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放課後。私が部室に一番乗りだった。
だれもいない部室は、もっとも読書を楽しみやすい。
しかし、その静寂はすぐに破られる。朝比奈みくるが扉を開けて入ってきたためだ。
「あ、長門さん。こんにちわ」
この時空における彼女は、私に対する苦手意識をもっていない。
部室の隅で、学校指定のセーラー服からメイド服に着替えた彼女は、ヤカンを水で満たし、カセットコンロの上におき、火をつけた。
彼女にしては珍しく、難しい顔をしながら温度計を凝視している。
やがて期待する温度になったのだろう。彼女は火を止めて、急須をかるく水で洗い、茶葉を入れ、やかんから直接湯を注いだ。
やかんに残った湯の行方は、ポットだった。
部室によいお茶の香りが広がる。彼女は湯飲みをふたつ用意し、急須から湯飲みにお茶を注ぎ入れている。
湯飲みと急須を盆に乗せると、長テーブルにそれをおいた。

朝比奈みくるに誘われ、私は古泉一樹がふだん座っている椅子に腰掛けた。
彼女は、その向かいの椅子に腰掛ける。
「今回は長門さんがお話を書いてくれませんか?」
彼女は、私の湯飲みを差し出しながら、そう告げた。
「どんな?」
「好きに書いちゃっていいんじゃないですか?」
なぜ答えが疑問形なのか。私の疑問に答えてほしいのに。
やむを得ず、質問を変えることにした。
「書いていけないことは?」
「えっちすぎるのはダメみたいですよ。あとは一般常識の範疇でお願いしますね」
「行為を生々しく丹念に描写してはいけない?」
「そうです。けど、長門さん、そんなの書けるんですか?」
「書くことは可能」
「別に書かなくていいですよ。……で、何か思いつきます?」
「何も思いつかない」
「そうですか。それならラブラブな話がいいですよ」
「ラブラブ?」
「そうです。時代はloveですよ。love」
意味がわからない。が、意志の疎通に齟齬をきたすのはよくあること。
そして朝比奈みくるは微笑みながら、言葉を続けた。
「ラブな話、お願いしますね」
「ラブな話とはなんのこと?」
「えーっと、そうですね。涼宮さんとキョン君のことを書けばいいですよ」
彼と涼宮ハルヒとの間に醸成されつつある感情は、愛と呼ばれるものになりつつあるようだ。
それを書くということでいいのだろうか。
「あの二人の赤裸々な行動について書くということ?」私はそう確認した。
「なんかえっちっぽく聞こえますけど、そういうことです」


部室の扉が開き、彼が姿を現した。
「こんにちわ」
「こんにちわ」朝比奈みくるが微笑みで彼を迎えた。彼女は立ち上がって、彼に席を譲り、その隣の椅子に腰掛けた。
「よう、長門。元気か?」
私はうなずきであいさつに代える。彼は満足そうにうなずいた。
「なんの話をしてたんです?」
彼は、長テーブル側の定位置に腰を降ろした。朝比奈みくるはお茶を入れ、
「今回のお話は、長門さんが書くってことです」
「ああ、そういえば長門が書いた話ってのはないな」
「それで、キョンくんと涼宮さんの事を書いてもらうんです」
「ラブラブな話」私は彼に話の内容を説明した。「イチャイチャまたはベタベタも可」
「あのな、長門。俺とハルヒはそんなんじゃないんだ。所かまわずいちゃつくバカップルみたいな言い方はやめてくれ」
時と場所を選べば問題ないのだろうか。そうなると適切な場所はどこか。
測定によって得られない情報。ならば質問する以外にない。
「どこでいちゃつくの?」
「だから長門、そうじゃないんだって」
彼の表情に焦りが見受けられる。なにかを隠しているのだろうか。
「でも、最近部活終わってから二人でどこかに消えますよね?」
「朝比奈さんまでそんな」
具体的な場所を提示することで、答えが得られるかもしれない。私は彼らが訪れた場所についての情報を『閲覧』することが出来る。
私が追跡していれば、彼らがイチャついたかどうかの情報が入手できたであろうが、このような事態を想定していなかったため、存在しない。
「ここ2週間で、ドーナツ屋に4回、ハンバーガー屋に4回、ファミリーレストランに2回、レンタルショップ、デパート等に1回。そして彼女の家に2回。
それぞれ二人で訪れている」
「な、長門?」彼は目を大きく開き、驚愕の表情を浮かべている。
「そのどこでイチャついたの?」
「だから、そんなところでイチャつかねえよ」
「ではどこでイチャついたの?」
「だから」


部室の扉が開き、白いビニール袋を下げた古泉一樹が入って来た。
微笑みを仮面としているが、いつのまにか仮面を脱ぐことが出来なくなった人物。
端麗とされる容姿のため、恋愛相手には困らないが、確実に一度のデートで振られてしまうという経験の持ち主。
その経験は、精神外傷となっているものの、それを表に出すことは少ない。いずれは克服できるものと本人が考えているためで、私もそれには異論はない。
彼は一瞬おどろいたようだったが、空いている椅子に腰掛けた。
「よぉ、古泉。何に持って来たんだ?」
「この近くで見つかった化石ですよ。アンモナイトで特に珍しい訳ではないのですが、ちょっとは話のネタになるかと思いまして」
古泉一樹は白いビニール袋から石を取り出して、彼に見せた。
彼は手にとって、それを眺めると、古泉一樹に返した。
化石は、また白いビニール袋にしまい込まれた。
「しかし、なんの話をしてたんですか? 僕もまぜてくださいよ」
「長門さんが、今回のお話を作ることになってるんです」朝比奈みくるが説明した。
「そのため彼にインタビュー中」私は説明に補足を与えた。「ラブラブな話を作るために必要」
「は、はぁ。ずいぶんメタなお話ですね」
「問題ない」理解してもらう必要はない。そのまま受け止めてほしい。
「そうですか?」古泉一樹は首をかしげながら言った。
「問題はない」私は語気をほんのすこし強くして言った。
「分かりました。問題はないということで」


「いや、だから俺とハルヒでラブラブな話を作る必要はないだろう?」
狼狽しているという形容詞は、いまの彼のような状態に用意されたのだろう。
「えー涼宮さんが言ってましたよ、キョンくんは雰囲気に弱いって」
くすくす笑いを含みながら朝比奈みくるが言った。
「いや、俺だけじゃなくて、あいつも弱いんで歯止めが効かない……なんてことはまったくないぞ?」
「そう」
ひとつ重要な情報が入手できた。二人とも雰囲気に弱く、歯止めが効かないということ。
「へえ、じゃあ勢い余ってキスなんてこともあったりして?」
朝比奈みくるは非常に楽しそうな表情を浮かべ、追い打ちをかけている。その線を追求しておくと、重要な情報が得られるかも。
「あ、朝比奈さんもなにをいうんですか……もう、勘弁してくださいよ」
「2回目のキスはいつ?」私は質問した。
「な、長門」
「眠り姫を覚ましたのが1回目と……」古泉一樹がぼそりと発言した。
「2回目のキスはいつ?」
私はもう一度同じ質問を繰り返した。なぜ、この質問に私はこだわるのだろう?
何故? 
私が持ち得ないはずの感情が、私の意識に存在している。
これは……人が嫉妬と呼ぶ感情。
何故、私がこれを? 
それは驚愕といってもいい出来事。
あってはならない出来事は、私の自律行動を阻害してしまう。
そのため私はあらゆる攻性情報から無防備になってしまった。


「おい、長門?」彼の声が聞こえる。目を開くと、目の前に木目模様が見えた。体を起こすと、心配そうな彼の顔が目に入った。
「どうしました?長門さん」古泉一樹の声も聞こえる。朝比奈みくるは口に手をあてて、絶句しているようだ。
「……攻撃」
「なに??」
「一瞬の油断によって、攻性情報から無防備になってしまった」
「大丈夫なのか?」彼の声が鋭い。
「私は問題ない」
「そうか……びっくりしたぜ」彼はため息とともに言葉を吐き出している。
「しかし……涼宮ハルヒがこの時空から消失している」
「なんだって!?」彼は身を乗り出して、私の肩をつかんだ。「どういうことだ?長門」
「渡り廊下と部活棟の境に、特殊空間の存在を確認した。敵性存在の情報改変が行われ、彼女はそこに移動させられた可能性が極めて高い」
「なんてこった……」彼は頭を抱えた。「長門の力でどうにかならないのか?」
「私の力では、その時空への干渉が行えない」
「最悪じゃねえか………くそっ!!!」
彼が立ち上がった。なにも言わずに部室の扉を開け、廊下に躍り出た。
そして大声で叫び始めた。
「おい、ハルヒ。聞こえるか?俺だ。おまえは迷子になってるんだ、俺の声が聞こえたら、こっち向かって歩いてこい!」
「僕たちに出来ることはないのですか?」古泉一樹が私に向かって言った。
私は首を降る以外にすべがない。
「そうですか……」古泉一樹が唇をかみしめながら言う。「冬山で攻撃をしかけてきた存在ですか?」
「そうかもしれない」私はうなだれるしかなかった。「……私の油断」
「攻撃は続いていたんですか?」
「これまでなかった。油断を待っていたと考えられる」
「まいりましたね……」
彼が大声で叫ぶ声がまた聞こえて、胸が締め付けられる感覚を覚える。
人が人を失うとき、くらべようのない悲しみを覚えるという。
彼の声は、まさしくそういう声だった。


「キョン!」
涼宮ハルヒの声がはっきりと聞こえ、耳を疑った。古泉一樹は奇妙な表情を浮かべながら立ち上がった。
二人で部室の扉を開け、廊下に出た。
しっかりと抱き合う彼と涼宮ハルヒがそこにいた。
「俺の声、聞こえたのか」
「うん。始めは聞こえなかったんだけど、かすかに聞こえてきて。で、そっちに行こうとするんだけど、全然進めないの。
で、目を閉じればいけるかもって思って、そのとおりにしたら、あんたの声がどんどん大きくなって……良かったぁ」
涼宮ハルヒは、彼の背中に腕を回ししっかりと抱き締めている。上着を握り締める手の指が白い。
声がくぐもっているのはきっと彼の胸に顔をうずめているからだろう。
古泉一樹が長いため息を漏らすのが分かった。


涼宮ハルヒは団長席に腰を落ち着け、朝比奈みくるがいれたお茶を飲んでいる。
安堵の表情になっているものの、精神状態は高揚したまま。
彼は定位置に座っている。目が赤くなっているが、誰もそれには触れない。
「一体あれなんだったのかしら?」
彼は一瞬古泉一樹に視線を送り、かすかにうなずいた。古泉一樹はそれだけで、なすべきことを理解したようだった。
「ひょっとすると、これのせいかもしれません」古泉一樹は、白いビニールからアンモナイトの化石を取り出した。
「なにそれ? アンモナイト?」
「涼宮さんに一度見ていただこうかと思って、持って来たのですが……」
「え、ああいう現象が以前にも起きたとか?」
「大きな声では言えませんが」
「ほんとに?」
「内密にお願いしますね。……すみません、こんな変なものを持ち込んでしまって。許していただけますか?」
「いいのよ、久しぶりに面白い体験も出来たし」涼宮ハルヒは笑顔を浮かべつつ言った。「それ、どうするの?」
「知り合いに預けて処分してもらうようにしますよ」
「え、置いておいてもいいんじゃない?」
「それは……まぁ、団長がそうおっしゃるなら……」
「じゃあ決まりね」涼宮ハルヒは彼に向き直ると言った。「キョン、それをちゃーんと大事に管理しなさい。団長命令よ」
古泉一樹は、嘘を一切つかず、彼女を納得させることに成功した。
彼は何も言わず、肩をすくめ、その化石を古泉一樹から預かった。
その顔は心底、ほっとしている顔だった。


その夜のことを、差し支えのない範囲で記述しておく。
涼宮ハルヒは自らの力を持って、特殊空間からの帰還を果たしたと統合情報思念体は結論づけた。
彼の呼びかけは、涼宮ハルヒの力を誘導するのに用いられただろうと考えられた。
すこしだけずれた世界に、統合情報思念体は存在せず、そのため観測が行えなかったため、正確なことは分からないままとなった。
私は処分を想定していたが、逆に機能拡張が行われた。
攻性情報への対処能力が向上し、無意識下においてでも防御可能となった。
問題となった嫉妬という感情については、それへの反射機能が備わった。
私がなぜ処分されないのかは、わからないままとなった。


翌日のエピソードで、この話を締めたい。
私は彼を部室に呼んだ。どうしても一言言わなければならないことがあったために。
「どうした? 長門」
心配そうな顔で彼は言った。昼休みに呼び出すなど尋常ではないと感じている目だった。
「一言伝えたいことがある」私は彼の目を見ながら言った。
「どうした?」彼はいぶかしげな表情を作った。
「……ごめんなさい……私のせい」私はうつむくことしかできない。
彼の目を最後まで見ることは出来なかった。
頭に暖かい何かが乗せられた。見上げれば、彼の手が私の頭にのっていた。
彼は笑顔を作り、私の頭を撫でながら言葉を続けた。
「なにいってんだよ。長門のせいなんかじゃねえよ。
ハルヒは喜んでたし、こっちに戻ってこれたんだ。問題なんかねえよ。
敵がいて、そいつの仕業なんだろ?
俺には力なんてないからな。みんなを頼るしかないのがつらいところだが……
みんなで敵をやっつけちまおうぜ。な、長門」


頭をなでられることが、こんなに心地よいものだとは思わなかった。
この感情は記録しておくべきと、私は判断した。
必要な時に、いつでも再生できるように。


おわり

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