(※ これは谷口探偵の事件簿のつづきです)

 

 

俺の名は谷口。探偵だった男だ。

探偵だった、と過去形の物言いをしているが、廃業したわけじゃい。休業しているだけだ。

休業と言っても元々、OPENとかCLOSEDとか時間帯によって使い分けているわけじゃないから厳密には開店も閉店もないのだが、本拠地である事務所から離れ、今は故郷へ里帰りしているから便宜上は休業としているわけだ。

 

 

故郷に帰ってきて郷里の風景を懐かしんでいたら、いきなり近所のジッチャに捕まった。なんでも人手が足りないから、若い衆に手伝ってもらいたいことがあるらしい。田舎は地域ぐるみのおつきあいがあるから、こういう時に断れないのが辛いところだ。

何をやらされるかと思ったら、山へ連れていかれた。うちは荒神様の年回りじゃないはずだが。

「谷口さんとこのせがれ、これ杜まで運んでくれや」

そう言ってジッチャは畑にうづ高く積まれた草っぽい物の小山を指さした。谷口さんのせがれって、俺も谷口さんなわけだが。

 

そんなこんなで、せっかく里に帰ってきたというのに俺は数日の間ジッチャにこき遣われて畑からとれたヒゲ根植物をひたすら運搬させられていた。

「人類みな兄弟。手と手を取り合って仲良くみんなで暮らしていきましょう」 と平和的に繁茂している地下茎の植物というやつは、なかなかどうして厄介なものだ。「ええやないか、ええやないか」 とみんなして地の下で強烈に仲良くくっついているから、この野郎この野郎、と力いっぱいひき剥がそうとしても取れやしない。しょうがないからそのまま抱えて運ぶのだが、根に土までからみついて総重量が10kgを超えていたりもするのだ。

そんな生活が3日も続いたものだから、筋肉痛と倦怠感ですっかりバテてダウンしてしまった。

なんのために俺は田舎へ帰ってきたんだろう。少なくとも修行鍛錬のためじゃないはずだが。

しかし少なくとも、そうやって体力を消耗して一つのことに集中している間だけは、あの日のことが忘れられてありがたかった。

 

 

ようやく全てのお役を完了して自宅の居間でごろごろしていた昼下がり。控えめなインターホンの音が鳴りひびいた。こんな昼間っから誰だろう。両親なら留守だぜ。

ああ、そういえばamazonでおしかりCDを注文してたんだった。きっとあれが届いたんだ。「このやろー、うちの畑あらすな~」ってやつ。

畑あらすな~ふふんふん、と鼻歌まじりに口ずさみながら玄関に降りると、そこには見知らぬ女の子が立っていた。誰だ、この子?

ベリーショートの髪に少しふっくらとした少女っぽい輪郭。理知的な瞳、落ち着いた雰囲気。どっからどう見ても年頃の女の子だが、髪型のせいだろうか。ボーイッシュで男の子のような印象も受ける。

しかし、初対面のはずなのに、どこかで会ったことあるような気が……。う~む、思い出せない。どちら様だろう。おしかりCDを持ってきた配達屋には見えないんだが。

「あれ。谷口さんじゃないですか」

お久しぶりです、という声を聞いて、俺はハッと気づいた。

ひょっとしてお前、佐々木か?

 

 

客間に通した佐々木に茶を差し出し、俺は机をはさんでその対面に腰を落ち着けた。

「偶然ですね。ここへ来るのは初めてで土地勘がないから道を訊くためにインターホンを鳴らさせていただいたお宅が、まさか谷口さんの実家だったなんて」

佐々木はくっくっと、喉の奥でボブ・サップが餅をついているような独特の笑い声をもらした。

偶然はもういい。飽き飽きしてるんだ。それより、お前どうしたんだ? そんなに荷物抱えて。芸能界を引退したって話なら一時期、テレビや雑誌でもちきりの話題だったから知っているが。もしかして、人生を見つめ直すための一人旅でもしてるのか?

「それも面白そうですけど。残念ながら人生を考えるための道行きじゃないんですよ。内容は濃かったけれど、見つめ直すために立ち止まるほど長く生きているつもりはありません」

そう言って佐々木は麦茶のコップを手にして、曖昧に微笑んだ。なにか言いたげな様子だ、と思ったが、詮索はやめておいた。元アイドルのワケあり旅情に横槍いれるほど野暮じゃないつもりだ。それに佐々木が言いたくなれば、俺が尋ねなくても勝手に話すだろう。

 

そう言えばお前、外見変わったよな。前はもっと女の子女の子してたのに。

「芸能界は引退したし。これからは普通の一般人として暮らしていくつもりですから、自分なりにいろいろ変えてみたんですよ。髪も短くしたし、化粧もなし。この服だって、店の男性用コーナーで買ってきた安いシャツなんです。これで僕もまた一歩、普通の青年に近づいたということですね」

確かに俺も一目で佐々木だと分からなかったくらいだから、一般人の中にとけ込めているとは思うけれど、悪いがまだ男には見えないぞ。良くて中性的といったレベルだ。

「う~ん。難しいですね、男らしくなるというのは。僕はどうもそういった身なりについては無頓着で」

骨格や顔立ちなんかは先天的なものだから、整形でもしないと見た目を変えるのは無理だろう。手っ取り早く外見を変えたければ、無精ヒゲを生やしてみるとか……いや、あんまり似合わないかもしれないな。ヒゲ。

「僕、ヒゲが生えないんですよ。声も相変わらず低くならないし」

悩みの種なんですよね。と言って佐々木は麦茶を飲み干した。

人の悩みなんて、分からないものだな。俺にしてみれば佐々木のかわいらしい部分がモテそうで羨やましく思うんだが、佐々木本人にしてみれば、男なのに男として見られないというのはジェンダー的なコンプレックスなんだろう。あんまりこっちの話題には触れない方がいいかな。

 

そういえば、お前が芸能界一直線のころにマネージャーやってた、周防さん……だっけ? 彼女はどうしてるんだろうな。やっぱり、別のタレントのマネージャーを担当してるのかな。すごい個性的な人だったけど。

快活な笑いをあげながら俺は佐々木の湯のみに麦茶をもう一杯ついでやりつつ、相手の顔色をうかがった。

佐々木は、まるで携帯電話とテレビのリモコンを間違えて携帯ショップへ修理に持って行ってしまった時くらい落ち込んでいた。

 

おい、どうした佐々木。気は確かか? おーい? もしもし? さっちゃん?

「……実は、そのことで、僕はここへ来たんです」

佐々木は、キャビアの缶詰だと思って開けたら実はサバ缶でした的な落胆ぶりで、言葉を区切るようにそう呟いた。

「……谷口さんもご存じの通り、以前僕は芸能界を辞めるため、周囲の迷惑も考えずに強引な手段をとりました。今にして思えば正常な人間のすることではなかったと思えるのですが、あの時期は各方面からの重圧で、僕もそこまで頭が回っていませんでしたから」

ずいぶん前のことのように思えるが、今でもはっきり覚えている。こいつは芸能界を辞めるため、自分の部屋に自ら盗聴器を仕掛けて、悪質なストーカーに粘着されているように偽装したんだった。ストーカー絡みの話には俺もほろ苦い思い出があるから、あまり突っ込んだ話はしたくないんが。

「僕はあの後スケジュールを消化して、円満とはいかないまでも、はれてプロダクションを辞め、芸能界から離れることができました。それで僕はよかったんです。願いがかなったのですから。ただ、プロダクション側からしてみれば、納得ができない部分もあったんでしょう。自分で言うのもなんですが、会社が勢力を挙げて売り出していた人気アイドルの僕が突然辞めてしまったわけですから。上層部としても、なにかケジメ的なものが必要だと思ったんでしょうね。結局、いろいろあった後、僕があんな行動に出るのを未然に防げなかった責任があるとして、スケープゴートにされたのが」

当時マネージャーだった周防九曜ってわけか。

「そうです。表向きには自己都合による辞職となっていますが。僕が、あんなことをしなければ、周防をこんな目に遭わせなくて済んだのに。そう思うと、やりきれなくて。彼女の足取りをたどり、周防がこの町にいると聞いてやって来たというわけです」

え、あの姉さん、この町にいるの? 全然知らなかった。

「あくまで噂ですよ。彼女の実家がこの県にあるということは知ってましたから、その後の足跡を調べてみたんです。あまりあてにはなりませんが、この近くにいるんじゃないかと目星をつけて来たんです」

ふーん。お前も大変なんだな。

で、周防の姉さんに会ってどうするの? 四方山話をするだけなら電話でもメールでも事足りるだろうから、ご挨拶をするだけじゃないんだろ?

「どうする、とは具体的に考えていないのですが、とにかく謝りたいと思ってます。でも、携帯やメールも通じないし。それにこういうことはやはり直接会って、面とむかって言うべきだと思うんです」

気持ちは分かるが、周防としては困るんじゃないか? 別に佐々木が悪いわけでもないのに、ごめんって謝られても困惑するだけだと思うんだが。

ガキのケンカじゃないんだし。世の中にはそのままそっとしておいてあげた方が相手のためになるってこともあるんだぜ。

それからしばらく、佐々木は眉をひそめて考え込んでいた。

 

佐々木が真摯な顔を上げて答えを告げたのは、俺がトイレに立とうとした時だった。何もこんな時に答え出さなくても。もうちょっとタイミングずらせよ。

「それでも、僕は彼女に会いたい。会って話をしたんです」

そう言って佐々木が頭を下げるものだから、俺はトイレに行くのを我慢するハメになってしまった。冷たい麦茶飲んでポンポン冷えちゃったのに。

「お願いします、谷口さん。しょせん素人の僕が人の行方を追えるのはここまでが限界なんです。どうか、一緒に周防の居場所を探してくれませんか?」

まあ、とりあえず頭を上げろ。そこまで平身低頭しなくてもいいだろう。

「いいえ、谷口さんがやってくれると言うまで僕は頭を上げません。今は手持ちが少ないですが、後々必ず依頼料をお支払いします。だから、僕の依頼を請けてください!」

探偵に仕事頼みたいのは分かったけどさ。ちょっと待ってくれよ。俺トイレに行きたいんだ。

「我慢してください」

ムリクソ言うなよ。けっこうピンチなんだぞ。

それに今は里帰り中で、仕事の書類とか全部事務所に置いてきてるから、依頼手続きとかがすぐにできないんだ。今年から探偵業法が施行されて、公安委員会の目も厳しくなっちゃって。なあなあで仕事を請けられなくなったんだ。悪いけど。

「そこをなんとか、お願いできませんか?」

アフターサービスは請けてないし。仕事としては、ムリだな。

「……そうですか。無理を言って、すいませんでした」

がっくり肩を落とし、佐々木は座を立ち上がりかけた。

でも、探偵とか依頼とか、そういう社会のシガラミ的な損得勘定抜きにして、単純に友人の人探しのお手伝いという形なら何の問題もないぜ。

あっけにとられたような表情で、佐々木が上目遣いに俺を見る。

「それは、どういう……?」

どういうもこういうも。プライベートとして姉さん探すのを手伝ってやるって言ったんだよ。ちょうど暇してたところだしな。

「本当ですか?」

ウソついてもしかないだろう。同じ湯釜で煮られた仲じゃないか。遠慮するなよ。それに、本当にこの界隈にあの凶悪な目つきの元ジャーマネがいるんなら、すぐに見つけられそうだしな。

「ありがとうございます。本当にありがとうございます」

いいって。別に。気にするなよ。今の俺は私立探偵じゃない。休業中の探偵なんだ。

俺がそう言ってやると安心したのか、佐々木は安堵の息をもらして再び腰を落ち着けた。

「よかった。この見知らぬ土地で、偶然会えた谷口さんに断られたどうしていいか分からなかったところです」

困った時はお互い様だ。ま、すぐに見つかると思うから、今日はうちにでも泊まっていきな。

「そうさせてもらいます。ああ。なんだか安心したらトイレに行きたくなってきた。ちょっとトイレを借りてもいいですか?」

馬鹿野郎。俺が先にきまってるだろう。

 

 

 

おい居候。今帰ったぞ。

家の玄関を開けて帰還を告げると、奥からエプロンと三角巾をつけた佐々木が現れた。

「お帰りなさい、谷口さん。部屋の掃除、終わりましたよ」

うむ、ご苦労。しかし今時、三角巾かぶって掃除してる人もいないと思うんだが。

ところで佐々木。今日は良いニュースと悪いニュースがあるんだ。どっちを先に聞きたい?

「ニュースって、周防関係で、ですか?」

そう。周防九曜関係で。言ったろ? あの姉さんなら探すのは簡単だって。

「そうですか。それじゃあ、うん、そうだな……良いニュースから聞かせください」

OKブラザー。別に廊下に正座しなくてもいいから。立ったまま聞いていいぞ。いちいち仕草が女性っぽいな。

良いニュースは、周防が見つかったということだ。ボルホスの502 BIG BLOCKなんて怪物バイクに乗ってる人間は日本国内でも数えるほどしかいないからな。バイク屋を何店か聞き込みして回ったらすぐに見つかったよ。居場所もつきとめた。ちょっと遠くなるが、今からでも行ける場所だ。

「そうですか! さすが谷口さん。やっぱり彼女はこのあたりにいたんですね。それじゃあ早速行きましょう。僕は出かける準備をしますから、谷口さんは少し待っていてください。それほど時間はかかりませんから」

まあ待て。そう急ぐなよマイケル。言ったろ? ニュースはもう1つあるって。そう言って俺はエプロンを外しかけた佐々木を呼び止めた。

「悪いニュースですか……あまり聞きたくないですが、聞かせてください。まさか、周防が病気や怪我をして入院しているとか?」

いや、周防九曜は病気も怪我もなく健康そのものらしいんだが……。その、あれだよ。ほら、何て言うか、アレ。

「アレとかコレとか、代名詞ばかりじゃ分かりませんよ。健康でいるなら言うことはありませんが、伝えるべきことは明確にしてください」

そうだな。じゃあ単刀直入に分かりやすく一言で言うぞ。

「はい」

グレてるんだって。

「……は?」

だから、周防はグレてるんだって。非行に走ったってことだな。今は元気に暴走族やってるそうだ。

 

 

 

人間は誰しも、やさぐれるものである。子どもが親から十分な愛情を受けずに育つとその子は愛情を欲する心が反面的に噴出し、非行に走ったりするだろうし、いくら努力しても苦労が報われず他人から認められなかった人は 「どうせ俺なんて!」 と世間に絶望したりもするだろう。

他人から認めてもらいたい、自分の存在を知ってもらいたい、かまってもらいたい、そういった想いや願望が叶わず爆発すると、えてしてそれは歪んだ形で表出してしまうものだ。

飛ぶ鳥を落とす勢いの人気アイドルの敏腕マネージャーだった周防九曜も、仕事上のちょっとしたことで山の上から谷底へ転がり落ちてしまった。しかもそれが自分の力量及ばぬことに原因があるのではないとしたら、理不尽を感じて人生にイヤ気をさし、グレたとしても不思議ではない。

暴走族になってカタギの人たちに迷惑をかけているんだとしたら、それは社会的に許されることじゃないのだが、同じ人間としては大いに同情するね。というか今の俺も、ある意味では都落ちしてきた同じ穴の狢なのだ。彼女の行いを非難する気にはなれない。

 

 

俺と佐々木がビルの物陰からそっと首を出して様子をうかがっているとも知らず、周防は閉鎖されたコンビニの駐車場で、車のように巨大なバイクにもたれかかり缶コーヒーを飲んでいた。あの大きな頭と冗談抜きに他人を視殺できそうな切れ長の目は、周防九曜本人に間違いない。

周防の周囲には10人ほどのゴロツキっぽい男女が群れているが、あれがきっと噂の暴走族メンバーなのだろう。しかしどう見ても周防が暴走族の一員であるというよりも、周防が暴走族を率いているヘッドのように見えるのは気のせいだろうか。

「久しぶりに見たけど、周防、元気にしてたんだ。よかった」

元気ではあるんだがな……。彼女に関してはもうちょっと落ち込んでるくらいがちょうどよかったんじゃないか?

とにかく、周防がこのあたりにいるということは判明したんだ。どっかそのへんのファミレスにでも行って、今後の方針について話し合おうじゃないか。まずは彼女の後をつけて、現住所を探るところから……

「おーい、周防!」

って、うおおおぉぉぉぉぉぉい!? ちょ、佐々木さん!? なんで手ふって暴走族の群れにむかってるんスか!?

うわ、すごい見られてる! あんた怖いもの知らずかよ!? もう少し自分を大切にしたほうがいいですぞ。

 

「あん? なんだお前。俺たちに何か用か、嬢ちゃん」

駅前で待ち合わせしていた恋人を見つけて笑顔で走って行く純情高校生くらい爽やかに駆けて行く佐々木に、一番手前にいたチンピラふうの出で立ちの男が詰め寄る。早速つかまっちゃったよ……。ああいいう手合いとは、あまり関わり合いたくなかったのに。でも、俺も行かないといけないんだよな。まったく、面倒くさい。あいつ、こんなに軽いキャラだったかな。

突然すいません、お楽しみの途中。俺たち、そっちの周防さんの知り合いで、ちょっと用があるもんで。

「何だテメェ。周防の姐さんに用だって?」

姐さんって……。ああ、でもあんまり違和感ないかも。貫禄あるしな。主にバイクと頭と目つきが。

 

周囲の目が痛い。暴走族の面々は、明らかに異物をいぶかしむ目で俺と佐々木を見ている。照れるからあんまし見ないでもらいたいんだが。

佐々木を引き止めたチンピラが、ヤンキー特有の威嚇の視線で佐々木をにらんでいる。それに対して佐々木はというと、何を思ったか 「初めまして、佐々木といいます」 と自己紹介を始めた模様。バカン。メンチきってる暴走族相手に自己紹介してどうするんだよ。今後ともよろしくとでも言うつもりか?

まずいことに、危ないヘラヘラ笑いを浮かべつつ俺と佐々木の周りに集まり始める暴走族たち。因縁つけられたら最後だぞ、ヘタをうってくれるなよ佐々木。こうなったら、頼みの綱は周防だけだ。

「周防さん。こいつら周防さんの知り合いだなんて言ってますけど、マジっすか?」

何故かものすごい近い距離で俺の顔をのぞきこむ茶髪のチンピラ男。なんでこいうヤツらって、こんなに距離をつめてくるんだろう。人にはそれぞれコミュニケーションのテリトリー範囲があるんだから、一定距離よりは近づいてもらいたくないんだが。そんなに俺と親交を深めたいんなら、まずは交換日記から始めようじゃないか。

それにしてもこいつ息が臭いな。舌苔も青くなっている。内臓のどこかを悪くしているに違いない。こんなところで非行に走ってないで、病院へ行きなさい。

 

周防が無言で手を振ると、俺と佐々木を取り囲んでいた暴走族たちは打ち合わせていたようにさっと後ろへ下がっていく。よく教育してるじゃないか。

「────お久しぶりです……佐々木さん────谷口さん────」

「うん、久しぶり。周防も元気そうで何より」

以前会った時よりも段違いの威圧感を感じさせる周防に、佐々木はまったく動じることなく語りかける。この2人仲良かったもんな。きっと佐々木の中では、周防が暴走族の頭やっていようが児童相談所の相談員やっていようが、立場なんて関係ないんだろうな。

向かい合って見詰め合う2人を見ていると、佐々木が周防のことを信頼できる人物だと言っていたことを思い出した。

「────場所を……変えましょう。佐々木さんと2人きりで、話をしたい────」

低い声でそう言うと、周防九曜は佐々木を伴ってつぶれたコンビニの奥にひっこんでいった。

……あれ、俺は?

 

 

2人の話とやらはすぐに終わるものだとばかり思っていたが、待てど暮らせど帰ってこない。結局2人が戻ってきたのは、俺がなんとか口先三寸二枚舌で暴走族のチンピラたちに取り入ったところだった。

暴走族たちの中にとけ込むのはさほど難しいことじゃなかった。周防の知り合いという路線で話を進めていったら、ほとんど警戒されることもなかったし。こういう連中はお友達意識がとても強いから、ちょっとしたきっかけがあって話が合うと思わせられれば、すんなり輪の中に入れるもんだ。

俺も今じゃすっかり谷ちゃんと呼ばれて親しまれている存在だ。誰が谷ちゃんだ。俺はYAWARAちゃんかよ。

「お待たせ」

そう言って、心なしか悄然とした様子で佐々木が俺の隣に戻ってきた。こんなに長い間、何を話してたんだろう。まあ久しぶりに会ったんだから積もる話もいろいろあっただろうが、谷ちゃんと呼ばれて愛玩されていた俺の身にもなってみろ。

そうこうしていると、BIG BLOCKの前に立った周防九曜が号令を発した。族の構成員たちが一斉にダラダラと緩慢に周防の方を向いた。胸を張って語れるような主義主張も持たない根無し草たちをまとめあげているんだ。大したカリスマだよ。

「────私は今日で……チームを抜ける────」

 

突然の周防の辞任発言に暴走族たちがざわざわと騒ぎ始めた。厭な予感がひしひしと感じられ、俺の脳みそもざわざわと騒ぎだした。

「おい、どういうことだよ谷ちゃん」

さっきまで友好的だった天然パーマくんが、敵意むき出しの不審声で俺を問いつめてきた。どういうつもりの周防の発言なのか、それは俺が一番知りたいよ。せっかく平穏無事にここから脱出できるよう話を進めてきたってのに、これじゃ台無しじゃないか。もしかして、また佐々木が変なこと言ったのか? もしかしなくても、佐々木のせい以外に考えられないんだが。

「暴走族はよくないよ。騒音や排気ガスで一般人に迷惑をかける。だから僕はやめるよう、説得したんだ。周防にこんなこと、させておくわけにはいかない」

良いか悪いかで言えば確かに宜しくはないが、好きでやってるんだから放っておいてやれよ。母ちゃんかよ、お前は。いや、どちらかと言うと父ちゃんか。

頭が痛くなってきた……。

 

険悪なムードの中、舗装の剥げかけた駐車場で族員たちが総出で周防の説得にあたっている。俺は目の据わったテンパくんに胸ぐらを掴まれて前へ後へ右に左とがっくんがっくん揺さぶられている。佐々木は俺の背に隠れて事の成り行きを見守るかまえだ。この野郎。

「おい谷ちゃん、聞こえてんのか!? どういうつもりかって訊いてんだよ。ああん!?」

ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は何も知らないんだ。マジで。これは俺にとっても不測の事態ってやつでだな。だからお互いアクシデントにみまわれた者同志、ひとまず落ち着こう。な?

「周防は僕の大切な友達なんだ。友達が間違った道に進んで行こうとしたら、身体を張ってでもそれをくい止めてあげるのが本当の友情でしょう」

なんという少年漫画的価値観の持ち主。良いこと言ってるつもりなのかも知れないが、どう考えても身体を張ってるのは俺オンリーじゃないか! ちょっと前と後を代われよ。お前が身体を張ってくれ。そして俺を助けてくれ。

 

 

「組抜けよ! 組抜けの儀式よ!」

周防のそばにいたケバい女性が金切り声を張り上げた。なんだよ、びっくりしたな。ヒステリックな声を上げやがって。

それより組抜けの儀式ってなんだ。いや、組抜けはいいとしても、儀式って?

「俺たち 『沙慈汰理亜栖Ⅲ』 を抜けようとする者は、組抜けの儀ってもんを受けないといけないんだ」

緊張の面持ちで、俺の胸ぐらをつかんでいたテンパくんが、やおら手を離した。

儀式って、何をするんだ? 最近のドライな若者に似つかわしくもない、厳つい言葉じゃないか。ヤクザじゃないんだから。

そしてチームの名前が、沙慈汰理亜栖Ⅲって……。ネーミングセンスもさることながら、Ⅲの意味が分からない。

「組抜けの儀では、チームを抜けようとする者とチームのリーダーがチキンレースで勝負して、見事リーダーに勝てたら脱退が認められるんだ」

ああ。あるある、そういう掟。ドラマとか小説の中の設定だけでだけど。

「しかしよ。今のチームリーダーである周防さんが抜けようとしているんだから、チキンレースの相手がいないぜ」

「そうだ。周防さんがリーダーなんだから、走りの相手がいなけりゃレースにならねえ」

暴走族の内部は、さらに混迷を極めて荒れていた。どうやら、誰がこの一大レースに出馬するかで議論が交わされているようだ。明言は避けているが、どうやら誰もレースには出たくないらしい。そらそうだよな。勝負に負けたら仲間たちから総スカンだもんな。

大事なレースができないとあっちゃ、ケジメがつかないからな。うんうん。その調子で大いにもめててくれ。この隙に俺たちは退散させていただきますんで。じゃ、そういうことで。

「あいつらにやらせればいいんじゃないか。周防さんの知り合いっていう、2人によう」

「そうだな。元々、あいつらが来たから、周防さんがチーム抜けるなんて言い始めたんだ。本来なら全員でリンチにしてやりてぇところだが、チキンレース受けるってんなら、行かして帰してやってもいいよな」

よからぬセリフが背後から聞こえ、イヤな汗を流しながら俺と佐々木はふり返る。聞こえないふりをきめこんでいたかったんだが……。

振り返ると、凶悪な目つきをしたミニ暴力団が、群でこっちを睨んでいた。

 

 

10人ほどの暴走族たちが、突き刺すような目線を俺に注いでいる。隣に諸悪の元凶である佐々木もいるのに、みんなこぞって俺を見ている。そりゃそうだ。どう見ても佐々木は小柄でボーイッシュな普通の女の子。こういう場合、見つめられるのは男っぽい男だと相場がきまっているもんだ。

「谷ちゃん、覚悟きめろや」

テンパの彼が俺の肩を叩いた。ダメだ。こいつら全員、本気だ。とてもじゃないが逃げられそうにない。

久しぶりの絶体絶命だ。背中に悪寒が走る。

わずかな期待をこめ、暴走族たちの壁のむこうにいる周防へアイコンタクトを送るが、どうやらおれのサインも彼女には届かなかったようだ。

「────私が勝てば……私はチームを抜ける────谷口さん……手加減は無用────」

しかも俺がチームのリーダー役かよ。

「もし手抜きなんてしてみろ。谷ちゃん、どうなるか分かってんだろうな?」

ああ、うん。分かった。分からないけど、たぶん分かったと思う。だからそんなに睨まないで。

もし俺が周防に負けたりしたら、怒り狂ったキレやすい最近の若者たちに集団暴行されかねないな……。なんでこんな憂き目に……。

「谷口さん。がんばってください。ここが正念場です!」

俺の背後にピッタリ隠れて佐々木がエールを送ってくる。誰のせいで正念場をむかえていると思ってるんだこの野郎……。

俺の代わりにこいつをギャングに差し出してトンヅラしたかったが、もうそんなエスケープが通じる状況でもないようだ。

なんで俺ばっかりこんな目に……。

 

 

 

 ~つづく~


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