キョン「阪中、どうした。今日はなんか元気ないな。具合でも悪いのか?」
阪中「キョンくん…。具合は悪くないんだけど、ちょっと、悲しいことがあったのね」
キョン「ひょっとして、ルソー関係のことか?」
阪中「そう。ルソーのことなのね」
キョン「まさか、また変な病気にかかったとか?」
阪中「ううん、今回は違うのね。ルソーと、お別れすることになっちゃって…」
キョン「お別れってまさか……。そうか、ルソーがな。だが気落ちするなよ。生き物は皆、いつか天に召される時がくるんだ。ルソーだって阪中みたいないい主人にめぐり合えて、きっと幸せな人生を…犬生をまっとうできたはずだ」
阪中「違うのね、キョンくん。ルソーは死んでないよ。ごめんね、変な言い方して。なんていうか、ルソーとは物理的な意味でお別れすることになったのね」
キョン「ってことは、あれか。別居ってことか?」
阪中「そうなのね。阪中家代々の掟で、うちの飼い犬は3歳になったその日に、1年間の里子にださなければいけない決まりになってるのね」
キョン「……なんだその家訓は」
阪中「ルソーが1年間の修行を積んで一回り大きく強く成長するための試練だということは分かってるんだけど、やっぱり私はルソーとお別れするのは辛くて悲しいのね……」
キョン「どこの武道家一家だよ。でも1年経ったらルソーは帰ってくるんだろ? 今は悲しいかもしれないけど、今生の別れってわけじゃないんだ」
阪中「うん。分かってる。一生のお別れになるわけじゃないから、私はルソーを見送らずに学校に来たの。さよならって言ってルソーを送り出したら、本当にお別れしちゃうみたいだものね」
キョン「そうだな。ルソーにとっても、その方がよかったと思うぜ。ルソーと次に会うのは1年後か。どれだけ逞しくなって帰ってくるか、今から楽しみだな」


<<1年後>>

キョン「今日はご機嫌だな、阪中。何かいいことでもあったのか?」
阪中「うん。今日はね、ルソーがうちに帰ってくる日なのね!」
キョン「ああ、そういやお前の家には犬限定の、某国の懲役制度みたいな家訓があったんだったな。あれからもう1年か」
阪中「今日の昼には家に帰ってくるはずだから、今からとても楽しみなのね」
キョン「それじゃ、俺もついでにルソーに会いに行ってもいいか? あの愛らしいルソーがどう成長したのか見てみたい気もするし」
阪中「いいよ。SOS団のみんなにも、ルソーをお出迎えしてあげてほしいのね」

阪中「みんなお待たせ! ルソー連れてきたのね」
古泉「これが成長したルソー氏ですか。実に……健康そうですね」
みくる「……健康そう…あと、強そう…かな?」
ハルヒ「これは惚れ惚れするくらい立派なウェストハイランドホワイトテリアね!」
キョン「……俺はてっきり土佐犬とゴールデンレトリバーのハーフかと思ったよ。ウェストハイランドホワイトテリアって、こんなでかい犬だったのか。知らなかった。ドーベルマンくらいならペディグリーで圧殺できるんじゃないか?」
阪中「ルソー、立派になって。ずっと心配してたけど、元気に成長したあなたの姿が見られて安心したのね」
ルソー「ご心配かけました、阪中さん。それに、SOS団の皆さんも」
ハルヒ「なかなかいい身体してるじゃない。どう? あなたSOS団に入らない?」
キョン「おいおい、犬にまで勧誘かけるなよ」
ルソー「いえ、せっかくのお言葉ですが、辞退させていただきます。自分には、やらねばならないことがありますので」
みくる「やらないといけないこと?」
阪中「阪中家で1年間の修行を終えた犬は、その成果を試すため闘犬の大会へ出場しないといけない決まりなのね」
ルソー「そういうことです。自分は、これからきたる大会へ向けて調整に入らねばなりません」
ハルヒ「ふーん。そういうことなら仕方ないわね。その大会とやら、頑張ってね」
キョン「謎が多いな、阪中家。ところで、その闘犬の大会っていつあるんだ?」
阪中「来週の日曜日なのね」
キョン「そうか。ここに居合わせたのも縁ってやつだ。応援に行くよ」



キョン「……今、何時だ……? 夜中の2時かよ。微妙な時間に目が覚めたもんだ……。どうしよう。ちょっとコンビニにでも行ってくるかな」

キョン「ん? あれは……ルソーか?」

ルソー「キョンさん。どうしたんですか、こんな時間に」
キョン「それはこっちのセリフだ。草木も眠る丑三つ時に、なんでお前が公園のベンチで黄昏てるんだ?」
ルソー「妙に目が冴えて眠れず、夜の散歩としゃれこみたくなる時だってありますよ。犬にだってね」
キョン「そうか。ブラックでよければ、飲むか?」
ルソー「ありがとうございます」

ルソー「キョンさん、唐突にプライバシーに関わるようなことを訊いて申し訳ないのですが、好きな人はいますか?」
キョン「唐突だな。まあ……いると言えば、いる、な」
ルソー「自分にもいますよ。好きな人」
キョン「意外だな。1年前から、そういう色恋沙汰とは無縁なやつだと思っていたんだが」
ルソー「ははは。そうでしょうね。犬と人間の感覚は違いますから」


ルソー「自分はね。元々、捨て犬だったんですよ。ウェストハイランドホワイトテリアなんて立派な犬種に数えられてますがね。どんな犬だって、捨てられる時は捨てられるもんです」
キョン「……そうか」
ルソー「運のいい奴は雑種でも幸せな犬生を送ることができる。反対に運の悪い奴は、どんなに血統書つきの上流階級でも不幸な犬生を送ってしまう」
キョン「お前は、自分が不幸だと思ってるような口ぶりだな」
ルソー「自分は幸せですよ。阪中さんは……あの人はダンボール詰めで川原に捨てられていた、薄汚れた自分を拾ってくれた。それから、まるで最愛の人のように自分を可愛がってくれたんです。優しい人です。自分が悲しい時は一緒に悲しんでくれたし、自分が嬉しい時はまるで自らのことのように一緒に喜んでくれた」
キョン「阪中はそんなやつさ」

ルソー「自分はね。今度の大会で優勝できたら、自分の最愛の人に告白するつもりなんです」
キョン「大きく出たな」
ルソー「自分は、強くなれました。この1年で。1年前までの自分はあの人に守ってもらっているばかりの情けない奴でしたが、今の自分は違う。あの人を守ってあげられるだけの力を手に入れた。それを今度の大会で証明してみたいんです」
キョン「立派な志じゃないか。けっこう好きだぜ。そういうの」
ルソー「ありがとうございます。ずっと胸の奥でつっかえていたんですが、あなたに話したら楽になりました。これで、集中して大会に臨めそうです」
キョン「いいって。頑張れよ。応援してるぜ」
ルソー「では、おやすみなさい」
キョン「ああ」

キョン「……言うようになったじゃないか。あいつ」



  ~ドッグファイト! その②へ続く~


|