今、俺はハルヒと二人で並んで座っている。さらにその前にはねーちゃんと旦那さん。何故こんな状態か知りたいか?
 この出来事は3日前に起こったあの電話から始まった。
 ………
 ……
 …


「久し振り。わたしが誰かわかるかな?」
 わかるに決まってる。その声の持ち主は初恋の相手、ねーちゃんだ。
「よくわかったね。エラいエラい」
 ねーちゃんとしゃべってるとなんか嬉しくなるな。しかし今さら何の用だろうか。
 妙な男とどっかに行って以来、連絡なんて取っていなかったのに。
「ん~。アルバム整理してたら懐かしくなってね。久し振りに声が聞きたいな……って」
 そうなんだ。俺も懐かしいよ。ねーちゃん勝手にどっか行っちゃったから。
「ふふふ。本当にごめんね。あの時はわたしも幸せになりたかったのよ」
「いや、別にいいんだけど……」
 正直な気持ちは複雑だ。だってあの頃は俺がねーちゃんを幸せにしてやるって思ってたからな。
 今でも覚えてる感情だ。初恋なんてそう忘れられるもんじゃない。
「……それでさ、お詫びと言っちゃなんだけどダブルデートしよっか!」
「はぁ?」
「わたしの旦那とキョンくんの彼女と四人で。久し振りに会いたいからちょうど良いわ!」
 ちょっと待て。俺に彼女なんかいない。
「またまた~。そんなわけないじゃん。キョンくん可愛いし」
 最後に会ったのは何年前だ? 昔は可愛かったかもしれんが今は……。
「今週の日曜、朝9時にキョンくんの家に迎えに行くから! 楽しみにしてるからね~」
 ちょ……まっ……切れた。この強引さ、まるでハルヒのようだ。
 さて、どうしたもんかね。彼女なんていないわけだし、日曜はSOS団の活動の予定も珍しく入っている。やれやれ。


「さぁキョン。説明しなさい。何の理由があって日曜日の活動を休ませろって言うの?」
 やっぱりこの団長様に休みの許可を取ろうとしたのが間違いか。
「神聖な活動を休むって言うほどの大事な用事なのよね? まさか……デート。とか言わないわよね?」
 中途半端に鋭いな、こいつ。しかし相手がいない。
 彼女のフリか。朝比奈さんだとすぐにボロが出そうだし、長門じゃ喋らないから問題外だ。
 ねーちゃんを出来るだけガッカリさせたくないから俺は彼女のフリを誰かにしてもらうことに決めた。
 この二人がダメとなるとあとはハルヒしかいない。阪中や鶴屋さんもいるが、いろいろ大変そうだからな。
 しょうがない。ダメ元で頼んでみるか。ハルヒ。
「な、なによ」
「付き合ってくれ」
 沈黙が部室に流れている。……違うだろ、俺。『今度の日曜日』って言葉が抜けてるぞ。
「……べ、別にかま……」
「悪い。間違った。今度の日曜日に付き合ってくれないか? 彼女のフリをして欲しい。ねーちゃんに会うことになっていろいろあってな」
「あ……」
 ハルヒは顔を真っ赤にして少し涙ぐんで走り去った。なんなんだ、あいつ。
 しかしアレだな。ねーちゃんには悪いが俺一人で行って事情を話すか。
「あなたは本当に……」
「バカですぅ……」
「……バカ」
 なんで俺が責められるんだよ。
 結局ハルヒは帰って来なかった。よくわからん奴だな。まぁいい。今度気前良く奢ってやればいい話だ。
 それにしてもアレだな。ねーちゃんに嘘ついたみたいで嫌だな。
 ともかく日曜日を待つとするか……。


 そして今日。つまり日曜日だ。俺は珍しく早起きをして準備を整えた。
 ねーちゃんが来るまであと一時間もある。いつものSOS団の集まりで最後に来る俺とは違うぞ。
 ピンポーン
 ……早いな。つーか妹よ、出るな。俺が降りるから。
 階段を上がる音がする。まさか俺の部屋に来る気か? それは勘弁だ!
 俺はドアを急いで開けた。……ハルヒ?
「おはよ」
「あ、あぁ。おはよう……じゃないだろ。なんでここにいやがる」
 俺の部屋に進入してハルヒはベッドに腰掛けた。
「あんたが言ったんじゃない。彼女のフリをしろって。少しだけ着飾って来てやったんだから感謝しなさい」
 確かに今日のハルヒは違っていた。いつもの活動的な服でも、ましてやコスプレでもない。
 普通の女の子らしい格好をしていた。どちらかと言うと可愛いってタイプの服だ。
「いつまで見てんのよ。エロキョン。あんたのねーちゃんはまだ来ないの?」
 あと一時間は来ないはずだが……来たか。
 インターホンが鳴った。ねーちゃんは昔から早め早めに行動してたからな。
 予測済みではあるさ。
「キョンくん。久し振り……大きくなったわね」
 そりゃ大きくなるさ。もう何年会ってないことか。
 俺とハルヒは一通りねーちゃんと旦那さんに挨拶をした。猫かぶるのは上手いな。
「この子がキョンくんの彼女? すっごく可愛いじゃない! よくやったわ!」
 よくやったわ、じゃない。ハルヒも赤くなる演技なんていらないぞ。
 とりあえずねーちゃんの車に乗って遊びに行くことに。その車の中で羞恥プレイを受けている状態が冒頭ってわけだ。
 それでは現実世界に戻るとするか。
 ………
 ……
 …


「ハルヒちゃんはキョンくんのことどれくらい好き?」
 見事な羞恥プレイだな。こいつならはぐらかして終わりだろうが。
「えっと……ずっと一緒にいたいくらい大好きです」
 おいおい。そんなセリフを言うな。いくら演技だからって赤くなるじゃねーか。
 ねーちゃんはそんな俺の顔を見てクスクスと笑いを浮かべた。
「キョンくんったら幸せ者ね。こんなに可愛くて、しかも想ってくれてる彼女がいるんだから」
 現実は違うけどな。いつも俺をこき使って、財布代わりに使うくせに、さらに訳のわからん世界に連れて行くようなやつだ。
「さ、着いたわよ。とりあえず一時間は自由時間ね」
 そう言うとねーちゃんは俺とハルヒの背中を押した。水族館。この場所で一時間ってけっこう辛いな。
「い、行くわよ」
 おい。何故、俺の手を握る。
「今日一日はカップルらしくでしょ。なによ、腕のほうがいいの?」
 ハルヒは俺の腕を取って抱き付いて……胸、胸が当たってる。手で良いからやめてくれ。
「最初からそうしときなさいよ。バカ」
 しかしこんなことをしてると……ほら、聞こえてきたぞ。後ろからヒソヒソ話が。
「やっぱり若いっていいわね。元気が溢れてるわ」
 違うんだよ、ねーちゃん。なんて言えたらどんなに楽だろうか。
 とりあえずこのまま周るか。少し恥ずかしいけどな。
「……ん」
 どうしたハルヒ。元気ないな。顔も赤いし……熱があるのか? 手も汗かいてるみたいだぞ。
「だ、大丈夫よ。それよりほら、行きましょ」
 ……? おかしな奴だ。
 それから一時間は普通に中を歩き回った。特に説明すべき出来事も起こらなかったしな。
 そして再びねーちゃんと合流して移動ってわけだ。次は街で買い物だとか。飯だとか。
「それにしても仲がいいわね。実はずっと後ろから見てたけど手とか繋ぎっぱなしだったし」
 気付いてたよ。俺じゃなくてハルヒがな。だからこそ離さなかったわけだ。
「そんなこと無いですよ。お姉さん達だって仲良さそうでしたよ?」
 ハルヒの猫被りトーク。素晴らしく人が変わってる。
「うふふ。わたし達は結婚してるからね。別にこんなことしたって恥ずかしくないわよ」
 ねーちゃんは少し体を動かすと、旦那さんの頬にキスをした。
 普通固まるよな。俺もハルヒも硬直状態だ。少し複雑な気分なのは昔の初恋の名残だろう。
「ふふ、まだ二人には刺激が強かったかしら」
 大笑いの前二人。固まったままの俺達後ろ二人。大人と子どもの差ってやつか?
「ハルヒちゃん。キョンくんなら『好き』って言いながら甘えればすぐに狼になるわよ」
 何を言ってる、ねーちゃん。そして頷きながら俺を見るな、ハルヒ。
「キョン……好き」
 反則、反則だそれは。上目遣いとかすり寄って来るとか顔が赤いとか反則だ。
 ねーちゃん! 面白そうに見てないで止めろ! マジで怒るぞ!
「あははは! ごめんごめん。キョンくんの困った顔が見たかっただけなの。ハルヒちゃん、やめてあげて?」
 まったく性格悪いな。昔好きだったねーちゃんは幻想か?
「……好きよ」
 まだ言ってるのか、ハルヒ。わかったわかった。
 ハルヒの頭を少しだけ撫でてやった。普段じゃ出来ないからちょっとした反撃ってやつだ。
「……好きだってば」
 わかったから落ち着け。ほら、もう着くぞ。
「…………」
 本当におかしいな。マジで熱があるんじゃないか? こいつは。


 街に着いてからすぐに食事にすることに。ちょっと高そうなんだが。
「心配しないでいいわ。全部わたし達が払うからね。買い物も好きな物買っていいわよ」
 それは悪い気がするがお言葉に甘えよう。貯金がキツいからな。
 とりあえずたらふく食事を取らせてもらい、街をふらつきながら買い物をすることに。
 そうなると基本的には男と女で別れるようになるよな。俺は気まずく旦那さんと並んで歩いてるわけだ。
 前ではねーちゃんとハルヒが楽しそうに品物を見ている。眼福だな。可愛い女二人の笑顔って。
 いやいや、俺は何を言ってやがる。ハルヒのことを可愛いなんて思ってないからな。
「キミ、昔あいつのこと好きだっただろ?」
 旦那さんに声をかけられて俺はむせた。何も飲んでいないのにむせた。
「初恋はいとこなんて良くあることだからね。アルバムを見た時にあいつも心配してたよ。キミがあいつを好きなことを自分で知ってたみたいだから」
 恥ずかしいな。そんなバレバレだったのか。死んでしまいたい。
「ははは。気にすることないよ。俺の初恋も似たような物だったし」
 ……男なら絶対に一度は通る道、か。
「お、女性陣がアイスを持ってこっちに来たみたいだ」
 ハルヒとねーちゃんは一本ずつアイスを持ってこっちに歩いてきた。……一本ずつ?
「はい。あーん」
 ねーちゃんは旦那さんに食べさせてやっている。ということは?
「はい。あーん」
 いやいや、無理だ。ここは人目もたくさんある。
「……焦れったい!」
 むぐ! おいおい、嘘だろ? 今、こいつ何しやがった?
「ハルヒちゃん、大胆ねぇ……。こんな所で口移しなんてわたし達でもしないわよ」
 ハルヒは少し俺に近付いて囁いた。
「あんたがちゃんとしないからよ。ねーちゃんにバレたく無いんでしょ?」
 そ、それもそうだ。悪かったよ。
「……バカ」
 ハルヒはすぐに歩きだしたが……最後のバカってなんだよ。俺は何かしたか?
 歩きだしたハルヒについて俺も歩き出し、ねーちゃん達も着いて来た。
 まぁしばらくするとさっきのように男女に別れてちょこっと買い物をして、別れの時間がきた。
「ちょっと寂しいな。またこうやって遊びに行きましょうね? これわたしの番号とアドレス」
 ねーちゃんは俺とハルヒに一枚ずつ紙を渡した。何だか名残惜しいな。
「キョンくん。こんなに良い娘はそんなにいないから大事にするのよ」
 はいはい。わかったからさっさと帰りなさい。
「もう、そんなに邪険にしないでよ。邪魔されたくないのはわかったから帰るわね。それじゃあまたね!」
 窓から身を乗り出して手を振るねーちゃんを見送って、俺はハルヒと歩きだした。
「今日は助かった。なんか礼をしなくちゃな」
 ハルヒは黙ったまま。さっきからずっとこんな感じで不機嫌なんだよな。
「なぁ、聞いてるか? 何でも一つだけ言うこと聞いてやるから。一日中探索でも校内30周でも何でもするぞ」
 いつまでも機嫌が悪いのは俺にも古泉にも迷惑だからな。
 やっとのことで振り向いて俺に顔を見せた。またその顔かよ。
 真っ赤な顔で何故か涙目。だから俺が何かしたのかって。
「今から今日が終わるまであんたはあたしの言いなり。まずはあたしん家に来なさい。歩くの疲れたからおんぶでね」
 さっきの訳あり顔はどうしやがった。……いや、態度は変わったが表情は一緒か。
 ハルヒをおぶって帰る道。俺達はいろいろなことを話した……なんてことは無かった。
 ずっと長い沈黙。ただ俺の足音が聞こえるだけ。一体こいつはどうしたんだ?
 なんというかハルヒらしくない。いや、俺だってハルヒの全てを知ってる訳じゃないが。
「ここ」
 やっと喋った一言は自分の家の位置を示すこの言葉だ。けっきょく機嫌は治らなかったな。
「じゃあな。今日は助かった。また学校で」
 しかしハルヒは背中から降りようとしない。
「あんたは今日が終わるまで言いなりって言ったでしょ? 今日は親はいないからあたしの部屋まで連れて行きなさい」
 つまり俺は12時まで逃げられないってことか?
「そうよ」
 ……わかった、わかりましたよ団長様。何でもいうこと聞きますよ。
 ハルヒから鍵を受け取り、家に入る。意外にデカい。そしてハルヒの部屋がある2階へと登った。
「はぁ……はぁ……着いたぞ。降ろしていいか?」
「ベッドの上ね」
 ベッドの上にハルヒをゆっくりと降ろし、その横に俺も座った。
 体力的に限界だ。マジでしばらくは立てんぞ。
「しばらく横になっていいわよ」
 マジか? 今はハルヒが神様に見えるぜ。お言葉に甘えさせてもらう。
 俺がハルヒのベッドに横になったその時だ。ハルヒが俺に馬乗りになった。
「次の命令よ。あたしに襲われなさい」
 何の冗談だ? もう彼女のフリは終わったはずだし、そもそもそこまでやる必要も無い。
 ……お? なんか落ちてきたな。雨か? 室内だからそれは無いか。まさか涙?
 ハルヒの顔を見ると、メチャクチャ泣いていた。ボロボロと涙を零すってこういうのを言うのだろう。
「フリだけじゃ嫌! 今日あたしが何回『好き』って言ったと思ってんの!? いい加減気付きなさいよ!」
 何言ってんだ。お前だってフリをするって朝言っただろ。
「じゃああんたは好きでもない奴に『好き』って何回も言えるの? キスとかできるわけ!?」
 そりゃ無理だが……ちょっと待て。もしかしてハルヒは俺を好きなのか!?
「そ、そうよ! さっきからずっと言ってるじゃない! 悪い!?」
 どんだけ俺が鈍いとしてもそれなら全て納得がいく。例えばこの間もだ。
 俺に付き合えと言われて喜んだ。だけど間違いだとわかって恥ずかしくて顔を赤くしたんだな。涙目は悲しかった分か。
 あの時『好き』だって言い続けた時もか。ねーちゃんに言われたことをそのまま実践したのもそれが理由か。
 ……もしかして俺、すごく失礼なことをハルヒにしてたのか?
「今日、あたしがどれだけ『あんたが好き』って言ってもあんたはフリだからって受け流した。それはひどいんじゃない?」
 気がつくとハルヒの顔は胸の上にあった。
「ひどいわよ。ひどいってば……」
 言うなよ。今、後悔してる所なんだ。ハルヒの気持ちさえ知ってりゃあんな態度を取るつもりは無かった。
「キョン。今日最後の命令よ」
 何でも言ってくれ。死ねとでも、頭を丸めて反省しろとでも好きなことを言ってくれ。
「あたしはあんたが好き。この言葉に返事を出しなさい」
「……わかった。ただし時間はもらうからな」
「親はいないって言ったでしょ。好きなだけ時間を使いなさい」
 そして沈黙の数時間が始まった。


 ちなみに、答えなんかとうに決まっていた。じゃあ何故時間を取ったのか。
 答えはこうだ。
『ハルヒと長く一緒にいたいから』
 夜も遅くなればもしかしたら帰らなくていいかもしれないだろ?
 いや待て。エロいとか思うなよ。俺は純粋な気持ちで一緒にいたいと思ったんだ。
 ハルヒの本当の気持ちを聞いたらそう思っちまったんだ。しょうがないだろ?
「……もう12時。いつまで待たせるのよ」
 あぁ、悪い。そろそろいいか。答えはイエスだ。どうやら俺もお前を好きだったらしい。
「……冗談は許さないんだからね。期待させて嘘、なんて言わないでよ?」
 そんなことは絶対に無い。何なら誓いの言葉でも言ってやろうか?
「言ってみなさいよ。その誓いの言葉って奴を」
 俺は一つ咳払いをした。
「俺は一生ハルヒを愛することをここに誓う」
 …………。
 今なんかおかしかったか? なんでハルヒは何も言わないんだよ。
「だってそれ、プロポーズ……」
「それの何が悪い」
 なるようになれだ。正直、今日のねーちゃんと旦那さんの関係には少し憧れた。
 どうせ付き合うならあの関係に一歩でも近付きたいんだよ。
「じゃあ、これ付けてよ……」
 ハルヒに渡されたのは指輪だった。あー、そういや小物屋でねーちゃんとゴチャゴチャやってたな。
 その時に買ってもらったやつか。
「わかった。手を出せ」
 ハルヒは言われた通りに手を出してきた……が、俺はそれをはたいた。
「痛いじゃない! や、やっぱり嘘……なの?」
「そうじゃなくて逆だ。右じゃなくて左手を出せ」
 左手に付ける指輪。それが何を意味するかわかるだろ? あぁ、もちろん薬指だ。
「あんたそれって……わ、わかったわよ。ほら」
 ハルヒは左手を出してきた。ごめんな、ハルヒ。数年後には自分の金でもっと高い指輪に代えてやるからな。
 心の中で一人、そう呟きながらハルヒの左手の薬指にそっと指輪を入れてやった。
「……大好き」
「俺もだ」
 ……チュッ。


おわり


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