「ちょっとキョン、あんたもうちょっと早く走りなさい!」
「わ、待て、ハルヒ……」
「ああもう、とろいわね!」
 ハルヒがぐいと右手を引っ張り、それにより俺の左腕も引っ張られる。
 なぜかって? そりゃあ、俺達の手が手錠で繋がれているからだ。
「ふええええ、長門さん~、目が回ります~」
「……暴れないで」
 そして俺とハルヒは、どういうわけか、朝比奈さんを引っ張っている長門に追われている。
「と、こっちだ」
「ちょっと、無理に引っ張らないでよ!」
「良いから来い!」
 長門が曲がり角で減速しているあたりで、今度はさっきとは逆に俺がハルヒの手を引っ張って難を逃れる。
 え、一体何をして居るかって?
 それはだな、
「あ、鶴屋さん発見!」
「え、あ、」
「追うわよ、キョン!」
 って、ハルヒ、お前早すぎだろう……。
 ああ、とりあえず、状況を説明しようか。


 ……。
 ……ことの起こりは、約三十分ほど前に戻る。
 その日俺が部室に来た時点で、団員は全員集合済み+鶴屋さんが居て、朝比奈さんが制服姿のままという、それだけでも何となく妙な予感というか、これから何か起こるんだろうということが連想される状況だったが、そこでハルヒは
「よし、これで全員揃ったわね!」
 と言ってから、おもむろに宣言したのである。

「今日はここに居る全員で鬼ごっこをするわよ!」

 ……。
 ……子供かこいつは。
「鬼ごっこって……、なあ、ハルヒ、その手錠は何だ?」
 ハルヒの手には、どこで手に入れたのか知らないが、三組の手錠があった。
「ああこれね。普通に鬼ごっこをしてもつまらないと思ったから、二人組ずつに分けてやろうと思って持ってきたのよ」
 二人組、ね。
 だから鶴屋さんが居るわけか。
「手錠付きで鬼ごっこなんて面白そうじゃないか!」
 正式な団員ではないながらもハルヒの思いつきには真っ先に賛成する筆頭とも言って間違いない鶴屋さんは、びしっとピースを決めてそう言った。この人も相変わらずで有る。
「んじゃ、一応ルールを説明するわね」
 当たり前だが俺以外の団員がハルヒの意見に反論するわけも無く、俺としても、まあ、このくらいのことなら暇つぶしの一種としてなら良いかと静観を決め込もうかと思ったため、止める者の居ないハルヒはあっという間にその鬼ごっこを行うことを決定事項とし、説明に入った。
「まず、組み分けはくじ引きね。でもって、一組が残り二組を追うって言うんじゃつまらないから、それぞれが三すくみみたいな感じで追いかけることにするの。AがBを、BがCを、CがAを、って感じね。ジャンケンみたいなものかしら? で、捕まった組は負けで、他の組の人達全員にご飯を奢ること。……どう、簡単なルールでしょ。ちなみに場所は校庭も含めた校内全部、自転車とか乗り物を使うのは禁止だからね」
 禁止以前に、こんな山の上の学校に自転車で通学している酔狂な人間など殆ど居ないわけだし、そもそも手錠で繋がれた状態でまともに自転車になんか乗れるとも思えないわけだが。
「なるほどな」
「なるほど、了解いたしました」
「分かったよー」
「……了解した」
「え、えっと、追って来る人達から逃げながら、自分が追いかけなきゃいけない人を追うんですよね……、うん、大体分かりました」
 朝比奈さんの反応がちょっと不安だが、まあ、理解出来ては居るのだろう。
「んじゃ、先ずは組み分けね。あ、赤と黒と色無しが二つずつ、赤が黒を追って、黒が色無しを追って、色無しがが赤を追うって所まで決まっているからね。そうそう、どこかの組が、追っている組の手錠を繋いでいる鎖を掴んだら終了だからね」
 かくして俺達は、運を天に任せつつ籤を引くことになった。
 しかし、誰と一緒になるのが一番良いんだろうな。俺としては一番幸せな選択肢は朝比奈さん、と言いたいところだが、罰ゲームつきなことを考えると朝比奈さんはパートナーとしてはちょっと頼りなさ過ぎる。俺と朝比奈さんじゃ、この六人の中じゃ運動能力で考えて下から二人なのは確実だからな。別に俺や彼女の運動神経の問題じゃなく、残りの面子の能力が高すぎるだけなんだが。
 長門は規格外、ハルヒは規格外すれすれ、ハルヒほどじゃないが古泉と鶴屋さんも割りと何でもそつなくこなすタイプだからな。
「……黒」
「あ、わたしも黒です……」
 どうやら、朝比奈さんは長門と同じ組になったらしい。
 朝比奈さんにとってはあまり幸せじゃない組み合わせかもしれないが、スペックの違いとかバランスって意味だと、妥当なところなのだろう。多分。
「あたしは赤だね、あ、一樹くんも赤だねっ」
「ええ、同じ組ですね」
 鶴屋さんと古泉は赤。何となく二人とも嬉しそうに見えるのは気のせいじゃないんだろうな。しかし、こういう組み合わせってことは、
「俺はハルヒとか……」
「何よ、団長と一緒なんだからあんたもうちょっと喜びなさいよ!」
 俺とハルヒが同じ組かよ。
 まあ、ハルヒはこういう運動能力が絡むことでのパートナーとしては申し分ないとは思うが……、こっちに合わせてくれるかどうかって不安が無いわけじゃないがな。
 長門と朝比奈さんに追われつつ、古泉と鶴屋さんを追う……、しかし、一体どう転ぶかな。


 それから俺達は、有る程度離れたスタート地点に着き、追いかけっこを開始した。
「ていっ」
「うわ、無理に引っ張るな!」
「そんなに簡単には捕まらないさっ!」
「こっちです」
「うし、行っくよ~!」
 三組が三組とも追っ手から逃げつつ他の組を追うという変な状況だが、これはこれでスリルが有る。いや、ちょっと有りすぎな気もするが。
 ちなみに上の台詞の応酬はハルヒが鶴屋さんを捕まえようとして逃げられたときのものだが、誰が誰の言葉かなんて説明する必要も無いだろう。そうそう、こんな風に俺とハルヒが鶴屋さん+古泉の組にまともに接近できる機会など実は殆ど無い。
 それは追っている二人のコンビネーションの良さも有るが、何より、俺達を追ってくるもう一組の存在が有るからのことである。
「……」
「そうは行かないわよ!」
「ぐわっ」
「は、はわわ~」
 一体何が『そう』なのか知らないが、殆ど音も無く現れた長門の攻撃を、どうやって察知したのか知らないが、ハルヒが俺を引っ張りつつ無理やり回避したのである。まともな解説になって無くて申し訳ないが、悪いが俺には長門やハルヒがどんな動きをしたのか良く分かってない。今のこいつらの行動は俺の常識と動体視力を軽く上回っているからな……。
 長門のパートナーが朝比奈さんというのが、俺達にとっての救いだろうか。長門の動きは無茶苦茶素早いが、さすがに、朝比奈さんに引っ張られて多少鈍っているようなところが有る。
 これが長門+古泉or鶴屋さん、なんて組み合わせだったら俺達はあっという間に捕まっていたことだろう。悪いが俺が持っている運動能力は普通の範疇なんだ。
「とにかく走りなさい!」
「お、おう」
 文句をつけたいことは色々有るんだが、そんなことを一々口にする余裕は無い。何せ俺達を追ってくるのは長門なんだからな。朝比奈さんも居るが。

 ****

 目標を捕捉、交戦……、予測より早い動きで回避される。
 やはり、そう簡単には捕まえさせてくれないらしい。さすが涼宮ハルヒ、彼女の運動能力はとても優秀。彼の存在がややそれを引っ張ってるけれども、条件的にはこちらも似たようなもの。
「うう、ごめんなさい……」
「謝らなくて良い」
 朝比奈みくるが謝る必要は無い。わたし達の間に運動能力に差が有るのは仕方ないこと。
 問題は、それを埋める方法が無いこと……、いや、一つだけ有る。
「朝比奈みくる」
 わたしは視界内にわたし達を追ってくるもう一組が居ないことを確認してから、その方法を提案してみることにした。
「ひゃ、ひゃい」
「今のままでは、わたしとあなたの運動能力の差がわたし達の行動を妨げるものとなっており、このままでは状況は打開できないものと思われる」
「あ、はい……」
「そこでわたしは、あなたを抱えることにした」
「え?、ええ、ええええ……!!」
「暴れないで」
 わたしは動揺する朝比奈みくるの訴えを無視し、彼女を抱えあげた。
 大丈夫、この程度の重量ならわたしの脚力に影響を与えることは無い。
 ただし、これではわたしが涼宮ハルヒと彼を繋ぐ手錠に対して手を伸ばすことは不可能。
「あ、あのあの」
「この状態ではわたしが手を動かすのはほぼ無理。最終的に手錠に手を伸ばす役目は貴方に一任する」
「え、え、あ、あの、でも……」
「わたしはこの作戦がわたし達の勝利のためにもっとも効率が良いと考えている。
「あ……、はい、了解しました」
「では、行動を再開する」
「は、はい……、って、早いですよう~っ」

 ****

「有希ちゃん発見……、って、お姫様抱っこかいっ」
「ええ、そのようですね」
「これはちょっと、手強そうだねえ」
「ええ……」
 ハルにゃん達から逃げ切ってぐるっと階段を回って一回りしてきたあたし達は、漸く有希ちゃんとみくるを見つけた。いや、それにしてもお姫様抱っことはね。
 まあ、二人の運動神経の差を考えたら、これはこれで良い作戦かも知れないけどさ。
「ま、良いや、とにかく追いかけよう」 
「そうですね、追いましょう」
 まあ良いや、考えるのは後々。
 そりゃあ、お姫様抱っことか……、うーん、まさか、して欲しいって言うわけにもいかないしねえ。いっくら学校中が公認状態でも校内で出来ることと出来ないことは有るし、何より、普通に走っていてちょうど良いバランスのあたし達に、お姫様抱っこをする必要性は無いしさ。
「もう居ないし……やっぱり早いねえ」
「捕まえる方はどうか分かりませんが、逃げる方はほぼ完璧、と言ったところでしょうか」
「そうさねえ」
 あの状態からどうやってハルにゃん達を捕まえるんだろうって疑問は有るけど、こっちから逃げるって意味ではほぼ完璧だね。有希ちゃんはすっごく足が速いし、逃げる分にはみくるが有希ちゃんの腕の中で暴れようと、殆ど関係ないわけだしさ。
 有希ちゃん、そういうの無関係に走っているしなあ……。
「おっと、こちらも立ち止まっている時間はなさそうですね」
「おう、そうだね!」
 うかうかしていたら、ハルにゃん達に捕まっちゃうもんね。
 有希ちゃんとみくるを捕まえるのは大変そうだけど、あたし達も頑張らないとね。

 ****

「ああん、鶴屋さん達もう居ないじゃない」
「って、おい、ハルヒ、後ろ」
「……」
「はうう、ごめんなさいー!」
「くそ、こっちだ」
「きゃっ……、ちょっと、痛いじゃない!」
「良いから逃げるぞ!」
 朝比奈さんが伸ばしてきた手から寸前の所で逃れ、俺はハルヒを引っ張って走り出す。まあ、程なく俺がハルヒに引っ張られる形にシフトするんだが。
 しかし、今の二人……、お姫様抱っこ、だよな。
「有希ったら、考えたわね」
「あんなのありかよ!」
「少なくともルール違反じゃないわよ。手錠は繋がれたままだったもの」
 あの状況でそれをちゃんと視界に捉えているお前が凄いよ。
 ついでに言うと、これだけでルール違反云々って暴れないくらい成長したことも……、まあ、その辺りのことを口に出す気は無いけどさ。
「けどなあ……」
「とにかく逃げましょ。あの体勢じゃ有希は手を伸ばせないだろうから、逃げ切るのはそう難しくないはずよ」
「ああ、そうだな」
 朝比奈さんには悪いが、長門がどんなに気配を抑えて最速で忍び寄ろうと、最後の最後に手を伸ばしてくるのが朝比奈さんなら、避けられないことは無いだろう。
 しかし、お姫様抱っこなあ。
 常識で考えたら、明らかに朝比奈さんより軽量級の長門が、朝比奈さんを抱えても速度を全く落とさずに走れるなんてのは、ほぼありえない話なんだが……。

「ねえ、あたしがあんたをお姫様抱っこするってのは駄目かしら?」

 ……。
 ……まて、ハルヒ、俺は未だ男の尊厳を捨てたくない!
 それ以外のものは、既に色々捨てさせられた気がするんだが。
「あ、あのなあ……」
「あら、だってそれも一つの作戦じゃない」
「幾らなんでも無茶だろ」
「そうでもないと思うわよ。あたしがあんたを引っ張り続けるよりは動きやすそうな気がするもの」
「おいおい……」
 確かにハルヒは、両腕に俺と古泉を掴んだ挙句、その重量をものともせずに疾走していけるくらいの脚力というか、パワーの持ち主だとは思うし、対格差が有るとはいえ、俺くらいの体格だったら、抱えられないことも無いだろうが……、いや、ここはそういう問題ではないだろう。
「と、有希が来るわ……。キョン、つべこべ言わずつかまんなさい!」
「わー! ちょっと待てー! 早まるなー!」
 ……。
 ……どうやら俺は、放課後の部活動中の生徒が見守る中、男の尊厳というか、なんと言うか……、とにかく、ハルヒによって、捨てたくないものをまた一つ捨てさせられる羽目になったらしい。
 いい加減にしてくれよ……。

 ****

「……迂闊、同じ作戦を取られるとは思わなかった」
「ほ、ほえええ、涼宮さんがキョンくんを抱えてます……」
「そう、こちの作戦を真似された」
「涼宮さん、凄い……」
「涼宮ハルヒの運動能力を持ってすれば、あのくらいは出来ておかしくない」
「そ、そうなんですか……、でも、なんだかキョンくん、かわいそう……」
「……どうして?」
「え、うーん、それは……、だって、キョンくんはやっぱり、男の子だし……」
 彼が男性という性別に分類されることは確かだが、それがどうして『かわいそう』という発想に繋がるのだろうか。
 効率的に動くという意味では、適切な作戦。
 その行動自体に、何ら問題は無いはず。
「この状況下において性別は関係ないはず」
「ううん、それは……」
 言葉を濁す朝比奈みくるの本位は不明。
 一体どういうことなのだろうか? わたしの中に疑問が残る。
 しかし、今はそんなことに構っている時間は無い。
 わたし達も、彼と涼宮ハルヒを追いながら、もう一組から逃げる必要が有るのだから。
 この疑問については、後日に回すことにしよう。

 ****

「……」
「……」
「……あれは、涼宮さんたち、ですよね」
「そうだねえ」
「涼宮さんが彼を抱えているような気がするのですが、僕の気のせいでしょうか?」
「いや、あたしにもばっちしそう見えるさ」
「……」
「……とりあえず、捕まらないように逃げないかい?」
「そうですね」
 一樹くんはまだ何か言いたそうだったけど、逃げようっていうあたしの意見には従ってくれた。そうそう、ここはハルにゃん達が居るのとは別の棟なんだよね。廊下の窓から向こうでみくる達と追いかけっこしているハルにゃんたちが見えたってわけさ。
 でなきゃこんなにのんびり話できるわけないしね。
 いや、しかし……、まさか、ねえ。
 まさかハルにゃんが、キョンくんをお姫様抱っこだなんて……。
 逆ならともかく……、まあ、確かに作戦としては有りだろうけどさ。けどハルにゃん、凄いねえ。キョンくんを抱えているのに走っている速度が全然落ちてないんだもん。こりゃあちょっと、追っ手が強力になったって感じだね。
「あー、古泉くんと鶴屋さん発見!」
 って、うかうかしてたらこっちも見つかっちゃったし。
 ハルにゃんちょっと早すぎさ!
「逃がさないわよ!」
「待て、馬鹿、ハルヒ! お前抱えている人間が居るのを考えて行動しろ!」
「つべこべ言わない」
 あーあー、有希ちゃんもみくるに対して容赦ない感じだけど、ハルにゃんもキョンくんに対して何の容赦も無いみたいだねえ。抱えている人間がいるってことはその分横幅が増えるわけだけど、そんなのお構い無しって感じだよ。
 っと、こっちもそんなこと悠長に考えている暇は無いんだけどさ。
「こっちです」
「おっけー!」
 あたしは一樹くんと息を合わせて、さっと階段を上り始めた。
 けど、お姫様抱っこ×2と追いかけっこって光景も何だか不思議な感じだよね。

 ****

 それから追いかけっこが続くこと数十分。
 俺はハルヒに抱えられっぱなしの上通る場所の幅のことを全く考慮しないハルヒのおかげで頭や足を何度も壁や棚にぶつける羽目になっていた。多分、朝比奈さんも同じような目に合っているのだろう。何度か鉢合わせたが、段々涙目状態に加速がかかっていたからな。
 俺だって泣きたいけどさ。
 何が悲しくて男が女にお姫様抱っこされなきゃならん。おまけに、二人並んで走っているときより、こっちの方が素早いと来ている。
 ……俺、泣いても良いか?

「ふふ、そろそろ決着のときみたいね」
「そんな簡単にはつかまらないさ! ね、一樹くん!」
「ええ、その通りです」
「……負けない」

 上から誰の台詞か説明する必要も無いだろうが、お荷物状態の俺と朝比奈さんは台詞無しだ。俺は泣きたいし、朝比奈さんは既に泣いているのと大差ない。
 けど、この状態で捕まえろって、やっぱり無茶だろそれ。
 ちなみに場所は校庭のど真ん中、俺達はちょうど正三角形の三角に位置するようにほぼ等距離で対峙していた。……当然のように、お姫様抱っこ×2は続行中のままで。
 校庭で練習していたであろう運動部の部員達は、何時の間にやら人を抱えているとは思えぬ速度で駆け回るハルヒや長門を避けるようにして退避してしまっていた。
 ……途中頭をぶつけてしまった皆さんすみません、でも、悪いのは俺じゃないんです、ハルヒです。
 そして何時の間にやら、どこから噂を聞きつけたのか、いや、まあ、彼方此方を走り回っていたから噂も何も関係ないという気もするんだが、放課後だというのに、校庭の周りにはたくさんの生徒が集まっていた。
 どの組が勝つか、なんていう勝手な賭けまで始まっているような気配すらある。
 おいおいおい……。
 ああ、しかし、だな。

 無関係な生徒達の目の前で、ハルヒにお姫様抱っこされる俺。

 ……なあ、やっぱり泣いて良いか?

 ****

 緊張状態から最初に動いたのは、有希ちゃんだった。
「……」
「そうは行かないわ!」
 音も無く動いた有希ちゃんだったけど、やっぱり決め手となるみくるの動きがたどたどしいからだろうね。ハルにゃん達に結構あっさり避けられちゃっていたよ。ううん、お姫様抱っこ大作戦の盲点だねえ。
「とりゃっ」
「おっと、そうは行きませんよ」
「くそ、逃げるな古泉!」
「馬鹿キョン、もっと上手くやりなさいよ!」
 捕まえようとしながら仲良く喧嘩している子達に捕まるほど、あたしも一樹くんも鈍くないよ! まあ、さすがに息が切れ始めていることは否定できないけどさ。
「てぇいっ!」
「……遅い」
 けど、こっちもなかなか手強いね。
 有希ちゃん、逃げる方はほぼ完璧だしなあ。
 お姫様抱っこ状態だと、手錠が有る位置に手を伸ばすのも結構難しいし。
 おまけに女の子同士密着のところだから、一樹くんの方に手錠を掴むのを任せるわけにも行かないしさ。
「すみません、上手く連携できなくて」
「ううん、一樹くんは上手くやっている方さ! さあ、も一回だね!」

 ****

 三すくみの混戦模様が、延々と続いている。
 至近距離での攻防が続いているが、はっきり言ってどこも決め手に欠けている。
 長門+朝比奈さん組は決め手となる朝比奈さんの動きがどうしても遅いし、俺は俺でこの体勢から息の合った動きを見せる鶴屋さんと古泉を上手く捕まえるほどの運動神経の良さはないし、その鶴屋さんと古泉も、逃げる方に関してはほぼ完璧な長門達を捕まえるほどの機敏さは無い。
「キョン、もっとしっかりやんなさい!」
「やっているって! てか、いい加減おろせ!」
「駄目よ、大体、こんなところで降ろしたら隙をつかれちゃうじゃない!」
「ぐっ……」
 ハルヒの発言はもっともだと思うので、逆らい難い。
 確かに、この至近距離の攻防の状態でそんな悠長なことをしていたら、間違いなく長門と朝比奈さんに捕まるだろう。朝比奈さんが幾ら多少鈍いとはいえ、そんな絶好の機会を逃すとまでは思えない。
「……」
「キョンくん、ごめんなさいっ!」
「うわっ」
「まだまだぁ!」
 俺を抱えたままのハルヒが、また、ありえないような速度で、同じくありえないような速度で追ってくる長門から逃れていく。ったく、二人とも無茶苦茶だよな……、連れまわされている俺と朝比奈さんの身にもなってくれ。いや、引っ張られるよりお姫様抱っこをされている方が被害は少なくてすんでいるんだろうが……、いやいや、ここで納得しちゃ駄目だろう、俺。
「……」
「くっ……」
 そしてそのまま始まる、二対二の攻防。
 さっきまでと違って、連携力はともかく、人間的速度でしか動けない鶴屋さんと古泉の入る隙間は無しって感じだ。というか、幾ら連携が上手く出来ているとはいえ、普通の人間のはずのこの二人が、良くハルヒや長門と互角で戦って来れたよな……、それだけで凄いことのような気がするぞ。
「……」
「有希、あんた結構しつこいわね!」
「あなた達はいい加減諦めるべき」
「そういうわけにはいかないのよ!」
 状況さえ考えなければなかなかカッコいいように聞こえなくも無いハルヒと長門の台詞の応酬だが、それぞれお姫様抱っこ状態で人を抱え込んだまま、しかも実質的な攻撃手が朝比奈さんという状態では、ちっとも決まらない。
 俺はと言えば、時折ハルヒの動作を助ける意味も込めて、近づいてくる朝比奈さんの手を空いている方の手で軽く振り払うくらいだ。朝比奈さんには本当に申し訳ないが、奢らされるのは嫌だから仕方が無い。俺達の組が負けた場合、状況の如何に関わらず、俺が全額奢る羽目になりそうだからな。

 ****

「このままハルにゃん達の体力切れを待つってのは、ちょーっと、あたしの主義に合わないんだよね。……ねえ、良いかな?」
 放っておけば、多分、有希ちゃん達が勝つだろうけど……、それじゃやっぱり、あたしは楽しくないんだよね。ここまででも充分楽しかったけど、勝負の結果に関われないなんて、ちょっと寂しいじゃないか。
「……仰せのままに」
 一樹くんはちょっとだけ苦笑気味の表情になったけど、すぐにそう言ってあたしの意見を受け入れてくれた。ごめんね、一樹くん。
 もし負けちゃったら、あたしが全額出してあげるから、許してね。

 ****

「てぇいっ!」
「……」
「きゃあああっ」
 規格外ギリギリの攻防に、どういうわけか鶴屋さんと古泉がまた飛び込んできた。
 いや……、古泉はともかく、鶴屋さんの性格を考えれば、ありえる話か。
「キョン、こっちも!」
「お、おう!」
 均衡の崩れたその隙を狙って、俺とハルヒも動く。
 と言っても、俺が古泉と鶴屋さんの連携を崩せるわけが、

「うわっ!」

 そのときの具体的な状況を俺が言葉にするのは、ちょっと難しい。
 何せ鶴屋さんが俺の攻撃を避けるべく動いたときの影響で古泉がバランスを崩し、その古泉がハルヒに背中からぶつかり……、俺は、ハルヒの腕から投げ出される形で尻餅を着いた。
 おまけにその俺が長門にぶつかったせいで、結局俺達は、六人全員がごちゃごちゃに折り重なって倒れる羽目になった。

「つ、捕まえましたあ!」

 恐らく俺と並んで本日一番活躍してなかったツートップのもう片方であろう人の声を聞いて、俺は朦朧としていた意識を回復させた。
 折り重なる中でも上の方に居て被害の少なかったらしい朝比奈さんが、俺とハルヒの間の手錠を繋ぐ鎖をがっちりと掴んでいた。
「……良くやった」
 長門が、朝比奈さんに賞賛の言葉を送る。
「馬鹿キョン、あんたのせいで負けちゃったじゃない!」
「俺のせいかよ!」
「あんたのせいに決まっているわ! あんたが鈍いから、」
「まあまあ、ハルにゃん落ち着いて。……なんだったら、あたしが奢ろうか?」
 そのまま口喧嘩になりそうな俺達のところへ割って入ってきたのは、鶴屋さんだった。
 鶴屋さんもその隣の古泉も、充実感がうかがえる良い笑顔を浮かべていた。
「え、でも、ルールが……」
「良いの良いの、あたしも楽しかったしさ。……駄目かな?」
「ううん、まあ、鶴屋さんが奢ってくれるって言うんなら……、それも、良いわ。あ、でも、キョンはあたしの脚を引っ張った分として、あとで個別に奢ること、いいわね!」
 ハルヒは一度納得しかけたものの、さっと俺のほうに向き直って、そんな理不尽なことを言いつけた。
 こいつ……、
「……分かったよ」
 言いたいことは色々有ったが、まあ、ハルヒ一人分くらいなら何とかならないこともないだろうし、俺が脚を引っ張っていたのも事実なので、俺はとりあえず、ハルヒのその要求を受け入れてやることにした。
「分かればよろしい!」
「ただし、全部で1500円以内な」
「ちょっと、男ならもっとどーんと構えなさいよ、みみっちいわよ!」
「さっきまでお姫様抱っこしていた相手に言う言葉じゃないだろ、それ」
「う、それは……、まあ、良いわ、その額で勘弁してあげる」
 もはや完全に開き直りきった俺の発言にどう思ったのか、ハルヒはそれで納得したらしかった。
 それから俺達は、部室に戻り手錠を外し、鶴屋さんの奢りにありつくべく、6人で坂道を下ることになった。

 そうそう、言い忘れていたが、今日このお姫様抱っこ状態で、俺が一つだけ得したと言って良いかもしれない事が有った訳だが……、それが一体何のことかは、わざわざ言う必要も無いよな?


 終わり 

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最終更新:2007年02月02日 22:55