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 物語は完結するものだと思い込んでた時期があった。
 小説だのマンガだのゲームだの映画だのの世界ってのには終わりがある。それは幸福だったり不幸だったり静かだったり騒がしかったりすれど、例えば本ならばいつか等しくページが途切れ、読み手である俺たちはそれぞれの想像をそこに馳せるのだ。

 終わりのない物語なんてものはない。
 ……本当にそうだろうか?


 俺はベンチに座って朝比奈さんと話をしている。
 さっき駅前で別れた彼女ではなく、そこから先の未来にいる、成長した彼女と。

「本当にひさしぶりですね」
 朝比奈さんは晴れやかに笑っていた。少なくとも俺自身は去年の夏以来この朝比奈さんとは会っておらず、どうやら彼女もあれからいくらか時を重ねたようだった。俺の見た目には変化らしい変化をしていないように感じるが、大人を正しく見極める目なんてものを持ってるわけもないから、解ろうはずもないのだが。
 彼女から連絡があったのではなく、俺が会って話そうと思ったのだ。
 決して答えを聞くためなどではないし、もしそうしたところでそれが既定事項になるのかどうかなんてことをいちいち考えるのは去年の夏で終わりだ。
「朝比奈さん。あなたは解っていたんですよね。全部」
 俺は言った。そもそも一番最初にこの朝比奈さんと会ったのは、一昨年の春も晩いある日の昼休みだった。
 SOS団にいる朝比奈さんがこれまで歩んだ道のりと、これからの時間は彼女にとってはすべて過ぎ去った過去なのであって、それは世界が改変された時も、カーチェイスバレンタインとなった時も、去年の夏も、俺と顔を合わせていた時の彼女はすべて、こうなることも知っていたはずなのだ。

 
 朝比奈さんは空のずっと高いところを見つめていた。
 俺は何とはなしに、"この"朝比奈さんと話せる機会は、あとどれだけあるのだろうと思った。
「ええ。もちろんよ」
 彼女は言った。わずかに白く曇った息が、ためらいなく空気に溶けて見えなくなる。
 聞くまでもなく解るようなことをどうして話す必要があるのか、と思うかもしれないが、自分でも説明できない。しいて言えば…………俺は相談相手がほしかったのかもしれない。
 古泉にハルヒに鶴屋さんに、みんながみんなあの朝比奈さんのことを気にかけていて、俺はこのまま決めたはずの答えを言ってしまっていいものかと感じていて、それでも言わなくてはならないはずで、ならばなぜ言わずにいるのだろう。
 すると朝比奈さんは昼にだけ見える星座を見つめるように、
「キョンくん、わたしはこの時期にもここに来ることになるなんて知りませんでした。だから驚いたわ。今のわたしの役割は、この時間には必要ないと思っていたから」
 甘い風のように彼女の言葉が響く。
「そうだったんですか」
 俺が言うと朝比奈さんは一度こちらを見て、ゆっくりと頷いた。
「今も戸惑っています。あなたに何を言えばいいのか……はっきりとは解らない」
 そう言う朝比奈さんの顔は、別段憂っている風でもなかった。むしろこの時間にいた自分を懐かしんでいるようにも見える。それは普通に生きていれば、本来見ることなど決してない過去のはずだった。
 そして、すべきことを明確にしていない彼女に対面するのは初めてのことだった。こっちの彼女にはいつだって決められた行動ってものがあり、時に的確に、時に迷いながら、ようやくここまでたどり着いた。
「朝比奈さん。俺はひとつだけ訊きたいことがあってあなたを呼びました」
 俺は言った。……そう、頭で考えてるだけじゃ確信できないことなんて、いくらでもある。
 こちらを向いてわずかに眉を上げる朝比奈さんの髪が、柔らかく揺れた。


「朝比奈さん。SOS団での毎日は、あなたにとって楽しかったですか」

 簡単な質問だと言われればそれまでだろうが、俺にとってこれは大きな意味を持っていた。
 記憶を元に頭で考えたところで、そこから得られる回答に大した意味などない。
 俺は、大人になっても朝比奈さんがこの時間を大切に思っているのかどうか、最後に聞きたかったのだ。

 そう、これが物語だったなら、終わりが近付いていることを俺は感じていた。

「ええ」

 彼女は言った。

「本当に楽しかった。これ以上ないくらいに」


 そこには実感があった。
 言葉以上に、空気を通して伝わる、目に見えないものがあった。

 それは、彼女がこれまで歩いてきた時間そのものなのだと思った。
 俺は、どうして今彼女と話をしているのか、解った気がした。


 一足早く、冬が終わった。

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最終更新:2007年06月05日 21:04