勘が良い読者は、すでに気づいているだろう。
しかし、それは本当に勘の良い人間だけだ。
それは、この事件の犯人が見せた本性だ。
その本性は、普段の性格とは正反対で、非常に冷酷で残酷だ。
『ヤツ』は少しだけ、本当にわずかだったが本性を見せた。


午後五時五十七分。一年五組の教室にて。



目を覚ますと、教室に居た。
窓の外を見ると、すでに日は暮れていて真っ暗だった。
目の前には長門が居た。長門は俺のほうではなく、黒板のほうを見ていた。
黒板の前にはあいつが立っていた。

朝倉。

ホントにカナダに行っちまえばいいのに。
この光景は見たことがある。俺の心の傷がサバイバルナイフでさらに広げられる。
全身に鳥肌が立つ。やっぱり、朝倉には慣れん。
「情報連結を解除」
長門はそう呟いた。
朝倉は足元から光の粒となって消えていく。
なんだ?
いきなり決着がついたのか?
俺が寝ている間に激しい戦いが繰り広げられたのか?
その割には教室は綺麗だ。
それとも戦いなんて無かったのか?
「キョンくん、思い出して」
朝倉は俺に向かって言った。
「インターフェイスにも不可能はあるわ」
朝倉は完全に消えた。

……あっけない。あっけなさ過ぎる。
おかしくないか?
「彼女は抵抗しなかった」と長門。
なんで?
「自分ひとりの力では私に勝つことができないと彼女はわかっていた」
……なるほど。そういうことか。
「これで終わったのか?」
長門はコクと頷いた。


午後六時。廊下にて。



俺は今、廊下を長門と二人で歩いている。
理由なんか無い。ただ単に帰るだけだ。
「本当にこれで全部終わったのか? 俺が廃墟で見たのは明らかに長門だったんだが……」
「彼女が光の屈折率を変更して、貴方から見える姿を変えた」
「古泉はどうなるんだ?」
「大丈夫。私が助けに行く」
「……結局、朝倉は何がしたかったんだ?」
「あなたが私と朝比奈みくると古泉一樹を殺害することで、涼宮ハルヒが情報フレアを発生させる。彼女の目的はそれの観測」
なるほど。

……それにしても、廃墟で見たあの朝倉は長門の真似が下手だったな。
長門はあんなにわかり易い説明をしたりはしない。聞いているだけで脳みそが疲れるのだ。
情報なんたらとか有機生命体とか、めったに使わないような単語ばかり使うのだ。

「これで終わったんだな?」
長門は力強く頷いた。
「これで終わり」
よかった。長門がそう断言するのだから間違いない。
「そういえば拳銃は?」
「部室」

それはまずいんじゃないか?

俺は全速力で走った。階段の昇り降りが非常にきついな。
階段を走って上るときの運動量はアメフトよりも上らしい。
「どうしたの?」
「部室にあんなもん置いとくわけにはいかないだろっ! 銃刀法違反で捕まりたくはない!」
ええと、あと何発残ってたっけ? 装弾数は6発で、長門に撃ったのが外れて、それからまた撃って……
「4発」と長門。
走りながらの計算ご苦労様です。まあ、小学生でもすぐわかるけどな。
って、まだ4発も残ってるのか! まずいじゃないか。弾を使い切っちまえばよかった!

それにしても、さっきからずっと気になっていたことがあった。
朝倉が最後に言い残した言葉だ。

『キョンくん、思い出して。インターフェイスにも不可能はあるわ』

思い出せ、と言われても何を思い出せばいいんだ?
インターフェイスにも不可能があることくらいは思い出さなくてもわかっている。
朝倉は俺に何をした?
タイムスリップしたり、自分を殺そうとしたり、密室に閉じ込められたり。
もっと前の話か?
こんなことを考えているうちに、部室の前に到着した。

……部室の電気が点いたままだぞ。
「涼宮ハルヒはまだ中にいる」
……今までのことをどう説明すりゃいいんだよ。
「眠らせる」
ああ、そうしてくれ。

ドアを開くと、長机に突っ伏してハルヒは寝ていた。まだそこには朝比奈さんも居たが、
彼女はいつもどおりの位置に座って、心配そうに俺を見ていた。
窓ガラスは見事に割れていて、涼しい風が部屋の中に吹き込んでくる。カーテンが静かになびく。
「キョンくん、大丈夫ですかぁ?」と朝比奈さん。
ええ、大丈夫ですよ。あなたに心配していただければ、デスノートに名前を書き込まれても百まで生きます。
それにしても……俺はドアだけでなく、窓ガラスの修理費も払わなくちゃならないのか。
「あの、ピストルがどこにいったかわかりますか?」
「え、あの、わかりません……」
俺はこの床に落としたのだが、足元には無い。でもこの部屋にあるのは確かだ。ピストルが勝手に歩いていくわけないもんな。
困ったな……探すしかないな。ハルヒを起こさずに。


ここでオセロをしているときに、古泉がオセロの話をしたのは先月の下旬のことだったかな。
「シェイクスピアの『オセロ』をご存知ですか?」
「内容は知らんが聞いたことならある」
「主人公のオセロはヴェニスの貴族で、妻のデズデモーナと非常に仲の良い夫婦でした。
彼の旗手、イアーゴーは同輩であるキャシオーの昇進を憎み、オセロに、
デズデモーナがキャシオーと通じていると嘘をつきます。
それを裏付けるために、イアーゴーはデズデモーナのハンカチを盗み、キャシオーの部屋に置きました。
それを知ったオセロは激怒し、デズデモーナを殺し、キャシオーをイアーゴーに殺させました。
イアーゴーの妻、エミリアは、デズデモーナのハンカチを盗んだのはイアーゴーであることを告白し、
イアーゴーはエミリアを刺し殺して逃げるのですが、すぐに捕らえられます。
オセロはデズデモーナを殺してしまったことを後悔し、デズデモーナに口づけをしながら自らの命を絶ちました」
「典型的な悲劇だな」
「そうですか? 僕は好きですけどね。ちなみに『オセロ』はシェイクスピア四大悲劇のうちのひとつです」
「他の三つは?」
「『リア王』『マクベス』『ハムレット』です」
「『ロミオとジュリエット』は?」
「『ロミオとジュリエット』は四大悲劇のような重厚な悲劇とは考えられていないんです」
「なんでだ?」
「さあ、僕が決めたわけではありませんからね」



ああ、くそ。見つからない。
24センチもあるんだ。そんな簡単に無くなる筈ないだろう。
「朝比奈さん、俺と長門がここを出てからこの部屋に入った人間は?」
「い、いません」
必ず、この部屋にあるはずだ。朝比奈さんが嘘をつくとは思えないし、理由が無いからな。
机、椅子の下や、壁と棚の隙間なども調べたが無い。誰かが持ってるんじゃないか?
「誰かって、誰ですかぁ?」と朝比奈さん。
あなたのことじゃありませんよ、朝比奈さん。
誰か、拳銃を必要とする人間……知らん。
そもそも、この部屋には誰も入っていないんだ。誰かが持って行くわけないだろう。
何処にあるんだよ本当に。


『インターフェイスにも不可能はあるわ』


だからなんなんだ。
そりゃ、誰だって不可能なことはあるだろう。
この言葉がさっきから気になって仕方ない。TFEIにできなくて、他の者にできること?
俺を消火器を殴るのは俺だってできるし、俺を廃墟に閉じ込めるのもできる。コンバットマグナムを乱射することでもなければ、
消火器でドアに穴を空けるわけでもない。
古泉を廃墟に閉じ込めることもできるし、オセロだってできるし、一昨日に俺を遡らせることも……





待てよ?
朝倉は俺を二日前に送ることはできない。
つまり、俺を騙すのは不可能なんだ。
これは一体、どういうことだ?
「長門、お前みたいなインターフェイスは過去に遡ったりできるのか?」
「できない」
どういうことだ?
つまり、俺を二日前に送ることができる人間は朝比奈さんのみ、ということか。
だが、俺を嵌めるためには俺を二日前に遡らせて、過去の俺に俺の俺による殺人現場を目撃させなければならない。
つまり、俺を騙すことができるのは……


『長門と朝比奈さんにも注意するんだ。あの二人も同じ理由でハルヒを憎んでいるだろうからな。
機会があればすぐに殺すだろう。事情を知ってるお前もな』


……今日、全身に鳥肌が立つのは三度目だ。
「……どうかしたんですかぁ?」
「い、いえ、大丈夫です」
今、気づいた。
本当に朝倉はただの被害者だったんだ。俺を騙して殺そうとしたのは……





今、俺の目の前に居る、二人だ。
そう、最初から朝倉は嘘なんてついていない。本当に復讐をしたかっただけなんだ。
あのとき、俺を助けることができなかったのは長門が居たから。
全部、長門と朝比奈さんの罠だったんだ。
「気づいた?」
長門が俺の方を向いて、静かに言った。
「……何にだ?」




「私たちが、あなたを騙した。あなたを閉じ込めた。あなたを殺そうとした」




コイツは、今、俺を殺す気だ。
俺の手元には消火器も無ければ、コンバットマグナムも無い。コイツには勝てない。
「……俺はまだ死にたくないんだが」
俺は一歩、後退りした。
「あなたの意思は関係無い。どうせ、すべて貴方にはバレている。なにもかも貴方は知ってる。だから殺す」
いつもの長門とは喋り方が違う。
急いで廊下に飛び出して、消火器を手にする。
長門はそれを見て、表情が変わった。それも少しではない。
「……戦う気?






アハハハハハハハハ!! わたしに勝てると思ってるの?」
目まで笑っている。こんな長門は初めて見た。おそらく、三年もの間、演技をしていたのだろう。
「自分ひとりの力で真相に辿り着けたのは、馬鹿な貴方にしては上出来。でも、わたしに勝てると思ってるの?
犯人がわかったからって、犯人を倒せると思ってるの?」
これがコイツの本性か。信じられん。
「あなたは馬鹿。今までずっと、騙されていることに気づかなかった。
宇宙人って言われて信じるとは思わなかった。でも馬鹿なあなたは信じた。お陰でこっちはとっても楽だった。
あなたは本当に馬鹿な人。閉鎖空間は発生しても、世界が改変されたり、雪山で遭難したり、
そんなにハプニングが連発するワケないでしょ! なんで、今まで騙されてるって気づかなかったの?
私を信頼しきってたの? だとしたら、あなたは大馬鹿。だって、わたしは敵だもの。アハハハハハハハ!!」
俺は大笑いしている長門に向かって消火器を構えた。
「アハハハハハハ!!! あなたほど馬鹿な人間は初めて! そんなに自分に自信があるの?
それともヤケクソ? いいよ、かかってくれば?」
俺は震える足を前に踏み出して、笑う女に向かって消火器を振り上げた。
そのとき、アイツがダブルアクション式のコンバットマグナムを構えているのが見えた。



最終章 ~デズデモーナ~


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