快晴の空、心地良い日差しが気持ち良く眠気を誘う日の事だった。今日もいつも
のようにSOS団の本拠地である文芸部室へと向かう。
扉を叩くと、朝比奈さんの「はぁ~い」という声が中から聞こえ、扉を開ける。
中に入ると、ハルヒを除く全員が揃っていた。
 
長門はいつものように本を読んでいるし、朝比奈さんは俺のお茶を淹れてくれて
いる。古泉はと言うと、将棋を取り出し、一局どうですか?という顔でこちらを
見ている。することもないので付き合ってやるとしよう。こいつがどれだけ強く
なったかも気になるしな。
 
「あなたと将棋をするのは久しぶりですね」
「そうだな。お前がどれだけ強くなったか確かめてやるぜ」
「勝つとまでは言えませんが、多少は強くなっていると思いますよ」
「手加減はしないぜ」
 
とてもまったりした雰囲気だ。非日常的な生活も良いが、たまにはこんな空気も
悪くない。ハルヒが来るまでこの雰囲気を堪能させていただくとしよう。
 
「負けてしまいましたか」
「リベンジならいつでも受け付けるぜ」
「今度はもう少し腕を上げてから挑戦させていただきます」
正直言ってこいつに負ける気はしない。数えてはいないが50勝はしてるんじゃ
ないか?
伝説になりつつあるぜ。
「その通りですね」
古泉はそういって肩をすくめた。
 
さて、朝比奈さんの淹れてくれたお茶でも飲むとしよう。とても美味しいです。
1日の疲れが吹き飛びますよ。
「ありがとうございます。キョンくんったらお上手ですね」
「いえいえ、お世話ではありませんよ」
そんな会話をしていると、長門がこちらを見ている事に気がついた。
「長門、将棋やらないか?」
長門は無言で頷く。
「こう見えても結構強いんだぜ?古泉とは無敗だ。ルールは知ってるよな?」
「知ってる」
 
こうして長門と対局する事になった。しかし、長門と将棋なんて無謀だったと気
づいたのは5分後の事である。ものの10分で飛車角落ちし、さらに5分後には
あっさりと王手をとられてしまった。
「…王手」
「まいりました。どうか命だけはお助けください」
伝説なろうとしていた俺の常勝記録は軽く破られてしまった。ところで長門に勝
てる競技などあるのだろうか?
 
少し嬉しそうな表情で何かを考えていた長門がゆっくりと口を開いた。
「敗者は勝者の言うことをなんでも聞くこと」
「…なんだって?」
「あなたはこれから私の言うことに従ってほしい」
「長門…本気か?」
「もちろん」
「長門よ。俺はどんな事をさせられてしまうのだろうか?」
「…ひみつ」
「そうか。古泉、勝者の命令だ、これから長門に従え」
「おやおや、僕は構いませんが…長門さんはあなたに従ってほしいのではないで
しょうか?」
「……ダメ?」
「それは反則だ…わかったよ。なんでも言ってくれ」
 
長門に不安そうな上目遣いで頼まれて断れる野郎がどこにいようか。断れるはず
がなかろう。断れるやつがいたら返事してるくれ。
「ところで…俺は何をすればいいんだ?」
長門が少しためらいながら一つめのお願いを口に出した。
「…これから私の事はゆきりんと呼んでほしい」
「な…なんだって?」
「ゆきりんって…ダメ?」
「しかしだなぁ…長門」
「ゆきりん…」
「うーむ…」
古泉を見るといつものスマイルをこちらに向けている。どうやら助けてくれる気
はないらしい。朝比奈さんは楽しそうに俺達を眺めている。
「では僕が長門さんをゆきりんと呼んでさしあげましょう」
「あなたは、いい」
「そ、そうですか…残念です」
古泉は苦笑いをして肩をすくめる。
「あなたに、呼んでほしい」
「それは本気でいってるのか?」
「本気。これからはゆきりんと呼ばないと反応しない事にする」
「長門」
「…ゆきりん」
「長門さ~ん」
「……」
「ながとぉ~…」
「………………」
長門は本を読みながら俺を無視している。本気でゆきりんと呼ぶまで反応しない
つもりなのか?…良いことを思いついた。少し意地悪してやろう。
「ながもん」
「…読み方が違う」
「ちょうもんか?」
「私は長門有希。ゆきりん」
「では僕の事はいっちゃんと呼んでもらいましょう」
「なんとでも呼んでやるぜ。いっちゃんだな?」
長門は顔を上げて、悲しそうな表情で俺を見る。…そんな顔をしないでくれ。危
うく惚れてしまうところだったじゃないか。
「そう呼んでもらえるとは光栄です」
「今度の不思議探索ではぐれたら『いっちゃーん!』って叫んでやるぜ」
「それは少々恥ずかしいですね」
長門は今にも泣き出しそうな表情だ。…たまらん!
「もぅ!キョンくん!意地悪しちゃダメですよ。長門さんが可哀想じゃないです
かぁ」
「そうですね…長門、そういえばお前は俺の事あだ名で呼んでくれないな?お前
も俺の事をあだ名で呼んでくれたら、俺もお前の事をあだ名で呼んでやろう」
「…本当?ゆきりんって呼んでくれるの?」
「もちろんだ。なんとでも呼んでやる」
「…わかった」
「じゃあ、呼んでもらおうか」
「……………」
「どうした?」
「…ョン…ん…」
「ん?聞こえないなぁ?」
長門は顔を真っ赤にして俺を睨み付けている。記憶の奥にあの時の彼女が蘇る…
「もういい…」
「そうか、残念だな」
「キョンくん…最低です…」
ぐはっ!胸が締め付けられる…もう立ち直る事はできないでしょう…
 
「二つめのお願い。あなたには、私の傍に居てほしい」
「傍にか?お安いご用だ」
なぜ長門がそんな事を言ったのかわからなかったが、これくらいはしてやろう。
「ありがとう…」
「傍にいるだけでいいのか?」
「そう。あなたはなにもしなくていい。傍に居てくれるだけで」
「そうか」
「あの…手を…」
長門が俺の手を握る。とても温かかった。握り返してやろう。
「手…あったかいな」
 
「お二人とも大変仲がよろしいですね。しかし、どうでしょうか?お二人のお姿
を涼宮さんがみたら――」
俺達が手を握り合っていたその時、文芸部室の扉が勢い良く開く。SOS団団長
である涼宮ハルヒが現れた。
「みんな!揃ってるわね……ちょ、ちょっとあんた達!何してるわけ!?」
完全に勘違いしてやがる…
「まて!ハルヒ!俺達はだな――」
「キョンは黙ってなさい!あんたの意見は聞かないわ!どうせ有希がおとなしい
からって無理矢理有希に迫ったんでしょ!?有希、説明しなさい!」
なんでそうなる!?いくら長門が可愛いからってそんな事するはずないじゃない
か!長門、俺の代わりに真実を伝えてやってくれ…
「そのような事は有り得ない。私と彼はこれからずっと一緒に居るという約束を
した。それだけ」
な、長門!?いきなり何を言い出すんだ。罰ゲームじゃなかったのか!?長門と
一緒に居られたら幸せな気もするが、そんな事を言ってる場合じゃないぞ。
「そ、そう…でもね!SOS団は恋愛禁止よ!団長としてほうっておけないわ!
あんた達、どうなるかわかってるんでしょうね!?」
このままじゃ俺達は死刑にされちまうかもしれない。
朝比奈さんを見てみろ。青ざめた顔で震えているじゃないか…
古泉だって笑顔が消えちまった。
「ハルヒ!聞いてくれ!これは…誤解なんだ!俺達はハルヒが思っているような
関係じゃないんだ!」
「………違うの?」
長門が俺の袖を軽く摘んで問いかけてくる。頼むからやめてくれ…そんなに俺を
困らせたいのか?
「いや…違わないが…」
 
「あんた達がお熱いのはよぉくわかったわ!もう出ていきなさい!」
「ハルヒ…」
「うるさい!さっさと出ていきなさいよ!」
こうして俺達は部室を追い出されてしまった。さぁて、どうしようかねぇ…
 
部室を追い出された俺と長門は中庭へ行く事にした。文化祭の後、ハルヒと語り
合った木の下に座る事にしよう。
「…さて、どうするんだ?」
「大丈夫。私達なら、きっと上手くやれる」
「…そういう事じゃない」
「なら、何?」
「この事に対してお前の親玉はなんとも思ってないのか?」
「情報統合思念体はこのような事を望んでいなかった。しかし、この件について
は特に反対意見はもっていない。私達が一緒にいることは、問題ない」
 
「そうか。だがな…」
「…嫌?」
「嫌ではない。むしろ幸せだが…」
「私達は幸せ。なら、問題ないはず」
「長門よ。俺達は幸せかもしれない。しかしな、ハルヒが泣いたんじゃ意味が無
いと思わないか?それに、古泉だって閉鎖空間に行かなきゃならなくなる。それ
は古泉にとってとても辛い事なんだ。俺達だけが幸せになっても、それじゃいつ
か幸せじゃなくなってしまうんだ。みんなが幸せになれる方法を考えよう」
「…私も、そう思う」
しかし、そう簡単に全員が幸せになれる方法など思いつくはずがなく、時間だけ
が過ぎていった。情けない自分を呪いたいね。
 
気がつくと、既に日が傾いた。茜色に染まった空がとても綺麗だ。その空を見て
いると、不意に涙が出そうになるほどのどこか寂しげな印象の夕焼けだった。
 
考えるのを忘れて、長門と二人で夕焼け空に見とれていると、人が近づいて来る
のが見えた。
「ヤッホー!そんなところでなにしてるんだいっ?ちょっと話があるっさ!悪い
けどキョンくんだけちょろんと来てくれないかい?」
声の主は鶴屋さんだ。もう一人いるのは…朝比奈さんだろうか?逆光が激しく、
ここらでは良く見えない。
「長門、ちょっと行ってくるよ。ここで待っててくれ」
「そう。わかった」
 
なんの話かは解っている。今日の事だろう。そして…これからのSOS団の事。
きっとこの会話によって未来が大きく変わる。そしてそれを決めるのも俺だ。
 
「あたしがさっき文芸部室にいったんだよ。そしたらみくるがひとりで落ち込ん
でたのさっ。心配になって理由を聞いてみたんだけど、そしたらびっくり!キョ
ンくんと有希っこがくっついてハルにゃんが激怒っていうじゃないか!」
笑顔で話す鶴屋さんだが、とてもシリアスな表情をしている。
「あのぉ~…古泉くんはバイトがあるって行っちゃったんです…涼宮さんは『団
員同士で恋愛なんて考えられないわ…こうなったからには今までのように活動す
るのは難しいと思うの…SOS団も解散かもしれないわね』と言い残して帰っち
ゃいました…ほんと、これからどうなるんでしょう?私、このまま解散なんて嫌
ですよぅ!」
朝比奈さんは眼を涙に潤ませて必死に訴えている。
 
「あたしもSOS団の名誉顧問として放って置くわけにはいかないのさ!」
鶴屋さんから笑顔が消えた。とても真剣な顔でまっすぐ俺を見ている。
「ここいらではっきりさせておこうと思うよっ!」
「な、何をですか…?」
「とぼけてるのかいっ?有希っこか、ハルにゃんか、どっちが好きかって訊いて
るのさ」
「真剣なんです。答えてください!」
長門かハルヒのどっちが好きかだって?
わからない。
「…わかりません。嘘じゃありません。わからないんです」
 
「そっか。じゃ!質問を変えるよ。キョンくんは有希っこの事どう思ってるんだい?」
「長門…ですか?」
「そう。良かったらお姉さんに聞かせてほしいよっ!」
「…長門は命の恩人です。とても大切な人です。嫌う理由はありません。もうあ
んな事が…いえ、長門が辛い時は力になりたいと思っています。長門の負担を少
しでも軽くして、心が折れてしまわないように全力で支えてやろうと思っていま
す!長門のためなら、なんでもする覚悟です」
「有希っこの事はよくわかったよ。キョンくんは有希っこの事をとても大事に思
ってるんだねっ!有希っこが羨ましいよっ」
その言葉に嘘は無い。すべて真実。それが長門に対する俺の気持ちだ。
 
「次は…ハルにゃんだね。教えてもらって良いかい?」
少し考えた後、ゆっくりと口を開く。
「横暴で嫌やつです…」
「…それだけかい?」
「…はい」
「そんなわけないよねっ!?お姉さんの目はごまかせないっさ!それだけだった
ら今まで一緒にいるはずないでしょ!」
「けれど!SOS団を作ってから毎日の生活が急に楽しくなりました。平凡だっ
た日常が急に明るくなりました。ハルヒと出会った事を後悔した事はありません
。ハルヒは俺達に必要な存在なんです!俺はハルヒと出会った日の事を生涯忘れ
ない自信があります」
「そうかいっ!話してくれてありがとう!でもね、あたしがキョンくんに二人の
事を聞いたのは興味があったからじゃないのさっ。キョンくんに二人への気持ち
を深く考えてもらおうと思ったからさ!あたしは今の話は聞かなかった事にする
よ。これからどうするか決めるのはキョンくんさ。深く考えるんだよ?少年!」
そう言った鶴屋さんはいつもの笑顔に戻っていた。
朝比奈さんも今となっては天使のように可愛く微笑んでらっしゃる。
 
鶴屋さんのおかげで答えは出た。俺達は仲間なんだ。順位なんてつけられない。
「鶴屋さん。お願いがあるんですが」
「なんだい?なんでも言ってよっ!」
「ハルヒに伝言をお願いしたいのですが」
「任せてよ!なんて伝えるんだいっ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥と」
「わかった。すぐに伝えるよ!」
「お願いします」
「じゃ、またね!」
「ではまた」
鶴屋さん、本当に感謝してます。このご恩はいつか必ずお返しいたします。
「また明日ね!キョンくん」
「部室でお会いしましょう」
朝比奈さん…ウインクは反則ですよ…
 
会話を終えた俺は長門のもとへと戻る。だいぶ待たせちまった。怒ってないか少
し不安だ。
 
「遅くなって悪い」
「いい。…なんの話?」
「秘密だ。聞かないほうがいいぞ」
「…そう。ところで、これからの事は…?」
「そうだな。思いついたぞ」
「そう。聞かせてほしい」
「さっきまでの俺達は幸せを求めて急ぎすぎちまったんだ。俺達二人だけでたど
り着いた先に幸せはないんだよ。俺達二人だけで歩んだ道は本当に幸せだったか
?少しは幸せだったかもしれないが、今までのほうが幸せだったろ?早すぎても
ダメだ。遅すぎてもダメだ。そして、一人も欠けちゃいけない。長門も、俺も、
朝比奈さんも、古泉も、そしてハルヒもだ。俺達は仲間なんだからな。SOS団
の五人揃って今までのペースでたどり着いた先に幸せが用意されるんだ。誰か一
人がくじけそうになったら全員で支えてやろうじゃないか。そして、いつかみん
なで幸せをつかもう」
「…私も、そうしたいと思う」
そういうと、長門が少し優しい表情をした気がする。きっとそれは気のせいじゃない。
 
「すっかり暗くなっちまったな。今日は帰るとするか。長門、家までおくるよ」
「…ありがとう」
長門は俺の袖を掴んで隣を歩き始めた。
次は手を握ってくれないか?まぁ、これでもいいか。
 
次の日。昨日の事を忘れちまったかのように復活した団長様の姿が文芸部室にあった。
 
「次の不思議探索はここにするわよ!良いわね!?文句は言わせないけどね!」
 
 
俺達は気づいちまった。
結局今が一番幸せなんだって事に。
いつか別れが来るかもしれないけど、その時に思えたら良いんだ。SOS団で良かった!ってな。
その時まで、この幸せをしっかりと抱き締めて行こうじゃないか。
絶対に無くしてしまわないように。
絶対に忘れてしまわないように。
 
 
終わり


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