「いつまで続くんだよ…」
俺はいつもの部室で、ぼんやりと空を眺めていた。
ありふれた風景のはずなのに、ありふれた日常は消えていた。
ほかのSOS団員は何をしているんだ?
窓の外はバシャバシャと音を立てて、雲の涙のように液体が降り注いでいる。
あいつらは、この雨にまぎれて…地面に落ちて…蒸発してしまったのだろうか?
長門、朝比奈さん、古泉、それに…ハルヒ。
――――誰も、やってこない。
放課後の楽しみ、そんなものが、ここには詰まっていたのに。
先週の水曜日から、揃って学校に来ない4人。ちょうど一週間が経つ。
なぜ?なぜだ?このまま退学して、自宅警備員として生きるつもりか?
俺は、今日の部活動が終わったら何をしようか、と考えていた。
だけど、思いつかないものは思いつかない。
今日はまだ水曜だ。土曜になっても誰も来なかったら、
長門の家にでも行こう。あいつなら、何か知っているはずだ。
そして、淡い高揚を抑えるためにも。
席を立ち、いくらか歩き、ドアノブに手をかけ、力を込め、手前に引く。
カチャッというこの音を、俺は今まで何回聞いただろうか?
廊下を淡々と歩く。下駄箱まで止まらずに。俺の想いも、止まらぬように。
下駄箱に着き、靴をしまう際に、紙切れに気づいた。
"午後七時 光陽園駅前公園にて待つ 長門"
いつか見たような文面だった。
そうだ、あの時は、借りた本に――
「よりによって、雨のこの日か…?長門」
この公園に来ることは、ほとんどない。
それでも、前に来たときより陰湿な…それでいて異様な雰囲気を感じた。
雨のせいだろうか?…だよな。そうとしか考えられない。
俺は傘をさしながら、ぼんやりと立ち尽くしていた。
時計は持っていない。だが家を出たのが六時半だ、そろそろ約束の時間だな。
…
……
………
「長門っ!!!」
無意識のうちに叫んでしまっていた。
長門は学校の制服姿で、水色の傘を差しながら、言った。
「家に来て。これ以上濡れると風邪をひく恐れがある」
だったら最初から家に呼べよ!というつっこみは、やめておこう。
「長門、おまえ今までどこにいたんだ?それに皆は?」
心配だ。
「皆なんで学校に来ないんだ?!」
不安だ。
「今すぐ答えてくれ。朝比奈さんは?古泉は?ハルヒは!?どこだ!」
「今は答えられない」
暗闇が心を支配している。
長門と一緒に歩き、マンションの一室に到着するまで、
これ以上の会話は一切無かった。なんなんだ、これは。
長門の部屋も相変わらずだ。
靴を脱ぎ、電気をつけ、あの時と同じテーブルに座る。
出されたお茶は残さず飲む。おいしい!そこまではいつものことだ。
「それで、長門。そろそろ…教えてくれないか?」
「涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、古泉一樹。彼女らの存在は抹消された」
えっ…?待て待て待て待て…よ……?まっ…しょう…?
抹消ってなんだ?ハルヒってなん…だ?なんだよ…なんだよ?
「そ、それは…どういうことなんだ!」
「彼女らはまったく別の世界に存在している。簡潔に述べるとパラレルワールド。
この世界には戻ってくることは絶対にない。何故なら―――」
そこまでは覚えている。
なぜ別の世界に行っただとか、もう戻ってくることは無いだとかの
理由を細かく話してくれていたようだが、そんなことはもう、どうでもよかった。
「わかった…それで、なんでおまえだけがこっちの世界に残ってるんだ?
SOS団の三人は消えたのに…なんで、おまえだけ?」
「希望したものだけが行くことが出来る、と説明した」
なにっ…!?希望だと?希望して…希望して行ってしまったのか!?
ハルヒたちは…望んで…行った…畜生、俺には絶望しか残らないじゃないか!!
…そうだ!俺は、苦肉の策ながら、希望の道があることに気づいた。
「じゃ、じゃあ!俺たちも、そのパラレルワールドってやつに行くことは出来るのか?!」
「一度別の世界へ移動すると、元の世界へは戻れない。
精神的・肉体的にほぼ変化は無いが、
この世界での人との関わりはすべて無かったことになる。
移動する人物の年齢などを考慮し、あまり不自然ではない状況へと移動させる」
「そういうことか…。記憶はなくなる、と言ったよな。
俺たちが、また、SOS団全員が会える確率はどれぐらいあるんだ?」
「…わたしの計算によると、0,002%の確率で、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、
古泉一樹、あなた、私が会うことになる」
なんだその低確率は!?こんなふざけた団体に協力してやったのに、
あっちの世界じゃ、集まるだけでそんな難しいのか?!ひでぇもんだな…
「それでも、俺たちがまた、あいつらに会える可能性は…あるんだよな?」
「ある」
「今すぐ、パラレルワールドへ移動できるか?」
「出来る」
なんという…。こんな時、俺はどうすればいい、長門?
可能性を求めて一緒にあっちの世界に移動するか…?
長門と二人だけで、SOS団として活動するか…?
そういえば、ひとつ疑問があるな。
「長門、なぜおまえは移動しなかったんだ?」
「私がいなければ、あなたはあちらへ移動出来ない。
それに、私はあなたを必要としている。
それは一種の恋愛感情」
「えっ…?」
俺はこの時を、待ち侘びていたのかも知れない。
外は未だに、雨が降り続けている。容赦の無い涙。
その涙は、俺に返答をせがんでいるようだ。
「長門、もう一度言ってくれ。よくわからない」
「私はあなたを必要としている。それは一種の恋愛感情」
「長門…本当か…?」
「本当。嘘は言わない」
「長門…実は、俺も…なんだ」
「俺も、って何?」
「俺も、長門のことが…好きなんだ。恋だ。
ただの人間が、宇宙人に惚れたなんてお笑いかもしれない。
けど、俺は、長門のことが大好きだ。だから」
ぎこちない動作だったとは思う。
俺たちはいつのまにか立ち上がっていて、
長門と、最初で最後であろう口づけを、した。
「長門…好きだ」
「わたしも」
―――抱きしめる。長門のすべてを。あっちでも、忘れぬように。
「…よし、もう悔いはない。可能性が少しでもあるなら、俺は移動したい」
「わかった。すぐに行う」
「えっ?今すg…」
目の前の長門が白い光に包まれたと思った瞬間、
俺の視界は遮断された。
…って
…ててて…いてーっ…
なんだ…痛いな…?
ったく…もうやってられないな…
俺は埼玉県の県立高校に通う、ごく普通の男子高校生だ。
こんな歳になってベッドから落ちるなんてお笑いだな、まったく。
今日も勉学に勤しむため、俺はさっさと制服に着替えて
メシを食って、出発することにした。
自作のたまごゴハンを頬張りながら、時計を見る。
もう午前七時か!早いな…昨日は午後七時すぎに寝たはずなんだけどな。
しかも今日は久しぶりに朝から雨だ。ちくしょう、憂鬱にさせてくれるぜ。
イヤな気分で教室に着くと、先生が見知らぬ生徒を連れてきていた。
なんだよあいつは?転校生か?また生徒が増えるのか?
こんなマンモス校に来るなんて気が狂ってる。
「皆静かに!今日からうちの学校で学ぶことになった転校生だ。
皆、仲良くやってくれ。自己紹介をよろしく頼む」
「長門有希です。前の学校では文芸部に所属してました!これからよろしく!」