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夏休みが始まり数日経ったある日のこと。
午前八時半。
僕はSOS団お馴染みの待ち合わせ場所にいた。蒼穹に浮かぶ真夏の太陽は、まだ朝だと言うのに灼熱の光を惜しみなく地上に降り注いでいる。
今日は言わずと知れた恒例の不思議探索の日。いつもと違うのは虫取り網と虫かごを持っていることだ。
本日は涼宮さんの思いつきで、近所の公園でカブト狩をすることになったのだ。
なんでも、レアな大物を見つけてオークションで売りさばき、SOS団の今後のイベント資金にするつもりらしい。
こんなところにレアな大物がいるとは思えないが、涼宮さんのことだからそれはきっと上辺だけで、単に皆で虫取りを楽しみたいだけだろう。
それにしても、七月は色んなことがあったな。SOS団としての活動でという意味ではなく、個人的な意味で。
長門さんをかき氷屋に誘ってから、彼女とは随分話す機会が増えた。喜ばしいことだ。
二度目に誘った時なんかは7杯もおかわりして店主を驚愕させていたっけ。
なんてことをぐだぐだ考えていたら、小さな人影がこちらに近づくのが見えた。逆光でよく見えないが短い髪が
微風で揺れてるのが辛うじてわかるから、あれは長門さんだろう。僕はいつものスマイルで挨拶しようと片手を挙げようとしたが、出来なかった。
何故か。夏休みでも滅多に私服を着ない長門さんが、今日に限って白いシフォンのワンピースにデニムのベストを羽織り、手には小さな篭バックをちょこんともって、女の子らしさ抜群のファッションでやってきたからだ。
夏特有の湿気を多く含んだ熱風がスカートの裾をひらひらと靡かせ、彼女の白い太腿を露にする。



暫く見とれてしまった。ここに彼か涼宮さんがいれば、よくお似合いですよ思わず後ろから抱きしめてアイラブユーと囁きたくなりますね。とかなんとかキザったらしいことをさらっと言えたんだろうが、今の僕にはそんな余裕がない。
・・・
結局、
「…おはようございます。今日もとても暑いですね」
としか言えなかった。情けない。

「じーーーー」
長門さんがこちらをじーっと見つめている。何でしょうか・・・というか何故上目使い?
「似合う?」
ええ、とても。
「そう」
はい。
「じーーーー」
まだ何かあるんでしょうか・・・いい加減その視線から解放されたいのですが。
「…男は上目使いに弱いもの」
ニヤリ

ちょっ誰ですかそんなこと長門さんに吹き込んだアンチクショーは?!
「…さっきコンビニで雑誌を立ち読みしてきた」

すっかり今時の女の子なんですね・・・
妙な汗をかいてしまった。やれやれ
ああそれにしても皆さん遅いですね。あと五分で九時に「彼と涼宮ハルヒは勉強会。朝比奈みくるは熱中症。虫の息状態」
…マジですか
「まじ」

勉強会か。二人が仲良くやっているならそれ以上の望みはない。彼が早く涼宮さんに告白してくれたら荷がおりるんだけど…でも…

虫かごと網を持ってカブト狩りスタイルの僕はどうしたらいいんだろう…ドタキャンにも程があるだろう。

てか虫の息って…ほっといていいんですかそれって

「私達は団員。二人きりでも探索は可能。まずは…」
すると、長門さんはどこからか虫取りあみをとりだして言った。
「カブト狩り」


僕と長門さんは公園の林にいた。というか長門さん、その格好でカブト狩りはちょっと…動きにくそうですし、
せっかくのお洋服が汚れてしまいますよ?
「ノープロブレム。問題ない」
ルー大柴ですか、あなたは…
「…狙うのはクワガタ」
…カブト狩りじゃないんですか。

長門さんは無言で奥の方へ探しにいった。ほっといてもいいだろう。とりあえず僕は近場を探すか…

…中々見つからない。そもそもこんなところにクワガタなんて…
『ああからからからまわりー男と女ってーいつーの世もおおお愛ーしくてー愛ーしくて~にーくーきゅうぼじょおおおお』
なんともマニアックな着信音が鳴り響き、画面を見ると、長門さんからだった。
ピッ
はい古泉で
「クワガタを発見した。早急に来られたし」
ブチッ
ツー
ツー
ツー

誰かを激しく彷彿させるような強引さで一方的に切られた。来られたしと言われても…どこにいるのかわかりませ…
ああご丁寧に木の幹に赤い印が。

矢印に誘導されて辿り着くと、長門さんはじっと木の上の方を凝視していた。
「あの上にいるんですか?あそこは僕でも届きませんね。」
梯子でも持ってくればよかったな。そうだ、情報操作で梯子を構成してはどうです?虫取り網みたいに。
「梯子では足場が不安定。肩車を推薦する」
肩車ですか。しかしスカートでその行為は僕の精神が不安定になる。非常によろしくない。
「じーーーー」
長門さんの視線攻撃再び。結構キツイです。
「じーーーー」
・・・どうしよう。断ろうにも言い訳が思いつかない・・・

カサカサっと近くの茂みが揺れた。誰かいるのかな?長門さんの視線攻撃から逃れようと、音がしたほうを振り向こうとした途端…
「…早くしないとクワガタが逃げる」
長門さんは僕にひざかっくんをかまして強引に肩にまたがった。心の準備ってもんが必要なのであっていきなりはちょっと…
と言うか、何で僕はこんなに動揺してるんだ?相手は統合思念体とか言う得体の知れない情報生命体から生まれた宇宙人だ。
変に意識するほうがおかしいんじゃないか。それに、他のSSじゃ身ぐるみ剥がされたり一つのベッドで寝てるんだ。
それと比べれば全然大したことない。もちつけ僕。ビークールだ。
「それでいい」
満足気に言う長門さん。心なしか楽しそうな声色だ。・・・僕の顔が熱いのは暑さのせいだろう。うん、きっとそうだ。

腹を決めて肩車をしたのは良いものの、結局届かなかった。高い所が好きなんですかね、クワガタって。
「これは諦めたほうが良さそうですね。他のを探しましょう」
「……諦めるのはまだ早い。諦めたらそこで試合終了」
…天下のジャンプは宇宙人にも愛読されているらしいですよ。僕も好きですけどね。
長門さんがボソボソ何か呟いた。すると、虫取り網はにょいぼうのごとくびょいーんと伸び、クワガタを見事にキャッチした。
「取った」
その手がありましたか。ところで長門さん?
「何」
始めからそうすればよかったんじゃ…
「気にしたら負け」
…そうですか。
長門さんは僕の肩から降りると、捕まえたクワガタを手のひらに乗せてじっと眺めている。ペットにするつもりらしい。
確かに虫ならマンションで飼っていても問題ない。
「かわいい」
そう言って指でつっついたりして遊んでいる。TFEIにも母性というものがあるのだろうか。クワガタと戯れる彼女の表情は相変わらず何の色も浮かんでいないが、
安らかでとても楽しそうに思えた。そんな彼女を見ていると、不思議と穏やかな心になる自分に気付いた。
喉の奥がきゅっと締め付けられるような、何ともいえない胸騒ぎを感じた。

 

林から抜けると、時刻は午前11時過ぎだった。朝は誰もいなかった公園には家族連れやら若いカップルで賑わっている。
ちょっと早い気もしますが、小腹も空いてきたことですし、どこかで昼食でも…
「弁当を作ってきた」
長門さんは大きな風呂敷を小さな籠バッグから取り出した。それは四次元ポケットか何かですか?
その質問には答えずに、彼女は近くのベンチに座り、風呂敷の結び目を解き始めた。此処で食べるんですね。
丁度木の陰で風通しも良く、とくに文句はないな。と僕も長門さんにならって隣に腰を掛けた。
風呂敷を解くと、何故か土鍋と白いご飯だけ入った弁当箱が現れた。
土鍋を開けると中身はほかほかのカレーだった。しかもカレーの具には透明でにゅるっとしたものが…
「凄いですね。これは夜に作ったんですか?いや、そうじゃなくて。何でカレーにのシラタキが入ってるんですか?!」
「昨日作って一晩寝かせた。いつぞやのすき焼きの時のシラタキが余ったのっていたので混ぜてみた」
はぁ、なるほど。確かに一杯入ってますね、シラタキ。そんなに買った覚えはないのですが。これは嫌がらせと判断しておKですか?
「何と言うか、他にもシラタキを使った料理ならあると思うのですが」
「新しい料理に挑戦してみたかった」

チャレンジャー精神は素晴らしいと思いますが、もうちょっとマシな料理は思いつかなかったのだろうか。
長門さんは土鍋のカレーの中にご飯を入れ、混ぜ始めた。絡み合うカレーのルーと白米、そしてシラタキ。シラタキとカレーのお世辞でも華麗とは言えないコラボレーションに突っ込む前に、まず弁当にカレーってこと自体どうなんだ。
なんて僕が考えてることなんて知る由も無い彼女は、平然とスプーンを取り出し渡してくれた。
まぁ仕方ないか。長門さんに一般人の常識を強要出来ないし。なるべくシラタキを避けて…
「はい」
はい、って…ちょっと、またそれですか。長門さんはご親切にもカレーを乗せた自分のスプーンを、僕の口元に突き出している。
「食べて」
前回と全く同じシチュエーションだ。しかし此処には助けを求める相手もいない。しかも、前回は拒否して彼女の逆鱗に触れてしまっている。
もし、今回も断ったら間違いなくシラタキ爆弾が直接僕の口内に投下されるだろう。恥に打ち勝て。それを乗り越えて一回り大きくなるんだ一樹。
「…頂きます」
「おいしい?」
「あつっ…カレー自体の味は最高れすよ。シラタキは要らないれすけど。れも次は冷ましてからにしてもらえると、嬉ひいれす。あち、舌火傷した」
「そう。よかった」
長門さんは箸を置き、僕が食べ終わるのを待った。そして、
「次はあなた」
は?
「あなたが私に食べさせる番」
…………
「だめ?」(上目使いで小首かしげ)
「うっ…だめ…なわけないじゃないですか!(その目は反則だ………)」
「では、はいどうぞ…」
「きちんと冷ましてから」
…な!?
「早くして。でないと熱々のシラタキ爆撃をあなたの口内に連続投下する」
…立場弱いな、僕。
かくして、僕と長門さんはどこぞのバカップルのようにふーふーしてあーんし合っている。て言うかあーんし合ってるって…他にマシな表現はなかったのか。
ああ痛い。周囲の視線が体に突き刺さるようだ。いっそ情報連結解除されたい。この世に一片のDNAも残さず消え去りたい。

「まぁあなた、あんなところに若いカップルが」
「ああ」
「2人だけの世界に入って周囲が見えないのねぇ。若さ故の過ちって言うのかしら?若い頃は
街中であなたにディープなキスをせがんで困らせたこともあったわねぇ」
「ああ」
「さっきから『ああ』としか言ってないじゃないの。やる気あんのあんた?誰が好き好んで婆の変装までしてあんたとアベックやるかぁ!!」
「ちょっ、待て。正体がばれる」
「はっ?!いけないいけない。取り乱してしまったわ」
「どうやら気づかれていないようですな」
老夫婦(?)はこそこそとその場を立ち去った。

どこかで見たことがあるような老夫婦が揉み合ってるみたいだが、気にしないことにしよう。
それにしても長門さん。全然恥ずかしくないんですね。
無邪気と言うか世間知らずと言うか…まぁそこが可愛かったりもするんですが。


恥ずかし過ぎて味がほとんどわからなかった昼食を終え、長門さんの希望で図書館へ行くことになった。
その途中、長門さんはさっき首からさげた先程捕まえたクワガタが入っている虫かごを見ながら言った。

「…名前をつけた」
ほう、何ですか?
「いっちゃん」
…ドキッ
ん?ドキッて何だ。宇宙人に何ときめいてんだ俺…じゃなくて僕。『いっちゃん』なんて平凡な名前、僕に由来してるわけないじゃないか。
「…そ、それは…何故そのような名前に?」
だめだ。動揺を隠しきれない。
「…一番苦労してるのに報われなくても、二期の活躍場面が少なくても、世間からガチホモ扱いされ腐女子の妄想の糧にされても強く逞しく生き抜いてほしいから」



なんでだろ、目から食塩水が…グスン

 

図書館に到着するや否や、長門さんはSF系の本が並ぶ棚に吸い込まれるようにフラフラと歩いていった。
そんな彼女の背中を見送った後、取りあえず僕は趣味であるミステリ系小説が並ぶコーナーに
足を運び、その中から適当に本を引っこ抜いた。面白いかどうかはわからないが暇つぶしにはなるかと思って。
入り口付近のソファーに腰をかけぱらぱらと頁をめくった。暫くすると、彼女は広辞苑並みの本を持って僕の隣に
座った。彼女は黙々と本を読み耽っている。読書の虫という表現は彼まさに彼女のことだろう。
僕はというと、大して真剣に読む気になれず、長ったらしい情景描写などはすっ飛ばして会話を中心に読んでいた。
少々疲れたというのもあるし、何よりミステリで頭を悩ますよりも現実で懸案すべき事項があったからだ。
…疲れたな。精神的な意味で。いつもと違う長門さん……… 変に意識してしまう・・・・・・・





……しまった寝てしまった。
「……起きた?」
長門さんの声が上の方から聞こえた。
はいすいませんつい寝て……ん?上から?そう言えば何だか顔半分が妙に柔らかいような・・・
「ってうわああああああ!!!!!1」
僕はゴムボールみたいに勢いよく飛び上がり、長門さんから離れた。周囲の冷たい視線を感じる。此処が図書館だということを忘れてた。
「…静かにして」
長門さんに言われた。うう……
「僕としたことが、つい取り乱してしまいました。まさか長門さんの膝を枕にしていたなんて思わなくて…」
動揺を隠そうといつも笑顔取り付けて言った。様になってる自信は…ない
今更キャラ戻しても遅いぞ一樹。

「…私は平気」
何て言うか…本当にすいませんでした。いくら寝ていたからとはいえ、あのような無粋な行為を・・・
「…あなたが謝る必要はない。あなたの身長から推察し、ソファーの背もたれでは首を痛めると判断した。
よって膝枕が妥当と考え実行した。私の独断」


そうだったんですか…長門さん自ら膝枕を…おさまったはずの心臓が再び暴れだす。耳まで熱くなるのがわかる。
やばいな…夏の暑さのせいなのか?これは……
「そろそろ暗くなる頃ですし、帰りましょうか」
平静を装って話しかける。これ以上彼女の側にいてはだめだ。心臓がもたない。古泉一樹崩壊の危機だ。いや、もう崩壊してるか。
「まだ15時」
あ………
「夏の日没の平均は19時前後」
………
「…次はカラオケ」
まだ行くんですか!
「カラオケ」
はい…

カラオケにて


はあ…すっかり長門さんのペースにはまってしまった。何だか涼宮さんに似てきたような‥
取りあえずさっき注文したウーロン茶で喉の渇きを癒そう。

ピッ

ああ歌うんですか長門さん。長門さんはどんな曲を歌うんだろう。意外と渋く演歌だったりして。いやそれはないか。
あ、始まった。……え…これは………
♪チャラチャラ~
『桃色の片思~い恋して~るマージマジーと見ーつめて~るチ~ラチラッて目~が合え~ば胸がキュルルン♪』
ズーッ…ああ涼宮さんと言えば彼と今頃何してるんだろう。実は勉強会と称して男女の体の神秘についてお勉強なんて・・・
『片思いらしい片思いなんてはじめてしちゃいま~す♪』
ズーッ…いやいや僕はこんなこと言うキャラじゃないけして違うぞ谷口君じゃあるまいしそんなことは……
『♪』
ズーッ…断じて…ない、わけで…その……
『♪』
…スーッ、あれもうないや。おやっさーんもう一杯。
…すいません、現実逃避してました。状況を説明しますと…
『♪』
…長門さんが歌ってます。見りゃわかる、そらそうですね。
『♪』
…長門さんがあややの桃色片思いを
『♪』
…上目使いで、ターゲットロックオン!みたいな感じで瞬き一つしないで僕を見ながら
『♪』
熱唱しています。
……はぁ…何の拷問だろう、これ。何か悪いことしたかな…僕。視線を反らしても反らしてもとしてもすぐに目が合う。
狙った獲物は放さない!みたいな気迫を感じる。

『♪~~間奏~~♪』


長門さん…
「何」
……何でこんなに顔が近いんですか?
「……嫌?」
……嫌って言うか…プレッシャーというか物凄く緊張します‥
「…あなたはおかしい。あなたはいつも彼に息がかかるほど近くで囁き、腐女子達の妄想を助長している。されるよりスルほうがいいの?」

えええええええ?!!何でそうなるの?!断じて違います!!!!そんな趣味はありません!ないったらないんです!
一部による勝手きまわりない妄想で…って誰だ長門さんに余計な知識を吹き込んだのは!!
出てこい!ふんもっふ、セカンドレイド、させさせなさせを遥かに凌駕する新・必・殺・技をその身体に刻みつけてやr
「ネサフをしてたら見つけた」

……悪いインターネットに毒されないで下さい。

『ジャン♪』

「…終わった」

ようやく終わりましたか。いや、歌は上手いんですが…内容とパフォーマンスが、ね。
「失礼ですが色々と限界なんでちょっと御手洗いに…」
「小さいほう?それとも…」
ふぐっ!!!ドアに鼻ぶつけた!!痛っ!!そしてダサ!!
「ちっ違いまふ!!……すぐ戻りますので!!」
痛む鼻をおさえながら逃げるようにその場から立ち去った。


トイレにて


だめだ。本当に限界だった。これ以上あそこにいたらどうなるか…いや、長門さんが言った意味とは違います。
それはガチですホモじゃないです。一体どうしたんだろう?今日の長門さんは明らかにいつもと違う。
元から無表情のため表情と行動のギャップが激しい人だが、今回は異常だ。お陰で終始心臓が落ち着かない。
働き過ぎで明日には止まるんじゃないかとさえ思う。あれ、おかしいのは僕のほうかもしれないな。うーんどうしたものか。
トイレの外から聞いたことがあるような声が聞こえ、我に返った。まぁ市内のカラオケなんだから知り合いが来ていてもおかしくないか。
おっと、あんまり長居してはいけないな。
「大きいほうちゃんと出た?」
なんて聞かれたくないし。言わせたくないし。
奥の個室でゴトっと何か落としたような音が聞こえたが、気にしないでおこう。
僕は小走りで部屋に戻った。

 
部屋に戻ると長門さんはうつ向いてじっと座っていた。てっきりノリノリで歌ってるかと思っていたから意外だった。
「すみません。ちょっと道に迷ってしまいまして」僕はいつもの0円スマイルを浮かべ言った。
「うそつき」
…え?
「すぐ帰ってくると思っておかしも食べずに待ってたのに」
…別におかしは食べててもいいんですよ?
「ひどい」
長門さん……
「もうしらない」
カラオケ本とリモコンを持って部屋の隅に移動し体育座りする長門さん。表情はわからないが、細い肩が小さく震えている。

何だかよくわからないけど、悲しませてしまったようだ。理由はどうであれ、女性を泣かせるなんて男の恥だ。
相手が長門さんだからってわけじゃ……ケホン
「本当にすいませんでした。何だったら一緒にデュエットしませんか?せっかく二人きりで来たんですから」
長門さんの肩に優しく手を置き、微笑む。お願いします、機嫌直してください
「許す」
結構あっさり許してくれた。ふう。よかった。もしかしてさっきのは演技か?
「ところで何を歌いますか?デュエットと言えばてんとう虫のサンバが定番で」
ピッ
え?もう決めたんですか?ひょっとして入力済みだったとか…
「あなたがメイン。ダンス付」
ダンスですか?…なんか嫌な予感が…
♪チャラチャラチャラッチャーラララーラー♪
…やっぱりこれか。僕の持ち歌って結構恥ずかしいんですけど。
「セリフも入れて」
仕方ない。此処には長門さん以外誰もいないんだ。ええい、もうやけだ。
「どこから説明しましょーかぁああ♪」


燃え尽きた…燃え尽きたよ…真っ白にな・・・
今の僕にはそのセリフがぴったりだ。最初は嫌々だったが、途中で、しかもかなり良いタイミングで
「古泉最高!!」とか「キモカッコイイ!」とか暖かい声援をくれたので、ついついテンションが上がって熱唱&熱演してしまった。
ちなみに朝比奈さんのセリフは長門さんが音声コピーして真似てして
くれた。
他にも色んな曲を歌った。ほぼアニソン三昧だったけど。日本のアニメは宇宙人にも好評らしいですよ。

気付いたらもうすぐ午後6時近になるところだった。三時間もあの箱の中にいたのか。恐るべしアニソンパワー。


夕飯は僕の奢りでちょっと小洒落たレストランで済ませた。中々美味でした。
「さて、夕食も頂いたことですし、そろそろ帰りま」「次はスポーツジム」
今食べたばかりじゃないですか!

「じーーーー」
…また上目遣い攻撃ですか。二度も同じ手で絆されると思ったら大間違いだ!男を見せてやる!!
「おいこらてめいい加減にしやがr…」
「じーーーー」(上目遣い+瞳を潤ませ)
…がっつーーーーーん
「行きましょう…スポーツジム…」
古泉一樹、完敗です。


スポーツジムの後はボーリング、ゲームセンターを回った(どれも長門さんが最高得点だった)。身心共に疲れたけど、いつもと違う長門さんも見れたし、まぁいいか。
てかカブト狩りを抜かせばこれってどっから見てもデートじゃね?と今更つっこみたくなった。本当に今更だよな。
最後にスーパーに入り、クワガタの餌と花火を買った。


時刻はあと数分で日付が変わるところだ。今日はほとんど長門さんと過ごしたんだな。名残惜しい気もするが、もう帰らないと。
彼女も満足したのか、何も言わなかった。暫く僕らは無言で歩いていた。見上げた夜空には数えるほどしかない星がちらばっている。
大して情動ある景色でもないのに、今日は特別に思えた。長門さんがいるからだろうか。忘れかけていた胸のモヤモヤが再びうごめく。
長門さんのマンションの近くの公園まで来ていた。
「やりましょうか。花火」
「やる」

赤、緑、黄色…様々な光が彼女の顔を照らしていく。ビー玉みたいに無機質だった瞳には生き生きした光を宿している。
今時の女の子みたくキャーキャー騒ぐわけでもなく、くるくる色を変える花火を静かに見つめる彼女を、僕は暖かい気持ちで眺めていた。

「楽しかった?」
ふいに長門さんが話しかけてきた。
ええ。とても濃密な一日でした。忘れたくても忘れられそうにない、素敵な時間でしたよ。
「あなたはどうですか?」
長門さんはゆっくりと顔を上げポツリと言った。
「…楽しかった。とっても」
誰が見てもはっきりわかるくらい優しい笑顔で。
身体中にビリビリ電気が走った。


「あなたに言いたいことがある」
彼女は澄んだ声で言った。液体ヘリウムみたいな瞳が真っ直ぐ僕を捕らえる。
僕はその瞳に吸い寄せられるように彼女に近づきそして・・・・・・
…「っくしゅん」
ガサガサッ

・・・いやな予感が
・・・
「ちょっとみくるちゃん!せっかく良いところだったのにぃ!!」
「おいこらハルヒ、でっかい声出すなって!バレちまうだろうが!」
「キョン君の声が一番大きいです~」
バサッ
「あ………」
「…………」

公園の茂みを掻き分けると、そこには、涼宮さん、朝比奈さん、彼の三人が揉み合っていました。
それぞれレコーダー、カメラ、デジカメ持参して。
しかも夏なのにコートにグラサン姿という、怪しいを具現化したようないでたちでお出ましだ。
まぁなんとなく付けられてるのは薄々感づいていたんだけども。
「ふぇ~ばれちゃいました~」
「ばれたか」
「ちぇっあと少しだったのに」
まぁ聞かなくてもわかるが、一応聞いておこう。
「そこで何をしてるんですか。夜の散歩にしては不審すぎる格好のようですが」
「あー…バレちゃったもんは仕方ないわねっ。あたしは団長なんだから団員の幸せを見守る義務があるの。
だから古泉君と有希の幸せを後世に伝えるために記録を残そうと…」
「見守るって言うか色々口出ししてたけどな。カラオケはお前が吹き込んだんだろ。あ、安心しろ全部録音しといたぞ」
「いいじゃないのよ。おかげで可愛い有希とキモ・・・面白い古泉君も見れたことだしさ。あ、安心して全部ビデオに撮ったから」
どこらへんに安心すればいいんだろう・・・キモイのは否めませんが・・・
「そうですよね~長門さんとっても可愛かったです。写メもいっぱい撮っておきました~。あ、そういえば古泉君の
ダンスもとってもキモ・・・いえカッコよかったですよ?あ、安心してください、さすがに写メに残したくありませんでしたから~」
思い出したかのように付け足さなくてもいいですよ。そして全くフォローになってませんから。
「よかったなキモ泉。じゃなかった小泉。みんなから褒められて」
そんなにキモかったんですか・・・そのキモチは十分過ぎるくらい伝わりました。それこそ痛いくらいに。あと名前間違ってます。
長門さんは黙ってこちらを見つめている。
「長門さん、これは一体・・・」
「・・・・私は彼らに応援してもらった。その見返りとして影ながら同行させることになった」
そういうことですか。まぁ長門さんに免じて許すことにしましょう。
「ま、そーいうことだから、後は2人でごゆっくり~」
そそくさと退散しようとする涼宮さん達。
はいちょっと待て。
「そのデジカメとレコーダーとカメラはこちらに渡してもらえませんか」
「だっだめよ!これはSOS団の活動記録として末代まで残すんだから!!」
やっぱりだめか。仕方ない、こうなったら
「では、交換条件と言うのはどうでしょう?」
「ふぅ~ん・・・まぁ条件によっては納得してあげないこともないわね」
「流石は涼宮さん、話が通じますね。では、此処では言いづらいので奥へ・・・」
「何よ。変なことして脅そうったってそうはいかないわよ」
「古泉、何のつもりだ」
「・・・・・・」
「心配しなくても大丈夫です。すぐ戻りますので」
・・・・・
・・・・・
「で?その条件ってのは何なの?」
「実はですね・・・・・・・・・・・・・と言うわけなんです。如何でしょう。悪くない条件だと思うんですが」
「・・・・・それ、ほんとに?」
「ええ、本当です。神に誓って」
「わ・・わかったわ。でも、それどうやって手に入れたの?」
「とある筋から、ってことでいいじゃないですか」
「ふぅん・・・・ま、いいわ。それじゃ・・・アレ、絶対だからね!約束破ったら針千本どころか100万本飲ませてやるんだから!
あと有希を泣かせたら許さないわよ」
軽く舌を出して彼らの所へ駆けて行った。
録音機の類を渡してもらい、フィルムやテープを確認してから彼らを見送った。
あとで森さんに電話して例のものを取り寄せてもらわないと。彼の秘蔵写真の数々を。

 

騒がしい彼らが去って、夜中の公園に再び静寂が訪れた。
ドクン
鞭で打たれたみたいに心臓が飛び上がる。
やっぱりそうだ。夏の暑さのせいじゃない。
僕は気づいてしまった。いや前から薄々感じていたが、気付かないふりをしてきたんだ。
TFEIだろうがなんだろうが関係ない。僕にとって彼女は、長門有希は長門有希でしかない。世界中のどこを探しても
長門有希という少女は一人しかいない…

「もう夜も遅いですし、そろそろ帰りましょうか」
「そのほうがいい」

僕は片手を差し出した。彼女はひんやりした手でその手を取った。
その時僕は感じた。この小さな掌の中に僕の幸せはあると……
その幸せをずっとずっと感じていられるように、僕は彼女の手を強く握った。


Fin

 

 

おまけ

ガサガサッ
誰もいなくなったはずの公園から何やら物音がする。
「あ゛ー苦しかった。涼宮ハルヒ達が見つかった時にはこっちもバレやしないかって冷や汗かいちゃったわ。
って新川あああ!!いつまでひっついてんのよ。とっとと離れろでないとマジで殴るぞ5秒前『バコン』」
「ぐお!!…すまない(5秒経ってない…でも森のパンチ最高ハァハァ)『ドカッバキッドコッ』ふぐぁ!」
「ふん、汚らわしいわね。まぁいいわ、あんたは三日くらいそこで寝てなさい」
「それにしても、古泉も案外やるわね。あの無表情・無感動・無感情の3ナッシングのTFEI長門有希と
デートなんて。しかもあんなにデレデレしちゃって。いつもはすまし顔で『困ったものです』とか言ってるけどあんたのほうがよっぽど
困ったちゃんだわ。取り合えずイチャイチャ写真は次の定期報告の時に提出しなきゃね」
ピロリロン♪
「あら電話…古泉から?…ああもしもし古泉?あんた今日長門有希とデートしてたでしょ。…いつからって最初からいたわよ。
って言うかあんた家まで送って何もせずに帰ったの?馬鹿じゃないの。そういうときは勢いに任せて襲うのが男でしょうが。
何、彼の秘蔵写真?ないわよそんなもん。涼宮ハルヒと約束したから破ったら死ぬって…あ、切れた。しょうがないわねぇ」
「ほら、新川行くわよ。いつまで寝てる気よ。ったくあのガキがまた余計なことしてくれちゃったから仕事が増えたじゃないのよ」
文句を言いながらも、森園生はどこか楽しそうな表情で、伸びたままの新川を引き摺って帰路に着いた。


「ふふっ…面白いもの見せてもらいましたよ?長門さん」
新たに人影が現れた。緩くウェーブがかった髪を揺らし、少女は笑みをこぼした。
「長門さんたら、私がずっと付けていたのにも気づかないなんて。人間ごときにうつつを抜かしているからですよ」
彼女はさも可笑しそうに顔を歪めた。
「九月の生徒会新聞が楽しみですね」
少女は軽い足取りで、月光に照らされた帰り道を歩いて行った。

おしまい

 

 

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