転校初日、先生達に挨拶を済ませたわたしは、これから通うことになる一年九組に向かった。
 はあ、クラスは違うとはいえ涼宮さんと同じ学校かあ……。男の子としてっていうのも何だか変な感じだけど、楽しみと言えば楽しみかなあ。
 まともな学校生活なんて、三年ぶりだし。
「始めまして、古泉一樹です」
 わたしは出来るだけ普通の、人の良さそうな男の子を装って、クラスメイト達を前に名前を名乗った。そうそう、『一樹』って名前は男でも女でも通用するような名前だから、そのままなんだよね。
 ううん、同い年の子がいっぱい……、当たり前といえば当たり前のことなんだけど、新鮮な光景だなあ。これで、友達とかが普通に作れる環境だったら文句無いんだけど、それはちょっと……。
「席はあそこだ」
 先生が教えてくれたので、わたしはその席に着いた。
「ねえねえ、古泉くん、どこから来たの?」
 もうすぐ授業だって言うのに、近くの席の女子が小声で話しかけて来た。
「関東からですよ」
 わたしは用意していた通りの答えを口にする。大嘘なんだけどね。
「ふうん、あ、教科書有る? もし無かったら、」
「ご心配なく、ちゃんと揃えてありますから」
 親切なのはありがたいんだけど、いきなりそれで机を近づけて来られるのは、ちょっと困る。こんな初っ端から近い位置で話をすると、思いっきり襤褸が出そうだし。
「そう……」
「親切にありがとうございます」
 にこっと笑ってお礼を一言。
 とりあえず、困りそうになったらこうしろって言われてるんだけど……、こんな感じで良いのかなあ。
「あ、うん……。も、もし、何か困ったことが有ったら何でも言ってね」
「はい、そのときはお世話になりますね」
 ううん、女の子が顔を赤くしている。ええっと、これは、その、つまり……、ううん、あんまりそういう方向に物を考えて欲しくないんだけどなあ。これは、わたしの本来の姿じゃないわけだし。
 嬉しいとか戸惑うとかよりも、申し訳ないなって気持ちの方が大きいんだよね。
 だって、騙しているみたいじゃない。……いや、実際騙しているわけだけど。


 それから一時間目の授業が始まり、わたしは普通に授業を受けた。
 授業に出るってこと自体が三年ぶりだったから、新鮮といえば新鮮だったけど、内容自体は特にどうってことも無かったかな。特進クラスだってことだけど、別に難しいとも厳しいとも思わなかったし。
 森さんの個人授業の方がよっぽど……、いや、まあ、この件は良いか。
「ねえねえ、古泉くん、どこから来たの?」
「趣味は何?」
「どんなテレビ見ているの? あ、転校前とこっちじゃやっている番組とか違う?」
「ねえ、古泉くん、」
 想像していたことだけれど、休み時間になったら、あっという間にクラスメイトに囲まれた。まあ、珍しくもない光景だよね。
 自分が小学校のときにクラスに転校生が来たときも、初日はこんな感じだったし。
「えっと、」
「あなたが謎の転校生ね!」
 さて、与えられた質問に用意していた嘘八百を並べてやり過ごそうと思っていたわたしのところに、彼女は現れた。

 涼宮ハルヒ、その人が。

「あの……」
「あなたが転校生で間違いないのよね?」
「は、あい……」
「どこから来たの?」
「関東の方ですが……」
「趣味は? 家族構成は? あ、家族の中に妙な体験をした人はいる?」
「え、あ……、妙な、と、言いますと?」
 涼宮さんが爛々と目を輝かせながら、凄いペースで喋っている……。ううん、会うのはこれが初めてだけど、何だか不思議。涼宮さんは、もっと不機嫌そうに喋る人だって印象が有ったからかなあ。ここ最近、様子が変わってきたとは聞いていたけれど。
「そうね、宇宙人を目撃したり超能力に目覚めたり時間を移動していたり……、そうそう、未知との遭遇が原因で引越し、何てことも、」
「あ、いえ、そういうのは……」
「無いの?」
「ええ、僕の知る限りでは……」
「ふうん……」
 涼宮さんが漸く口を閉ざし、ちょっと思案顔になる。
 何を考えているんだろう……。わたしのこと、なのかなあ? いや、けど、まさか、何時かはじかに接触するだろうなって思っていたけど、まさかこんなに早く来ることになるなんて思っていなかった。
 それに『謎の転校生』って……。
「そうねえ、じゃあ……、あら、もう時間。ええっと」
「古泉一樹です」
「そう、古泉くんね。あたしは涼宮ハルヒ。クラスは一年五組よ。また来るから、覚えておいて」
 涼宮さんはさっとそう言うと、現れたときと同じくらいの素早さで教室を出て行った。
 何か、凄いパワフル……。それに、またって……。
「……あの、古泉くん」
 呆然としている状態からやっと開放された女子の一人が、僕に話しかけてきた。
 場の主導権を完全に涼宮さんに持ってかれちゃっていたからなあ。
「はい、何でしょう?」
「涼宮さんのとは、あんまり関わらないほうが良いよ。あの子、ちょっと変な子だから……」
「はあ……」
 その女子は親切で言っているんだろうけれど、僕には曖昧な返事を返すことしか出来なかった。
 涼宮さんが云々っていう言葉に反論したい気持ちがなかったわけじゃないし、何より、こうして出会ってしまった以上、関わらないでいるのは多分無理だろうし……。


 それから涼宮さんは休み時間のたびに現れ、お昼休みには、わたしのクラスの生徒にでも聞いたのか、学食にまで押しかけてきた。いや、涼宮さんも元々学食組みみたいだけど、どう見てもわたしを追いかけてきたって感じだったし。
 涼宮さんはその間始終パワフル質問モードで、わたしは全然ご飯を食べた気がしなかった。というか、全然食べれなかった。
「……でね、あなたにはちょっと来て欲しいところが有るの」
 5時限目と6時限目の休み時間、涼宮さんはいきなり話の風向きを変えた。
「来て欲しいところ、ですか」
「そう、あたしにとって重要なところよ。もちろん、これからあなたにとっても重要になる場所よ」
 涼宮さんがニヤリと笑った。
 それが一体なんで有るのか……、具体的なことは知らないけれども、最近の涼宮さんが自分から何かを始めようとしているというのは、一応知っている。
 どうやらわたしも、その『何か』に巻き込まれることが決まってしまったみたいだけれど……、ううん、これで良いのかなあ?
 休み時間のたびに捕まりっ放しだから『機関』に連絡する時間も全然取れないし……。まあ、いっか。もしも接触したときは、とりあえず涼宮さんの機嫌を損ねないように振舞うようにて言われているから、その通りにさせてもらおう。
 帰りのホームルームが終わったあと、わたしは涼宮さんに腕を引っ張られ、その、重要な場所とやらに向かうことになった。ちなみに今日のホームルームはどうやら5組の方が早く終わったのか、涼宮さんはクラスの外で待ち伏せしていたらしく、9組の担任がホームルーム終了を告げるのとほぼ同時にクラスに入ってきて、わたしの腕をとった。
 クラスメイトも先生も、思わず唖然。
 わたしは仕方なく彼等に手を振りつつ、涼宮さんに引っ張られていった。

 向かった先は、文芸部室。
「へい、お待ち!」
 涼宮さんは声だけでドアが破れるんじゃないかと言うほどの大きな声とともにドアを開き、わたしを伴って部室に入った。
「一年九組に本日やって来た即戦力の転校生、その名も、」
 え、ちょっとまって、わたしにいきなり振るの?
 しかも、即戦力って……。
「古泉一樹です。……よろしく」
 自分の知らないところ(といっても涼宮さんの頭の中限定って気もするけれども)で勝手に外堀が埋まっていく恐怖を感じつつも、わたしはとりあえず笑顔を作り、名前を名乗った。
 困ったときには笑顔笑顔。「古泉、あなた顔は良いんだから笑っていれば大抵のことは乗り切れるわ」とは、森さんの言葉。……あんまり納得したくないけれども、笑っているだけで乗り切れるなら、こんなに楽なことは無いかも。
 それから涼宮さんは全然紹介になってない団員の紹介をしてから、僕の質問に応じて『SOS団』なる団体の活動内容を教えてくれた。

「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶことよ!」

 ツッコミどころ満載を通り越しそうなほどの宣言を、何の迷いも無く言い切った涼宮さん。
 これが、わたしが普通の人間だったなら、呆れるなり乾いた笑いを浮かべるなりってところなんだろうけれど、そうも行かない。
 なにせ私は超能力者だし、ここにいる残りの団員三名の内二人は、宇宙人と未来人にカテゴライズされるわけで……、いや、そんなこと、喋る気は無いけどね。
 ああでも、宇宙人と未来人……、長門有希さんと、朝比奈みくるさんか。朝比奈さんはともかく、長門さんは……、ううん、わたしの本当の姿まで含めて、全部気づかれてそうだなあ。まあ、彼女が自分から言い出すことは無いだろうけど。
 暗黙の了解って意味でなら、涼宮さんの周りを取り巻く大勢のうちの大半は、今のところ、同じような考え方を持っているはずだし。
 わたしはとりあえず長門さんと朝比奈さんを交互に見てから、適当に相槌をうち、仕方が無いのでこの団体に入ることにした。『機関』には何のお伺いも立てないままに決まっちゃったけど、涼宮さんの機嫌をとるためだから、これも仕方ないよね。
 ごん。
 これは、わたしに挨拶しようとして立ち上がろうとした朝比奈さんが、躓きかけた挙句テーブルの上のオセロ盤に頭を打ちつけた音。
 なんかすっごく痛そうなんだけど……。
「だいじょうぶですか?」
「……はい」
 思わず声をかけつつ手を差し伸べたわたしに対して、朝比奈さんは、何とも言えない目つきでわたしの方を見上げてきた。
 ええっと、これって……、ううん、朝比奈さん、わたしの正体に気づいてないのかな? ああ、バックグラウンドは知っていても、本当の正体は知らないとか……。ううん、それってどうなの?


 いくつかの疑問符を残したままでは有ったけれど、それからわたしは涼宮さんに学校案内だと言って学校内を引っ張りまわされた。それは、愚痴と余計なコメントと意味不明な解説の多い、不思議な案内だった。ううん、でも、高校生ってこんなものなのかなあ?
 涼宮さんはどうも『変わった人』と認識されているみたいだけど、世の中の高校生の平均ってものを良く知らないわたしには、彼女のどこがどういう風に変わっているのか、実のところ、よく分かってないんだよね。
 ちょっと、元気な人だなあ、とは思うけど。


 学校から、昨日からの自宅となっているマンションに戻ったわたしは、とりあえず部屋に入ってすぐ大きな伸びをした。
「疲れたあ……」
 男の子の声で、女の子みたいな喋り方。
 はっきり言って自分でもどうかと思う……、はあ、早く戻っちゃおう。
 戻る方法は、とっても簡単。なるときもそうなんだけど、そうしたいって思えばそれで良い。儀式も呪文も要らないし、勝手になったり勝手に解けることもない。
 まあ、そうでなきゃ、この格好で転入、何てことにはならなかっただろうけど。
 わたしは制服姿のまま、元の姿に戻った。
 身体は変わっても服はそのままなので、制服がでかい。
 男の子の時のわたしは、背が高いからね。元のわたしも女子の平均よりは高い方なんだけど、それでも男の子になったときと比べると、全然小柄なわけだし。
「はあ、お風呂入ろう……。はうっ」

 べちっ。

 これは、長いズボンの裾を踏んづけて、そのまま転んで、カーペットと仲良くご挨拶しちゃった擬音……。ううう、何やっているんだろうなあ。
 こんなことになっても、助けてくれる人は居ないし……、こんな身体で、この能力を使うことを考えたら、誰かと一緒に暮らしたい、なんて思わないけどね。
 生活面でのサポートになるような人物をつけるっていう『機関』の提案も有ったけど、突っぱねちゃったし。
 はあ……。とにかく、お風呂に入ろう。

 わたしはお風呂のスイッチを入れ、沸くまでの時間テレビのチャンネルを回しつつ適当に過ごしてから、お風呂に入った。そうそう『機関』への連絡自体は、帰りに家まで送ってくれた新川さんに話すことで一応済ませている。本当はそれだけじゃ全然足りないんだろうけど、疲れているからってことで、詳細の説明は後回しにさせてもらった。
 だって、本当に疲れているんだもん。
 肉体的にも精神的にも……、転校初日に涼宮さんに会ったからっていうのも有るんだけど、もしかしたら、この能力を使うと、消耗するのかなあ。今まで全然使ったことが無い能力だったし、長時間使うなんてことも無かったから、その当たりのことは良く分からないんだけど……。
 あ、何て考えているうちにお風呂が沸いたみたい。
 よし、とりあえずお風呂に入ろう。
 考えるのは後々、今はぱーっとお風呂で手足を伸ばして、ゆっくり身体を休めよう。
 ……わたしお風呂って好きなんだよね。結構、落ち着けるからかな。
 お風呂に入る前に脱ぐ服が全面的に男物なのはどうなのって気もするけど……、下着までだからなあ。まあ、体育とかで着替える場面も有るだろうから、仕方ないことだし、男の子の身体だったら男の子の下着の方が無難だとも思うんだけど、やっぱりちょっと、恥ずかしいんだよね。
 せめて能力を使うときに、服も一緒に変えられたら……、訓練とかしたら、どうにかなるかな?
 訓練って、どうやって、という気もするけど……。うん、今度時間が有るときにでも、頑張ってみようかな。
 一々能力を使うたびに全部着替えるとか、女の子に戻っても男の子の下着だとか、体格の都合で女の子から男の子にすぐなることが出来ないっていうのは、ちょっと不便だしね。
「はふーっ」
 ああ、身体を休めようって思っていたのに、また変なことを考え始めちゃっているなあ。
 お風呂に入っているときくらい、女の子のわたしで良いじゃない……。この三年間の間、男も女も無いような、年齢さえも関係ないような、何と言うか、形容するのも面倒くさい日々を送ってきたわけだけれど……、頑張ってきた『わたし』は『わたし』なんだよ。
 それにわたし、女の子としての自分の外見を結構気に入っているし……。男の子の自分は、女の人からの受けは良いみたいだけど、そんなに、好きじゃない。だって、何だか人を騙しているような気分になるし……。どんな風に思われたって、男の子のときのわたしは、やっぱり『わたし』じゃない。
「……こんな調子で、大丈夫かなあ」
 不安、疑問、不満……。何だか、心に渦巻くものがいっぱい。
 お湯の中は気持ち良いし、身体は休まるけれど、心は、どうなんだろう。
 わたし……。
「あー、もう、やめやめ!」
 わたしはぱっとお風呂から上がり、脱衣所で身体を拭いて、下着を身に着けた。
 女の子の身体のときだから、今度はちゃんと女物だよ。
 ふりふりひらひらレースたっぷり甘ロリ系ブラ&ショーツ。自分で形容すると結構恥ずかしいけれど、わたしはこういうのが好き。女の子は見えないおしゃれにも気を使わないとね。
「よし、今日もOK!」
 わたしは鏡の前に立ち、下着姿の自分の身体をざっと確認した。
 切り揃えられたショートカットに、ちょっと切れ長の目、顔立ちは、まあ、結構かわいい方なんじゃないかな、と思う。
 身体つきは、ちょっと細身かなあ……、あ、でも、出るべきところはちゃんと有るから良いんだもんね!
 わたしはくるくると鏡の前で回って、おかしなところが無いかざっと確認してから、クローゼットを開いた。
「んーと……」
 10分くらい悩んでから、わたしは、フリル付きの白いシャツにチェックのミニスカートを選んだ。これにニーソックスで、完璧だね!
 今はもう日も落ちちゃっているし、どうせ午前様になる前にパジャマに着替えて寝ちゃうことになるんだけど、やっぱり、女の子で居られるときは、女の子らしく居たいもの。
 それを見せる相手は居ないわけだけれど……、ううん、そういう問題じゃない。
 これは、わたしがわたしらしく、ちゃんと笑っていられるために、必要なことなんだから。
「うん、ご飯の準備でもしようっ!」
 着替え終わったわたしは、夕食の準備をするべく、台所に向かった。
 しっかり栄養とって、しっかり寝て、明日に備えないとね。
 食事の基準をどっちの体型に合わせたら良いのかまだ分からないのが難点だけど……、とりあえず、ダイエットが必要な事態にならないように気をつけようっと。



|