暑い。まだ夏までは相当あるが暑い。ハルヒの力のせいかだって?
 違う違う。あいつもそこまでバカではない……はずだ。じゃあどうしてだろうか?
 簡単だ。厚着で動きまわってりゃ暑いに決まってる。
 俺は現在バイト中だ。もちろん古泉紹介の割の良過ぎるやつだ。
 デパート屋上ヒーローの中の人、それが俺のやっているバイトだ。
 ちょっとしたアクション(敵役の人が勝手に吹っ飛ぶフリをするやつだ)と、子どもの相手をするだけでかなりの額をもらえる。
 まったく良い日雇いバイトを手配してくれたぜ。今回は古泉に礼を言っておくか。
 そのショーの監督の指示通り、俺は見た目が派手な技を出しまくっていた。
 跳び蹴りとか回し蹴りとか……って待て。今、妙な団体を見つけたぞ?
 しかし動きを止めるわけにはいかない。ならばもう一度蹴りとか出しながら確認してやる。
 ……蹴りばっかだな、俺。まぁいいか、とりあえず確認だ。とりゃ!
 はぁ……もっとも来て欲しくない団体がいやがる。
 古泉の奴、ニヤけ笑いで見てんじゃねぇ。連れてきやがって。
 朝比奈さんは自分が攻撃されてるかのように顔をしかめたり、身を竦めたりしている。
 ハルヒはご満悦のニヤニヤ顔で俺の動きを見てやがるな。後でダメ出しされること間違いなしだ。
 ……長門、そんなにかぶりつくように見るな。キャラに合ってないぞ。
 畜生、みんなして俺の恥ずかしい姿を見にきたんだな? いーさ、いーさ。そうやって俺を見て楽しんでくれ。
 お前らのために稼いでやってるのに酷い仕打ちだな、こりゃ。
 少しキザだが、みんなの喜ぶ顔が見れるから良しとするか。ガキも楽しんでるみたいだしな。

 そうと決まれば舞台に集中だ。集中してもしなくてもやることは一緒だけどな。
 一心不乱に手足を振り回し、敵の親玉を倒した(フリだけ)ところで挨拶のために俺は頭を下げた。
「バカキョーン! 終わったらご飯奢りなさーい!」
 そこのバカ団長よ。名前を……っつーかあだ名を呼ぶな。子どもの夢を壊すな。
 やれやれ……ようやく終わりか。裏に引っ込んだら半裸になって冷たい麦茶をガブ飲みだ。
 出来れば朝比奈さんに淹れてもらいたいな。そうすりゃ疲れも一気に吹っ飛ぶはずだ。
「ふええぇぇ!」
 そうそう、この声の持ち主……ってなんだ?
 下げた頭を上げると、そこには信じられない光景があった。
 後退りする朝比奈さんにそれを優しく抱き抱える古泉。ちょっとだけ驚いたように表情を変えている長門。
 そして……謎の覆面男に包丁を突き付けられているハルヒの姿がそこにある。
「全員動くなよ! そして責任者はここの売り上げを持って来い!」
 おいおい、マジか? ドッキリとかショーの続きとかじゃないのか?
「早くしないとこの女が痛い目に遭うぞ!」
 ちょっと待てよ。古泉は何してやがる。そもそもハルヒはそんなに簡単に捕まるような女じゃないはずだ。やっぱり演技か?
「だ、誰か助けてよ……キョン……」
 演技だって信じたかった。だけどそんなわけにはいかないか。ハルヒの顔が本気で青ざめてるからな。
 それにあの包丁の鈍い輝きは本物だ。刺したら刃が引っ込むなんて代物でもない。
 長門がどうにかしてくれるんじゃないかとも思ったが、動かないということは何も出来ないのだろう。
 何か理由があって動けない状況にあるってことだろうな。

 やっぱり俺がやるしかないか。ハルヒだって俺を頼りにしてるみたいだし。
 つくづく損な役割だよな……って気楽だな、俺。
 何回も死の直前を味わうと、これくらいじゃ動じなくなるらしい。
 現に古泉と目で合図が取れるくらい落ち着いてる。さて、俺の怪我くらいで済めばいいんだがな……行くか。
 覆面男に一歩ずつ近寄って行く。もしもハルヒに傷一つ付けてみろ。生きては帰らせないからな。
「近寄るな! 本当に刺すぞ!」
 俺はヒーローだからあんまりしゃべるわけにはいかないんだ。そういうヒーローらしいからな。
 だから行動するしかないんだよ。
 さらに歩を進め、飛び掛かれるギリギリまで近付いた。これ以上はさすがにマズいか。
「来るな! 早く金を持って来い!」
 来るなとか来いとか忙しい奴だ。まぁ、少し待ってろ。古泉が話しかけたらそっちに行ってやる。
 俺の頭の中の作戦を教えてやろう。古泉が覆面男に話しかけて、よそ見をした瞬間にどうにかしてハルヒを助ける。
 どうだ、素晴らしい作戦だろう?
 古泉だってわかってくれているはずだ。もうすぐ行動に出るはず……。
「か、考えなおしてください! そんなことをしても何も起こりませんよ!」
 相変わらず芝居がかった演技だが古泉が声をかけた瞬間、覆面男はそっちを向いた。……今だ!


 うお……やっぱり痛ぇな。素直に覆面男を殴り飛ばすべきだったか。
 ハルヒを無事に逃がしたいと思うあまり、先に手で包丁を握ってしまった。
 手袋してるから大した怪我には見えないはずだ。
「古泉、やっちまえ」
「了解です」
 凶器を押さえたらあとはあっさりだ。古泉の一撃でうずくまった覆面男はスタッフ達に取り押さえられ、警察へと運ばれた。

 これにて一件落着か。でも、ショーがメチャクチャになったから給料とか半額になりそうだな。
 親子連れも困惑してるし……うおっ?
「そのままあたしを抱きなさい」
 抱きつかれたかと思うと、すぐに小声でハルヒにそう言われた。
 よくわからんが団長命令だ。ハルヒの背中に手を回し、抱き寄せた。意外に柔らかいな……。
「さぁ、サプライズショーはどうでしたか? 皆様が良い子で見ていたからサービスでやらせて頂きました」
 あぁ、そういうことか。その古泉のナイスフォローでショーの一部になっちゃうわけか。
 思惑通り、子ども大喜びの親は安堵の表情だ。そういや俺はヒーローだったな。
 ハルヒの肩を抱いたまま控え室の方に戻って行く。もちろん、怪我してない方の手をサービスで振りながら。
 いや、本気で疲れた。まずは椅子に座らせ……。
「ちょっとキョン、大丈夫なの!?」
「大丈夫なわけないだろ。疲れたし筋肉も痛い」
 だから座らせろって言ってるんだが。
「そうじゃなくて……あーもう! 焦れったい!」
 ハルヒは俺の手をいきなり掴むと、手袋を脱がした。手袋から血が滴り落ちる。
 自分の手は……見ないでおくか。見たら痛みが増しそうだからな。
 っていうか、ここに朝比奈さんが来て血を見たら気絶しそうだ。
「キョ、キョンくん大丈夫で……ふ、ふえぇ! あぅ……」
 ……やっぱりな。よく支えてくれたよ、長門。
「…………」
 お、少しは心配な面をしてくれるんだな。相変わらず俺にしかわからない程度だが。
 痛みに耐えて他人の観察を楽しんでいたが、ある人物はそれを許しはしなかった。
「バカ! 早く病院に行くわよ!」

「今日は日曜なんだが。心配しなくても大丈夫だって、そんなに痛くないし、死にはしないから」
「うるさい、黙ってなさい! 古泉くん、救急病院の手配してちょうだい!」
 強引だな、この団長は。古泉が大丈夫だと言うのを期待するか。
「仰せのままに」
 やっぱりイエスマンか。あそこに連れて行かれると入院しなくちゃならん気がするぞ。
「それよりハルヒ」
「なによ!」
 どうしても気になることがある。さっきの『抱き締めろ』は演技だった。ということは……?
「捕まったのも、震えてたのも演技か?」
 ハルヒは二、三か所に視線を散らした後、フンと鼻を鳴らした。
「当たり前じゃない! あんたの出来高給料アップの手伝いをしてやろうと思ったのよ!」
 やっぱりか。怪我も無駄骨だったな。まぁ、みんな無事だったからいいのだが。
 そんなわけでハルヒに強引に連れて行かれた病院で治療を受け(ただの切り傷だった)その場で給料ももらった。
 なんでもショーは大成功な上、覆面男を捕まえたとかでかなり多く包まれていた。ありがたいことだ。
 そして今に至る。俺は古泉と二人で三人の後ろを歩いていた。
「今回の騒動は涼宮さんの力のせいです」
「いきなりだな」
「涼宮さんは、ヒーローになったあなたに助けられたかった。それであのような展開になったのです」
 またあいつはわけのわからないことを考えやがる。人に怪我までさせやがったくせに。
 古泉は溜息と苦笑いを同時に出したような顔で話を続けた。
「ついでに言っておきますが、彼女は本気で怯えていました。抱きついたのも安堵感からでしょう」
 追い討ちをかけるようにわけのわからない発言だな。あんなに気丈に振る舞ってたじゃないか。

「彼女の性格ですよ? 怖いなんて言いませんよ」
「なんでお前は全部そうだと言い切れるんだよ?」
 返ってくる言葉はわかっている。だが聞かないと気が済まないんだよ。
「わかってしまうからです」
 ほらな。嫌な野郎だ。でも、このニキビ治療薬が言うのだから間違いはないのだろう。
 まったくあのバカ、強がりやがって……。たまには弱いところも見せろってんだ。
 俺の眺める背中は、いつものような元気を装っていた。今だって誰かに縋りつきたい気持ちはあるだろうに。
 帰って、一人になった瞬間に泣き出すのだろうか? そんなのハルヒらしくない。
 そんなことをされるくらいなら人目をはばからずにここで泣かれた方がましだ。
 いや、まだ泣くって決まったわけじゃないけどな。
 ともかく、後味の悪さを残すのは嫌だから今日は送って行くか。
 手だってけっこう痛いんだが、団長のためだから仕方ない。団長に尽くすのが団員の仕事だしな。


「なんでついてくるのよ」
「今日はこっちを回って帰りたい気分なんだ」
 全員が別れる辺りで、俺はハルヒの後ろについていった。それでさっきからこの調子だ。
 こいつはさっきから怒ってばかりだ。少しは怪我人を労る心ってのはないのか?
「来るなって言ってるでしょ!」
「断る」
 今日は否応なしにこいつの弱い所を見るまでは帰らん。嫌がらせじゃないぞ。俺の優しさだ。
 ハルヒはつかつかと近付いてきた。鉄拳か? もしそうなら怪我した手で受け止めて派手に痛がってやる。
 右手が振り上がった。やっぱり鉄拳か。……ってうおっ!?

「はいはい、こうされたかったんでしょ? 怖かったわよ、あたしだって人間だもん」
 ハルヒは俺のシャツを掴み、胸に額を乗せてきた。
「あぁそうだよ。こういう展開を期待していたんだよ」
 こういうことにしとけば、ハルヒも素直に甘えることが出来るはずだ。
 そのままの状態で、ハルヒは笑った。体が震えているのは笑っているせいだろう、きっと。
「ふふふふ、あんたやっぱりエロキョンね。……雑用のくせに心配してくれたの?」
「雑用だから団長を心配するんだろう?」
「……それもそうね」
 そんなお互いふざけ合うようなやり取りをしばらく繰り返していた。ハルヒの震えが治まるまでな。
 ゆっくりと、徐々にだがハルヒの震えは治まり、そろそろ俺の出番は終わりかと思っていた時だ。
 団長様からお声がかかった。
「あんた、この事誰にも言わないでよね。ていうか忘れなさい」
 古泉は知ってるけどな。なんてこと言ったらおかしな話になるからやめておこう。
「あぁ、お前の言うとおりにするよ。団長様」
「よろしい! それじゃ、また明日……ありがと」
 ハルヒは俺から離れると、一度も振り向かずに自宅へと帰って行った。
 俺よりよっぽどヒーローの似合いそうな背中だな。
 その場で回れ右をして、さっきまでと逆方向に歩き出した。
 あー、手が痛い。やっぱり包丁を掴むなんてするんじゃなかったぜ。
 ……そしてハルヒ。今日のことは忘れられないぞ。お前の温もりとか感触のせいで今日は寝れそうにない。
 意外に温かくて柔らかい体の感触のせいでな。
 あー、柄にもなくドキドキしやがる。今まではこんなことなかったのにな。
 多分、怪我のせいだな。心拍数が上がってるんだ。
 だからわけのわからん発言とかしちまうんだ。絶対にそうだ、そうに決まってる。

 それでもいいか。とりあえず帰ろう。痛みやら何やらで寝れないなら一晩中ゲームしてやる。
 ……コントローラーも持てないか。なら読書だ、長門から借りた本を最後まで読んでみるか。
 そして明日、その本について長門としゃべったら新たな反応が見れるかもな。
 よし、決まりだ。さっさと帰るぞ。


 翌日、やはり眠れなくて一晩中本を読んだ俺は、目を真っ赤にして登校した。
 いやいや、目が真っ赤とかでそんなに注目するな。恥ずかしいだろ。
「おい、キョン! その手はどうしたんだよ?」
 マヌケな声を出す谷口に言われて気がついた。そういえば包帯とか巻いてるんだったか。
 そこに注目が集まったのか、なんと恥ずかしい勘違いだ。
 本当のことを言うと恥ずかしいし、どっちかと言うと信じて貰えないだろう。
 半分本当、半分嘘で答えるのが一番か。
「包丁で切ったんだよ」
「……鈍臭い上に大袈裟な奴だ。心配して損した」
 他の連中も興味を削がれたように会話を再開した。
 まぁ、これが一番さ。あとは自分の席に着いてあいつを話をするだけだな。
「よう、どうしたその頭」
「気分よ」
 ハルヒの頭はポニーテールもどきにまとめられていた。
 なんのつもりかわからんが、個人的には少しうれしい。メチャクチャ似合ってるからな。
「そうか、似合ってるぞ」
 そう言って前を向き直した瞬間、襟を掴まれて引っ張られ俺は後頭部を強打した。
「痛えな! なにすんだ、怪我人は優しく扱え!」
「あんた、今日は右手使用禁止ね。ノートもあたしが取ったげるわ」
 ……明日は雨か雪か? いや、槍が降ってもおかしくないな。
「何よその顔」
「いや、何でもない。頼むぜ」

 こいつはこいつなりに責任を感じているんだろう。せっかくの団長の好意だ。受けとらないと失礼ってやつだ。
 ……ちょっと待て。右手使用禁止ってことは飯は?
「あたしが食べさしてあげるわ。逃げちゃダメよ、団長命令だからね!」
 逃げるに決まってるだろう。昼休みが終わったら弁当を持って猛ダッシュしてやるぜ。
 ……屋上までな。そこなら誰にも見られずに右手代わりをしてもらえる。
 ちょっと曇りがかった空だが、出来れば雨は降らないでくれよ。
 ハルヒと二人きりの昼食って物を楽しんでみたいからな。


おわり


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