珍しく高校まで自転車に乗ってきたキョン。
あたしは、持って帰る荷物が重いからダメだと渋るキョンに命令して無理矢理後ろに乗った。
高校から駅へと下る急坂。もっとスピードを出せというあたしに、キョンは危ないからとブレーキを握り締めてゆっくりと降りていく。
行程半ばに差し掛かった頃、負荷に耐えかねて前輪のブレーキワイヤーが切れた。そのままジェットコースターのように増速しながら落ちていくキョンとあたしを乗せた自転車。必死に後輪のブレーキだけで自転車を抑えようとするキョン。それもほどなく音を上げた。あたしは怖くなってキョンにしがみついた。
カーブの手前に差し掛かり、抑えることはあきらめたのだろう。自転車を横倒しながらキョンはあたしを抱きしめた。何回転廻っただろう。最後に強い衝撃を感じて止まった。
転がった衝撃より、抱きしめるキョンの力のほうが痛かった。
顔を上げた。目の前にキョンの顔がある。
キョンが唇を開いた。真っ赤な血を吐き出しながら。
だ・い・じょ・う・ぶ・か? そう言ってるようだった。
大丈夫だから。あんたこそしっかりして。あたしは叫んだ。
キョンは震える手でゆっくりとあたしの頬に触れると、安心したように微笑んだ。
そのまま崩れ落ちる手。あたしはキョンの名前を繰り返し叫びながら落ちた手を取り体を揺さぶった。
返事はなかった。冷たくなっていく手。キョンはもうここからいなくなったんだ。そう感じた。
キョンとあたしは病院に運ばれた。
あたしはかばってくれたおかげで腕と足に擦り傷を数カ所と足に5針縫う怪我だけですんだ。
でも。
キョンが死んだ。
あたしをかばって。
霊安室で顔に白布を被せられ横たわるキョン。妹ちゃんはすがりついてわんわん泣いている。あたしが看護師さんに付き添われながら申し訳なく入っていくと、ご両親は目を真っ赤にしてときどき目頭を拭いながら、逆にあたしの傷を心配してくれた。うちの子が二人乗りなんかして、女の子に怪我をさせるなんて、ごめんなさい、と。一言も責める言葉がなかった。心が痛かった。どうしてあたしのせいだと言ってくれないのだろう。そのほうが痛くないのに。
遅れて、みくる、有希、古泉くんが駆けつけた。みくるは妹ちゃんと二人抱き合いながらわんわん泣いてキョンの名前を呼んでいる。有希は静かにキョンの亡骸をみていた。古泉くんはあたし達の代わりにご両親にお悔やみを述べ、みくるを慰めていた。
一晩大事をとって入院したあたしは、退院すると病院から直接葬儀に参列した。クラスメートもみな参列していた。女子生徒は涙を流している。男子も目が潤んでいる。谷口と国木田は特に親しかったからか、泣いていた。
クラスメートと古泉くんに支えられた棺が霊柩車に運ばれ、火葬場へ去っていった。
あたしは、どこか他人事のようにそれを見ていた。現実を受け入れることができなかった。だから、涙も出なかった。
翌日、全校集会で報告があったらしいが、あたしは学校を休んだ。一日中、キョンの体の眠る場所で、キョンの新しい名前の入った木の板を見つめていた。
その翌日、あたしはいつものリボンのついたカチューシャを黒色の物に変えた。
登校前に花を事故現場に捧げ手を合わせる。あたしのことを心配してみくるが一緒についていてくれた。一緒に花を捧げ、手も一緒に合わせた。
クラスメートは気を遣っているのか、誰も話しかけてこない。それはいつものことだし特に気にならなかった。放課後は部室にずっといた。あいつがふらっと現れるような気がして。
その翌日も、事故現場に花を手向けてから登校した。下駄箱で靴を履き替えているとひそひそ声が聞こえる。あいつのせいで死んだとかそんなこと。校内のいろいろなところから声がする。キョンとあたしの関係を知っているクラスメートとSOS団の皆と鶴屋さんは、あれは不幸な事故なのだと、今のところいつも通り接してくれている。
違う、あたしが悪いんだ。キョンはあたしのせいで死んだんだ。そう言いたかった。そう言われて責められる方がずっと楽だから。
毎朝、花を手向け手を合わせてから、学校に通う。放課後は部室で決して現れない人が現れるのを待った。
一週間たった。
今日も事故現場で手を合わせながら思った。どうしてあたしが死ななかったんだろう。
あたしが悪いのだから、あたしが死ねばよかったんだ。
教室のドアを開けても、部室のドアを開けても、いつもいるはずのキョンがそこにいない。
キョンがあたしのそばから永遠にいなくなった。それを認めるためにはこれだけの時間が必要だった。いなくなったのがわかってどれだけ自分にとって大切な人だったかわかった。もっと素直になればよかった。今ならちゃんと自分の気持ちを言える、でも彼はもういない。
死んだら、キョンにまた逢えるだろうか。
逢えたら、言いたいことがあるの。
だから死んだらいいんだ。自分が。
そうすればまた逢える。そんな気がした。
この世でなくともいい。また逢えることを願った。
冷たいものが頬を伝った。
……
クラクションの音がする。あたしはゆっくりと振り向いた。猛スピードで車がこちらに向かってくる。ブレーキが効かないのだろう、引きつった運転手の顔が見えた。全てがスローモーションように流れ、これから自分がどうなるのかわかった。怖くはなかった。
またキョンと一緒にいられる。今度はちゃんと素直になろう。謝ろう。
そして、自分の想いを伝えよう。
不思議と痛みはない。意識が遠くなる。
………
……
…
やっと逢えたね。大好きよ…キョン…