「ねぇ、気にならないの?」
昼休み、弁当をつまみながら久々のホームページ更新をしていた俺に、ハルヒは話しかけた。
後ろから覗くのはいいが、俺の卵焼きを奪い取ろうとするのはやめてくれ。
「気になるって、何を」
「有希、あの子友達も居なさそうじゃない? もしかしたらいじめられてたりとか」
まさか、確かにぱっと見は無口でおとなしい文学少女だが、
あの宇宙人製有機ヒューマノイドインターフェイスがいじめられるなんてことはまずありえないだろう。
「だってあの子、喋るの苦手でしょ? 私が来るまでずっと文芸部室で本を読んでいたような子だから、
 私たちの他に友達がいるかどうか……」

そのとき、一瞬頭の中にフラッシュバックする光景。
12月のときももう一つの世界。
長門のマンションにおでんを持って現れる朝倉。
長門にとって唯一の身内ともいえる朝倉は、もうこの世にいない。
喜緑さんと長門がどのような関係かは知らないが、
あの12月に喜緑さんが現れなかったことを見ると、喜緑さんとは朝倉ほど親密でなかったかもしれない。
「一人ぼっちで居る子って、狙われやすいのよ。有希、なまじかわいいから標的にされやすいかも……」
一人ぼっち本を読む長門。
その姿を見てくすくす笑う女子。
どこからか飛んでくる消しゴムのかけら。ぺし、と長門の顔に当たるたびにくすくすと笑い声が起きる。
長門は読んでいる本をしまい、新しい本を出そうとする。
しかし、その本は開かない。
不審に思い、本をよく見てみると、べっとりと塗られた糊が……

「ちょとキョン、手、止まっているわよ」
ハッと我に返る。
いやいやいや、あの長門だ。いつものごとく見えないようにこっそりと情報何たらで済ませているんじゃないのか?
大丈夫だ、きっと大丈夫だ……きっと
「あ、そうだ」
思いついたようにピョンとハルヒは立ち上がり、部屋の隅においてある紙袋をがさがさ漁り始める。
「じゃ~ん、超小型ワイヤレスカメラ!!」
なんじゃそりゃ!! なんでそんなもん持ってるんだ、ハルヒ!!
「この前オークションで安かったから買ったのよ~ SOS団に対抗する組織の監視に……ってキョン、何するの!!」
これはボッシュートだ。ハルヒにこんなもの持たせたらも何をしでかすか分からない。
ハルヒはぴょんぴょん飛んでワイヤレスカメラを奪い取ろうとするが、俺が手を上に伸ばせば届かない。
「だって、もしかしたら有希がいじめられているのかもしれないのよ。団員の危機を黙って見過ごせって言うの?」
まだいじめられてるって決まったわけじゃないだろ。
大体、長門はお前よりもずっとしっかりしているぐらいなんだ。
あいつがいじめられるなんてなかろうよ。

「あんたね、有希を信頼しているのはいいけれど、有希だって一人の女の子なのよ
 キョンって有希をいつも頼るけれど、あの子だって弱いところあるんだから」
あのな、だいたいいつ俺が長門に頼ったっていうんだ?
「いつも。困ったときがあるといつも有希に目配せしてるじゃない。
 このエロキョン。私が見ていないところで有希にいつも何しているの」
いや、それは多分、つい習性なんだろう。
野球のときといい、カマドウマのときといい、長門には頼りっぱなしだから、
自然と困ったときは長門に視線を送ってしまうのか……
俺の気がそれた一瞬の隙に、ハルヒは俺の手からワイヤレスカメラを奪い返す
「いい、今日の放課後、有希の教室にこっそり仕掛けてくるから。明日昼休みここに集合ね」

で、翌日の昼休み。
ハルヒの持ってきた受信機をパソコンのモニターにつなぐと、教室の風景が映し出された。
教室の後ろ側に置いてきたらしい。あの後ろ頭は長門か?
自分の席でカバンから何かをごそごそ取り出している長門。
あれは……菓子パンか
袋を空けて、もぐもぐとパンを咀嚼する長門。
いたって普通の食事風景だろう。
「あ、キョン、あれ……」
ハルヒの指差した方向、何名かの女子が長門の机に向かって歩いてくる。
大丈夫だよな、長門。宇宙的パワーを使えば……
”宇宙的、超能力的インチキはなしだからな”
あの時言った言葉が蘇る。
まさか……長門は……
気がつくと長門は何人もの女子に囲まれている。
「ち、ちょっとキョン」
気がついたときには走り出していた。
長門の教室に向かって。

息が切れる。何でもっと速く走れないんだこの体は。
全速力で階段を駆け上がり、教室の扉を開け放つ。
そこには、長門を取り囲み……

楽しそうに食事をする女子の一団が会った。
「はーい、長門さん。あーん……」
(ぱくっ)
「キャー、食べた食べた。かわいい~っ」
女子はきゃいきゃい笑いながら長門に餌付けをしている。
「どう、長門さん。おいしい?」
「わりと」
「長門さん、こっちも食べて、こっちも……」
俺が心配したのはなんだったんだ。
扉の側で奇妙なものを見るような目でこっちを見る男子に「邪魔したな」と声をかけ、
「あ……」
長門がこっちに気がついた。
その数瞬後……
「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」
耳をつんざく黄色い悲鳴。
なんだなんだ、いったい。
(ねぇねぇ、あの人、噂のキョンって人?)
(そうそう。あの長門さんが一番よく話している人? 長門さんと同じSOS団の)
(私、彼と長門さんが付き合っているって、彼と同じ教室の人が言ってたの聞いたよ)
(え~、ホント? じゃあもしかして……)
さささ~っと、長門の前の人垣が割れる。
なんだなんだ、その期待に満ち溢れる目は。
もしかして俺に、さっきやってたみたいなことやれっていうんじゃないだろうな?

「あ……」
長門が俺の手に持っているものへ視線を向ける。
「お弁当……」
何で俺、こんなもの持ってきちまったんだ~っ
弁当食べながら監視しようってハルヒが言ってたから、それをそのまま。
取り囲む、期待に満ち溢れる目、目、目。
「あ、こ、これはだな、長門……」
キッと、長門を悲しませるようなことをしたらただじゃおかないという圧力。
これほどまでに明確な殺意を浴びたのも朝倉に襲われて以来なんじゃないのか?
「弁当、食べるか?」
こくり、とうなづく長門。
人垣が割れるようにして確保されたイス。
ちょうど長門の目の前の席。ここに座れって言うのか?
弁当箱を開ける。今日は卵焼きにから揚げ。定番のメニューか。
長門の視線がちらり、から揚げを捉える。
ギロ、という周囲からの圧力。
「な、長門。これ食べたいのか?」
こくり
と、言われても、箸は一膳。
これは、これは、あれをやれってことか!?

いや、頼むから勘弁してくれ。そんな恥ずかしいこと、公衆の面前で……
……周囲の圧力がすでに深海6,500m級までに高まってきている。
震える箸でから揚げをつまみ、長門のほうに向けて差し出すと、
ぱくっ、と長門がかぶりついた。
しばらくもぐもぐと咀嚼し、
「おいしい」
と呟いた。
(聞いた聞いた?)
(うん、初めてだよね。長門さんがおいしいって言ったの)
(もう、信じられない。これってやっぱり愛の力?)
周囲でこそこそと聞こえる話し声。
長門の目線は卵焼きに、なんだ、またあれをやれって言うのか?
一気に増す周囲からの圧力。
誰か助けてくれ……

これほどまでに昼休みが終わるのを待ち望んだときはなかったのだろう。
五限目の予鈴が鳴るとともに長門の教室を抜け出し、自分の教室に帰ってきた。
お陰でぜんぜん昼飯が食べれてない。
弁当箱の中から減ったおかずは、長門に餌付けした分だけだ。
本鈴がなる前に少しでも弁当をかきこもう。
箸を取って……これって長門がかぶりついた箸だよな……
いかんいかん、あの女子たちに洗脳されかけてきている。
やましいことは何もないぞ、やましいことは……
「キ~ョ~ン~」
後ろから聞こえてきた不気味な声。
恐る恐る振り返ってみると、恐ろしい笑みを浮かべたハルヒが……
「あんた、私を放り出して有希と何やってたのかしらね~」
あの教室は小型カメラで見られていた。
俺と、長門のあ~ん、も……
……俺、今日生きて家に帰れるのかな……

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