「古泉」
「なんでしょうか?」

次の日、俺は古泉と喫茶店にいた。
古泉に俺とハルヒが付き合うことになった旨を告げると、あいつはさして驚くでもなく更に驚くべき事実を俺に告げた。

「それは本当か?」
「貴方に嘘をついてなんになるというんです?」

即ち。
涼宮ハルヒは今回の一件であの意味不明な能力を発動していた、という事実。

「それじゃ俺は、こんなに大事なことでさえ……この気持ちでさえ、あいつの手の内で踊らされていたということなのか?」
「おっと、それは違いますよ」

どういうことだ。

「涼宮ハルヒは、今回の一件、その能力をあなたに向けて発動していたのは事実」

長門が古泉の横に座っていた。
久しぶりだな。

「そう」

いつの間にそこに、などと思ったものの相手が長門である以上これくらいで驚いてもしょうがあるまい。古泉も軽く眉を上げただけのところを見ると同じことを思ったのだろう。
まぁ、元気な姿を見れて何よりだ。

「涼宮ハルヒは全てがあなたの判断の通りになるように願っていた」

長門さん?
それは一体どういうことで?

「つまり、涼宮さんはキョン君に全てを委ねていたんです」
「朝比奈さん」

長門といってることがほとんど同じで噛み砕かれていないのですが。
どうやらこれ以上噛み砕いて言うつもりはないらしく、朝比奈さんはぺこりとかわいらしく一礼してから俺の隣にちょこんと腰掛けた。
あの、朝比奈さん。この一年でまた成長なさったようで。
だが今は目の保養をしている場合じゃない。

「詳しく解説してくれ」

「涼宮さんは、高校受験の際、あなたに同じ大学を勧めたものの、同じ大学に来るように能力で強要はしませんでした。また、あなたが自分に連絡を取るようにも、告白するようにも強要していません」
「涼宮ハルヒは自分と同じ大学に来るか、卒業後も連絡を取るか、全てあなたの判断に任せていた。結果、あなたは違う大学に行き、彼女に連絡も取らなかった」
「涼宮さんは、自分の能力でキョン君が行動を制限・強要されないように能力を発動していたんですよ」

よく分からないが、つまり俺は自分を噛んだ毒蛇本人に解毒剤をもらったような状態だったわけか。
そしてSOS団の解散の際に言った「縁」という言葉、それは俺が連絡するかどうか、ということだったということだろうか。
まぁ、本人はそこまで自覚していないだろうし考えていないんだろうけど。

「涼宮ハルヒは自分の能力に無自覚ながら深層心理のもっとも深い部分で気付いていた。だからあなたが自分の能力であなたの人生を狂わせないようにプロテクトした」
「彼女は自分の能力に無自覚ながら気付いていたからこそ、自分から連絡することを無意識のうちにやめていたのですよ。」

それじゃ閉鎖空間の脅威の軽減は……

「彼女自身が望んであなたの判断に任せたのですから、それであなたと連絡が取れず不機嫌になっていてはあなたも彼女自身も否定してしまうことになる。だから、彼女は自分で閉鎖空間を押さえ込んでいたのです」

そういうことだったのか。

「とにかく、これでキョン君も涼宮さんもハッピーエンドってことですよ!」

最後に朝比奈さんが締めくくり、喫茶店でのネタばらしは終わった。
分かりづらい? 悪かったなこの野郎。
だが大丈夫、俺も一番最後の朝比奈さんの言葉しか理解していないし、それだけで十分なのだろう。
ただこれだけは言うぞ。まだエンドじゃないさ。人生という物語は、俺たちが死ぬまで続くんだから。

俺はその夜、布団の中でぐちぐちと考え事をしていた。
なるほどね。
今まで俺たちを引っ張りまわしたオマエが、高校生活の最後の最後、俺にこれからを委ねてくれていたのか。
だというのに俺はハルヒの思いに応えず、勝手に自分の中で自己完結してたってのか。
ハルヒの能力に甘えていたということか。
くそっ。何が「あいつがそう望むのならな」だ。長門や古泉だけでなくハルヒにも依存しきっていただなんて。

「ハルヒ」

次にハルヒと会った日の帰り道、俺は隣を歩くハルヒに話しかけた。

「ゴメンな」
「何よいきなり? あんたが珍しく殊勝な態度取るなんて。雪が降るかしら?」
「俺、オマエから連絡がなくなったとき、きっと嫌われたんだって思って、そのまま何も行動できなかったんだ。縁があったら、ってオマエは言ったけど、縁は自分で繋ぐものだと分かったよ」

てっきり「何よ、クサいこと言うじゃない」とでも返ってくると待っていたのだが、いつまでたっても何も返ってこない。
隣を見ると、ハルヒが唇を噛んで悲しそうな顔をしていた。
ああ、そんな顔をするなよ、頼むから。

「あたしの方も、あんたからの連絡が何も来ないから、嫌われてたんだって思って……あんだけ引っ張りまわして迷惑かけたんだから当然よね、って一人で納得して、でも納得できなくて、それで、それでも……」

まだ続けかけたハルヒの口を自分の唇で塞ぎ、離れないように強く抱きしめた。
OK、それだけ聞ければ十分だ。一度聞いていたしな、オマエが泣いたあの日に。
俺と同じように、ハルヒも待っていてくれた。
だけどどちらも臆病で、後一歩踏み出せなかった。

「バカだよな、俺たち。ホント……」

その瞬間、ハルヒの顔が見えなくなった。袖でぬぐってもぬぐっても愛しい顔はぼやけたままで、途中からはもうあきらめて泣きじゃくった。
ああ、ハルヒ。お前まで泣くなよ。
俺が泣いていたとしても、お前は笑っていてくれよ。
引っ張ってくれよ。そう、高校時代のようにな――

ああ、それから。
俺は古泉に個人的にきちんと礼を言った。なにしろハルヒと俺を引き合わせるきっかけになってくれたんだからな。

「いえ、あのまま放っておいたらいつかは涼宮さんのイライラが爆発して大変なことになりそうでしたから」

などといっていたものの、あの笑顔の奥に「照れ」が混じっていたのを俺は見逃していない。まぁ、俺に礼を言われることなんてほとんどなかったろうからな。
ただ、古泉の表情が読めるようになっちまったのは気がかりだ。長門はまだしも野郎の表情なんか読めたところで面白くない。
そして、結局俺からはハルヒのプロテクターは消え、なんだかんだであの非日常に巻き込まれることになるようだった。
そういうわけで古泉たちとの相談の結果、俺たちは二人きり出会うことと1対1くらいの割合で、5人で会うことをまたはじめた。
不思議探しにとどまらず活動範囲は多岐にわたっている。最早ただの仲良しグループだ。それでいいんだけどな。……朝比奈さんは平日も来ていたが、仕事大丈夫だろうか。

そういえば古泉はハルヒだけでなく朝比奈さんや長門とも俺と縁をつなぎなおしてくれたことになるのか。
何はともあれ閉鎖空間も発生がゼロとは言わないが抑えられているようだし、そう、それはそれは平和で、とても幸せな状態だ。
オマエもそうだといいんだがな、ハルヒ。
そう思った途端、満面の笑みを俺に向けてきた。
おいおい、今度は読心術かよ。
でも、オマエが幸せなら、心を読まれるくらい安いもんなんだけどな。

「幸せだな」
「何言ってるのよ。向上心を失ったらそこで人間終わりよ?」

これ以上幸せになるのか。世界の不幸な人に申し訳ないな。幸せを分けてやりたいくらいだ。
でもそうだな。
オマエがそう言うのなら……俺たち二人で世界の幸せを独占するくらいになってやろうぜ。

                        END

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最終更新:2007年05月08日 23:26