俺の名は谷口。探偵さ。泣く子も黙る自営業者だ。自営業! イエイ、自営業! ヘイ、カモッ! エイエイエイ!
と、一人でテンション上げてなんだか分からないことを言ってみたとしても、どこの団体からも保障を受けることのできない一匹狼。それが俺、私立探偵さ!
いかん。変な勢いでテンション上がった挙句、愚痴っぽくなってきた。俺らしくもない。


梅雨も上がってカラリと晴れた青空が頭上に広がる季節になりました。暑い。ああ、暑い。まるで空にぽっかり開いた天国への穴みたいな太陽が、しゅわしゅわと俺の体から水分を奪っていく。やめろよ、返せよ。なにすんだよ。
とにかく水分を補給しようと、俺は乾いたのどをゼーゼー言わせながら、近所のスーパーマーケットに入った。さすがにここは涼しいや。文明ばんざい。
とりあえず数日暮らすために必要な分の食料と、あと水分を購入した。スポーツドリンクだ。スポーツドリンクで水分と塩分を補給するんだ。
餌付けされた犬のような従順さでカウンターのねえちゃんに代金を支払うと、ケバい化粧のねえちゃんは薄っぺらいスベスベ手触りの紙を一枚くれた。これってひょっとしてラブレター? いやん。モテる男は辛いねえ。
しかし、よく見るとそれはくじ引きの券だった。なんでもこれを1枚持って店の外にある特設ステージに行くと、そこに備え付けられているガラガラ抽選器を一回だけガラガラする権利が与えられるらしい。
うっそ、マジで!? 俺あのガラガラマシーン大好きなのよ。玉が出てこなくてもいいから、一生グルグル回していたいくらい好きなんだ。そりゃもう、フェチかってくらいに。こいつはラッキーだぜ。
だからもしも外れ玉が出ても、全然ガッカリしたりはしないのさ。なんせ俺はガラガラするのが目的であの抽選器を回すわけであって、豪華景品がほしいからガラガラするんじゃないんだ。本当だぜ?
残念賞の赤の玉が出ようが、一等賞の金の色が出ようが、俺はこのレバーを無心で回せれば満足なのさ。
でもほら。せっかく回すわけだからさ、どうせなら赤の玉よりも金の玉が出た方がよくない? まあ、あくまでついでだけどね。

うおおぉぉぉ、出ろや金玉ッ!!
「お、お客さん、そんなに乱暴に回さないでください。ゆっくり回しても出ますから」
うるさい黙れ角刈り店員。俺は今、ここ数ヶ月間でもなかったほどに集中しているんだ! 最高にハイってやつさ!
カラン、と音を立てて玉が転がり出た。これは…
「お、大当たり! 出ました金の玉! 一等賞です!」
俺の健闘をたたえるように受付の係員がベルを鳴らした。ふっ。見たか。これが、無心の勝利ってやつさ。

 

 

そんなわけで俺は2泊3日の、北高ヶ浜海岸の旅の目録を手に入れたのだった。
ここのところ不運つづきだったが、やはり人生谷ありゃ山あるさ。悪いことがあったら、今度はいいことがある。そういうもんなんだ。
パンフレットを見る限りでは、北高ヶ浜という海岸はとても美しい水平線が自慢の観光名所らしい。観光名所という場所は人が集まってさわがしいから俺は普段から敬遠しているが、たまにはこういう場所に行って羽を伸ばすのもいいかもしれない。
名所になるのも、なにか素晴らしく人を惹きつける根拠があってのことだろうし。面白そうじゃん。ここのところ本業もヒマを持て余していたところだし。
しかし、ただ一つ。考えねばならない懸案事項があった。

『豪華・北高ヶ浜海岸ご招待! ペアチケット』

そう。これはペアチケット。つまり、2人用の旅行券なのだ。1人でも行けないことはないと思うが、せっかくのペアチケットなんだから誰かと2人で行きたいね。
いろいろと考えた結果、まず頭に浮かんだのは朝倉涼子だった。理由は簡単だ。「涼子」と「旅行」が似ていたからだ。ちょっとした小粋なパーティージョークっぽくね?
突然のひらめきに俺は感動したね。すばらしいじゃないか。朝倉涼子とペアで観光名所へ旅行できるなんて。しかも今は梅雨のあがった夏まっさかり。そして海辺。何がすばらしいのか、分かるよな?
俺は早速、自分の脳細胞に賞賛の言葉をあたえつつ朝倉涼子の携帯にコールした。前に彼女の依頼を受けた時に番号を聞いていたのさ。トゥルルル、トゥルルル、と耳に心地よいコール音が流れ、朝倉涼子が電話に出た。
そこで焦っちゃ元も子もない。俺は冷静に、今日も暑いね、日本の政治も選挙を前に白熱しているようだね、白熱していると言えば今日も夏らしい暑さだね、
やっぱこんな日は海に行きたいよね、と巧みに話題を転がしつつ、最後に朝倉涼子に本題を切り出した。俺の巧妙な話術で彼女もたちまちカモナマイハウス!
「うん、それ無理」

ごめんねまた今度の機会にでも、と言って朝倉涼子は電話を切った。
仕方ない。うん。ちょうどその日は外せない仕事があるらしいのだ。仕事じゃしょうがないよね。そもそも、学生ならともかく社会人が2泊3日の旅行になんて、計画もなしに突然行けるわけがないし。だからこの結果も、いたしかたないことなのだ。

はあ。どうしようかな。なんかいきなりつまづいてやる気なくしちゃった。萎えたよ。国木田あたりなら誘えば即OKしそうだけど、男と二人で観光名所に泊まりで行くというのも悲しすぎる。
本当にどうしよう。この券、金券ショップにでも売り飛ばそうかな。
「………おじゃまします」
そうだ。例のセキュリティ社会の権化みたいなマンションに住んでるバカップル韓国人男に売り飛ばそうかな。やつは借金がいきなりチャラになったことで、にわか小金持ちになったみたいだし。頼んだらこのペア券、実費の8割くらいの値段で買ってくれるかもしれない。
コンビニで韓国直産キムチを買ってきて、高そうな容器に入れ替えて最高級キムチだと偽りプレゼントしたら、9割超の値段でこの券を買ってくれるかもしれないな。おお、それいいじゃん、俺って頭いい! これは良い案だ!
「………もしもし?」
それにあいつが旅行に行けばその間、やつは探偵業を休業だ。その間に、やつに不当に奪われた客がまた俺の元にやってくるかもしれない!
ちょっと待て。よく考えたら、あいつまだ探偵やってんの? 俺がずっと前からここで探偵やってるって知りながら、まだしつこく探偵やってんの? これって軽く営業妨害じゃない?
んだよ! なんなのあいつ!? 空気読めよキョン! なに恩を仇で返すようなマネしちゃってるの? 朝比奈さんまで騙くらかしてさ。かわいい妹までいるしさ。その上、金持ちかよ? 敵だよ、世の男全員の敵だよ。
借金にまみれて蟹工船にでも乗ってろよ。マジで消えてくんないかな。マジで。
この券をタダでやるから、1時間呼吸運動を止めてくれっていったら止めてくれるかな。無理かな、やっぱ。
「………谷口さん?」
ぅお!? ビ、ビックリした! 誰だ俺の背後でささやくのは!? S子か!? S子なのか!?

「………ノックしても返事がないから上がらせてもらったけど、お邪魔だった?」
ああ、びっくらこいた。長門有希じゃないか。突然現れるんじゃない。ノックくらいしろよ。
「………ノックはした。あなたが邪悪な妄想にふけっていたから、気づかなかっただけ」
邪悪とは失礼な。
しかし、久しぶりだな。1ヶ月以上会ってなかったんじゃないか? お前、アメリカに行ってたんだっけ?
「………そう。アメリカの各地を転々としてきた。5日前まではカリフォルニアのデスバレーにいた。気温は摂氏55度を超えていた。死ぬかと思った」
夏に行くなよ。
「………全長225kmの道のりは苦難の旅路だった。行けども行けども、果ては見えない。車窓にはずっと同じような景色がつづき、まるで自分が延々と同じ場所を走りつづけているかのような錯覚さえも覚えた。
しかし勇壮で力強いデスバレーの大地は、たくさんの感動を私に与えてくれた」
それはいい経験をしたな。死の谷を横断するなんて、なかなか体験できるもんじゃないぜ?
「………正直いうと、5分で飽きたけど」
……そうか。まあ、実際そんなもんかもしれないな。

「………その券、どうしたの?」
これ? ああ。近所の福引で当てたんだよ。でもペアチケットでね。一緒に行く相手もいなかったから、売り飛ばそうと思ってたんだ。
「………こっちの本は?」
それはこの旅行券についてきたパンフレットだよ。普通に本屋で売ってる観光雑誌だけどね。
「………待ち合わせは、どこにする?」
は?
「………私の予定は空いている。2泊3日といわず、10日でも20日でも空いている」
……お前、行きたいのか? でもダメだぜ。俺はこいつを売って生活費の足しにするって決めたんだ。男の決意はデスバレーの岩塩よりも固いんだぜ。
「………いきたいな」
ダメだって。ガキにビーチサイドなんて10年早い。市営プールにでも行ってなさい。
「………J9って知ってるかい。昔、太陽系で粋にあばれまわってたって言うぜ」
「………今も世ん中荒れ放題。ボヤボヤしてると、後ろからバッサリだい。どっちもどっちも、どっちもどっちも…」
う、やばい。こいつが宇宙とかSFとかの話を始めたら、他人の話を聞かず自己完結し始めるんだ…
「………行きたい、行きたい、行きたい生きたい行きたい」
ああ、うるさい! 低音のハスキーボイスで駄々こねるな!
「………久しぶりに行きたい。ジャパンビーチ」
なんか腹たつな、ジャパンビーチって言い方。アメリカ帰りだからって、俺を高いところから見てない?
「………つれてってくれる?」
……わかったよ。ったく。しゃあない。ただし、俺の問いに答えられたらな。

3分間だけ待ってやる!
「………40秒で支度しな」
合格だ。これからは俺のことを兄貴と呼ぶんだぞ。
「………ありがとう、兄貴」

 

 

そんなわけで、俺たちは北高ヶ浜のビーチにやってきた。
いいか、長門。夏の海は危険がいっぱいだ。おっぱいもいっぱいだが、危険もいっぱいだ。俺の作った旅のしおりに従い、安全にバカンスを過ごすのだぞ。
「………わかった、兄貴。ひとまず焼きそば買って」
お前な。俺よりも金持ってるくせして、なぜ俺にたかる。逆じゃない? 舎弟が兄貴分に物を献上するのがスジってもんじゃない?
「………わかった。じゃあ、イカ焼きを買って来る。ゲソでいいよね」
おい、なんで一気に欲望のランクを下げたんだ。そんなにおごるのは嫌か?

俺はコーラを飲みながら砂浜に敷いたシートの上に腰を下ろし、長門の帰りを待っていた。
目の前にはパラダイスが広がっている。色とりどりの水着に身をつつんだヴィーナスたちが、そこかしこをしゃなりしゃなりと歩いたり泳いだりしている。実に良い目の保養である。観光名所がこれほどにまで素晴らしいものであったとは。
しかしよく考えると俺は今、コブつきなんだった。戸籍上のつながりはないが、立場的に考えても俺が保護者で長門が子供。 ナンパなどというものをしてみたい気持ちもあるのだが、子連れでナンパなんてできるはずもない。海辺で拝一刀が、「そこな女人。拙者とともに、冥府魔道の道に堕ちてみぬか?」と女中をくどいたところで、乳母車に乗った大五郎が「ちゃん!」って言ったらナンパなんて成立しないだろ? そんな感じだ。子連れ狼も楽じゃない。 

「谷口? やっぱり。谷口じゃないか!」
絵に描いた餅的な海辺の美女たちの四肢に目を向け、モンスターペアレンツ化してやろうかと画策していると、俺の肩を叩くヤツがいる。こんなところに知り合いなんていないぜ。一体誰だ。
振り返ると、そこにはキムチのパックを片手に持った商売敵、キョンが立っていた。
「お前も北高ヶ浜に来てたのか。奇遇だな」
げ、キョン!? なんでお前がここに!?
「クロスワードの雑誌に投稿したら、この北高ヶ浜へのペア招待券が当たったんだ。いやあ、本当にラッキーだったよ」
ああ、なんてこったい。最高の夏休みになるかと思いきや、こんなところにまで来て会いたくもない人物とテキメンに再会しちまうなんて。
明朗快活にハッハッハと笑い、キョンは割り箸でキムチを食べながら俺の横に腰を下ろした。なんで浜辺まできて素でキムチ食ってんだよ。

「キョンくん、ジュース買ってきたよ。あれ、谷口くんじゃない。こないだはどうも」
こんにちは、今日も良い日和ですね。それにしてもまぶしいあなたの水着姿。お会いできて光栄です、朝比奈さん。
そうか。キョンのヤツ、雑誌で当てたペア招待券で朝比奈さんとここに来たのか。なんて羨ましいんだ。これほどまぶしい朝比奈さんを独り占めして海水浴なんて。殺意すらわいてくる。
「へえ、じゃあ谷口くんもペア券が当たってここに来たんだ。偶然ね」
そうなんスよ、朝比奈さん。できればあなたとだけお会いしたかった。
「………ただいま兄貴」
そこへゲソ焼きを2本手にした長門が帰ってきた。
特に悪気があったわけじゃないが、俺は長門と朝比奈さんを見比べてみた。たとえるならば、朝比奈さんはよく育った松だ。くびれがあり、幹にふくらみがある。出るべきところは出て、ひっこむべきところはひっこんでいる、見れば見るほど味のある最高級の盆栽ってところだな。一方長門は、これはもうどう善意に見積もっても、杉だ。出るとかひっこむとかいう概念など一切無い、ただひたすらまっすぐに上へ上へと伸び続ける杉の木だ。凹凸なんてありゃしない。見たところで何の味もない。潔いという点では評価もできるが。
まあ要するに、一言で言うならばグラマーと幼児体型ということだ。
「その子、谷口の知り合いか?」
違う。舎弟だ。


  ~休暇探偵、谷口② へつづく~


|