ある日の事故
キョンの顔が目の前にあった。
もう少しで口と口がくっつきそうなギリギリのところで、彼はかろうじてかわしきった。
「おしい」
「あとちょっとで、ブチュっといったのにな」
キョンの背後から男子生徒たちの声が聞こえたと同時に、キョンはガバッと起き上がって、彼らのうちの一人の胸倉をつかんだ。
「ふざけんな! これはいったい何のマネだ!」
怒りに満ちたその声は、今まで一度も聞いたことがないほどの声量だった。
私は起き上がり、状況を把握した。
どうやら、キョンが彼らによって後ろから押し倒され、その結果として私と衝突して、さっきのような状態になったらしい。
確かにタチの悪い悪戯だ。
「佐々木に土下座して謝れ! こんなくだらん悪戯で俺なんかとキスなんかするハメになったら、佐々木がかわいそうだろうが!」
このままでは、彼ら全員を殴り倒しかねない。
そうなれば、暴力沙汰ということで教師が駆けつけてくるだろう。
キョンの内申点に響くようなことは避けるべき。
そう判断した私は、つとめて冷静に、次のように述べた。
「キョン。僕のために怒ってくれるのはうれしいが、そこまでしてもらう必要はないよ」
キョンは、胸倉をつかんでいた手を離した。
「おまえ、よくそんなに冷静でいられるな」
「幸い、大事には至らなかったのだ。結果よければすべてよしさ。しかし、意外だね。一般的な男性は、事故とはいえ女性とキスができれば喜ぶものだと思っていたんだが」
「好きでもない相手とキスして喜ぶ趣味はねぇよ」
「そうだね。君は実に紳士的だ。すばらしいほどにね」
「とにかく、佐々木には謝ってとけよ」
彼は、そういい残すと、怒り覚めやらぬ様子で教室に向かっていった。
その姿が見えなくなってから、私は、男子生徒たちを冷たい視線でにらみつけた。
彼らがいっせいに震え上がる。
「僕が彼に好意をもってるいることは否定はしないけど、彼の方は見てのとおりだ。僕の恋路を少しでも応援する気があるのなら、さきほどのような悪戯はやめてくれたまえ。あんなことがたびたびあると、彼は僕との距離を置くようになるだろう。そうなれば、僕は彼のなけなしの友情すら失うことになる。もしそんなことになれば、僕はその原因を作った連中を生き地獄にあわせなければ気がすまないだろうね」
恐怖ですくみあがっている彼らを残して、私は教室に向かった。