晩ごはんはハンバーグ。母さんは何作ってもおいしいわね。
「そろそろ連休だが、ハルヒはなんか予定あるのか?」
親父がコップに発泡酒を手酌で注ぎながら言った。
確かにあと二日で連休突入ね。別段、これといって予定はないし、連休ぐらいはノンビリしてもいいような気がする。
まぁせいぜいあいつと遊びに出掛けたり、SOS団でどこか出掛けたりぐらいかしら。でも決めたわけでもないから、あたしはこう答えた。
「別にぃ」
「そうか、てっきり親に内緒で彼氏と小旅行でもたくらんでいると思っていたがな」
「そんなことする高校生がどこにいるのよ?」
「目の前にいるかと思うと父さん心配で、ついビールが進んでしまう」
「バカじゃないの?」
「それ発泡酒でしょって突っ込みを期待したんだが……まあいい、予定がないなら、家族旅行でも行くか? 父さん9連休ゲットしたし」
「残念でした~。学校あるし、9日も付き合ってらんないわよ」
「ほう。昔は喜んでいたのにな。ま、彼氏ができるとハルヒも変わるよな」
「それ、聞き捨てならない発言ね」
空になったコップに発泡酒をついでやった。だって、捨てられた犬みたいな目でこっちみてんだもん。
親父は満足したように頷いた。泡がおいしそうね、ちょっとなめちゃおうかしら……
むかつくことに親父はコップに手で蓋をした。
「これは父さんのだ。欲しいんなら、自分のコップを持って来い」
やなこった。ちょっとぐらい味見させてくれてもバチ当たらないわよ。
「で、だ。前半にちょろっと温泉にいくか、後半にちょろっと海外旅行のどっちかだが、ハルヒはどっちがいい?」
「当然、ちょろっと海外旅行に決まってんじゃないのよ。で、どこいくの?」
「どこがいいかな……そもそも、いまから予約して間に会うかなぁ?」
「考えてただけぇ?無計画にも程があるわね」
「ハルヒに予定があるって前提で考えていたからな。それなら、母さんと逃避行でもしようと考えていたんだ」
「何から逃げるのよ、一体……」
「世の中の悲しい出来事から」
「なにバカな事言ってんのよ、早い事予約しないと間にあわなくなるでしょが」
「今時、旅行の予約などネットで即出来る。普通に申し込むよりも安いしな……おっと、いらんことを言ってしまったかな?」
「なにがよ」
「いや、かしこいハルヒのことだ、彼氏との婚前旅行に利用され……そんな怖い顔で睨むな」
「いい加減にして頂戴」
「ならパスポート期限切れてないか確認しとけよ。んで、番号あとで教えろ」
「はいはい。で、どこ行くつもりか決めた?」
「そうだな……南の国にするか。父さん実はマリンスポーツが得意」
「あーはいはい。じゃあ水着新調するから、お小遣い頂戴」
あたしはとっておきの笑顔で、手をだした。
親父はじろりとあたしの手を見て、空になった発泡酒の缶をあたしの手の平に乗せた。
「これじゃなくて、お小遣い」
あたしは手のひらに乗せられた発泡酒の缶をテーブルに置きながら言った。
「それをゴミ袋いっぱい集めれば500円ぐらいにはなるぞ」
「ふざけたこと言わないで」
「前ならお買い物つれてってとはしゃいだハルヒでも、彼氏が出来るとお小遣い頂戴か。父さん悲しいな」
そういう親父の顔は、面白そうなものをみつけたときの笑顔で輝いていた。
「むちゃくちゃ面白そうな笑顔じゃないの」
「そうか。表情を間違えたか」
親父はため息をついて、今度こそ悲しそうな顔をした。でもね、目が笑ってるのよね。まったくどうしようもないんだから。この親父は。

翌日の放課後。部活が終わった後の帰り道、キョンに旅行の話をした。
「海外旅行いくのか」
そしたらあいつ、驚いてるような不意をつかれたような変な顔でそう言った。
「まだ確定はしてないけどね」
「どこに行くんだ?」
「南の国って言ってた」
「また随分アバウトだな……」
「どこに行くなんて所詮記号でしょ。そこで何をするかがが大事なのよ」
「訳のわからんことを……で、いつ出掛けるんだ?」
「連休の後半。本当に行けるかどうかは親父次第だけど」
「親父さんが休めるかどうかって話か?」
「違う違う、親父がちゃんと予約とるかどうかって問題よ」
「はぁ……おまえん家ではそういう問題になるのか」
「人んちを特殊な家庭みたいにいわないで頂戴」
「そういう意味じゃないが」
「南の国に行くからには、水着新調しないとだめじゃない? ちゃーんと軍資金も用意したし」
すったもんだのあげく、お財布には旅行の準備金がしっかり入っている。
海外旅行なんて久しぶりだし、いろいろ買い揃えたいものもあるし。
「なるほど」
「そうよ。というわけで、これからお買い物行くわよ。いいでしょ?」
キョンはすこし寂しげな笑顔で頷いた。なに、あたしが海外旅行するのが、そんなにうらやましいのかしら。お土産なら買ってくるってのに。
それともあたしが日本にいないのが不満とか? それはないわね。どうせ乙女チックな妄想ですよーだ。


お買い物はいつだって楽しい。でも、あまりにも時期が早いのか、新作水着ってのはない。どうみても去年の売れ残りじゃないのこれ。
そんなささいな不満はあるけれども、キョンが顔色を赤くしたり青くしたりするのが楽しくてしょうがない。
結局、白いレースの水着に決定。キョンは下着みたいだとぼやいていたけれど、一番反応してたじゃないの。そんなこと、いちいち言わないけど。
水着を買って、旅行用品店をうろついていたら、ケータイが鳴った。親父からのメールだった。
『ワレ、ヨヤクニセイコウセリ、サクセンハジッコウス』
なんて、ああもう恥ずかしいわね。こういうのとても頭悪そうに見えるから止めて欲しいんだけど。いつまでたっても子供っていうか。
「どうした?」
「ん?予約したってさ」
「へえどこに行くんだ?」
「さぁ?」
目を瞬かせてキョンが一瞬固まった。気を取り直したように言葉を続けた。
「どこへ行くかわからないってのか?」
「んなの親父に任せときゃいいのよ。変なとこ連れてかな……連れてくかもしれないけど、それはそれで楽しめばいいんだし。
さっきも言ったけど、地名なんて所詮記号だって」
「なんというか、親子だな」
「なにそれ、心外だわ」
キョンはおかしそうに笑うけど、あたしはとても気に入らない。


あたしは大荷物を抱えて、家に帰った。キョンはどこか心配そうに家までくっついてきた。ちょっと気味悪いわね。まるであたしが帰ってこないかのようじゃない。
キョンをキスでおっぱらって、家に入った。
「ただいまー」玄関で大声を出すなって毎度言われるんだけど、つい声が出ちゃうのはしょうがないわよね。
「おかえりなさーい」母さんの声がした。親父はいないのかしら、風呂?
あたしは気にせず、自室に上がった。荷物を置いて、適当な部屋着に着替える。
制服をハンガーにかけて、クローゼットにしまう。
リビングに降りて行くと、風呂上がりの親父がビールを飲みながらTVを真剣に見つめている。
割烹着を着たままの母さんがなにかパンフレットを眺めている。
「よう、おかえり」親父はそれだけ言ってTVに集中している。
「ん。母さん、何みてるの?」
「旅行のパンフレットよ」
「へえ、ちゃんとしてるわね。結局旅行代理店に頼んだの?」
「ネットだって。でも、父さん、会社のカラープリンタでネットにあった資料をまとめて印刷したんだって」
「あっきれた……私用で使って怒られないのかしら」
親父はなにも言わず、TVを見つめている。きっとなにも聞こえてないのね。
「しっかし結構豪華じゃないの。コテージ貸し切りなんだ」
「プライベートビーチもあるって」母さんは楽しそうにほほ笑んだ。
「へえ。こんなんじゃ相当高いんじゃないの?」
「さぁ?」母さんはのほほんと答えた。「父さんが予約したから、良く分からないわ」
それでよく一家の家計を預かる主婦やってられるわねと思うわね。本当に。
「ハルヒ、パスポート番号父さんに教えてあげた?」
「あ、忘れてた」
「あとで教えてあげて。連絡しなきゃいけないみたいだから」
そして母さんは立ち上がった。晩ごはんの準備を始めるようだ。
あたしも立ち上がって、母さんと一緒に晩ごはんの準備を始めた。


晩ごはんが終わると、親父はころんとした形の携帯をあたしに渡した。
「これ、GSM携帯だ。おまえの携帯からICカード抜いて、こいつに挿せば海外でも同じ番号で通話できるという代物だ」
「GSMってなによ?」
「日本以外の世界で一般的な携帯電話の規格だ。機能的にはしょぼいが、電話としては便利なんだ」
「ふうん。買ったの、これ?」
ころんとしたデザインは結構かわいい。いまどきの携帯って、なんだかロボットみたいなデザインのばかりでどうもね。
「そんな金はない。レンタルだ。自主的に迷子になるくせに、父さん達が迷子になったと言い張るおまえには、必ず持たせとかないとな」
「なによ、その言い方」
「事実だろう。目に涙一杯溜めて強がってた小っちゃいハルヒが、父さん懐かしいよ」
「遠い目で、小学生の時の話を持ち出すのはやめなさい」
「あの頃は美しい思い出だからな。ところで、着信料金もこっち持ちになるからな」
「ふーん、そうなんだ」
「巷では100万円も請求されたお間抜さんもいるからな。バカみたいに通話代高いんだから慎んでくれよ」
「わかったって。どーせかける相手決まってるし」
「そこが一番ネックなんだがな」親父は苦笑した。
「なんでよ?」
「気が付いたら1時間、2時間当たり前なんては困るって話だ」
「……はいはい、自制します」
「そうしてくれ」親父は。ニヤニヤと笑っている。
あたしはそれがとても気に入らない。


前半の連休に突入したけど、単なる三連休ってだけね。
キョンっていう荷物持ちを電話で呼び付けて、買い忘れてたものを買いに出掛けて、服をちょっと見たぐらいかな。
次の日は、水上バスに乗ってあちこち巡ったりした。まあそこそこ面白かったけど、たいした話じゃないから割愛ね。
ああ、ちょっとしたハプニングで家に帰れなくなったこともあったけど、これもたいした話じゃないし、これも割愛ね。

親父は母さん連れていろいろと遊び回っているみたい。どこそこで映画見たとか、どこそこでプラネタリュームみたとか、あそこの水族館に行ったとか。
いい年して日帰りデートを満喫してるみたい。本当、いつまで経っても子供そのまんまね。
はいはい言いながらニコニコついてく母さんをちょっとは楽させてやろうとは思わないのかしら。まったく。


連休前半があっと言う間に終わると、二日だけ学校ね。連休の谷間は学校も休日にすべきよ。どーせまともな授業にならないんだから。
朝のHR前の時間、完全にだらけきった雰囲気で一杯ね。
キョンはいつもと同じように寝足りないといった感じで教室に入ってきた。
簡単なあいさつがきっかけで、雑談が始まる。いつものことね。
「結局、キョンは4連休はなにするの?」
「例年どおり里帰りになりそうだ」
憂鬱な表情のキョンはいかにも連休疲れがたまっているって感じで、言葉にあまりキレがないみたい。
そんなに疲れるような事したかしら。全然心当たりはないけれど。
「そうなんだ」
「まあ海外に比べれば、ささやかな庶民的バカンスだがな」
「それ、嫌み?」
「単純にうらやましいってことさ」キョンはため息をついた。
「それならそう言いなさいっての」
「いつかは行けるといいんだがな」
「お金とパスポートがあれば誰でも行けるわよ?」
「身も蓋もねえな」
「いずれはさ、SOS団海外支部なんてつくってさ、ワールドワイドにやりたいわねえ」
「世界征服はもう流行らないぞ?」
「人を諸悪の根源みたいに言わないで」
「ま、いずれは行きたいな。みんなでな」
「みんなで?」
意味ありげに言ってやると、キョンが挙動不審になるのがおかしい。
笑ってしまうのをなんとかこらえて、窓の外を見た。
雲がぷかりぷかりと浮かんでいた。


最近頼んでもいないのに、キョンが家までついてくるのよね。どういう風の吹き回しか分からないんだけど。
まあやっと雑用係としての自覚が出てきたってことかしら。そうならご褒美あげてもいいかしらね。
ほんの一瞬ですむはずのご褒美がちょっと長くなって、ああ顔が熱い熱い。
ちょっとキョンはずるいわね。あたしがどうなるか分かってて、ああいうことするんだから。
男って本当にいやらしい。キョンが特にいやらしいだけかもしれないけど。
火照った顔と体が落ち着いたところで、家の玄関をくぐった。
「ただいまー」と声を出した。
「お帰り」という声が二つ聞こえてくる。親父と母さんはリビングにいるのね。
とりあえず自室にあがってと。
部屋着に着替えて、リビングに降りると、リビングには大きなオレンジとグリーンのスーツケース、そして小さめの黒いスーツケースが置かれてた。
「買ったの?これ?」
あたしが親父に聞くと、親父は手を振ってこう答えた。
「小さいスーツケースは父さんが仕事で使ってるやつだが、二つはレンタルだ。海外旅行にはそうそう行かないだろうから、レンタルでいいだろう」
「それもそうね、置くところないし」
「あさって出掛けるんだから、そろそろ荷物詰めとくようにな」
「はいはい、分かってるって」
「レンタルなんだから、剥がれないようなシール貼るなよ」
「分かってるって」
「改造も厳禁だぞ。電動自走式スーツケースなんてもってのほかだ」
「あったらいいのにって話しただけでしょう?」
「念のためだ。出国や入国で問い詰められるような、怪しい装備も勘弁してくれよ」
「はいはい。えと3泊4日よね」
「ああ。ちょっと短いのが玉に傷だな。できれば一カ月ぐらい、南の海でクラゲのように生きてみたいと思うこの頃だ」
「あーはいはい」
一カ月も日本にいないなんて、ちょっと勘弁してほしいわね。帰ってきてもきっと着いていけなくなるわよ、頭ボケちゃって。
それにせめて週に一回はあいつの顔見たい……なんてね。
「なにぶつぶつ言ってんだ?」
「別に。明後日は何時の飛行機だっけ?」
「昼一の飛行機だ。夕方には現地に着く。ちょっとだけ朝早起きになるかな」
「わかった」

部屋にスーツケースを持ち込んで旅行の準備っと。着替えを詰めて、いくつか服を準備して、これでもかって持ち物を入れてと。
だいたい詰め終わったところで、時計の針がいい時間になってた。お風呂入って寝なきゃね。
それにあいつが寂しがるといけないから、電話しとかなくちゃいけないわね。


続く


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