アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンはその伝記によれば、幼いころ誤って父親の大事にしている桜の枝を切ってしまったが、正直に父親に謝罪してその正直さをほめられたという。

自由民権運動で有名な板垣退助は、急進派の青年将校に銃をつきつけられて脅されても、胸を張り 「板垣死すとも自由は死せず!」 と雄々しく語ったという。

歴史上の人物には、それぞれ名を残すにふさわしい逸話があるものだ。

 

俺は今、知人の佐々木の不始末を肩代わりし、周防九曜を間違った道からつれ戻すために敢えて危険に身を投じている。

十人を超える暴走族に囲まれ、友情のために絶望的なレースへ立ち向かい愛車のVTR-250に孤独にまたがる俺は、さながら胸を張って十字架に掛けられるセリヌンティウス。

たとえ無事には還れない道程だとしても、俺は最後まで臆することなく敢然と立ち向かうことだろう。

さあ、ゴングを鳴らせ。今こそ、俺の伝説が始まる時だ!

 

 

だがはっきり言って、ジョージ・ワシントンの伝記にあった謝罪の話も、板垣退助の逸話も、嘘っぱちである。こんなことがあったって言っといた方がいいんじゃない?的なノリで、後世の人が作った伝説でしかないらしい。

ワシントンが正直に父親に謝って褒められた話は伝記が書かれる際に創作されたフィクションだし、板垣退助は青年将校に病室で命を狙われた時に命乞いをしたという。

騙された! なんて思ってはいけない。これが現実であり、これがノンフィクションなのである。大河ドラマと現実の志士を同一視してはいけない。舞台上と控え室のアイドルを同一視してはいけない。アニメキャラと声優を同一視してはいけない。

だからこそ俺も、敢えて現実モードで現状に対する気持ちを語らせてもらおう。

メチャ怖いっスwwwもう、足なんてガクブルっスよwwww

 

 

格好つけてました。すいません。ごめんなさい。謝るから助けてください。サファリパークのA級危険地区に紛れ込んでしまった非力な子羊のような心境だ。

なんかね。いろんな単車やサイドカーに乗ってる暴力団員予備軍みたいな奴らが30人ぐらい居てね、逃げられないように俺と佐々木をガッチリ囲んでいるんだよ。

あ、場所を言ってなかったね。実はここ、埠頭なんだ。

……ヘマしたら、このまま俺を海の底に沈めるという算段なのだろうか……。

かつてこれほどにまで肉薄した死への恐怖というものを感じたことがあったらだろうか。いや、ない。

ただ、俺と佐々木の隣に平然と立っている周防九曜だけが心強かった。

 

「────大丈夫────心配することはない────気楽に────」

どこをどうすればリラックスして気楽にレースを楽しむことができる雰囲気だと言うのだろう。

「谷ちゃん! テメェ分かってんだろうな。もし負けたら……」

なんでかな。なんであのテンパくんの横に、セメントとドラム缶があるのかな。あはは。きっと彼は左官さんなんだ。商売道具なんだ。

 

「────Get set────」

短く呟き、周防九曜は単車のシートにまたがった。

ちなみに今日の彼女のバイクはBIG BLOCKではなく、俺のVTR-250の排気量に合わせ、同じ250ccのYAMAHAのV-MAXだ。排気量は同じだけど、エンジン性能が段違いだよね。うふふ。

「谷口さん。周防のこと、よろしくお願いします。どうか、暴走族たちに分からないよう巧妙にわざと負けてください」

真剣な表情の周防に背を向け、そっと俺に耳打ちする佐々木。要するに、俺に死ねと言っているのかこいつは。

とにかく。ここまで来てしまったからにはいたしかたない。たとえ引くはかなわず進むも地獄の不承不承とは言え、もうやるしかないのだ。

俺は隣で変なドリンクをしきりに勧める佐々木を無視し、メットをかぶってバイクにまたがった。

 

 

今回の周防プレゼンツ、ドキドキ☆組み抜けチキンレースのルールを簡単に説明しよう。

250ccのバイクに乗った俺と周防がサシで対決。200mを最低時速60kmで直進し、その先にある船着場でストップ。ブレーキをかけ、1cmでも海から遠い場所に停まった方が臆病者として敗北するのだ。もちろんブレーキのタイミングを誤って海に落ちてしまっても失格だ。

周防がどれほどのドライビングテクニックを持っているかは知らないが、暴走族のトップに君臨しているくらいだから相当なものなんだろう。一方俺はというと、趣味でツーリングに行く程度である。そもそも教習所の、急制動の試験でさえ満足にクリアできなかった俺が、周防に勝てる見込みなどあるのか?

 

 

「それでは位置について」

俺と周防が並らび、エンジンをふかしながらギアをローに入れた。俺たちの斜め前に、変な棒を持った全体的にやる気のない男が俺たちに 「よーい」 とREADY?の声を投げかけた。

「どん!」

やる気のない合図とともに、俺と周防が発車する。

周囲の風景がめまぐるしく回っていく中、隣にピッタリ並走する周防だけが、唯一俺と同じ時間を共有している仲間のように思えて滑稽だった。

互いが時速60kmをキープしているんだから、並走するのも当然だ。

 

100mを過ぎたあたりから、だんだん頭の芯がぼやっと濁ってきた。チキンレースなんて初めての経験なんだ。どのタイミングでブレーキをかければ良いのかも皆目分からないんだが……。

俺の脳内の霧が、徐々に頭全体を覆い始める。やっぱ、こんなことをするべきじゃなかったんだ。バカだ、俺は……。

残り50mを切った。周防からスピードを落とす気配は感じられない。

 

残り20mの印が身体の横を通りすぎる。おい、マジかよ? そろそろ俺の心臓は爆発寸前なんだが。周防のヤツ、60kmから落とさないのか? しかし、ギリギリまではあいつに合わせないと……

残り10kmのポスト横を通りすぎる。これヤバイ! 絶対!

とうとう差し迫ってくる海面の恐怖に負け、俺はエンジンブレーキを作動させる。今までピッタリ横についていた周防のV-MAXが、速度を落とした俺をあざ笑うように駆け抜ける。くそっ!

俺がフロントとリアのブレーキを入れる頃、残り5mを切っていた周防のワインレッドの車体が横様に倒れるように急制動体勢へ。あいつ、完全にチキンレースに慣れてやがる! あれじゃ本当に、海へ落ちる神業的寸前で停まるんじゃないか。

俺は舌打ちしながらブレーキをゆるめる。無駄な抵抗だろうけど、せめてもう少しだけ前に出ておこう……。

その時だった。完全に予想外の出来事が起こった。

俺の目の前で、周防の乗るV-MAXがスリップして転倒、そのまま滑るように海へ転落した。

俺は急いでバイクを停め、立ち昇った水しぶきを呆然と眺めていた。

 

 

チキンレース現場は騒然となっていた。そりゃそうだ。族党員たちにとっても思いがけないアクシデントでボスが海中に消えたんだからな。

「周防、大丈夫かな?」

駆け寄ってきた佐々木が人垣の前で呟いた。バイクは無理だろうが、周防ならそのうち浮いてくるさ。心配するな。言葉には出せないが、俺としては嬉しいアクシデントだ。

しかし、3分待っても周防は浮かんでこなかった。

 

さすがにそろそろヤバイだろう、と辺りの暴走族たちが焦った様子で騒ぎ始めた。

「おい、お前ちょっと潜ってこいよ」

「えぇ? お前が行けよ」

「おい、消防とかどっかに連絡した方がいいんじゃねえ?」

「馬鹿野郎、んなことしてみろ。俺たちがパクられちまうぜ!」

「ならお前がなんとかしろよ」

「お、俺は知らねえよ。関係ないし……」

 

おいおい、何なんだ、こいつらは。あれだけチームがどうこう組がどうこう言っておいて、ボスが海に落ちて浮いてこないって非常事態にこの体たらくかよ? しょせんはチンピラの寄せ集めか。

「お前、泳ぎが得意だって前言ってたじゃん。周防さんにも妹分みたいにかわいがっててもらってたんだろ? 助けに行ってやれよ」

「いやよ。服が濡れるじゃない」

聞きたくもなかったが、この会話を聞いて、恐怖で押さえつけられていた俺の怒りがとうとう爆発したね。

服が濡れる!? はあ!? そりゃ服くらい濡れるだろ! 毎日洗濯してりゃあな! 人一人の命が危ないかもしれないって時に服の心配かよ!? さっきから聞いてりゃ、俺はイヤだ、お前行け、俺もヤダよお前が行けよって。何なんだよお前らはよお!? 口と見かけばっか偉そうにしててその様かよ! もういいよ。エバってないで家に帰ってプレステ2でもして屁こいて寝てろ! 俺が行く!

ほとんど無意識のうちにそう一気にまくし立てた俺に、暴走族たちが海への道を開けた。ちっ。この場面でつっかかってくるような骨のあるヤツはいないのか。

ま、群れないと何もできない奴らに期待するだけ無駄ってものか。そう思いながら海へ入ろうとした時、俺の隣に水しぶきがあがった。

今飛び込んだのは、佐々木か!?

 

「溺れてる人間を助けるのって、すげぇ大変だって言うじゃん」

「素人だと引っ張り込まれるって言うよな。あいつ、死んだんじゃね?」

「言えてる言えてる」

それは水面に身体が出てる時だよ。いいからお前ら役立たずは黙ってろ。暴走族氏ね。

 

 

しばらくして、グロッキーになった周防を抱えた佐々木が海面へ姿を現した。ぐったりした周防は佐々木の方につかまって大きく咳き込んでいるが、概ね大丈夫みたいだ。

俺は安堵して、2人に手を伸ばす。よかった。本当に。

俺の後ろで暴走族たちが喜びの歓声をあげているが、非常に耳障りだ。

「周防、大丈夫?」

怪我した子どもを心配がる母親のように周防を抱える佐々木。よく分からない突っ走ったような行動をとったりしてきたが、こいつはこいつなりに本気で周防のことを心配していたのだろう。同じくらいとまでは言わないが、もうちょっと俺のことも心配してもらいたかった。

誰にも聞こえないような小声で、周防がぼそぼそと何かを口にした。もし俺が読唇術を使えたとしても理解できたかどうか怪しいほど微妙な動きだったが、佐々木には周防が何を言ったか理解できたようだった。

 

 

 

夕焼けをバックに、俺と佐々木、周防の3人は人通りのまばらな県道の脇道を歩いていた、

結局あのレースは事故のため無効試合扱いとなった。そのくせ、周防九曜の脱退は認められ、俺たちも狼藉をはたらかれることなく五体満足に岐路につくことができた。まさに九死に一生得た思いです。

たとえ事故とはいえ周防はデッドラインを越えたわけだから、周防の負けになるのではないかとか、周防の脱会が認められるのは間違っているとか、無罪放免で釈放されるのはおかしいとかいうツッコミはなしの方向でお願いします。

気合いの入ったいぶし銀な暴走族ならともかく、あんなミーハーなチンピラもどきの集団に物事の筋を通す気概なんてあるわけない。

 

 

「────谷口さんは……どうして────来てくれたんですか────」

ぼんやり荒れたコンクリ道を眺めながら歩いていると、不意に周防が話しかけてきた。

来てくれたって言うか、佐々木の人捜しに協力してただけの話だよ。特別、理由があったわけじゃない。暴走族に囲まれてチキンレースに興じるハメになるとはさすがに予想外だったがな。

周防はくすりと笑った。この人が笑顔で微笑むというが、少し意外だったが、同じく意外にもちょっとかわいかった。

あんたは、なんでまた暴走族なんかに。やっぱ、プロダクションを辞めさせられたことでカッとなってやっちまったとか?

「────プロダクションを……辞めさせられた……だれが?────」

誰って。あんただよ。周防さん。

「────私は、辞めさせられたわけではない────自分から進んで辞めただけ────」

進んでやめた? おいおい、話が違うじゃないか佐々木さん。

「僕も話を聞くまでは聞くまでは気づかなかったんだよ。どうやら、僕が勘違いしていたみたいだね。あんなことがあった直後のことだし、深読みしすぎたかな」

くっくっと佐々木は、高校球児がトンネルの中でスイングの練習をしているに低い音で笑った。

つまり、あれか。最初から最後まで、全てはお前のせいだったわけか、佐々木。俺はトルネードから逃げ遅れたカエルのようにそれに巻き込まれたということか?

「勘違いは誰にでもあることだよ。あなたには申し訳ないことをしたと思っているけれど、過去に戻って自分の誤解を正すことなんてできやしないんだから、寛大な心で勘弁してもらいたいな」

うぬぅ、自分で言うか。それは第三者が仲裁に入るときに言うようなセリフじゃないか。佐々木、あなどれない子。

「────私はあの一件に────自分なりの責任を感じていた────それは、佐々木さんには関係なく、あくまで自分自身の心の問題────」

あんな行動に出る前に佐々木さんの心の痛みに気づいてケアしてあげるのが、私がしなければならないことだった。と言葉を区切りつつ周防はそう言った。

まあそれは仕方ないことだと思うよ。どんなに優れた人間でも、万能にはできてないんだしさ。自分で自分を許せないことは多々あるさ。そんなことでいちいち責任感じてたら、身がもたないぜ。

「────それでも私は────彼の心を察してあげたかった────」

物欲しげな表情でコカコーラの自動販売機を眺める佐々木の姿を横目で見て、周防がふっとそうもらした。

 

まあ、いいや。周防さんは、佐々木の気苦労をカバーしきれなかったことを悔いて、マネージャーの仕事をやめたってことだな。じゃあ、なんで暴走族なんてやり始めたんだ? なにか私生活で気に入らないことでもあって、自暴自棄になったとか?

「────それは────ただのバイク好きが嵩じた……趣味────」

……趣味かよ。

「────暴走族をやっていたつもりはない────お遊びバイクサークルのメンバーを雑誌で募集したら────ああなった────」

……バイクサークルだったのか、あれが。まったく気づかなかったよ。ちっちゃいヤクザの吹き溜まりかと思ってた。

 

「────私はあなたと佐々木さんが現れ────話を聞いたときに初めて、自分たちが世間様から────どういう目で見られていたのか知った────」

だから暴走族を抜けたのか。族っていうか、あんたにそういう意識は全くなかったんだろうが。

「────佐々木さんに説得され、私もこのままではいけないと思った────だから、もうバイクはやめる────」

何もやめることはないだろう。バイク乗るのが好きなら、今度こそ健全なバイクサークルに加わって、海とか山とか街中とかをツーリングして回ればいい。楽しいと思うぞ。きっと。

「────いえ。私はもう、バイクはやめる────そして料理を習うことにする────」

そうだな。排気ガスを噴出す上に、車のように壁がなく身体むき出しで危険極まりないバイクよりも、おいしくヘルシーな料理でも習った方が健全で良いかもな。

って、なんでいきなりバイクから料理への転身。

「────佐々木さんが────毎朝────味噌汁をつくってほしいって言ってくれたから……────」

 

………。

佐々木、ちょっとお前、こっちこい!

「どうしたんですか、谷口さん。細木○子に死の宣告されたような金切り声を出して」

どんな声だよ。いやそれよりも。お前、周防に毎朝みそ汁を作ってほしいって言ったのは本当か!?

「え? 本当ですよ。何か僕、おかしなこと言いましたか?」

おかしくはないが、納得できん! 俺があのおかしな具合のテンパ野郎どもにさんざんおちょくられてる間に、お前らはイチャイ☆ラブしてたってことか? ああん? ラキ☆スタしてたってワケですか!?

「落ち着いてください。なんだか日本語がおかしなことになっていますよ。それが地なんですか?」

けっ、やってられっかよ! 一体俺はなんのために身体張ってんだよ。元アイドルと元ジャーマネなんていう二次製作SSの三流恋路ネタみたいな展開の脳みそした連中のために命がけでチキンレースしてたってワケか!? とんだピエロ様だぜ!

「いくら谷口さんといえど、周防のことを悪く言うのはやめてください。彼女は、身の置き場を感じられない芸能界で、唯一僕のことを理解し、最後まで僕に尽くしてくれた最高の女性なんですから!」

いや、周防のことを悪く言ったんじゃないんだが。どっちかといえばお前のことを……いや、何でもない。

だいたい毎朝みそ汁つくってくれって、何年前のプロポーズ文句だよ。歯が浮くぜ。

「やだなあ。プロポーズだなんて。まずは交換日記からですよ」

……お前、けっこう頭の中が古いのな。

 

 

 

広大に広がる大宇宙。そのはるか彼方におわす、しっと星のしっとKING様。俺にしっとマスクを授けてください。少なくともしっとマスク2号よりは確実に役に立てると思うんで。

しかしいくら祈ってみたところで、マスクはやってこない。うふふ。ちくしょう。

俺の手の中には、『僕たちつきあうことになりました。残暑見舞い申し上げます』 と書かれたかもめーるが握られている。しかもご丁寧に、佐々木と周防のツーショット写真が貼り付けられている状態でだ。

何がつきあうことになりました、だ。ついでみたいに残暑見舞いとかつけるなよ。そんな下らないご報告よりも俺の体調への気遣いの方が後回しかよ。

 

俺は残暑見舞いもどきをハサミで切り裂いてゴミ箱に放りこんだ。

こいつらのせいで俺は寿命の縮むような思いをした挙句、なんだか人生の大切なものまで失ってしまったような気持ちになっているんのだ。くそう。たとえ結婚式の案内状が来ても出席するもんか。

 

一瞬だけ。俺の脳裏に、静かに微笑む朝倉涼子の優しい表情が浮かんで消えた。

寂しいんじゃないぞ。悔しいんだぞ。ああ、くやしいくやしい! さびしくなんてないんだけどね!

 

あ、そうだ。

もう国木田も、朝比奈さんも、朝倉さんも、いないんだ。

あの町には。

それは。

さびしいな……。

 

 

 

そろそろ不貞寝にも飽きたな、と思いつつもゴロゴロと昼間っから居間で横になって新聞の地方欄をボーっと眺めていると、家のインターホンが鳴った。

誰だ、こんな昼間っから。両親は仕事でいないぜ。ああ、そういやamazonで鬼畜ボイスCD(S)を注文してたんだった。「下等生物の癖に、まだ生きてるの?」 とか言ってるヤツ。きっとあれが届いたんだ。

下等生物の癖ってどんな癖なんだろう~、と呟きながら、俺は玄関の戸を開けた。

そこには、見覚えのある小柄な少女が立っていた。

長門?

 

 

「………なにをしていたの」

あ、いやあ。何をって。おしかりCDで自分の深い場所にあるサムシングを探ってみたり、新生カップルの写真をハサミでバラすてみたり、自己の半生を顧みながらひとり反省会をしてたんだ。あ、ここでは半生と反省がかかっているわけね。

「………そうではない。あなたの性癖がどうであろうと、私には関係ない。探偵事務所を放置したまま、何をしていたのかということを答えるべき」

悪かったな。M気あって。別に事務所を放置してたつもりはないよ。確かに何日も放ってたが、管理はお前に任せてたし。俺は故郷で静養中と伝えてあったはずだぜ。

「………もう十分、静養できたはず。さあ、帰りましょう。あなたが帰る場所は、あの小汚いアパート」

一言多いんだよ、お前は。確かにお前の家に比べれば犬小屋みたいな家かも知れないけどな。あれでも俺の一国一城なんだよ。

お、おい。腕をそんなに引っ張るなよ。いやん。

「………あなたは探偵でしょう。私には小説家になってプロレスラーになって探偵になるという夢がある。その一つ目の大事な踏み台であるあなたがいなくなったのでは、話にならない」

誰が踏み台だ。相変わらず夢多きヤツよのう。どれか一つに搾れよ。プロレスラーはどう考えても無理っぽいし、小説家だってまず小説書かないとデビューもできないぜ。

「………あなたがいないうちに、一本書いた。殴られた人は必ず死んでしまうバットの話」

どんな話だよ。

 

なあ、長門。俺、こっち帰ってきていろいろ考えたんだけどさ。

「………なに? お金なら貸さない」

お前、普段から俺をどんな目で見てたんだよ……。まあいいや。

探偵ってさ。別にあの町じゃなくてもできるしさ。その……。

俺、こっちに帰ってきて探偵やろうと思ってるんだ。

妙に照れくさいことを口にしているような気がして、俺は長門から視線を離してそう宣言した。

 

無表情のまま、長門は俺の顔を見上げていた。何故だろう。長門の目を正面から見られない。

「………そう」

どれだけ不貞腐れてゴネるだろうかと思っていたが、俺の予想に反して長門には、いつものふてぶてしさが感じられなかった。

ただ一言、あっさり 「………そう」 言うと、長門は俺に背をむけた。

何も言わず立ち去る長門の後姿が、やたら寂しく見えた。何か声をかけようかと思ったが、どんなセリフを考えてみても、今の長門にはそのどのセリフも届かないような気がして、結局何も言えず、俺はああと呟いた。

「………兄貴、部屋の荷物をとりに一度、帰ってくるんでしょう?」

ああ。あっちに仕事道具を全部おいてるからな。取ってこないと仕事にならない。

「………引越し手伝うから。帰ったら呼んで」

それだけ伝えると、長門は一度も振り返ることなく帰ってしまった。

あっさりしすぎだ。と思った。

 

 

 

引越しの日。長門は終始無言で俺の荷物の運び出しを手伝ってくれていた。

引越しは、大した物があったわけでもないからさほど時間はかからなかった。部屋にあった大半の物は処分しちまったしな。

前に長門がほしいと言っていた限定品の万年筆を別れ形見にくれてやると、「うん」と少しうなづいた。

 

 ────兄貴。兄貴も、わたしを置いてむこうに行っちゃうの?

いつだったか。長門がそんなことを言っていたような気がする。ああ。あれは確か、夏祭りの日の、俺の夢の中か。ははは。バカバカしい。

だが今だけは。バカバカしいとも思わないでいてやる。

 

長門。なんだかんだあったけどさ。長いこと、世話になったな。ありがとよ。

引越しもとうとうクライマックスを向かえ、あとは俺がトラックに乗り込んで発車するだけという段にまでこぎつけた。

俺は荷物を積み終わったトラックの荷台に乗り、長門に手を差し出した。握手のつもりだ。少し戸惑っている様子だったが、長門もその手を握り返してくれた。

「………また。いつか。プラネタリウムに連れて行って」

そう言って長門は、はにかむように微笑んだ。

ああ。いつか、必ず。

 

 

 

 

 

あの日。トラック上で長門と最後の別れを交わして、どれだけ経っただろう。

何気なく、手帳をめくってみる。ああ。もう、5年経つのか。時が流れるのは早いものだ。

佐々木んところの嫁さんも、2人目の出産時期に入ってるっていうし。

本当に、あっと言う間だよな。時間なんてものは。

 

そういや。あいつとの約束、まだ果たせてないな。一生はたせなままになっちまうかもしれないな。

プラネタリウム。 

 

 

 

~つづく~

 

 

 <次回予告>

 

 

佐々木「二児の父になりました」

周防「────二児の母になりました────」

阪中「ルソーが長寿犬としてテレビに出ました」

鶴屋「めがっさめがっさ」

喜緑「ああ、気づけばとうとう出番がないままでした……」

藤原&橘「エンドテロップに名前さえ載らない」

朝倉「それ、私の曲の歌詞じゃない」

国木田「まあまあ。いいじゃない。キャラソンある人は……」

キョン妹「私コーラ!」

ミヨキチ「一緒にホラー映画見に行きません?」

 

谷口「最後だってのに、まとまりねぇな……」

 

 

谷口「次回、谷口探偵の事件簿 最終回 ~たようなら~」

 

ハルヒ「風呂はいれよ!」

みくる「ちゃんと歯をみがいてくださいね」

古泉「宿題も忘れずに」

キョン「食べながら話すんじゃありません!」

長門「………長門有希でございます」

 

谷口「忘れ物をしないように!」


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