今更思い出したくもない方法でやっと閉鎖空間から帰ってきた俺は、
相変わらずハルヒの前でボーっとした生活を送っていた。
閉鎖空間の中であんなことをしてもこっちの世界では関係ない。
そんなある日のこと…


「大変です!」
ちょうど用を足していたときに古泉が後ろから大声で叫んだ。
「早く部室へ!」
「ちょっと待て。まだしまって…」
ハルヒ並みの力で襟を掴まれた俺は、奴のなすがままに引きずられていった。

部室には古泉のほかに朝比奈さんと、当然長門もいた。
「涼宮ハルヒに新しい能力の発現を確認した。その力の矛先はおそらく…あなた」
「どんな力なんだ」
「一人の男性を死ぬまで恋に落し続けるという力です」
どういうことだ朝比奈さん。俺には見当もつかない。
そこに古泉が割って入った。
「簡単に言えば、今まである程度の意思を持って行動していたあなたが
能力の発動とともに何をするにしてもまず彼女のことしか考えられなくなります。
彼女のために人生を使うようになります」
「そんなことがあっていいはずないだろう」
「そのことですが…」

「……僕たちは協力することにしました。あなたと涼宮さんを…くっつけるために」
何を言って……るんだ。
「…三人の利害関係が見事に噛み合った。もうこれは決まってしまったこと」
「長門さんによるとその力というのは涼宮さんとの距離が0cm、
つまりキスをすると発動するそうなんです」
「あなた方があの特殊な閉鎖空間から帰ってきたときに能力の発動が
ごく微弱ながら見られ、それが今日覚醒したのです」
次々に出る話によって頭が混乱してきた。


閉鎖空間で行ってしまったこと。
ハルヒにキスをした。
それが引き金。らしい。


「…というわけであなたを全力で捕獲します」
「俺はハルヒとは団長と団員の関係だ。それ以上でもそれ以下でも…」
「…嘘」
「我々が気づかないとでも思っているのですか。だとしたら本当に飽きれたものです。
これはあなたが起こそうとしない行動を支援してあげようという好意から来てるんですよ」
「そう思えねーよ」
「…仕方ありません」


古泉は俺の腕を取り、後ろに回してホールドした。
「どうします?これでも逃げようと…」
俺だって一般人なりに頭は回るんだぜ。
俺はありったけの力を振り絞り、後ろに向かってダッシュした。
「あっ…」
不意をつかれた古泉は頭を本棚にぶつけて気絶した。
本棚からは長門の読む厚いハードカバーの本があふれ出て古泉に容赦なく降りかかる。
「俺は…帰る!」
部室から一目散に逃げ出した。


無事に逃げ出しほっとしたのも束の間、廊下の角で見慣れた影を見る。
「朝比奈さん?」
どうやって先回りしたのだろうか。
「私はこの時間における一時間後から着ました」
なるほど。くっ。俺は元来た道を戻り、回り道をしようと違う場所で曲がる。
と、また同じ人が…。
「私はこの時間における二時間…」
反対側からはすでに…三人が迫ってきていた。
なんと効率のよい人海戦術だ。考えている間にもどんどん増えている。
あっという間に俺は朝比奈さんたちに取り囲まれていた。
同時にその童顔からは決して分からないミラクルバストがいくつも俺に強く押し当たる。


…悪い、むしろ喜ぶべき状況なのだろうが、そうもいかない。このままでは捕まってしまう。
そこで、俺は突然倒れたふりをした。
「キョ、キョ、キョン君!?」
遅れてきたおそらく本物の朝比奈さんと、あわてふためくその他の朝比奈さんたち。
俺はいかにも苦しそうに、息も絶え絶えといった感じで、
「保健の先生を連れてきてもらえませんか」と言った。
「ははは、はい、分かりました。今呼んできますから待ってて下さいね」
あれほどいた朝比奈さんは全員いなくなってしまった。
こんなにまで素直な人…人達を騙すのは釈然としないものがあったものの、とりあえずはよかった。
あとで謝っておこう。


さて、帰るか。…荷物は部室だったか。
長門は何もしないことを信じ、俺は部室のドアを開けた。
どうやら古泉はまだ伸びているらしかった。上半身は本によって隠れたままだ。
「あなたの気持ちが本当に変化するまで私は何もしないつもり…」
やっぱり長門はいい理解者だ。

「……だった。でも彼らの利益は私の利益。何よりこの計画は……ユニーク」
長門がこんなにまで笑った姿を見たことがなかった。
その笑いは…天下太平を成し遂げた徳川家康がほくそ笑んでいるようでもあった。


長門は右手をさっと振り上げる。
俺と荷物は何かに引っ張られるように空中へ浮き上がり、ドアが開いて…
…湯婆婆がこんな魔法を使っていたな……。
「あの能力と言うのは全て嘘。でも、あなたは自分にもっと正直になるべき。
私達はあなたが抱いているであろう気持ちを引き出してあげたいだけ」
俺は猛スピードで連れ去られていった。


放り出された場所は教室だった。
夕日が沈み、辺りが薄い闇に飲まれようとしているそこにハルヒがいた。
物思いにふけっているのか、授業中なら俺の背中があるだろう方向をぼんやりと眺めている。

「ハルヒ」
びくっとしてハルヒはこっちを向く。
そりゃそうだろう。音も無く気配も無くいきなり人が現れたら誰だってびっくりする。
「キョ、キョン?な、なに、どうしたの?」
さっきの長門の言葉が胸に刺さっていた。
俺の本当の気持ち……。

「どうしたのよ?」
気がつくとハルヒは俺の目の前で仁王立ちして俺を見ている。
笑っているのかどうかはっきりしないが、俺には笑顔に見えた。
その時、俺の心の奥底でなにかが弾けた。
そして唐突に理解した。


俺はこいつが好きなんだ。


自分の気持ちを再度確認する。
…こんな俺でもこいつを守ってやれるんだろうか。
こいつなら世界中を敵に回してしまうかもしれん。


…今更それは愚問か。絶対に守ってみせる、そう決めたんだからな。
俺は今のままのお前が……好きなんだ。
どうやっても結果は同じだった。


それなら自信を持って言える。

「なぁ、ハルヒ……」


~fin~

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年05月01日 00:52