溜息二倍

「今日は、不思議なことが見つかるに違いないわ! こんなに天気がいいんだもの!」
「そのとおりかと」
「そうね。今日は、天気もよくて探索日和といった感じよね」
「そのとおりなのです」
「────今日は────お日柄も────よく────空気が────だるい────」
「…………」
「日焼け止めをもってくるのを忘れちゃいました。どうしよう」
「フン、くだらん」

 はぁ……。
 俺は、思わず溜息をついた。
 なんなんだ、このカオスな光景は……。
 いや、分かってはいる。本日は、拡大SOS団の第一回不思議探索なのだ。

 喫茶店の一角を占めているのは、団長のハルヒ、団長補佐の佐々木、副団長の古泉、副々団長兼マスコット兼書記長の朝比奈さん、文芸部長兼部室提供係の長門、書記の九曜、パンジー係の藤原、雑用係長の俺、雑用係の橘といった具合だ。
 一応俺も昇格人事にあずかったわけだが、ちっとも嬉しくないのはなぜだろうね。
 ところで、パンジー係というのは何をする役職なのか、誰か教えてくれ。

 相変わらず、みんなの喫茶店代を奢るのは、俺だった。
 今までの二倍のダメージだ。
「あんたが奢るのは規定事項だ」
 おまえに言われると無性に腹が立つ。
「いつもありがとう、キョンくん」
 いえいえ、朝比奈さんのためなら、俺の財布も喜んで紐を緩めるでしょう。

「さぁ、班分けするわよ!」

 恒例のくじ引きで決まった班分けは、次のとおりとなった。

 古泉、朝比奈さん、橘。
 長門、九曜、藤原。
 ハルヒ、佐々木、俺。

 はぁ……。
 本日、二回目の溜息だ。
「これは、涼宮さんと佐々木さんが望んだからでしょうね。まさに、両手に花です」
 古泉が耳元でささやきやがった。
 そんなに羨ましいなら、代わってやるか?
「遠慮しておきますよ。あのお二人は、僕の手には余ります。お二人を同時にあしらえるのは、あなたぐらいしかいないでしょう」
 俺は、極々普通の一般人なんだよ。そんな特殊な能力はこれっぽっちもないぜ。
「頑張ってください」
 何を頑張れというんだ?

「行くわよ! キョン」
 ハルヒの号令で、俺はしぶしぶ席を立った。



 古泉一樹と橘京子は、特に会話をするわけでもなく、距離をおいて歩いていた。
 間に挟まれた朝比奈みくるは、居心地が悪そうに縮こまっている。
「あのう、どこにいきましょうか?」
「朝比奈さんのお好きなところで結構ですよ」
「じゃあ、お茶っ葉を買いたいので、デパートに」
「橘さんも、それでいいでしょうか?」
「構いません」

 デパートに向かっている途中で、古泉一樹と橘京子の携帯電話が同時に鳴り始めた。
「はい。分かりました。至急向かいます」
「了解です。至急向かいます」
 同時に携帯をしまった二人は、なんとなく目を合わせる。
 そして、古泉一樹が口を開いた。
「朝比奈さん。すみませんが、融合閉鎖空間が発生しました。僕たちはそっちに行かなければなりませんので、どこか適当なところで待っていてください」
「分かりました」
 二人は、朝比奈みくるの前から、まるで図ったかのように同時に消え去った。

 朝比奈みくるは、近くにあったベンチに腰をかけた。
 情報通信デバイスを通じて、融合閉鎖空間発生を未来に報告する。

 融合閉鎖空間。
 それは、涼宮ハルヒの神人と佐々木の神人とが激しいバトルを繰り広げるカオスな空間だった。
 拡大速度は、涼宮ハルヒ単独閉鎖空間の二倍もある。
 この世界を守るためには、「機関」も橘京子の組織も、それまでのいさかいを棚にあげて、協力して対応せざるをえなかった。

「はぁ……」
 朝比奈みくるは、溜息をついた。
 閉鎖空間に関しては、彼女にできることは何もない。
 自分の無力さをつくづくと感じるのだった。



 長門、九曜、藤原のグループは、図書館にいた。
「この時代の人間は、こんなアナログな方式で情報を処理しているのか」
 二人からの反応はなし。
 藤原のイヤミ属性も、無口属性を有する二人の前では、無力であった。

 二人が並んで本を読み、藤原がその向かいに座ってぐちぐちと独り言をつぶやいていると、二人がふと顔をあげた。

「閉鎖────空間────」
「融合閉鎖空間の発生を確認」
「フン。また、あの二人が喧嘩してるのか? 原因は、例によってあの男か?」
「そう」
「まったく、あの冴えない男のどこがいいのやら」
「負け犬────の────遠吠え────」
 九曜のその言葉に、藤原は渋面を作るしかなかった。



 はぁ……。
 本日、三度目の溜息だ。
 二人が何だか訳の分からない理由で喧嘩し始めたのを仲裁したら、俺の財布が軽くなって、二人の手にはアイスクリームやらアクセサリーやらが握られているというのは、いったいどういう現象なのだろうね。
 これが、世にいう「風が吹けば桶屋が儲かる」とか「北京で蝶が羽ばたけば、アメリカで竜巻が起こる」とかいうやつなのか。
 その複雑な因果関係は、俺には到底理解不能だし、理解したくもない。

「さぁ、キョン、まだまだ行くわよ!」
「すまないね、キョン。僕ももう少し貢物をいただかないと、満足できそうにないよ」

 俺の財布は、まだまだ軽くなる運命にあるらしい。
 俺は、恐ろしくて財布の中身を確認する気にもなれなかった。



「情報操作開始。仮名キョンの財布内部の紙幣を増加。操作完了」
「あんたもご苦労なことだ。地球人の財布の中身まで面倒見てやらんとならんとはな」
「それが、私の役目だから」

 長門有希は、周防九曜の方を見た。
「あなたに協力してもらいたいことがある」
「────何────?」
「午後の班分けのくじ引きを操作したい。午後も同じ組み合わせでは、被害が増えるだけ。彼女たちの情報改変能力に対抗するには、情報統合思念体の力だけでは不足」
 九曜は、しばらく宙を見上げていた。
 そして……。
「────許可────あり────協力────する」
「協力に感謝する」



 朝比奈みくるの前に二人が戻ってきた。
「「やれやれ(なの)です」」
 二人の声が見事にハウリングしたため、朝比奈みくるは思わず微笑んでしまった。
 この二人は意外とうまく行くんじゃないかと、彼女は思った。



 午後の組み合わせ。

 ハルヒ、長門、朝比奈さん。
 佐々木、橘、九曜。
 藤原、古泉、俺。

 はぁ……。
 本日、四回目の溜息だ。
 何が悲しくて、この天気のいい日に、男三人で歩き回らなきゃならんのだ。

「いいじゃないですか。たまには、男の友情を深め合うのも」
「任務だから付き合ってやるが、愚鈍な過去人と友情とやらを深めるつもりはないからな」
 それは、こっちから願い下げだ。
「しかし、午前中は助かりましたよ。あなたがうまくなだめてくれたおかげで、融合閉鎖空間も割合早く片付きました」
「そのせいで、俺の財布は壊滅的打撃を受けたんだが。『機関』とやらに請求書を送ってもいいか?」
「代金の半分は、橘さんの方にお願いいたします」
 橘京子が、いつもにこにこ現金払いしてくれるとは思えんがな。



 女性グループその1。
「キョンったら、佐々木さんの肩ばっかり持つのよ。むかつくったらないわ。団長に対する尊敬の念が足りないわね」
「まあまあ、涼宮さん。キョンくんは、いつも最後は涼宮さんの味方になってくれるでしょう?」
「そう」
「うん……そうだけどさ」
「キョンくんは、なんだかんだ言ってても、涼宮さんの味方なんです。涼宮さんだって、分かっているばすですよ」
「そう」
「分かったわよ。今日のところは、みくるちゃんと有希に免じて、許してやるわ」
「ところで、午後は、どこに行くんですか?」
「そうねぇ……うん、決めた! みくるちゃんの新しいコスプレを買いに行きましょ!」
 涼宮ハルヒは、朝比奈みくるの腕をつかんで早足に歩き出した。
「はわわわっ」
「今度は、婦警さんなんてどう? うん、きっと似合うわ! 有希も着る?」
 長門有希は、わずかにうなずいた。
 コスプレ同好集団と化した三人は、すさまじいスピードで、とあるショップへと向かっていった。



 女性グループその2。
「はぁ……」
 佐々木は、溜息をついた。
「お元気ないですが、どうかしたのですか?」
「キョンが最も大切にしている存在が、涼宮さんだという事実を見せつけられたのよ。分かってはいたことだけどね」
「落ち込んでいては駄目なのです。今ならまだ挽回可能なのです」
「確かに、涼宮さんとキョンはまだ付き合っているわけではないから、挽回のチャンスがあるのは事実なんだけど。やっぱり、一年間のブランクは大きいわね」
「────頑張って────」
「ありがとう。諦めずに頑張ってみるわ。というわけで、これから女性的な魅力を高めるために、化粧品などを見て回りたいと思うんだけど、どうかしら?」
「賛成なのです」
「了解────」



 こうして、平穏なのかそうでないのかよく分からない一日は暮れていく。


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