どうしてこんなことになったんだろう。
 僕は頭を抱えつつ、いや、両手が塞がっているから物理的にそんなことは無理なんだけれども気分的にはそんな感じで、とにかく、もう、どうしようもないとしか言いようが無い今の状態に着いてもう一度最初から思い返してみることにした。
 そもそもどこが最初かと問われても困るのだけれども……、確か、雪山の山荘での出来事も終わりからかな、僕が今この右腕にぶら下げる形でSOS団名誉顧問なる役職を与えられている上級生さんにちょくちょくお誘いを受けることになったのは。山荘での事件がどうのというところから始まって、他愛ない話をして、一緒に映画に行ったりご飯を食べたりショッピングをしたりなんていう、デートモドキみたいなことをして……、結構嬉しかったのは確かだけれど、それ以上のことは何も無かった。あ、バレンタインのチョコをこっそり貰ったりはしたかな。もちろん義理だって言われたけど。
 で、もう片方の腕にぶら下がっているのは、SOS団の一員であり宇宙人製ヒューマノイドでも有る長門さん。えーっと、彼女とは、前者以上に、何かあったかと問われても困るくらい心当たりが無いんだけど……、そう言えば、この間探索で二人きりになったとき、本屋や図書館で脚立が無くて困っている彼女を助けてあげたりはしたかな? 後は、たまに親切にしてあげたりとか。
 で、今日はどういうわけか、その名誉顧問さんこと鶴屋さんも交えての六人での探索。
 午前中は二人×三組で、僕と彼、涼宮さんと長門さん、鶴屋さんと朝比奈さんという、どう転んでも問題なんて絶対に起きなさそうな組み合わせだった。
 でもって午後は三人×二組で……、もうお気づきだろう。
 僕と鶴屋さんと長門さん、彼と涼宮さんと朝比奈さん、という組み合わせになったわけだ。


「えっと……」
 僕の両腕にぶら下がる元気なお嬢様と寡黙系宇宙人。
 何時もだったらハイテンションで明るい鶴屋さんがちょっと微妙な雰囲気をたたえている状態で、長門さんの方もどことなく不穏だというのが、何だか怖い、すっごく怖い。
 えっと、僕、何か悪いことをしたんだろうか?
「どこへ行きましょうか……」
 訊かないことには始まらないからとりあえず訊こう。出来れば平穏に過ごせるところが良い。
 面子が一緒ならどこへ行ったって結果は似たようなものじゃないかって気もするけど。
「うーん、そうだね、」
「図書館」
 鶴屋さんが何か言い終わるより先に、長門さんが言い切った。
「図書館ですか……」
「……」
 鶴屋さんはどうですか? と訊こうと思ったら、ちょっときつい視線で見上げられた。
 えーっと、えーっと、これってどういう……。
「図書館、もしくは本屋。ただし本を読むという意味では本屋より図書館の方が適切」
 長門さんが勝手に喋っている。
 いや、だから、そういう問題じゃ……。
 そう言えば、鶴屋さんが本を読んでいるのを見たことは無い気がするな。
「あの、鶴屋さんはどんな本を読まれるんですか?」
 長門さんの振ってくれた話題を無視した場合の結果が怖いので、僕はとりあえず鶴屋さんも巻き込めないかと思い話を振ってみることにした。
「あたし? あたしはあんまり読まないねえ。親戚連中とかはさ、めって言ったりもするんだけど、純文学系とかは眠くなっちゃってね」
 ああ、そうか、彼女はお嬢様だった。
 普段の軽快な様子からはあんまり想像できないけれど、やっぱりそういうことを要求されていたりするんだなあ。
「本を読んで眠くなるというのは、あなたの理解力と努力の不足が原因」
 うわー、長門さん、何をいきなり!
「……あたしはさ、本を読むより身体を動かす方が好きなんだよ!」
 鶴屋さんも、言葉を文字だけで捉えれば何時もの通りだけれど、明らかに意地を張っていると言うか、喧嘩腰な雰囲気を醸し出している。
 こういう鶴屋さんは珍しいかも知れない。いや、珍しがっている場合じゃないんだけど。
「……」
「……」
 双方沈黙、無言の睨み合い。
 このまま意図不明のままの全面戦争突入? と思ったら、二人同時に僕を見上げてきた。
 こ、これは、僕に決めろってことなのかな? ええっと、
「……図書館に行きましょうか」
 僕の答えを聞いて長門さんがほんの少し満足げな様子になり、鶴屋さんがほんの少しむくれたように見えた。
 ごめんなさい鶴屋さん。
 スポンサーのお嬢様も怖いですけど、僕には、何でも出来そうな宇宙人さんの方が怖いんです……。


 女の子を両手にぶら下げた状態で街中を歩くというのは、相当恥ずかしい。
 というかなんで二人とも離してくれないのかな……、二人とも、僕と一対一の時は普通に距離をとって接してくれるのに。どうして今日に限ってそうじゃないのか。
 それにこの体勢、結構歩き辛い。
 比較的背が高い分自分より歩幅の短い相手に合わせるのは慣れているつもりだけれども、これは、そういう問題じゃない。双方からかかる重量が……、どちらも比較的細めで軽めの女の子とはいえ、大人一人分の体重×2であることに間違いは無いわけだし。
 図書館に着くまでの間で僕は既に相当ぐったりしていたが、図書館に着いたら着いたで、長門さんに手を引っ張られ強引に洋書のコーナーまで連れて行かれた。もちろん反対側には鶴屋さんがぶら下がったままだったわけだけれど。
「とって」
 長門さんはさっと上の方の段にある本を指差すと、僕にそう言った。上の方と言っても一番上じゃない、長門さんには無理でも僕が手を伸ばせば届きそうな、絶妙な位置の本だ。
 けど長門さん、一メートルも無い距離にある脚立のことは無視するんですね。
 しかも僕の腕を掴んでいる方の手を放す気配はないし……。
「あの、手を離していただかないと、」
「反対側の手を離せば良いだけのはず」
 長門さん!!!
「えっと……」
「……」
 長門さんの表情には、梃子でも動きませんって書いてあるようだった。
 僕は恐る恐る、反対側の腕を掴んでいる鶴屋さんの方を見た。
 ……正直なところ、見なくても雰囲気で大体の様子はつかめていたわけだけれども。
「すみません、手を離していただけませんか?」
「……しょうがないなあ」
 鶴屋さんは一応手を離してくれたけれども、その目は全く笑っていなかった。
 怖いんですけど……。
「どうぞ」
「……」
 本をとってあげたら、さすがに長門さんも僕から手を離し、本をぱらぱらと捲り始めた。
 良かった。これで少なくとも長門さんからは解放されたようだ。
 何て思っていたら、
「一樹くん、こっち来て」
 鶴屋さんに凄い勢いで手を引かれた。
 どこへ向かうのかと思ったら、雑学系の本が並ぶコーナーだった。
 なるほど、こういう本なら純文学と違って退屈せずに読みきれそうだ。
「あ、あれとってよ」
 鶴屋さんはなぜか長門さんと同じことを僕に要求した。
 僕は内心疑問に思いつつも、鶴屋さんに本をとってあげた。特に断る理由は無かったし。
「どうぞ」
「ん、ありがと」
 空いている方の手で本をとる鶴屋さん。そして彼女は、そのまま片手で器用に本を捲り始めた。
「あの」
「何?」
「手を離した方が、読みやすいと思いますよ」
「……一樹くんは、あたしがいたら邪魔かい?」
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ、このままで良いだろ。……ああ、ソファにでも移動しよっか」
 ニヤリと笑った鶴屋さんは、何だか獲物を捕まえた肉食動物のようだった。……なんてのは、僕の考えすぎなんだろうか?


 それから僕も適当なミステリの本を手に取って、二人してソファについた。さすがにこの時点で腕は解放してもらった。僕には片手で本を捲くれるようなスキルは無い。
 やっと落ち着けるかな……と思っていたら、何時の間にやら僕を挟んで鶴屋さんの反対側に長門さんが腰を下ろしていた。若干不機嫌気味に見えるのは気のせいかな?
 それにしても二人とも、身体を近づけすぎじゃあ……、本、読み辛いんだけど。
 いや、まあ、読み辛い以前に、
「へー、こういうもんなんだねえ」
 鶴屋さんが読んでいる本の内容を一々語りかけてきていたので、ちっとも本が読めなかったんだけど。まあ、僕としてはそれはそれで構わない。別に今日の探索の目的は本を読むことじゃないし、こういう話で盛り上がるのも悪くない。
 まあ、図書館だから小声でなんだけど。
「それは違う」
 僕と鶴屋さんが適当な話題で盛り上がっていたら、洋書を読んでいたはずの長門さんがいきなり口を挟んできた。あれ、でも、栞を挟んだ位置からすると、最初の辺りから全然読み進んでいないんじゃあ……。
「……違うって、何がさ?」
「それは諸説有る中の一説に過ぎないもの。専門家の中でもその説を支持しているのはごく一部。専門家の9割はその記述に反する説を支持している」
「それが何なのさ」
「そういった記述は読者に誤解を与える原因になりかねない。また、そういった本は娯楽的要素を追及しすぎるあまり、」
「有希ちゃーん、ちょーっと細かいこと気にしすぎじゃないかい?」
「細かくない、重要な問題」
「あのね有希ちゃん、こういう本はさー、楽しむためにできてんだよっ。そこんとこ、分かっているかい?」
「娯楽のために存在する本があるという事実はわたし自身も認めている。しかし、そもそも楽しむという行為は、」
「もう、うっさいなあ」
 鶴屋さんが、こんなはっきりとした不満を口にするなんて珍しい。
 いやだから珍しがっている場合じゃ、
「人の意見を五月蝿いという言葉で遮るのは幼稚な行為」
 あああ、だから長門さんもそういう火に油を注ぐようなことをぽんぽん言わない!
「そーいうことを一々口にする有希ちゃんの方がよっぽど子供っぽくないかい?」
 鶴屋さんも、そんな、相手は年下なんだから。
 ええっと、そういうことじゃなくて……、うん、ここはこうしよう、こうさせてもらおう。
「……二人とも、ここは図書館です、お静かに」
 僕は出来るだけ何時もの笑みを作る努力をしつつ、当たり障りの無い口調でそう言った。
 どっちを支持するのも推奨できないというのなら、逃げるに限る。幸いここは図書館だから、この言葉は結構効果があるはずだ。ちょっと微妙な雰囲気ではあるけれども、二人とも一応黙ってくれたみたいだし。
 ……まあ、問題を先送りにしているだけのような気もしないではないけど。


 それから一時間ほどの間は、各人それぞれ本を読んで過ごした。
 と言っても僕は緊張しっぱなしで全然本の内容が頭に入ってこなかったし、時々横目で見た感じだと、長門さんも鶴屋さんもあんまり読み進んでいるという感じではなかった。
 図書館に来た意味って有ったのかな……。


 帰り道もやっぱりぶら下がり状態だったから、僕等は集合時間に少しだけ遅れてしまった。
 僕等の様子を見た涼宮さんから「遅い、罰金」と言われなかっただけよしとしようかな。
 その涼宮さんと言えば、なぜか僕らを見てニヤニヤ笑顔だったんだけど……、それって、どういう意味なんだろう?
 訊くのもちょっと怖いから、訊く勇気も無いわけだけど……、うーん、こんな心労が溜まる一日は今日限定だと良いんだけどなあ。

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「なんか、土曜の古泉くん、キャッチボールのボールみたいだったわよね」
「……は?」
 探索から明けて月曜の朝の会話。ハルヒの表現が何時にも増して意味不明だった。
 ハルヒが古泉の話題を出すこと自体は、流れ的には別におかしくない。あのニヤニヤ笑いは、次の玩具を見つけた子供みたいな感じでもあったしな。
 ……頑張れ古泉、何か大変なものが一気に増えたような気もするが。
「どういう意味だ、そりゃ? 大体キャッチボールってのは投げあうもんだろ。あれは……、逆だろ」
 本人は気づいているかどうか知らないが、帰ってきたときの様子を見れば一目瞭然だ。
「まあね。……でも、キャッチボールってボールを投げ合っているわけだけれど、見ようによっては、ボールを取り合っているけど、でも、相手に投げなきゃいけない事情が有る、っていう風にも見えないと思わない?」
「……ふむ」
「あんた、あたしの言いたいことちゃんと分かっている?」
「一応な」
 投げなきゃいけない事情、か。
 それは、反対側にいる相手のことを気遣っているからか? 自分じゃそのボールに当たる人物に釣り合わないと思っているからか? それとも、その人物と一緒に歩いていけない事情があるからか?
 ハルヒは詳しいことを何にも知らないくせに、こういう妙な勘だけは良い。
 古泉は表向きは普通の高校生だが裏ではパートタイム超能力者だし、鶴屋さんは大きな家を継がなきゃいけないお嬢さん、長門に至っては宇宙人だ。……これで、普通の三角関係なラブコメ的な結末を期待しろって方が無茶な話だろう。経過はともかくとして。
 でもなあ……、俺としては、そんな、最後に誰もいなくなりました、みたいな終わり方はちょっと勘弁願いたい。
 そりゃあ、三人一緒に幸せに、何てのは無理だろうけどさ。
「まあ、あたしの思い込みかも知れないけど」
 そうだ、そんなのはお前の思い込みで良い。
「とりあえず、面白そうだから暫くは様子を見ることにするわ!」
 ってお前、野次馬根性丸出しかよ。
 いやまあ……身近な、被害の少なそうなところでハルヒが満足しているって言うなら俺の心労も軽くなるし、多分古泉も満足だろうが……、まあ、多分だけどな。



 終わり


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