…━━「では、始めるわよっ!?よーい…スタートッ!」
我等が団長殿の掛け声で、中庭に集まった群衆は一斉に校舎に向けて走り出した。
その中にはキョン君に長門さん、そして僕…古泉一樹も居る。
今日はバレンタインデー、只今は我等が団長こと涼宮さんの企画した放課後のイベントの真っ最中だ。
『校舎の中の何処かに隠してある「宝物」を見付けて、中庭で待つ朝比奈さんにプレゼントするとチョコレートとキスが貰える』
全く、よくもまあ色々と思い付くものだ━━…

【K・B・F#02】…Burning-baby-face…


━1━

しかしながらこのイベントの主旨は、バレンタインデーに特別な予定の無い男子生徒諸君の心を見事に捉えたらしく、一人1500円の参加費にも関わらず100人近い参加者を集める事となった。
ちなみに、その収益は次回の自主製作映画『長門有紀の激昂』の製作費に充てられるという。
中庭に設けられたゴール兼主催者席。
イベントの盛況加減に御満悦の我等が団長と、今にも泣き出しそうなメイド服姿の朝比奈さんが勝利者の到着を待ち構えている。
こと朝比奈さんに関しては、来月には卒業式を控えているというのに、全く気の毒な事だ。

さて、ここで1つ断っておかなければならない事がある。
何故、我々SOS団のメンバーが参加しているかという事だ。
イベントを盛り上げる為?
いや、表向きはそうだが実はそうじゃない。
厳密に言うとキョン君に関しては「訳の解らない野郎に、朝比奈さんの唇は触れさせん!」といったところだろうが、僕と長門さんはそれより深刻な問題を解決する為に止む負えず参加したのだ。

話はイベント前日の放課後へと遡る。

昨日の放課後…
特に予定の無かった僕は、隣街の駅前にある公園へと向かっていた。
その目的は、先日のルシーニュの騒動の直前に、この公園で僕に接触して機関からの指示を告げた男に会う為だ。
その男は、別れ際に僕に対して「かつてBABY-FACEと呼ばれた」と語った。
あれ以来それが気になって仕方が無い僕は、こうして暇が出来る度に此処を訪れている。
無論、此処に来れば彼に会える確証がある訳ではない。
ただ、もし彼に会えたとして何故僕にその様に語ったのかを訊く事が出来れば、僕の中に未だに残る空白の記憶に少しでも近付けると思ったから…

あの日と同じ様に、正面の入り口から公園に入り、男と接触したベンチへと向かう。
そしてベンチに辿り着いた僕は、そのまま腰を下ろしてただ静かに時を過ごす。
考えてみればここは、あの時に機関が用意した連絡用のポイントに過ぎない訳だから、この様な事を期待するのはナンセンスかもしれない。
それでも僕は…
この微かな望みに賭けてみたくなる。
最近少しづつ戻り始めた記憶を、より確かなものにする為に。
しばらく過ごしているうちに、先程から微かに吹き抜けていた風が少し冷たくなってきたのを感じた。
と、同時に傾きかけていた日の光が夜の訪れとともに薄れて行くのが見える。
(…もう帰ろうか)
諦めて立ち上がりながら、おそらく馬鹿げた事をしているであろう自分を溜め息まじりに笑った。

と、その瞬間…

突然、僕は自分のすぐ傍に人の居る気配を感じた!
驚きながら、慌てて辺りを見回す…
すると、僕以外は誰も座って居なかった筈のベンチに、コートを纏った小柄な男が腰を下ろして居るのが見えた!
(…いつの間に現れた?)
小柄な男の持つ只ならぬ存在感に、僕の体が無意識のうちに警戒を始める。
すると、それをその小柄な男は察知したのか「失礼、威かすつもりは無かった」と小声で詫びた。
僕は「いいえ…」と言いながら、再びベンチに腰を落ち着ける。
少々の沈黙…
その後、何かを思い出した様に男は語り始めた。
「実は…つまらない仕事を頼まれてね」
「………?」
「実につまらないので、丁重にお断りした」
「……(何を言ってるんだ?この男…)」
「17歳の女の子を、僕の『芸術品』で吹っ飛ばせ!…とか言うんだ。笑うだろ?」
男の言葉に再び僕の体に緊張が走る。
この男!ルシーニュの時の類の敵か?
だが、機関からは何も連絡は受けていない…
只の妄言なのか…?
僕は何も言わずに、ただ耳を傾ける。
男はそのまま続けた。
「でも…やっぱり引き受ける事にしたんだ。何故だと思う?」
「………?」
「ベビーフェイス、君が彼女を守っていると聞いたからさ」



まただ!
また僕をその名前で呼ぶ奴が居る!

その名は何だ?
僕は何故そう呼ばれるんだ?
思わず、声を荒げて叫んでしまいそうになる。
しかし、今この問題は僕自身に対してのみのモノではない。
「17歳の女の子」という、思わず涼宮さんを連想させるキーワードを含んでいるからだ。
「さて…人違いでは?僕には何の事だか…」
心を殺して男の出方を伺う。
「ベビーフェイス、とぼけても無駄さ? 君は僕の挑戦を受けずにはいられない。」
「………」
「でも、ただ君に勝つのは面白く無いのでね?今日はヒントを差し上げようと、コチラから態々出向いたという訳さ」
「…ヒント?」
「ああ、ヒントは『バレンタインデー』だ。このヒントの意味を理解出来れば、君は女の子を救えるよ」
「バレンタインデー?」
「そうだ。では、僕はこれで失礼するよ?次は僕の代わりに、僕の『芸術品』が君にお目にかかる事になるだろう」
男はそう告げると立ち上がり、静かにその場を離れる。
追い掛けたい…
そして、力ずくでもいいから問い詰めたい…
だが、今の僕にはそれが出来ない。
その理由は言うまでもなく、機関から何の連絡も指示も無いからだ。
如何なる場合でも勝手な行動は許されない。
「畜生…」
僕は暗くなった公園のベンチで、独り呟いた。


━2━

そして明くる日に当たる今日。
昨日の放課後の出来事からは想像し得ぬ程の、ありふれた朝から1日は始まった。
ただ1つ気掛かりなのは、昨日の小柄な男が告げた「バレンタインデー」という言葉…
実は今日は2月14日、そのバレンタインデー当日に当たるという事だ。
僕は校門から昇降口へと続く生徒達の流れに身を任せながら、ふと行き急ぐ周囲に目をやった。
意中の相手に渡すプレゼントだろうか、今朝はやたらと綺麗な包み紙や紙袋を手にした女子を見掛ける。
「チョコレートを捧げながら告げる愛…か。結構な事だな…」
普段の僕なら、それらを暖かく見守れる筈なのだが、どうも「バレンタインデー」という言葉の陰に昨日の男の姿がちらつく。
(さて、何事もなければ良いが…)
懸念を抱きながらも靴を履き替え、教室へ向かう。
と、その時。
上着の内ポケットの中で携帯が震えた。
(ちっ、機関からの連絡か…?よくも、こんな場所で…)
震え方で判るソレは、いつでも此方の都合にはお構い無しだ。
僕は教室へ向かう廊下から外れ、人通りの少ないB棟へと足早に向かった。
今の時間は教室が密集するA棟に比べると、放送室や図書室等の特別な部屋のあるB棟の方が機関との連絡には好都合なのだ。
歩きながら携帯を取り出し、そして開く。
するとそこに、最近は見ることのなかった意外なメッセージが表示されている事に気が付いた。

『緊急5584』

音声通話による直接連絡…だと?
馬鹿な、一体何が…

…まさか!?

一瞬、昨日の小柄な男の姿が脳裏をよぎる。
(とにかく連絡を…)
暗号化された特殊なパスワードを手早く打ち込む。すると呼び出し音が鳴り直ぐに回線が繋がった。

「もしもし…」
「ああ、すまない。緊急事態だ…」
「ええ、その様ですね」
「君の居るその場所…つまり学校の何処かに爆弾が仕掛けられている」
「何です?それ…」
「先程入手した情報…というよりは『予告』をされてしまったんだ。『本日16:00に稀代の芸術品により標的を抹消する』と…」
「芸術品…?」
昨日の小柄の男だ!あの野郎…
「予告の内容や発信元から、これが時限式の爆弾によるものであると特定した」
「発信元…?」
「ああ…2年前のアスラン大使館爆破事件を覚えているかね?」
「ええ」
「発信元は…あれを実行した政治団体『聖なる泉』、そして今回爆弾を仕掛けたのは、おそらくあの時と同じ専属の爆弾魔『リトル・ジョン』だ」
「リトル…ジョン?」
何処かで聞いた名前だ…
「ああ、おそらくルシーニュの1件を仕組んだ者達が手を回したんだろう。今回の相手はプロ…ということになるな。とにかく未然に防いでほしい、以上だ」
僕は短く「了解しました」と告げると電話を切った。
そして、誰も周囲に居なかったか辺りを見回して確認する。
話の相手が相手なだけに気が抜けないのだ。
(とりあえず大丈夫か…あっ!)
背後に気配を感じる!
全く…昨日といい今日といい…
僕は振り返りながら、電話を聞かれていた場合にどの様に誤魔化そうか必死に考える。
しかし、その気配の正体には不自然な誤魔化しは必要は無かった。
「長門…さん!」
「…………」
長門さんだ。
相変わらずの無表情で、此方をジッと見ている。
「奇遇ですね、こんな所で会うなんて。何をしてるんです?」
「…………」
彼女は黙ったまま、背後の図書室に視線を向けた。
(なるほど…ね)
「いいんですか?授業中ですよ?」
「……別に構わない。それより…」
そう言いかけて、僕の手に握られた携帯をじっと見つめる。
「…聞いていたんですか?」
「…………」
無言のまま『コクリ』と頷く彼女。
やれやれ…だ。
僕は少し笑って見せながら事の詳細を簡潔に話した。
そして、これは僕の所属する機関とそれに対する組織の問題なので関与しない様に…と。
しかし…
彼女はいつもの様に首をコクリと動かさない。
それどころか、珍しい事に彼女の方から此方に向かって語り始めた。
「…古泉一樹」
「なんです?長門さん」
「貴方がその計画の阻止に失敗した場合、校内の全ての施設及び人間に損害が発生する危険性が生じる」
「僕が…しくじるとでも?」
「可能性は高い」
……この女!
「では、どうすれば良いと言うんです?」
「………」
再びじっと俺を見据える彼女。
連れていけ…といったところか。
僕は溜め息まじりに「解りました」と応えながら、向き直って更に念を押した。

「いいですか?これはあくまでも僕の機関の問題なんですからね!」


━3━

バレンタインデーの当日に爆弾を仕掛けた敵…
ターゲットは涼宮ハルヒ…
そして今回、敵は御親切にもヒントを提示してきた。
ヒントはただ1つ『バレンタインデー』のみ…
全く、なめられたものだ。
ただ、このヒントを解き明かせば涼宮さんを救えるというのは本当だと思う。
昨日の口調から察するに敵は、自らの任務を兼ねて僕との知恵比べを望んでいるらしいのだ。
『ベビーフェイス、君が彼女を守っていると聞いたからさ』
実質、これは挑戦状を叩きつけられた事になると思う。

さて、ヒントが『バレンタイン…』という事は、やはりチョコレートが関係してくるのだろうか。
それとも単に爆破実行の日付の意味?
いや、それだと先程の様に爆破予告をする意味が無くなる。
「…ということは、涼宮さんの近くにあるチョコレートが、爆発物にすり変えられると仮定するべきか」
「…そう」
思わず考えていた事を呟いた僕と、それに即座に答える長門さん。
微妙な空気が二人の間を漂う。
僕は気をとり直してひと呼吸置いてから、再び長門さんに話し掛けた。
「もしそう仮定するとして、本日16時に涼宮さんの一番近くにあると思われるチョコレートをピックアップして調べる必要がありそうですね」
「……?」
「敵が既にチョコレートと爆弾をすりかえている可能性がありますから。
男である僕やキョン君は関係無いとして、チョコレートを所持していると思われる涼宮さんに朝比奈さん…」
「…私のは大丈夫」
「…そ、そうですか」
この人はバレンタインなど関係無いと思っていたが。
まあ、そうなると渡す相手はキョン君か…
無表情な癖に解りやすい人だ。
「…敵の工作員、もしくはそれに操作された何者かが、貴方や彼にチョコレートに見せかけた爆弾を渡す可能性も無視出来ない」
「なるほど、では僕自身は十分に警戒するとして、キョン君にも一切その類は受け取らないように話しておく必要がありますね?まあ適当な理由を付けて」
「………」
相変わらず無言のままに頷く彼女。
しかし、本当に僕達の推理は当たっているのだろうか。
もし、全然見当違いな所に爆弾が仕掛けられていた場合の事も考えておくべきだろう。
「長門さん。このチョコレートの件とは別に、今日16時に涼宮さんが居ると思われる場所で、それらしいものが仕掛けられて無いか予め調べておくべきでしょうね?」
「…可能性の高さでは部室」
「ええ」
僕と長門さんはB棟を離れ部室棟へと向かった。
既に授業が始まっている為に、校内は水を打ったような静けさだ。
校内から中庭、そして中庭から部室棟へ。
そして部室棟に辿り着いた時、長門さんが例の早口言葉の様な『呪文』を唱えた。
「…長門さん、何を?」
「部室棟内部を全て位相空間に変換した。内部に人の居ない今の状態ならそれが可能。そして本日16:00過ぎまでこの状態を維持する」
「なるほど、これなら仮に部室棟に爆弾が仕掛けてあったとして爆発しても大丈夫、と言う訳ですか。
しかし今からその時間迄、部室棟が使えないとなると大騒ぎになりませんか?」
「若干の情報操作をする。問題は無い」
「…分かりました」
少々乱暴なやりかたにも思えるが、これで涼宮さんが部室棟ごと吹き飛ばされる危険性は無くなった訳だ。
それに部室棟内をくまなく調べる手間も省けた。
となると…次は初めに推理した通りに、チョコレートの件をなんとかしなくてはならないか。
僕達は二手に分かれると、それぞれ涼宮さん達の居る教室と朝比奈さんの居る教室へと向かった。

僕が涼宮さん達の教室に着く頃には、幸運な事に校内は休み時間を迎えていた。
「キョンは甘いモノが苦手だからさ?今年は手袋を作ったのよ」
僕の呼び掛けにより教室の入り口に出向いた涼宮さんが、得意気に笑みを浮かべながら語る。
手袋…か。
爆発する危険性は無いな。
それが既製品ではなく手編みならなおさらだ。
「でも古泉君、どうしてバレンタインの事なんか訊くの?」
「いえ…生徒会の企画でちょっと…」
「ふーん。…そうそう!我がSOS団もバレンタインデーの今日、ビックイベントを用意したのよっ?」
「ほう!それはまた、どの様な…」
「実はね、数日前からキョンには話をしていたんだけど…
参加者を募って校内で宝探しをするのよ!
それで宝を見付けた人が、みくるちゃんからチョコレートとキスを貰えるってわけ!どう?」
「大変よろしいかと」
「スタートは本日15:30中庭!制限時間は30分!もちろん、アタシとみくるちゃんを除くみんなは、イベントを盛り上げる為に参加してもらうわっ!」
…さて、厄介な事になった。
爆破予告の上にイベント開催…
しかもイベントの開催時刻が爆破の予告時刻と重なっている。
部室に関しては手は打ってある、しかしそれ以外の場所に爆弾が仕掛けてあれば無駄な事だ。
僕は「では放課後に…」と軽く手を振ると、教室を後にした。


そして昼休み…である。
僕は長門さんに会うために、屋上に上った。
例えば彼女が朝比奈さんの所で、爆弾を発見出来ていたとしたら事件は全て解決する。
しかし此れ迄の経験から考えると、そう簡単には行かないのが定石だ。
現に僕より少し遅れて屋上に現れた長門さんは、僕の問掛けに首を小さく横に振った。
やはり爆弾は部室に仕掛けてあるのか…
ふと思ったその時、長門さんが静かに口を開いた。
「…イベント」
「え?ああ、聞きましたよ?涼宮さんから」
「私も、朝比奈みくるから」
「宝探しだそうで。3時半開始の4時終了とか…微妙ですね、時間的に」
「このイベントの開催により、もう1つの危険性が生じた」
「……何です?」
「もし隠された宝が爆弾だとしたら」
実は先程、少しだけ僕もそれを考えていた。
だが実際有り得ないと思う。
何故なら…
「敵がイベントの存在を知っていたとすれば、宝物を爆弾にすりかえる事も有り得るでしょう。
ただ、イベントの存在自体は僕らですら先程まで知らなかったんですよ?」
「知っていたとしたら」
「まさか…」
そう言いかけて、僕は先程の涼宮さんの言葉を思い出した。
『実はね、数日前からキョンには話をしていたんだけど…』
そうだ…イベントの計画自体は数日前から有ったんだ!
しかも涼宮さんは、その語り口調から察するにキョン君に度々その事を話していたと思われる。
だとすれば、敵にイベントの存在を察知されていたとしてもおかしくはない。
いや、寧ろイベントの存在を察知したからこそ、敵は今回の計画を立てたとも考えられる。
「…長門さん!」
「わかってる」
僕達は宝物の現在の所在を確かめる為に、急ぎ足で階段を駆け降りた。


━4━

そして、イベント真っ最中の今に至る。
残念ながらイベント開始前に、宝物をなんとかする事は出来なかった。
既に昼休み前に涼宮さんが然るべき場所に隠してしまっていた事、そして僕達も参加者として数えられている故に、その然るべき場所を教えて貰えなかった事が主な原因だ。
ただ午後の授業を全てエスケープして、長門さんと手分けをしながら大体の隠し場所は特定出来た。
だから、他の参加者よりは若干有利であると踏んでいたのだが…
校舎内を片っ端から猛ダッシュで駆け抜けて探し回る陸上部員や、ご丁寧に探偵のコスプレまでしてきた漫画研究会の皆さん、一年生部員を総動員して捜査に当たらせる柔道部の部長など手強い面々に油断が出来ない。
「くっ…これでは、先に見付けられてしまう…」
「捜査する区域を限定するべき」
言葉を交しながら、僕と長門さんは廊下を駆け抜ける。
気が付くと残り時間は十分を切っていた。
とりあえず走りながら、横目で廊下の窓から中庭の様子を確認する。
(まだゴールした人は居ない様だな…)
仮に誰かが宝を見付けてゴールしてしまった場合、急いで中庭まで降りて対処しなければならなくなる。
(全く…とんでもない事だ…)
とりあえず視線を窓から廊下へ戻す…と、その時!
僕は見慣れている筈の廊下の風景に、微かな違和感を覚えた。
(何だ…何かが違う)
気のせいなんかじゃない。
思わず先行する長門さんを呼び止める。
「長門さん!」
「…?」
「廊下の…ここの部分だけ何かおかしくありませんか?」
「おかしい?」
「ええ、いつもと違う様な…」
立ち止まり互いに廊下を見渡す。
すると長門さんが何かに気が付いたらしく、ゆっくりと足を進めた。
その先には『消火栓』と書かれた赤い箱状の設備がある。
そしていつもそこに点灯している筈の赤いランプが、何故か消えている…
(違和感の原因はこれか…)
と、納得したその刹那!
長門さんがその正面部分の扉を勢い良く開けた!
消火用のホースの格納扉…
しかし開かれたその先には、黄色の包み紙に包まれた何かが見える!
「あった…!」
思わず声を上げる僕…
そこには宝探しの開始前に掲示された見本と同じ、黄色の包み紙に包まれた箱があった。
思わず力が抜ける…
しかし長門さんは感嘆の声の変わりに、また例の早口呪文を口から発した。
「…っ!長門さん?」
「この周辺のみを情報操作した。爆弾の処理にはその威力に相当する危険性が生じる」
「そいつはどうも…
ところで、コレはどうします?この空間の中でどうにかする事は出来ますか?」
「爆発させて破壊する事は出来る。また、この爆発により通常空間が支障をきたす事は無い。ただ…」
「ただ?」
彼女がじっと僕を見据える。
なる程、僕達が無事では済まないという訳か。
「解りました、解体しか手立てがなさそうですね」
僕は黄色い箱を消火栓の中から取り出すと、ゆっくりとリボンをほどいた。
そして包み紙を捲り、箱の蓋を開ける。
(出た…)
タイマー代わり時計に粘土状のプラスチック火薬、何色にも分かれたリード線にコイル…
紛れもなく時限爆弾だ。
「全く…涼宮さんが何も知らずに浮かれながら、コレをここまで持って来たと思うとゾッとしますよ。敵は、いつのまにすり代えたのでしょうね…」
「…時間がない」
「解ってます!」
僕は携帯のカメラを起動させて、目の前にある時限爆弾を手早く写した。
そしてそれを内蔵されている情報と照合して、爆弾を止める方法を探る。
この機関が開発した特別仕様の端末には、ありとあらゆる特殊なツールが内蔵されている。
この爆発物解析ツールもそのひとつだ。
ディスプレイに浮かぶ『照合中』の文字。
しかし数秒後に表示されたのは…

…無情にも『該当なし』の四文字だった。
「馬鹿な!有り得ない、こんな事…」
「あと三分」
「畜生…一体どうすれば…」
爆弾を取り上げ、必死に凝視する。
もはや、機械には頼れないから自らの手で何とかするしか無い。
リード線…タイマー…起爆装置…
少しでも間違った扱いをすれば、爆発するものも少なくない時限爆弾…
指でなぞりながら、その構造を探る…
と、その時。
丸められたリード線に隠される様に取り付けられた透明の箱の中に、鈍く光る液体を見付けた。
「長門さん、これは…」
「色と微かな臭い…硫酸の可能性が高い」
「硫酸?」
「あと二分」
そうだ、昔に聞いた事がある!
硫酸を利用した起爆装置…
確か解除の際には、特殊な薬品で硫酸を凝固させてから信管を外すんだ!
薬品が無い時の応急処置も聞いたぞ?
ええと…何だっけ…
駄目だ、思い出せない!
何かヒントを…

…ん?ヒント?

『ヒントはバレンタイン』

…!!
「そうか、そういう事か!」
「………?」
「チョコレートですよ、長門さん!硫酸を利用した起爆装置を停止させる薬品が無い場合は、チョコレートで代用が効くんです!
チョコレートを入れれば硫酸は化学反応を起こして凝固する!そしてその瞬間に信管を外せば爆弾は止まる!」
「わかった…これを使って」
「長門さん?」
彼女が差し出したは、バレンタインの贈り物であろうチョコレートの箱だ。
(一体、どこから…?)
「早く、あと一分」箱からチョコレートを取り出し、細かく割りながら液体の中へ…
シュワシュワと泡を立てながら液体が固まって行く…
(間に合うか…)
「あと五秒」
意を決して信管を引き抜く!






「止まった」
「…みたいですね」
落ちる様に抜ける体の力…
心なしか長門さんも、安堵の表情を見せている気がする。
「さて…戻るとしますか。ところで長門さん、このチョコレートは…?」
「…別にいい」
別にいい…ねぇ…
全く、ヤレヤレだ…


━5━

翌日である…

我等が団長こと涼宮さんは、満面の笑みを浮かべながら団長席にて昨日の収益を確認している。
「ひーふーみー…スッゴい!軽く12万はあるわっ!本当にみくるちゃん様々ねっ!」
結局、宝探しは誰も宝が発見出来ないままに時間切れとなり、暴動寸前に昂ぶった参加者達をなだめる為に急遽「朝比奈みくる撮影会&握手会」に変更されたのだそうだ。
「さーて、キョン?資金も手に入った事だし新しい衣装を買いに行くわよっ!」
「また俺が荷物持ちかよ!たまには古泉にも頼め!」
「馬鹿ねぇ!古泉君は副団長だからって、何度も説明したでしょ?」
相変わらず仲のよろしいこと…
いやいや何よりだ。
僕は二人を笑顔で見送ると、朝比奈さんが入れてくれたお茶を口に運んだ。

「長門さんも、お茶をどうぞ?」
「………」
「ふふっ、どういたしまして」

相変わらずの朝比奈さんと長門さんのやりとり。
考えてみれば長門さんは昨日、もの凄く良く喋った気がする。
この日頃の様子からは想像出来ない程に…

「あら古泉君、何か楽しい事でも…?」
「いいえ、なんでもありませんよ!朝比奈さん…」

すると、部室のドアがガチャリと勢い良く開いた。

涼宮さんが戻って来たのかと思いきや、ドアの前に立っているのはキョン君だ…。

「あれ、忘れ物ですか?」
「いや、そういうわけではないんだが…
ちょっと言い忘れた事がな?…というより、ハルヒの前では言い辛くて」

珍しくもどかしい素振りをする。
そしてそのまま長門さんの方に向き「長門、家に帰ったら届いてたぞ?美味かった!ありがとうな!」と投げ掛けるように言い放つと、再び廊下へと戻って行った。

ああ、あの事か…と思いながら、僕は驚いてこちらを見る長門さんに視線を返す。

「何故?チョコレートはあの時に…」
「全く同じ物を手配しておきましたよ。余計なお世話でしたか?」
「別に…」

そう言いながら、長門さんは窓の外の空を見上げる。
そして消え入りそうな声で、そっと呟いた。

「…ありがとう」
「いえ、どういたしまして」




KBF#02 FIN

|