誰も待ってないとは思うのだが、一応フリだけでも盛り上げておこう)

――――――――――――――――――――――

☆一日目
・湖畔でレジャー
・湖畔で炊き出し&カレー調理

☆二日目
・登山→御来光を拝む
・下山しつつバーベキューの食材探し
・バーベキュー

☆三日目
・湖畔、湖中不思議探索
・廃村不思議探索
・肝試しやら花火やら

☆四日目
・自由行動(自分の好きな場所でまったり過ごす)
・帰宅

――――――――――――――――――――――

こんな感じだ。特にサプライズなイベントはないだろう?俺が色々ツッコミをいれたからな。

「本当はこの倍くらいの予定を入れるつもりだったんだけどね。まあいいわ。一つ一つをかみ締めて楽しみましょ!早速湖まで行くわよ!……っとその前に……みくるちゃ~ん、セクスィーな水着に着替えましょうね~」
「ひぇぇ!や、やめて~!!」
「はははっ!みくるぅ~観念しなっ!!」
ハルヒに加え、鶴屋さんまでも朝比奈さんの着替えを手伝って……もとい、服を脱がしにかかった。俺と古泉は回れ右してその場を退散した。



「古泉く~ん!キョンく~ん!こっちっさ!!」
鶴屋さんのセイレーンのような透き通る声に呼ばれ、俺と古泉は荷物を抱え、湖の麓まで来た。
鶴屋さんの水着は、スタイリッシュで且髪の色と同じワンピース姿だった。胸の前にあるワンポイントが鶴屋さんをより引き立てている。
女性陣は既に湖の中に入り、水の掛け合いをして遊んでいた。今回は長門も参戦しているようだ。
タンキニ姿の長門は、本を片手に全く動かない……と思いきや、スキを見計らってを掛け合っていた。本は防水仕様にしているのだろう。多分。
「……ひゃぁぁぁあ!……涼宮さん……冷たいですぅ……!」
朝比奈さんは相変わらずのキュートかつセクシーなボイスを振りまいていた。
フリフリのツーピースとショートパレオがハマり過ぎである。眼福眼福。
「ほれほれぇ!あたしの攻撃に耐えられるかな!?」
ハルヒは攻撃一遍倒し。水がかかっても何のその、である。
なおハルヒの水着はワンピースだが、胸や下半身など、隠すべきところ以外は露出過大であり、見ようによってはこの中で一番危なっかしい衣装である。V字ラインも一番キワドい……失敬、気のせいだ。多分。

女性陣が遊んでいるのを尻目に、俺たちはパラソルやらシートやらを準備し、いよいよ湖の中に入ることとなった。ああ、俺たちの水着は…………いや、止めておこう。
誰がそんなことを聞きたいのか怪しいものだ。

俺たちは水浴びやら泳ぎなどをひとしきり終えた後、湖の中に潜って見ることにした。
水は冷たく、長時間潜るのは結構きついのではないかと思っていたが、意外や意外、湖の中は温かく感じられた。
水の方が外よりも冷たいのに不思議なものだ。その理由を長門に聞いたら、『濡れたままの体を飽和蒸気圧以下の大気雰囲気下に曝露することにより、体表面の水分子における状態変化平衡が正方向にシフトし、そのために必要な蒸発潜熱を身近にある熱源、つまり身体より接種するため、冷たく感じる。水中ではそのような気液平衡が稀有であるため、熱が奪われにくい。ただし熱力学第二法則は有効であるため、高温側から低温側へのエネルギー移動は起きている。長時間の滞在は危険』とのことだ。さっぱりわからん。
潜るのは俺とハルヒと古泉だ。水中メガネとシュノーケルを装着し、浮輪を外して最深部へと潜っていく。湖の透明度は高い方だと思うのだが、それでも湖底は見えてこない。

数メートルほど潜ってみたが、底はまだまだ深そうである。これ以上潜るにはボンベやライトが必要だ。ハルヒも上へ上がれという指示を出してきた。
「結構深いわね。この湖。色々不思議なものが発見できそうだわ!家康の埋蔵金とか、遮那王の亡骸とか、そんなのがざっくざく見つかるわ!」」
ハルヒが震えているのは寒さのためではなく武者震いの類いだろう。全く、逞しい奴だ。
「魚もたくさんいるようでしたね。捕まえて今晩のおかずにしてみるというのは如何でしょう?」
「賛成!キョン!大物捕まえなさいよ!目標1m!」
1mて。どんな魚を捕まえろと言うのだおまえは。マグロやカジキやウツボは海の魚だ。サケは季節外れだしな。
「違うわよ。よく噂に聞くじゃない。滝壺とか沼とかにいる主って呼ばれるおっきい奴よ!さぁ!張り切ってちょうだい!あたしは夕飯の準備に戻るわ!」

そういってハルヒは他の女性陣の元に向かって言った。はぁ、また無茶なことを言い出しやがったな。お前のせいだぞ。古泉。
「まあまあ、いいではないですか。今夜の食事のレパートリーが増えることは喜ばしいことなのではないのですか?」
――まあ、確かにな。だが魚を捌くのは誰がやるんだ?ちなみに俺は生き物の殺生を取り扱うのは嫌だからな。
「料理は新川さんがしてくれますよ。魚料理は新川さんの得意料理ですからね。ニジマスが捕れたら唐揚げ、サケが捕れたらちゃんちゃん焼き、コイが捕れたら鯉こく、イワナが捕れたら骨酒……魚に合わせた最適な料理をお約束致します」
……う、うまそうだ。はっ!いかんいかん。よだれが垂れてきた。よし!もうひと頑張りするか!
俺は古泉から渡されたモリを片手にもう一度湖に潜って行った。

「――単純ですね、彼も……あとは涼宮さんが望むような大物を捕まえてくれるよう、祈るのみです」

「ぶはっ!…………へぇぇ…………」
息継ぎのため、俺は海坊主のように水面から顔を突き出した。
……はぁ……はぁ……、なかなか捕まらないものだな。あれから数回潜って、モリを駆使して魚を捕まえようとしてたが、なかなか捕まらない。
素人には難しい漁法だったのかもしれない。かといって釣り道具は持って来てないし……

ざばぁぁん!

古泉も水面から浮かび上がってきた。景気はどうだ?
「……ふぅ……、……ええ、芳しくはないようです。ブラックマンデーとまでは行きませんが、全世界株安傾向にあるようです」
濡れた髪を掻き上げ、クールに喋り出す古泉。正しく水も滴るいい男だ。……なんかむかつくな。
「このままでは、涼宮さんに大目玉を食らってしまいます。何でもいいですから捕まえることにしましょう」
そういって、再び潜る古泉。やれやれだぜ。
更に潜ること数回。そろそろ嫌になり、本気で帰ろうかと思い始めていた時のこと。さっき潜ったばかりの古泉が浮かび上がってきた。息継ぎにしてはちょっと早い。ははぁ、ついにあいつも飽きたか。
古泉は俺に近付き、開口一番、
「大物を発見しました。僕一人では取り逃がしてしまうかも知れません。すみませんが手伝ってもらえませんか?」
と衝撃告白をした。

古泉の案内によりとある岩場までたどり着く。この中に大物の魚が隠れているとのことだ。まだ姿は見えないが。
しばらく様子見をすることにしたが、一向に姿をあらわそうとはしない。おいおい、いつまで見ていれば……
「ふぐっ…………」
一応断っておくが、フグがいたわけではない。潜っているので声が出せないだけだ。
……なるほど。こいつは大物だ。俺と古泉は、気付かれないよう二手に別れて回り込み、モリと、逃げ道を塞ぐ網を手配した。
古泉が準備OKの合図。……よし。俺はモリを構えた。ちょっと緊張するな…………

いけっ!

―お見事です!―

古泉がそういってくれているに違いない。大当たりだ。俺はやつの体ど真ん中にヒットさせていた。
主が必死に暴れている。体が大きいだけあって力も相当なものだ。だが負けるわけにはいかない。俺も必死で押さえ付ける。

その時。モリが抜けた。しまった、古いモリだったから返しがへたっていたのか!?
主は頼りない泳ぎであるが、その場を離れようとしていた。このままでは俺たちの負けだ。
……だが運がいい。こちらの思い通りの場所に逃げていた。予め網を張っていた古泉が難なく主を捕獲した。

俺たちは主を抱え、水面に浮かび上がり、声を揃えて叫んだ。


『ウナギ、とったど~!!』


そして俺は炊き出しの手伝いをしていた。俺たちが捕まえたウナギは新川さんのところに持っていき、捌いてくれることになった。
何でも、昔ウナギ屋で修行したからウナギ料理は得意中の得意らしい。機関に属する人たちの本職がいよいよ不明になってきた。
古泉にそれとなく聞いたら人差し指を口に添えて、『禁則事項です』だとさ。気持ち悪いからやめてくれ。

「キョン、古泉君、やるじゃない!魚じゃなかったけど。あれ?魚なのかな?」
「ウナギはウナギ目ウナギ科、正真正銘魚類ですよ」
「あらそう。ま、期待していた魚とは少し違ったけど、1mは軽く超えているしね。よくやったと褒めてあげましょう。古泉君!」
成長したウナギは1mくらいの大きさが一般的である。魚の限定は無かったものの、普通のウナギならハルヒの課題を軽くクリアすることになる。
しかしそれではハルヒは納得しなかったかもしれない。普通を嫌うあいつの事だからな。では何故ハルヒは俺たちを誉めたのか?それは普通じゃないウナギを捕まえたからだ。身の丈は多分俺や古泉の身長よりも大きく、太さは俺の中指と親指とで作る輪よりも大きい。かなりの大物だ。普通の大きさではないこのウナギだからこそハルヒも認めてくれたってわけだ。
「恐越至極にございます」
古泉はハルヒへの忠誠を言葉に変えて奏上した。その言葉がかなり嘘っぽく聞こえるのは、俺がSOS団で一年間過ごす事により得られた、人を見た目で判断してはいけないと言う心の表れかもしれない。
「……まああんたも、役に立ってないと決め兼ねるというのは、嘘といえばそうでもない気がしないんでもないんだけどね」
ハルヒはやたらと否定語を重ね、俺に向かってブツブツと言い出した。褒めているんだかけなしているんだか。
なあハルヒ。素直に『カッコイイ!』って言ってくれれば、団長様のために全力を尽くそうと思うんだ。どうだ?言ってみてくれないか?
「馬鹿でしょ、あんた。なんであたしがそんな事を言わなきゃいけないのよ!」
ハルヒは口だけでなく顔まで歪めて俺に非難の言葉を浴びせ、そしてペンションの方に戻っていった。
コメントし辛い時には怒って返すハルヒ特有の癖だ。全くもって可愛いげの無い奴である。朝比奈さんの爪の垢を煎じて飲ませたい。……今度本当にやってみるか。しかしどうやって爪を採取するかが問題だ。

新川さんたちが用意してくれた飯盒が整然と並び、俺は掻き集めた枯れ葉や枯れ木に火をつけた。炊き出しは順調に進んでいる。
「焚木の様子は僕が見ましょう。あなたはカレーの手伝いをお願いします」
副団長兼参謀に進言された。参謀の言う事だから従ったほうがいいな。というかこちらは殆ど仕事ないし。
俺は女性陣の手伝いをするため、離れにある厨房に向かった。

「あ、キョン君。ごはんの塩梅はどうでしょうか?」
「問題ないと思います。火加減は古泉が見てますしね」
「ああ、それなら大丈夫ですね」
朝比奈さんは屈託のない笑顔で俺に話し掛けてきた。笑顔には文句の付け所がないのだが、古泉を誉める事には全力を持って阻止すべきだと俺のシックスセンスが語っている。
「……キョン君、どうしかしたんですか?」
いえ、なんでもないです。
「朝比奈さん、カレーはどうですか?」
よく見たら朝比奈さんはキャベツを刻んでいる。カレーにキャベツは使わないだろうから、他の付け合せ料理を作っているのだろう。
「カレーは長門さんが作っています。というか、わたしと涼宮さんが最初少し教えただけで、あとは長門さんが殆ど一人で作ってしまいました。というより、わたしたちが手伝うといってもいいって言われて……もしお暇でしたら、長門さんの方のお手伝いをお願いします」
長門が?あのレトルトを温めるくらいの料理をしなかった長門がか?……少し気になるし、見に行ってみるか。俺は朝比奈さんに別れを告げ、長門がカレーを煮込んでいると思われる場所に向かった。


「……何だったんでしょう?あの最優先強制コード。カレーは長門さん一人に作らせるように、キョン君に長門さんの手伝いをさせるように仕向けろって。変な命令ですね。それに長門さん自身もそのことを知っていた風でしたし……」


「………………」
長門はハードカバーに目を落とし、寸胴の前に立っていた。時折寸胴に目をやり、お玉を数回ぐるぐるとかき回し、また目を落とす。そんなライン作業のような行動を淡々黙々と続けていた。
「よっ、手伝いにきたぜ」
「…………そう」
そして沈黙。……手伝いの意味、分かっているのだろうか?何かすることはございませんか?長門さん?
「…………別に」
またしても沈黙。カレーの匂いと煮込む音があたりに広がる。
「………………」
俺も負けじと三点リーダを放出しつづける。
「………………」グツグツ
「………………」
「………………」グツグツ
「………………」
「………………」グルグル、カタカタ
「………………」
「………………」グツグツ
「………………スマン、俺の負けだ」
「…………何?」
長門が不思議そうな顔をして俺を見つめていた。まあ、一人で勝手に勝負を挑んで勝手に負けたとか言ってるだけだし、長門にしてみれば意味不明なのは明らかであろう。
「いや……気にしないでくれ。それより寸胴をかき混ぜつづけるのは大変だろう?俺が代わってやるよ」
「…………いい。それ程大した仕事量ではない。それに……」
「それに?」
「…………カレーを作るのはわたしの役目。あなたの役目はそのカレーを食べる事」
……なるほど。それは楽しみだ。出来上がりを首を長くして待つことにするよ。じゃあな。
「待って」
どうした?長門?
「涼宮ハルヒの元に行ってほしい」
何でだ?あいつこそ何もしてないんじゃないか?
「あの、赤ちゃん」
ああ、ハルミのことか。
「彼女は赤ちゃんのお守りをしている。それを手伝ってほしい」
わかったよ。何だか結局俺はたらい回しにされているような気がするな……ま、いっか。
一人でぶつぶつ文句をいいながらもペンションの元へ向かうことにした。



「すまないな、長門」
「…………いい」
「お前には話しても構わないと思うんだがな、未来のことを言うのは禁則に指定されている。本当にワリイな」
「気にしないで」
「迷惑ついでにもう一つ頼まれてほしいんだがいいか?」
「何?」
「それはな…………」
「…………そう」
「長門。頼まれてくれるか?」
「わかった」
「重ね重ねすまないな。後はあいつがうまくやってくれると思う」
「大丈夫。彼なら大丈夫。あなたの既定事項を逸脱することはない」
「そう言ってくれると助かるぜ。あいつと……俺の運命に関わることだからな」
「わたしたちの未来にも関わること」
「ご名答、さすが長門だ。ところで、俺も腹減っているんだ。少し分けてくれないか?」
「駄目」
「いいじゃねーか、少しぐらい」
「このカレーはこの時間の彼のもの。異時間同位体であるあなたのものではない」
「…………ケチ」



「おんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
ペンションに戻ってきた瞬間、盛大な活声が俺を迎い入れてくれた。恐らくハルヒがハルミを泣かせたのだろう。よく泣かす奴だ。
泣き声のする方へ行くと予想通りの光景。即ちペンションの広間でハルミを抱きかかえてながら戸惑顔を作っているハルヒと、相変わらず笑顔な鶴屋さん、その横で困惑顔の森さんが右往左往していた。
「やっ!キョン君!バッチグーなタイミングだよ!」
「あ、キョン!いいところにきた!パス!」
ハルヒは投げ渡すかのようにハルミを俺に預けてきた。こらこら、危ないぞ。ボールじゃないんだからな。
「そんな些細なことはどうでも良いわ!さっさと泣き止まして頂戴!」
文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、この泣き方は尋常じゃない。街宣車も真っ青な音量だ。
俺は泣きじゃくるハルミを必死にあやして何とか泣き止ますことに成功した。

「……やっぱりあんたじゃないと泣き止まないわね。あんたは何もしなくて良いわ。子守りだけやってなさい」
ハルヒは不機嫌な顔で鶴屋さんと共にペンションの外に出て行った。……何しにペンションに来たんだ?あいつは。
「気になるんですよ。赤ちゃんのことが」
俺の質問に答えるように、残った森さんが話し始めた。
「貴方以外の人には未だなついていないようでしたから、早くなついてもらおうと思って子守りを始めたんです。それが一つの理由です。でもやっぱりあの調子で……」
なるほど。……ん?一つの理由って事は、まだあるんですか?
「ええ。もう一つの理由ですが、先ほど貴方が仰いました、『もうなつかないかもしれないぞ?』という言葉です。涼宮さんは、貴方のその言葉に少なからず動揺しておられました。ですので、なんとしてでも仲良くなろうと必死だったようです」
そんな言葉に動揺するタマかね、あいつは。でも、そこまでして何故あいつは仲良くなりたいのでしょうか?
「仲良くなりたい、というよりは放っておけない、といった感じでしょうか。涼宮さんは母性本能が強いようですね。弱者に対しては過保護にも近い庇護行動をとるようです」
うーむ。確かに。長門が寝込んだときなんか結構心配していたし、俺が倒れたことになっている際は病院に泊り込みまでしたからな、あいつは。
「この子は貴方以外にはなついていませんが、それでもわたしや鶴屋のお嬢様に対しては大泣きするようなことはありませんでした。ですが、涼宮さんに対しては何故か拒絶するような反応を示すのです。涼宮さんはそのことに失望しておられるようでした。何とかして解消したいというのも理由に挙げられるでしょう」
そう言えば、バスの中でも、ここに着いた時も、ハルヒがあやすと泣き声が一層酷くなったよな。
――そうそう、今ごろ気づいたが、森さんはバスガイドの服からメイド服に変わっていた。いつもの普段着みたいなものだから、気づくのが遅れた。……どうでもいいかそんな話は。
「涼宮さんは涼宮さんなりに赤ちゃんに気をつかっておられるのです。先ほどはあのような対応で貴方に赤ちゃんを預けましたが、本心はなついてほしいんだと思います。ご無理を申し上げるようで恐縮ですが、赤ちゃんの子守りを彼女と一緒にしてもらえないでしょうか?」
それは構わないのですが、こいつがなつくかどうか……
「わたしからも涼宮さんの方に進言しておきます。頑張って子守りを続けたらいつか報われる日がきます、と」
……わかりました。ではあいつにも構わせる時間を作るようにしてみます。
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
森さんはご主人様を送り出す際の本職のメイド宜しく、俺に深深と頭を下げた。



「かんぱーい☆」
カレーが完成し、ご飯が炊け、いよいよ夕食をいただく事と相成った。
乾杯の音頭は名誉顧問様がとってくれた。……勿論お茶である。酒はこりごりだ。

乾杯が終わるや否や、長門はそそくさとカレーの盛り付けに従事していた。しかも一人で。どうやら自分が作ったカレーに、誰一人として協力を要請しない気でいるらしい。
その気持ちを汲んだのだろうか、森さんを始め、誰一人として手伝おうとはしなかった。長門のレアかつ自発的な行動に皆興味を抱いているのだろう。

カレー皿におこげが入ったご飯が盛り付けられ、具沢山のカレーによって覆われる。……相変わらず、量の加減が半端ない。
「…………どうぞ」
長門は山盛りカレーを、先ず俺の元へと持ってきた。ああ、ありがとな。他の人の分も用意してくれ。
「…………食べて」
いや……みんなに皿が回ってからの方が……
「いいから」
わ、わかったよ。俺は皆に先んじてカレーをいただくことにした。
――ハルヒがメデューサの如く睨んでいる。目線を合わせたら石化しそうなので合わせない。
「…………どう?」
長門が無表情のまま俺に問い掛けてくる。
「ああ…………うまいぞ。長門」
これはお世辞でもなく本当にうまかった。一人で初めて作ったとは思えない。
「…………そう…………よかった」
相変わらず表情は変わらないが、長門からにじみ出るオーラが暖かくなっていくのに気づいた。ダイヤモンドダストが六甲おろしになったくらいの微妙な変化だが、確かに俺は感じとった。
そのオーラが俺の肌を刺激し、交感神経を通って脳へと伝わり既視感へと変化する。……あの改変世界の長門が俺の脳裏に浮かび上がってきた。
まだあの長門よりも表情は豊かではないが、いつかあんな表情ができるようになると良いな。この長門も。

「ゆーきー!早くあたし達にもちょうだいよー!」
「有希ちゃーん!お姉さんめがっさお腹すいたよーっ!!」
ハイテンションな二人組のデュエットにより、俺の妄想は終止符を打つこととなった。
ハルヒは心なしか不機嫌な感じである。どうせ団長より先に飯を食べたのが気に食わないのだろう。やれやれ、食い意地の張った団長様だ。どうでもいいところで負けず嫌いを発揮するのは勘弁してほしい。



新川さんと長門の料理に賞賛の声を上げながら夜はふけていった。
カレーとウナギ料理の食い合わせはかなり疑問だったが、意外や意外、いけるものである。新川さんが蒲焼にせず、白焼きのままカレーに添えてくれたのが良かったのかもしれない。
そんな中。森さんが用意してくれた果物のヨーグルト和えを食べていると、隣の部屋から泣き声が聞こえてきた。どうやらハルミが起きたらしい。そろそろ飯をあげなきゃいけない時間でもある。
「キョーンー!ハルミちゃんが泣いているからあやしてきなさーい!!」
はいはい、言われなくてもやるさ。だからそんな大声で叫ばないでくれ。

「………………」
これは長門のものでも、俺のものでもない。泣き止んだハルミが発しているものである。
俺はハルミを皆のところに移動させ、一緒に食事をとることにした。
とはいってもカレー等の嗜好品は食べられないからヨーグルトやお茶などしか与えられないがな。
前掛けを汚しながらも一生懸命食べようとするハルミは可愛いものである。もう少し皆になついてくれれば何も心配しないのだが、どうしたもんか……
「そうだ!だれかご飯を食べさせてみませんか?」
俺の意見に皆が軽く緊張していた。今のところ、ハルミを抱きかかえて泣かなかったのは誰一人としていなかったからな。俺を除いて。
「俺が抱いていますから、誰か食べさせてください。それなら泣かないと思います」
俺の意見にも顔を見合わせて沈黙。……だめか。やっぱり。

「……みくるちゃん、やってみなさい」
沈黙を打ち破ったのはハルヒの声だった。
「え?わたしですか?」
「キョンが抱いているから大丈夫でしょ。それに誰にもなつかないってのも、この子のためにもならないわ。せめてあたしたちだけでもなついてほしいじゃない。ハルミちゃんはSOS団の非常勤団員だからね!」
確かに。これだけ人見知りが激しいってのも、これからこの子が大きくなっていく上で大きな障害になるだろう。どこぞの団長みたいに全く気兼ねないってのも困るが、今回ばかりはハルヒの意見に賛成だ。
――ただ一つ気になるのだが、いつからこの子はSOS団の非常勤団員になったんだ?
「え、ええ、分かりました……」
不安げな表情で引き受けた朝比奈さん。ヨーグルトが入った皿とスプーンを受け取り、俺の隣に座る。
「……はい、あ~んしてください」
朝比奈さんの甘い声と結婚後三ヶ月間限定ぽいその行動に思わず俺があ~んしたくなったが、ここでそんなことをしたら白い目線と冷たい風が飛び交う。俺の全神経を集中させその衝動を抑えつける。
「…………」
ハルミがじーっと朝比奈さんの方を見ている。朝比奈さんが『ひっ』と声をあげる。鶴屋さんがその光景をみて笑い出した。
――朝比奈さん、まさか赤ちゃんにガン飛ばされて怖気つくなんて……なんて可愛らしいんだ。朝比奈さんのフェロモン生産ラインはフル稼働中らしい。
「……あ、あの、……食べてください……あーん……」
朝比奈さんが懇願に懇願を重ねている。そして……
「……ぁ……」
「……ぁ……」
二人が時間差で同じ言葉を発していた。
最初はハルミが口を明けた際に漏れた言葉。続いてそれを見ていた朝比奈さんの第一声。
「……あ、開けてくれました!」
「ええ、早くスプーンを口の中に。ハルミが待ってますよ」
「あ、はい!」
スプーンをハルミの口に移し、そしてハルミの口が閉ざされる。スプーンを口から引き抜いて見れば、ハルミはまだ3本しか生えてない歯で咀嚼を繰り返している。
「た、食べてますぅ!」
「ええ、よかったですね。続けて食べさせてみてください」
「はい!」
更に続けてハルミにヨーグルトを与えつづける朝比奈さん。ハルミは朝比奈さんの差し出すヨーグルトを尽く食べていた。
「嬉しいです。これで赤ちゃんと少しは仲良くなれたのでしょうか?」
ええ、警戒心は和らいだんじゃないですか?何なら抱っこしてみますか?
「え?大丈夫?」
ものは試しです。やってみましょう。
「はい……でも怖いな……」
そういいながら、朝比奈さんはハルミを恐る恐る抱きかかえた。俺から離れていくことに不安を感じたのだろうか、ハルミは辺りを見回す。そして朝比奈さんと目線が合った。
「こ、こんにちは……朝比奈……みくるです……不束者ですが……宜しくお願いします……」
初めて会った舅と姑に挨拶するように、朝比奈さんは丁寧に語りかけていた。
「…………きゃ……」
「あ……?笑った……!?」
良かったですね。なついてくれたようです。
「…………よかった……」
朝比奈さんは本当にうれしそうに顔を紅く染めていた。ハルミのにこやかな表情と共に。
「みくるー!よかったね!!本当のお母さんみたいだよっ!で、キョン君がお父さん!!」
鶴屋さんの一声に「ひやややあ!!」と真っ赤になりながらあたふたする朝比奈さん。照れているところが実に心和ませてくれる。
朝比奈さんは俺の妻って事か……。いい響きだ。どうでしょう。この合宿中だけでもその役を演じてみませんか?惜しくらむは3日間のみの限定という部分ですが。
――などと言おうかなと本気で思い始めた時、タイミング割り込んでくるのはこのお方である。
「みくるちゃん!交代!!」
ハルヒは俺と朝比奈さんの間に割り込んできた。おいおい、ひょっとこみたいに顔を歪めたらハルミが泣いちゃう……いや、笑ってくれるかもしれない。あ、やっぱり駄目だ。不機嫌オーラが発生している。
「ヨーグルトを食べさせたらなついてくれるのよね!じゃああたしもやってみる!!」
そう言ってハルヒは置いてあった朝比奈さんのヨーグルトを強奪し、ハルミに与えようとした。
「…………ひっ……」
ハルミの表情が引きつった。
「…………うぇっ……うぇぇぇ……」
泣きだした……強引にやろうとするから…………



「きゃっきゃっ……」
ハルミは古泉の高い高いに歓喜の声をあげている。
暫く皆と一緒にいた成果だろうか、徐々に慣れてきたハルミは誰が抱っこしても泣かなくなっていた。
ただ一人。ハルヒを除いて。
「涼宮さん、大丈夫かしら……」
「ハルにゃんが一番可愛がっているのに、不思議なこともあるもんだねー」
朝比奈さんと鶴屋さんは、ハルヒが出て行った扉の方を見て、心配そうにしていた。
ハルヒは『今日は星のめぐりが悪いから、その危険を察知してあたしに接触しないようにしているのよ!体を清めないといけないわ!だから先にお風呂はいるね!』と言って出て行ってしまった。
本人は全然気にしないような振舞いをしていたが、いつもは停車駅など気にせず目的地まで突っ切る暴走列車が、誰かに押してもらわないと動くことすらできない、錆付いたトロッコになっていた。さすがに一年以上もハルヒと付き合っていると振舞いが虚構であることも容易に理解できる。
「彼以外に涼宮さんを意気消沈させることができるとは、いやはや、あなたも非現実的な能力をお持ちのようで」
古泉はキャッキャ笑っているハルミを見つめながら妄言を吐いていた。前々から変な趣味があるとは思っていたが、お前はロリコンだったのか?
「いえいえ、彼女は確かに魅力的な女性でありますが、さすがにこの齢の女性を口説くほど好色ではありません」
どうだか。
「それよりも、涼宮さんの件、宜しくお願い致します。我々もバカンスを兼ねてここまできたのですから、もしこの後休日深夜に出勤をすることになりましたら、あなたに労働代金を請求いたしますので」
『宜しくお願い致します』
古泉に森さんに新川さん。皆が俺に向かって頭を下げていた。
…………わかったよ。一高校生に超能力者5人を雇うお金なんてないからな。



「――――はぁ。どうしてなつかないのかしらね。せっかくいいところ見せようと思ったのに。なんでみくるちゃんや有希ばっかり……」
「他人には無愛想だからな。お前は」
「!――誰!!」
「怪しい奴さ」
「――自分から言うって事は、かなり怪しいわね。ちょっと待ってなさい。今から探し出してやるから」
「それは勘弁願いたいな。今回は見逃してくれ」
「いやよ。こんな人っ気のないところで隠れているなんて怪しさ大爆発よ!そんな奴は捕まえるに越したことないわ!」
「まあまあ、見逃してくれたらいい事教えてやる。どうやったら赤ん坊がなつくかをな」
「っ!!……あんた、何者よ?」
「だから言ったろ?怪しい奴さ。まあそんなことはどうでもいい。どうする?」
「…………内容次第では、考えてやっても良いわ」
「ああ、助かる。では本題だ。どうやったら赤ちゃんがなつくか。それは……」
「それは……?」

・・・・・・・・・・・・・・・・

「…………!い、嫌よ!!それってあいつの前で、ってことじゃない!!」
「別にいいだろ?お前の最終兵器もかねているし」
「な!!なんで知ってるのよ!!そんなこと!!!」
「まあ色々あってな。だまされたと思ったてやってみな。じゃあな」
「あ!待ちなさい!!まだ話は終わってないわよ!」
「どっちにしろ見逃してくれないつもりだったんだろ?『考えてみたけどやっぱ駄目。だから捕まえるわ』とでも言って。それくらいお見通しさ」
「う…………」
「あばよ。また会えたらそん時はもう少し長く話せるかもな」
「あ、待てー!!!」



外でハルヒの声が聞こえる。あいつ、風呂に行ったんじゃなかったのか?まあいい、ハルヒを呼びに行くことにしよう。
「――ハルヒ?ハルヒ!?どうした?何を叫んでいる!?」
「え?あ?……何でもない」
「そうか。お風呂に入るって言ってたのに、バスルームにいなくて心配したんだ。ほら、帰るぞ」
「うん……」
やけにハルヒは素直だった。
「ハルミのことは気にするなよ。たまたま気に入らないことがあったんだろう?服の色とか、髪型とか。その辺を変えたらなつく様になるかもよ?」
一瞬、ハルヒが『うっ……』と呻き声を上げた気がするが、ここはスルー。
「そんなに気にするなよ。明日になればまた違う人が嫌いになるかもしれないしな。さ、明日は早いんだ。今日はもう寝ようぜ」
「……………………」
ハルヒは黙ったままだった。何だろう。この哀愁漂う表情は。
「……ョン……あんたなの?……」
ん?呼んだか?
「え……?な、なんでもないわ。……あんたの言うとおりね。今日はたまたまあたしが貧乏くじを引いただけよね。明日はあんたが嫌われる番よね!」
なんだそりゃ。
ブルーな顔つきから一転、ハルヒは顔をから蛍光物質を放出するかのごとく光りだした。ただ、いつもの真夏の太陽のような、自発的な笑顔ではない。少々押さえ気味の笑顔である。ちょうど太陽からの光をもらって輝く月の様に。
「さっ、明日早いんだから早く寝ましょう!」
元気になったのはいいのだが、今からそんなにテンションあげていると逆に眠れなくなるぞ。五合目あたりで高山病にかかって引き返したくないのなら、ノルアドレナリンを分泌して興奮状態を抑えとけ。



――こうしてドタバタの一日目が終了した。俺の子供というサプライズゲストが登場したおかげで、少々賑やかにはなったものの、まあ合宿を満喫していた。だが、実はこの日から異変の片鱗は現れていたなんて、この時は気づかなかった。

 

キョンとムスメの4日間 ―キョン(大)の陰謀― (2日目)

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最終更新:2007年09月08日 23:00