ハルヒニートその3『おしゃれをしよう』
学生の頃の涼宮ハルヒは黙って座っている限りでは一美少女高校生であって、当然そのお陰で異性からモテにモテたとは谷口から聞いた話だった。
そして今それが成長してまあ美少女が美女になっていることには間違いないのだが、馬子にも衣装の逆というかなんというか…………。
まあどんな美人でもそれが3日前と同じ下着を履いて、風呂にも入らずぼさぼさの髪を頭の上に乗せて、どてらを羽織って一日中パソコンの前であぐらをかいてるのを見れば、目を当てられないといった表現が適切な事になるわけだ。
この光景を谷口あたりが見たらショックで記憶を失いかねん。いや、そもそもだいぶ見慣れた俺ですら10秒続けて眺めていると頭が痛くなるほどだ。
現在、ハルヒは一日中パソコンにくっついて部屋に引きこもっているという完璧なまでのニートっぷりを発揮している。
無職でしかもひきこもりネット中毒と来たものだから只事ではない。デフレと物価の下落が同時に起こるとやばいというがあれと一緒だ。ハルヒはニートとひきこもりを同時併発させているのだった。
そこで俺は考えた。というか、またしても本屋で立ち読みした『ひきこもり脱却に100の方法』という本で目に付いた項目だが、『おしゃれをすること』という作戦を考案したのだった。
ひきこもりが部屋から出れない理由はなによりその風貌に問題がある。そりゃあ風呂に入らず着替えもせずで外に出なさいと言ってもそれは不可能というもの、それだから必然、自分の姿を鏡で見るたびに外に出る気をなくしてしまうのだという。
だから俺はハルヒに一着服を買ってやることにした。それも外行きの高い服、値段はこの際気にしない、俺は貯金から数万円を下ろして購入資金に当てることにした。
だが一つ問題もあった。そもそもハルヒは家から出ないんだから、一体どうやって服を買わせるんだということだ。
俺が買ってこようにも、女性の好みはよくわからないし、一緒に買い物に行ってくれそうな女の知り合いもいない。
そこで考え付いたのがネット通販だった。
キョン「ハルヒ、お前に服を買ってやる。ネットでどれでもいいから好きな服を上下一着ずつ選んでくれ」
ハルヒ「な、なに? どうしたのよ急に……」
キョン「なに、俺からハルヒへの誕生日プレゼントだ」
ハルヒ「あたしの誕生日もう半年前なんだけど……」
キョン「去年の分、もしくは来年の分ってことでもいい。とにかく選んでくれ、金は気にしなくていいから」
ハルヒ「ほ、本当に……? わかったわ、ちょうど欲しい服があったところよ。そんなに高いもんじゃないから安心していいわよ」
意外だった。ハルヒはすでに欲しい服があって目を付けているそうだった。
ひょっとして、こいつも俺と同じことを考えていたんじゃないだろうか。
このまま部屋に閉じこもってちゃいけない。だから、いつか外に出るときはこの服を着て、そんな風に考えて一人でひそかにネットで欲しい服を探していたのか?
いいさ、どんな服でも買ってやるよ。そう思っていると、ハルヒが「これよ」と言ってパソコンの画面を指差した。
キョン「…………えらくド派手な服だな。本当にこれ着るのか?」
ハルヒ「なに言ってんの、大人気なのよこれ。値段も結構するけど、これいいなってずっと思ってたのよ」
キョン「服の相場としてはそんなに高くはないと思うが……、それとこの服を売ってる店はなんでゲームみたいな画面しか出ないんだ? 実際の写真とか無いと困るだろ?」
ハルヒ「は? これはゲーム内で装備する服よ。写真なんてあるわけないじゃない」
ああ、途中からうすうす感ずいてはいたさ。まさかこんな背中にドでかい剣をしょった中世の騎士みたいな服が実際に売ってるわけないだろうし、まして値段がたったの900円という時点で商品として色々おかしい。
ハルヒ「前々から欲しいなって思ってたのよ。これ着てるとドラゴンとの遭遇率が上がるのよね~」
キョン「…………わかった、それも買ってやる。だが俺が言ってるのはゲーム内でのアイテムのことじゃない、お前が実際に着る服を買いたいと言ってるんだ」
ハルヒ「えっ……?」
そこで初めてハルヒが俺の方を向いて聞いた。
ハルヒ「どういうこと? あたし別に服なんてなくても困らないわよ」
キョン「…………理由なんてない。ただ俺がハルヒに服を買いたいと思ってるんだ」
ハルヒが外に出るためなんて言ったら気にするかもしれない、そう思って俺はそう言っておいた。
キョン「勝手に決めようと思ったが、それだとハルヒが気に入らなかったときに処分が効かないからな。ハルヒに選んで欲しいんだ」
ハルヒ「そんな……もったいないよ。だってあたし…………」
キョン「勿体ないことがあるか。別に無理に着て欲しいと言ってるんじゃない、ただ俺は…………」
そこで言葉に詰まった。くそ、なんて言えばいいんだ。本当の事を言うわけにもいかんし…………
俺が着るから? まさかだろ。
誰かにあげるから? それはハルヒが怒るだろう。
そんなこんなを考えていると、不意にハルヒが口を開いた。
ハルヒ「…………わかったわ。あんたがどうしてもっていうなら、服を選ぶくらいお安い御用よ。でも、後で金出せっていっても聞かないからね!」
キョン「ああ、わかってる」
ハルヒはそう言って、パソコン上の今まで開いていたネットゲームのページを閉じて、通信販売のページを開いた。
キョン「色々な項目があるな、食べ物だの家電だの」
ハルヒ「……女性用の服だったらこれね」
ハルヒがカーソルを移動させて画面を変える、また新しいページが現れる。
キョン「俺は通販ってのをやってことがないんだが、この中からどうやって自分の買いたい物を探すんだ?」
ハルヒ「そうね、服だったらブランドで絞り込めるわ。あたしが昔着てた服のブランドは…………ああ、見てこれ。ほら、覚えてる? 高校の頃あたしが着てた私服と同じやつよ」
ハルヒがPC画面を指差す、その先には確かに見たことのある服があった。これは、確か初めてSOS団の市内探索があったときにハルヒが着ていた服。まあ今となっては懐かしい思い出だ。
キョン「それにするのか?」
ハルヒ「まさか、どうせなら違うのにするわよ。言っとくけど結構高くなるかもしれないわよ、本当にいいの?」
キョン「構わないからハルヒの一番気に入ったやつにしてくれ」
ハルヒ「そう、わかったわ」
それから俺たちはしばしのウインドウショッピングを楽しんだ。結局、ハルヒの決めた服は上は半そでの夏服、下は薄手で短めのスカートだった。
これから着るにしてはだいぶ寒いが、ハルヒがこれがいいっていうなら別にいい。それに急に外に出たいなんて言い出さないだろうから、まあ丁度いいかもしれん。
ハルヒ「支払いは代金引き替えでいいわね? 住所は…………っと、これであとはボタン押したら注文確定よ。本当にいいの?」
キョン「そうだな、じゃあそのボタン俺に押させてくれよ。そのほうが、俺が買ってやったって気分になるからな」
ぽちっとクリック、そして注文を承ったという画面が出て来た。どうやら二日か三日で届くらしい。
それから俺は夕食を作った。ハルヒはまたネットRPGの世界にのめりこんでいる。
やれやれだ。心で思ったが口には出さなかった。ハルヒもハルヒなりになにか頑張っているのかもしれないんだ。俺はただそれを手伝ってやりたいと思って、こうしてハルヒと一緒に住むことにしたんだ。
だから今ハルヒがどうであってもそれに文句をつけるようなことだけは絶対にしちゃいけない。今のハルヒに愚痴をこぼしたり文句を言ったりするのは、怪我で入院している人間を役立たずだと罵る行為と同じだ。
ハルヒは今痛いところも苦しいところもないだろうが、それでも重い精神の病にかかっているんだ。それが治るものなのかどうかもわからない。ただ、それでも俺はハルヒと一緒にやっていくと決めたのだから。
そして俺は次の日もまた次の日も、満員電車に揺られて会社に通い、見飽きた上司の顔を眺めながら仕事をして、昼には値段の割りにまずい社内食堂の定食を腹に流し込んで、それから夕方まで仕事をしていた。
当然この不景気で定時に帰れることなど滅多と無く日が落ちて真っ暗になるまで残業した。帰りの電車はガラガラで、椅子に横になった酔っ払いのオッサンの姿があった。
キョン「やれやれ……」
そんないつも通りに、日本の頑張るお父さん然とした一日を過ごして俺は帰宅した。だが家にはかわいい子供も愛する妻もいない、いるのはいつもパソコンと一体化して一日中座っているだけのニートなハルヒだけだ。
全く持ってやれやれだ。一人呟きながら家のドアを開けた。
ハルヒ「おかえり」
キョン「ああ、ただい…………ま?」
中にいたのはいつもの通りハルヒだけだ、そしてパソコンデスクに腰掛けて画面を見つめている、そこに違いは無い。
だが、着ている服がいつもと違った。いや、服だけじゃない、髪だっていつものぼさぼさ状態ではなく、シャンプーしてリンスまで掛けたようにすらっと綺麗に下りていた。
服はこの前に注文した服だった、どうやら今日の昼に届いていたらしい。
ハルヒは椅子から腰を上げて、こっちを向いた。
ハルヒ「ど、どう? せっかくだからちゃんと髪とかもきれいに洗って着てみたんだけど、似合ってる?」
ハルヒは少し赤くなってうつむき気味に言った。
似合ってる? 馬鹿なことを聞くな。今のハルヒを見て似合ってませんだの、魅力的ではないと思うなどと言う奴がいたら目が悪いか頭がおかしいかガチゲイかのどれかだ。
ハルヒ「ちょ、ちょっと何とか言いなさいよ!」
キョン「ああ……、その、似合ってると思うぞ……!」
ハルヒ「思うってなによ! こっちはせっかくあんたのためにこうやって寒いの我慢して待っててあげたってのに」
こいつがこんなにかわいい台詞を吐けるなんて初めて知った。いや、言葉だけじゃない、着ている服も、その背格好も、顔も体もハルヒの全てが可愛いと思った。
いや、思ったじゃない。思っていたんだ。多分、高校に入学して初めて会ったときからずっと。
キョン「ハルヒ」
ハルヒ「なによ?」
キョン「すごく綺麗だぞ」
ハルヒ「な!?」
キョン「ん? お前顔赤いぞ? 大丈夫か」
ハルヒ「あ、あんたがヘンな事言うからよ! ああもう! 着替えるわ! 着替えるから部屋から出てけ!!」
俺はハルヒによって背中を押されながら部屋を追い出された。せっかくだから、写真くらい撮ってもと思ったがどうやらそれは無理のようだった。
ハルヒニート 第三話 完
最終更新:2020年03月13日 03:46