「で、話ってのは何なんだ。また閉鎖空間か?」
SOS団の女性組3人を見送った後、俺は開口一番にそう言った。
古泉が二人だけで話したいことがあるとかぬかすからこうやって活動が終了しても部室に残ってる訳だが、
こいつのことだ、どうせロクな話じゃないんだろう。あの忌々しい灰色空間のこととかな。
そういうわけで前述の台詞に至るって訳だ。
「いえ、お陰様で閉鎖空間は減少傾向にあります。
いつか言った通り、涼宮さんの能力は弱まっているのかもしれません。
我々にとっては実に喜ばしい限りですよ」
「じゃあ何だ。どうせハルヒがらみのことなんだろう」
「そうですね。涼宮さんがらみ、というのはあながち間違いではありませんが。
今回は、そう、長門さんのことについてです」
古泉はいつもの笑みを顔に浮かべたまま口を開く。長門がどうかしたのか?
「単刀直入に申し上げましょう」
そう言って古泉は机に肘をつき、顔の前で手を組んでから、
「あなたは長門さんのことをどうお思いですか?」
何が言いたいんだか分からん。そんなことを聞いてどうする。
「ええ、好きか嫌いかの二択でも構いません」
人の話を聞け、勝手に話を進めるな。
…まあ、そうだな。長門はSOS団の仲間だし、あいつには何度も助けられてる。
嫌いだと言ったら間違いだろう。何より命の恩人だからな。
「そうですか」
古泉は意味ありげな笑みを浮かべた後、
「では、涼宮さんのことは?」
俺は少しだけ考えて、
「何を考えてるのか分からん奴だ」
いきなり思い付いたように突拍子もないことを言い出して暴走するのがあいつだ。
その被害が俺たちに回ってくるってのは考えものだが、変に大人しいあいつってのもそれはそれで不気味だな。考えたくもない。
あいつは適当にはしゃぎ回ってるくらいがちょうどいいのさ。

「意外ですね」
古泉が常時顔に貼り付いている笑みを更に可笑しそうに歪めて言った。ああ、俺も意外だね。
くそ忌々しい話だが、どうもあいつの巻き起こす騒動に巻き込まれるのも悪くないと思っちまってるのが最近の俺らしい。
「では朝比奈さんは…これは聞くまでもないですか」
聞けよ。癪に障る言い方だな。
「これは失礼。では改めてお聞きしましょうか?」
「いや、やめておく」
そう言うと古泉はわざとらしく肩をすくめた。
本来なら可愛くて健気な素晴らしき先輩だとか、部室専用のエンジェルだとか、
朝比奈さんを褒め称える言葉には枚挙にいとまがないのだが、こいつのことだ、
どうせ話しても「やはりそうですか」とか言って流すに違いない。
「我々としてはですね、」
そんなことを考えていると古泉は居住まいを正して、
「あなたと涼宮さんが結ばれるのが妥当だと考えているわけですよ」
突拍子も無いことを言い出しやがった。
俺が?誰と?結ばれるって?
「ええ、ですからあなたと涼宮さんが」
「その結ばれるってのは、何だ、えー」
「言葉通りの意味ですが」
呆れた。『機関』とやらはもう少しマシなジョークは思い付かないものなのだろうか。
「何の冗談だそれは」
「冗談ではありませんよ。これは機関の総意です。まあ、いつか言ったようにそうでない者もいますが」
古泉は笑みを崩さないまま、おい、何てことを言いやがる。
それもあれか、世界の為とかいうやつなのか?
「まあ、言ってしまえばそうなります」
俺の呆れを通り越した感情は憤慨へ辿り着いた感情は、更にそれを通り越して再び呆れへと変わる。
「何だそれは。俺は世界、というかお前の機関とやらの為に人生の伴侶まで限定されにゃならんのか」
「それについては申し訳ありません、としか僕には言いようがありません。文句なら僕が上にお伝えしましょう」
「くそったれと伝えろ。ハルヒと結婚するのが嫌だとかじゃねぇが、そんな勝手に自分の人生を決められてたまるか」

「嫌だ、とは言わないんですね」
古泉がニヤニヤとした笑みを浮かべながら言う。何が言いたいんだこいつ。
「おい、勘違いするなよ。誰もあいつと結婚したいとは言ってねぇぞ。先のことは分からんからそう言ってるだけだ」
「分かってますよ。先程のあなたの意見については、お伝えしておきましょう」
何が分かってますよ、だ。ふざけやがって。
…と、ここで俺はふと重要なことを思い出す。
「おい、古泉。さっきから話題が脱線してるんじゃないか?お前は長門がどうとか言ってたんじゃないのか」
「ああ、そういえばそうでした」
思い出したように言うんじゃねぇよ。
「で、何なんだ」
「ええ、先程もお聞きしましたが、あなたは長門さんに何か思う所はありませんか?」
「だからそれを聞いてどうしようってんだよ」
「これは僕の推測ですが、」
古泉が目を細めながら言う。優しく微笑みかけるな、気色悪い。
「長門さんの行動原理のほとんどはあなたにあると言っても過言ではないでしょう」
推測と言っておきながら断定みたいな言い方だな。
そんなツッコミは置いておき、俺はとりあえず素朴な疑問を口にする。
「何故そう思う」
「長門さんのこれまでの行動を見て、ですが」
「分からんな」
「おや、気付いていないのですか?」
「何をだ」
「長門さんは誰に従わなくとも、あなたにだけは従っていたように見えましたが」
さて。古泉の言葉に初めて俺は長門の今までの行動を順に思い返す。

例えばあの野球の時はどうだ。
ホーミングモードとやらの魔法がかかったインチキバットは俺がもう充分だと言ったら長門はすぐに魔法を解いた。
だがこの時この方法を提案したのは古泉だし、野球などおそらく長門にとってはどうでもいいことだったろうから、
俺が言わなくとも事情を知ってる誰かが――と言っても古泉か朝比奈さんくらいしかいなかったが――そう言えば
長門は同じことをしただろう。どうだ古泉、早速違うじゃないか。
では、あのカマドウマの時はどうか。
そういえば俺が待て、と言った時あいつは愚直にも俺が言うまで停止したままだったな。
だがそれがどうしたというのか。あいつはただ単に待て、と言われたから待っただけだ。
問題がなければとりあえず指示には従う。そんな奴だあいつは。受動的という言葉が似合ってる。
なら、あの山荘の時はどうだ?
そういえばあいつ、ハルヒが開けろと言っても部屋の戸を開けようとしなかったな。変に意固地になってるようだった。
だが俺が言ったらあいつは戸を開けた。しかし待て、考えてみろ。
あいつが戸を開けたのは俺がハルヒの指令を上書きしたからじゃないか。
ハルヒが直接的に指令を解除するようなことを言っていれば――いや、言っていたか?
とはいえあれは長門流のジョークなんじゃないかと俺は解釈してるわけで――
――待て。
ここに来て俺は自分自身に違和感を覚える。
何故俺はこうも否定的な意見ばかりを並べているんだ?
俺の考えは正論のようで…確信のあるものではない。だが、だからと言って――
「なあ古泉」
俺はこんがらがる思考を元に戻す為にとりあえず口を開く。
「何でしょう?」
「あいつが俺に初めてハルヒと自分のことについて語った時の話なんだがな。
あいつは俺のことをハルヒにとっての鍵だと言っていた。意味はよく分からんが――」
そうだ。でなければ長門が俺に従う理由など何処にもない。
第一、あいつには統合思念体という絶対的な上司がいるじゃないか。
「――とにかく、そういうことなんじゃないのか?万一、長門が俺の言ったことに律儀に従っているとしてもさ」

古泉は笑みを崩さない。駄目だ。こいつの笑みは長門の無表情と同じで、何の思考も読み取れん。
「すいません、少し言葉が足りませんでしたね」
そう言って肩をすくめた古泉は、また顔の前で指を組んで言葉を続けた。
「今のは、統合思念体の存在を抜きにしても、ということです」
その時の俺はさぞやおかしな顔をしていたことだろう。古泉は喉を鳴らすようにくっくと笑って、
「では言い換えましょう。あなたの存在があってこそ、今の長門さんの行動は存在する。これでどうです?」
と言うと指を離し椅子の背もたれにもたれかかって今度は脚を組んだ。意図の読めない余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
などと古泉の一挙手一動足を細かく描写している場合ではない。俺の頭は、またもこんがらがり始めた。
結局こいつは何が言いたいんだ。こんなことを言って俺に何をさせようってんだ?
「僕はこう考えているんですよ」
俺が混乱してるのを知ってか知らずか、古泉は語り始めた。
「長門さんはあなたに対して、表には出さずとも並々ならぬ好意を抱いているのではないのか、とね」
好意?あの長門が俺に?その好意ってのは、まさか――
「ええ、もちろん、言葉通りの意味で」
「馬鹿な」
「そう思いますか?」
…古泉は笑みを崩さない。
何だ、何の意図があって俺にこんなことを言うんだ。
「例えばです」
古泉は顔のあたりで右手の人差し指を立てそれをゆらゆらと振りながら言う。
「長門さんが世界を改変した時のことですが、彼女に発生した、涼宮さんの一監視役に過ぎなかった彼女に
世界の改変を決意させる程のエラーというものが、自分だけを見ていて欲しいという、
彼女のあなたに対する内なる想いが生じさせたものだとしたら、あなたはどうします?」

「どうもこうもあるか。何でそういうことになるんだ」
「簡単ですよ。彼女は世界の選択権をあなたに託した。それに――」
「それに、何だ」
「――涼宮さんの能力や、我々の機関、朝比奈さんが未来人であるという事実、
更には統合思念体の存在すらも抹消した。
そして、涼宮さんをあなたのもとから隔離した」
「それが何だってんだ」
「分かりませんか?長門さんにとって、あなたに近付く為に邪魔になるであろう存在の一切を、
彼女は世界から追いやったんです。しかも、あなたにだけ記憶を継承させることであなたが長門さん
――と言っても、全くの別人としか言いようがない人ですが――に会いに来るように仕向けた」
「朝比奈さんはどうなるんだ。それなら朝比奈さんもいなくなってなきゃおかしいだろ」
「むしろ好都合なんですよ。朝比奈さんは普通の人間だったのにも関わらず、
あなたはそれを知らずに未来人朝比奈さんとして彼女に接近した。
その結果あなたは、失礼ながら少し頭のおかしな人と認識され、
朝比奈さんから避けられる結果となった」
俺は頭を抱えた。長門の意思はどうあれ、俺があの世界で体験した一つの大きなものは孤独だった。
あの世界において電波人間だった俺を受け入れてくれたのは、他ならぬ長門だけだった。
谷口の言葉でハルヒの存在に気付くことがなく、緊急脱出プログラムの起動に失敗し、
あの世界に取り残されていたとしたら…俺の心は、ひょっとして長門に揺らいでいたのかもしれない。
だが考えろ。あの長門は長門じゃあない。長門本人が同期不能だと言っていた以上、あれは別人だ。
長門が望んでそういうふうに自分を作ったのだとしても、あいつが本当に俺に好かれたいと思っていたのだとしても、
本当にそれでいいのか?結局自分とは違う奴を好きになったんじゃ意味がないじゃないか。
それに、あいつはあの世界から出る為の方法を残してくれたんだ。あいつだって、あの世界を――
――待て。あいつが俺に世界の選択権を委ねた理由は?
俺が、自分の意思で作り変えられた世界を選んでいたとしたら、どうなっていた?
…朝比奈さんふうに言うとしたら、俺が世界を元に戻そうとし、実際にそれを行ったのは『規定事項』だ。
だが、その歴史が、俺の意思によって変えられていたとしたら――

――駄目だ。考えるな。
こんなことは考えちゃいけない。俺の行動は正しかったはずだ。
そうだ。俺はあの世界の作られた長門じゃなく、無表情な宇宙人モドキで、
SOS団の団員の一人である元の長門有希を望んだはずだ。
過ぎたことは考えるな。『既定事項』だ…。
「古泉」
いけすかない微笑みを浮かべた超能力者を睨み付け、迷いを振り払うように語気を強めて言う。
「お前は何が言いたいんだ」
古泉は両手をホールドアップさせてわざとらしい苦笑を浮かべる。
「まあそう怖い顔をせずに。話はこれで終わりではないんですよ」
「言ってみろ」
俺が古泉を睨み付けたままそう言うと、古泉は肩をすくめて姿勢を元に戻した。
「あの雪山の時ですがね」
古泉は俺から視線を外そうとしない。何なんだこいつは。何でこうも人をイライラさせるのが得意なんだこいつは。
「長門さんが寝言――彼女のそれが本当に寝言なのかは定かではありませんが――を言ったでしょう」
ああ、覚えてるさ。長門が与えてくれた脱出の為のヒントだ。
最初はお前があいつの寝言に文句を付けるつもりかと少々腹が立ったがな。
「あれを僕は彼女からのヒントではないかと思い、涼宮さんに確認した。するとそれは確かに答えに繋がりました。しかし――」
古泉はあの映画の時のように大袈裟な身振り手振りを付けながら言葉を続けた。
「それはただの偶然で、実は長門さんがヒントを与えてくれたというのは僕の勝手な勘違いで、
あの時彼女が朦朧とした意識の中、救いを求めるように呟いた言葉が、本当にあなたの名前であったとしたら――」
思考が、揺らぐ。
「あなたは、どうしますか?」
「……馬鹿な。長門に限って」
俺は必死に声を絞り出す。
「考えられないことではありませんよ」
古泉が続ける。
「あなたが彼女を頼りにしているように、彼女が頼りにしているのはあなたです」

――俺の言葉は、俺の口から発せられることはなかった。
「それともう一つ」
何だ。まだ何かあるのか。
「あなたは彼女を頼りにしていますが、それ以上にあなたは彼女を気にかけている。それはもう、朝比奈さん以上にね」
…何だそれは。何を根拠にそんなことを言ってるんだ。
「あなたはそういう人ですから…自分では気付いていないのかもしれませんが」
そういう人って何だ。
「最近のあなたは、長門さんをずっと見ているんですよ」
俺は、何も言えない。
「ともかく、僕が言いたいのはですね」
古泉は交差させていた脚を解き、再び顔の前で指を組む。
「長門さんが普通の人間のように”恋”というものをするのだとしたら、
その相手はあなたしかいないだろうということです」
俺は泳いでいた視線を古泉へと向ける。…いつもと変わらない笑みを奴は浮かべていた。
「…古泉」
やっとのことで口を開く。
「何でしょう?」
「お前の与太話はそれでしまいか?」
「…ええ」
本当ならぶん殴ってやりたい所だったが、そこを抑えて俺は言葉を繋げる。
「何だってそんな話を俺にした。お前の今の言動には矛盾がありすぎるぜ」
「さて、矛盾とは…」
「とぼけるなよ。俺とハルヒをくっつけようって話をした後に、
今度は長門のことを意識させるようなことを言いやがって。何が目的だ」
「…はて、何故でしょうか。この話をしようと思ったのは自覚しているのですが…。自分でも忘れてしまいました」
古泉は苦笑しつつ肩をすくめる。こいつ…。
「くだらん話に付き合わせやがって。どうせまたいつかのように全部自分が今作ったトンデモ設定だとか抜かすつもりだろう」
「…そうですね。そういうことにしておいてください。長々と付き合わせてしまって、申し訳ありませんでした」
そう言って古泉はさっきよりも幾分か大きく肩をすくめた。

「…お前のくそ忌々しい話に付き合ってたら小腹が空いてきたな」
「ファーストフードにでも行きますか?」
古泉が大袈裟に両腕を広げる。
「そうだな。何だかチーズバーガーあたりがむしょうに食いたくなってきた。喉も渇いてきたぜ」
「仕方がありませんね」
古泉が三度肩をすくめる。
俺はそれを肯定の仕草と解釈すると、すぐに椅子から立ち上がり鞄を拾い上げて部室を後にした。
くだらん話を聞かせた罰だ。奢るついでに今日の戸締りはお前がしとけよな。


その後、俺はきっちりと古泉にチーズバーガーとコーラを奢らせ、家路に着いた。


夜道を一人で歩いている最中、俺は古泉との会話を思い出していた。
――わたしの情報操作能力に枷をはめたのはあなた。
不意に、あのコンピ研との対決の時の長門の言葉が頭をよぎる。
インチキをするなと言ったのは確かに俺だ。
だが古泉ならわざわざ長門を止めるようなことはしないだろうし、
朝比奈さんに至っては長門が何をやっていたかすら理解していなかっただろう。
あの時、偶然、長門に指示を出したのが俺だった。ただそれだけのことだ。
勝負の後、俺があいつにコンピ研に遊びに行くよう勧めたのもハルヒの監視だけでは退屈だろうと思って言ったことだ。
それにあいつが頷いたのも多分、実際あいつにも本意外の娯楽が欲しかったから――
――じゃあ、あの時の表情の揺らぎは何だ?
そうだ。あいつはハルヒの監視役だ。
あいつの親玉がどう思ってるのかは知らんが、これはハルヒの監視の時間を割くという勝手な行動なのかもしれない。

…いや、あいつのことだ。
直接監視しなくても、大抵のことは分かるのかもしれない。実際、そういうやつだからなあいつは。
それに、あいつは映画の時ハルヒに変化が見られるのは歓迎すべき事態だと言っていた。
統合思念体とハルヒにさえ害がなければ、あいつは他のことはどうだっていいんだろう。
朝倉に襲われた時や、映画でのみくるビーム、その他諸々のことからあいつが俺を守ってくれたのも、
意味はいまだによく分からんが、俺がハルヒにとっての鍵とかいうやつだからだろう。
そうだ、そういうことだ。そういうことにしておこう。
深く考える必要なんてないんだ。あれは古泉のハタ迷惑な妄想語りだ。
長門が誰かを、俺を好きになるだなんて、そんな馬鹿なことがあるもんか。
あいつが人間に近付いてるってのはおおいに結構だが、あいつが俺を好きになる理由なんて――
――何で今日の俺は、こんなに否定的なんだろうな…。



…俺は、今日のことを必死に忘れようとしていたんだと思う。
長門が言っていた、俺がハルヒにとっての鍵であるということを逃げ道にして。
そうでなければ、長門の顔を直視できそうになかったからな。
だから俺は、自分自身に言い聞かせたんだ。
そんな訳は無い、と。


…だけど、この時俺は気付いていなかったんだ。
この時の会話が、後々大きな意味を持ってくるということ。
そして、この会話の中に古泉の知られざる本音が隠されていたということに―――

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