俺の日常はきっと赤の他人から見れば、まあ大変ねとか、苦労なさっているんですねとか
言われてしまうようなきわめて非日常的な状態にあるんだろうが、俺にとってはこれが楽しくて仕方がない
ごくごく普通の日常であると断言できる。
 宇宙人・未来人・超能力者。こんなのが得体の知れない情報爆発女を中心に闊歩している世界に
俺のようなきわめて一般的平凡スペック人間がコバンザメのようにくっついて歩いている光景は、
確かに不釣り合いと言えばその通りである。が、いったんそんな現実を受け入れてしまえば、
細かいことはもうどうでもよくなり、どうやってこの微妙に非日常を満喫するか考える毎日だ。
 てなわけで、本日もハルヒ発案による不思議探索パトロール中である。
相変わらず、ハルヒの望むような変なものが見つかるわけでもなく、ほとんどSOS団という謎の集団による
食べ歩き・散策・名所巡り状態になっているが。
「にしてもだ。ハルヒが本当に変なものに遭遇を望んでいるなら、とっくに見つかっていそうだけどな」
 俺は朝比奈さんをうらやましくも抱き寄せほおずりしながら歩くハルヒを尻目に言う。
それにすぐ横を歩いていた古泉は苦笑しながら、
「涼宮さんにとってそういった奇怪なものを見つけることよりも、我々と一緒に遊ぶことの方が楽しいのでしょう。
そうでなければあなたの言うとおり、今頃町中がエイリアンやUMAで溢れかえっていますよ」
 確かのその通りだろうな。実際に俺もそんな物騒な連中が現れずに、こうやって遊び歩いている方が遙かに楽しい。
ハルヒ自身も未知との遭遇がなくても、現状の不思議探索パトロールで満足しきっているんだろうな。
 と、古泉は珍しく胡散臭さのない屈託のない笑顔で、
「このままこの日常が続けば良いですね。僕のアルバイトもいっそのこと無くなってしまった方がいいですし」
 そんなことをしみじみとつぶやく。
 お前達の言うようにハルヒが世界を平然と作り替えられる能力を持った神的存在って言うなら、
この平穏な日常は永遠に続くだろうよ。ハルヒがそう望み続ける間はな……
 
 ……この時まで俺はそう確信していた。
 
◇◇◇◇
 
「ちょっと公園で一休みしましょう」
 そうハルヒの一声で俺たちは公園のベンチに座る。ところでハルヒさん。いくら何でもずっと朝比奈さんに抱きついたままなのは
どうかと思うぞ。全くうらやまし――じゃない、少しは朝比奈さんの迷惑を考えろよな。
「いいじゃん。今日は思ったよりも寒かったからカイロが必要なのよ。う~ん、さっすがみくるちゃんは暖かいわね」
「ふえ~」
 ハルヒの傍若無人の振る舞いに朝比奈さんは困り切った顔を浮かべているんだが、
ついついそんな彼女にもこうエンジェル的優美かつ華麗さを感じ取って見とれてしまう俺も相当罪深い。
アーメン。俺の男としての性を許してくれたまへ。
 一方の長門は相変わらずの無表情ぶりでベンチの上にちょこんと座っている。すっかり謎の超生命体印の宇宙人というよりも
文芸部部長兼SOS団最大の功労者という肩書きが似合うようになった。そんな彼女も今日もいつも通り無表情・無口で
無害なオーラを延々と見せているところから別に変なことが背後やら水面下とかでうごめいてはいなさそうだな。
 ふと、ここでハルヒと目が合ってしまった。なんてこった。俺としたことが飛んだミスを。
「ちょっとキョン。のどが乾いたからみんなにジュースを買ってきなさい。あ、当然あんたのおごりでね」
「何で俺が」
 横暴極まりない俺への指令に、俺は抗議の声を上げるが、ハルヒは朝比奈さんを抱きしめたまま、
「今日も遅刻したじゃん。罰金よ罰金! ほらほらぶつくさ言わないでとっとと買ってきなさい!
あ、あたしは暖かい紅茶でね♪」
 満面の笑み100%を浮かべているところを見ると、全く今日もいつもの傍若無人ぶり全開だな。
いつもどおりってのも安心できると言えばそうなんだが。
 俺は長門と古泉、それに朝比奈さんの要望を聞くと、近くの自販機を探し始めた。
ちなみに俺の癒しの朝比奈さんは、ごめんなさいとぺこぺこしていたが、そんなに謝る必要なんてありませんよ。
あなたがアルプスの天然水が飲みたいというなら、今すぐ新幹線に飛び乗っていくことなんておやすいご用ですぜ。
 しばらくきょろきょろと見回していた俺だったが、やがて公園に乗ってはしる道路の向こう側に
自販機が並んでいるのが目に入った。俺は横断歩道の信号が青になったことを確認し、小銭を数えながらそこを渡り始める。
 ――キョンっ!?
 後頭部に突然ハルヒの声がぶつけられる。そのあまりに突飛な声に何事だと俺は右回り180度ターンで振り返っている途中で
気がついた。俺の鼻先30センチのところにばかでかい巨大トラックがいることに。
当然ながら空中に突如出現したわけでもなく、猛スピードで信号を無視して俺に突っ込んできている。
 鈍い衝撃が俺の鼻に直撃した以降、俺は何も感じなくなった――
 
◇◇◇◇
 
 ――キョンっ――キョンっ――お願い――目を開けて――
 ハルヒの声だ。何だやかましい。言われなくてもすぐに起きてやるよ……
 俺はすぐにまぶたを開こうとして気がついた。どれだけ強く力を込めて目を見開こうとしても
まるでそれを拒否するかのように、強くまぶたが閉じられている。目の上の筋肉辺りは動いているようだったが、
肝心のまぶたは力を込めると逆にしまりが強まる。くっそ――どうなってやがる……
 ――キョンくん……どうして……こんなことに――
 次に聞こえてきたのは朝比奈さんの声だ。耳に届く美しい言葉に俺は再度目に力を入れるが、やはり開かない。
 ずっと続く闇の中、朝比奈さんのすすり声だけが俺の脳内に響く。ここで気がついたが、俺の手足も俺の意志に反して
全く動かなかった。まるで全身に釘を打ち込まれたかのように身体が硬直し、直接的な痛みよりも
動くはずの俺の身体が動かないというもどかしさに、俺は強烈ないらだちを憶えた。
 しばらくして朝比奈さんのすすり泣きも聞こえてこなくなった。そのままどれだけの時間が過ぎたころだろうか。
いい加減、自分の身体が動かないことにあきらめつつあったころ、今度は言い争いが聞こえてきた。
はっきりと言葉の末尾が聞こえないが、片方が古泉の声であることはすぐにわかった。聞いたことのない男の声と
激しくやり合っているみたいだ。おい古泉、そんな声を出すなんてお前らしくないぞ。どうした?
 しばらく意味不明な怒声のキャッチボールが続いていたが、やがてバンという大きな音とともにそれが止まった、
 ――何――やってんのよ――病人の前なのよ!? 出て行って! 出て行ってよ!――
 ハルヒの声だ。すまん、ハルヒ。助かったよ。これが続いていたら俺の耳がくさっちまいそうだ。
ん? 今ハルヒはとんでもないことを言わなかったか? なんだったっけ……ま、いいか。ちょっと眠くなった。寝よう……
 ――やあ、キョン――
 ……ん、誰だよ。人が寝ているってのに……
 ――久しぶりに顔を合わせたかと思えば、こんなことになってしまうとは、ついていないと言えば良いんだろうかね?
 ……うっさいな、俺は眠いんだよ。寝かしてくれ……
 ――僕は君が起きているつもりで話すよ。いまさらだけどね。少しでもその意味を理解できているなら――
 俺はここで眠りに落ちた……
 一体どのくらい経ったんだろうか。眠っては起きてまた眠っての繰り返しの日々。いい加減飽きてきたんだが、
起きても指一本動かせず、目すら開かないのでどうしようもない現実だ。聞こえてくるのは耳を通してではなく
頭蓋骨を伝わってくるようなぼやけた声だけ。最初はそれを聞き取ろうと努力したんだが、どうやら俺がどうこうしても
無駄なようだ。はっきり聞こえてくるときとそうでないときの違いは、俺の意志や努力とは関係なかった。
 そして、久しぶりにはっきりと聞こえた声。
 ――ゴメン、キョン。全部あたしの責任よ。あたしがあの時あんたを使いっ走りにしなければよかった。
 ――あたしが悪いの――――――――――――ごめんなさいっ――――本当にごめんなさい――だから目を開けて――お願い――
 そんな悲しそうな声を出すなよ、ハルヒ。お前のせいじゃないに決まっているだろ? 自分をあんまり責めるなよ。
らしくなさすぎるほうが帰って俺を不安にさせるんだからさ。大体、あんなことはいつもどこかで起きているんだから――
あれ? なんだっけ? 俺、なんかとんでもない目にでも遭ったのか? なんだっけ……
 それから果てしない時間が過ぎたような気がする。
 もうはっきりした声も聞こえなくなり、雑音のような声らしきものが俺の脳内に拡散していく毎日。
 飽きたなんて言う感覚すら通り越して、意識が麻痺しているんじゃないかと思いたくなるほどの無感状態になっていた。
 寝て起きて寝て起きて寝て起きて寝て起きて――もう考えることすらうっとおしくなってきている。
 ――あきらめないで。
 長門の声だ。すごく久しぶりに聞いた。ちょっとうれしくなる。すまないがちょっと俺の目を開ける手伝いをしてくれないか?
 ――今、わたしは何もできない。
 そりゃまた白状だな。SOS団の仲間だろ?
 ――あなたと意識レベルでの言語的会話をすることが、わたしにできる唯一できること。
 なら、せっかくだ。話でも聞かせてくれ。そうだな。おとぎ話でもいいぞ。いい加減、退屈で感覚が麻痺しているんだ。
 ――残念ながらわたしにはあなたの身体構造の再起動を促せるような言語刺激を持ち合わせていない。
 そうか。それなら仕方がないな。そろそろ眠たくなってきたから、寝るよ。
 そうだ、また退屈になったら話してくれないか?
 ――もうこのインタフェースであなたと会うことは二度と無いかもしれない。でも聞いて。
 なんだ?
 ――このままでは涼宮ハルヒはこの惑星にすむ知的生命体全てからの憎しみをぶつけられる。
 ――そして、世界は消滅する。
 は? なんだそりゃ。そんなことがあってたまるか。
 ハルヒはな、確かに行動が突飛だったりわがままだったりするが、何だかんだで常識的な奴なんだよ。
 人を本気で傷つけたりとかなんてしないしな。見た目で判断するんじゃねえよ。
 誰も彼もが誤解しているってなら俺が教えてやる。ハルヒって奴が本当はどんな奴って事をな……
 そう思った瞬間、今までの目の拘束状態が嘘だったかのように消える。
 そして、俺はゆっくりと目を開いた……
 
~~その1へ~~


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